三百二十七話 金色の髪は悲しげに萎れる
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『金色の髪は悲しげに萎れる』
思うように進まぬ全国に点在するドームの縮小作業を前に、焦っても仕方ないと一時的に自宅へ帰ることにしたユウヒと育兎はそれぞれの帰路につく。ユウヒは自宅に帰る一方で、育兎は自分で借りた借家ではなく、兎夏に呼ばれていた。
「ユウちゃーん! 一休みしたら降りてきなさいねー!」
「ん? もう飯ぃ?」
家に帰りつくなり帰宅の挨拶もそこそこに自室への階段を重い足取りで登るユウヒは、何だかんだ不安を呟きながらも、軽い足取りで孫の自宅へと向かう育兎の笑みを思い出すと、湧き上がってくる苦笑を背後からかかる声で元に戻す。どうやら声の主は明華のようで、リビングに居るのか張り上げた声は家中に反響している。
「まだー! お母さんがユウちゃんとベタベタしたいからぁ!」
「……」
そんな声の主は特に用があるわけでは無いらしく、最近家に居ないことが多くなった息子とスキンシップを求めているだけの様だ。そのスキンシップが過剰なものになるであろうことは、長年明華の息子をやって来ているユウヒには火を見るより明らかであり、疲れもあってか思わず無言で溜息を吐き出す。
「ユウちゃーん! お返事わぁ!」
そんな無言の返事に対して焦れったくなった明華は、軽快な足音共にリビングから顔を出すとすこし苛立ったように返事を求める。リビングへの扉と階段は目と鼻の先であり、大きな声を出す必要もないのだが、あえて圧を与える様に大きな声で話す明華、そんな彼女に返事を返すためにユウヒは静かに鼻から息を深く吸う。
「NO!!」
「なんでぇぇ!?」
答えはNO、短くはっきりと力強く言い放ったユウヒに驚きの表情を浮かべた明華は、悲鳴にも聞こえる驚愕の声を洩らしてその場に崩れ落ちる。ユウヒを求めて手を伸ばすもその背中はそそくさと二階へと昇って行ってしまい、明華は半泣きで床に不貞寝してしまうのであった。
「はぁ……子離れは遠そうだな」
スンスンと言うわざとらしい鳴き声を部屋のドアを閉めることで遮ったユウヒは、昔から全く変わらない母親の姿にため息を漏らすと、困った様な笑みを浮かべる。その表情からは言うほど母親の事を嫌っていないことが伝わり、そのことが明華のスキンシップ継続に繋がっていることを彼は知らない。
「ふむ……散らかってるな」
夏も過ぎて一時期の異常な肌寒さも無くなったユウヒの部屋は、エアコンが無くとも快適であるが、それ以前に色々な創作作業を行ったままにしている室内は寛ぐには少々乱雑過ぎた。何とも言えない表情でぼそり呟くユウヒは、少なくなったフローリングの空き地を飛び石の様に歩き窓を開ける。
「このバッグも整理しないとな、この件が終わったらまた向こうに行くんだし」
解放された窓からは室内より少し冷たい空気が流れ込み、暖かい部屋の空気は室内の埃と共に外へと旅立つ。そんな窓の脇には壁に一つのバッグ掛けられており、中身がいっぱい入ってごちゃごちゃしたままのバッグを指先で軽く突き揺らすユウヒは、懐かしそうに目を細める。
「……ふぅむ、連絡は無いか」
丁度ひじの辺りが下部となっている窓の縁に背中を預けるユウヒは、バッグの中から一枚のカードを取り出すと窓から射しこむずいぶん高くなった朝日に翳す。それはワールズダストの冒険者ギルドで発行される冒険者カード、しかし期限の切れたそのカードの本当の価値は、女神と交信できると言う所にある。
「今度どこに連れて行ってくれるのかね? 金髪の女神さまは」
しかしレリーフで偶然話して以降まったく連絡の取れていない女神様に、ユウヒは眉を顰めると小さく笑みを浮かべながら機嫌よくごちるのであった。
金色の髪が美しい女神と会えることが楽しみだと、その表情からありありと伝わるユウヒが一人呟き、同じタイミングで明華が拳で床ドンしている頃、遥か世界の壁の向こうでは金色の長い髪がフラフラと揺れ、
「へ……へくちゅん! くちゅん!」
可愛いクシャミと共に大きく揺さぶられていた。
「うーん、噂でしょうか? あ、いけませんまた変な数字を入力してしまいました」
何かを感じたのかそれとも風邪か、可愛いクシャミを洩らした女神アミールは小首を傾げると目の前の宙に浮かぶモニターを見て目を見開く。よく見れば彼女の右手の薬指は数字のキーを押さえたままであり、彼女がクシャミの直前まで操作していた画面には途方もない数字が入力され続けている。
