第二十七話 夜明けて動き出す者達
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させて頂きます。一笑出来るくらい楽しんでもらえれば幸いです。
『夜明けて動き出す者達』
現在時刻は早朝、朝と言っても日もまだ昇らぬ夜と言って差し支えのない時間にその影はうごめいていた。
声を殺し足音を限りなくゼロにしたその怪しい影は、小さく寝息を立てる美女の枕元へ忍び寄り、その女性らしい曲線と柔らかさを兼ねそろえた肩に、ごつごつとした手を添えると、
「姉さん・・・姉さん」
美女の耳元でそっと囁くように呼びかける。
「んぅ・・・!? むぐ!」
呼びかけにそっと目を開いた美女は、目の前に現れた男に驚き目を見開くと大きく口を開き叫ぼうとするも、その口を塞いでも尚余りある男の手によって、そっと叫び声を押しとどめられるのだった。
「驚くのは良いけど叫ばんでくれ・・・ちょっぴり傷つく」
「・・・すまん、熊かと思った☆」
そんな傍から見たら逮捕待ったなしな行動を起こしたのは、美女と言って差し支えのない女性であるパフェが小さな声で告げたとおり、熊もといクマである。
「はいはい」
本気で叫ぼうとしたパフェにちょっぴり傷ついたクマは、謝罪と共に小さく舌を出し片眼をつむる友人に、疲れた様に肩を落としながらジト目を向けた。どうやら彼女は、本気で驚いた事実をうやむやにするためにおどけている様だが、クマにはその思考が透けて見えているようだ。
「それで何かあったのか? まさか、私のから「ないない」・・・解せぬ」
クマの表情に少し頬を膨らませたパフェは、体を起こして小さな声で問いかけると、ハッとした表情を浮かべ慌てて自分の体を両手で抱きしめる。しかしその行動は、クマの口から即座に発進した否定の言葉により解除され、冗談で言ったとは言え非常に納得のいかない彼女は、再度頬を膨らませるのであった。
「はぁ・・・静かにみんなを起こしてくれ、ちょいとやばいかもしれん」
「! ・・・わかった」
しかしそんな不貞腐れた不機嫌な表情も、真剣な表情で短く告げられたクマの言葉ですぐに真剣なものへと変わる。
クマ達がいそいそと、しかし静かに起床している頃、世界樹の下では温かな光の中優しく起こされる男がいた。
「起きてください」
「・・・」
彼の耳元でささやかれる声は、まるで静かな木々のさざめきのように心地よく鼓膜を揺らし、深い眠りの奥から彼の意識を浮上させる。しかし、ゆっくりと眠りから覚めるのかと思われた彼、ユウヒであったが、
「起きてください、あ・な・「言わせないよ!?」・・・しゅん」
耳元でささやいていた女性の悪ふざけ? によって、意識は水面に浮かび上がる泡のような速さから、さながら水面から飛び出す潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM)へと変わり、即座に目覚めたユウヒは、耳元でささやかれていた言葉を遮るのだった。
「ん? ああ寝てたのか・・・どうした?」
しかしその叫び声は、彼が意識して口にしたわけではなく条件反射のようなものであったようで、起き上がって虚空を見詰めていたユウヒは、隣で肩を落とす母樹に気が付くと首を傾げて見せる。
「・・・何でもないです」
そんなユウヒに釈然としない表情を浮かべた母樹は、唇をすぼめるとどこかぶっきらぼうに答えそっぽを向くのだった。
「ん? ・・・あ、そういえば寝てしまったけど、まずかったか?」
「いえ、まったくこれっぽっちも悪くないです」
そっぽを向く母樹を不思議そうに見つめたユウヒは、自分が眠ってしまっていたことを再認識すると、眉を寄せて少し不安そうに彼女へ問いかける。魔力を放出して提供すると言う役割を担っていたにもかかわらず、眠ってしまっては本末転倒だと思ったユウヒであったが、どうやらその心配は杞憂の様であった。
「むしろ放出された魔力がまだ余っているくらいですから」
ユウヒの問いかけに、今までの不機嫌顔が嘘だったかのような笑みで振り向いた母樹曰く、ユウヒから放出された活性魔力は、彼女が想定していた量をはるかに上回っていたらしく、用意した種に使ってもまだ余っているようだ。
