第三百二十四話 彼らの予定と彼女の本質
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『彼らの予定と彼女の本質』
機械で埋め尽くされた人工天体の中はその巨大な機械の塊が醸し出す重厚な姿とは違い静かなものであり、コントロールルームに至ってはスピーカー以外の音は全くと言っていいほど聞こえてこない。そんな静寂の中でタブレット端末を叩いていた育兎は、ピタリと手を止めると項垂ながら細く長く息を吐く。
「やっとセッティングが終わった……」
「おつかれ」
床に足を延ばして座ったまま手元だけを動かし続けた育兎は、そのまま床に転がるとぼそぼそと呟き、そんな小さな背中に大きな荷物を抱えて来たユウヒは労う様に声を掛ける。
「ありがと、やっぱり異世界の機械を流用するのは難しいね」
ユウヒの声に気が付きよろよろと起き上がった育兎は、どうやら異世界の機材を搔き集めて装置の改修装置を作り上げたらしく、今は異世界の機材でも問題なく動くようにプログラミングを行っていたようだ。
「難しいと言いながら出来る辺り可笑しいよね?」
「いや、君にだけは言われたくない」
どうやらユウヒが持ってきて床に置いた重そうな荷物は、コントロールルーム周辺から拾い集めて来た物のようで、それら廃材と言って良いような物から世界補完装置の改修装置を作り上げる事が出来るのはまさに異常であるが、そんな評価を受ける彼はユウヒにだけは言われたくない様だ。
「……ほら、俺は神様印だし?」
何故ならユウヒは育兎以上に異常な力である魔法によって彼も予想しない様なものを妄想して作り上げてしまうのだから。今も廃材を積み上げた一角には彼の作業スペースが出来上がっており、そこには妙な物がいくつも転がっている。
「それでも可笑しいんだよ、普通ならそんなに適合しないんだ」
「そうなの?」
「そうだよ、乙女が気にかけるくらいだから何かあるんだと思うよ」
ユウヒが色々作る事を異常だと言う育兎は、それよりもっとおかしいのは管理神から与えられた力がユウヒの体に異常なほど適合している事だと言う。どうやら神様印の力だからと言って人間がその力を十全に扱える事は非常に稀であり、どちらかと言うと不適合による害が発生する方が多いと言う事実を知っている育兎は、管理神にさらなる不信感を募らせる。
「ふーん?」
「……惚けた声出しちゃって、まぁそう言う所もいいんだろうね」
一方でそこそこ危い目に合いつつも現状問題がない事からこれと言って不安感は無く、生来の性格もあるのか惚けた声を漏らすユウヒに育兎は肩を落としながら、しかし同時に納得した様な表情を浮かべるのであった。
「わかんないもので悩んでもな、嫌な感じはしないし」
「勘か、ふーむ……」
考えてもわからないもので悩んでもしょうがないと話すユウヒは、同時にその力に以前のように可笑しなものを感じない様で、育兎は異常な勘に思う所があるのか目を細めると、金と青の瞳を見詰めて悩ましい声を漏らす。
「それで? 改修作業はどのくらいかかりそ?」
じーっと見詰められて小首を傾げたユウヒは、自分のスペースに座ると小さな鉢植えの様な物を手に取りながら改修作業について問いかけ、その傍らではアン子が興味深そうにユウヒの作品を弄っている。
「まだ何とも言えないな―? でも何日もかかることは無いよ」
「帰るにはもう少しかかりそうか……なら探検だな」
そんな彼らが地球に帰るにはもうしばらく時間が必要なようで、だがそれほど長く要塞内に住む必要がないと理解したユウヒは、何事か考え始めるといつものやる気のない表情を引き締めて男臭い笑み浮かべ呟く。
「ずるいよ! 僕だって我慢してるんだから!」
どうやらユウヒは男心の赴くままに要塞内部を探検するつもりのようで、同じく探検したい育兎は顔を勢いよく上げて吠える。コントロールルームまで十分すぎるほど要塞内部を歩いて来たであろう二人であるが、要塞攻略と探検は彼らにとって全く別のもののようだ。
「安全確認のためだよ、安全のため」