「……大丈夫ですね。後は待つばかりですね」
慌てて薬指をキーから離した彼女は、正しい数字を入力すると念のために一通りの数字をチェックし直す。彼女が今行っている作業は何度でもチェックをやり直す必要があるほど重要なものらしく、二度の見直しを終えた彼女はモニターの端にある実行のボタンを操作して一息つく。
「少し暇が出来ましたし、アレの続きをしましょう!」
実行の操作を受け付けたモニターは彼女の目線より高い場所に浮き上がると、二回りほど大きく姿を変え、真っ黒な画面に幾つもの窓を展開して膨大な文字や記号を流し始める。その姿は正常なもののようで、机の上のマグカップを口に付けたアミールは笑みを浮かべ頷くと、別のモニターに手招きして目の前に呼び寄せた。
「冷たい飲み物をお願いします」
<了解しました>
音も無く目の前に移動してきたモニターの頭を撫でるアミールは、側に寄ってきた円盤にマグカップを載せると冷たい飲み物を求める。彼女以外誰一人として存在しない部屋の中、アミールの呼びかけにどこからともなく中性的な声が響く。
「さて、続きを……以前の地域は反応が随分薄れましたね。それでもまだいくつかありそうですが、先に大きな反応を消してしまわないと詳しく走査も出来ませんし」
中性的な声の返事と共にどこかへと飛んで消えて行く円盤を見送ったアミールは、目の前のモニターを指でつつきながら真剣な表情を浮かべる。モニターにはワールズダストのリアルタイムマップが映し出されており、様々な色や数字、記号がアミールに詳しい情報を伝えているようだ。
<どうぞ>
「ありがとう」
乾いて茶色く枯れた大地の中央にポツンと青い湖とまばらな緑が生える場所を見詰めて微笑んだアミールは、いつの間にか戻って来た円盤から冷えたコップを受け取ると、拡大していたモニターの地図を動かし広範囲を映しだす。
<主星の地図ですか、ずいぶん大きな星ですよね>
どこからともなく聞こえて来ていた声はアミールの身の回りの世話をしているサポートAI、言葉遣いから女性型であろう彼女は、円盤の側面の発光部分を点滅させるとワールズダストの全体地図を見て大きいと話す。
「ええ、色々と歴史が降り積もって絶妙なバランスなんですよね。その所為で私が下りる事も出来ません。衛星軌道上に近付いただけでも危険です」
アミールが管理する事となった異世界ワールズダストはゴミ世界と揶揄される非常に不安定で管理が面倒な世界である。様々な要因で滅びかけた世界、滅んだ世界、粉々に砕けた世界、世界が生み出した異常な物体などを寄せ集めて一つの巨大な世界とし作り直されたワールズダストは絶妙なバランスでなりたい居ていた。。
<管理神はだれも無理なんですよね?>
「ええ、だからユウヒさんは救世主なんです。……私の救世主」
そんな場所の整理のためにと、遥か高次の存在である管理神が直接降り立とうものならその瞬間に世界は滅びへ向かってしまう。故にユウヒと言う普通の人間が必要となったのだが、彼が救世主となりえたのはそれだけの理由なのであろうか。
「だから少しでも辛い目に合わないように手配しなければ」
偶然なのか必然なのかアミールに選ばれたユウヒ、そんな彼を少しでも多く祝福したいアミールは、今日も次の冒険の舞台を選ぶため、危険物が多数存在するワールズダストの大地を睨み悩む。
「でも、次の大きな反応はここなんですよね……」
<これは、普通の人間には辛いんじゃないでしょうか? 広いゆえに人口は多そうですが、密度は希薄ですね>
彼女がユウヒに依頼したのは、ワールズダストの大地に隠された数ある危険物の回収。何がどれだけ眠っているのかすら不明ではあるものの、特殊なフィルターを掛ける事で凡その場所は把握する事が出来る、のだが……。彼女が見詰め、サポートAIが心配そうに発光部分を点滅させ覗き込む場所はとても広大であった。
「ええ、何か大きな支援をしたいところなんですが」
<移動拠点とか快速な足などでしょうか?>
地球の何十倍になるのかわからない広さの地図でも大きく映し出される地域はそのほとんどが茶色系統の色で占められ、見るからに人が自由に歩き回れるようには見えない。そんな場所での活動を支援するとするなら移動拠点か乗り物が必要である。
「一応ここにもそう言うものは置いてありますけど、どれも神力を使うので無理ですね。先輩から貰った物は全て回収されて調査中ですし」
