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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
適応と摘出

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第三百二十三話 この娘の名は?

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『この娘の名は?』



 星々がきらめく暗黒の世界、大気の存在しない宇宙線飛び交う無重力の空間にその肢体は漂う。


「起動反応消失、再度走査実施」

 病的なまでに白い肌を覆う蛍光白色の服は、体のラインを浮き彫りにするほどピタリと体に張り付き、その体のどこからか伝播するはずの無い音が漏れ聞こえてくる。


「一時休眠モードへ移行」

 何かを探すつもりの白い人影は、真っ赤に光っていた目をゆっくる瞑ると一言残して眠りにつく。


「……」

 本来聞こえるはずの無い寝息が漏れ聞こえる中、宇宙空間を漂うそれは見た目ではわからない猛烈な速度でどこかへと流されていくのだった。





 ユウヒと育兎が巨大な人工天体である要塞と共にワープを強行してすぐ、中央ドームの監視を行っていた兎夏の顔を暗い部屋で照らし出していた赤色の光が一斉に緑へと変わっていく。


「これは、急に負荷が無くなった? これなら安定化じゃなくてゲート化させた方が早いかな」

 今まで異常を示す表示が乱舞していた彼女の仕事用PCの画面には、正常な状態を現すグリーン表示が増え始め、異常な数値を今も吐き出す場所はもうすでに1割にも満たない。そんな状態に目を見開く兎夏は、キーボードを軽く叩いて今後の方針を少し変更する必要を覚える。


「……何かしら、内部エネルギーが急にごっそり無くなったみたいな」

 マウスとキーボードを操って中央ドームの急激な変化の原因を探る彼女の目には、巨大ドーム以上のエネルギーが突然消滅したことが映り込み、その前後のデータを洗い出すもその原因は簡単にはわからないようだ。


「まぁ爆発しなかったのは良い事だけど、これはこれで二人が心配になるわね……あ!」

 中央ドームを日本側から映す定点カメラには、少し前まで罅割れ白い光を漏らしていた黒い森のようなドームが落ち着きを取り戻し、縮小も拡張もしないドーム周辺では排出された建造物が重力を思い出したかのようにあちこちで崩れている。突然のエネルギー減少が起きなければ、最悪米中ロの巨大ドームと同じ末路を辿った可能性が高く、その悲劇を回避できたと言う事実に兎夏ほっと胸をなで下ろし、スマホのランプに気が付くと短く声を洩らす。


「一応、確認してお……? うわ、すごい件数の電話だ。気が付かなかったな」

 作業中に集中力を削がれるからとマナーモードにしていた兎夏は、通知を知らせるランプの点滅を見て苦い表情を浮かべると、ずいぶん久しぶりに触る冷えたスマホの画面を起動させ、そこに表示される着信履歴に気まずそうな表情を浮かべる。


「……こっちが先かなぁ」

 政府からの何十件にも及ぶ着信を無視し続けていた兎夏は、若干の胃痛を感じながら冷えたコーヒーに口を着けると、諦めた様にため息を漏らして電話のアプリを起動させるのであった。





 ドームの安定化を見て優先順位を変更した兎夏が、重く痺れる指先でスマホの画面をタップしている頃、巨大な人工天体の奥深くで赤から白にかわったライトの下から苦しそうなうめき声が聞こえてくる。


「うぅん……この何とも言えない眩暈は、ワープゲートに似てるな……」

 寝そべるユウヒの背中から体を起こした育兎は、頭を押さえるとフラフラと体を揺らしながら気持ち悪そうな声を洩らす。どうやら彼を襲っているのはある種のワープ後に引き起こされる症状であるらしく、コントロールルームのモニターは申し訳なさそうに点滅している。


