第二百四十話 満たされる不穏な空気
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『満たされる不穏な空気』
不活性魔力の反応が濃い高校の敷地内を調査するのに、石木の協力を得るためユウヒが電話掛ける数時間前、日本にミサイルを発射するも即座に撃ち落とされたとある国では、ミサイルが発射された原因が調査されていた。
「ここもだ……いったい何があったんだ」
しかしその調査は遅々として進んでいない様で、ミサイル発射に使われた兵装や人間達が泊まる建物は人の気配が一切感じられず、いざ突入した軍人たちが見せられたのは、建物内に広がるあまりに悍ましい光景であった。
「気持ち悪いにもほどがあるだろ……」
大きな敷地内には使用済みの弾道ミサイルの発射機が搭載されたトラック郡、そこに隣接するように建った建物は割と大きく、相当な人間が居ると思われ多数の軍人が一斉に突入した内部は壁も床も赤く、蛍光灯の灯りが点けられるとそれがすべて生乾きの血である事がわかる。
明らかに異常な建物内を進み部屋を一つ一つ確認していく隊員たちは、入る部屋入る部屋で臓物と肉の塊を発見し、一部の者はあまりに気持ち悪く生臭い空間に嘔吐してしまうほどであった。
「さっさと出よう、どう見ても生存者はいない」
そんな調査する分隊の一つは、今も確認のために入った部屋で慣れてしまった肉の塊を確認すると、一通り血で汚れた部屋を見回し早々にその場を去ろうと声を掛け合い、肩から下げた小銃を鳴らしながら部屋を出る。
「ここまでぐちゃぐちゃだと、誰が誰だかわからねぇな」
「しばらく匂いとれないぞ……」
元が人間だったと思われる痕跡は肉の塊に見受けられていたが、しかしそこから個人を判別することは出来ていなかった。建物の中は異臭が立ち込めており、突入早々に締め切られていた扉も窓も開け放たれ、送風によって個室よりも多少マシな通路に出た隊員たちは口々に不満を零す。
「副大統領だけ生き残ってるらしいが、今は犯人説が濃厚なんだろ?」
現在の韓国は、日本へ発表した通り政府が機能していない。と言うよりは現政権の重鎮で生き残っているのが副大統領を含め数名となっており、今は臨時で任命された人員で運営されている。現在調査が進められている施設については副大統領からの報告により判明し、その際複数の安否についても伝えられていた。
「何も知らないらしいからな、野党にとっては恰好の攻撃対象なんだろ?」
尚、この施設から逃げて来たと言う副大統領は野党から攻撃されており、犯人説まで浮上している。野党はこれを機に政権交代を目指しているが、あまりに混乱が過ぎて韓国と言う国自体が上から下までそれどころではないと言う状態だ。
「おい次行くぞ! こっちも生きてる奴は誰も居ねぇ」
「……そうだな、さっさと終わらせよう」
別の部屋から出てきた隊員は、通路で一息入れていた分隊に声をかけるとすぐに次の部屋へと入って行き、その後ろ姿を見送った分隊長は溜息を洩らすと分隊員に目を向け、彼らの頷く姿を確認すると次の部屋と向かい歩き出す。
ミサイル発射に使われた施設への突入から数時間後、日本の政府施設の会議室では最新の情報を確認し合う為の会議が行われていた。
「なるほど?」
「なんだってそんな事に……」
その会議の議題の中には、まさに数時間前に判明した隣国の悲惨な状況についても上がっており、そのあまりに酷い状況を詳しく聞いた会議出席者の顔は良いものとは言えず、多少マシな総理と石木も思わず顔を顰めている。
「詳しい原因については現在調査中の様ですが、あまりに酷い有様とどの現場も同じような状況と言う事で、どこから手を付けるべきか頭を抱えているそうです」
施設に居たと思われる人間は全て同じような肉の塊になっており、床と壁は大量の血で染められ、それは発射台のトラック内部やその周辺も同じようなもので、屋外に至っては獣に食い荒らされた痕跡まで発見されていた。そんな状況で何があったのか調べるなど、一朝一夕で出来るものではない。
「証拠隠滅か? いやしかしこんな大事を仕出かしてるんじゃ足が付くだろうからちげぇな」
「まるで愉快犯だな」
会議の場で出来ることも、集められた情報から事件の理由を想像することぐらいであるが、証拠隠滅するにしても派手な上に不必要な行動が多く、人の手に余るような惨状を作り上げた行為は愉快犯と考えた方がまだ納得できる。
「と言うか人にこんなこと出来るのか? ミンチじゃないか」
