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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第二百五十話 妖怪の事情

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『妖怪の事情』


 トイレの花子さんが白旗を振って現れ、ユウヒが停戦を受け入れてから数分後、荒れ果てた理科準備室の真ん中で、大きなテーブルを挟んで座る妖怪と神使と自称人間は、餓鬼たちの声を聞きながら話し合いの席についていた。


「ギ」

「ギギ?」

「ギケ」

「「ギギギ!」」


 餓鬼には彼ら固有の言語存在するのか、それともテレパシーでもあるのか短い鳴き声で意思疎通を取りながら、理科準備室を片付けている。椅子を抱え場所を問いかけ、その問いかけに指示を出し箒で床を掃く餓鬼。


「ふむ、こう見ると可愛いな」

 戦っている時はユウヒへの恐怖で歪んでいた鬼の顔も、安全と分かった今ではすっかり和やかなものに変わっており、教室内を片付ける大中小の姿には可愛げすら感じられ、彼らの働きぶりを見るユウヒは興味深そうな表情で呟く。


「そうか?」


「ふふふー」

 そんなユウヒもまた狐と妖怪に見詰められており、餓鬼に目を向け首を傾げるコンの目の前では非常に上機嫌な花子さんが熱い吐息混じりの笑みをユウヒに向けている。


「えっと……」

 何が花子さんの琴線に触れたのか可笑しな程気に入られているユウヒは、その熱い視線に若干の恐怖を感じ僅かに上体を花子さんから離すも、すぐ彼女は彼へとにじり寄り、リードに繋がれた犬の様に引き戻されていた。


「大丈夫だ、私のマントはそう簡単に解けぬ」


「だいじょうぶよぉ? ふふふ」

 何故引き戻されたのかと言うと、彼女の体は現在赤いマントでぐるぐるに拘束されミノムシの様になっており、その端は紳士の手にしっかりと握られているからだ。どうやら妖怪紳士の赤いマントは特別性であるらしく、そう簡単には脱出できないようだが、若干軋むような音を鳴らす花子さんに紳士も引き気味である。


「どこに大丈夫な要素があるのか……。しかしすまなかったな、我等も穏便に済ませたかったのだが、そちらの気配を畏れた者が暴走してしまったのだ」

 猛犬と主人のような構図に呆れたような声を洩らす赤い肌の老人は、疲れた様に頭を横に振るとユウヒに目を向け謝罪した。


 どうやら本当に彼らはユウヒと敵対するつもりがなかったらしく、襲い掛かってしまったのは彼から漏れ出る膨大な魔力の気配に餓鬼たちが怯え暴走してしまったことが原因で、彼らが戦う事を諦めていたのもユウヒの気配を感知したからである。


「わかる」


「わかんのかよ」

 ユウヒに説明し何とも言えない表情を浮かべる三人の大妖怪に、コンはしみじみと呟き大きく頷いて同意した。この大狐もまたユウヒの気配に畏れを抱き襲い掛かったのだから、彼らの気持ちは痛いほどわかるであろう。一方で分からないのがユウヒの方で、当然と言えば当然とも言えるが、誰だって自分が周囲に及ぼす脅威を正確に測ることは難しく、小さい時からの体験による歪んだ思考を持つ彼にとっては尚更であろう。


「お主はもう少し自分の異常性を自覚せい」


「そう言われてもな? こっちには敵意の欠片もないぞ?」

 異常なほど体に馴染んでいるとは言え、貰い物であるが故に自分の力に対して少し鈍感になっているユウヒは、隣から向けられるジト目に対して不満そうに眉を歪める。これがもう少し力を誇示することに意識が向いていれば自分の力を正確に把握したのであろうが、現状彼にとって神から与えられた力は便利な道具でしかなく、箍が外れない限り重視するのは安全であろう。


「そういう問題ではないのだよ、まぁいつの時代も天才や実力者と言うものはそうであったがな」


「そうだな、これだけの力があれば多少隠形したところで近づけば意味がないであろう」

 そんな安全第一で使っている力を危険視されても今一つピンと来ないユウヒに、赤い肌の老人は何かを思い出す様に視線を天井に向けると諦めるようなため息を洩らし、隣に座る紳士も手に持ったマントの端を引き寄せつつ頷いて見せる。


「むぅ」


「隠形ね? そっちが隠れていたようなやつか?」

 妖怪たちの言葉にユウヒの横顔を見詰めるコンは否定したそうな表情を浮かべるも、彼らが話す内容も理解出来るらしく悩ましげに目を瞑ると鼻から息を洩らす。そんな生ぬるい視線が集まる中、ユウヒは隠形と言う言葉に首を傾げながら自らのゲーム脳から似たような言葉を思い浮かべる。


