第三百十三話 新しいお仕事
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『新しいお仕事』
育兎とユウヒが中央ドーム前で今後の作戦会議を開き、突入にはまだしばらく準備が必要と言う事でそれぞれ用事や準備に動き出した翌日、朝からユウヒはスピーカーモードにしたスマホを前に眠そうに目を擦っていた。
「そうか、それは何というか……俺としては助かったと言う所だな」
ユウヒが応対している電話の相手は石木のようで、少し枯れたような低い声で話す彼は、突入の時期延期を聞かされどこかほっとしたような様子である。
「なにかお仕事ですか? 最近じぇにふぁーに稼ぎ過ぎと言われてるんでお手柔らかに」
「おめぇさんが言うセリフじゃねぇな」
何かまたユウヒに依頼がある様で、それを察したユウヒは目を細めて口を開くと、最近トレビ菴からの電話で言われた苦言を思い出して小首を傾げながら電話口に向かってそんなことを言い出す。自分が今どのくらい稼いでいてどのくらい税金を払うのか今一つ理解してないユウヒの他人事のような言葉に石木は呆れた様に呟くと、想像に易い呆れたじぇにふぁーの顔を思い浮かべる
「特に使い道とかないんですよね。身一つでなんとかなりますし、必要な物は自前で用意しますし、材料費が偶にかかるくらいで事務所とかいらないですからね」
「確かにな、車とかはどうだ?」
税金対策になるからと色々勧められているらしいユウヒであるが、今のところ必要な物は特になく、物置くらいほしいところであるがそれも自分の部屋で十分間に合う上に、国が保管している物も事情を話せば割と融通してもらえるので必要がない。そんなユウヒに税金対策としてはありきたりな車を進める石木であるが、
「飛んだ方が早いです」
「ファンタジーが強すぎるな」
返って来るのは実にファンタジーな理由である。ユウヒであれば魔法で飛んだ方が圧倒的に早く、忍者に聞けば走った方が早いと返すであろう。そんな圧倒的ファンタジーに対する呆れが聞こえてくる電話口からは小さな溜息も一緒に聞こえてくるのであった。
「それで? 今度はどんな仕事ですか? 大型ゲート修復まで暇と言えば暇ですけど」
「うむ、実はドーム縮小に伴う自衛隊の海外派遣が決まる予定でな、その機材を納品してほしい」
そんな石木の依頼は、またドーム縮小作業に必要な道具の作成依頼である。現在日本で行われているドームの縮小及び、ゲートの長距離移設は、世界各国から熱い注目を集めており、すでに縮小作業の打診を受けている政府は海外への自衛隊派遣の方向で動いている様だ。
「魔力測定用の計器とか活性化装置ですかね? あとは不活性魔力に対する警報器? でも俺だけじゃ作れない部分もありますよ? 時間があればなんとかなるかもしれないですけど……」
当初は縮小作業に民間企業の手も借りると言う案も出ていたのだが、ユウヒや育兎が用意する機材の危険性や機密性を考えると自衛隊に管理してもらうほか無く、特にユウヒの作る活性化装置などは壊れた場合の被害が想定しにくいこともあり、国内においても民間企業だけによる縮小作業は否定的である。
「ああ、協力者の二人にはもう連絡済みで了承も貰っている」
「聞いてないですね」
また、自衛隊の海外派遣による国外ドームの縮小については、兎夏や育兎の許可を先に取り付けていたようで、しかしそう言った話を全く聞いてないユウヒは訝し気と言うより少し不思議そうな声を洩らすと、いつの間にか手に持っていた作りかけのナニカから目を離しスマホに視線を向けた。
「なんでも、勝手に決めたのがバレると怒られそうだからとかで、ギリギリまで黙っていてほしいと言う事だったな」
「先延ばしじゃん、怒らないけど」
