第二百九十八話 日本魔力資源開発機構 後編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『日本魔力資源開発機構 後編』
ロリコン疑惑に切れた石木が、部下の一部に拳骨を落としている間にも政府は様々な動きを見せている。その一つが公式に伝えられると、最近の失点を補うべくメディアはその粗を探すべく躍起になっていた。
「政府主導の新エネルギー開発機構の設立が決定しましたが、これに関して専門家の先生に話を聞いて行こうと思います。今回の話どう思われますか?」
この日も朝からワイドショーで取り上げられ、司会の女性に指名された専門家と言う男性は水を一口飲むと話し始める。
「正直なところ期待は出来ませんね。異世界の技術を取り入れると言っても根本的なところから違いがあるでしょうからすぐに結果は出ないでしょうね、それに国が主導で上手く行った試しなんてないですよ」
机に少し体重を預ける様に前のめりで話す男性曰く、今回の新エネルギー開発機構、また魔力資源開発機構と呼ばれるものに対し頭から否定で入った。内容どころか国が主導する時点で信用に値しないらしい。
「今回は異世界専門家が顧問となるようですが?」
だが、今回は国主導とは言え主に何かするのは研究者や企業の開発陣、それらに教える立場にあるのが異世界の専門家である。丸投げと変わらないものの極秘の資料にはユウヒと育兎の名前が載っており、彼らの実態を知る一部関係者は、期待以上に恐れにも似た感情を感じたと言う。
「ははは、まだそんな詐欺を信じている辺りが駄目なんですよ、異世界専門家? 何の専門家だと言うのですか、科学者でもない唯の冒険家まがいの人間が何の役に立つのか」
だが知らぬ者にとっては未だに詐欺師と言うレッテルが貼られたままであるらしく、嘲るように笑い大げさに肩を竦めた専門家の男性は役に立たないと断言する。
「それはあれですか? 先生はその異世界専門家の人とお話したことがあるんですかね?」
「話すまでもないでしょ」
そんな専門家の言葉に会場内には嘲笑の声が漏れ聞こえ、その光景に小首を傾げたモニターの向こうの男性は、急に話し始めると専門家の男性に軽い調子で問いかけた。異世界専門家と実際に話したことがあるのか聞かれた男性は、眉を顰めるとさも当然と言った様子で首を横に振ると鼻で笑う。
「それは唯の想像と言う事ですよね? 結果を出している以上認めるべきは認めるべきでは?」
「それは国の技術者のおかげであって詐欺師は関係ない」
専門家の男性の様子に眉を上げたモニターの向こうの男性は、手元の資料に一瞬目を向けると顔を上げて結果を出していると言う事実があるにもかかわらず詐欺師と言うのはおかしくないか問いかけるも、返ってくるのは国の技術者を褒めるだけでユウヒ達から詐欺師の称号を剥がす気はなさそうだ。
「なら問題ないじゃないですか、国主導で新しいエネルギー事業を推しても、魔法でしょ? 夢がありますねぇ……ところでその詐欺師呼びって、名誉棄損とかならないんですか?」
質問に対して不機嫌そうに言い捨てる専門家の男性に、モニターの向こうの男性は笑みを浮かべると、国の技術者が結果を出しているのであれば、今回の新エネルギー事業も国主導で問題ないと言ってうっとりしたような表情を浮かべた。しかしそんな表情もすぐに疑問顔へ変わると詐欺師呼びについて問いかけ、司会の女性が慌てて話題を変える。
「ならなくても私が絞めてあげるわぁ」
「やめとけ、相手するだけ無駄だって」
そんな朝のワイドショーのやり取りは、確実に一人の女性の不興を買っており、勇治が止めなければ専門家と言う男性の首が真横に切断されることは火を見るより明らかな事実となっていたであろう。
「だってユウちゃんを馬鹿にしたのよ! 一族郎党晒し首よ!」
「本当にやりそうで怖いんだよなぁ」
