第二百八十六話 緊急課題相談会
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『緊急課題相談会』
大停電から連日曇り空の少し肌寒くもある東京にある某ビル。
「会議までの時間はこちらでお過ごしください。何か必要な物があれば言っていただければお持ちしますので、いつでもお呼びください」
その中にいくつもある部屋の一つにユウヒの姿があった。ふかふかのソファーに腰掛け、スーツをきっちり着た男性から説明されるユウヒの手元には割と厚めの書類束があり、背の低いテーブルの上には冷えた麦茶が注がれ、中央には明らかに高そうな包装のお菓子が綺麗に並べられている。
「わかりました」
「それでは失礼します」
一通り説明を受けたユウヒは短く返事を返して頷くと、背筋を伸ばしたまま部屋から退出する男性を見送り、お願いしていた麦茶をそっと手に取り喉を潤す。
「……至れり尽くせりだな、それにしても内容が多い」
手に付いたコップの結露をズボンで適当に拭ったユウヒは、窓の無い部屋を見渡してその視線を書類に向ける。部屋は簡素な調度品で纏められ居心地も悪くなく、広い部屋の中でポツンとソファーに座るユウヒは、チラリとテーブルのお菓子に目を向け呟く。
「……これはゲートの報告資料、会議には関係ないけど向こう側で魔力に反応した魔物の活発な行動がみられるか」
普段食べないようなお菓子に手を付けようか少し悩んだユウヒであるが、お腹の具合を確認すると鼻から小さく溜息を洩らし書類に視線を落とす。表題や目次を飛ばして最初に出て来たのはゲートに関する報告書、簡単な報告程度の中身には活性化した魔力に引き寄せられたと思われる魔物と、対応したゲートの警備状況について書かれている。
「異世界難民の聞き取り調査資料……ふむ? 俺に会いたいと言う要望? なんで?」
特に問題を感じなかったユウヒが次の題目へ進むと、少し強調するように書かれた内容を見詰め小首を傾げ、思わず不思議そうな声を洩らす。そこには複数の異世界難民がユウヒとの面会を求めていると書かれており、すでに聞き取りは終わったものと考えていたユウヒは特に何も思い浮かばない頭を悩ませる。
「こっちは停電の資料……火力発電の7割が駄目になったのか、そりゃ大停電になるわ。原子力で何とかなってるけど、再生可能エネルギーとやらはパッとしないな」
しかしいくら考えたところで分からないものは分からないわけで、すぐに気持ちを切り替えたユウヒは数枚の書類を軽い手付きで捲り、停電と言う文字に手を止めるとそこに書かれた内容を目で追いかけ何とも言えない表情を浮かべた。
全国の火力発電所の7割が謎の爆発による被害を受け、その大半が発電再開の目途も経たない状況である。現在は原子力やその他の発電をフル稼働することで電力を賄っているが、それでも計画停電は続いており、最近推進されている再生可能エネルギーの稼働率は思ったほど上がっていないようだ。
「なるほど、新たな発電技術の導入と大規模充電施設に電気運搬船とな……ふーん?」
停電の報告を流し見た先にあるのは、新たな発電技術の導入についての資料。様々な可能性の話にわくわくとした表情を浮かべたユウヒであるが、静かに最後まで読み進めると悩まし気に眉を寄せて目を細め、どこか納得のいかない声を洩らす。
「ベースに深き者の動力って、また危ないもの使おうとしてるな……まだ円盤の方が安全だけど、どうしたものか」
新発電技術と名を打たれた資料によると、深き者達から提供される技術や戦艦の動力となっている技術を習熟し流用するらしく、その動力の危険性を右目でつぶさに観察してきたユウヒとしては、もう少しありふれていて安全な発電方法を勧めたいようだ。しかしユウヒの円盤を用いただけの従来と大して変わらぬ発電も、深き者からの資材提供が無いと作れず、傍から見れば漫然ともとれる様な表情を浮かべるユウヒは天井を見上げ小さく呟く。
「魔力資源及び、異世界資源の調査報告と今後の有効活用に向けた制度作りと専門機関の設立……仮とは言えなんで俺の名前が入っているのかな」
