第二百四十三話 神使
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『神使』
普段から何かと騒がしい人類社会はドームの発生により余計に慌ただしく乱れている。そんな社会情勢を切り取りお茶の間に届けるニュースが一人話している天野家のリビングでは、ユウヒが遅くなると言う事で早めに夕食を終えており、今は食後のティータイム。
「はっ!?」
いつもなら家族でダラダラ過ごす時間であるが、今日の食後はいきなり波乱含みのようで、勇治の空いた湯呑に緑茶を注いでいた明華は、突然驚いた表情で顔を上げるとその手元を絶妙に狂わせる。
「うお!? あつ! あつ!?」
丁度同じタイミングで明華のお尻に欲情した勇治が、そのお尻を撫でようと伸ばした手に、彼女の狂った手元の急須から流れ出るお茶が真っすぐ注がれ、突然の事に目を丸くする流華の目の前で彼女の父親は叫び声を上げて飛び上がった。
「お母さん、それは流石にひどいよ」
普段から流華の前でおしりを触ったりなど、行き過ぎたイチャイチャに入ろうとする勇治は、叩かれるなど窘められることが多かったが、熱々のお茶を注がれたのは初めてで、その光景に流華は引き攣った表情で母を見上げる。
「あ、ごめんねダーリン」
一方、明華は自分のやらかしたことに気が付いていなかったらしく、濡れた床と流華を見比べた後、慌ててキッチンで腕を冷やす勇治に走り寄った。
「今日の愛は一際熱いな、どうした?」
腕を冷やす勇治の患部を見てほっと息を吐いた明華が、冷凍庫から氷を出して袋詰めする姿に、勇治はどこか安心した様に息を吐くといつも通りのろけながら目尻を垂れさせる。
「またユウちゃんに女狐が……」
「え」
「ほう」
しかし、そんな勇治に対して明華は肩を落とし、すぐに肩を震わせたかと思うと小さな声で呟き、手に持っていた拳ほどある氷の塊を握り砕く。どうやらどこかでユウヒに好意を持つ女性が増えたのを感知したらしく、その事に流華は目を見開き勇治は目を細めた。
「ジェニ、今から動けるかしら」
「アイツはダメだな」
明華と流華から見えない位置に顔を向け、ニヤニヤとした笑みを浮かべる勇治は、行動を起こそうとする明華と期待の眼差しを浮かべる流華に、真剣な表情を努めて作り無理だと進む道を遮る。
「なんで?」
「今日はみんなでナイトプールだそうだ」
と言っても、勇治が何もなく彼女たちの行動を止めようとしたわけではなく、実際じぇにふぁー達は本日お店のメンバーで朝から遊びに出ている為、急に呼び出しても動けない。
「・・・少し興味深いわね」
「ユウヒも誘われてたようだがな」
トレビ庵の某メイド少女? を思い出しながら天井を見上げる明華と、彼女の言葉に頷きながら好奇心を目に浮かべた流華、そんな二人に苦笑を洩らす勇治は、そのお出かけにはユウヒも誘われていたと話す。
「……みんな、残念がってたんじゃない?」
「そりゃもうな? 苦情の連絡が大量に来たよ」
しかしユウヒは流華からの頼まれ事で手が離せないと、先送りにしていた返事を最近返したらしく、その返事に対する反応が手を取る様に解る明華は肩を竦め、勇治は合わせる様に肩を竦めて見せると、自分のスマホに目を向けながら疲れた様に呟く。相当な量の苦情が来ていたらしく、それは一時的にスマホの電源を落とすほどであった。
「従業員のみんなでナイトプールなのね?……それじゃぁ頼めそうな子はいないわね……嫌な感じね」
「あぶないの? 学校の人?」
明華から氷嚢にしたビニール袋を受け取った勇治がソファーに移動すると、明華は頭を掻きながら頼めそうな人間が居ないことにため息を吐く。他に頼めば動いてくれそうな人間はいても、荒事が出来そうなのは二人だけ、そんな二人は頼めば二次災害間違いなしと来ているので頼むわけにはいかない。
「その辺が良く解らないからなんとも?」
「……大丈夫かなぁ」
