第三百十八話 巨大な異形を封印せよ
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『巨大な異形を封印せよ』
連日曇ることの無い快晴続きの中央ドームの中に広がる異世界、いくつもの世界が重なり合うこととなった異世界の青空の下、そこには二日ぶりに合流したユウヒと育兎の姿があった。
「でかいな」
「おおきくなっちゃった」
彼ら二人には、本来降り注ぐはずの日の光を遮って大きな影が落ちている。大きな影を落とす巨大な何かの足元で呟くユウヒに、育兎は両頬を手で押さえて恥ずかしそうに体をくねらせると小さな声で呟く。
「もう戦闘機と言うサイズじゃないわよこれ、おじいちゃん大丈夫なの?」
彼ら二人に大きな影を落とすのは戦闘機、しかしユウヒの左腕の通信機から聞こえてくる兎夏が言う様に戦闘機と言っていいサイズではない。軽く30メートルを超える巨体を見た兎夏の心の中は心配の二文字で占められており、その気持ちはストレートに育兎へと向けられ、眼鏡型のHMDに映る孫の視線に彼は目を泳がせる。
「んー若干の技術実証機と言った風合いを入れつつ予定強度をやや高め要求機動をクリアする出力を合わせて実用的なレベルで纏めたはずだよ?」
目の前にある戦闘機? は育兎が遊び心をたっぷりと注ぎ込んだ作品となっており、正直とてもではないが正式採用出来るような能力ではない。兵器としては致命的な部分を補うために機体強度を上げた結果が巨大化であり、そう言った後ろめたい感情が彼の語尾を細くして行く。
「テストは?」
「これから!」
しかし彼の良い所は何時でもポジティブで居られることであり、若干の現実逃避も含めた様な返事に兎夏は頭を押え、目の前で行われるコントにユウヒは肩をすくめて機体を見上げる。
「説教足りない?」
「ひぇ!? だだだだいじょうぶだよ! ちゃんと安全重視で作ったから!」
「えーほんとうでござるかー?」
言い切ったような表情を浮かべる育兎であるが、頭を押える手の影から見える兎夏の据わった目に怯えると慌てて言い訳を始めるが、そんな彼の姿にユウヒは疑いが多分に籠った視線を向けて抑揚のない声を垂れ流す。
「ブラザーが敵に回った!?」
「それはまぁ俺も乗るわけだし」
思いもよらぬ伏兵の出現に本気で驚いた声を上げる育兎であるが、ユウヒの反応は至って真面なものである。だがユウヒの表情はいつものやる気なさげな表情に苦笑を足した程度であり、言うほど安全に関して不安は抱いていないようだ。
「くっ! ブラザーならわかってくれると思っていたのに! 悔しい! でも「で? 何がどう大丈夫なの?」あーうん」
「ガチのやつだな」
ユウヒの表情を見上げる育兎は、まだ冗談を混ぜて話しても問題ないと察して楽し気にネタを盛り込もうとするが、それはユウヒだけであって兎夏はその限りではない。通信機とヘッドセットから聞こえてくる冷たい声に背筋を伸ばして震える育兎は、助けを求める様にユウヒを見上げるがそこには諦めを促すような表情しかない。
「耐久性重視で装甲板も厚めにしたから出力関係で少しい大型になってね。だから丈夫という面では安心の設計だよ」
しょんぼりとした顔で真面目に話し始める育兎に、兎夏は画面の向こうで真剣な表情を浮かべている。どうやら安全重視というのは事実のようだが、元々余計な物を追加しなければ大きくする必要も出力を上げる必要もないのだから、これ見よがしに孫から溜息を吐かれても、育兎は不満を口にすることは許されない。
「テストくらいしてから使えばいいのに」
「やぁ新しい技術って早く試したいからさー」
「まぁわからんでもない」
一方、ユウヒは呆れた様に呟くも基本的に考え方の方向性は育兎と似通っており、反省の色が若干見えずらい返事に対しても理解を示す様な反応を返している。
「……はぁ、無事に帰ってきてね?」
「うん、それは当然だよ」
祖父の行動には不満しかないものの、異常な勘を持つユウヒが問題視していない姿を見てとりあえず留飲を下すことにした兎夏は、それまでの刺々しい雰囲気を消して心配そうに育兎を見詰めた。彼女のきつい言葉も態度もすべては心配に起因するものであり、それ故に育兎もまた反論できないのである。
「おじいちゃんの所為でこっちは余計な仕事が増えたんだから」
「あ、はは……うん、ごめんね」
「まさか私がVの中の人やる羽目になるとは思わなかったわよ」
