第三十二話 走る猫、立ち止まるクマ
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので、投稿させていただきます。少し短いかもしれませんが、楽しんで頂けたら幸いです。
『走る猫、立ち止まるクマ』
大小様々な木々や草花、苔、岩などが不規則に入り乱れる深い森の中、普通の人であれば先ず全速力で走ることなど不可能な場所を、まるで苦ともしていない動きで走る影が一つ、明確な目的地を目指して直走っていた。
「ユウヒがそんなに離れていなくて助かったにゃ」
その名はネム、猫の特徴を持った獣人の少女であり、ネシュ族と言う種族の長を務める人物の孫娘でもある。
「・・・大丈夫だよね? ユウヒちゃんと香り袋持ってるよにゃ?」
そんな彼女は現在、鼻をひくひくと動かして森に残された僅かな香りを辿っていた。その香りは、事前にユウヒに渡してあったらしい追袋、または香り袋と呼ばれる手のひらサイズの巾着袋から漏れ出た香りである。
「なんだか心配になって来たけど、臭いはするしきっと大丈夫にゃ」
目的の場所にナビゲートしてくれる道具として彼女達が使うこの袋は、非常に発達した嗅覚が無ければならないが、条件が揃えば森のどこに居ても探し当てることが出来るらしい。しかしそれもユウヒが持っていれば彼の下へたどり着けるわけで、持ってなければ意味がなくなってしまう。
「!? この鈴音・・・」
焦る心が不安を助長し思わず表情が引き攣る中、臭いを辿る彼女の耳に遠くからある音が聞こえてきたようで、その表情はさらに引きつっていく。これも彼女達獣人ならではの連絡方法で、鈴と言う道具による音を使った遠距離連絡手段である。
「まずいにゃ・・・もう接敵して援護が始まっちゃってるにゃ」
その音による連絡は、ユウヒの探し人と思われる人物達の状況と、その人物達を援護するために、ネムの部下であるネシュ族の少女達が行動を開始したと言うものであった。その内容を聞き分けたネムの耳は思わずぺたりと前に伏せられてしまい、その姿がより一層彼女の不安な感情を表して見せる。
「このままユウヒに報告出来ても戻った頃には・・・うぅ、少しでも急ぐしかないにゃ!」
今まで生きていた中でも五指に入りそうなほど苦悩しているネムは、その感情を隠すことなく顔に出すも、結果として今自分にできることは単純明快な物であった。そのことに考え至った彼女は、考えることをやめて奥歯を噛みしめると、蹴った地面に仄かな燐光を残しながら、それまで以上に素早い動きで森を疾走するのであった。
一方その頃、ネムの耳にも届いた連絡の中にあったユウヒの探し人、だと思われている人物達はと言うと、
「クマ! 本当にこのまま行って良いんでしょうね!?」
「んなのしらねぇよ! そんでもこの誘導にのるしか道ねえだろ!」
ネムが走る道なき道とは違い、街道とはとても言えないもののしっかりと踏み固められた土の地肌が見える道を走っていた。
どうやら、幾分? 多分? に棘が混入されたリンゴの疑問の声と、俺に聞くなとばかりに声を張り上げるクマの話を聞く限り、ネムの部下たちによる誘導作戦はうまくいっているようだ。
「そりゃそうだけど!」
後ろを走るクマの返答に、疑問と鬱憤を晴らす様な声を上げながら走るリンゴ、その隣では困った様な笑みを浮かべるメロンが、申し訳なさそうな表情のルカをお姫様抱っこの状態で担ぎ走っている。どうやら彼女たちの走るペースは、現在もっとも負担の大きいメロンに合わせられている様だ。
「えい! とう!」
「ふんぬ!!」
その為、後方を走り殿を務めるクマとパフェは、時折振り返っては後ろから追いかけてくる異形の者に対して、石を投げたり道をふさいだりと言った遅滞攻撃を行っている。
パフェは走りながら拾った石を適当に投げて、クマはこの道に誘導された時からよく見受けられるようになった枯れた倒木などを、力任せに後ろの道へと投げているのだが、
「いたあ!? こらクマ! やるならやるで声かけろ! 木片でも痛いんだぞ!」
「あ、わりぃねえさん」
