第二百七十二話 白兎カンパニー 後編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『白兎カンパニー 後編』
奥多摩のどこかで男の娘が過去の行いにちょっとした後悔を口にしている頃、24時間働くエアコンで適温に保たれた暗い部屋の中、兎夏はプリンターの稼働音をBGMに眉をへの字に曲げていた。
「書類多すぎなんだけど、どれだけ権限用意してるんだか……信用してくれるのはうれしいけど、私が悪い人なら会社潰されるわよこれ?」
止まることなく次々と書類を印刷し続ける家庭用のプリンターにちらりと視線を向けた兎夏は、手に持った書類に視線を落として呆れた様にごちる。どうやらプリンターが全力で印刷を続けている書類は、社長から送られてきたメールに添付された重要書類であるらしく、内容はつい先ほどまで電話で話していた兎夏に与えられる権限などに関するものの様だ。
「まぁでも、これなら夕陽君にもちゃんと報酬出せるし頼みやすいかな?」
その中には決済に関する内容もあるようで、それによれば会社のお金の中からある程度兎夏が自由に支払いとして使える枠が用意されており、その権限を使う事で兎夏では気軽に払えない様な金額の報酬をユウヒに用意できる様だ。
「それじゃさっそく本社ドームの設定を……あれ? え!? 空間負荷が改善してる!」
ほぼ無報酬で危険極まりない依頼を受け続けるユウヒに、日々罪悪感が増し続けていた兎夏は、そのストレスの逃げ道を書類に見出し、嬉しそうな笑みを浮かべるとパソコンへと体を向けてキーボードとマウスで何かの作業を始めようとするも、いつの間に変化していたディプレイで上の数字に驚いて歓喜の声を上げる。
「ジャミングも弱まってる! 夕陽君やってくれたのね!」
その数値はユウヒが突入したジャミング圏内を外側から観測して得られたもので、一般人が見ても良くわからない複数の数値が改善されていると言う事は、ユウヒが無事ジャミングと空間負荷の原因を除去した可能性が高い。二重三重の喜びは兎夏の表情を緩ませ、同時に涙腺を狭めたのか目が潤んでおり、彼女は早速ユウヒに連絡を取ろうと鼻をすすりながら、墜落したままのドローンを再起動させるために忙しなく手を動かすのであった。
一方、弱まるジャミングの中心地では、見上げるような大きさの機械の前でユウヒと育兎の二人が、じわじわと小さくなっていく駆動音に耳を傾けていた。
「これがジャミング装置か」
「正確にはジャミング装置と少し違うけどね、スイッチ切っても完全解除に少し時間が必要なんだ」
思いのほか大きく外装の無い剥き出しの内部機構に興味深そうな表情を浮かべるユウヒの隣で、満足そうに頷く育兎は鼻歌交じりにコンソールを弄っている。どうやらジャミング装置とは言っているが、目の前で唸る装置はそれだけの為に作られたものでは無い様だ。
「魔力は使ってないんだな」
育兎の言葉が少し気になるユウヒであるが、これまでの経験から不用意に右目で調べようとすると視界が一気に塞がれてしまう為、とりあえず左目に光を灯して青と緑の光を滲ませる装置を見回す。
「あんな制御の難しいもの使うくらいなら電気の方がマシだよ、あれらを使うのは高出力が必要だったり純粋に魔力の性質を利用する時だけだね」
しかし彼の左目には魔力らしい反応が感じられず、思わず零れ出てくる不思議そうな声に育兎は眉をへの字に曲げてため息交じりに話し出した。どうやらこの装置は完全に電気だけで動いているらしく、てっきり深き者が使う機器と似たような装置だと思っていたユウヒは、屈んで機械を覗き込んだ姿勢のまま不思議そうな表情で顔を上げる。
「そうか? 確かにじゃじゃ馬だけど、丁寧に加工して行けば問題ないと思うんだけどな……」
「そこが知りたいんだよ! じっくり君を研究させてもらうからね!」