「俺も思わなかった」
とは言え、根本的に育兎が常に一方的に迷惑をかけることが多いという事も二人の関係性を維持している要因であり、新たな問題を起こしてくれた祖父に対する刺々しい態度はしばらく続きそうだ。
「やぁ、石木君と話してたら話が弾んじゃってね! ……ただ、彼と雑談してたら突然電話の向こうで大きな音が鳴って切れちゃったんだけど、大丈夫かな? ニュースでは特に何も言ってんかったから大丈夫だと思うけど」
「そうなの?」
そんな迷惑行為にいつの間にか巻き込まれ、さらに石木の逆襲とも言える行動に呆れるユウヒは、不思議そうに見詰め合う山田家の二人に何とも言えない笑みを浮かべる。なぜなら彼らが話す内容の真相をユウヒはすぐに理解し、
「……ブラザー、骨は拾うよ」
「ええ! なんで!?」
さらにこの先未来で起きるであろう悲劇も彼には容易に想像できたからだ。
「とりあえず行くか」
「う、うん?」
どこかで赤い狐が爪を研いでいる気配を感じながら育兎に話しかけるユウヒの表情はとてもやさしく、そんな彼の表情に妙な不安を覚えながらも返事を返す育兎。
「行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます?」
彼の未来に何が待っているのか分らぬものの、今は目の前の難関を突破するために戦いの地へと赴くのである。
暗く何かが擦れ合うような音が聞こえる奥底で、それは小さく呟き続けていた。
「……」
気がおかしくなるような時の流れの中で一人、愚直なまでに守り続ける肉の塊。
「かくす……」
その使命は隠す事。
「……いんぺい」
見つかってはいけない、主の言いつけ通り密かに隠し続けるそこにあってはならない物。
「…………えーのしぞく、いがい……コロス」
その為なら目に付く者はすべて壊す、主の言いつけを守る肉の塊は今日も隠す為に殺す。
近づく者すべて殺し、そこにある秘密を守り続ける。その愚直な意思はありとあらゆるものを壊し続けた。
「む?」
「何かあった?」
見つかってはいけない。アレだけには決して見つかってはいけない。主が最も恐れるアレだけには、その意思に反応するかのように、戦闘機の後部座席に座るユウヒのウェストバッグ中で黒い球体が金色の光を大きく脈動させる。
「んー封印具が何か反応した様な」
「えー? さっきからすごく反応してるじゃん」
腰の辺りで違和感を感じたユウヒは、バッグに手を突っ込むと中から管理神から渡された封具を取り出すと不思議そうな表情で光を反射しない黒い表面を覗き込む。育兎が言う様に、反応を始めてからと言うものずっと脈動するように金の帯を輝かせる封具、いまさら反応したと言われてその差など解らない。
「それはそうなんだが……あれに投げつけるのか」
「ムリゲーじゃん?」
訝しげな表情で小首を傾げながら封具をバッグに突っ込むユウヒは、僅かに感じる重力に抵抗して体を起こすと頭上のキャノピーを見上げて気怠そうに呟く。そこには巨大な触手を広げる赤黒い肉の塊が蠢いており、近付くデブリに強力なレーザーを放っている。
「そこは大きなターゲットが攪乱してくれたらね?」
「それって僕だよね?」
多数の塵で拡散される光はそこに収束した光が突き進んでいる事を知らしめ、戦闘機のキャノピーには画像処理された映像としてレーザー射線予測が表示される。それらの装備とその巨体からは信じられない様な機動力によって囮を担当するのは育兎、大きな機体は良く目立ち囮として実に優秀だ。
「そういう事だな、がんばれ?」
「優しさが足りない!」
「じゃぁ役割替わる? はいコレ」
ユウヒの御座なりな言葉にジト目を向ける育兎であるが、元々囮を買って出たのは彼である。その理由は単純明快、ユウヒが取り出した封具を触りたくないからであった。たとえ機械越しであっても管理神の道具なんて触りたくないと顔を顰める育兎である、ユウヒに役割を交代するかと言われて代わるわけがない。
「それは、やだ……」
「おう! じゃぁ囮まかせたぞ」
口の中に梅干しをダース単位で詰め込んだような表情を浮かべ拒否する育兎に、ユウヒはニカっと笑って返すとキャノピーの最後部にあるハンドルを掴んで振り返り一言残す。
「ブラザー……気を付けて」
「……」
ハンドルを引っ張ればキャノピーの後部が一部分開き、そこから外に飛び出るユウヒは、育兎の言葉に親指を立てて答えたかと思うとそのまま宙に体を投げ出し、暗い色の服装をあっと言う間に眩闇の中に溶け込ませる。