そんな自衛隊の海外派遣とそれに伴う機器作成について話を纏めていたのは育兎、彼を窓口にしてしまった弊害か何も聞かされていなかったユウヒは、石木の言葉から育兎の考えを想像して苦笑を浮かべる。
「お前さんが温厚で良かったよ、その辺は黒鬼のほうに性格が似たんだろうか」
きっと特に意味らしい意味があったわけではなく、楽しそうだからと言う理由で隠していたのではないか、もしくは何かどうでもいい隠し事でもあるのではないかと勘繰る呆れた口調のユウヒは、石木に勇治の面影を感じさせたようだ。
「父が喜びそうですね、そのあと母に絞められそうですけど」
「……すごく想像できるな」
家族大好きな父親である勇治のことなので、今の言葉を聞けば男臭くも満面の笑みを浮かべて喜ぶことは必至であり、同時に不機嫌となった明華によって絞められるのは確定した未来なのか、ユウヒの呟きに対して石木は苦笑交じりに同意する。
「……ところで、遊び心はどのくらいまで許容範囲ですか?」
「無しだとありがたいんだが」
ちょっとした雑談を挟んだことにより和む場で、不意に視線を泳がせたユウヒは少し落ち着いたトーンで問いかけ、その問いかけに対して石木は即座に返事を返す。若干言葉を被せる様に返された返事に、ユウヒは眉を僅かに寄せるとジト目を浮かべる。
「そんな即答しなくても……」
「だがクリエイターのモチベーションは大事だからな、俺も学んだよ……」
非常に残念そうで気怠そうな声を洩らすユウヒは背中を丸め、しかし続く石木の言葉に眉を上げると目を瞬かせながらスマホに耳を傾け、電話口から聞こえてくる呆れ交じり、と言うより諦めたような声に笑みを浮かべた。どうやら石木も最近の新しい経験でユウヒのようなタイプの扱いに慣れてきたようだ。
「扱いが難しくならなくて危険じゃなければある程度は良いだろう。ちゃんとマニュアルも用意してくれよ? 未知の道具を扱うのは隊員も神経すり減らすからな」
研究者や開発者と言う人種は暴走するものであるという事を、ここ最近の異世界研究の報告書で理解した石木は、予め妥協点などを用意することでコントロールに成功していた。今回もユウヒにあらかじめ最低条件を用意することでその行動をコントロールしようとしたようだ。
「なるほど、扱いが簡単でスマートで丈夫で危険回避しやすいものですね」
「なんだ、その不穏な言い回しは……」
ユウヒも特に悪気や悪意で暴走する気はなく、石木の条件に当てはまる範囲で好きなものを作るつもりであるが、僅かな解釈のずれを感じるような言い回しにスマホからは引き攣った声が聞こえてくる。
「最近やってみたい事がありまして、ちょっとお時間いただきますが、要件を満たすろンンン! ……装置をご用意しますね!」
「おい! 今なんて言おうとした!?」
ただ、惜しむらくはユウヒのネジの緩み具合は一般的な開発者や研究者の緩み具合とは比べるまでもない事であろう。
「あーでんぱがわるいなー! 完成したらまた連絡しますね!」
「ちょっとまっ―――」
不穏な気配しか感じないユウヒの言葉に焦る石木であるが、彼に動き出したユウヒを止める事は不可能である。電波が悪いなどと惚けたことを言い始めたユウヒは、有無を言わせず捲し立てるとそのままスマホの電源を切る。
「さて、作業の時間だ。丈夫……丈夫だな!」
電話を切るではなくスマホの電源を直接落とし満足気な表情を浮かべるユウヒの視線の先では、綺麗に磨かれてはあるもののところどころ傷跡が目立つ金属の装甲板が、窓から射す日の光を鈍く反射しているのであった。
石木との通話を終えたユウヒはその後、朝から精力的に動き、その余波は名もなき異世界へも影響した様で、巨大なゴーレムが立ち並ぶ格納庫の一画では二号さんが箱型工作機の前で作業を行っている。
「二号ちゃん張り切ってるねぇ」
「親方からの依頼ですからねー。私の用意した軽量装甲板も喜んでもらえました」