しかし、アミールの手元には適切な支援物資が存在せず、彼女が所有する物は全てワールズダストに多大な負荷を与える神力を動力源としたものばかり。
<あれですか……>
「よくよく考えると、あんな危険物をどうして先輩は……」
少し前までなら、ワールズダストの管理にアミールが携わると知った某先輩があちこちから搔き集めた大量の物資があったのだが、それはとある男性管理神の私怨による暴走を切っ掛けに問題が判明して全回収と言う結果に陥っていた。まぁ大体悪いのは暴走したアミール大好き先輩ことステラである。
何を考えて、いや何も考えずただ性能だけで選んで集めたステラの危険物集を思い出し溜息を吐いたアミールは、一口冷たい飲み物を口にするとマグカップをそっと机の上に置いた。瞬間、
「アミール居るわよね!」
「ひゃい!?」
「あら可愛い」
本来なら自動で開くはずの扉を無理やり押し開けて、彼女の上司である少女然とした姿に蠱惑的で魅力を香らせる女性が姿を現す。突然の来訪者に短い悲鳴を洩らすアミールは音のした方へと驚きで涙の滲んだ目を向け、そこに攻撃的な金色の髪を靡かせニヤニヤと笑みを浮かべる女性の姿を確認する。
「どど、どうしたんですかフェイト様」
「ふむ、まぁいいわ」
「はい?」
突然の来訪者はアミールの保護者を自称する四人の男女の中の一人であるフェイト、管理神の中でも特に位の高い女神である彼女は、目を白黒させながら不思議そうに問いかけてくるアミールの姿に笑みを深めるがどことなく不服そうに呟く。
「悪い話ともうちょっと悪い話、どっちから聞きたい?」
「悪いのしかないんですか……」
突然大きな音と共に現れたフェイトはアミールに悪い知らせを運んで来たらしく、その言い方に肩を落とすアミールの長い金の髪は、その感情に合わせてくすんで見えるようだ。
「そうね、とりあえず悪い話はしばらくユウヒ君の世界に対する干渉の禁止ね」
「ええ!? そんなせっかく接続線の調整が終わりそうなのに!」
そんな悪い知らせの比較的良い方の情報であるが、アミールにとっては致命的な知らせであった。悲鳴のような驚きの声を上げた彼女はちらりと巨大なモニターに目を向け、もう少しでユウヒとの連絡が再開できそうであったと叫ぶ。どうやら今も何かの処理を続けているモニターの中には、ユウヒとの連絡を取る接続線とやらの修復も入っている様だ。
「そっち優先でやってたでしょ」
「そ、そんなことは……」
より一層金髪がくすんで見える様に落ち込むアミールであるが、ジト目で見詰め問い質すフェイトの言葉に息を詰まらせる様な尻すぼみな声を漏らす。管理神として経験豊富なフェイトにはアミールが何を優先して仕事を進めているのかお見通しの様である。
「もうちょっと悪い話は干渉禁止の原因なんだけど、あっちの世界に何者かが侵入したの、多分ハイエンドクリーチャーだと思うわ」
「は!? 誰がそんなものを」
そんなユウヒとの連絡が出来ない事態になる原因はさらに悪いものの様だが、どうやら彼の住む世界に異物が侵入したと言う。それはハイエンドクリーチャー、名前からはどんなものか解らないが思わず立ち上がってしまうアミールの反応を見る限り、ちょっと悪い知らせじゃすまない様な存在のようだ。
「Aの氏族が管理していた倉庫から未定生物が一つ居なくなったって連絡があってね」
「もしかして古物ですか?」
「ええ、かなり古い物ね。多分戦争時の物じゃないかしら」
管理神の間で起きた戦争時の産物であると言うハイエンドクリーチャーなる生物は、どうやらアミールが今現在仕事に埋没する原因となった元上司と同じ一族が管理していたようだ。
「当時の物って確か……」
「どれも癖が強い癖に頑丈だし、神力を一切使ってないから調べるのも一苦労ね」
世界の大半が消滅する事となった時代に何のために使われたのか不明な生物は、ハイエンドと言う言葉にふさわしい能力を有しており、さらにはその驚異的な能力に一切の神力を使用していないことによって、管理神からの高いステルス効果も有していた。それ故に厳重に保管されていた倉庫から無くなってもすぐにはその動向が判明しなかったようだ。
「……」
「Aの氏族も扱いに困って封印していたみたいだけど、ちょっと妙なのよ」
「妙ですか?」
そんなハイエンドクリーチャーはAの氏族と言われる者達も扱いに困って封印していたようだが、厳重に封印がなされていたはずの保管庫を調べた結果なにやら可笑しな情報が出て来たと言うフェイト。
「記録簿に齟齬があって、だいぶ昔のデータを見る限り何かに利用された形跡があるの」