だがどうやら男性一人の命では足りない様で、有言実行を地で行きそうな妻の姿に肩を落として溜息を洩らす勇治の前では、お茶と煎餅を手に持つ明華がテレビに映る男の顔を睨みつける。その表情からは、絶対に忘れないと言った感情で心の復讐リストに書き込んでいる彼女の考えが透けて見えるようだ。
「ぷんぷん」
だがそれもすぐに飽きたのか、嫌なものを見たと言った表情で目を瞑る明華は、怒りを口から洩らすと手に持った煎餅を齧って温くなったお茶を啜る。
「言わせたいだけ言わせとけばいんだよ」
「ユウちゃん、大人ね……お出かけ?」
お茶を飲んでもう一度煎餅を齧ろうとした明華の怒る姿を見ていたのは、困ったように笑う勇治だけではなかったらしく、彼女の声を聞きつけたユウヒがそっとリビングの様子をドアの向こうから伺っていた様で、状況を理解した彼はリビングに入って来るなり笑いながら話しかけ、そんな息子の姿に頬を赤らめる明華。
「噂の開発機構で魔法見せてくれって」
明華が見詰める先にはここ最近とは違い少し薄着になった余所行き姿のユウヒが立っており、どうやらこれからワイドショーで話題に上がっていた新エネルギー開発機構の会議に出席し、未だ魔法に触れたことのない人間に非現実的な現実を突き付けてくる様だ。
「不埒者は燃やしてしまいなさい」
「はいはい」
息子に向けるには少々熱の籠り過ぎた視線を引っ込めた明華は、ワイドショーの内容を思い出したのか少し不機嫌そうに物騒なことを言い出し、そんな母親の姿に小さく溜息を洩らしたユウヒは手を軽く振りつつリビングから出ていく。
「あ! あとユウちゃん! この間も言ったけど変な神様に着いて行っちゃだめよ!」
「子供かよ! てか何で神限定!?」
さっさと玄関に向かうユウヒを慌てて追いかける明華は、リビングのドアから体を半分出すと玄関で靴を履く息子に変な人、ではなく変な神についていくなと注意を促し、小さな子供に言うようなセリフから微妙にずれた内容に、思わず大げさにツッコミを入れるユウヒ。
「……気になるのか?」
呆れた様に手を振り玄関を出ていく息子の姿を、じっと見つめる明華の後ろから顔を出す勇治は、何があったのか聞いているのか明華の頭を撫でながら問いかける。どうやら勇治も明華と神の関係性については知っているらしく、彼女の頭を撫でながら声をかける彼の瞳には深い慈愛の感情が浮かんでいた。
「ミヤビの猫被りは良いのよ、それ以外も出て来ているらしいわ……まぁユウちゃんを怒らせなきゃいんだけど」
「フラグか?」
ミヤビ、どうやら以前天野家を訪れた女神の名であるらしいそれを呟く明華、関係性は悪くないようだが、それはほかの神に適用されるものでは無いらしく、しかし一番の懸念はユウヒの逆鱗に触れないかのようだ。彼女の言葉が何かのフラグの様に感じた勇治であるが、どうやらそうではないようで明華は首を横に振る。
「そんなんじゃないわ、ユウちゃんお疲れ気味だし気になっただけ」
「ふぅん? ……大変だなぁ」
明華が気にしていたのはユウヒの体調であり、余裕がない時と言うのは何かと問題が起きやすいもので、どこか他人事の様な表情で首を傾げる勇治も多数問題を起こしており、頭を撫でられる明華はジト目を浮かべるとそっと勇治の太ももに人差し指と親指を添わせるのであった。
どこかの天野家で男の悲鳴が聞こえてから数時間後、厳重な警備態勢が敷かれたとあるビルに一室では、プロジェクターの前で大きな身振り手振りで話す育兎の姿があった。その隣にはユウヒの姿もあり、時折飛んでくる質問にどこかゆったりとした調子で答えている。
「これらの魔法によってこれまでの電力消費問題は解決するわけだけど、万が一の安全対策にはしっかりコストをかける必要があるよ」
大体の説明を終えたのかプロジェクターのスイッチを切った育兎は、政府から依頼された電力消費問題の解決に繋がる技術は提供するが、安全対策を怠らない様にと念を押すとワンピースのスカートを摘み小さく一礼するのであった。
「魔法による核融合の発生プロセス、プラズマの維持制御、我々で開発可能な技術なのだろうか?」