「本要塞は惑星への衝突回避のため超長距離次元間ワープを実施、現在はエンジン設備など要塞内部設備の点検中です。しばらくその場で待機を推奨いたします」

 一方でユウヒが魔法で生み出した光る緑の球体は淡々と説明を始め、無事に惑星への衝突を回避したと言う事実を育兎に伝えた。


「なるほど……次元間?」

 

「はい、同世界内でのワープアウトは成功確率に問題があったため並行世界用の設定により、ビーコン設置場所へのワープを敢行いたしました」

 しかしその淡々とした説明の中に聞き捨てならない言葉があることに気が付いた育兎は顔を上げて球体を見詰める。彼が何を疑問視しているのか理解したミストルテインは、その疑問に対して当然のように答えていく。


 人工天体の不具合か異世界事態に問題があったのか分からないものの、惑星を避けるためには短距離だろうと長距離だろうと同じ世界でのワープは危険と判断したミストルテインは、偶然・・見知ったワープビーコンの反応を受信して世界の壁を越えた先の安全な場所へと転移した様だ。


「……このサイズを? え? ……ここ何処かわかるのかな」


「現在精査中です」

 奇跡的な偶然の連続によって九死に一生を得た育兎は、あまりに可笑しな状況に遅々として働かない頭を無理やり回転させると、目を白黒させながら現在の位置の特定について問いかける。


「そっかー……安全なんだよね?」

 位置特定作業はすでにミストルテインと要塞管理AIによって行われているらしく、それでも周囲のモニターの状況やアラートの鳴動が無い静かな室内から安全は確保されていると認識する育兎。


「現状で不具合は確認されていません。詳しい情報はもうしばらくお待ちください。現在要塞各所の電子系統を復旧中です」


「は? …………ブラザー? ブラザー! 起きて起きて起きて!!」

 その考えは正しいようで、ほっと息を吐いて尻もちをついた彼は何か大きな木製の扉が開くような音を耳にして目線を上に上げると、視線の先にある緑色の物体を前に目を見開いて硬直し、後ろ手でユウヒの服を掴むと力いっぱい揺らして声をかける。


「スヤァ」


「この子誰!? てか何したのどういう事!?」

 しかし返って来るのは寝息のみ、


「スピィ……」


「だめだ、起きそうにない」

 思いもよらない存在がひたひたと足音を鳴らし近づいてくる状況にプチパニックになる育兎は、ユウヒが起きないことに肩を落とすと今度は彼を盾にするように位置を変えて近づいてくる緑の物体に目を向けた。


「本要塞の防衛面は十分に安全です。ですので……お父様はもう少し休ませてあげてください」

 朝露で濡れそぼったような新緑色の髪を膝裏まで伸ばし、初夏の日に焼け始めた様な薄い褐色の肌に糸一つ纏わぬ姿をさらした少女と女性の間の様な儚い色気を漂わせる女性。


「そうだねぇ、頑張ったから……お父様???」

 ミストルテインと呼ばれた光る緑の球体の中から現れた女性はユウヒの事をお父様と呼び、彼女の言葉に頷く育兎は、その呼称に目を見開くともう一度裸の女性に目を向ける。


「……」

 裸を見られても一切恥ずかしがる様子の無い女性は、薄く優しげに笑うと、寝そべるユウヒの隣に膝をつき彼の髪を漉くようにゆっくり何度も撫で続けるのであった。





 そんな穏やかな空気が流れる人工天体の中と違い、こちらは疲れ切った重い空気で満たされている。


「……まだ帰ってこないか」


「はい、協力者の話では生きてはいるはずだそうですが、どこにいるかわからないらしく」

 ユウヒが眠りについてからどれほどの時間が経過したのか、すでに兎夏との連絡が取れたことで中央ドームの不安定化が停止したと知り、一応の安心が広がる石木の執務室。兎夏と連絡が取れるまでは中央ドームの異常に奔走され、まるで呼応するかのように各地のゲートで異常な数値が出るなど、防衛相を中心に上から下まで大忙しであった。