「これではいくら回答を求めても返ってくるわけありませんね」
「はい、そういった感じの様です」
不快感を隠すこともなく互いに目を向けあう会議出席者たちは、隣国で起きた猟奇的事件に人知を超えた何かを感じ取っているらしく、自然とその視線は互いに話し合う石木と阿賀野に集まり、視線を向ける人々は何か言いたげに口をもごもご動かす。
「引き続き回答を求めていくしかありませんが、返ってこないことを前提に行動しましょう」
『……』
そんな会議出席者に目を向ける阿賀野は、顔を引き締め今後の方針を語り、その言葉に周囲の人間は無言で頷く。しかしその表情に何か言いたげなものを感じ取った阿賀野は、視線が自分と石木を行き来していること気が付くと彼らが言いたいことも朧げに察する。
「可能性としてはまた彼の専門であるかもしれませんが、流石にこれ以上頼るのは難しいですかね」
要は、明らかに人の域を超えた状況に誰しもが魔法や超常の何かを思い浮かべているらしく、現状においてそう言った異常に対処できる人間と言えば一人しか思い浮かばず、また古来から日本に存在する超常の専門家より、実績を急激に積み上げている人間に頼りたいと言う事だ。
「なるほどな、丁度今電話がかかって来てる。……聞いてみるか?」
「……このタイミングの良さは、ほんと母子そろって怖いですねぇ」
かといって、逸脱していても一般人でしかない個人に全てを抱えさせるのは心苦しく、これまでの実績を踏まえれば、おいそれと連絡を入れるのも二の足を踏むと言うものである。が、そう言った彼らの思いを飛び越えて来るのが天野家で、まるで会議を見ていたかのようなタイミングでかかって来たユウヒからの電話に、何とも言えない呆れた感情の洩れる石木と、額に妙な汗を滲ませる日本国総理大臣。
「まったくだ。もしもし! どうした夕陽?」
国家運営以上のプレッシャーを与えてくる個人に、周囲の人間も思わず閉口してしまう中、思いのほか大きな声となった呆れを多分に含む声を零す石木は、スマホの着信画面をスライドさせると、スピーカーを耳に当てて自らの感情を隠す様な勢いの良い声で応答する。
「あ、どうも……何かありました? お願い事があって電話したんですけど、雰囲気おかしいですよね?」
「勘良すぎなんだよ……実はな?」
しかしそんな彼の努力も空しく、心を見透かしたかのようなユウヒの言葉にため息を漏らした石木は、雰囲気がおかしいと言う曖昧な言葉に背中を丸めて不満を零すと、彼からの要件を聞く前に周囲からの視線に押される様に機密に準ずる情報を話し始める。
石木の話した内容を聞き終えて、思わず自分に話してよかったのか問いかけてしまったユウヒが、新たな仕事を抱え込んだ小一時間後、彼の姿は流華の通う高校の正門前にあった。
「やってまいりました我が母校」
「ぼこう?」
それは彼の母校でもあり、現在は授業中と言う事もあり正門は締め切られている。そんな正門を見上げているユウヒは、無駄に明るい声でどこかの動画配信者の様な事を言いはじめ、隣では不思議そうな表情で首を傾げる光の精霊。
「昔は毎日の様に通ってたんだよ」
懐かしき青春、のあまり感じられない母校を見上げながら警備員の視線を気にするユウヒは、小さめの声を隣で膝を抱えたままふわふわ浮かぶ光の精霊にかける。
「ふぅん? 人がいっぱいだね」
ユウヒの説明を今一つ理解してない表情で聞いていた光の精霊は、不信そうな視線をユウヒに向ける警備員にチラリと殺気の籠った視線を向けると、学校の中から聞こえてくる複数の声を聴き興味深げに体を揺らした。
「そうだな、それで今日はどうしたんだ?」
不審者を見つけた警備の人間が、注意する為に動こうとした瞬間なぜか不自然に立ち止まり、そんな姿に小首を傾げたユウヒは訪問予定の時間丁度に行くため、時間つぶしの意味も込めて光の精霊と話し続ける。
「ユウヒが良くないところに行きそうだったから注意しに来た」
「良くない?」
どうやら彼女はユウヒの行先に関して何か知っているらしく、そんな場所に向かう彼に注意をするため着いて来たようだ。炎天下に居ながら氷の魔法で涼み続けるユウヒは、これから向かう先の事を考え彼女達の言う良くないことについて予想を立てる。
「うん、この中良くないものが溜まってるから……でもそこが目的なんだね?」
「そうなるかもな、不活性魔力だろ?」
彼女たちが言う良くないものとは不活性魔力の事であろう。本来精霊は不活性魔力を活性化させる役割を担っているが、その能力には個体差があり、あまりに高濃度の不活性魔力に晒されると精霊と言っても危険である。
