第二十九話 ユウヒとは
どうもHekutoです。
加筆減筆修正完了しましたので投稿させていただきます。皆様のお暇やくつろぎの瞬間に楽しくお供できれば幸いです。
『ユウヒとは』
早朝からゴブリンと思われる小人の強襲を退けたルカ一行は、廃村から持ってきていたロープで彼らを縛り上げた後、今も道なき道を彷徨い歩いていた。
「ふむ、割と歩いたが植生も代り映えしないし、進んでいるのか分からないな」
「そんなすぐに植生は変わらないだろ」
再襲撃の可能性も考えて少しでも遠くに移動する彼女達であったが、やはり目標物も無く歩く行為は精神的に負担があるらしく、パフェは詰まらなさそうな顔で疲れを感じる声を洩らし、その声が聞こえた先頭のクマは、律儀に振り向きツッコミを入れている。
「とりあえずあの白い壁まで戻らないことにはね」
「・・・ごめんなさい」
現在5人の方針は、この世界に入った当初とは違い第一目標が地球への帰還となっていた。いくらユウヒを探すためとは言っても、ミイラ取りがミイラになってしまっては本末転倒であり、その事はルカも理解している為、この地に来るきっかけになってしまった自分を責める気持ちが、日に日に増しているようである。
「大丈夫よ? ルカちゃんは何も悪くないんだから」
「だな、悪いのは人の忠告を無視して歩き回った挙句、崖から滑落した約二名だからな」
しかし彼女はまだ未成年であり、実際の元凶とも言えるのは周囲の大人たちである。その事を重々承知しているメロンとクマは、眉を顰めると努めて明るい声や優しい声をかけて流華を元気付かせ、ついでにクマはどうしようもない大人二人にジト目も注いでおく。
「だれだろうなーそんなことしたのー?」
「わ、私もわからないなー?」
そのダメな大人の見本は、クマのジト目に気が付くとその視線から逃げるように視線を彷徨わせ、明らかに挙動不審な様子を見せる。
その様子に、射貫くようなジト目を継続して注いでいたクマは、
「しかも助けようとしたメロンさんとルカちゃんまで巻き込みやがって。・・・絶対ユウヒに報告してやる」
ため息を吐くようにそう告げると、最後にぼそりとユウヒへの告げ口を宣言するのであった。
「ちょ!?」
「それだけは!? コロサレル!」
付け足す様なクマの小さな呟きは、都会のように騒々しくない森の中では目を逸らす二人の耳にも良く聞こえた様で、慌てて振り返ったリンゴとパフェは口々に慌てた声を洩らす。
「えっと・・・お兄ちゃんそんなことしないと思うんですけど?」
ユウヒへの告げ口と言うクマ発言に苦笑を浮かべていたルカであったが、その言葉に対する二人の反応を見ると驚いように目を見開き首を傾げ、周囲の大人たちの表情を見比べた後どこか不安そうに眉を寄せて疑問を口にした。
「そうよねぇ・・・うん、精神的に半殺しくらいかしら?」
「え?」
「あら?」
彼女の不安そうな疑問の声に頷いて見せたメロンに、ルカがホッとした表情を浮かべたのも束の間、続く言葉に思わず小さく声を洩らした彼女に、メロンも首を傾げて小さく声を洩らすのであった。
「まぁルカちゃんが良い子ってのもあるが、あいつ割と家族には甘いからなぁ・・・あ、親父さんにはそこまで甘くないかもしれないけど」
互いに疑問符で満たされた表情で見つめ合う女性陣に、クマは苦笑を洩らして腕を組むと、ユウヒの事を思い出しながら間延びした声を出す。しかし右手で顎を扱くとすぐに例外を思い出したのか、ピタリと動きを止めてルカに視線を送りながらそう告げるクマ。
「・・・ああ、なるほど」
「「え!? 納得しちゃうの?」」
その視線と言葉に、全てではないもののある程度、二人の女性が恐れる兄の姿を想像できたルカは、たまに兄を怒らせ説教されている父の姿を思い出し、納得した様な表情で短い言葉を口にする。そんなルカに、リンゴとパフェはどういう流れで理解されたのかと、驚きと困惑で思わず大きな声を上げるのだった。
ユウヒに関する認識の摺合せが友人と妹の間で行われている頃、当の本人はというと、
「えっぷし!」
藪に埋もれるながらも、白く光り自らの存在を主張する異世界と地球との出入り口の前で、例のごとくクシャミをしていた。
「・・・なんだろう、こっち来てから最近噂されることが多いような気がする。それとも花粉的な物でも飛んでるんだろか・・・?」
最近頻繁に出るクシャミに対して首を傾げながら鼻を擦るユウヒは、なんとなく噂されている気がしつつも、実は別の原因なのではと辺りを右目で見渡しながら訝しげに眉を寄せている。
「まぁいいか・・・さて、さっさと植えて流華を探してやらないとな」
周囲に目を向けても花らしいものは見当たらず、かといって真剣に調べる気もないユウヒは、気を取り直すと前を向き直り、足元に置かれた苗木に目を向けて本来の目的に意識を戻す。
