第二百九十四話 増える異民
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『増える異民』
始めてユウヒが接触したドームにして流華達が迷い込んでいた名もなき異世界、そんな異世界においてさらに異質な雰囲気を醸す半地下倉庫群のゴーレム格納庫内では、白いパイロットスーツを着た少女たちの前でユウヒが何か話している。
「と言うわけで実験を何度か行ってから実装予定なので、使えそうな物があれば開発を許可する」
『やったああああ!』
綺麗に直立して話を聞いていた少女たちは、許可すると言うユウヒの言葉によって一斉に喜びの声を上げ、その様子にユウヒの隣に立つ一号さんと二号さんは笑みを深めた。
「嬉しそうだな」
「この子達は開発部でしたから」
直立不動と言う言葉を絵にしたような静かな状態から一斉に少女らしい高い歓喜を上げたことで、許可を出したユウヒは驚き目を見開いており、そんな彼の呟きに対して二号さんは困ったように微笑んで仕方ないと言う。どうやら歓声を上げる少女たちは開発部と言うものであるらしく、それは開発を許可されて喜ぶのも仕方ない存在であるらしい。
「そう言えばそうだったな、みんな何でもやってくれるから忘れてたよ」
二号さんの説明に何かを思い出したユウヒも納得した様に呟き、何でも出来ると言う少女達に目を向けると申し訳なさそうに後ろ髪を掻く。
「親方の為なら何でもするのが僕たちだからね!」
「助かっているけどほどほどにな、自分の事も優先していいんだぞ?」
彼女達はユウヒの魔法で生み出され存在であり、また同時にユウヒと言う存在が居たからこそ異世界に存在証明がなされた命である。そう言った裏事情を聞かされたユウヒは、これまで以上に彼女達へ責任を感じており、返って来る言葉によってよりその重みが増すのであった。
「僕の事? 十分楽しいからなぁ? 二号ちゃん何かある?」
彼女たちの存在理由はユウヒと共に有る事であり、自分のやりたいこともそれである為、一号さんは不思議そうに首を傾げるだけで何か思いつくこともなく二号さんに水を向ける。
「わ、私ですか? そうですね……うぅん?」
水を向けられた二号さんも困惑した様な声を洩らすと、首を傾げる一号さんの視線に大して同じように首を傾げ、困ったようにユウヒに目を向けると、無言でじっと見詰めて来る彼の視線に顔を赤く染めてしまう。
「何かあったら言ってくれ」
「うん! わかった!」
楽し気な少女たちの笑い声をバックミュージックに続けられる三人の見詰め合いは数分に渡り続き、二号さんの顔どころか首まで真っ赤になったことで終わりを迎えた。小さく肩を竦め話すユウヒにほっと息を吐く二号さんの隣で、一号さんは軽やかに笑い大きく頷く。
「あと、そっちは環境破壊しない様に」
『……はい!』
また、背後の姦しいやり取りを聞いていたユウヒは、物騒な単語が飛び交っている始めたことに気が付いたらしく、暴走する前に釘を刺す。その返事は綺麗にそろって美しさすら感じる声であったが、皆そろって微妙な間があり、ユウヒがじっと見つめる先では時間と共に視線が不自然に泳ぎ始める。
「監視よろしくね」
自分の事は棚の上の金庫に仕舞う様なユウヒの言葉を受けた二号さんは、赤くなった顔を振ると背筋を伸ばす。
「お任せくださいマスター。……あなた達! 勝手に始めない様に! 計画書無しでは一切開発を許可しませんよ!」
『えーー!?』
綺麗な直立の状態で自らの慎ましやかな胸に手を置く彼女は力強く返答し、妹たちに向き直ると非情な言葉をぶつける。その言葉に身を固くした少女達は、立ちはだかる壁の大きさに先ほどまでとは違う悲痛な悲鳴を上げるのであった。
名もなき異世界で娘たちに服の裾を引っ張られながら別れを告げたユウヒは、日本に戻って来るなり駆けつけた自衛隊員によって、異世界難民施設の自衛隊駐屯所まで連れてこられていた。
「なるほど、それで呼ばれたんですか」
「はい、我々では彼らが本当の事を言っているか検討が付かず」
石木からの言伝を車内で聞きながら駐屯所までやってきたユウヒは、そこで詳細な説明を受ける。
どうやら一時落ち着いて来た異世界からの来訪者達が最近になってまた増えたらしく、またその一部は翻訳の魔法によって日本語を介しているのだが、一部の自衛隊員曰く、どうにもその言動が怪しいと言うのだ。