「そうか、なら種は?」
母樹の説明にほっとした表情を浮かべたユウヒは、ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべる母樹に微笑む。
「はい、ちゃんと発芽しました。どうです? かわいいでしょう?」
微笑むユウヒの問いかけに母樹は頬を染めながら答えると、自分の影になってユウヒからは見えない枕元に隠していた、種を割って枝葉を伸ばした瑞々しい苗木を優しく持ち上げ胸元に抱くと、ユウヒの目の前に差し出して見せる。
「・・・・・・植物の苗木がかわいいかと言われても」
そこには、拳ほどの大きさをした胡桃の様な種から、細い枝をまっすぐに伸ばした苗木が二つ、母樹の腕に抱かれまだ開いたばかりの明るい緑色の若葉を揺らしていた。
しかし、ユウヒが苦笑いを浮かべて小さくつぶやいたように、可愛いかどうかと聞かれても、人としての感性しか持ち合わせない人間にとってはコメントに困るというものである。
「ええ!? こんなにかわいいのに! 私たちの子供なのに!」
「人の俺に言われてもなぁ」
一方、母樹にはユウヒの反応に驚愕で目を見開くほど可愛く見えているらしく、ユウヒの言葉を聞いてベッドに崩れ折れると、片手でしっかり苗木を胸に抱きながら嘘泣きをはじめ、その姿にユウヒは困ったように頭を掻く。
「・・・それで、一株は例の場所に植えればいんだな?」
「はい、私も異世界とつながる扉というものにはいろいろと・・・思うところがありますから」
しばらくその嘘泣きを眺めていたユウヒは、時折ちらちらと視線を向けてくる母樹に疲れた表情で肩を落とすと、話を本線に戻す。
その話によると、どうやら二つあるうちの一株はこの世界と地球をつなぐ、白く光る壁の近くに植えるようで、そのことはユウヒからではなく、先ほどまでのやり取りが嘘のように神妙な表情を浮かべる母樹からの提案であった。
「わかった」
「万が一のことがあっても、この子が育ってくれればなんとかしてくれるはずです」
どうやらこの提案には明確な理由があるらしく、それはこの名も無き世界と地球にとってとても重要な事であるようだ。
「・・・ところで話は変わるが」
その詳細についてよく知らないユウヒだが、彼女の事を全面的に信じることにしているらしく軽く頷いてみせると、気になることがあるのか別の事について問いかけはじめる。
「はい?」
急に話が変わったことで、神妙に引き締められていた顔から力を抜いた母樹は、苗木を腕に抱いたまま小首を傾げて見せた。
「世界樹と言うのは植えた瞬間から急成長したりするのだろうか?」
小首を傾げた母樹に、ユウヒが質問した内容は、何も知らない者からすれば何を言っているのかわからない内容である。しかしユウヒが遭遇した過去の出来事を知っているものならば、なんとなくその理由を察したであろう。
「へ? そんなことはないですが・・・」
しかしその出来事を知らない母樹は、きょとんとした表情で反対側に首を傾げて見せ、
「それじゃ、魔法で急成長させたりしてもいいかな?」
「きゅう・・・せいちょう?」
続くユウヒの確認作業のような質問に目を丸く見開いてもう一度首を傾げるのであった。
ユウヒが過去の出来事を交えながら質問の意味を説明し、その話しに母樹が目を輝かせている頃、遠く離れた廃村ではクマに起こされた女性陣が行動を開始していた。
「あぁぁ・・・起き抜けにクマの顔とか、ほんと心臓にわるいわぁ」
「終いにゃ泣くぞ・・・」
しかしその動きは機敏とは言えず、特にリンゴに関しては寝起きが悪いのか、お腹を掻きながら据わった目で引掻き傷を頬に張り付けたクマを睨んでいる。そんなひっかき傷の犯人は、絶賛目の前で睨み続けるリンゴであり、理由は起き抜けにクマの顔を見て可愛い悲鳴を出してしまった腹いせであった。
「あはは、それでその・・・大丈夫なんですか?」
その一部始終を見ていたルカは、乾いた笑いを洩らしながら空気を入れ替える為、クマに話しかける。
「まだな、とりあえず死角を利用してさっさとずらかるぞ」