「うそだ!」
そんな冒険心を誤魔化し話すユウヒであるが、同じような思考回路の育兎を誤魔化すことは出来ない様で、安全確認だと言う口が若干にやけている事を見抜かれて噛みつかれると、彼は助けを求める様に隣で座り螺旋状の道具を回すアン子に目を向ける。
「要塞内部に危険はありません」
「ほら彼女だってそう言ってるじゃないか!」
しかし彼女の口から出てきた言葉は育兎を援護する様な自信にあふれたものであった。彼女の存在意義からすれば安全性を誇るのは当然と言えば当然であり、眉を小さく上げたユウヒにドヤ顔を浮かべて見せる育兎はさらなる追撃戦に入る。
「なのでお散歩を要望します」
「こっちも敵だった!!?」
だがそこはユウヒの娘であることを殊更強調するアン子、安全だから見回りは必要ないと言う前提の下に散歩の要求をし始め、仲間だと思っていた相手による突然の裏切りに育兎は驚愕の声を上げた。
「今後の方針決めたら一緒に行こうかね」
「はい!」
立ち上がり自信と僅かな不安によって顰められた表情を見上げるユウヒは、その不安を見透かすと苦笑を浮かべてその提案に同意する。
「……はぁ、とりあえず多めに見積もって数日かかるとして、兎夏ちゃんとの通信復旧と帰還後の展開を考えないとね」
ユウヒの返事にパッと花開く少女の笑みに、思わず苦虫を口に咥えたくらいの表情を浮かべてた育兎は、ため息を吐き出すと諦めた様に手早く今後の話に移行していく。ユウヒをじっと笑顔で見詰めるアン子の顔を見る育兎の顔は、いつもより柔らかで孫を見る祖父の顔であった。
「向こうはどうなってるんだろうな」
育兎の表情と今後の話を耳に入れるユウヒは、真っ白な髪と赤い瞳の小柄な大人の女性を思い出すと、ずいぶん長い事声を聞いていない気がしてなんとなしに呟くと、特に何を思っても無く天井を見上げるのであった。
兎夏の事を思い出し呟くユウヒの顔を見詰める育兎が意味ありげな笑みを浮かべ、何事か納得した様に頷いている頃、中央ドームの中に広がる荒れた大地では、地形変動により滑走路を半分飲み込んだ丘の上で二人の黒い影が並んで地平線を眺めている。
「これは大変でござるなぁ」
「ロボットだらけで人の気配がねぇな」
手の指で輪を作り遠くを見渡すのはゴエンモとヒゾウの二人、彼らの視界には小型中型の無人ロボットがあちこちで動き回っており、それは見た目から育兎が用意した無人ロボットではなかった。
「ユウヒ達の無人機も強いから基地内部は安全だな」
一方で彼らの足元に広がる滑走路周辺には、重機として搬入されている無人機が今もゆっくりとした動きで活動しており、丘に登って来たジライダが話す通り基地周辺の安全を守ている。なにせ重機は大きく、さらに安全のために硬く厚い装甲を育兎に取り付けられている為、踏み付けや激突するだけで小型のロボットは蹴散らされてしまう。
「これはユウヒ殿が帰ってくるまで外に手は出せないでござろうな」
「戦車でも投入すりゃ話は別なんだろうけどなぁ」
「どっかな? 足回りの悪さで負けそうだ気がするけど」
襲い掛かる小型ロボットを鬱陶し気に振り払う無人重機に苦笑いを浮かべるゴエンモは、これ以上の探索を諦めているようだ。忍者にとっても重機郡にとってもそれほど脅威とならない小型ロボットも自衛隊には十分な脅威である。ましてやユウヒ達の攻略の影響で色々変化が起きた今、その危険度はより一層増していた。
「ヒトマルは快速でござるが多脚の小回りの良さには負けるでござるからな」
「小さめのロボットの取り付きは脅威だよな」
「うむ、あれは完全に対人兵器だからな……って事は人もいるってことか?」
彼らの試算では、中型のロボットも火力の面では戦車を持ち出せば事足りるらしく、しかし一方で集団戦闘や隠密戦闘を行う小型機は脅威であるらしく、それらは完全に生身の人間を殺すため性能を有していた。
「「なるほど! 頭良いな」」
「ふっ……もっと褒めろ!」
それは同時にこの世界の中にも、人の様な生身の生物が居ると言う事になり、その事に気が付いたジライダは両手を広げると胸を張り褒め称える事を求める。
