第二百三十九話 妙な噂話
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『妙な噂話』
面倒事も片付き、日本政府と異世界人の間で様々な交渉と交流が加速する一方で、お役御免とまでは行かないものの仕事が少なくなったユウヒは、この日も朝から家族とゆっくり朝食をとっている。社畜の性なのか朝は早くから起きる癖の出来ている彼は、少し眠たそうにしている流華を横目にイチゴジャムをパンに塗りつけていた。
「―――これに伴い、日本政府は明確な説明を要求していますが、現在韓国側は大統領府が機能していないので回答出来ないと言う返答を残し沈黙を保っています」
「ふむ」
「変ね」
そんな彼の目の前では、リビングでニュースを垂れ流すテレビに向かって、両親が怪訝な表情を浮かべており、その感情は自然と口から零れ出ている。
「何が?」
変だと言う明華の呟きに、ミルクたっぷりのコーヒーに口を付けていた流華は、口の中を空にするとまだどこか眠そうな目を母に向け小首を傾げて見せた。どうやら彼女はテレビの内容を聞いていなかったようで、何か面白い話でもしていたのかとニュースと明華の顔を交互に見ている。
「いやな? いつもの奴さんならもっとこう、がなり立てる様な返答をするもんなんだが」
「静かすぎるのよね……何かあったのかしら」
「?」
しかし返ってきたニュースの内容は、今回のミサイル騒ぎに関する国外情勢についてであり、予想していない内容に頭のついて行かない流華は、両親と見つめ合いながら首を大きく傾げるのであった。
「調べてみるか?」
いつもならどんな抗議をしたとしても、全て日本が悪いと返す国が特に反論することなく答えられないとしていることに違和感を覚えた勇治は、何か良くないことが起きているかもしれないと考え、真剣な表情で隣の明華を見詰め問いかける。傭兵の仕事の関係上一にも二にも情報は大事であり、地道な情報収集が彼らの身を守っているのだが、今回に限っては違う様だ。
「え、めんどくさい」
「おま……」
何故なら眉間に皺を寄せていた明華は、勇治の言葉に対して間を置くことなく不服そうな声を洩らすと、面倒などと言い出し問いかけた夫の表情を呆れたものに変えてしまう。
「気にするだけ無駄でしょ? それより国内の事に目を向けておかないと」
あまりな言い草に思わず勇治も呆れ半分と言った表情で声を低くするも、僅かに笑いながら顔をそむけた明華の横顔を見詰めると肩を竦め溜息を洩らす。どうやら彼女にはしっかり考えがあっての言動であるらしく、そのことを感じ取った勇治は仕方ないとでも言いたげな笑みを浮かべながら、片肘をテーブルについて香ばしいコーヒーを一口飲む。
「お兄ちゃんジャムとって」
「あいよ」
そんな勇治が見詰める先では、最近以前より仲が良くなったようにも、昔の様な関係に戻ったようにも見える流華とユウヒが、朝食の何気なくも暖かい光景を作っている。その光景に思わず笑みがあふれ出す勇治であるが、隣から感じる気配に気が付くと理解した様に肩落とす。
「ハニーが見ておきたいのはユウヒの周辺だろ?」
実の娘にまで嫉妬心を抱くほどユウヒを溺愛する明華の行動原理など、深く考えるまでもなかったと溜息を洩らす勇治は、互いのトーストに自分のお気に入りのジャムを塗り合っている息子と娘へと嫉妬の視線を送り続ける明華に声をかける。
「当たり前でしょ! ねぇユウちゃんどの子なの?」
娘にまで嫉妬を感じる彼女の事だ、最近ユウヒの周りに増え始めた女性に対して何も思わないわけがなく、溜まりに溜まった感情が勇治の言葉で噴火し、テーブルに両手をついて勢いよく立ち上がると、イチゴとブルーベリーとラズベリーのジャムが山盛りにされてしまったパンをおっかなびっくり齧ろうとしていたユウヒを問い質す。
「脈略もなくそんな目で問われても困るんだけど……大体何の話?」
流華のジャム攻撃を防いでいた所為で両親の話を聞いていなかったユウヒは、いきなりの問いかけに目を瞬かせると、追加のジャム瓶を持った流華の手の届く範囲からパンを離すと訝し気に問い返す。
「お前と良い仲の異星人は誰だって話だよ」
「あぁ」
じっと見詰めて来る明華に小首を傾げるユウヒは、勇治の呆れたような声による説明に力を抜くと口から納得したような声が洩れる。
「いるのね!?」
いつもの事かと言った感情がありありと伝わるユウヒの声に、肩を竦めて見せる勇治の隣で明華は何を勘違いしたのか前のめりになり、怒気をはらんだ悲しそうな目でユウヒを見詰めた。