「突入班はどうだ?」


「調査の進捗はよくありません。忍者の三人が言うには危険がいっぱいだから深入りはやめた方が良いと、すでに数体のロボットと接触していますが、どれも武装しており隊員に少なくない負傷者が出ています」

 日本は現在不活性魔力による体調不良者、電力不足による計画停電、全国で発電所の復旧工事、ドーム撤去後の災害地復興、異世界移民の受け入れ拡充など国内だけでも普段以上に問題が山済みであり、中央ドームは現在少数精鋭による対応がなされている。


 そんな精鋭の中には忍者の三人の姿もあり、若干素行に問題があるものの、負傷者が相次ぐ自衛隊の中で最も激戦地の先頭に立ち無傷を貫いていた。


「死者は?」


「出てません」

 そんな忍者と違い、ドームの異変に突入を決意した自衛隊の精鋭は一般人の範疇を逸脱するものではなく、無人機との戦闘で負傷者を出している、しかし幸か不幸か死人はまだ出ていないようだ。


「そうか……とりあえず一旦引いて、あとは忍者の三人からの追加報告を待とう」

 中央ドーム内での活動は自衛隊や日本政府が思っていた以上に危険なものであると理解し、当初から育兎とユウヒから言われていたような活動方針へと変更することにした石木は、疲れと呆れに歪んだ表情でこれからの事について頭を悩めるのであった。





 さらに時は進み、兎夏が心配しながら中央ドームの調査を進めている頃、ワープ後に衛星から何処かを彷徨う惑星となった人工天体の中では、目も覚ましたユウヒにより褐色緑髪の女性について説明がなされていた。


「えー、この子はミストルテインと言って人工生命体型アンチウィルスプログラムです」


「もっと詳しく」

 ただユウヒもまだ寝惚けているのかその説明は非常に短いもので、それだけでは育兎の要望を満たす事が出来ていない様だ。


「浸食型ウィルス駆逐用決戦兵器として開発されたアンチウイルス生命体ミストルテインと申します。お父様の娘です」


「……」

 アンチウィルスプログラムと言う割に人にしか見えない女性は、据わった目でユウヒを見詰める育兎に目を向けると、ユウヒから用意してもらったロングシャツの裾をなびかせながらさらに決戦兵器と言う言葉を付けたし育兎の表情を強張らせる。


「いや、まぁその……この子を作成時に生体データを採られてですね」


「娘です」

 娘であることを殊更強調するミストルテインと言う女性は、どうやら物理的にも電子的にも侵食してくるウィルスを駆逐する為に作られた存在であるらしく、彼女の要塞内での働きを見ればその言葉も納得せざるを得ない。


「そこはやっぱり拘るんだね。名前はアン子だよ、アンって呼んだげて」


「……色々ツッコミどころがありすぎるけど、とりあえず言えることは君のネーミングセンスはどうかしてるよ」

 人では到底太刀打ちできるような存在ではない女性の名前は『アン子』、今も椅子に座るユウヒの隣に立ち、その横顔を嬉しそうに見詰めている姿からは脅威は感じられず、むしろ育兎はその名前を聞いて不憫にすら感じている様だ。


「そっかなー?」


「素敵な名前ですが?」


「うーん、この親子……」

 しかしそこは親子なのかそれともユウヒに対する信頼が振り切っているのか、ユウヒの惚けた様な表情を見詰めるアン子は、育兎に向かってキョトンとした表情を浮かべ小首を傾げて見せる。


<周辺情報収集完了>

 そんなやり取りをしている三人の下に、4人目の声が聞こえて来た。それは要塞の管理AIの声であるが、最初にユウヒ達と遭遇した管理AIの声と違い人の肉声とほぼ変わらない声色で、そんな女性の声は周辺の情報収集完了のお知らせを異世界の言語で伝え、理解できるユウヒとアン子は顔を上げた。