流華の問いかけに無言で首を横に振る明華は、いつもの冴えわたる勘がうまく働いてないことに不安を、何かしらの確信を持っているような表情で眉を寄せ、そんな母親の姿に、流華はさらに不安そうな表情を浮かべながらお茶に口を付けるのだった。
不安そうな二人に対して、息子の成長を喜ぶようなゲスっぽい笑みを勇治がひっそり浮かべている頃、隣国にある人気のない山の奥では、魔力の淡い光に照らされた女性達が驚愕に固まり、
「えええ!? なんでぇ!」
代表してとある人物と話していた女性が納得のいかない感情のまま叫んでいた。
「なんでと言われてものぉ? 空間が不安定と言ったじゃろ?」
話の相手は、幼い少女のような姿に似合わぬ爺臭い言葉づかいで困った様に小首を傾げている。彼女はイリシスタ、世界を管理維持する神々の中でも上から数えた方が明らかに早い地位の神であり、驚愕する彼女達は隣国の事件現場で探し物をしていた女神達だ。
「そうだけど、折角頑張ったのに……」
彼女たちのご褒美は地球の存在する世界の空間が不安定であると出来ない事であるらしく、しょんぼりとした表情で肩を落とす女性は、手のひらで赤黒い石を転がしながら口を窄める。
「頑張りすぎて神力洩らさなかったかの?」
しかし、それまで同情的な、それでいて困ったような表情を浮かべていたイリシスタは、ため息を小さく漏らして疲れた様に眉を寄せるとジト目で女性達を睨む。
『……………』
どうやら空間の不安定化の原因には彼女たちが神の力を地上で使ったことも影響しているらしく、予め神の力を使いすぎないように釘を刺されていたらしい彼女たちは、イリシスタの視線から逃げる様に顔を明後日に向け固まる。
「全員か、まぁ主な原因はお主たちの所為ではないだろうが」
「それじゃあやっぱりAの派閥の所為?」
イリシスタからは女性たちみんなの姿が見えているのか、全員が目を逸らす姿に呆れ気味な声を洩らすも、今見つかっている異常な状態と言うのは彼女たちのやりすぎが原因ではない様で、ほっと息を吐いた一人がパッと思いつく原因を呟く。
「いや、不活性魔力が原住神の住処や隣接世界に影響を与えた様じゃ」
「あら、それは大変ね」
管理神の世界で何かと問題行動の多い一族とその派閥は、何かあるたびに槍玉に上がるし、実際今回も彼らが関与しているらしいが主な原因は地球に充満する不活性魔力の様だ。ユウヒも懸念する不活性魔力は明らか彼らの世界を蝕んでおり、かといって直接手を出せない困った表情のイリシスタに、女性たちは眉を顰める。
「そうねぇそれじゃおいた出来ないわね」
その表情は憂いや鎮痛と言った表情であり、それまでのどこか陽気な感じとは違う彼女たちの顔に、イリシスタは慈愛の感情で目を細めた。
「追い遣られた者としては思う所があるか」
「そうね、私たちも故郷の泉が懐かしくなるもの」
今地球で起きている現象、特にイリシスタの話した隣接世界への影響と言う部分に色々と思う所がありそうな女性達は、少し寂しそうな表情で頷くと周囲の仲間と視線を交わし合って肩を竦めたり、髪を掻き上げたり何かを振り払うような仕草を始める。
「こちらとしては物分かりが良くて助かるがの」
彼女たちがそう言った反応を見せる理由を知っているイリシスタは、じっと見つめていた視線を外すとそう呟き手元のマグカップを手に取り、中身を一口飲み込み小さく息を吐く。彼女の溜息で話し合いは終わりと感じ、思い思いに動き出す女性達に目を向けていたイリシスタは、端に寄せていた資料を手に取るともう一度、今度は大きな溜息を吐くのであった。
イリシスタのため息がどこかでクシャミを誘発している頃、こちらでも落胆したようにユウヒが大きなため息を洩らしている。
「何故わかってもらえない」
「わかるか! 神使を前にしてこれ以上の悪徳を詰めると思うな!」