その大丈夫と言う言葉に二重の意味が含まれていることを感じ取りつつ、クマは木戸の外に目を向けながら廃村を離れる準備を進めると、心配そうな表情を浮かべるルカに笑みを浮かべながら答えるのであった。
「ズラ借りるぞ? ・・・そうか」
「どこみてんだよ! 俺はまだ天然ものだよ!」
しかし、そんなちょっと真面目な雰囲気も、準備の手を止めて勢いよく振り向いたパフェの神妙な声と、ある一点を見つめる視線によりがらりと空気を換えてしまう。
「クマ君、静かに叫ぶなんて器用ねぇ」
「・・・まだ寝ぼけてるな」
一度変わった空気は戻ることなく、さらに寝ぼけた声を洩らすメロンによっておかしな方向へと流れていく。しかしこれが本来の彼ら彼女らの空気であり、要はクロモリオンライン有名ギルド『ヤメロン』らしい空気なのであった。
「メロンさん起きてください、動きますよ」
「はぁい、おきてますよぉ」
「駄目だ、早すぎたんだ」
そのことを知らないルカであるが、この空気に居心地の良さを感じているのか、がらりと変わった雰囲気の中で、彼女は笑みを浮かべながらメロンを支え、その姿にクマはネタを織り込みながら笑みを浮かべる。
「まさに最終兵器にはぴったりのチョイスね」
一方、先ほどまでの不機嫌さが嘘のように消えてなくなったリンゴは、クマの呟きに満足そうな笑みを浮かべながら不敵な笑みを浮かべて見せた。
「さいしゅうへいきですか?」
「ふふふ、その時が来たらびっくりするわよ?」
「はぁ?」
リンゴの言葉に、ふらつくメロンを支えながらきょとんとした表情で後ろを振り返るルカ。彼女の視線の先では、先ほどまで不機嫌そうにしていたリンゴがクマと笑い合っており、リンゴに頭を雑に撫でられたルカはよくわからないと言った表情で気の抜けた返事を返す。
「ほぉらメロン行くわよ」
「はぁい」
一方、不敵に笑いルカの頭を一撫でしたリンゴは、慣れた手つきでメロンの腕をとると引っ張り立たせ、しっかりと立たされたメロンはとろけた様な声を洩らしながらも、危なげのない足取りでリンゴについて歩いて行く。
「朝の弱さは尋常じゃないが、それでも動けるのはすごいな・・・んじゃこっちだから、後ろについてきてくれ」
ぐだぐだと会話をしながらもてきぱきと準備を終わらせていたクマは、荷物を背中に背負いながら苦笑を洩らすと、廃屋の木戸を開きながら女性陣に声をかける。
「うむ、背中は任せろ! 何が来ても一突きで終わらせてやる」
「警戒だけしててくれ・・・」
クマの声にルカとリンゴが、頷きとハンドサインで答える中、パフェは手に持った簡素な槍を掲げ気合のこもった声を上げるが、その声に不安を感じたクマは背中を丸めながら木戸をくぐると、苦笑と一緒に疲れたような声を洩らす。
「・・・(クマさん苦労してそうだな、お兄ちゃんの苦労人ていう評価は本当だったんだね)」
そんなクマの様子を見ていたルカは、パフェに続いて木戸を潜りながら、兄から聞いた覚えのある友人の評価について思い出し、そのことが正しい評価であったことを感じ取るのであった。
それから数時間後、森に立ち込めていた朝霧も晴れはじめ、木々の隙間から朝の清々しい光が差し込み始める頃、夜にはわからなかったが、世界樹の太い根に飲み込まれながらも大きな口をあけた遺跡の入り口には、数人の人影が存在した。
「よし、準備は完了だ」
「その子の事、お願いします・・・あなた」
そこには、世界樹の苗木が入った布製の袋を背中に背負ったユウヒと、まるで早朝に夫を見送る妻のような表情を浮かべる母樹の姿が見える。
「・・・その呼び方で落ち着くわけね」
「はい! 一番しっくりきましたので」
後ろからしっとりとした声をかけられたユウヒは、背中の布袋の位置を調整しながら何とも言えない表情で振り返り、そんなユウヒの言葉に元気よく返事をした母樹は、なぜか自信に満ちた表情でそう答える。
実はここに至るまでにも、ユウヒの呼び名をいろいろ試しているのだが、ジト目を母樹に向けるユウヒの感情は別として、『あなた』と言う呼び方が彼女にとって一番しっくりきているらしい。
「それでは母樹様、獣人の集落には騎士団が責任をもって届けますので、どうかご安心ください」
