第二百四十四話 神住まう異世界の扉
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『神住まう異世界の扉』
ユウヒがせっせとカートリッジを交換する事半時ほど、高校の中庭の林にある不活性魔力の吹き溜まりでは、少女の楽し気な声がこだましている。
「何と言う事だ……」
ふわふわと宙に魔力の光がいくつも浮かび弾ける幻想的な光景に、大きな狐は祠の前で口を半開きにしながら呆けていた。その姿からはユウヒを襲った時の様な刺々しさは感じられず、どこか童子の様な気配すら感じられる。
「臭いの消えちゃえー」
「消えちゃえー!」
そんな狐が見詰める先では、ユウヒに呼ばれて我先にとまるで見張っていたかのようなタイミングでやってきた精霊達が、それぞれ得意な方法で不活性魔力を集めては光の繭に閉じ込めて活性化していく。その光景は煙をぎゅっと固めて消している様に見え、宙を舞う精霊達は実に楽し気である。
「不活性魔力って臭いのか?」
臭い臭いと言いながら不活性魔力を消していく精霊を見上げるユウヒは、箱の様な装置にカートリッジを差し込みながら不思議そうに問いかけ、手に持っていたカートリッジに顔を近づけると鼻を鳴らす。
「ん? 全然?」
「……さよけ」
これと言って特別な匂いを感じないカートリッジに小首を傾げるユウヒに、彼の目の前に舞い降りた風の精霊はキョトンとした表情で首を横に振り、彼女達が気分で臭いと言っていたことを察したユウヒは目を細め肩を落とすと小さな声で返事を返すのであった。
「アハハハハ」
「よもやこのような光景が見れるとは」
ユウヒの反応の何が良かったのか、上機嫌な笑い声を上げた精霊は飛び上がると近くにあった魔力の繭を手で叩く。叩かれた繭は風船が割れるように無くなり周囲へ活性化された魔力を振りまく。振り撒かれた魔力は風に乗って運ばれて行き、高密度の活性魔力から生じるキラキラとした光りに狐は感極まった様に呟いた。
「見えるんだ、流石神様の使徒ってところか」
「む、当然だ!」
魔力を見ることが出来る者だけが楽しめる光景に目を細める狐は、ユウヒの呟きに慌てて開いていた口を閉じると不機嫌そうに鼻を鳴らす。実際は魔力を見れない人間でも見れるような現象も生じているのだが、ユウヒは特に問題ないと考え精霊達に注意する事は無く、鼻を鳴らしそっぽを向く狐に苦笑を洩らしている。
「あー、やっぱカートリッジ足りなかったかぁ」
「無くなっちゃった?」
精霊達が魔力の活性化を手伝い始めてそれなりの時間が経過しているが、まだまだ不活性魔力は周囲に溜まっており、寧ろ周りが活性化されることで高校全体に漂っている不活性魔力が移動して来ている様である。
ユウヒも気が付いていない間に、予想を圧倒的に超える不活性魔力を封印していた事で到頭カートリッジが底をついたらしく、収集装置に新しいカートリッジを入れたユウヒは、バッグに手を突っ込んで眉を寄せると、その中身に目を向けてため息を洩らす。精霊達が覗き込むバッグの中には何もなく、外に置かれた物も全て使用済みである。
「カートリッジの活性化も終わらないし、もう一度来ないといけないかな」
外に積まれたカートリッジを箱に差し込んでいくユウヒは、箱の中でゆっくり活性化していく不活性魔力に目を向け、周囲を見渡しながら仕事の予定時間が伸びたことに少し長く細い溜息を洩らすのであった。
「私たちも手伝ってあげるから大丈夫だよ」
「ありがとな」
自作の装置を試せることで少し機嫌の良いユウヒであるが疲れは隠せず、そんな彼を見詰めていた精霊達は細い腕を曲げて力こぶを作って見せるも、そこには凹凸がほぼ無いフラットで頼りない腕しかなく、思わず笑ってしまうユウヒは苦笑を浮かべながら嬉しそうにお礼を呟く。
「どういたしまして!」
「ぎぶあんどていく? だから気にしないで!」
魔力の活性化に腕力が必要と思えないユウヒは、しっかり精霊達が不活性魔力を活性化出来ている光景に目を向けながら、その中で楽しそうに舞い踊って時折話しかけてくる精霊に小首を傾げる。
「何かしたか俺?」
どこからか覚えてきた地球の言葉を話す精霊に、純粋に何かやったか考え込むユウヒ。彼のそんな姿にクスクスと笑い声を洩らす精霊達は、機嫌よさそうに周囲を舞いながら時折ユウヒへと、どこか粘着質な光の見える視線で微笑みかけるのであった。