「うん、活性化するのも大変な魔力が溜まってる」
現在学校内に溜まっている不活性魔力は彼女達では対処不可能な濃度であるらしく、ユウヒの問いかけに頷いた光の精霊は困った様に短い眉を寄せて首を横に振って見せた。
「そうか、なんでだろうなぁ?」
ちらりと校舎に目を向けて嫌そうに眉を顰める精霊の姿に目を細めるユウヒは、彼女達の手に余る不活性魔力も、機械である活性化装置ならなんとか出来ると考えており、校舎から感じる気配にもそれほど焦りはないようだ。
「たぶん、昔は私たちが居たんだと思う。だから集まりやすいのかも? あとは人が多いから」
「ほう、興味深いな……ついてくるか?」
至って平静なユウヒの心は、不活性魔力の気配よりも精霊の口から零れ出た予想に大きく踊り興味を抱いたようで、小さな両腕を胸の前で組んで悩むかわいい精霊の姿に微笑むと、ついてくるか問いかける。
「んー……やめとく、レベルが足りないから」
しかし返ってきた言葉は珍しい拒否の言葉、普段からユウヒが何か問い掛けなくともあちこちついてきて、トイレの中にまでついて行こうとする精霊たちであるが、その本質は気紛れであり行動も一定ではない。しかし今回に限っては自らの実力不足を把握した上での言葉のようで、周囲にふわふわと集まっている精霊も、ユウヒの目の前で残念そうにしている精霊の言葉を肯定するように頷いている。
「どこでそんな言葉を」
「いろんなところ! じゃあね! 気を付けて」
イントネーションが少しおかしいことから、明らかにどこかで覚えて来たであろうレベルと言う言葉にユウヒが呆れた表情を浮かべると、それまで浮かべていた不安と不満が混ざった表情は、パッと花開く様な笑みに変わった。
「おうじゃあな」
こう言った感情の切り替えが明確なところを気に入っているユウヒは、軽やかに笑い空に浮かび上がる精霊と手を振り合い歩き出す。
「何かあったら呼びかけてね? すぐ行くから!」
「ん? お、おう……ありがと?」
精霊に背中を向けて大きく歩き出そうとした瞬間、大きな声でもう一度呼びかけられ、その普段とは違う大きな声に驚くユウヒは、小首を傾げながら訝し気に返事を返すともう一度手を振って歩き出した。
「フフフフ」
「フフフフフ」
「ウフフフ」
ユウヒが背を向けた一角では、それまで姿の無かった精霊達がそこかしこから現れて、小さな笑い声を洩らしながら微笑んでいる。その微笑みは慈愛に満ちているのに何故かどろどろとした薄ら寒い気配と色気を感じ、周囲の動物たちは何かに反応して慌ててその場から飛び立つのであった。
「……妙な寒気が」
そんな気配にいつもの勘が上手く働かないユウヒは、目を向けた先で青い顔をしている警備員に声をかける為、正門に向かって歩いて行く。
それから数十分後、ユウヒが向かった高校内では休み時間に入った所為か校舎のあちこちから楽しそうな話し声や騒がしい声が聞こえてくる。
「呼び出しってなんだろうね?」
「ついてこなくても大丈夫だよ?」
思い思いに次の授業の合間を過ごす生徒たちの声が聞こえてくる廊下を、呼び出しを受けたらしい女生徒が二人で訝しげな表情を浮かべ歩いていた。
「えー? 心配じゃん?」
「とか言って、授業サボりたいんでしょ?」
それは流華と、以前ユウヒが聞き込みをした時に出会った生徒である。どうやら呼び出しを受けたのは流華だけであるらしく、友人は付き添いのようで、仲の良い友人関係にも見えるが付き添う彼女の本心を見抜いている流華は、ジト目を隣にむけて少し低い声で呟く。
「しょ、しょんなことないよー?」
「はいはい」
天野家では一番勘の鈍い流華も外では普通かそれ以上であり、普段から付き合いのある友人の考えなど解らないわけもなく、図星を突かれた友人は視線を彷徨わせながら努めて笑顔を浮かべるも、隣を歩く流華から適当にあしらわれると頬を膨らませる。
「信じてよー!」
「失礼します天野流華です」
事実であっても信じてもらえないとそれはそれで傷つくらしく、声を思わず荒げてしまう友人であったが、すでに呼びだされた校長室の前であることに気が付くと慌てて口を押え、澄まし顔で入室の許可を取っている流華は頬をつつかれくすぐったそうに無言で笑う。
「どうぞ入ってください」
仲の良さが一目でわかる二人は、入室を許可されると表情を少し緊張したものに戻して高そうな木で作られた少し重い扉を引いて開ける。
「失礼しま……」
「失礼しまーす……あれ?」