育兎の礼に並み居る一線級の研究者や開発陣のおっさんたちが頬を緩め、少ない女性陣が鼻孔を膨らませる中、最前列で机に肘をのせ座る初老の男性は至極もっともな問いを投げかけ、その問いかけに育兎はにっこりと笑う。
「今は無理だね、基礎にも至ってないし」
上機嫌に笑みを浮かべる育兎曰く、日本の企業や研究者が行っている調査研究はまだ基礎にも至っていないらしく、その程度の理解力ではまず作れないと話し、目を見開く初老の男性に肩を竦めて見せた。
「それでは結局お二人に頼り切りとなってしまうではないか」
「その辺はちゃんと教えるよ、ユウヒ君は感覚派だから基本は僕が説明するけど、魔法の技術は圧倒的にユウヒ君の方が上だし、解析能力も同じだね」
バッサリと会議出席者を切り捨てる様な育兎の発言に会場内からため息が漏れる中、肩を落とす初老の男性に笑い掛ける育兎は、その為に自分たちが来たのだと言った様子で説明を引き受けると言うと、気を抜いていたユウヒの袖を引っ張り、彼の能力を我が事のように自慢する。
「そうなのですか……」
「なんせ僕は化学側の人間だからね、まだまだ高度な高次エネルギーの扱いは研究段階だよ。深き者も僕と同じくらいのステージだと思うけど、彼らは彼らで僕とはアプローチする場所が違うからなぁ? ねぇ?」
袖を引っ張られ若干バランスを崩すユウヒに対して会議室内の視線が一斉に集まり、彼は思わずいつもの覇気の無い顔に苦笑を浮かべ、そのあまりに頼りない姿に室内は懐疑的な雰囲気で満たされてしまう。
実力を隠すと言う意味でユウヒの立ち居振る舞いは非常に有効であるが、それ故に周囲からは常に下に見られる傾向がある。本当に目が良い人間は時折見え隠れするナニカに気が付くが、初対面の人間に気がつけと言うのは酷と言うもので、故に育兎はユウヒの実力の片鱗でも感じてもらえるように話を振っていく。
「ん? あぁ、深き者は基本的に不活性魔力を用いた技術が主流で、活性化魔力は希少魔力だとかで研究が進んでいないらしい」
「僕の世界でもその手のエネルギーは身近じゃなかったからあまり研究が進んでないんだ」
ユウヒは常に特殊な右目と左目で世界を見ており、元来持ち合わせている好奇心のままに何でも調べ上げようとする癖がある。その事でよく視界不良に陥ることがあるが、そのおかげもあって育兎の問いかけに対して悩むことなく答えていく。その姿に満足気な表情を浮かべる育兎は、ユウヒの説明に自分たちの現状も捕捉する。
ユウヒの活動に平気な顔で追従している育兎であるが、それは彼が異常である証拠であり、異世界の技術力をもってしても通常ユウヒの様に魔力を扱う事は出来ない。すでに魔力を軍事利用している深き者達を参考にしようにも、育兎やユウヒの扱う技術とは根本的に系統が違う為、参考にしづらいのが現状である。
「それでは夕陽さんはいったい?」
「彼は奇跡によるアプローチだからね、科学とはスタートラインからして違うんだよ。これは誰でも使える科学と違って特別なものだからね? たとえ彼の体を解剖して調べても先ず何も解らない。僕の魔力用に調整された調査器具を使ってもどうなってるのか全くわからないくらいさ」
二人の話を聞いていた初老の男性は、少し考え込んで顎に手を添えるとゆっくり顔を上げ、事前に魔法と言う物を生で見せられた時の事を思いだしながら問いかけた。彼の目には、本当に自由自在と言った様子で魔力を操るユウヒの姿が焼き付いており、そのすごさを再認識すると同時に育兎と彼の差に疑問を覚えたようだ。
「え? 俺解剖された?」
「観察くらいしかしてないよ、そんなことしたら命がいくつあっても足りないじゃないか」
その疑問は簡単なもので、最初から立っている土俵が違うだけである。先進的な異世界の科学をもってしてもユウヒが魔法を自在に扱う原理は解明できず、いつの間にか調べられていたことに驚くユウヒであるが、彼の言うような解剖なんて事を仕出かせば、育兎の命はいろんな意味でなくなるだろう。
「まぁ俺も死にたくは無いしな?」
