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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
適応と摘出

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第三百話 英気を養うの会

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『英気を養うの会』



 新エネルギー開発機構のメンバーに恐怖と興奮を植え付けた育兎、多大な宿題を放り投げられた面々が、前日の恐怖と興奮を抱え自分の予定をキャンセルしてまで会議室に缶詰になっている頃、とあるしゃぶしゃぶ屋には恐怖の源である二人の姿があった。


「さぁこれでしばらくは暇になるから、ドームの方もちゃちゃっと終わらせよう!」


「……」

 機嫌よさげに食い放題のメニューを捲り楽しそうな声を上げる育兎の前には、テーブルを挟んだ向かいで複雑な表情を浮かべた兎夏が座っている。その表情はほっとした様な安心した様な、しかし納得できない思いを飲み込みストレスを感じている怪訝な表情であった。


「兎夏ちゃん、そんな複雑な表情浮かべなくても……」

 なんとも複雑な表情を浮かべる孫の姿に思わず表情を引き攣らせる育兎は、また怒られないか若干の不安を感じてメニューで顔半分を隠し苦笑いを浮かべながらじっと兎夏を見詰める。


「良くわからんが、俺も手伝うから」

 そんな兎夏の隣には少し間を開けてユウヒが座っており、チラチラと向けられるメニュー越しの視線に、彼は苦笑を洩らすと助け船を出すために隣へ体を向けると笑みを浮かべた。何をどう手伝うかなど詳しい話は聞いていないにも関わらず気軽に言ってのけるユウヒは、じっと見つめるような兎夏の視線に不思議そうな表情を浮かべる。


「夕陽君はもっと自分を大事にしなさい」


「……あれ? 怒られてる?」

 ユウヒに視線を向けた兎夏は、困ったように肩を落とすとため息混じりに注意を促し、突然少し強めの口調で怒られたことにキョトンとした表情で兎夏と育兎を見比べ首を傾げて見せた。


「はは、心配なだけさ……まぁ君の事を心配するとか無駄だけどね」


「酷くね?」

 予想通りの反応に深い溜息を洩らしている兎夏に困ったような笑みを浮かべる育兎は、説明を求める様な視線に心配なだけであり、同時に君の言動は心配されて当然だと言いたげな表情でユウヒを見つめ返す。だが同時に、ユウヒに向かってそんな心配をしたところで唯の徒労に終わるだけだと笑う。


「良い意味だよ? なんせ普通の人間なら万死確定な道を部位破壊報酬も与えずに駆け抜けてるくらいだからね」

 心配するだけ無駄と言う言葉のニュアンスに納得のいかないユウヒであるが、彼がファンタジーを体験するきっかけからまだ一年も経っていないのだが、その間に経験した出来事はどれも一歩間違えれば死んでいてもおかしくないものばかりである。それもこれも神から与えられた力があったからだとも言えるが、そもそもその力が有毒で生死にかかわるような物だった時点で、彼の運の良さが窺い知れると言うものだ。


「うーん、否定できないけど俺も良く生きてたなと思うことは多々ある……神とか亀とか核融合とか」


「自分の部屋で核融合一歩手前とかパンク過ぎると思うんだよね」


「パンクで済む話じゃないと思うんだけど……」

 初めての異世界であるワールズダストから帰ってきた後も、本来ならゆっくりするはずが予想もしていなかったドームによって運命を翻弄されたユウヒ、当初の妹捜索から始まり、管理神ファンクラブ、国も亡ぼせそうな大亀と来て、最近では精霊の為に自室で核融合を発生させそうになるなど綱渡りのユウヒ、その原因は彼の行動にもあるだろうが果たして運命の神が居るとしたら彼に何を期待しているのであろうか。


「慎重って大事だね」

 頭を抱える兎夏の呟きに思わず閉口してしまうユウヒは、彼女からの視線を受け止めると作り笑いで親指を立てて見せる。


「失礼します。注文の品を並べていきますねぇ」

 空気を和ませようとしたユウヒの精一杯の努力は、逆ベクトルへとその力を発揮したのか、ジト目を浮かべて何か言おうと口を開く兎夏であったが、丁度そのタイミングで半個室に店員の女性が現れ、肉の盛られた朱塗りの四角い桶を大きめのテーブルに並べいく。