その際に木が崩れて周囲にも散らばっており、今回の投擲時は運が悪かったのか破片の一つがパフェの頭に当たってしまい、クマは隣から聞こえて来た、悲痛だがどこか可愛らしい声に振り返ると、涙目で抗議してくるパフェに苦笑を浮かべながら謝罪するのだった。
「まったく! む、あそこの大きな朽木を撤去だ! 木片飛ばすなよ!」
「はいはい、あらほらさっ! っさぁあ!!」
全く怖れを感じない抗議に対してクマが苦笑を浮かべ返した謝罪に、パフェは不服そうな表情を浮かべると、進行方向に見えてきた幾分大きな倒木を指さしながら、クマに撤去命令を下す。
道を半分塞ぎ邪魔な事と、ついでに鬱憤を晴らすために下されたギルドマスターパフェの命令に、クマは陽気な声で返答しながらメロン達を追い越すと、何でもない事のように丸太を担ぎ上げてやはり力任せに丸太を後方に向かって投げて見せる。
「あわわわわ!?」
その光景にパフェが満足顔で溜飲を下す一方、目の前で大きな丸太がミサイルの様に飛んで行き、頭上から影を落とす様に驚きの声を上げるルカ。
「ルカちゃん口閉じてないとだめよぉ?」
「あ、はい! 舌噛むですね!」
そんなルカの見せる表情に微笑みを浮かべたメロンは、何かに気が付くとルカに口を閉じているように伝える。それはルカが今のようにお姫様抱っこされる時にも言われたことであり、ルカもその時の言葉を思い出して返事を返すと、柔らかそうな唇に力入れて口を閉じた。
「んーん、お口に虫入っちゃうかも?」
「―――!!」
しかし今の注意は舌を噛むと言う意味での注意ではなかったようで、メロンの言葉に空から降り注ぐ木屑に目を向けたルカは、その中に成人男性の親指ほどの幼虫や毒々しい色合いの甲虫を見つけてしまい、慌てて両手で口を守るように押さえると、涙目で声に出来ない叫び声をあげるのだった。
「虫食かぁ! リンゴお姉ちゃんもそこはあまりお勧めしないな!」
「むー!?」
涙目のルカに困った様な笑みを浮かべるメロンの隣を走っていたリンゴは、彼女の目配せを受けると簡素な槍を振ってルカに迫っていた幼虫を空中で薙ぎ払い、メロンの腕の中で目を見開くルカの顔を覗き込み笑みを浮かべる。そんなリンゴの言葉に必死に首を振る流華の目の前で、今度は地球最大のカブトムシより尚大きな甲虫がリンゴの槍の一撃により打ち落とされ、悲しそうな泣き声を上げながらルカへの直撃コースから外れ、地面へと消えて行った。
「くそ、ちっこいくせに速いな、と言うか森を歩きなれてる感じか・・・マズい! 気を付けろ投石だ!」
予想外に華麗な槍さばきを見せるリンゴに驚いた表情をルカが浮かべたのも束の間、後ろの方でパフェと共に遅滞攻撃を続けていたクマから大きな声が上がる。どうやらリンゴの株上昇策は、第三者の手により思ったような効果を上げることが出来なさそうだ。
「うわっと! あっぶな!」
「ひゃ!?」
思惑が上手く嵌らなかったことに舌打ちを洩らしそうになるリンゴであったが、背後から飛んできた多数の石に驚くと、器用にかつ必死に石を槍で弾いて見せる。その姿をルカが見て居れば多少は見直される要因になったのかもしれないが、残念なことに流華は目を瞑り、口を押さえていた手で顔を覆い小さな悲鳴を洩らしていた。
「!? メロンさん伏せて!」
その時である、後方を注意しながらも前を走る二人を気にしていたクマの目に、真っ直ぐとメロンへ向かって吸い込まれるように落ちてくる大人の拳ほどの石が目に入り、再度大きな声を上げて注意を促す。
「あら? ルカ口閉じて! ―――ぐぅっ!!」
必死さが伝わるクマの声に少しだけ目を見開いたメロンは、その視界に入る石の軌道を見て直感的に前に倒れ込むと、流華を柔らかな草の上に投げ、自分は迫って来ていた石を避けるも走っていたスピードそのままに地面へと転がり倒れる。
「メロン! ルカ!」
「いたた、メロンさん! 大丈夫ですか!?」
