第二百五十九話 マッドの者達
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『マッドの者達』
日本が三歩進んでは二歩下がる様な早さで秋へと近づく中、一足早く冬の足音が聞こえ始め冷え込んできた調査ドームから日本に戻ってきた民間協力者達は、彼らを派遣した上層部の意向により、自衛隊の仮設基地内にある仮設の研究施設内で様々な分析を行っていた。
「くそ、全くつまらん作業をやらせよって!」
しかしその分析環境は非常に悪いようで、検査機器のモニターを睨みつける初老の男性は貧乏ゆすりをしながら悪態を洩らし、時折引っ掻く様な音を鳴らしてノートにデータを書き殴っていく。
「まったくだ! こんなものよりもっと面白そうなものが山とあると言うのに」
そんな彼の後ろでは、人一人通ることが出来ない様なスペースを開けて背中を向けた頭の涼しい男性が、同じく悪態を洩らしながら顕微鏡を操作して微細な世界を映すモニターに目を向けている。
どうやら彼らにとってその分析作業はとても詰まらない作業であり、喜びを感じるような調査とは全く別の様だ。しかし彼らもスポンサーから支援されている以上、ある程度その意向に沿わなくてはならない。言ってしまえば、今彼らが陥っている現実はそれまで自由にしてきた事によるしわ寄せであり、文字通り自業自得なのだが、彼らの口から悪態が途切れることは無い。
「教授! 新しいサンプルよ!」
早く終わらせたい一心で悪態を吐く口以上の速度で報告書を掻き上げていく教授たちは、性格に問題はあっても非常に優秀なのであろう。そしてそんな教授たちの弟子とも言えるゼミ生もまた灰汁が強く、仮設研究室の扉を文字通り蹴り開けた女性は、重そうに抱えていた荷物を勢いよく教授の前に放り投げる。
「ぬお!? ワシの頭にはそんな詰まらないサンプル詰まっておらんぞ!」
顕微鏡で見たことで分かった内容をノートに書きこんでいた教授は、頭にぶつかりそうな位置で止まったプラスチック製のケースから仰け反ると、襟元を緩めて汗をタオルで拭う生徒に苦情の声を上げた。遠回しにケースが頭にぶつかりそうになったことに対する苦情の声を上げた教授に、女性はキョトンとした表情を浮かべると首にタオルを引っ掛け、軽い足取りで近づいて来て教授の手元のノートを覗き込む。
「詰まるサンプルが詰まってたらみんなに頭開かれちゃいますよ?」
「む、それは困るな」
ノートの中身を見ながら頷く女性は、どこか惚けた声で貴重なサンプルが頭に詰まっていたら、皆から頭を切り開かれてしまうと話し、その言葉に分析機器のモニターを睨んでいた教授は頭を上げて頷き、先ほどまで苛立っていた教授は眉を顰めて顎を扱くと真剣に困ったと呟く。
「はいこれ! 同定作業終わったけど変わらずある程度の差異が見つかったわ」
妙なところで納得を示し停滞する教授とゼミ生、そんな彼らを突然大きな音と共に振動が襲う。震源と思われる人影に目を向けた彼らの前には、書類の束を乱暴に机の上に置いた女性が仁王立ちで立っており、人差し指で眼鏡のブリッジを持ち上げた彼女は、隈の目立つ目で彼らを見下ろすとため息交じりに結果を簡潔に伝える。
「ある程度で済む辺り、人が住む世界と言うものにはある一定の法則が働いているのだろうな」
検査機器を背にして女性を見上げる初老の男性は、腕を組んで唸ると細められた目で宙を仰ぎ見て類似性がありすぎる二つの世界に共通する法則について思考を回す。
「差異は魔力の所為と言うのがやはり濃厚だな……惜しむらくはその道のプロの協力を得られんと言う事だ」
思考を回し唸る声に頷く男性は、追加のサンプルを並べていく女生徒にジト目を向けながら魔力を調べたくても調べられないと口惜し気に呟く。現状日本において魔力に最も詳しいと思われてるのは、異世界専門家でもあるユウヒ、次点でゴエンモ達である。そのほかにも日本には霊能者や陰陽師と言った者たちが居るようだが、影に潜んでしまっていたり偽物が多い彼らを教授たちは当てにしていない様だ。