ただの平面と違い豪華な意匠が施された天井を見詰めていたユウヒは、お茶を一口飲むと手に付いた結露をズボンで拭って資料を捲る。次に目が止まったのは魔力資源と言う言葉、どうやら活性魔力、不活性魔力、またユウヒの作り出した魔結晶などの高魔力物質の研究や、それらの有効利用法などの研究と法整備について書かれている様で、最後の方には最重要協力者などの謳い文句を添えてユウヒの名前が載せられていた。
「専門家の育成と誘致……俺は嫌だな、好きなこと出来なくなりそうだし、またアミールに所に行く約束してるし」
一応仮と言う名目で書かれているが、是が非でも協力をしてもらいたそうな文言が並んでおり、ユウヒの表情をより険しくさせる。何せ現在ユウヒの過ごす日々は、ずいぶんと忙しくしているが、再度アミールの下に行けるようになるまでの休暇の様なものなのだ。顧問や相談役なんて役職に付こうものなら自由を阻害されてしまい、それはユウヒの考えとは反するものである。
「超常生物の研究と対話、接触について……精霊とか神様かな? あと妖怪?」
何なら今すぐにでも旅立つことが可能なユウヒの行く手を阻む異世界ワールズダストの惨状は、日本政府にとって何にも変え難い幸運なのであろう。
「超常生物に関する海外からの報告か、他所でも出てるのか……そういえばアメリカのハロウィンナイトはあの後どうなったんだろう?」
様々な思惑の渦中にあるユウヒは、会議の資料を捲りながら超常生物の事に書かれた憶測に苦笑を洩らすと、続く海外からの報告に目を細める。どうやら精霊や神、妖怪と言った存在と似たものが海外でも見られるようになって来たらしく、アメリカと言う文字にユウヒは巨大骸骨を思い出す。
「超巨大海洋生物の調査報告……巨大クジラに巨大イカタコに、巨大マグロ?」
一方、海洋でも異常な生物が発見されており、別の書類に纏められた内容を見てユウヒは真剣な表情を浮かべ、巨大マグロという項目に目を輝かせる。
「はぁ……これは読み込むの大変だな」
魚を見ると思わず美味しそうだと思ってしまうのは日本人の性なのか、巨大マグロに思いを馳せていたユウヒは、まだ半分以上残っている書類の厚みを指先で感じるとため息を洩らして続きを捲っていくのであった。
麦茶をちびちび飲みながらめんどくさそうに書類を捲るユウヒが眠そうに目を瞬かせている頃、世界の壁を越えた無限に広がる様な神の世界のどこかで、イリシスタが秘書からの報告を受けていた。
「以上がこれまでの調査報告となります」
「はぁ、もうどうする事も出来んな今から回収してもいろいろ残るぞ?」
いったいどんな報告がされたのか、大きな椅子の背凭れに体を預ける少女は、疲れた表情で目頭を指で揉みながらどうする事も出来ないと漏らす。
「再度地球を管理下に置くことは出来ないのでしょうか?」
「それは無理じゃな、そんなことすれば嬉々として介入してくる馬鹿が出て来るからの、しかし有機生命体の遺伝子に作用する神具なんぞどうして持ち込んだのか」
彼女達の話を聞くに、地球のどこかに遺伝子に作用する神様印の道具が持ち込まれたらしく、その影響はすでに出ているのか早急に対処しないといけない様だが、その対処を軽率に行えば余計な問題が発生するようだ。しかし何故そんなものが持ち込まれたのか。
「最初に調査した施設内には触手系の生物を防衛用に配備していたようなので、神力が使えない代わりに現地の生物を改良して兵力にするつもりだったのかもしれません」
「かもしれんが、色々問題がありすぎだろうに」
どうやらそれは、ユウヒと一戦交えてそのままイリシスタの部下に捕まり連れて行かれる事となった二人組の管理神が持ち込んだもののようで、神の力を振るい過ぎれば崩壊しかねない地球での兵力を生み出すためであったようだ。
「実際暴走していますし、海洋生物にも影響出ていますからね」
「まぁ更生施設で反省するだろ」