「そんな、誰がそんなことを」
妙だと言う言葉に目を瞬かせるアミールに、フェイトは難しい表情で話す。扱いきれないからとAの氏族が封印したハイエンドクリーチャー、しかしデータを洗い直してみると明らかに偽造された部分が出て来たことでフェイトが出動、その結果過去に何かに利用された形跡が出て来たのだった。
「ふふ、あなたも良く知ってる人も関わっていたみたいよ?」
「え?……あれですか?」
「それね」
「ほんと、碌なことしませんねあの糞元上司」
扱いきれない物をどうにかして扱おうとして、結果再封印となった出来事にはアミールも良く知る人物が関わっていた様で、その事を聞かされた瞬間彼女の美しい顔は汚物を見る様に歪められ口から悪態が飛び出す。
「面白い言い回しね」
「はぁ……これはもうしばらく延期確定ですね。ユウヒさんとお話ししたい」
アミールの言い回しが面白かったのか、それとも単純に表情が豹変した彼女の姿が面白かったのか口元を押えて抑えきれない笑い声を洩らすフェイト。その姿に顔を赤くしたアミールは、取り繕う様に咳き込むとそっぽを向きながらため息を漏らし肩を落とす。
もうすぐ手に入りそうだったものが手元から逃げてしまった事に肩を落とす彼女は、何よりも優先してユウヒとの連絡再開に尽力していたことで余計に落ち込み、金色の髪をくすませるだけでなく、重力を無視してふわふわと漂わせていた髪を萎れさせる。
「やれないうちはやれることをやってなさいな」
「はーい」
ふわっとしたウェーブのかかった金髪はその感情に合わせてパーマの弱くなったストレートヘアーのようになってしまい、そんな髪型も悪くないと心の中で呟くフェイトが慰めるように声を掛けるも、あまり効果は無さそうだ。
「ふふ、ふふふふ……(ユウヒ君が関わると幼児化するわね。これは良いものだわ)」
すっかり落ち込み受け答えが幼くなるアミールは、返事を返しながら拗ねた様に唇を窄めており、その姿に昔を思い出すフェイトは小さな笑い声と共に目の奥で興奮に瞳孔を緩ませる。
「どうしましたフェイト様?」
「昔みたいにお姉ちゃんって呼んでいいのよ」
自分の仕草に気が付いていないアミールは、肩を震わせるフェイトに気が付き小首を傾げると、問いかけに対する返事に思わず表情を引きつらせた。過去にはそう呼んでいた時期もあったが、大人になり管理神として仕事に就くことで、今はもう使わなくなった人称である。
「それは「うぅわきも!?」」
いろいろな気持ちの整理のために使わなくなった言葉を催促されて困った様に笑うアミールは、申し訳なさそうに拒否しようと口を開いたのだが、その言葉を遮る様な第三者の大声が部屋の入り口から響き渡った。
「いきなり来て開口一番それか!!」
「姉上歳の差を考えぶるあ!?」
そこに立っていたのはフェイトの妹であるイリシスタ、何か用でもあったのかアミールの下に顔を出した彼女は、なぜか半分壊れた様に開け放たれた扉から顔を出すと、そこで衝撃的な光景を目の当たりにした事で理性を飛び越えて本能で叫び、羞恥を忘れたかのような姉の行動を諫めようとしたが、その言葉は姉の理不尽な拳によってあえなく撃沈してしまうのだった。
丁度その頃、部屋の片づけをしながら育兎とパソコンで通話していたユウヒは、
「は!?」
突然手に持っていたクッションを取り落としたかと思うと、窓の外に目を向け驚愕した表情で固まる。
「どうしたん?」
ビデオ通話によりカメラ越しにその光景を見た育兎は、背後にチラチラと兎夏の姿を映す映像の中で小首を傾げてユウヒに声を掛けた。
「友の、霊圧が消えた……」
「そのネタ古くない?」
「そうか?」
育兎の問いかけにゆっくりと振り返ったユウヒは、ぎこちない動きで顔を顰めると、友の霊圧が消えたと呟く。古いマンガのネタが突然飛び出してきたことに育兎が苦笑を洩らす中、そんなに古く感じていないユウヒは首を傾げつつも、確実に感じた気配にこれから起きる何かの足音が聞こえる様で思わず顔を顰めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
中央ドームのゲート化に成功するも思ったような展開にならず一度解散するユウヒ達、その一方で管理神の世界ではユウヒ達に迫る危険を感知した。果たして何がどうなっているのか、次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