「お肉♪ お肉♪」


「……意外と早く約束果たせたわね」

 店員の登場で吐き出すはずだった言葉を飲み込んだ兎夏は、並べられていく肉とタレに燥ぐ祖父の姿に思わず優し気な苦笑を浮かべると肩から力を抜き、ちらりとユウヒに目を向けると微笑みながら約束と口にする。


「ん? ああ、まぁ全て解決したら今度は食い放題じゃなくて高級な肉でも食べよう」

 どうやら一緒に出掛けようと言う約束の事を言っている様で、言われたユウヒも今気が付いたのか眉を少し上げると、すべて解決したらリーズナブルな食い放題ではなくもっと良い肉を食べようと笑う。


「私は甘いものとかでもいいけど?」

 全て終わったら、そんな希望に満ちた明日の話を純粋に信じて話すユウヒの笑顔を見た兎夏は、少し心が軽くなる気がして自然と頬が緩んでしまい、そんな顔を誤魔化す様にわざとらしい笑みで上書きすると甘いものを求める。


「じゃあそれもってことで」


「ええ、楽しみね」


「ふぅん……僕スーパーレモンサワー一つ!」

 では甘いものを食べにではなく追加すると言うユウヒの言葉を聞いて、兎夏は思わず微笑むと楽しみだと呟き、トングを手に取ると鍋に野菜や茸を入れていく。ようやく機嫌が直ったかとユウヒがほっと息を吐く前では、育兎が意味ありげな表情で鼻から息を抜く様に声を洩らし笑うと、大量の肉を並べ終えた店員の女性にメニューを指差しレモンサワーを注文する。


「えっと、年齢わぁ」


「ふふ、これでも成人してるから大丈夫! 酸っぱいの頼むよ!」

 見た目少女にしか見えない育兎であるがれっきとした成人であり、どこからか取り出した運転免許証を女性に見せると胸を張って見せ、女性店員はその姿を微笑まし気に見詰めた。


「はい、承りました」

 免許証の内容を詳しく見ずに了承した女性は、ハンディ端末に入力すると一礼しその場を去り、そんな女性の背中を見送った育兎は壁に貼ってある新メニューに目を向ける。そこには『甘い空気も一発爽快すっぱさ十倍スーパーレモンサワー』と言う言葉が躍っており、その文言を読んだ育兎はニコニコとした表情で少し顔の赤い孫を見詰めるのであった。





 笑顔なのに何故か口から砂糖でも吐きそうな蒼い顔の育兎が水をちびちびを飲んでいる頃、遠く離れたとある会議室でも顔を蒼くする者たちが居た。


「とてもじゃないが信じられない」


「ああ、これが触り程度だと言われて信じる奴なんていないだろ」

 それは新エネルギー開発機構のメンバー達であり、その手には育兎が残して行った教科書や説明書などを持っている様だが、その内容を血走った目で睨み読む彼らは口々に信じられないと呟いている。


「馬鹿な、エネルギー密度が50メガワットだと? 単位間違えてないか?」


「キロあたり50であっているらしい……ほかにも現状ですぐに実現可能な低コストバッテリーや水素タンクについても書かれている」

 触り程度だと渡された本の内容は軽く流し見ただけではとても信じられない様な内容が書かれており、そんなわけあるかと詳しく読めば読むほど、専門的知識を持ち合わせていればいるほどに納得させられてしまう。


「これは水素燃料の世界が変わるぞ、ぶっきらぼうだがこれだけやってもらって文句なんぞ言えないな」

 読み解けば解くほどに頭の中は革新的な内容で満たされ、少し想像しただけでもそれらを使った世界が明るく広がっていくような感覚に襲われる専門家たちは、どこかぞんざいな対応を見せていた育兎を思い出し、その言動とは真逆と言って良いほど丁寧で分かりやすい資料の数々に、自らの未熟さを感じ肩を落とす。


「早く実証実験を開始したいが、くそ! 有用な情報が多すぎる」


「情報漏洩防止に紙ベースだけだからな」

 またまだ若い技術者は、教科書に書かれた内容をすぐにでも試したくて仕方が無いが、しかしまだまだ学びたい内容が多く、そのジレンマに脳が疲労を感じて足が勝手に貧乏揺すりを始めてしまう。そんな風に彼らが苦悩する理由は、すべての教科書は一セットしかなく、持ち出して良い資料も限定されている為、持ち出せない内容は極力この場で頭に入れるほかないからだ。


「コピー作業も進めているが時間がかか―――!?」

 一方、持ち出し許可がされている教科書に関しては、現在会議室内に運び込まれた数台のコピー機によって必要数が印刷され、その傍らでは複数の事務職員の手で製本作業が行われている。