解剖されそうになれば当然抵抗はするが、ブラザーと互いに呼び合う仲になった相手を殺すなんてことはしないと首を傾げるユウヒであるが、手を下すのは基本的に彼ではなく、母親であったり、今もユウヒから見えない位置でドロドロとした暗い光を目に浮かべた精霊達である。
「大体魔法と言う奇跡の源はリアルボディには存在しないからね。高次元を直接知覚できない人間には頭を悩めるだけ無駄さ、先ずは間接的にでも高次元と距離を近くするところから始めよう」
育兎曰く、根本的に人の体の中に魔法に関する要素は無いらしく、人の観測できない場所に奇跡の源はあるようだ。そこまで分かったのは彼が間接的にでも高次元に近付いたからであり、先ずはそこに至らなければ悩む意味も無いと言う。
「なるほど、それじゃ精霊を見ることが出来るようになるかもしれないのか」
「そ、それはまだずっと先かなぁ……僕もまだ見れてないからねぇ」
「そうか」
二人の会話から少しでも何か掴もうと真剣な表情を浮かべる人々の前で、ユウヒは育兎の力をもってすれば普通の人も精霊を知覚できるようになるのかと、少しうれしそうに笑みを浮かべる。しかし、現状でも高次エネルギーの歪みにしか見えない精霊を科学の力で知覚することは、異世界の反則的な人間である育兎をもってしても道筋が見えないらしく、目を泳がせる彼の姿にユウヒは眉尻を下ろすと残念そうに小さく肩を落とす。
「ざんねん」
「無念」
「我らも力が足りぬ」
以前からどの精霊達も人の目に映らないことに対して寂しさを感じていると言う事を知っていたユウヒは、彼女達に何か恩返しを出来ないかと考えての発言であったが、そう簡単に解決できるようなものではないらしく、ユウヒの頭に乗っていた風の精霊は肩を落とし、土の精霊はその隣で仰向けに倒れ、闇の精霊はユウヒの肩の上で考え込む様に唸る。
「とりあえず今回の計画書の通りに技術習熟と開発は同時並行的に行っていきましょう」
「そうですね。基幹部分については魔法技術を用いても、それ以外の部分に関しては今の技術でも十分作れるわけですからな……それにしても信じられないくらい省スペースな融合炉になりますな」
ユウヒの落胆から目を逸らす育兎は、ポケットに入れていた丸めた冊子を取り出すと、机に座り真剣な目で前を向く技術者や研究職たちを見渡し声を掛けた。
すでに核融合炉建設に伴う実証実験のスケジュールは用意されているらしく、それにより作られる核融合発電施設は実験のための施設である事を鑑みても小さなもので、詳しい説明が書かれた資料を捲る初老の男性は、一通りの説明を受けた今でも信じる事が難しい様だ。
「ほんとだよね! これだから魔法とかいう技術は反則なんだよ」
「そう言われてもなぁ?」
薄っぺらな冊子の中に、自らの知る科学技術のずっと先を見た男性の呟きに、育兎は自分の事を棚の上のその先に放り投げると、なぜか天を仰いだまま動かない光と水の精霊を見て首を傾げるユウヒに目を向け、どれだけ魔法や魔力と言った物が異常で反則的なのかと怒りとも羨望ともとれる声を上げる。
「あと言っておくけど、今やろうとしてる魔法技術の習得は原始人がロケット作って月に行く様なレベルの話なので、解らなくても変に悩まないように! 百年かかっても全然恥ずかしくないからね」
『…………』
「……(それをやらせようとか鬼畜過ぎないか?)」
育兎の言う事も理解出来る会議室に集まる面々は、彼がくるりと回って笑顔で言ってのけた内容をゆっくり咀嚼すると、あまりに大きな壁を前にした感覚を肌に感じ、新エネルギー開発機構の今後に多大な不安を覚え、ユウヒは、明るい日の光を浴びる花のような笑顔を浮かべる育兎の所業に恐怖を覚えるのであった。
いかがでしたでしょうか?
異世界の技術が日本に浸透し始め、さらにユウヒの魔法技術も浸透し始める。果たして日本はどう変わっていくのか、お楽しみにしていただけたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