普段立ち入ることなど滅多に無い校長室に足を踏み入れた二人を待ち受けていたのは、にこやかに笑いながらもどこか引き攣った笑みを浮かべる校長と、そのそばで蒼い顔をしている女性教諭。二人の姿に違和感を覚えながらも、もう一人の人影に視線を向けた流華は入室の挨拶を途中で止めて硬直し、友人もまた同じように動きを止めると、目を見開き瞬かせ小さく疑問の声を洩らした。
「やぁ」
彼女達が視線を向ける先には、いつものラフな格好とは少し違う夏用のジャケットを着たユウヒが笑顔で立っており、流華とその後ろ女生徒に気が付いた彼は楽し気に笑いながら手をひらりと上げて声をかける。
「は、わわ!?」
「おに……兄さん? なんでここに?」
ユウヒの姿を確認して一拍置いた友人は、急にその顔を赤くすると慌てて髪の毛やら服の襟など乱れていた服装を直し変な声を洩らし、そんな友人の事など気にする余裕のない流華は、思わず猫を被り忘れそうになりながらユウヒの前に歩いて行き、どうして居るのか問い質す。
「調べてほしいって言ってたろ?」
「え、あ! 確かにそう言ったけど……えぇ」
自分が呼び出された理由を何となく察することのできた流華も、何故ユウヒがこの場に居るかまでは分からず兄の顔を見上げ、そんな彼女の姿に笑みを浮かべた彼はつい最近お願いされていた件だと告げる。一瞬何のことだか解らなかった流華だが、すぐに理解すると驚き目を見開いたかと思うと気まずそうに周囲に目を向け肩を小さく縮こめた。
「なに、何の話?」
「流華君がお兄さんにお願いしたんだね」
「あ、その……」
お願いしたのは流華自身であるが、それはちょっと見て貰いたいと言った程度であり、学校側まで巻き込んで調べてほしいと言ったわけではない。それが校長室に呼び出されるような状況にまで発展してしまい、恥ずかしさと申し訳なさと兄への理不尽な怒りで顔が赤く染まる。友人と校長の声に振り返った流華は、二つの視線に何と答えたらいいか分からず声を上擦らせながら後退り、予期せずユウヒに背中を預け硬直してしまう。
「あぁいや、怒ったりはしないよ? 国からも正式に依頼があったからね、寧ろ何かある前に気付いてくれたのだから礼を言わなければ」
「え?」
自分のわがままが事態をややこしくしたと思い込んでいた流華であったが、困ったように笑う校長の言葉に目を見開くと、言われた内容がよく解らなかったようで数回ほど瞬かせ呆けたあと背後の兄にも目を向ける。
「ちょこっと見たけど、結構大変なことになってるんだよ」
「え! ほんとに?」
学校を訪れたユウヒは、校長室に連れていかれる道すがら軽く不活性魔力の状況を確認しており、遠目では分からなかった学校内の状況も、校内を歩きながら軽く調べただけでも様々な悪影響を確認することが出来た。その事を流華が来る前に校長へ伝えたことが、彼女たちが訪れた時に見た校長と女性教員の表情の原因だったようだ。
「良くない気配は元々感じてたから早めにな、でもいきなり来ても怪しいと言われたんで石木さんに頼んで国の仕事と言う事で来たんだよ。と言うわけで防衛省から来た調査員の天野ですヨロシク」
「……来るなら先に言ってよ」
引き攣った笑みを浮かべていた校長も、兄妹のやり取りを見て思わず目尻を緩め、友人は何とも複雑な表情で二人を見詰める。そんな視線の前でユウヒは軽い口調でとんでもないことを話しながら、わざとらしく他人行儀な雰囲気を出して流華に握手を求めるも、その手は苛立ち紛れに軽くはたかれ、どこか甘えた様子で不平不満を漏らす流華。
「はっはっは! 一時間くらい前に決まったからそれは無理だな」
しかし小一時間前に決まったばかりの来訪故、事前に伝える事も出来なかったと笑うユウヒは、昔見た時より頭が寂しくなってきている校長に目を向けると、その困り顔に申し訳なさそうな笑みを浮かべるのであった。
尚、授業免除の可能性を信じてついて来た流華の友人は、そんなことが許されるわけもなく教室に返されるとなり肩を落とすも、ユウヒと少し会話を交わすと顔を赤くしながら嬉しそうに教室へ戻り、その後ろ姿を見送ったユウヒは脛を流華に蹴られるのだが、それはまた別の話である。
いかがでしたでしょうか?
予想も出来ない場所で可笑しなことが頻発している世界で、彼は新たな問題の調査に向かう。果たしてユウヒはどんな問題を新たに抱え込むのか、楽しんで貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