「かといって中途半端も良くないし、万が一出入りを繰り返すならある程度整地しておいた方がいいだろうな」
本来ならば優先するのは妹の捜索なのだが、余計なところで無駄に凝性なところを発揮するユウヒは、目の前で藪に埋もれながら白く光る壁に目を向けると、普段は見せないやる気を僅かばかりその顔に浮かべる。
「これは必要な事だからであって、趣味ではないのだよ? ・・・俺誰に言い訳してんだ?」
やる気を出したユウヒは、いそいそと苗木を抱えて離れた場所にそっと置くと、誰にともわからない言い訳を洩らしながら、苗木を背に光る白い壁の前まで来て周囲を見渡す。
「まぁ簡単にやるか、先ずはこの出入り口周りの藪を切り開くために・・・うん、風でいこう」
光る壁の周囲には背の高い草木と、倒木の隙間から伸びる成人男性の腕ほどまで育った樹々が密集している。どうやら周囲にある大きく高く生い茂る樹々の影響で、日の光の入らないその場は他より植物の成長が遅いようだ。
「風ならこの辺の空気も入れ替わりそうだしな」
光る壁が存在する前は、今よりずっと暗く陰鬱とした雰囲気だったであろう湿度を多く含みどこか重たく感じるその場の空気に、ユウヒは少しだけ眉を顰めジャージの襟元を開くと表情を引き締める。
「風は最初に使ったきりだけど、被害範囲の少なそうなものでっと【除外対象設定】草木を根こそぎ薙ぎ払え【エアスラスト】」
湿度が高く気持ち悪い空気の中、顎に手を添え一考えしたユウヒは、彼が妄想魔法と言う力を手にした当初使った風の魔法を思い出すと、失敗しないようしっかりとしたイメージを構築しながら二つのキーワードを口にする。
一つは被害を与えてはいけない対象を決める魔法、これはクロモリオンライン内で補助魔法とされていたシステムの模倣、もう一つはユウヒが邪魔だと感じている周囲の藪を除去するために、彼が思い描いた魔法を発動させるためのもの。ユウヒの言葉と魔力によって発現した力は、その名に違わぬ推力により白く光る壁の周囲に茂っていた藪を、まさに根こそぎ薙ぎ払って見せた。
「おぉぅ・・・予想の範囲内、かな? 明るくなったし、空気も入れ替わったし?」
山の中腹で明るく光る壁を、見下ろすような立ち位置でユウヒが放った魔法は、範囲を限定しなかったために、込められた魔力の分だけ盛大に力を周囲へ振り撒き、彼が求めた明るい日差し溢れる光景を忠実? に作り出す。
「うん、壁に被害も無いので良しとしよう!」
膨大な魔力と妄想で形作られた【エアスラスト】は、虫が隠れていそうな背の高い草木や頼りない樹々どころか、ユウヒを中心にした扇状に広がった射程内に存在した大きな樹々まで薙ぎ払い、広大な更地を形成していた。
その光景からスッと目を逸らしたユウヒは、引きつった笑みを浮かべながら白く光る壁を確認し、問題なさそうな事にほっと胸を撫で下ろす。
「予想以上の範囲を薙ぎ払っちゃったけど、苗木植える範囲も確保できたし、適当に耕して植えればいいかな?」
気のせいなのか、明るくなった影響か、どこか畏れの感情にも似た光の振るえを見せる壁を背にしたユウヒは、改めて更地に向き直ると苦笑を浮かべ、しかしその光景も予定調和ということにしてさっそく植樹の準備に取り掛かる。
「んー耕す魔法ってなんだっけ? あ、そうだ【天地返し】」
しかし、特別植樹の知識があるわけでもないユウヒは、畑に作物を植えるような感覚で思考を巡らせながら地面をつつき、以前メロンから聞いた農家の話を思い出してクロモリオンラインで生産系と呼ばれていた魔法を模倣するのだった。
「おお、農耕魔法とかリアルで使ったら耕運機要らずだな」
地面に手を付けたユウヒが魔法を発動するためのキーワードを口にすると、地面に魔力が浸透して僅かに発光したのも束の間、すぐに地面が深い場所から撹拌されるように流動をはじめる。
まるで生きているように流動した地面は、あっという間に深い場所まで耕されふかふかとした土へと姿を変えて動きを止めた。樹々が薙ぎ払われ青臭い植物の臭いが溢れ、さらに土特有の香りで満たされた大自然の香りがユウヒの鼻を擽るが、それ以上に魔法の凄さを再認識したユウヒは、呆れにも似た表情でつぶやく。
「よし、いい感じだな。あとは成長促進の魔法を使えば完璧だけど・・・」
その後、ふかふかの地面に足を取られながらも無事世界樹の苗木を地面に植えたユウヒは、魔法で水撒きをしながらついでに穴掘りで汚れた自分の手も洗うと、腰に手を当てて満足そうな笑みを浮かべる。
「よし、一休みするか・・・うむいい香りだな」
しかし少なくない疲れを体の節々に感じたらしいユウヒは、ジャージの袖で額の汗をぬぐって近くの岩に腰を下ろすと、腰に下げた小さな巾着袋から香る爽やかな柑橘系の香りにほっと息を吐くのであった。