「教授! 忍者君たち帰ってきましたよー!」
興味のある話でついつい面倒な仕事を進める手が止まってしまっている教授たちの下に、元気な女性の声で新たな報告が齎される。
「何と、タイミングの悪い……」
今彼らが話す内容からすれば朗報とも言える魔力を理解する人材の到着報告、しかし現在彼らは優先しなければいけない仕事が山積みとなっており、魔力関連に手を付けられない状態で忍者達が現れるのは蛇の生殺しに等しい。
「とりあえず呼んできてくれ」
「はーい」
だが、それ以外にも忍者達に協力してほしいことはある為、唸る男性二人に溜息を洩らした女性教授は元気な女生徒に彼らを呼んでくるように頼み、頼まれた女生徒は見様見真似の敬礼で返答すると踵を返して走り去るのであった。
調査ドームをぐるりと囲む自衛隊の仮設ドームの中で、突然女子大生に声をかけられドギマギする忍者達が、腕を引かれて仮設研究室に引き込まれている頃、ユウヒは窓から自然の風が入り込む自室でスマホを耳に当て誰かと話している。
「そうか、夕陽も大変だな」
「まぁな、そっちも最近忙しいんだろ? 姉さんが文句言ってたぞ?」
小さな模型を所狭しと並べたテーブルの上を眺めるユウヒと電話しているのは、その声から森野 球磨であるらしく、互いに近況を話していたのか友人のとんでもない日々に彼は心底気遣わし気な声を洩らす。否定したくても否定できる要素が見当たらないユウヒは、曖昧な返事を返すとテーブルの模型を動かしながら問い返す。
「文句言われる筋合いないんだが? まぁドーム特需だな、最近はドーム周辺で怪しい影がってのが多くてな、警備警戒業務が増えてるよ」
何かと周囲の人間を振り回すパフェの苦情など知らぬと呆れた声を洩らすクマもまた、ドームに関係した最近の異常事態により仕事が忙しい様だ。一般人の間では外出自粛が囁かれる昨今であっても、彼ら異常事態にこそ花開く業種の人間には、ドーム関連の慌ただしさも一種の特需となっている。
「あれか……今日は休みなのか?」
「夜勤明けでな、明日まで休みで次の仕事先は空港の税関だったか」
クマの話にとある妖怪たちを思い浮かべたユウヒは、山と積まれた問題の一角を思い出すと鬱気味の溜息を洩らす。しかしすぐに気を入れ替えると、珍しく電話してきたクマに休みなのか問いかけ、夜勤明けと言う言葉に頷くと続く言葉に眉を上げる。
「それって言っていいのか?」
「かまわねぇよ、ほら何かバケモンが外国から送られてきたんだろ? あれの警戒だってさ」
クマの仕事は何かと秘密にしないといけない事柄が多く、その一つに現場の詳しい場所などもあるのだが、彼は何かと勘のいい親友に対してちょっと隠した程度じゃ意味が無いと色々諦めており、普段から問題ない程度には仕事内容を話していた。
「あれね、最近ドームから色々持ち出している人間がネットで売っているらしいからな、海外の荷物には何が入ってるかわからないって愚痴ってたよ」
「あれって夕陽が何とかしたんだろ? どうだった? 俺でもやれるか? 何か良い駆除方法あったりしねぇの?」
むしろそう言った事を話す事でユウヒから貰えるアドバイスの方が何倍も有益であり、森野家は昔から天野家のそんな力に助けられている。実際ユウヒに対しては隠す必要が無い、と言うより意味が無いと社長であるクマの父親が言っているのだから世話が無い。
「大きく成長する前に駆除が基本だろうな、いくら球磨が異世界でパワーアップしてるとは言え、大きくなった奴の相手は危険すぎる」
「それをお前はサクッとやったわけか、うらやましい」