何故なら、奇跡的にも危険物をその身に問題なく取り込んでしまったユウヒにとって、魔力は特別扱い辛いと言うものではなく、少し強力なエンジンを積んだ車程度の感覚なのだ。使い慣れればこれほど便利なものはなく、魔力と言うものに対して嫌悪感すら見え隠れする表情で話す育兎の言葉が理解出来ないユウヒは小首を傾げる。その瞬間、育兎はユウヒの両肩を掴んで迫ってきた。
「モルモット?」
その瞳は真っ赤で、しかし鮮やかではなくどこかグルグルと淀んだ色が渦巻いている。
「いや、そこまではしないよ……君は僕を何だと思ってるのさ」
その瞳の色に何かを思い出すユウヒは、彼の求める物を言い当てようと動物の名前を呟くも、育兎は少し心外そうに肩を落とすと、自分にどういう印象を抱いているのかと洩らす。
「マッドサイエンティスト?」
「君にだけは言われたくないな! さぁ! 先ずは何を作って来たのか教えておくれよ!」
その呟きに小首を傾げながら答えるユウヒは、体を起き上がらせて胸の前で両手を交差し×を作って見せる育兎に驚くと、地面についていたお尻をゆっくり持ち上げ立ち上がりながら、両手を広げて待ち構えるような姿勢を維持した育兎に目を向けて最近の作品を思い浮かべる。
「最近作ってるのは、魔力の収集装置とか、活性化装置とか?」
「早速根幹技術!? 収集なんて、集め過ぎたら大体爆発するだろ?」
彼がぱっと思い浮かべて出てくるのは、あちこちの国のためにも量産した不活性魔力の収集装置、さらに不活性魔力を活性化と保存wしておく装置だ。何でもない様に言っているユウヒであるが、より進んだ世界である育兎の世界であっても魔力を安全に運用する技術は完全なものではない。
「え? しないよ?」
「嘘だ!」
不思議そうに首を傾げるユウヒに思わず叫ぶ育兎の世界では、安全に魔力を運用する為にその出力絞り、少量の魔力を効率よく活用することに注力している。何故なら育兎が言ったように魔力は集め過ぎると制御が難しく、下手しなくても爆発してしまうからだ。
「嘘じゃないんだけど、とりあえずこれが不活性魔力の収集に使う黒い石」
「ふむ、気持ち悪いね」
危険な性質を多数持つ魔力と言うものを簡単に扱うユウヒは、興奮した様に声を荒げる育兎にポケットから取り出した黒い石を見せる。ユウヒ自身魔力を扱うのに長けている事もあるが、思わぬ素材との出会いもまた彼の発明を成功に導いており、その一つが黒い石であった。一目見ただけで気持ち悪いと呟く育兎の見詰める黒い石は、大量の不活性魔力で満たされている。
「で、こっちが活性化魔力を貯めてる石、魔結晶って呼んでるよ」
「結晶、透き通って……見た目は綺麗な水晶みたいだ。そこまで屈折率は高くないのかな?」
続いてユウヒが取り出したのは透き通った結晶柱、研究者の間でも魔結晶と言う名称で呼ばれることが増え始めたそれには、大量の活性化された魔力封入され、ユウヒは魔法の燃料タンクとして使う事が多い。
「どちらも限界量はあるけど爆発したりしないよ?」
「うーん、どちらも魔力由来の物質と同じ反応を示しているけど、ここで調べるには機材が足りないな」
どちらの石にも見た目に反した大量の魔力が内包されているが、乱暴に扱っても早々爆発することは無く、そもそも破壊する事すら難しい硬度と柔軟性を持っている。そんな石をじっと見つめてどこかから取り出した機材で突く育兎は、口惜しそうな声で呟く。
「俺も詳しくは調べてないんだよね、問題なく溜められることは解ってるんだけど……あ」
「ん?」
作ったり加工した張本人であるユウヒ自身、詳しい性質を調べていない魔結晶であるが、黒い石に関してはあまり良くない情報を読み取っていたことを思い出し、育兎の爆発すると言う言葉との整合性に口を開けたまま固まる。
「そう言えば、この黒い石は元々魔力の爆弾作るのに使われたっぽいね」
「え!?」