目の前で勢いよく倒れ込む姿に思わず二人の名前を叫んだパフェは、手元に持っていた石を狙いも付けづに纏めて後方へ投げると、二人の下へと走る。一方草の上に投げ出されたルカは、反射的に痛みに対して声を洩らすも、目を開けた先で倒れ込むメロンの姿に気が付くとすぐに起き上がり、ゆっくりと起き上がる彼女に手を差し伸べ悲鳴にも似た声を洩らす。
「・・・だいじょうぶよぉ」
いつもの微笑みを浮かべた様な表情に、眉を寄せ僅かな苦悶の感情を見せるメロンを、自分の足の痛みを我慢しながら心配そうに覗き込むルカ。彼女の今にも泣きそうな顔を見たメロンは、一瞬呆けた様な間の後心配しないようにやわらかく微笑んで見せる。
「だいじょうぶか!」
「問題ないわ、でも・・・ちょっとすぐには走れないかもぉ」
駆けてくるパフェに手を振りながら立ち上がるメロンであったが、あちこち打ち付けた痛みによりすぐに走り出すのは難しいらしく、膝をはたきながら立ち上がった彼女は痛みを我慢しているのか堪える様に困った笑みを浮かべて見せた。
「わ、わたし大丈夫ですから!」
「はいはい、捻挫少女は大人しくしてなさいな、クマ・・・やるしかないよ」
立ち上がるメロンを支えようとするルカは、その際に感じた自らの足の痛みに下唇を噛んで耐えると、自分の顔を見詰めていたリンゴに慌てた声で大丈夫だと答える。しかしその言葉は、苦笑を浮かべたリンゴに頭を撫でられながらやんわりと否定されてしまう。
「謎の援護射撃も増えてるし、デカブツは引き離したが・・・はぁ、どのみちやるしかないのか」
思い通りにいかない状況に、リンゴが肩を軽く竦めながらクマに行動を促し、その言葉に何やら考え込むクマであったが、考えたところで結論は変わらないのか、溜息を洩らしながら右手を上げて親指と人差し指で丸を作って見せる。
「戦闘開始だな!」
「撤退戦なんだから前出るなよ姉さん!」
そんなクマのジェスチャーにリンゴが頷くよりも早く、クマの背後に立っていたパフェは両目を輝かせ鼻息荒く声を上げ、ファイティングポーズに力を込めて見せると、クマから注意を受けながらも敵が接近してくる方に鋭い視線を向けるのだった。
「わかっている! メロンは無理するな! リンゴはルカを頼む」
クマからの注意に対して鬱陶しそうに返答したパフェは、背後の女性陣に指示を出すと軽くシャドーボクシングを始める。その鋭さに彼女の有り余る才能を再確認したクマは、しかしその手に適度なサイズの石がしっかりと握りこまれていることに気が付くと、彼女のヤル気を感じて恐ろしさに表情を引きつらせるのであった。
「任せときなさい! ルカ、支えてあげるから少しずつでも下がるわよ」
「は、はい」
物を握り込みしっかりとした拳を作ることで、その威力は確実に上がる。そのことを誰から教えられたのか、明らかに解ってやっているパフェに戦々恐々とするクマの背後では、リンゴがルカを支えながら少しでも安全な場所へと歩き出す。
「それにして、朽木やら倒木が多いエリアに誘導されたけど・・・味方ってことでいんだよな? クマ?」
姿がしっかりと確認できる距離まで近づいて来た小学生ほどの、しかし明らかに骨格や体つきがおかしい異形の者を見据えながら、どこからともなく飛んできては彼女達を助けてくれる矢に、パフェは首を傾げながらクマに問いかける。
「そうなの?」
「・・・いやわからんけど、そう願うしかないだろな」
またその問いかけに追順してこちらも首を傾げるメロンと、美女に挟まれ両手に花状態のクマであるが、彼は嬉しさの欠片も感じないげんなりした表情でそう答えると、人の腕ほどある丸太を一本肩に担ぎその肩をすくめて見せるのであった。
ルカを少しでも先に逃がすため、緊張感が微妙に足り無さそうな三人の男女が、異形と本格的に戦闘を開始するまで、残り数十秒である。
いかがでしたでしょうか?
どうやらユウヒの友人たちは戦闘に突入するようですが、どこかおかしいユウヒの、やはりどこか普通と違う友人たちはどんな戦いを見せるのか、続報を楽しみにして頂ければと思います。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