そんな背景もあって、異世界から流入してきたバシリスクに関して参考程度にアドバイスを求めるクマであるが、迅速に対応するほかないと聞きげんなりした声を洩らす。彼もまた、異世界で未知の力に目覚めた事により一般人と比べてずっと強い力を手に入れているが、そんな彼でも巨大鶏相手では無力の様だ。
「神様印の魔法のおかげだよ」
「それなー……なぁ? 何かこう俺達でも危なくないけど強くなれる魔法の道具とかないのか?」
大体にしてユウヒや忍者が異常なだけであるのだが、そんな力の一片でも欲しいと思わず心の声が洩れ出てしまうクマ、だがその洩れ出た言葉は些か迂闊である。
「……ほう?」
「あ、やべ」
何故なら電話口に居るのは友人であり、同時にマッドな才能をいかんなく発揮するユウヒなのだ。過去にその恩恵にも被害にもあっているクマは、自らの失言に気が付くと顔を蒼くして小さな声で呟く。
「良かろう、我の力をあらん限り振るい貴様に至高の魔道具を用意死てやる! ありがたく思え!」
「絶対ろくなことならねぇ! あとイントネーションがおかしい! 不穏すぎる!」
友の口から零れ出た力を求める声に思わず魔王としての側面があふれ出るユウヒは、多分に冗談を含んだ言葉で大真面目に宣言する。その不穏な言葉に声を荒げツッコミを入れるクマの頭の中で様々な想像が駆け巡るが、そのどれもこれもが悪い結論を示す。
「くくく、自ら生贄になりに来るとは褒めて遣わす!」
「うれしくねぇ……」
上機嫌に嗤うユウヒの声に、悪い予感ばかりを感じるクマは諦めた様に肩を落とすと、率直な感想を呟き長い溜息を吐き尽くすのだった。
「本当は先に姉さんやミカン達の防犯グッズを用意しようと思ったんだが、流石に実験無しと言うのも事故が怖いからな」
一頻りクマを不安にさせる言動を楽しんだユウヒは、いつもの言葉遣いに戻すと、遠回しに試作品の実験台になってもらうと、割とひどい事を言う。普通そんな扱いされれば誰しも怒りそうなもので、ユウヒの言葉を耳にしたクマも声を上げるために息を大きく吸う。
「夕陽が、真面な事を……言っている!?」
が、彼の口から出て来たのは怒りではなく、純粋な驚きを伴う絞り出すような声であった。
「よぉし! お前にはフルコースを用意死て上げよう!」
「うわぁうれしくねー!」
どこか成長する我が子にかけるような感情の籠った声に、ユウヒは嬉しそうに微笑むと明るく抑揚のない声で死刑宣告を告げ、クマは全くうれしそうにない声で嬉しいと返答する。いつもと変わらないやり取りにどちらからともなく笑う二人は、笑い終えると互いに溜息を洩らす。
「まぁ簡単なものはすでにいくつか作っているし、大統領もご満悦な一品も精霊と一緒なら作れたし大丈夫大丈夫!」
「お前のその大丈夫に何度騙されたか……まぁ同じくらい助けられたが、安全第一で頼むぞ?」
二人の溜息にどんな感情が込められているのか分からないが、ユウヒは彼に何かしらの魔法道具を作ることに決めた様で、その軽い口調に過去の様々な経験を思い出すクマは小さくため息交じりに笑い安全第一を強調して頼む。
「……仮面を被ったバイク乗りってかっこいいよな」
「俺もしかして改造されるの!?」
しかし、悪友とも親友とも言える二人の間で素直に話が纏まるわけもなく、冗談なのかそれとも本気なのか、悩む様に小さく唸ったユウヒの口から飛び出た言葉にクマは何度目かになる驚愕の声を上げるのであった。
それから数時間後、友人を改造手術でバイクに乗り風力で発電して仮面戦士に変身する機能を与えようと提案し、即座に拒否され残念そうに断念したユウヒは、そんな話題を挟みながら今後の予定を石木と話し合っているようだ。
「まぁ、そのくらいは構わないが……友人は大事にしろよ?」
ユウヒの冗談とも本気ともとれる話を聞いていた石木は、遠い目で何かの許可を与えつつ友人は大事にするように勧め、手元のメモに書かれた文字のいくつかに丸を付けていく。