「あれは影に入っていただけだ、これだけの者をずっと外に出しておくわけにも行かんからな」


「確かに、見つかったら大騒ぎだな」

 理科準備室に入った当初どこにも姿が見えなかった妖怪たち、ユウヒの目も欺いたその技は隠形ではなく影の中に潜むと言うものであるらしく、中学校の一クラス分の人数より明らかに多い餓鬼たちで溢れる室内に、ユウヒは紳士の言葉を納得したように頷く。


「何故か今は人間の目にも我らが映る様になってしまっておってな、隠形の出来ぬ此奴らだけを放置するわけにも行かんでな」

 本来なら妖怪たちは特定の条件下でしか人の目に映ることは無いのだが、現在の日本では何もしないと人の目にも見える様になっており、隠れる技術を持たない餓鬼たちだけでは隠れながら異世界に戻る事も出来ない様だ。


「なんでこっちに来たんだ? あの祠から来たんだろ?」


「なるほど、あそこから追いかけて来たのねぇすごいわぁ」


「我らは此奴らを追いかけて来たのだが、どうにも祠の扉が緩んでいるのを見つけた者が外に飛び出したようなのだ」

 また妖怪と言う種族でも餓鬼と言う妖怪は特に臆病が故に周囲の変化に敏感で、魔力と言う存在にも敏感であることが今回の事故を起こした要因である。好奇心溢れる餓鬼達が逸早く異世界との境界に綻びがあることに気が付いたのも、臆病さと好奇心を持ち合わせる妖怪であるが故であった。


「それを追いかけてどんどん外に出てきたわけなの、外に出た事の無い子たちが多くてあちこちで問題を起こして回ったみたいね」


「最近の怪談騒ぎか……」

 一人が出れば不安も消え、好奇心に後押しされた餓鬼は次々と祠から外の世界に飛び出し、外の世界を知らない世代である餓鬼たちは、人に見つからないように行動すると言う基本的な事も出来ずにあちこちで騒ぎを起こし、それがユウヒの耳にも入る様なニュースや噂話となったようだ。


「そうだ、人の世を騒がす意思など我等には無いと言うのは信じてほしい」


「妖怪って人を脅かすものじゃないのか」

 赤い肌の老人は薄い頭を撫でながら眉を寄せると、驚かすつもりなど毛頭ないといってユウヒをじっと見つめるが、人の世で一般的な妖怪への知識と言えば人を驚かして喜ぶ姿であり、ユウヒもそんな知識とあてはまらない彼らの言葉に首を傾げる。


「昔は人の生活圏と我らの生活圏が交わっていた故に仕方なかったのだ」

 そんなユウヒや一般人が持つ認識は、後付けの様に面白おかしく広められたものであり、実際は彼らの生活様式の関係上、生活圏が交わることでどうしても起きてしまう摩擦のようなものであったと言う。住む場所が分かたれた現在ではそんな心配などないはずであった。


「まぁ一部は暴れん坊もいたようだがな」


「それはそちらも一緒でしょう?」


「ぐぬ」

 一部ではただ暴れたいだけ、ただ驚かせたいだけという欲望に忠実な妖怪も居た様だが、それらは人の犯罪者と同じく全体から見れば稀な存在であり、そう言った暴れん坊は何も妖怪だけではない様で、鼻を鳴らして小馬鹿にするコンは花子さんのツッコミを受けて悔し気に口を紡ぐ。


「なるほどね」

 何かを理解したらしいユウヒは一つ頷くと目の前で火花を散らす静と動の女性を見比べ、肩を竦める男性陣に苦笑いを浮かべると、ポケットからスマホを取り出しどこかに電話をかけるのであった。





 それから十数分後のここは政治の中枢にある小さな会議室、大きな会議に出席していた石木は秘書よりユウヒから電話が来ていることを聞いて、別室で一人ユウヒから話を聞いていた。現状ユウヒからの緊急連絡は、眠気を誘う無駄な会議より圧倒的に重要視されている。


「そ、そうか……わかった。その件に関しても調査を進めよう、協力者に関しては後日顔合わせの機会を持ってから人員を選考しようと思う」

 その理由も、彼の報告一つが下手すると世界レベルで問題のある報告の可能性があるからだ。彼のおかげで様々な危機を退けてきたと同時大量の爆弾を抱える事となった彼ら日本政府は、なるべくその被害を最小限に抑えたいのである。


 そんな被害を水際で抑える窓口である石木は、新たに齎された日本の潜在的な爆弾に顔を引きつらせると、相談された内容を頭の中で咀嚼しながら今後の予定を組み替えていく。どうやら妖怪の流出対策も国が責任をもって動く様だが、約束する石木の表情は優れない。