「とりあえず見回ればいいんですかね?」
地球の人種と見分けのつかない者も多いことから、他国からの諜報員の可能性を考え多数の人間が彼らを調査している。しかし異世界の住人かそうでないかをはっきりさせるのは難しく、その判別が出来るユウヒに依頼が回って来たのだ。
「お願いできますか?」
「いいですよ」
異世界人の諜報員の可能性もあるが、現状最も警戒しないといけないのは同じ地球出身の諜報員である。すでに侵入を試みた国も少なくなく、自衛隊はより警戒を厳にしている。
「ご協力感謝します!」
ユウヒの軽い返事に若干不安な表情を浮かべる自衛隊員も居たが、彼らが何か口にするより早く上官が張りのある声でお礼を述べるのだった。
そんな話し合いを終えたユウヒが、異世界難民居住区をふらふらと歩き右目と左目で異常を探し始めて十数分後、彼は何かを見つけたのか目を細めると一直線に女性の背中を追いかける。
「見回り始めて十数分、異常はないかと思えば……何してるのさ花子さん」
「え? あら! 夕陽君じゃなぁい! お久しぶりね!」
女性の背後に忍び寄りその色っぽく露出された背中に向かって独り言を呟くユウヒは立ち止まった女性の名前を言い当て、数舜前まで引き締められていた顔に呆れた表情を浮かべて問いかけた。
そう、異世界難民居住区に本来居ない筈の怪しい人影は、流華の高校で出会う事となったアダルトなトイレの花子さん、彼女は名前を呼ばれたことに不思議そうな表情で振り返ると、ユウヒの姿に嬉しそうな笑顔を浮かべてひらりと浮かぶように一歩近づき彼の手を取る。
「いつから異世界移民になったのさ」
ユウヒの右手を両手で包む様に抱えた花子さんは、呆れた表情を浮かべるユウヒにキョトンとした表情で小首を傾げ、彼からの問いかけに意を得たのか笑みを浮かべて見せた。
「ちょっとした視察よ、海外の同族が来ているみたいでね? 悪さしてないかと思って」
「それは、海外の妖精郷からも?」
どうやら彼女は海外から流入してきた同族について調査するために異世界難民居住区に潜入してきたようで、やっている事はユウヒと変わらないが日本政府から見れば花子さんもまた不審人物? の一人である。その事が喉元まで出てきそうになるユウヒであったが、それよりも彼女の言う同族と言うものの方が気になったようだ。
「妖精郷だけじゃないわよ? 神界や魔界、珍しいところだと冥府からも来ているわね。急な世界の変動にどこも情報を欲しがっているのよ」
高校で会った時から彼女たち妖怪に危険な物を感じていないユウヒは、花子さんを調査の対象から外したようで、より詳しい話を聞くため居住区を二人で歩き始める。花子さん曰く、日本以外の国にも妖精郷があり、また神の住む国もあれば魔界や冥府と呼ばれる異世界への入り口もあると言う。そんな異世界の住民は日本に住む神々同様、最近になって急変を続ける地球の状況を調べるべく外に出て来ているらしい。
「そんなところもあるのか」
「いっぱいあるわよ、人の心が私たちから離れて道を閉ざしただけで」
ユウヒも少し驚くような空想上でしか聞いたことの無い様な世界の住人は、様々な情報を収集した結果、異変の中心地が日本であると考えたのか続々と海を越えて入国しているようだ。人の心が離れたことで繋がりを道ごと閉ざした彼らも、最近の地球の異変には自ら動かざるを得ないらしい。
「それで最近難民が増えてるのか、国の人間と言うか現在進行形で自衛隊の人が困ってるからほどほどにしてほしいんだがなぁ」
「それを私に言われてもね? どっちかと言うと私は善意でいるわけだし」
ドームから流れてきた異世界の住人が精霊に導かれ日本へと向かう流れは、各国の地球由来の異種族に観測され、結果二次的に日本への異世界難民が増える結果となったと言う事である。その状況を察したユウヒは、誰ともなしに苦情をもらし、花子さんは困った様に笑って肩を竦めると自分たち日本の妖怪や神は善意で出て来ているのだと話す。
「……消すか」
花子さんの善意と言う言葉の裏に好奇心的な他意を感じたユウヒは、急激にめんどくさくなったのか無言で空を見上げ目を細めると、体の奥底から一掬いの魔力をくみ上げると攻撃的な力で練り上げながら呟く。
「物騒物騒!? その禍々しい妖力を引っ込めて!?」