「母さんが思うような関係の人はいないよ、大体そんな暇ないし」
「暇があったら良いの!?」
ドロドロとしたようにも見える母親からの視線に、いつもより三割増しに覇気のない表情を浮かべるユウヒは、そんな相手もいなければ作る暇もないと呟くが、まるでヤンデレ彼女の様な色を伴った視線による更なる問い詰めにジト目を浮かべる。
いつの間にか勇治のごつごつとした手で腰をがっしり掴まれていた明華は、今にもユウヒに飛び掛かりかねない体を強制的に座らされると、ジト目を浮かべたユウヒに言葉の続きを視線で促し、そんな視線にユウヒは眉を上げて考え始めた。
「実際、気にもしてなかったなぁ? ふむ、なるほど……そう言うのも今後あり得るのか」
ユウヒも健全な成人男性であるため美女に目が行く事はあるのだが、運命の日からこれまで気の休まる暇が少なく、男女の関係について想像もしていなかった。しかし考えても見れば、現在の状況でより親密な関係が日本と異世界の住人とで交わされた場合、そこ少なくない恋愛感情が生まれる事だろう、なにせ日本は有数の変態保有国家なのだから、異種族間での恋愛が発生する可能性は他国より高いであろう。
「……!?」
「地雷、いや起爆スイッチ押したかな」
そんな他人の恋愛についての可能性を感じているユウヒの姿は、まるで意中の相手を思い浮かべているようにしか見えず、その姿に明華は自らが踏み抜いた地雷に戦慄して声を失い、勇治はニヤニヤと楽しそうに笑いながらその姿を眺めている。
「どんな人がいるの? 写真とかないの?」
「ぐいぐい来るな? そう言えば写真とかも撮ってなかったか、今度撮っていいか聞いてみるよ」
一方で流華は、誰のことを思い浮かべているのか妙に楽しそうに見える兄へどこか冷たい視線を向けると、椅子をユウヒに近付けてその顔を見上げる様にしながらどんな人の事を思い浮かべているのか問い質し始めた。彼女の知る異世界の人間だけでもユウヒは相当な数の人間から好感を受けているのだ。
「……ふぅん」
さらに増えたらどんな未来が待ち受けているか想像も出来ない流華は、不思議そうな表情を浮かべながら写真も撮ってなかったと話すユウヒに、探る様なジト目を注ぎながらたっぷりジャムの塗られた食パンに齧りつくのであった。
「しくったわね……」
「戦場では何の問題もないのに、夕陽の事になると迂闊になるよなぁ」
何も言わねば気が付く事の無かった状況、それは隠れていれば何の問題もなくやり過ごせる相手にわざわざ攻撃を仕掛けて警戒されるようなものである。
戦場でもやったことの無いような愚かな行為に歯噛みする明華であるが、勇治によるとユウヒ相手ではちょくちょくやらかしている様で、そんなところが可愛いとでも言いたげ勇治もまた自ら地雷を踏みに行くため明華の頬を指先で優しくつつく。
「Shut up!!」
「もが!?」
今回の地雷はスイッチ式だったのか、頬をつつかれた瞬間漏れ出す明華の怒りの矛先を、その一身に受けた勇治は、さらに何か言うつもりで開けた口いっぱいにバターがたっぷり塗られた厚切りトーストを突っ込まれ、喉奥にまで侵入してきたパンによって呼吸困難に陥るのであった。
そんなよくある朝のひとこまを終えたユウヒは、学校に行く流華の妙な視線に首を傾げながらその後ろ姿を見送り、妻のご機嫌取りの為にデートへと向かう、見た者に煤けた印象を与える曲がった父の背中を見送ると、自室に戻り政府研究機関から送られてきた内職に取り組んでいた。
「仲いいわよね、貴方の家族」
送られてきたサンプルを厳重な袋から取り出し眺め、その後ノートに割り振られたナンバーと情報を書き込む単純作業のお供は、通信装置の向こうからユウヒの作業風景を見て肩を竦める兎夏。彼女は朝に起こった天野家の珍事を聞きながら少し羨ましそうにも見える表情で笑っている。
「悪いより良いと思う反面色々と危険は感じるな」
「危険?」
妹との攻防や両親の奇行についてツッコミを交え話すユウヒに純粋な感想を言う兎夏は、ボールペンでノートに書き込む手を止めてため息混じりに話すユウヒに目を見開くと、幼さを感じる不思議そうな表情で問いかけた。以前から家族の話を色々聞いていた兎夏であるが、そこから見えてくる家族関係は望ましいものであまり危険を感じたことは無い。
「母さんが色々暗躍してんのは知っているけど、一部グレーでなぁ……そのうち両手がこう」
「そ、そこまでは大丈夫じゃないかな?」