「とりあえず方針は人を探せだな!」
「決まりでござるな!」
「ちょ!? まてよ!」
丘の上で褒め待ちの姿勢をとるジライダにニッコリと笑みを浮かべた二人は、踵を返すと新しい目的に向かって走り出す。目を閉じて言葉を待っていたジライダは二人の声に目を開くと、あっと言う間に丘の下へ駆け下りている後ろ姿に声を荒げ、二人を追いかけるために走り出すのであった。
それから小一時間後のこちらは人工天体のコントロールルーム、育兎とユウヒの二人が話し合う間もアン子が蔦を使ってあちこちから廃材を集め、ユウヒの背後には器用に積まれた廃材の山が作られている。
「……ふふ」
どうやら暇を持て余したゆえの所業のようで、話し合いのまとめに入った二人の背後でアン子は楽しそうに体を揺らしており、そんな彼女を微笑ましげに見ていた育兎は予定について確認作業を進めていく。
「補完装置の改修後は、要塞に補完装置を保護してもらって地球へ帰還する」
「うん」
世界補完装置は改修後に要塞で保管することになったようだ。万が一にでも奪われないための措置であり、その為に回収作業の中には遠隔操作に関する改修が多いようだ。
「帰還中に兎夏ちゃんへ連絡を入れて受け入れ態勢を整えてもらう」
「うん」
地球への帰還と言う言葉に少し表情を緩めて頷くユウヒは、兎夏の名前が出ると何とも言えない表情を浮かべる。なにせこれまで長時間連絡できない状態が続いており、彼女の性格とそこから発生する心労を考えると、その発散がどういう形でされるかユウヒも想像に難しい。
「地球降下先は中央ドーム、地球側に着陸後すぐに中央ドーム内に世界補完装置中継器を設置」
「うん」
兎夏への連絡と言うイベントを終えた二人は中央ドームへ直接降下後、中央ドーム内に世界補完装置の中継器を設置するようだ。これは中央ドームが世界各地に出現したドームのハブとなっており、そこからすべてのドームに効率的なアクセスが出来る為である。ユウヒ達が遭遇した触手の怪物も偶然中央ドームに居たわけでは無いようだ。
「あとはまぁ一気に安定化な感じだけど、それでもいろいろと時間がかかるねぇ」
「そっちは良くわからないから任せるよ、たぶん帰ったらいっぱい連絡来てそうだし」
効率的にドームの安定化が出来ると言ってもそこは断片とは言え規模が世界単位である為、早々に完了するわけでは無いようだ。むしろ解らなかったことが世界補完装置の回収によって少しずつ解明されて行っている事で、今まで無理やりやっていた行為の危険性も見えて来て作業に制限がかかることになっていた。
「君も大変だねぇ……うん、そろそろ行って来たら?」
そう言った背景もあって育兎の作業が思ったほど捗らない一方で、ユウヒは帰った後に問題が起こりそうな予感を感じて背中を丸めため息を漏らす。今回の中央ドーム攻略には壊れるといけないからとスマホを持ってきていないユウヒ、充電器に刺したままのスマホにいったいどれだけの通知と留守電が溜まっているのか、考えただけで憂鬱な表情が浮かんでくる。
「んーそうだな、後は通信機を<全力で改修させていただきます! マスター>……おう」
「なんて?」
ユウヒを労いながら、その背後でそわそわチラチラと視線を向けてくるアン子に目を向けた育兎の提案に頷くユウヒは、まだ気になる事があるのか口を開くもその言葉は即座に要塞管理AIによって遮られ、その明るい声に思わず彼は後退る。
「通信機は全力で任せろって」
「なつかれたねぇ」
「なんでだろうな?」
いつの間にかユウヒの事をマスターと呼ぶようになっていた人工天体型要塞の管理AIは、ユウヒから預かった腕時計型の通信機をライトアップすると、彼が育兎に通訳して説明する声に合わせてモニターを明るく点滅させた。育兎曰く懐かれたユウヒは、何をどうしてそうなったのか皆目見当が付かず首を傾げる。
「それはアン子ちゃんに聞いてみたら?」
「それが、ねぇ?」
「必然です」