「え? はい……大事にしてますよ?」
ユウヒにとっては予想外の言葉であったらしく、不思議そうな声と共に頷くようなノイズが聞こえてくる受話器のスピーカーに、石木は眉を寄せてどこか納得しきれない鼻息を洩らす。
「……そうか、とりあえず自衛隊の先行部隊は明後日午後には日本を立つ、それまでに間に合えば弾頭部分だけ先に持っていくそうだ」
しかし何かしらの感情を飲み込み納得した彼は、ユウヒに依頼している装置に関して、二日後早朝までに作れる事が最も望ましいと言う。それでも全て用意出来るとは考えておらず、先行して一つ二つ間に合えば良いと言う感情がその言葉のニュアンスから伝わって来る。
「高耐久活性化装置はすぐに形に出来ると思うので、たぶん? 明日中にはいくつか用意できると思います」
当然勘の良いユウヒであるから、その感情も理解した上ではっきりと用意できると答えた。どうやらユウヒが今回作る事となった装置は、今まで作ってきた魔力活性化装置ではあるものの、ミサイルの弾頭に搭載する様だ。当然ミサイルの弾頭に搭載すると言う事は発射して目標に投下する事となり、それに見合った耐久性と自動で起動する仕組みやそれに伴う安全性など考慮する必要がある。
「こちらの要求スペックを満たしてくれさえすればいいが、大丈夫なのか?」
いくつも試作を作り、遊び、未知なる冒険をその掌の中で繰り広げて来たユウヒであるが、今回の要求スペックに関して石木はかなり無理を言った自覚がある為、いつもと変わらない軽やかな彼の返事に思わず不安そうな声で問い掛けてしまう。
「魔法のイメージと小型の模型はすでにいくつか作ったので、あとは実際に作って性能確認するだけです。いろいろ問題点も確認してもらったんで大丈夫ですよ」
これまでユウヒは誰でも使える様に、一度説明を受ければ子供でも使えるよう単純な構造を多用している。単純な構造と言ってもその中身は神様印の力を使った複雑な構造である為、分解して複製など出来るものではない。一方で今回は、一度弾頭に搭載した後は人の手を使わずにすべて自動で起動する必要がある為、より複雑化することとなってる。
「そうか……」
ユウヒ自身これまで培った経験のもと、事前にいくつも試作品を作るほど慎重を期しており、その過程で精霊たちからも色々とアドバイスを貰っていた。それ故に自信を持って大丈夫と答えるユウヒに、石木は僅かな不安を覚えつつ、しかし納得することにしたようだ。
「今回の試作を作る作業で色々な機能を試せたのは大きいです。今後の創作にも活かせそうで、友人に頼まれていた物や知り合いに配るお守りの安全性もかなりいい感じになりますよ」
さらにクマに頼まれた物の製作にもその経験は生かせると声を弾ませるユウヒは、魔法の道具を周囲に作り与えることを計画している様で、特に石木が注意しない辺りすでに相談済みな話の様である。
「夕陽が日本に居てくれて本当に良かったと思う。あと、赤狐の悪影響を受けてなくて(あいつは友人で実験して黒鬼で本番だったからな……)」
ユウヒの言葉に対して、好意的な感情が感じられる小さな笑い声を零す石木は、ユウヒと言う人物が真面な人間であることを確認出来たのか安心した様に話す。傍から見てそんな感想が出てくるような話の流れには聞こえないが、彼の母親が今まで行ってきた数々の悪行? を知っている身としては、彼の成長は奇跡の様に感じられるようだ。
いかがでしたでしょうか?
最前線に喜び派遣される人間には可笑しな人間も多いもので、最前線をひた走る者もまたおかしなようだ。両親よりも真面だと感じる石木もそのラインが随分おかしくなっている様で、そんな人々が立ち向う地球の未来はどこに向かうのであろうか。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