ユウヒの掌に転がる石炭の様な黒い石は、異世界で爆弾を作るために使われており、その爆弾のエネルギー源は魔力であった。その事を思い出して眉を顰めながら掌の石を見詰めるユウヒの顔を見上げた育兎は、思わず後退りすると警戒した様に黒い石にビデオカメラの様な機材を向ける。
「しかも不活性魔力を溜め込むと毒電波を出して周囲に精神的なダメージを与えるとか」
「なるほど……その性質は石の特性と言うより不活性魔力の性質だろうね」
「一応これは加工済みだから大丈夫だと思うけど」
爆発を起こさなくても不活性魔力を溜め込んだ黒い石は、周囲の生物に様々な悪影響を与える為扱いが難しく、ユウヒが魔法で加工している今でも黒い石は見る者に気持ち悪さを感じさせているが、どうやら育兎曰くその効果は不活性魔力の特性らしい。
「ふむむむむ、その加工技術を教えてほしいけど……無理そうだな」
「直接魔法でカバーを作ってるようなものだからなぁ」
ころころと手の平で黒い石を転がすユウヒの顔と黒い石を見比べる育兎は、腕を組んで唸ると加工技術を教えてほしいと口に出すも、その途中で無理だと理解したのか諦めた様に肩を落とし、気のせいかふわっとしていた長い髪を力なく萎れさせる。
「ふふふ、君と協力したら面白いものが作れそうだな」
そんな落胆も束の間、自ら技術を解明せずとも出来る人間となら素晴らしい何かを作れると元気を取り戻し始める育兎は、じっとユウヒに視線を向けるとニッコリ笑みを浮かべた。
「面白いものって、爆弾は作らな……」
「作る気!?」
その笑みにきな臭げな表情を浮かべたユウヒは、黒い石ころに目を向けるたかと思うと育兎に向かって肩を竦めて見せ、しかし自分の口から自然と出てきた言葉を自らの意思で止めてしまう。その不穏な言葉の停滞に、育兎は驚きの声を上げて赤い目を見開くと、手に持っていた機材を思わず床に落としてしまう。
「……小型ならありかなとも思ったけどやめとこう、何か良くないことが起きそうだ」
「当たり前だよ! ノーベルの二の舞とか勘弁だね」
爆弾の材料になった黒い石を見詰めながら、釘を刺す様に爆弾は作らないと口にしようとしたユウヒであるが、魔が差したのか素なのか爆弾を作ってみるのも悪くないかもと考えてしまったようだ。しかし彼の勘はその先の未来に危険が待っている事を感じたのか、ギリギリのところで彼の好奇心を押しとどめる。嘗てダイナマイトを作ったノーベルの様に、平和利用では終わらない未来を歩もうとしていたユウヒに、育兎は呆れと驚きが混ざった声でツッコミを入れるのであった。
「手遅れなんじゃね?」
いくら彼の協力を得ようとしていた育兎でも、足を踏み入れたくない世界はあるようで、しかしそんなツッコミを受けたユウヒは、スッと目を細めると微笑を浮かべて手遅れなのではないかと言って僅かに首を傾げる。
「……どうしてそう思うんだい?」
「それは、お?」
突然空気が変わった様なユウヒの言動に思わず言葉を詰まらせた育兎は、なぜか自然と強張っていく顔でぎこちなく微笑むと、どうしてそう思ったのか問いかけた。しかしその問いかけは、ユウヒの左腕の通信機から鳴り響いた鋭く刺々しい着信音により遮られてしまう。
「も、し! き、ま、すか? ゆう、さん? 夕陽さん聞こ、ますか?」
「お、聞こえる様になってきたよ」
突然鳴り響いた着信音の音源である通信機を指で突くユウヒに目を向け、興味深げな表情を浮かべた育兎は、通信機から聞こえてくる声に耳を傾けると、その通信状況の改善具合とジャミングの停止具合を比較して小首を傾げる。
「よかった! ジャミング解除できたんですね! どうやったんです? もしかして何か破壊しました?」
「破壊したのは別物かなぁ? 実は得難いブラザーに出会ってね」
何か気になる事でもあるのか頻繁に首を傾げている育兎は、勢いよく捲し立てられているユウヒに興味を移すと、ユウヒが破壊した別物の事を思い出しげんなりした表情を浮かべていた。