「むむ、ワシも散らして仲間を呼ぶぞ!」
「え? うん? どうぞ」
無邪気な微笑みを浮かべる精霊とユウヒのやり取りを見ていた狐は、漠然とした疎外感を感じたのかどこか不機嫌そうに尾を一つ揺らすと、自分も仲間を呼びたいのか鼻息荒く宣言し、その宣言に肩を躍らせ振り返ったユウヒは不思議そうに目を瞬かせ呟く。
「……ふん! 散らしめよ!」
精霊と一緒にキョトンとした表情を浮かべるユウヒに対して、不機嫌そうに鼻息を洩らした狐は、座ったままの姿勢で背筋を伸ばし片方の前足を一歩前に出すと気合の籠った声を上空に打ち上げる。
「きゃーあははは」
「すごいかぜー!」
張りのある声を呼び水にして周囲から風が集まり、すぐにそれは強力な上昇気流となって狐の周りに漂う不活性魔力を吹き飛ばす。その風にいち早く反応した風の精霊は風で波乗りするように舞い、水の精霊はそんな風の精霊に手を取られながら楽しそうに舞い踊る。
「おー……散っていくなぁ」
「ふふん!」
精霊達が風と戯れる姿を見上げていたユウヒは、次第に治まっていく風の柱に目を向けながら左の青い目を瞬かせ不活性魔力の行方を追う。彼が呟いた通り周囲に滞留していた不活性魔力はその大部分がはるか上空まで吹き飛ばされ、高校周辺に薄く散っていく。
何とも言えない表情で空を見上げ、それでもまだ周囲から集まってくる不活性魔力に眉を寄せるユウヒは、上機嫌に胸を反って見下ろしてくる狐に苦笑を浮かべる。
「ふむぅ(あまり散らしたくはなかったんだが、まぁここまで濃いと仕方ないかぁ)」
どうやらユウヒとしてはあまり散らして欲しくなかったようで、困った様に頭を掻きながら誇らしげに精霊と戯れる狐を見上げると、現状では仕方ないかと小さく鼻から息を吐いて肩を竦めるのであった。
一頻り自慢するようにユウヒを見下ろした狐が、何かを思い出し慌てて小さな祠に何かしてから数分後のどこか、明るく柔らかい日の光が入り込む広い木造建築の一室では、簡素な木製の机に向かう男性が、手にもっていた巻物を閉じるとそっと机に置き、板張り越しに感じる来客の足音に目を向けている。
「応援要請が届きました」
「そうか、最後の連絡から時間が掛かったな」
縁側の通路から入ってきた着物の女性は、日の光を背にすると男性に向かって一礼し用件を伝え、その内容に男性は安心したようなため息を洩らすと応援要請の遅れに表情を歪めて見せた。
「瘴気が門を封じていたようですので、何か動きがあったものと。応援要請だけでも難しい様子で詳しい状況は解りませんが……」
どうやらこの二人ユウヒの争った狐の仲間であるらしく、要件以外にも少し狐と話した女性は、少し心配そうな顔で応援を促す様な視線を男性に向ける。
「そうか、ならば念のため戦える者を呼ぶとしよう」
女性の視線に何か察した男性は、胡坐を組み座る床に置かれた巻物の山から一本取り出すと広げ、その中身を見ながら応援には戦える者を向かわせると言って目を細めた。
「その必要はありません」
「これは五代目代目様、このような場所に」
男性の返答に安心したような笑みを浮かべる女性であったが、突然背後から聞こえて来た声に反応すると慌てて床に跪いて声にした方に頭を下げ、男性も一度顔を上げると姿勢を正して会釈し、嬉しそうな笑みを浮かべる。彼らの前に現れたのは幾重にも重ねられた着物を身に纏った女性で、その着物はその量に対してふわふわと揺れて、見る者に重さを感じさせない。
「私が向かいますからお供を何人か、そうですね? 人に友好的な者を選びなさい」
「は? え、まさか五代目様自ら!?」
五代目と呼ばれた女性は、男性の視線に微笑を浮かべたまま見下ろすと、応援には自らが行くと言って人間に友好的なお供を数人用意するように伝える。さらりと話された内容に驚く男性は、慌てて腰を浮かすと考え直す様に声を上げようとするのだが、静かに見据えられると口を開いたまま固まってしまう。
「上からも許可は貰っています。早く準備しなさい」
「……しかし! 下界に出るなど何が起こるか」
微笑んでいるにもかかわらず気圧される静かな迫力に男性が固まっていると、五代目は許可を得ていると言って準備を促す。それでも人の世界は彼らにとって危険でしかないらしく、追いすがる様に立ち上がる男性。