「くれぐれも傷つけないでくださいね」
そんな夫婦のようなやり取りを見ていたリーヴェンは、なぜか満足そうに頷いて見せると、母樹を見詰めそう告げると恭しく頭を下げ、そんなリーヴェンに表情を引き締めた母樹は少し心配そうに眉を寄せると、念を押すようにそう告げる。
「決して傷つけるなと仰せだ」
「はっ! 身命に変えても!」
母樹の言葉にもう一度恭しく頭を下げたリーヴェンは、振り返ると眼下に整列している精霊騎士団のエルフに威厳のある声で母樹の言葉を代弁し、その言葉にユウヒの案内をした騎士団長である男性エルフは、代表して声を張ると、右手で拳を作り自らの胸に当てて見せた。
「そいじゃこれな、近くの地面に突き刺せしとけば魔法が自動で発動するはずだから」
「はっ!」
そんなエルフ流の敬礼を見せる男性エルフの姿を感慨深そうに見つめていたユウヒは、遺跡の短い石階段を下りると、手に持っていた仄かに青白い光を放つこぶし大の石を手渡す。
「うむむ、何度見ても恐ろしい魔力量ですね。一般的な同規模の魔石が霞んで見えてしまう」
その不思議な雰囲気の石は、見るものが見ればリーヴェン同様に驚くような代物で、実績のあるユウヒの妄想魔法【グローアップ】が付与された石である。今では魔石となってしまっているが、元々は森のどこにでもある様なただの石であった。
「そうなのか? ふむ、まぁいいか。それじゃ俺はもう行くから【指針】」
少し硬めの堆積岩の様な石柱を大事そうに持つエルフ男性と、興味深そうに見つめるリーヴェンに、ユウヒは他人事のような声を洩らすと、新しくその辺から拾ってきていた木の棒を手に取ると、今ではすっかり使い慣れた【指針】の魔法を使い目的地の方角を調べる。
『おお!』
「今回はしっかり出たな、何か条件でも・・・どうした?」
ユウヒにとっては慣れ親しんだ魔法であるが、初めて見る者にとってはその限りではないようで、ユウヒが魔法を使って見せた瞬間、エルフ達は目を大きく見開きその魔法を様々な感情の籠った目で見つめた。
「あなたの魔法と魔力に驚いているのですよ、エルフ達は特に魔力に対して敏感ですから」
魔力を大量に使うユウヒの魔法に驚き目を丸くするエルフと、その驚きの声に驚くユウヒを見比べた母樹は、困ったように苦笑を洩らすと、ユウヒに一歩近づきながらエルフ達が驚いた理由を伝える。
「驚かすつもりはなかったんだけど、それじゃ行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
エルフ達が目を丸くして見つめてくる理由を聞いたユウヒは、困った表情で頭を掻いて母樹に向き直り一言残すと、母樹に見送られながら【身体強化】の力に任せて跳び上がり、まるでどこぞの忍者のように樹から樹へと跳び移ってその場を後にするのだった。
「・・・は!? 呆けている場合ではないぞ! 急いで我等も御子様を届けに向かうのだ!」
『はっ!』
この世界の者にとって非常識な現象を連発するユウヒの姿には、厳しい訓練で心を鍛えているはずのエルフ達も思わず口を開き呆けてしまう。
しかしそこは種族的にも精神面の優れたエルフ、最初に気を取り直した騎士団長の声に我を取り戻した騎士団の面々は、厳重に包まれた世界樹の苗木を持つ者を守るように隊列を組むと、急ぎ植樹予定の場所まで移動を開始する。
「どうか私の子供たちが無事に根を張れますように。・・・ところで、急成長と言ってましたが、どの程度まで成長するのでしょうか?」
そんなエルフ達を祈るように見送った母樹は、じっと目を閉じていたかと思うと、急にぱちりとその綺麗な深緑の瞳を見開き、木々の隙間から見える空を見上げながらぽつりと呟くと、どこか心配そうにそれでいて楽しそうに、ユウヒの去って行った方向に目を向けるのだった。
いかがでしたでしょうか?
色々と動き出し始めた森の中のお話でした。この先どう言う展開になるのか、次回を楽しみに待っていただけるなら幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