半分本気半分冗談と言った感情で練り上げられる魔力は、花子さんにとって相当禍々しく見えるらしく、目を白黒させる彼女はユウヒの両肩に手を置くと宥める様に摩り始める。
「妖力とは違うのだけど……だが何とか出来るなら何とかしてくれ、一般人に手が付けられないと俺とか忍者が呼び出されるんだ」
「ごめんね? 一応何とかしてみるけど期待しないでよ? 私はしがないトイレの花子さんだから」
妖力と言う言葉にまるで自分が人外にでもなったかのような感覚を覚えて眉を寄せるユウヒは、両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに小首を傾げる花子さんを見詰めると、彼女の言葉にキナ臭げな表情を浮かべた。
「……そう言うことにしておくか」
ユウヒの両目には目の前の花子さんが唯の学校妖怪には見えていないらしく、しかし彼女が深くつ突っ込んでほしくなさそうにしているのは良くわかる為、それ以上聞くことを止めると肩を落とす様に背中を丸め抑揚のない声で呟くのであった。
花子さんと連れ立ち海外から流入してきた地球出身の異種族を調査し終えたユウヒは、難民居住区の警備責任者に一通りの資料を渡して帰路についた。資料を纏めて渡す時には日は傾き始めており、自宅に帰る途中の公園に差し掛かる頃には空が暗くなっていた。
「と言う事があってな」
「それは大変だったねぇ」
ユウヒの家から少し離れた場所にある公園は街灯が多く、夜間でも周囲の住宅地から公園を歩く人影が十分確認できるような場所で、小さな子供も安心して育てられる地域である。そんな公園のベンチに座るユウヒは、隣に座る白いワンピースを着た華奢な背格好の人物に今日あった事を話している様だ。
「てか何時帰って来たの? そしてなぜ待ち伏せ? この時間帯に一緒に居たらお巡りさん呼ばれそうなんだけど」
その人物とは、ちょっと小惑星帯に行ってくると言ってコンビニに出かけるような気軽さで旅立った育兎である。いくら高性能な宇宙船があるとは言え、育兎が出かけてからほんの数日、とても往復して来たとは誰も思わないような日数で帰ってきた彼を前に、ユウヒは気になることを纏めて問い質す。
「わぁ、いっぱい質問するね! 小惑星帯から地球圏に帰って来たのはほんの少し前だよ、数時間前? もっと短いかな? 帰りに月に寄って完全に後始末してさっき地球に到着したばかりさ」
「……距離感がバグってる」
ユウヒからの質問攻めに楽しそうに笑う育兎曰く、実際に小惑星帯まで到達し一仕事終えており、ほんの数時間前に帰って来たばかりだ言う。さらにユウヒと会う前まで月で最後の仕事を行っていたと言い、話された内容は彼の事を詳しく知っている人間でなければ、一笑に付すような内容である。一方、彼自身からいろいろ聞かされ理解しているはずのユウヒであるが、それでも驚く事には変わりないようで、化け物でも見る様な視線を、肩にストールを引っかける育兎に向けていた。
「だから君には言われたくないって、別に待ち伏せするつもりはなかったんだけど、空から君の疲れた背中が見えたからね」
「まぁ確かに疲れてたけど、半分くらい考え事だな」
そんなユウヒの視線を真っ向から受け止める育兎は、酷く心外そうに、しかしどうしても楽しそうに苦笑を浮かべると小さく笑い、偶然空からユウヒの姿を見かけたから駆けつけたのだと話す。そんな暮れ行く陽の光に照らされたユウヒの背中は見ただけでわかるほど疲れを感じさせるものであったらしく、背中を丸めて歩いていた覚えのあるユウヒは、人差し指で頭を掻くと、その時考えていたことを思い出して眉を左右非対称に歪めて見せた。
「ふぅん? 何か面白い事?」
「……ちょっと新しい魔法の模索かな? 近距離は中距離はいくつか使い勝手の良い物があるけど、長距離となると大威力の物ばかりになるからなぁ」
街頭に照らされるユウヒは、少し何か考えると育兎の質問に新しい魔法の模索だと答える。頭の中の大半を占めているのは精霊用のヒーターに使う魔法についてであるが、そのことを話す気になれなかったユウヒは、一号さん達との交流の中で再燃した悩みについて語った。
「君の魔力量に物を言わせれば大概大威力になるだろうね」
「どちらかと言うと俺は効率派なんだけどな、理想と現実はかみ合わねぇな」