黙々と作業を行う二号さんから少し離れた場所では、机の影から顔だけ出した一号さんが、妹の真剣な横顔を眺めながら楽しそうな声を洩らしており、そんな姉の姿に通りかかった小柄な少女はニコニコと笑みを浮かべて話す。どうやら彼女が用意していた装甲材もユウヒに喜んでもらえたようで、その事がうれしくて自然と表情に出てしまうようだ。
「そうなの? 僕は素材系だからなぁ……電子部品なんか特によく解んないし」
「私たちも電子系スキルはありません。居残り組なら何人か取得者いるけど」
一号さんが得意とするのは、少女や二号さんが得意とする分野とは別らしく、電子機器を作っているらしい二号さんに目を向ける一号さんはどこか羨ましそうに呟く。また、電子系の工作を得意とする仲間は二号さん以外にもいるようだが、現在は異世界ワールズダストで開拓作業に勤しんでいる様だ。
「向こうのみんなは元気かな?」
「何もなければいいんですけど、帰れないですからね」
異世界ワールズダストから世界の壁を突破して名もなき異世界にやってきた一号さん達であるが、現在はアミールによって世界間の壁がより強固なものへと修繕された影響で簡単には帰れなくなってしまっている。
「こっちに来るときはそんなに固くなかったのに、いつの間にかミサイル一発じゃ開かなくなってるし」
「なんでも神様が色々修理してるそうですよ?」
「そうなの?」
特殊な弾頭を搭載したミサイルによって世界の壁を抉じ開ける技術は、彼女達の存在していた異世界ではそれほど珍しい技術ではなかったようだが、開けられなくなると言う事態は珍しく、ユウヒからその辺の事情を少し聞いていたらしい少女の言葉に一号さんは目を丸くした。
「親方が教えてくれました」
「親方はすごいねぇ神様ともお友達なんだよね」
どこか自慢するように、無い胸を張ってユウヒから教えてもらったと話す少女を見上げる一号さんは、羨ましそうな表情を浮かべながら机の上に顎を載せると、親方と呼んで慕うユウヒの交友関係に対して感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。
「私たちも神様のお友達いるじゃないですか」
「あ、そういえば……。優しいお姉さんって感じだったからすっかり忘れてたよ」
しかし、彼女達も女神と言う高次生命体と交友を結んでおり、その事を少女の指摘で思い出した一号さんは短く声を洩らすと、記憶の中でニコニコと微笑むニンジンとキャベツが入ったバスケットを抱えたうさ耳女性の姿を思い出し、その威厳の無さに苦笑を浮かべるのであった。
異世界ワールズダストにおけるユウヒの守護神が、鼻のむず痒さにクシャミを放ち、蛇の女神に呆れられている頃、その唯一の守護対象はパソコンの前で目を輝かせていた。
「なるほど! 確かにそれなら誰でも使えるし安全だね! しかも材料はあれでしょ装甲板、丈夫さも完璧!」
「だろ? それでどのタイプにしようかと思って」
ゲーム用に揃えられた高性能なパソコンと大きなモニターの中には、ビデオ通話の画面上で育兎がユウヒと同じく目を輝かせ屈託のない笑みを浮かべており、その他に簡易的な図面の画像がいくつも広げられている。
「んーAタイプは確かに規定内だけど、耐久性に問題あるよね」
「そうだな、これは軽量タイプだからどうしても耐久性に難がある」
図面はお絵描きツールか何かで描かれた物らしく、端の方にアルファベットが書かれていた。そんな図面は育兎のパソコン上にも表示されているらしく、Aタイプと呼ばれるものの評価は互いに微妙なようだ。
「Bは誰でもは扱い切れないだろうし、これもあれだから……Dじゃない?」
「重いぞ?」
さらにB、Cと続きDまで用意された図面は次第に人の形に近くなっている。特にDタイプはそれだけで数枚描かれているらしく、育兎の視線に目を瞬かせたユウヒが目を向けた図面には直立する人に近いシルエットが描かれていた。