「……わぁすごい魔力だ」
空気の抜けるような音を鳴らしたキャノピーが閉まって数秒後、育兎の視界に射し込む計器の光に高濃度の魔力反応が表示され始めた。その魔力は広範囲にわたって空間を侵食、これまでにユウヒが周囲に気を使っていたような優しく繊細な魔力ではなく暴風の様であったとは後日の育兎談である。
一方、そんな魔力暴風の中心地では、ユウヒの魔力によって生み出された大小様々な魔法の鳥が羽ばたいており、これまでにユウヒが使っていた青い鳥や水晶の鳥、アホウドリに見たこと無い大型の鳥などユウヒを守る様に編隊を組んでいた。
「【リジェクター】……よしとりあえずこのくらいでいいだろ」
すでにいくつもの魔法を重ねがけしたうえで更に呼び出されたカラスは、黒い霧の中から次々と飛び出し、ユウヒの周りを一度旋回したかと思うと静かに編隊へと加わっていく。
「ふむ、やはり魔力の湧き出し方が以前と違う」
それほど速くはない速度で真っすぐ肉の塊中央に向かって落ちる様に飛ぶユウヒは、大量の魔法鳥を生み出し終わると胸の辺りを手で押さえ最近急に感じ始めた違和感を探る様に目を細める。
「いや、戻って来たような……でも魔力は抜き取られたって言っていたような?」
どうやら【ブラックホール】の魔法を使ってからユウヒの魔力の源には何かしらの変化が起きた様で、それはいつもと違うと言うよりは、異世界ワールズダストで魔法を使っていたころの感覚に似ている様だ。
「お! 始まったな……おーすげぇ」
乙女の腕に体を貫かれて魔力の大半を抜かれた記憶がまだ鮮明に残っているユウヒは、訝し気な表情で首を傾げると、視界の先に見え始めた大量の光の拡散に目を見開き、その輝きの美しさに場違いな声を洩らす。
「俺らも行こうかね! 【範囲拡大】【隠蔽】」
そんな長閑な空気も数秒の事、気合を入れ直したユウヒは体の奥から魔力を勢いよく引き出して魔法のキーワードと共に周囲に撒き散らす。
「展開完了確認……よし、潜伏浸透開始」
ユウヒによりその在り方と方向性を決められた魔力は、編隊を組んで飛ぶ鳥たちをすっぽり包み込むと歪む様に暗闇と溶け合い、包み込んだ鳥たちの姿を消しさる。光学迷彩と同じような機能を持つ魔法の霧に包まれた大きな編隊は、ユウヒの小さな声と共に静かに速度を上げて肉塊へと真っすぐ進み始める。
身を隠し十分な距離をとって隠れ飛ぶユウヒであったがその時間は十分ほども無かった。
「距離残り1500……気が付かれたか! 隠蔽解除! ランダム機動で全速突入!」
遠近感を狂わせるような暗闇の世界でまっすぐ飛んでいたユウヒは、残り1500メートルほどの場所で悪寒を感じて叫ぶと、数羽の鳥を伴い大きく加速しその場から離れ、次の瞬間には彼が居た場所に光学迷彩の霧を突き破りレーザーが周囲の空気を焼き進む。
「リジェクター前に!」
損害こそ無かったものの、バラバラになった鳥の編隊はいくつものグループに分かれて高速で肉塊に向かって距離を詰める。黒い空間の歪みを纏って飛ぶカラスを先頭にして進むユウヒや鳥たちには、距離を詰めれば詰めるほどに次々と数を増やす光線が降り注いでいく。
「ちょいと気が付くの早くないか? 【マルチプル】【装填】【プリズムフォグ】発射!」
思っていたより早く隠蔽がばれた事に悪態を吐くユウヒは、囮となる鳥の小編隊に降り注ぐ光の散乱を横目に新たな魔法のための魔力を引き出し形にする。複数の魔法のバレルには光の幾何学模様で出来た弾丸が装填されて行き、ユウヒの意思に従い狙いを定めると発射の指示を受け爆発的な速さで飛び出す。
「続いて【強化】【隠蔽】」
弾丸はユウヒの進行方向の先で爆発すると大きな光の霧を撒き散らし、撃ち込まれる凶悪な光の束を無害な閃光に変えて周囲を真っ白に照らしていく。その瞬間ユウヒは【強化】した【隠蔽】の魔法を身に纏い光の霧を突き破り一気に肉塊の中心へと突き進む。
<ブラザー! 大丈夫かい!?>
「そっちこそ大丈夫か?」
膨大な閃光によりユウヒの異常を感知した育兎は、通信機を使いユウヒに連絡を入れる。育兎の焦った声に対してユウヒは思った以上に冷静で、しかしその声はいつもの彼とは違い何か言いし得ぬ冷たい雰囲気を感じた。
<まだまだいけるよ、まぁ防護膜が無くなるのも時間の問題だろうけど>