そしてその神具は現在暴走中のようで、何がどうなってそうなったのか地球の海洋生物に多大な変化を及ぼしていると言う。そう、ユウヒが美味しそうだと思いを馳せた巨大マグロも巨大クジラもイカもタコも何もかもすべてはこの神具が原因である。ただどうにも詳しい神具の情報は解っていないのか、イリシスタの眺める机にはクエスチョンマークの描かれた黒い影の映像が映し出されていた。
「しますでしょう―――」
「ぶふぉ!?」
そんな謎の神具を持ち込んだ管理神は更生施設に移送された様だが、そんな彼らの話に移ろうとした瞬間、イリシスタの執務室の扉が吹き飛びそうな勢いで開かれ、突然の事に秘書の女性は言葉を失い、背後から迫る突風に肩口ほどまで伸びた髪が前に揺らす。一方何が起きたのか正面で見ていたイリシスタは、喉の渇きを潤すため口に付けていたカップに向かって息を吹き出し、お茶を顔面で受け止める。
「イリシスタ! 調査結果は出たかしら?」
「ノックはもう少し優しくしてほしいのぅ……」
執務室の出入り口である観音開きの扉が、あまりの力に悲痛な悲鳴を上げる向こう側から現れたのは、イリシスタの姉だと言うフェイト。彼女は一歩入室するなり用件を告げ、そんな彼女に呆れるイリシスタは秘書が手に持っている書類を彼女に渡す様に視線と手で伝えるのであった。
秘書の女性がまるで猛獣に餌でも与えるような引き攣った顔でフェイトに書類を渡し、その書類の内容に怒った彼女が何やら一騒動起こしている頃、
「以上が電力不足に関する一連の最新情報となっています。これに伴い深き者の艦船動力からの電力供給について前向きに検討するべきと言う意見が出ています」
電力不足復興改善担当大臣と言う謎の肩書が増えた石木は会議室の椅子に深く座り、電力不足とその解決策に関する調査検討報告書を読み上げる男性を見詰めていた。
「なるほど、夕陽はどう思う? 護衛艦を非常電力源に使っている現状は防衛能力的にも問題がある。協力は向こうから提案されたがどうだろう?」
「どうと言われても、危ないですよとしか言えないですね? まだ深き者もすべての艦に対毒電波の改良を加えてないでしょうし」
一頻り聞き終えた石木の周りには、政治家や自衛隊関係者、また少し離れて企業や大学などから派遣された科学者などが座っており、さらに離れた場所に座るユウヒへと向けた彼の視線に合わせて金と青の瞳が顔を上げる。流れとは言え、一斉に視線を受けられることとなったユウヒは、思わず背筋を伸ばすもすぐに軽く丸め、深き者の技術に目が眩んでいそうな人々に目を向けると険しい表情を浮かべて見せた。
「毒電波か、そんなに危険なのか?」
ユウヒの懸念は、深き者の動力に不活性魔力が使われている関係上どうしても発生してしまう通称毒電波にあり、まだ魔力の波長と言ったものが研究段階であるため正式名称の存在しないそのエネルギーは、周囲の人間に様々な悪影響を与える事がわかっている。報告書でしか知らない毒電波と言うものに、石木を始め周囲の人々は眉を顰めるが、それはユウヒの言葉を軽んじているわけではなく逆に深刻に捉えてのものだ。
「人体へはほとんど悪影響しかないですから、過敏な人間だと命に係わりかねないです」
「そんなにか、確かに隊員の中にも倒れる者が出たと聞いてるが……」
報告書の中でも実に多様な症状を引き起こしたとされている毒電波の情報は、この場にいる者なら全員が目を通しており、さらにユウヒから生死にかかわると付け足されたことで周囲からは呻き声の様な溜息が聞こえてくる。
「しっかりシールド出来れば問題ないかもしれませんが、深き者と地球の人類じゃまったく感受性の度合いが違いますし……まぁ、一つ代案と言うか良い話っぽいものならあるんですけど」
「良い話っぽいって事は良い話ばかりじゃないんだな?」
ユウヒが深き者と協力して作り上げたシールド装置の量産については、現在深き者の研究所で開発が進められており、将来的には彼らだけでも作れるようになるかもしれないが、現状ではユウヒの協力が必須である。そんな何時になるかわからない安全対策より即効性が期待できる、そんな案がユウヒにはあるようだが、どうにもその言葉からは不穏な空気が感じられた。