大きなため息を吐いたユウヒは、肩を落とし背中を丸めた状態で目の前の大きな狐に落胆し、そんな彼の姿に息巻く狐は牙を剥きだし毛を逆立てながら吠えていた。どうやらユウヒは警戒されているのかただ単純に嫌われているのか、一人と一匹の間で真面な会話のキャッチボールが出来ていない様だ。
「本当に悪いことして手に入れた力じゃないんだって、異世界で神様の依頼受ける事でもらっただけで」
どうやらユウヒは目の前に大きな狐にここに来た経緯から自己紹介、また狐が一番気にしているユウヒの膨大な魔力についても誠実に話した様だが、正直ユウヒの話は荒唐無稽であるため話している彼自身も思わず目が泳いでしまう。
「どこの神がそんなバカげた力を与える! しかもその力は魔力だけじゃないだろ!」
「良く解らんが管理神の女神様がくれたんだが、まぁ若干の不手際があったらしくて約一名ほど説教受けていたけど……」
泳ぐ目が余計にユウヒの説明の信憑性を希薄にしていき、どうやら狐はユウヒの体から魔力だけではない何かも感じ取っているのか、警戒を一向に解くことなく頭を掻き困った表情を浮かべるユウヒに牙を見せる様に唸る。
「なんだその神は聞いたことが無いぞ!」
「知らないのか……」
さらに、神の使いであるらしい目の前の大きな小麦色の狐は、管理神と言う存在に聞き覚えが無いようで、その事がユウヒに対する疑惑を深める要因になっていた。神様の関係者だからと言って誰しも管理神を知っているわけでは無い様で、ユウヒもアミールから聞くまでそんな存在知らなかったのだからそんなものかと小首を傾げている。
「大体我らの門を調べようとしていた時点で怪しさしかないだろ!」
「門とな……なるほど、これはゲートと似たような法則が働いてるのか」
またこれほどユウヒが警戒されている理由は、彼の内包する魔力とはまた別にあったようで、それはユウヒが調べようとして祠であるらしい。その祠は狐曰く門と呼ばれているもので、右目の力をいつもより強く引き出したユウヒは、視界を埋め尽くす文字列の中から興味深い記述を見つけて目を見開いた。
「破壊させるわけにはいかない!」
「いやいや、壊さないし」
再度祠に近付くユウヒに、大狐は毛を逆立たせ叫ぶと急加速して大きく前足を振りかぶるも、すでにいくつも補助魔法を展開しているユウヒはその攻撃をひらりと舞う様に避けて活性化装置の傍に重力を感じさせない動きで着地する。
「信用できぬ!」
「なんでそんな嫌われたかな? まぁいいか、とりあえずこの不活性魔力を何とかさせてもらうよ、このままじゃ学校の生徒に危害が加わるからね」
祠を守る様に大きな尾を広げ歯をむき出す狐に、ユウヒは困った様に頭を掻きつつため息交じりに呟いて肩を落とすと、本来の目的とは直接関係なさそうだと諦め、ゆっくりと左目の光を強めた。ユウヒ個人的には祠の方も大いに気になるようだが、今はそんな事より優先されるものが周囲に滞留しており、そんな高濃度の不活性魔力を収集し続ける装置に手を添えると狐に視線をちらりと向ける。
「なに? ……この瘴気は貴様の所為ではないのか?」
邪魔をするなと言いたげな視線を向けられた狐は、その視線に含まれる鋭利な覇気に思わず後退ると、訝しそうに表情を歪めながらその場にお座りする様に腰を落ち着け、警戒と同時に少し不安そうな感情が読み取れる声で呟く。
「だから、それもドームって言う異世界由来なんだって言ったじゃないか」
「む……」
元々説明の段階で大量の不活性魔力は異世界から流入してきたものであると話してあり、不信感と怒りで説明された内容を忘れてしまっていた狐は、どこかばつの悪そうな声を洩らすとそれまで見せていた牙を収め、逆立てていた毛も戻すとお座りの様な態勢で高い位置からじっとユウヒの様子を伺う。
「取り出しはスムーズに出来てるな、取り付けも引っかかりはなしと」
「なんだその禍々しい物は」