「決定事項です。そして上が許可を出すと言う意味を考えなさい? 下界でそれだけ異常な事が起きていると言う事なのよ?」
「……わかりました。しかし護衛もつけます」
しかし、彼らが考えている以上の事態が地球では起きていると、女性の言葉に息を飲んだ男性は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるとせめて護衛は付けると言って女性を見詰める。
「ふぅ、困った子ね? ちゃんと要望通りの者を付けるのですよ?」
「はい」
じっと見つめてくる男性に、女性は溜息を洩らすと要望通りの人選であれば護衛を付けても構わないと話し、彼女の言葉に対して男性は満足そうに頷く。
「何があったのでしょうか?」
「私が聞きたい」
部下の二人に困った様な視線を送りそのまま静かに部屋を退出する五代目と呼ばれた女性、彼女の背中を見送った二人は、どちらからともなく視線を合わせると深く長く息を吐き、互いに首を傾げ合うのであった。
上司を見送った二人が慌てて護衛を呼び出し門前で待つ上司の見送りに走っている頃、ユウヒは社から少し離れた場所に茣蓙を引いて、持ってきた水筒に入れた温めのお茶をゆっくり啜っている。
「何をしているのだ……」
「休憩だが?」
普通の人から見ても薄暗い林の中でお茶を飲む姿は異常であるが、魔力を見ることが出来る狐が見るとその光景はさらに異常なようで、休憩と返事を返すユウヒに怪訝な表情を浮かべていた。
「こんな場所でか」
「休憩場所も用意してもらっているけど、そこまで行くのは面倒だし、応援呼んだんでしょ?」
何故ならユウヒの周囲には未だに不活性魔力が漂っており、魔力に対する感受性のある者であれば気持ちのいいものではない。そんな場所で精霊とお茶会を開いているユウヒは異常に見えるが、特に気にした様子の無い彼は単純に移動するのが面倒なだけの様だ。
「だから何だと言うのだ」
「いや、手伝ってもらうんだから待ってようかと思って、な?」
「なー」
また、狐が応援を呼んだと言う事で、手伝ってもらう以上は最初に挨拶が必要だろうと待っているらしく、社会人らしい考え方のユウヒに狐はジト目を向け、同意を求められた精霊達は返事を返しながらどこか優しい目をユウヒに向けている。
「茶が美味い」
「茶と言ってもおめぇらが摂取してるのは魔力だがな」
そんな精霊達は、ユウヒが一瞬で作った湯呑にお茶を分けてもらって、楽しそうに回し飲みしており、しかしそれはお茶を飲んでいるわけではなく、お茶に込められた活性魔力を感じているらしく、まるで嗅ぎ茶でお茶の品評でもしているかのようだ。
「気分の問題」
「さよけ」
お茶が美味いと言うのも気分で言っているらしく、実際はユウヒの魔力が美味しいと言う事のようで、呆れたような視線を向けられる事を気にした様子もない彼女たちの表情は、どこか恍惚としている様にも見える。
「出来ればもっと爽やかな魔力を所望する」
「さわやか?」
「まろやかも良し」
「わかる」
「ふむー?」
また、魔力と密接な関係にある精霊達には彼女達特有の感覚があるらしく、爽やかな魔力もあればまろやかな魔力もあるらしく、風や水の精霊が論評する姿にユウヒは興味深そうにしかし理解出来ないと言った表情で首を傾げるのであった。
「……何者なんだこいつ」
普通なら相まみえる事のない精霊と人間、そんな両者がまるで親友の様な掛け合いをする光景が未だに信じられない狐は、岩の台座に固定された祠の傍に陣取ったままユウヒをじっと見つめ、その異常さに小さく眉を寄せつつ、どこか興味深そうに尾を揺らす。
「魔力も奥が深いな……ん?」
騒がしい精霊達の声に耳を傾けながら興味深そうに頷くユウヒは、魔力の奥深さに感心しつつ、カップに残ったお茶を煽り飲む。丁度ユウヒが樹々の奥できらめく星々を見上げた瞬間、彼の横顔に明るい光が差し込んだ。
「これは、ずいぶん早いな」
「来たのか?」
差し込んだ光の元は祠のようで、どうやら狐の呼んだ応援の到着を示す兆候のようだ。祠を飲み込み次第に大きくなっていく光の範囲から少し離れ立ち上がったユウヒは、バッグに水筒を放り込んで居住まいを整える。
「……」
「よくきっ―――!?」
