第三百二十五話 流れ星大地に降り立つ
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『流れ星大地に降り立つ』
世界補完装置の改修を終えた育兎が地球帰還に向けて宇宙船の調整を続け、ユウヒがアン子と一緒に要塞外縁部で星を見ている頃、地球のとある大国の白い建物中では、大統領と呼ばれる皺の目立つ男性がその大柄な肩を丸めていた。
「そうか、彼はまだ戻らないのか……」
「収集した情報を鑑みても生き残れると考える方がおかしいと思います」
少し悲しそうな表情を浮かべる大統領の前では、書類を手にした男が表情を変えずに話している。彼が持つ資料や大統領の机に並べられた写真には、どうやって手に入れたのか中央ドーム内の風景や無人ロボットなどが映っており、書類をよく見ると分析された戦力評価が書き込まれているようだ。
「まぁ大丈夫だろう。何せ彼はヒーローだからな、窮地に立たされても生きて帰るのが本物のヒーローと言うものだ」
「気に入っておられますね」
中央ドームにおける作戦はアメリカにも伝わっており、その内容から帰還の確率は極めて低いと言う専門家の結論が出ており、当初アメリカは貴重な人的資源の喪失を危ぶみ日本へ圧力を加えたほどだ。しかしアメリカのトップは彼らの成功を疑っていない様で、ヒーローと言う言葉を使いニヤリと笑みを浮かべる姿に直立不動の男は呆れ気味である。
「ああ、彼の贈り物は最高だからな! 次は私専用のヒーロースーツでも作って「おや?」む?」
そんな大統領がユウヒから貰った物であろう弾丸のペンダントトップを手で弄り、次に作ってもらうものを口にした瞬間、書類を持つ男は顔を上げて窓外に目を向けた。
「流れ星か、何の前触れだろうか」
「流れ星にしては少し……」
彼が見詰める先、窓の外に見える日の暮れた空には幾条もの光が流れており、その光景に眉を上げた大統領は吉兆か、それとも凶兆かと眉を寄せて顎を扱く。しかしその流れ星は普通の流れ星とは少し違う違和感を放っており、言いし得ぬ不安を男に植え付けるのであった。
一方、宇宙船の点検整備が終わるや否や人工天体から飛びだった育兎は、後ろの座席に座るユウヒに舌を出して微笑んでいる。
「時間設定ちょっと間違っちゃったね」
「ブラザーが探検したいとか言うからだろ?」
どうやら何もなければ彼らはもっと早く、言ってしまえばすでに地球に帰っていたはずで、どうしても探検がしたいと言う育兎の願いを叶えた結果、宇宙船が飛び立ち時間が遅くなり、その事で点検整備終了と共に出発と言う慌ただしいスケジュールになった様だ。
「良いじゃないか! 僕だって色々見て回りたかったんだ! しかも何かすごいことになってるし! 完全にあの要塞は君の物だね!」
わざとらしく笑って見せる育兎は、ユウヒのジト目に頬を膨らませると仕方がなかったと言いたげに吠える。常に遊び心を忘れない彼は何を見たのか、人工天体の事をユウヒの所有物だと断定した。
「……固定資産税とか居るのかな? それとも乗り物扱いの税金?」
地球上のどんな富豪も手に入れたことが無い様な巨大な要塞を手に入れてしまったユウヒは、果たして人工天体は不動産になるのか、それとも移動できるから動産なのかと妙な方向へ現実逃避しながら首を傾げている。
「星なんだし土地だろ? というか領地? むしろ君が取る側じゃないのかい?」
そんなユウヒの疑問と言う逃げ道をバッサリ切ってしまう育兎は、どう考えても不動産と言うかすでに領地と言っても過言じゃないと肩を竦め、もし税金の問題があるとしたらユウヒは人工天体の維持管理の為に税金を徴収する側だろうと苦笑を洩らす。
「住んでるのうちの子しか居ないから税収ゼロ円ですが?」
「確かに……誘致する? 異世界の人とか、あぁ深き者とか龍がいんじゃない? アメリカだろうとロシアだろうと誘致しても意味ないだろうし」