カートリッジの交換直前に襲われたユウヒは、赤い模様が浮かぶ取り出し口を抓み引き出すと中から細い円柱状のカートリッジを取り出し新しい物と交換する。取り出し口の動きに満足しながら満タンのカートリッジを見詰めるユウヒに、狐は非常に不気味そうな表情を浮かべながら禍々しいと言って問いかけた。
「持ち運び型不活性魔力収集装置、それとカートリッジ型タンクだよ」
「かーとり? たんく?」
黒い石を使って作られたカートリッジには、当然黒い石特有の毒電波を出さない処置がされているのだが、魔力を感知できる者にとっては大量に溜め込まれた不活性魔力の気配だけでも不気味らしく、微妙に後退っていた狐はユウヒの説明に首を大きく傾げる。
「あー交換用収集箱? まぁ気持ち悪い奴を封印する道具だよ」
どうやら聞き覚えの無い言葉で理解が追い付いていないらしく、ユウヒの説明に小さく頷く狐は、ややあって理解が追い付いたらしく驚いたように目を見開く。
「……封印術か? 貴様陰陽師であったか」
「また新しい呼び名が増えたな、違うよ?」
どうやらそれらの装置を使いこなす姿からユウヒの事を陰陽師だと思ったらしく、どこか珍し気な目で足先から頭の先まで何往復も見てくる狐に、彼はまた一つ増えた呼び名に苦笑を洩らしながら否定する。
「でなければ西洋の魔術師だったか?」
「それも違うな、ただ物作りが好きなだけだし」
いつの間にか一方的に剣呑だった空気は薄れ、好奇心に鼻息荒く見つめてくる狐はユウヒの返答一つ一つに大きく反応を示す。
「技師だと言うか、今の世は技師までそのような物を作ると……」
「どうだろ、俺がだいぶ特殊な気もするけど。うぅむ溜まるのが予想より早いな? カートリッジ足りるといいけど」
しかしまだ完全に警戒が解けているわけではないらしく、祠の前に陣取った狐はそこから動こうとはせず、ユウヒの言葉に時折キナ臭げな表情を浮かべていた。
「薄くなってきているな、もう少し減らしてもらえば散らす事は出来る。そうなればこちらの扉を開いて応援も呼べるが……」
そんな会話をしながらユウヒが不活性魔力の除去作業を続ける事数十分、飽きることなくじっとユウヒを見詰めていた狐は、ピクリと耳を動かすと周囲を見上げて不活性魔力が薄くなってきたと話す。すでにユウヒの持ってきたカートリッジは半分以上使用済みとなっており、バックの中には膨大な不活性魔力が納められている。
「なるほど、ならもう少し減らすか。こっちも精霊を呼べば効率上がるだろうし」
魔力の性質を知っており、かつ魔力を感じることが出来るものな近づきたいと思わないであろうバッグからカートリッジを次々取り出すユウヒは、応援を呼ぶと言う言葉に反応すると、好奇心の窺える瞳を瞬かせながら幾分素早い動きで不活性魔力の収集作業を進めていく。
ユウヒにも精霊と言う心強い応援が居るため、狐も手伝ってくれると言うのならば不活性魔力の対処は予定よりずいぶん早く終わりそうである。
「精霊だと? あれらは妖精郷に引っ込んでいたと思っていたが」
そんな予定を想像して機嫌の良くなっていくユウヒの背中に、狐の訝しげな声が聞こえて来た。どうやら地球にも精霊は居た様だが、現在は妖精郷と言う場所に居るらしく、その言葉が余計にユウヒの好奇心を掻き立てる。
「……俺の応援は異世界の精霊だよ、世界から追い出されてこっちに迷い込んできてるんだ」
「なんと」
地球産? 精霊の話を詳しく聞きたい気持ちをぐっと飲み込みながら話すユウヒに、狐はその大きな瞳をさらに大きく見開くと、装置からカートリッジを取り出し入れ替えるユウヒの背中をじっと見詰め、その得体の知れない存在にどう表現していいのか分からないと言った表情を浮かべるのだった。
いかがでしたでしょうか?
神の使いである大狐の誤解を解くのに若干諦めかけるユウヒは、気になる祠を背にしながら不活性魔力を除去していく。今回の出会いはどんな物語へと発展するのか、楽しみにして貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