神様印の力を授かってずいぶん経つ中で、中距離近距離の魔法はすでにいくつも使えるユウヒであるが、長距離で使える魔法に関しては現状大亀を貫いて地面を溶かすような物しかなく、なるべく被害を少なく効率の良い魔法を好む傾向にある彼にとってちょっとした悩みの様だ。
「それは、何となくわかる気がするかな……僕もやりたい事とやってきたことが乖離してるよ」
一号さん達の装備は多岐にわたり、それは効率重視のユウヒがゲームの中で作り上げて来たこだわりの装備である。それらを作り上げた頃の思い出が一号さん達との交流で思い出され、自らの使う魔法も突き詰められないか、そんな凝り性なユウヒの思いとは裏腹に、膨大な魔法はユウヒを時折振り回す。
「お互いままならんなぁ」
「そだねー」
育兎もまた魔法では無いにしろユウヒと似たような経験があるのか、記憶を思い出す様に目を細めると理解を示して頷き、背中を丸めるユウヒと肩を竦め合いクスクスと笑う。
「……さて、そろそろ不味そうだ」
「なにが?」
何かと反りの良く合う二人はその後も互いの悩みなどを話し合っていたのだが、急に会話をやめたユウヒは僅かに顔を上げるとため息混じりの言葉を洩らす。
「誰かがお巡りさん呼んだみたいだ」
「え? ……げっ!?」
どうやら夜の公園に、傍から見たら華奢な美少女と、平日にもかかわらず仕事をしている風にも見えない男の二人と言う組み合わせはよく目立ったようだ。
「うわぁ……めっちゃ足取りゆっくりなところが余計に怖いんだけど」
「姿を眩ませるとするか、帰り道気をつけてな」
二人の悪目立ちは、結果として不審に感じた近所の住人に警察を呼ばせたようで、治安が良い公園に駆け付けた警官二名は公園の入り口からゆっくりと、そして慎重な足取りで二人に向かって真っすぐ歩いて来ており、警官の姿に驚き跳ねる様にお尻を浮かす育兎ではなく、彼らはユウヒの事を警戒するように見詰めていた。
「僕もパッと消える事にするよ……あ!」
「ん?」
互いに捕まると面倒なことになるのは明らかであり、逃げると言う選択に異論を挟む余地は無い。故に視線をユウヒに向けて一つ頷き駆け出そうとする育兎であったが、何か思いだすと急に立ち止まる。
「そう言えば、月で気が付いたんだけどね? どうにも空間の不安定な場所って月にもあるみたいなんだよね、ドームは無かったけど」
「なに? む! いかんさらばだ同志! 無事を祈る!」
急に止まった事でお互い駆け出すようなポーズのまま動きを止めると、予想もしない報告に驚き目を見開くユウヒであったが、それよりも走り始めた警官に驚くと身を翻し育兎に手を振り駆け出す。
「そっちも! 健闘を祈るよ同志!」
ユウヒの言葉に嬉しそうな笑みを浮かべた育兎は、親指を立てると健闘を祈り駆け出し、暗い公園の中で白く映えるワンピースのスカートをたくし上げると、こちらも白く細く艶めかしく映える足を惜し気もなく披露する。
「君待ちなさい! 待て! 止まれ!」
「そこの娘も止まりなさい!」
別々の方向に走り出して逃げるユウヒと育兎に驚いた警官は、大きな声を上げて二手に分かれ追いかけ始めるが、明らかに声の掛け方からユウヒを不審者、育兎を被害者、または補導対象と捉えている様だ。
「止まれって言われて止まる馬鹿など居らんわ! 【身体強化】」
追いかけ始めた当初は二手に分かれようとした警官達であったが、いつの間にか二人してユウヒ追いかけており、その行動に苛立ちを覚えたユウヒは魔法によって急加速、
「やみよおどれ」
「助かる!」
さらに突然彼の影から現れた闇の精霊が周囲の影を操りユウヒの姿を眩ませる。戸惑う警官たちの声に満足そうな笑みを浮かべた闇の精霊は、ユウヒの肩に乗るとすぐに聞こえてくる感謝の言葉で身を震わせた。
「……ふふふ」
警官が上げた制止の声を背に、立ち止まることなく走り去るユウヒの肩に乗る闇の精霊が、蕩けるような表情でユウヒの髪の匂いを嗅いでいたが、それは逃げるユウヒのあずかり知らぬ事実である。
いかがでしたでしょうか?
目的に向かい歩き、余計なフラグを建てていくユウヒの明日はどっち! とりあえず今は無事に警察から逃げられることを祈るばかりである。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