ユウヒの心配する声に少し目を見開いた育兎は、自信ありげな笑みを浮かべながら唇を舐めると問題ないと言いつつ問題しかない報告を告げる。どうやら機体が大きいため機動力があるとは言えども高出力のレーザーが掠りダメージが蓄積している様だ。
「残り400くっ狙われた!? いやこれは拡散―――」
<ブラザー!!>
近づけば近づくほどに触手から放たれるレーザーは濃密になっていく。その一本一本を冷静に避けていたユウヒは一発のレーザーを受けてしまう。どうやらユウヒの気配を感じても正確な場所を把握できない肉塊だったが、狙い撃つような戦法を変えて短いレーザーを広範囲にばら撒き始めたようだ。ユウヒが居た場所を一気に閃光が染め上げる姿に悲鳴を上げる育兎は、光に目を凝らしながら操縦桿を倒し強引な軌道を描く。
「ふははは! リジェクターの減衰フィールドを舐めるなよ! 亀みたいな熱線じゃなければ問題ない! 【加速】」
<……ふぅ、攻撃開始するよ>
育兎が心配したのも束の間、カラスが広げた黒い空間を侍らせ閃光の中から飛び出すユウヒの体には傷一つ、無いと言いたいところであるが所々焦げた場所が見受けられる。それでも笑い声を上げる元気がある事を確認した育兎は、浮いていたお尻を座席に落ち着けるとため息を一つ吐いて操縦桿を握り直す。
「おう! こっちもボマー隊突撃! 近くなればなるほど目玉が気持ち悪いな!」
<同意!>
残り僅かな距離であるが攻撃を高速で回避しながらの突撃はその距離を詰め切る事が出来ず、少しでも攻撃の量を減らすためにカラスと小鳥に守られたアホウドリが一気に接近しながらお腹に抱えた魔法の爆弾を撃ちだす。
「【大楯】ライドオン!」
何百メートルもありそうな触手が周囲から迫り、その触手の先端から生える目玉がアホウドリの攻撃と育兎の戦闘機から伸びる湾曲した光線により次々爆散していく中、ユウヒは大楯を呼び出すと最近すっかり乗りやすく変形してきた【大楯】に乗りレーザーを楯の腹で弾きながら滑り落ちていく。
「いでよ封具! くらええええ…………あれ?」
波に乗る様に肉塊へと突き進むユウヒは、まだ百メートル以上あるが早めに脈打つ封具を取り出し投げやすいように構える。より近く深く飛び込むことで更なる攻撃を警戒して歯を食いしばるユウヒであったが、急に周囲の空気が変わった事に目を見開く。
<これは、怯えてる……不味い逃げる!>
「えええ?」
急にレーザーによる攻撃が止んだかと思うと一斉に触手が震えだし、赤黒く太い触手の群れはとてつもない速さで収縮して行く。魔法により生み出された鳥たちまでキョトンと呆けてしまう触手の反応は何かに怯えるような動きであり、そしてそれは次なる行動を容易に想見させた。
<ブラザー合流だ! この先何があるかわからない>
「おk! 一点に集まっていく……あれはドーム?」
遠近感が狂っているが故に大きさがわかりにくいが、巨大ドームですら飲み込むほどの大きさに膨れ上がっていた肉の塊から伸びる触手は、その体積を無視して消滅するかの如く縮み続け、瞬く間に小さくなった背後からは小ぶりなドームが姿を現す。
<きっとあれが最後のドームだ、あれが拡大したら……多分この一帯の世界が上書きされる。本当のこの世界が現れるはずだよ>
「確証は?」
どうやら肉塊はそのドームに体を捻じ込んでいるが故に驚くほど大きさを縮めていた様だ。しかしその行動は小ぶりなドームに多大な負荷を与えている様で、黒い森の様に見えるドーム表面の模様には光のひび割れが細かく浮き出始めている。爆発の前兆現象にも似た反応を前に合流した二人、開いたキャノピーへ飛び込む様に戻って来たユウヒは、通信機から聞こえていた言葉の正確性について問いながら座席に座り背後で絞まるキャノピーに目を向けた。
「100%だね! 何が出てくるかも100%わからないオマケ付きさ!」
空気の抜けるような音を鳴らして閉まるのを確認して前を向き直したユウヒの視界には、すでに光る罅割れの方が多くなったドームがその身を僅かに膨張させており、触手の先端がドーム内に全て納まった瞬間世界は白一色に染め上げられるのであった。
いかがでしたでしょうか?
管理神の封具が反応する敵は、その気配に怯え逃げる。果たして異形が逃げ込み破壊されたドームはどんな世界をさらけ出すのか、次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