 次々とコピーされる紙の束は積みあがっていくばかりで、どう考えても製法作業が間に合っていないが、それでも必死に作業を進める人々に目を向けた男性は、突然頭上から聞こえた高く小さな回転音に動きを止める。


「うわぁあ!?」


「なんだ!」

 音の原因に目を向けようと何と無しに顔を上げようとした男性は、その瞬間聞こえて来た叫び声に驚き、天井の音を忘れて男性の叫び声の聞こえた方へと目を向けた。


「馬鹿野郎! こんな場所で火を使うな!」


「ち、ちが」

 そこではスーツに付いた火を消そうと慌てて転がる男性と、火の付いた紙屑が宙を舞っており、近くにいた職員達は火を消すために慌てて自らの上着で男性や、宙を舞う書類を叩く。


 育兎の教科書は全て紙である為、火気厳禁は一番最初に注意されたことである。それにもかかわらず火の気を出したのだから怒られても仕方は無く、しかし注意された男性は焦げたスーツを脱ぎながら首を横に振って見せる。


「アーアー聞こえる―?」


「この声は、育兎博士? ……な、なんだこれは!?」

 周囲の人間が、まるで火で焦げたかのように日に焼けた男性を睨む中、突然頭上から育兎の声が聞こえて来た。大勢で使う事を想定された会議室は圧迫感を軽減するために天井が少し高く、音源を求めて天井を見上げた人々一様に目を見開き動きを止める。


「事前に連絡した通り、持ち出し厳禁資料についてはこの部屋だけでの回覧となります。持ち出そうとした資料は問答無用で燃やすので……悪しからず?」

 何故ならその天井には人と変わらないサイズの大きな白い蜘蛛が張り付いており、そこから育兎の声が聞こえていたからだ。よく見ればその白い大蜘蛛は生物ではなく機械であるらしく、関節部から見えるダンパーを僅かに動かすと、触肢から延びていた銃口のような物を内部に収納する。どうやらこの蜘蛛が持ち出し厳禁の資料を燃やした様だ。


「……おい、そいつを捕まえろ!!」

 そして燃やされた理由、それは日に焼けた男性が持ち出し厳禁の重要資料を会議室から外に持ち出そうとした以外考えられず、大きな穴の開いたスーツを見るに上着の中に隠して持ち出そうとしたのは明らかである。


「てめぇどこのスパイだ!」


「や、やめげぶぅ!?」

 初老の男性が張り上げた大きな声に押される様に動き出した技術者や研究者たちは、重要資料の独占を企てた男性に向かって駆け出すと捕まえるより先に蹴り飛ばしたり踏みつけたりと怒りをぶつけ始めた。それは当然であろう、何せ持ち出し厳禁の重要書類が一つ完全に燃えてなくなったのだ、同じものをまた用意してもらえる保証がない以上、永遠に失われたのも同意である。


「吊るせぇ!」

 企業スパイなのか国家スパイなのかわからない男性は、血走った目の技術者や研究職に蹴られ気を失うと、誰ともなく声を上げたままにロープで縛られ天井から吊るされることとなるのであった。





 何気にロープを提供した蜘蛛と会議室の面々が心を通じ合わせている頃、食い放題のしゃぶしゃぶやでは4杯目のスーパーレモンサワーを飲む育兎が楽しそうに笑っている。


「だから僕が監視してなくても良いのさ、ステルススパイダーがずっと天井から監視し続けるからね」


「精密熱線砲……いいな」

 会議室の天井に張り付き、育兎の音声を流していた蜘蛛の名前はステルススパイダーと言うらしく、その名の通り光学迷彩を装備して周囲の景色に溶け込めるロボット蜘蛛らしい。さらに武装として精密熱線砲と言う赤外線レーザー兵器を搭載し、必要最小限の被害で対象を攻撃できる。日に焼けた男性のスーツを燃やし隠し持っていた書類を燃やし尽くしたのはこの兵器によるものだったようだ。


「いいでしょ!」


「おじいちゃんにしては優しい方なのかな?」

 明らかにオーバーテクノロジーなレーザー兵器に興味を惹かれるユウヒに、育兎は誇らしげに笑みを浮かべ、ジト目を浮かべていた兎夏はしかし祖父にしては大人しいやり方だと小首を傾げる。