しかし、現状人工天体に住んでいるのはアン子だけであり、税収などないのである。唯々管理と維持に費用が掛かるだけの負債と言っても良い人工天体、そのこれからについて考えるユウヒが思わず頭を抱えていると、地球に向けて舵を取る育兎は深き者や龍を誘致したらいいのではないかと話す。現状、人工天体を利用できるだけの科学技術を持っているのは育兎の中では二者だけであり、遠回しに地球上のどの国もまともに利用出来ないだろうと言う。
「んーそれは住むと言うより駐車場代くらいにしかならんのでは? 降りて住む意味あるか?」
ちょっと田舎のコンビニに行くような気軽さで地球への帰路を進む育兎であるが、現在の要塞と地球は相当な距離がある。現代の人類では簡単に行き来出来る距離に無い人工天体にそれほど魅力があるのかと首を傾げるユウヒの頭の中では、月極め駐車場に宇宙船を泊める深き者や龍の姿が浮かんでは消えていく。
「わかってないなぁ宇宙生活だと安定した大地ってのは得難いものなんだよ? あれだけでかけりゃリゾート施設として運用できるだろうさ」
「なるほど……」
地球から遠く離れてはいるものの、別の惑星との中継地としては微妙な位置にある人工天体、それでも陸地と言うのは得難い場所であり、そこにリゾートでもあればと言う言葉にユウヒは目を瞑り妄想を膨らませる。
「おっと、そんな話をしてたら作戦開始区域だ! 集中するからお話は後ね」
「おう、おう?」
青い海と白い砂浜まで想像してそれって地球でよくない? 目を開けたユウヒは、育兎の作戦開始と言う言葉に顔を上げるとずり下がっていた体を起こして椅子に座り直す。そんな彼の視界の端に妙な違和感が映り込み、不思議そうな声を漏らしたユウヒはキャノピーの向こう側に目を凝らす。
「ちょっと出鼻挫かないでよ、でなに?」
「あれ?」
遠近感が狂う世界に地球が大きく映り、つんのめる様にスロットルを元に戻した育兎はユウヒが指さす方を確認するとキャノピーの外に目を凝らした。そこには光の線が見える。
「衛星だね……うん、僕は何も見てないよ? 僕の船の余波で起きない事象だからきっと衛星の故障だよ」
その光の線の正体は今まさに大気圏へと落ちて燃え尽きようとする衛星、メインユニットを残してボロボロと崩れる姿に息を飲み込んだ育兎は、自分たちは全く関係ないよと、まるで自分に言い聞かせるような声色で話す。
「何かがすごい勢いで通り過ぎた様な」
「え? そんなのレーダーに映ってないけどなぁ?」
「そうなのか……」
絶対の確信があるわけではないが、衛星との距離も離れている事から関係ないと言って目を泳がせる育兎に、ユウヒは何かが通り過ぎたと言って湾曲した地球と宇宙の闇の境目を見詰める。しかしそう言った影は宇宙船のセンサーに表示されておらず、スロットルを握り直す育兎の言葉にユウヒは納得のいかないように呟く。
「それじゃ突入始めるよ! あーあーこちらおじいちゃん、兎夏ちゃん聞こえますかー? こちらおじいちゃん」
「なんだろう、どこかで感じた悪寒がするな……」
しかし彼らにはゆっくり空の散歩をしている暇は無い、育兎の調査により巨大なエネルギー源であった人工天体の突然の消失は中央ドームに小さくは無い影響を与え、結果として中央ドームを取り巻く環境はそれほど安定した状況ではないことが解り、悠長な気分で行動していれば最悪の事態もあり得る状況なのだった。
最悪の状況が引き起こされる可能性があると言うのにどこか温い空気で地球へと二人が降下準備に入る一方で、降下先である中央ドームの出入り口前では、ビルの瓦礫がすっかり片付けられて広い空間が出来上がっている。
「準備完了しました!」
「よし、準備はこれで全部だな」
すでに宇宙船受け入れの準備が整っているのか、硬く均された地面には白い蛍光塗料で着陸場所を示す様に丸いマーク描かれており、周囲では自衛隊員達が準備のために使ったのであろう機材を片付ける為に走り回っていた。