「そうですね。妖怪側もなるべく人に近い見た目で選んでもらいますので」


「そうしてもらうと助かるな、最近はPTSDにかかったり精神的に参ってしまう隊員出ていてな」

 ユウヒ経由によって兎夏と言う協力者を得られたことで、国のドーム対策は飛躍的に効率を上げているが、それは同時に人の手が足りなくなる事態を発生させている。ただ人を投入するだけでも人的資源の乏しい日本には負担となっているが、その中でもユウヒのように人外に耐性のある人間はそれほど多くはない。


「異常事態が続いてますからね」


「嘆いたところで仕方がない、適応するしかない事態だからなるべく早く慣れてほしいものだがな」

 特に深き者達との接触ではそれなりの被害を出しており、その事に石木は何とも言えない溜息を洩らす。


 しかしそれはほかの国に比べれば全く問題の無いレベルであり、中国やその周辺国では様々な政府機能が麻痺し始め、ロシアでもドーム崩壊の被害がじわじわと広がっている。アメリカに関してはテレビで放映された深き者の艦隊を見た一般人で全国の病院が処理能力を超えてしまっている。正直、大量の爆弾を抱えている日本の現状は、あまりに正常過ぎて世界各国から不気味に見えてすらいるようだ。


「それは、まぁ難しいでしょうね。常識ってそう簡単に捨てられるものではないですし」


「お前さんの口からそんな言葉聞いても嫌味でしかないな」

 政府の対応はユウヒと言う存在以外他国とそう変わらず、日本人と言う人種に何か潜在的な耐性があるのではないかと研究者が気にし始める中、それ以上の適応を求める石木にユウヒは困った様に笑い、彼の言葉に石木も砕けた調子で笑う。


「俺の場合は元が常識外れでしたし」


「……理解、していただと!?」

 しかしそんな石木はユウヒの続く言葉に思わず驚愕で声を詰まらせる。突飛な行動ばかりするユウヒは、その根本的なところで常人と違う思考を持ち合わせていると思っていたらしく、そんな彼の口から環境の異常さを理解しているような言葉が出てきたことに心底驚いたようだ。


「ひどくね?」


「妥当だろ?」


「えー?」

 その反応にユウヒは思わず素で苦情をこぼし、タメ口を気にすることなく即答で返ってくる石木の言葉に不満たらたらの声が電話口から聞こえてくると、小さな会議室に石木の笑い声が響くのであった。





 その日の夜、妖怪対策で急遽開かれた会議で多数の人間が頭を抱え、人選でたらい回しが起きている頃、とある夜の闇が広がる山道に光の筋が忙しなく揺れていた。


「こんばんわー聞こえる? 聞こえてますかー?」

 その光の筋の発生源は男性が頭に付けたライトで、その男性は手に持ったビデオカメラを自分に向けて話しかけている。何も知らない人が見たら奇妙に移る光景であるが、彼が頭に付けているヘッドセットからは自動読み上げソフトの声が聞こえ始めた。


「お! 聞こえてるな! MyTuberのシスコン猛でーす! 今日は妹が怖がっている怪奇スポットを成敗に来ましたー! わーどんどんぱふぱふ」

 彼はどうやら動画の生配信を行っているらしく、その慣れた様子から素人などでは無い様だ。その証拠に彼の耳に届く声は絶え間なく続いており、配信内容を見たリスナーからの言葉はさらに加速していく。


「あ? 雑? 無理にでもテンション上げないと驚くくらい何もないんだよ」

 その中には配信者を煽る様な声もあるようで、その煽りに対して反応する男性はふてぶてしく、しかし嬉しそうな笑みを浮かべて何もないと周囲にカメラを向ける。彼が映す周囲の光景は人の手が入り開けた山道で、しっかり舗装された道の先にはいくつも民家が見える。しかし夜にも関わらず周囲の民家の灯りは少ない。


「あっちの方が絶対取れ高あると思うんだよね」

 その原因は彼が向けたカメラの先にある。


 そこには空の星灯りをくっきりと切り取る黒く大きなドーム存在しており、民家の近くに発生した事で住民の半分近くが避難してしまっていた。夏の話題を独り占めしているドームを見上げる男性は、最近流行り始めて鮮度の良い怪談ネタでも、目の前のドームにはかなわないとため息を洩らす。


「わかってるって! 流石にドームネタは散々やらかしてBAN大量発生したから近づかないよ」

 事実ドームを取り上げた配信視聴率の伸びは勢いが違い、これにより収益を得始めた人間も多いが同時にアカウントを消された者も多い。彼も当初ドームをネタにしようと考えていたが、知り合いが被害を受けた事やリスナーからの声によって断念していた。