「実は最近知り合いの新規事業の立ち上げを手伝いまして」
「新規事業?」
新規事業、そんな言葉がユウヒの口から出てくると思っていなかった石木は、思わず訝しげな表情でオウムの様に言葉を返してしまう。
「ええ、内容としては魔力を電気エネルギーに変換して売ると言うものなんですけど」
「なんだと! 出来るのか!?」
何でもない様な軽い調子で話し始めたユウヒの言葉に一瞬呆ける会議室内であるが、すぐにその空気は一変し、大きな音を上げて立ち上がる石木を緩く見上げるユウヒは、同じ様な音が周囲から鳴りだしたことに苦笑いを浮かべる。
「直接じゃないですけど、魔力でモーター回して発電して、バッテリーに貯めて定額制にしてます」
なるべく軽い調子で話し大事にならない様になどと言う浅い考えで話すユウヒに、周囲は一語一句逃すまいと口をきつく閉ざして耳を澄ませる人々。それは育兎の手伝いで立ち上げた充電池のレンタル事業であり、今現在一部界隈で取り沙汰されている最新の情報である。
「まってください! それって今噂になってる充電屋ですか?」
「充電屋?」
前提として話し始めた新規事業の話しであるが、その説明に食いついたのは若い男性。彼の言葉に周囲が一斉に視線を男性に向け、石木は彼の言葉に小首を傾げると頷くユウヒに気が付き少し悩む様に眉を上げて若い男性に視線を固定した。
「はい、定額制で電気を販売してるんですが、驚くべきはバッテリーのサイズに対して内部容量が信じられないほど多いと言う所です。現行の科学技術では逆立ちしても達成不可能で、研究所の職員に見せたら深き者や異世界の技術じゃなければオーパーツだと……す、すみません。少し興奮してしまって」
石木と視線を合わせた男性は、一つ頷いて見せると口早に充電屋について調べた内容を離し始め、その内容に周囲では様々な声漏れ聞こえ、一様に訝し気な表情を浮かべている。
「夕陽?」
一般企業の新規事業に突然オーパーツなどと言う言葉が使われても戸惑うのは当然で、しかし石木はほぼユウヒに原因があると断定して声をかけ、その声に対して返ってくるのは無言の苦笑いであった。
「開発者紹介します?」
「お「是非!」……おい」
「……ぁ」
ユウヒの表情から、この場でしゃべれるような内容ではないと言う事を察した石木は、開発者を紹介すると言う言葉に息を飲み、絞り出すような声を遮る若い男性に対してため息を吐くと、幾分楽になった息を吐いて睨む様に声を洩らす。
「本人もいいよと言ってるので、後で石木さんに紹介しますね」
「そうか……詳しい話は後で聞こう。とりあえず新技術発電は深き者と夕陽の紹介、この二案でいいか」
ユウヒの協力者が異常な科学力を持ち合わせている事はすでに石木も知っているが、それは限られた人間だけの秘密であり、しかし知らない人が多い場所だからと言って協力者の事ならば紹介などと言う言葉は使わない。それはすでに知っている協力者以外に、現代科学では達成不可能なバッテリーを作り上げ量産できる人間が居ると言う事である。
「わかりました。詳しい計画の方向性が決まった際は研究所もプロジェクトに参加させてもらえると……」
「……そうだな」
ユウヒが伝えたかったことの半分以上は若い男性によって告げられ、それ以上踏み込んだ話はこの場でするべきではないと判断した石木は、一旦今の話をそこで切ることに決めた。そんな石木の考えを察してか、政府が管理する研究施設の所長は煙に巻かれる前に釘を刺す。
どこか刺々しい空気を感じて疲れた様に肩を落とすユウヒは、一体どんな爆弾を落とすつもりなのか、それは本人すら解らぬところである。
いかがでしたでしょうか?
緊急事態を何度も乗り越えた先に次々と浮上する課題、果たして日本はその疲弊した体で多くの難関を越えることが出来るのか、そして強力すぎるユウヒと言うカードを取り扱うことが出来るのか、良ければまた見に来てくれた嬉しいです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