大きく広がった光は社の前に収束し始め、それは縦に長い楕円形の光る壁を発生させる。その姿はドームの向こう側に発生していたゲートと酷似しており、右目を輝かせるユウヒは納得した様に頷いていた。そんなユウヒを横目に見ていた狐は、光の壁に人のシルエットが見えると背筋を伸ばして嬉しそうな声をかけ、ようとして途中で声を失う。
「どした?」
「頭が高いぞ! 頭を下げぬか姫様の御成りぞ!?」
数名の人影が現れた瞬間、伸ばしていた背を曲げ頭を上げる狐にユウヒは不思議そうに小首を傾げ、少し心配そうに声をかけるも返ってきたのは罵倒する様ながなり声であり、姫様と呼ばれたと思しき人影に目を向けたユウヒは、特に頭を下げるわけもなく納得した様に頷いた。
「ひめ? 確かにすごくお姫様感のある美人だな」
「おまっ!?」
槍の様な武器を持った護衛を引き連れて現れた着物姿の女性に目を向けたユウヒは、その美しい十二単の様な着物に引けを取らぬ絢爛という言葉がよく似合う女性の姿に、姫様と呼ばれるのも納得だと呟き、その呟きに狐は蒼い顔で目を見開き、護衛は槍を持つ手に力を入れるがすぐにそれは制される。
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ管理神に愛された御方」
「ん? 良く解らんが、管理神を知ってる感じか」
瞬きする間に切りかかりそうだった護衛を手で制した女性は、反対の手で口元を隠しながらコロコロと笑うと、ユウヒにじっと目を向けながら管理神の名を口にした。妙な湿度を感じる視線に眉を上げたユウヒは、管理神の名を知っている事に興味深げな表情を浮かべながら一歩女性に近付く。
「ええ、彼らから見守る仕事を譲られてからずっと語り継いでおりますから」
狐と護衛が僅かに殺気立つ中、ユウヒの傍まで歩み寄った着物の女性は、長い着物の裾をふわりと揺らして微笑むと、不思議そうなユウヒを見下ろし話す。
「あー……その辺の詳しい事は知らないし、管理神の手伝いでここに居るわけでもないんだ。俺は天野夕陽、ちょっと特殊な力を持ってるから、最近の異常事態への国の対応を手伝っている者です」
どうやら彼女達と管理神には浅からぬ縁があるようだが、特にそう言った知識があるわけではないユウヒは、困ったように笑い頭を掻くと、簡単な自己紹介と共に何故この場に自分が居るのか、狐に説明したような内容をずいぶんと短く纏めて話す。そんな様子を真剣な表情で見詰めていた女性は、何かを確認したのか小さく頷いて柔らかく微笑む。
「なるほど……。私は五代目受姫、この国の豊穣を見守る神です」
「受け? 豊穣……お稲荷さん?」
深く赤い夕焼けの様な瞳はユウヒの姿に何かを見た様で、満足そうでどこかほっとしたような笑みを浮かべる彼女は、自らを日本の豊穣を見守る女神だと言い、その言葉にユウヒは一瞬キョトンとするも、与えられた情報を繋ぎ合わせさらに祠に目を向け該当しそうな神の名を呟く。
「ふふ、大体あってますがそれはずっと昔の方々ですね。私はずっと後任、今は昔と色々変わっているのですよ」
「はー……?」
ユウヒの想像は当たらずとも遠からずと言ったところであるらしく、少し困ったようにクスクス笑う受姫に、ユウヒは若干顔を赤くしながら予想外な神の世界の一端に触れてどこか気の抜けた声を洩らす。その姿が何かの琴線に触れたのか、受姫は機嫌良さげに小さな声で笑い続けるのであった。
「…………………」
一方そんな姿を見ていた護衛は目を見開いて呆けており、同じく呆ける狐は大きな口をこれでもかと開いたままで、傍から見て顎が外れてはいないかと不安になるような姿である。
「しんだ?」
「いきしてる?」
なぜか妙に上機嫌な顔を不思議そうに見上げるユウヒと、そんな表情を楽しそうに見下ろし見詰めコロコロ笑う受姫。二人だけの世界を作る外野では、つついても一向に何の反応も示さない狐を、少し心配そうで面白そうに精霊達が気遣い、護衛とお付きの神々は下界に来て早々情報量が多すぎる状況に眩暈を起こしそうになるのであった。
いかがでしたでしょうか?
なんだかんだと協力して不活性魔力を除去するユウヒと狐であるが、そんな狐の上司が現れてその場の空気は一気に混沌と化す。果たして豊穣の女神は何のために現れ今後どのようにかかわって来るのか、楽しみにして貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