一方その頃、ユウヒの腰に下げられた巾着袋の本来の持ち主は、森に漂う多種多様な匂いをかぎ分けながら歩を進めていた。
「なぁネム」
「なんにゃ?」
真剣な表情で森を進むネシュ族少女のネムであったが、後ろからかけられた声にきょとんとした表情で振り返ると、何処か不機嫌そうに顰められたネシュ族の男性に首を傾げて見せる。
「お前はあの基人族を監視しないでいいのかよ」
「監視じゃないし基人族でもないにゃ」
現在ネムは、世界樹の苗木を植えに行ったユウヒの妹探しを手伝い、部下であるネシュ族少女と森の中を歩き回っていた。本来なら、その仕事は氷漬けにされたネムとその部下で行われる予定であったのだが、いつの間にか彼女の目の前に居る男性と、その部下が付いてくることになっていたのだった。
「どうでもいい、どのみち野放しにしておくのは危険だろ」
しかし、このネシュ族の男性の口ぶりからは、明らかにユウヒに対する敵意が見受けられ、そのことにネムは眉をひそめる。
「ちゃんと香り袋を渡してあるし、それに危険なのはお前の方にゃ」
「あ?」
ユウヒに対する敵意を見せる男性は、周囲のネシュ族少女から明らかに不快そうな視線を向けられていることに気が付かないのか、まったくその態度を変えることなく、むしろ香り袋を渡したというネムの言葉に明らかな苛立ちを見せ、続く言葉に疑問の声を洩らす。
「母樹様の夫に不敬を働けば森に居られなくなるにゃ」
めんどくさそうな表情を浮かべるネムは、しかし教えておかないと何をするかわからないと思いユウヒの立ち位置を説明する。
「は?」
「あとエルフの騎士様に睨まれたくなかったらそれ以上言わない事にゃ」
しかしその言葉を到底信じることのできない男性は、頭の上の耳に入ってきた言葉が理解できないと言った表情で首を傾げ、その表情に呆れたネムはイライラとした感情を隠すことなく声に表わすと、前を向き直り吐き捨てるようにそう告げて歩き始めた。
「なんでだよ・・・くそ、大体今探してるのもそいつの仲間なんだろ? 最悪だぜ、さっさと殺してしまえばいいものを」
そんなネムを慌てて追いかけ始めた男性は、尚も納得のいかない感情のままに不満を口にし続ける。
「・・・むしろそんなことしたらこっちが殺されるにゃ」
後ろから聞こえてくる不満そうな呟きにストレスを蓄積し続けるネムは、細められた後目で男性を睨むと、憐みと呆れが多分に含まれた声を洩らす。
「はっ! 俺達はお前らみたいに弱くねぇんだよ!」
「・・・はぁ、どうでもいいけど迷惑だけはかけないでよね」
「・・・知るか!」
ネムの声に含まれた感情を理解したのかしていないのか、彼女の言葉に噛みついた男性は周囲のネシュ族男性と共に小ばかにしたような視線を彼女たちに向けるも、溜息を洩らすネムの冷たい言葉に顔を赤くして声を荒げると、男性陣を引きつれネム達から離れて歩き始めるのだった。
「・・・馬鹿なことしないといいけどにゃ」
「ネム様、我々が監視していますのでご安心を」
前を向き直り歩を速めたネムは、余計な負担に疲れた表情を浮かべると背中を丸めて思わずぼやき、そんな彼女のそばに何処からともなく寄ってきた黒い毛並みの少女は、ネムを気遣うように声をかける。
「頼むにゃ、それで見つかったのかにゃ?」
「はい、すでにそれらしき痕跡を発見しています。見つけ次第遠方から監視を続けながら鈴で知らせるとの事です」
黒い毛並みの少女は別働隊であったのか、彼女と同時に数人のネシュ族少女が合流しネムの周りに集まり始め、表情を引き締めなおしたネムに報告を始めた。
「わかったにゃ、連絡が来たらすぐにユウヒを呼びに走るにゃ」
「了解です。もう氷漬けは嫌なので急がせます」
捜索は順調に進んでいるらしく、その報告を聞いただけで心が少し軽くなるのを感じたネムは、しかしもう一度気を引き締めなおすと一つ頷き笑みを浮かべて見せる。そんなネムに、黒い毛並みの少女も小さく笑みを浮かべるとそう一言添えて、また数人のネシュ族少女と共に森の中へと分け入って姿を消す。
「・・・その割にはユウヒを見る目に熱を感じるんだけど・・・まぁ強いオスはいいものだけどにゃ」
氷漬けが嫌だと、まるでユウヒを恐れているかのような言葉を残していった黒猫少女を、何とも言えないジトリとした目で見送ったネムは、不満そうな声を洩らすもすぐにその表情を笑みに変えると、機嫌よさ気に尻尾を揺らしてさらに歩を速めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒと言う人物に対する周りからの評価や感情を、多少なりとも伝えられたなら幸いです。そんな評価や感情がこの先どう変化していくのか、そこも楽しみなところかもしれません。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