「各地のドームでも配備が始まっているそうです」
また、中央ドームから回収された装置によってすべてのドームでゲート化が進むと言う協力者から得た情報により、現在封鎖だけ行っている様な日本各地のドームにも人員が配備されている様だ。
「そうか……予定時刻にはまだ余裕があるが、もう一度チェックするには短いな」
そう言った背景から各地で人員不足が発生し、周囲を見回す現場責任者の男性目には少し寂しくなった部隊の面々が映り、事前の再チェックが時間的な猶予から叶わないと言う事実に心配性な男性は小さく肩を落とす。
「心配なのはわかりますが……」
「あぁすまない。どうやら浮足立っているみたいだ」
「宇宙船の着陸補助なんて訓練したことないですからね」
彼らが今から行うのは、宇宙船の降下着陸に伴う補助作業である。補助と言ってもライトによる誘導や万が一の場合の救助などやることはそう多くないのだが、それでも生まれて初めての体験を前に男性は浮足立っているらしく、部下の言葉に苦笑を洩らす。
「今後は必要になるのかもしれないな……」
「なんだか一気に未来が近づいた気がします」
自衛隊の業務に宇宙船の着陸補助などと言う訓練は無い。しかし、上層部で本格的な宇宙軍設立の動きがあることを小耳に挟んでいた男性は、部下の言葉に苦笑を洩らすと中天を過ぎた日が大きく傾き始めた空を見上げる。
「……そうだな」
まだ星を見るには早い時間の空の向こうに思いを馳せる男性は、不思議な気分が沸き上がって来るのを感じると、その悪くない感情のまま小さく呟くのであった。
日が高く流れ星の輝きを感じることの出来ない空の中、突き進む一つの影。それは熱圏に満たされている熱をうっとしげに振り払うと体を横にゆっくり回転させなが何かを見る。
「反応検知、反転加速……星への着陸を実施」
しばらくそのまま落ちていた影はピタリと回転を止めると目標に向かって真っすぐ落ちていくのであった。
そんな謎の影がいち早く地表に向けて落ちている頃、ユウヒと育兎は大気圏に突入を始め、圧縮空気による洗礼を受けていた。
「これが大気圏突入か……熱くないな」
「ふふん! 断熱は完璧さ、今も船体全体に冷却剤を散布しながら落ちてるからね」
しかしそこはより進んだ異世界の宇宙船技術、育兎が胸を張り座席を揺らすコックピットの中は、赤熱する外と打って変わって涼しい。火球となって地球に降下する宇宙船は高い断熱性と冷却材によって守られ、完全に外界の熱とコックピット内が遮断されている様だ。
「お、地表だ」
「ステルスでも多少熱圏で光が出るかもしれないけど、明るい時分に人の目ですぐわかる様なものじゃないから、都心の真ん中に落ちても気が付かれないさ」
話しながら育兎が真っ赤な火球となる宇宙船のスロットルと操縦桿を同時に操作すると、船首は地表へと真っ直ぐに傾き、キャノピーに覆いかぶさる熱いヴェールの向こうに海と大地が見えてくる。
「すごい勢いで地表が近づいてるけど大丈夫?」
「慣性制御も急停止能力も十分! そいやー!」
夜の暗い空であれば実に映えるであろう赤い光はエンジンの唸り声と共に強く長く伸びていく。地表に向かって加速していく宇宙船はあっと言う間に着陸地点を補足し、キャノピーに映し出される映像には着陸地点が拡大されて慌てた様に走り回る人影も確認できる。
「ぬお!?」
掛け声とともに急激にピッチを上げる宇宙船は、乗員に重力の急激な変化を体感させユウヒを座席に押し付け、急な動きにユウヒは思わず変な声を洩らしてしまう。
「着陸したらすぐにドームへ向かうからね!」
「了解! ちゃんと荷物も抱えてる!」
その間も宇宙船の高度は下がり続け、育兎の声にこの後の行動を思い出すユウヒはあまりに荒い着陸に自然と胸の前の荷物を強く抱きしめる。
「着陸目標に生命体無し! 着陸!」