「ふふ、そんなユウヒ君に良いデータがあるんだよね! これ見てこれ!」
「ちょっとまて、ふむふむ? ほう?」
明らかに一番手の込んでそうな図面やデザイン画ではあるものの、ユウヒはそれほど乗り気じゃないのか重いと言って小首を傾げ、しかし育兎は予想済みだと言わんばかりに澄ました笑みを浮かべると、ボイスチャットソフトの機能を使い画像データを送る。
「もともと僕の没案なんだけどね。物自体は良いと思うんだ」
「この辺改良したらもっと扱いやすいかもな」
元からモニター上に表示されていた図面よりずっと精細で細かい図面を開き見詰めるユウヒは、右目を輝かせながら図面を睨むと改善案を出し始めるが、真剣な目の一方で口元は弦月の様に弧を描いていた。
「どんな?」
「ねじ込み式とか」
「精度は大丈夫? 難しくない?」
「そこはまぁ魔法だし、魔力の量を増やせば無理やり……ね?」
明らかに外れてはいけない箍が外れ始めているユウヒの提案に、画面の向こうの育兎もより目を輝かせ、ユウヒのパソコンの高性能なスピーカーからは強めの鼻息が聞こえてくる。
「でたな反則! でも確かに……それなら接続部分にこの機構を導入して」
短い言葉のキャッチボールだけで互いの意思を理解し合う二人、ユウヒのいつもの魔法に不満を漏らす育兎であるが、今はそんなことは二の次だと言わんばかりに断線しそうになる会話を無理やり戻すと、新たな図面のデータを送り、ユウヒは淀みなくファイルを開く。
「……いいな」
「いいよね!」
ユウヒの速度に合わせる様に素早く開いた画像データを睨んだユウヒは、一言小さく呟き育兎と見詰め合い笑みを浮かべると、ボイスチャットのお絵描きツールを立ち上げ図面をそこに読み込ませる。
「ここをこうして、だいぶ構造的にスペースが余るけど何か入れるか」
「安全なら防御兵装とか入れたら? 自動迎撃とか」
互いに共有しながら絵を描けるツールに読み込んだ図面に色々掻き込んでいく二人の会話には、次第に物騒な言葉が混ざり始めていく。
「誤射が怖いな、でも検討しても良いかな? あとはよくある防御シールド的な」
「簡易型のフィールド発生装置なら僕が用意するよ? 電力結構喰うけど」
いったい何を作るつもりなのか、自動迎撃は誤射の危険があると言いつつ検討はするらしく、さらに現代日本では実現不可能な機能まで入れようとする始末。
「部分的に発生させてコスト減らすとか、まぁ発電機能もつければいいんだけど」
「あ! 回転盤でいいじゃん! それ用のシステムも組んでさ」
完全に自重と言う言葉を忘れた二人の話し合いは加速し、お絵描きツールには追加の情報が次々と書き込まれていく。最初は比較的現代科学でも理解しやすいものと思われた何かは、未来の技術と魔法技術により可笑しな方向へと発展していた。
「発電機用意できる?」
「いけるいける、3Dプリンターで自動だから時間もそんなにかからないし……この設計図で良いかな、後で図面送るから円盤の寸法合わせてね」
ネジが緩んで暴走を開始した二人を止める者などこの場にはおらず、せめてこの場に兎夏が居たならば二人の暴走はここまで進まなかったであろうが、そんな貴重な人材は連日のドーム縮小と移設作業で疲れて深い眠りについている。
「あ、それならここに別で発生させて」
「ふぅ! これは熱いね!」
本来の目的から著しく脱線している二人は、しかし自らの前に線路を新しく敷いている為に脱線には気が付かず、また後で気が付いたとしても止める者がいない以上、結果が変わることは無いであろう。
いかがでしたでしょうか?
止める者が居ないと無限に暴走して行くのがマッドと言うもの、そして二人はまたその感情に任せて何かやらかすつもりの様です。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