「精査も完了しました。現在位置は太陽系、最も近い天体は太陽系第三惑星地球」


「はぁ!? ちょっと待って、それって直でドームの外に跳んだってこと!?」


「地球を映せる?」

 現在ユウヒと育兎が人工天体まるごと一緒にワープしてきたのは太陽系、しかも近くには地球も存在すると言う。可能性は0では無くても限りなく0に近い可能性として予想していたワープ先に驚く育兎の前で、今一つその辺の可笑しさを理解していないユウヒは、アン子に目を向けるとその先にあるモニターを意識しながら映像を映せるか問いかける。


「高感度天体カメラの修理もいくつか完了しています。少々お待ちください」

 どうやら近くに地球があると言ってもそれなりに離れているのか、モニターに映し出すには天体専用のカメラが必要なようで、それらの操作のためすぐにとはいかないようだ。


「はぁ……ここまで精密かつ大胆な世界間転移が可能な月サイズの宇宙要塞、これはちょっと想定外だね」


「そうなのか? 異世界なんていっぱいあるらしいし、割とあるんじゃ無いの?」

 アン子がコントロールルームの制御装置に顔を向け、何やら宙に向かって手を振り始める一方、椅子の上で項垂れる様に肩を落としている育兎は、思っていた以上に驚異的な性能を持つ人工天体に小さく驚きの声を洩らし、ユウヒの純粋な疑問に対して乾いて引き攣った笑みを浮かべる。


「文明の進化はある一定まで進むと滅びるか突き抜けるか引き篭もるかするもんだけど、ここまで進化していると管理神の世界にも相当近くなってると思うんだ」


「うん」

 困った様に笑う育兎曰く、文明と言うものにはいくつか壁のような物が存在し、その壁を境に文明は滅びの道か躍進の道を選択することになるらしい。またそのどちらも選ばなかった場合は引き篭もるのだと言う育兎は、顔を上げてコントロールルームを見渡すと、この人工天体を生み出した文明はその壁を超えて随分進化した故に管理神にと同じステージに近づいていたであろうと話す。


「そうなると大抵は一部が昇神して文明は衰退してしまうわけ、するとその文明の痕跡は一度リセットされるのが決まりなんだけど、リセットされてないってことはそうならなかった文明の遺産ってことになるんだ」


「へぇ」

 神の座に足を踏み入れた者はその身を神へと進化させてしまうらしく、現在の管理神の大半はそう言った文明の頂点に到達した者達だと言う。ただそうなると文明の頂点が急にいなくなり、不安定になる世界は一度リセットされて安定化を図ることとなる様だが、育兎が見る限り人工天体にリセットは適応されてないと言う。


「この辺の決まりは色々あってね、こんなきれいな状態で残っているのはちょっと想像し辛い、これは確実に管理神の連中にとっての厄ネタだろうなぁ……危険物は?」


「ん? ……反応なし」

 その話しぶりから明らかに育兎もまたそう言ったステージを知る事が出来る一人であるようだが、未だ人の枠の中に留まっている彼曰く、どう考えてもこの人工天体の存在は管理神にとって有って良いものではない様で、ふと気になった彼の言葉に腰バッグから黒い球体を取り出したユウヒは、何の変化も感じない金色の帯状の柄を指先でゆっくりなぞりながら肩を竦める。


「これじゃないのかぁ」


「地球の映像出ます」

 管理神から渡された封具の反応を見て眉を寄せるユウヒの言葉は、アン子の言葉によって一時中断する。


 その際、モニターに目を向ける二人に微笑むアン子は、ユウヒの手に握られる黒い球体を見詰めたのち彼らと同じくモニターに目を向けながらも、その目はどこか遠くを見詰めている様で、瞳孔の縁を鮮やかな緑に輝かせるのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒに新たな娘が出来ました。独り身で多数の子持ちになるユウヒの明日はどこへ、そして日本はどうなっていくのだろうか、次回もお楽しみに。


 読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー

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