そして着陸、自衛隊が中央ドームの出入り口前に準備していた広場へと墜落する様に落ちて来た宇宙船はその速度を急激に落とし、
「「!!?」」
地面に降着装置を着けるが、その音は正常とは程遠い異音であり、ユウヒと育兎の身に強い衝撃を与えた。
「……無事か?」
「おかしいな? こんなに衝撃が……あれ、電子機器にエラー?」
座席に身体を預けてキャノピーの向こうに見える空を見上げる二人は、妙な静寂の中で目を瞬かせている。衝撃こそ強かったが安全性の高い構造を取り入れたパイロットシートは、二人に怪我をさせる様な事は無く、ユウヒの安否確認の声に安心した育兎はそのままの態勢でタッチパネルを操作し始めた。どうやら本来の予定とは違う着陸は、機器の故障によるものの様だ。
「こわれた?」
「うーん、大したことないけどおかしいな?」
ユウヒの率直な問いかけに頷く育兎は、釈然としない表情を浮かべながら大したことは無いと言う。
「いけるか?」
大したことが無ければこのまま予定を続行しても問題はなさそうだと、ユウヒは座席から起き上がりながら育兎に声をかける。
「あ! そうだね急ごう! 強制パージ!」
「わぷ!? 乱暴だなぁ……よっこらせっと」
故障の原因が気になっていた育兎も、彼の言葉に顔を上げるとシートベルトを外す手と反対の手を強く握ってプラスチックパネルを叩き割り、外に出るためにキャノピーを強制的に排除した。火工接続部品の爆発によって固定が解かれたキャノピーは後方に勢いよく跳ね飛ばされ、外との大気圧差でコックピット内に風が巻き起こる。
「よいしょっと」
お腹の上の荷物を背中に背負い直すユウヒを横目に、育兎は小さな体でコックピットの外に這い出ると転がるように外に出て地面に両手両足を着く。その直後軽い着地音を鳴らすユウヒの手で背中を引っ張り上げられると、ニッコリとした笑みを彼に向けて中央ドームに走り出す。
「大丈夫で「どいて!」はい?」
着陸から彼らが外に出るまで二分ほど、逸早く駆けつけた自衛隊員は二人に声をかけるも、その言葉は育兎の言葉によって遮られ、思わぬ反応に足も止まる。
「急いでるんで!」
「あ、はい……?」
ドームに向かって走り去る育兎を目で追った自衛隊員の脇を抜けるユウヒは、通り過ぎ様に急いでいると声をかけて背中の荷物を揺らさないように走っていく。
「うん、うん……了解。急ごう、あんま良く無い感じだ」
「わかった」
着陸のために用意された地面は一部衝撃で砕けており、現場の惨状と違って元気な二人の様子に呆ける自衛隊員達を後目に二人は中央ドームに急ぐ、どうやら復旧した兎夏との通話によると状況はあまり良くなく、ゆっくりと休憩する暇もなさそうだ。
中央ドームに入り偶然目の前に居合せた三人の忍者を撥ねて行った二人が、急いで世界補完装置の中継器を設置している頃、日本の代表的な山の山頂ではぴったりとしたボディスーツの女性が、肩にかかる艶やかな黒髪を風に揺らしている。
「見えた……ここだ」
濃い紫色に輝く瞳で遠くを見つめていた彼女は、小さく呟くとその瞳から光を消して目を閉じた。そのまま動かなくなる彼女はゆっくり目を開くと力なく下ろしていた右手持ち上げ拳を握る。
「……じゃま」
鬱陶しそうに歪めた表情で短く呟いた瞬間、肩のあたりまで持ち上げていた拳を横なぎに振り抜き、その動きに合わせて周囲を鋭い風が吹き上げ積もったばかりの新雪を舞い上げた。広範囲で舞い上げられた雪は風に乗って流されて行き、雪煙が消える頃には静かになった山頂からはすでに人影は消えているのであった。
いかがでしたでしょうか?
流星となって大地に降り立ったものはユウヒと育兎だけではなく、また幾条もの流れ星は何を意味するのか、次回も楽しんで貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