「嬉しい事言ってくれるじゃないかブラザー」
「え? その声……」
しかし、ユウヒからブラザーと呼びかけられると花開く様な笑みを浮かべ、通信機を顔の前に持ち上げたままの彼の下へと軽い足取りで歩み寄って来る。
「その声が君の協力者かい? 僕の作ったジャミングに気が付くなんてすごいじゃないか、この地球の技術者としてはトップクラスかもしれないね」
育兎の声に反応して小さく声を洩らす兎夏に、彼は楽しげな声で話しかけると、地球のどの国にも気が付かれることのなかったジャミングに気が付いたことに対して、それを成せたと言う事実は、まさに地球上でトップクラスの技術の持ち主だと純粋に称賛した。
「そうだな……」
「……」
「どうしたんだいそんな変な顔して、僕と君の中じゃないか? 何か不安な事があったら相談似るよ? 何せ僕は白兎カンパニー一の技術者だからね!大抵の事は何とか出来る自信がある」
一方、ユウヒはそんな育兎と通信機の中の兎夏の顔を見比べながら苦笑を浮かべ、何かを完全に解明したような遠い目で育兎を見詰めると、楽しそうに胸を張っている彼にどこまでも生暖かい視線を注ぎ、故意的に通信機から視線を逸らす。
「…お……お」
「お?」
なぜならば……。
「おじいちゃんなんでそこに居るの!!? お母さん達が心配してたんだから! 今までどこに居たのよ!!」
「ううううう、兎夏ぁ!? 兎夏ナンデェ!?」
通信機の中には笑みから驚きの表情、そこから震えながら無表情に変わり、ユウヒが通信機の画面を育兎に向けた時には、鬼の形相に変わってしまった兎夏の顔があったからだ。さらにはホログラフィックの機能で飛び出て来た彼女の姿を見た育兎は、ただでさえ白い顔を蒼く染めて驚愕の声を上げる。
「おじいちゃんこそナンデいるの!? ブラザーって何!」
「い、いやぁ? えー? なんでー? なんでなの夕陽?」
驚愕の声を上げ、噴き出る気持ち悪い汗でシャツを濡らす育兎、兎夏からおじいちゃんと呼ばれた育兎は目を白黒させると泳ぐ視線を必死に一点に定め、意味のある言葉が出てこない口を閉じたり開いたり繰り返し、最終的に困った様な笑みを浮かべるユウヒに助けを求めた。
「さぁ、なんでだろうなぁ?」
「き、君は……まさか、全て知っていたのかい?」
動揺と言う言葉を絵に描いたような状況を見せるよく似た容姿の二人を前に、ユウヒは肩を竦めると何でと問われてもわからないと言った様子で眉を寄せて見せ、全てを知ってこの場に来たのではないかと言う育兎の問いと、じっと見つめてくる兎夏の視線にゆっくり視線を逸らす。
「知らないよ? そんな気がしていただけで……」
「嘘だ!」
「嘘よ!」
視線を逸らしても回り込んでくる育兎から逃げる事一分ほど、諦めた様にため息を漏らし事実を伝える。しかし返ってきたのは完全に声が揃った二人からの疑い、と言うより嘘だと決めつけるような鋭い言葉であった。
「血、繋がってるねぇ」
まったく同じ動き、同じ表情、同じ言葉で叫ぶ二人に肩を竦めたユウヒは、特にショックを受けた様子もなく、唯々呆れたような表情で呟く。
今回ユウヒが育兎と出会ったのは本当に偶然であり、二人の関係性を察したのは少し前、右目でこそっと少しずつ調べた結果であり、事前に知った上での行動などではないのだが、二人の様子を見る限りちょっとやそっとの説明では信じてもらえそうにはなく、
「やれやれだな……」
それどころか祖父と孫の喧嘩が再開されてしまい、しばらく口を挟む事すら出来なくなるのであった。
いかがでしたでしょうか?
兎夏の探し人は予想外のタイミングで見つかり、心の準備の出来ていない孫と祖父による喧噪の中、ユウヒは静かに微笑むのでした。そんな出会いは新たな物語を引き寄せる切っ掛けになるのでしょうか、次回も楽しんで貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