また、最もその辺の事情について知っていそうなアン子に問いかけても返って来るのは短く簡潔で意味が解らない言葉だけであった。
「こんな感じで」
「ふむ、わからないね?」
どうやらアン子と管理AIにとっては当然の帰結であるらしいが、人間である二人にはその考えは理解できず互いに首を傾げ合うと諦めた様に肩を竦める。
「ささ、お散歩に行きましょう。城より広いですが問題なく道を把握していますので罠にかかることもありません」
最終確認が終わり会話が途切れたことで我慢の限界を迎えたアン子は、ぺたぺたと言う足音を立ててユウヒの傍に寄るとその腕に細い自らの腕を絡めて引っ張るように立ち上がらせた。
「え? 罠残ってるの?」
「現在撤去中ですが厄介なものも多く、現在攻略率は36%です」
どうやら彼女曰く、現在も要塞内部には管理AIの管理外にある罠がいくつも存在する様で、場所こそすべて把握済みであるが撤去などが行われているのは3割ほどであるらしい。
「完全掌握はまだ遠いか?」
「攻略は問題なく進んでいますが、このままいくと補給に問題が出ます。早急な資源補充を推奨します」
何をどうやって攻略しているのかわからないものの、すべて終わらせるには資材が足りない様だ。彼らの周囲には大きな損傷は見られないものの、人工天体は相当長い間無人であった事と触手の化け物が巣食った事で色々な物が足りない様である。
「なるほど、その計画もしないとね……それにしてもこんな戦略級? の宇宙要塞を個人保有するなんて」
「うーん」
地球人類には到底扱い切れない代物を放棄するわけにもいかず、管理できるだけの環境を揃えてしまったユウヒは、流される様にその管理を引き受けてしまった。そんなこともあり今後の要塞運営について悩むユウヒに、育兎はじーっと生ぬるい目を向け、
「地球征服も簡単だね!」
「お任せください」
笑顔で親指を立てて世界征服などと宣い、その言葉を引き継ぐように人工生命体型アンチウィルスプログラム『ミストルテイン』は両手を胸の前で握り自信に満ちた声を上げる。
「やんないから、ブラザーもそれ洒落になってないからね? この子の本来の使用用途は恒星系全体に感染したウィルスの駆除なんだから、下手したら太陽系全体を制圧しかねない」
「え、マジで?」
しかし、冗談100%で話す育兎の言葉は洒落になっていないらしい、ゲームの中の設定だからと笑えないのがクロモリオンライン。すべては異世界の現実を元に構成されたデータであり、その現実を元に生み出されたアン子もまた細部まで事実に伴う力を有している。
本来の彼女は月サイズの要塞などと言う小物に対して力を行使するような存在ではなく、異星人によって占領された恒星系全土を奪い返し復興し、人類の帰還の下地を作り上げる存在であり、それは言ってしまえば単独で太陽系を征服することすら可能だと言う事だ。
「可能です。むしろイージーです」
事実、彼女はユウヒの言葉に微笑むと何でもない事の様に頷き簡単な事だと話す。何せ彼女が作られた際の仮想敵は攻撃的で恒星間のワープ航行が可能な異星人国家である。未だ大地にしがみつき地球を消費することでしか自らの生存を確立できない人類など、アン子にとっては赤子と変わらない。
「いつも通り君は僕の周りのお世話だけだよ」
「はい!」
ゲーム内のホームである城の管理として給料数か月分で彼女を購入したユウヒも頭がおかしいが、少なくとも彼の考えが変わらぬうちは地球も平和であろう。例え深き者や龍が世界征服を始めようとも彼女の前では大した脅威ではないのだから……。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒ達の予定は決まり、驚異的な力を振るった新しい娘の本質はそれ以上に恐ろしいものであることが判明、ユウヒと言うストッパーが居なくなったとき、果たして地球はどうなるのであろうか、そんな詮無き事は考えず次回も楽しんで貰えた幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