「そうなの?」


「私が聞いた話しだと部屋ごと吹っ飛ばしたって」

 ちょっと間違えれば、人一人火達磨にしてそうな行為を優しいと言う兎夏に若干引き気味のユウヒであるが、兎夏が彼の疑問に答える内容を考えれば確かに部屋は吹っ飛ばされていないので優しいや大人しいと言う認識になるのかもしれない。


「どれの話だろ? あぁでも、陸上二足歩行型の軍用機展示会に来たテロリストは奪われたロボットごと爆破したかな? 軽量化タイプだったから大型ロケットバズーカで木っ端微塵になっちゃったよ」

 ユウヒと兎夏からの視線が集中した育兎は、大口を開けて食べようとしていたイベリコ豚のバラ肉をそっと深皿に戻すと、少し考え込む様に小首を傾げる。それは忘れているや、やった覚えがないと言った仕草ではなく、やりすぎてどれの事だか悩むような仕草で、


「お母さんが言ってたやつじゃないかも」


「そっかー」

 事実彼の思い浮かべたテロ鎮圧のための爆破は、兎夏が聞いた話とはまた別の話の様だ。


「……二足歩行か」

 軽く首を横に振って聞いていた話とは違うと言う兎夏と、そんな彼女に軽い返事で頭を掻く育兎。なんだかんだ常識人に見える兎夏も、一般人から考えるとネジが数本抜けていそうである。そんな山田家では普通の会話がなされている一方で、ユウヒは二足歩行のロボットと言う言葉に一号さん達を思い出し、同時に異世界のロボットはどんなものなのか興味を持ったようだ。


「興味ある? 作る? 魔法込々の魔動機神作っちゃう!?」


「いやぁ……うちの娘はもうそっち方面だからな、純粋な機械だけで作られたやつを見てみたいな」

 ユウヒの呟きを聞き逃さなかった育兎は、テーブルに手をついて勢いよく立ち上がると、キラキラとした瞳で問いかけ、心躍る感情が自然と体を動かしつま先で小さく跳ねる。しかし魔法と機械の融合したロボットはすでに一号さん達が存在する為、ユウヒとしては純粋な機械技術で作られたロボットが見たい様だが、内心進み過ぎた化学と魔法の差が解らなくなって来た彼は、自分の言葉に思わず苦笑を洩らしてしまうのであった。


「むす、め?」


「もうあるの!」

 ドームの事など忘れ脇道にそれそうになる育兎、本来なら兎夏が怒りだすところであるが今はそれどころじゃない様で、ユウヒの娘発言に目を見開き瞳孔を限界まで開いている。一方育兎も目の輝きを増幅させると、今にも飛びつかんばかりの勢いでテーブルの上に乗り上げ、ユウヒは倒れそうになるグラスを手に取るとオレンジジュースをストローで一口飲む。


「前にも話さなかったか?」


「そうだっけ? いや話してない様な?」

 気の向くままにいろいろな話をしてきたことで、二人は何を話してなにを話していないか分からなくなっているようで、お互いに顔を見合わせると眉を顰めながら首を傾げ合う。


「お子さんが居るの?」


「そっちも前に話さなかった?」

 そんな仲のよさそうな二人の隣で俯いていた兎夏は、小さくぼそりと呟き真っ赤な瞳でユウヒを見詰める。まるで夫の浮気を問い詰める様な気迫で呟かれた声に、ユウヒはきょとんとした表情で首を傾げるとやはり話したことがあるような気がして眉を顰め、そんな彼の背中には兎夏の言動に怯えた育兎がいつの間にか隠れていた。


「詳しく」


「あ、はい」

 育兎が背後に隠れたことで後退ることが出来なくなったユウヒは、四つん這いで迫って来る酒気香る兎夏に問い詰められ素直に返事を返すことしかできないのであった。


「やあ、前途多難だねぇ……おねぇさん! スーパーレモンサワーおかわり!」


「はぁーい!」

 尚、三人の構図が完全に浮気がバレたか、もしくは二股がバレたかした痴情の縺れにしか見えず、ユウヒの背中に隠れてため息を漏らす育兎の注文を受けた女性従業員を中心に、客席女性スタッフ全体の楽しい話の種として広まるのだが、それはまた別の話である。



 いかがでしたでしょうか?


 何やら甘い香りがしてきそうな酒臭い様な空間が出来上がっていくユウヒの回り、政府の依頼を適当に放り投げ、彼らは本来の目的に向かう。次回もそんな話を楽しんで貰えたら幸いです。


 読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー!!

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