「今日はそんな危険地帯ドームの近くで発生している怪談の検証です。とりあえず写真撮ればいいでしょ」

 割と良識ある配信主と言う事もありそれなりに伸びている彼のチャンネルは、今回そんなドーム近くで起きている怪談を確認すると言う夏らしいタイトルを打ち上げている。ただ、今回の配信は所謂罰ゲーム配信と言うもので、彼が特別幽霊に強いと言うわけではなく、寧ろそう言った類が苦手なのか首から下げた大きなレンズ付きのカメラを持ち上げる手は少し震えているようだ。


「怖いけど皆に聞いていたやつ、持って行った方がいい道具も準備万端! ところで線香とかマジでいるの?」

 そんな恐れを振り払うように元気を振り回すシスコン猛は、事前にリスナーから募集していた幽霊お化け対策の道具が入ったカバンを揺らしながら山道を登る。道の先に向けられたビデオカメラには星空を背にする鳥居が映っており、幻想的にも見える画面にリスナー達は様々な言葉を打ち込んでいく。


「みんなビビりすぎだって、どうせ野生動物か何かだよ、この辺は猿もイノシシも出ないから、ネコか捨て犬とかじゃないかな?」

 その言葉の中には止めた方が良いと言う言葉も時折聞こえており、彼自身止めたい気持ちもあるが企画を立ち上げた以上ここで止めるわけにも行かず、若干上ずった声で怪奇現象を否定する彼は気を紛らわせるために自動読み上げの言葉に耳を澄ます。


「ハクビシン? 何それ生き物? ……え?」

 それほど知識が抱負と言うわけではないらしく、野生動物の種類でマウントをとってくるリスナーに首を傾げる彼は、鳥居の前に差し掛かると何かに気が付き足を止める。


「だ、誰か居るんだけど……ネタ先越された? 被りとか嫌なんだけどなぁ」

 緊張で震えた彼は、しかし蠢く影が自分と同じように頭にライトを点けた人の姿である事に気が付くと、安心したようなそれでいて残念そうな声で呟き歩を進めた。その足取りは少し軽く、安心を求める様であった。


「もしもーし! 何して……―――っ」


「うぅん? 人の子か、それ以上は近づくな」

 しかしその足取りも目の前の人物の背丈を理解した瞬間、地面に縫い付けられたかのように止まり、振り返った影の正体をカメラに捉えると声にならない悲鳴を上げる。彼がカメラで映し頭のライトで照らした先には、軽く2メートルを超える坊主頭の男が立っており、大きな顔には大きな単眼が光っていた。


「ぎゃあああああああああああああああ!!!!?」


「うるさ!?」

 近づくなと言って腕を上げたナニカに恐怖の声を上げたシスコン猛は、神社の入り口に体を向けると一目散に走りだし、途中何度か躓きながらも鳥居を潜って山道を転げ落ちるように下っていくのだった。後に取り残されたのはうるさそうに両耳を押さえた大きな一つ目の坊主だけである。


「……まったく、煩い人の子であった。耳無いなるわ」


「どうした? 大きな声出して」

 大声上げて逃げていった男に呆れた声を洩らす坊主は、疲れた様に肩を落とすと光る眼で辺りを照らし始め、暗闇の中から聞こえて来た声に向けて目の光を当てた。


「ワシではない、人の子が叫んで逃げおった。何があったか知らんがうるさい奴だった」


「……そら逃げるだろ」

 光に照らされたのは人と変わらない大きさをしたイタチであり、そのイタチは器用に二本足で立ち上がると坊主の返事に対して呆れたように呟く。誰だって、暗闇の中から目を光らせる2メートル越えの一つ目男が現れたら驚くと言うもので、それがただの人であるならなおさらだろう。


「なぜだ?」


「なんででもだよ」


「そうか」

 しかし坊主にはその感性がわからないらしく、イタチから呆れたように見上げられると一つしかない眉を不満そうに歪めながら呟くと、毛一つない頭を大きな手で叩くように撫でながらまた神社の中を歩き出す。


 何やら探し物をしていそうな坊主を捉えた配信は、すぐに動画として世界中に届けられ、様々な国籍の人間の間で物議を醸す事になる。これによりシスコン猛は一躍有名になるも彼に目を向けるのは一般人だけではないがそれはまた別の話だ。



 いかがでしたでしょうか?


 妖怪たちの事情から新たな面倒事の気配を感じたユウヒにより、日本は新たな問題に直面していく。そんな世界はこの先どう変わっていくのか次回も是非楽しんで頂ければ幸いです。


 読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー

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