多少ユウヒの話から明華が彼の女性関係に関して過敏だと感じることはあっても、息子を持つ母親なら良くある話だと思っていた兎夏は、ユウヒが見せる両手首をくっつける様なジェスチャーの意味を察すると半笑いで大丈夫だと言うも、自分の言葉にあまり自信がないようだ。
「そうだといいけど」
無言の視線を向けると笑みを苦く引きつらせる兎夏に、ユウヒは眉を左右非対称に歪めながら小さく溜息を洩らすと、諦めたような声で呟き内職に戻る。
「……少しお話変えない?」
「そだな」
ユウヒが絡まなければ完璧超人の様な明華の事を、あまり深く考えてもしょうがないと言った雰囲気を出す背中に目を向けていた兎夏は、悪くなった空気を入れ替えようと話を変えるよう持ち掛け、同じ気持ちだったらしいユウヒも振り替えりその提案に即答で返す。
「何の話にしようかしら……」
「決めてなかったのか、そう言えばドームの方は一段落でいんだっけ?」
しかし急に別の話をしようとしても何か思い浮かぶものでもないらしく、特に何の話をするわけでもなく提案した兎夏にユウヒは小さく笑うと、聞きたいことでもあった様で背筋を伸ばしながらドームについて問いかける。
「ええ、国内に関しては随時安定化出来ているから、後は国外のドームをどうするかね」
現在国内のドームに関しては、ユウヒの作った魔力活性化装置を使う事で順調に縮小の準備が進められており、未帰還者に関しても忍者や自衛隊の活躍によってそのほとんどが救助されている。兎夏の中では国内ドームに関してはある程度終着点が見えているらしく、残る問題は国外の様だ。
「それは石木さんが外務省に頑張ってもらうって言ってたな」
巨大ドームに関しては、ほぼできることは終わったような状況であり、残るは世界各地に点在する中小のドームである。それらも扱いによっては危険ではあるものの、巨大ドームの末路を知っている各国指導者は基本的に接触を禁止しながら日本との交渉を進めている様だ。
「そっちは何も出来ないからしょうがないわね、まぁ最悪強制的にどうこうする方法も無くは無いけど、それにはまだ手が、リソースが足りないわ」
ただ、中には積極的にドームの内部に入り、資源を確保している国や住民もいるため、日本の外務省はそういった国に対して様々な外交ルートで交渉や支援を行っており、そういった話を共有している兎夏曰く、最終手段として強制的にどうこうする術もなくは無いと言う。
「国同士の話し合いなんて大体時間かかるからなぁ」
それでも今すぐ出来るかと言えば無理なようで、国同士の決め事となれば長い話し合いになりそうだと、まだまだ長い付き合いになりそうなドームに気怠そうに呟くユウヒ。
「基準がこの間の会議でしょ? 異世界との同盟会議が異常に早かっただけよ」
「まぁね? それは良いとして、地球にばら撒かれた不活性魔力の調査はどうなった」
そんなユウヒの望みは、つい最近行われた異世界との同盟会議ぐらいの速度である。そんな速度で同盟が決まるなど先ずありえない事であり、それはユウヒも理解しており所詮願望であるため顔を見合わせ合う二人の表情はお互い呆れたような笑みであった。
そんな軽い掛けあいもほどほどに、ユウヒは本来聞きたかったことについて問いかける。ユウヒが聞きたいことは、地球全体に撒かれた不活性魔力の動向とその影響についてのようで、内職の手を止めて通信機に映る兎夏を見詰めると、僅かに真剣な表情を浮かべて見せた。
「う……進んでないわ」
「なるほど」
そんないつもより覇気の籠った視線を受けた兎夏は、白い頬を赤らめると視線をすっと外し小さな声で呟き、その言葉にユウヒは表情を崩さず頷くと何事か考えるような素振りを見せる。
「違うのよ!? サボっていたわけじゃないの!」
考え込む表情は、窓から差し込む日の光で影が出来てどこか不機嫌そうにも見え、慌てた兎夏は大きな声を上げてサボっていたわけではないと身振り手振り交えて訴え始めるが、どうやらユウヒは特に不機嫌では無い様だ。
「あぁうん、そういう風に思ってはいないけど……」
その証拠に、声を上げて訴える兎夏の姿に驚いたように目を見開いたユウヒは、落ち着くように手で制しながら、やはり何か考え込む様に視線を彷徨わせている。
「何かあったの?」
自分の思い違いに気が付き少し落ち着いてきた兎夏は、いつもと違うユウヒの様子に目を瞬かせると、小首を傾げながら拡大したウィンドウに映るユウヒに問いかけ、問いかけられたユウヒはやや考えると口を開いた。
「最近色々気になる事があって、この間も妹から学校の七不思議を少し調べてもらえないかと言われてな」
「……」
海外の巨大ドームの対策に出る前からユウヒが気にしていた不活性魔力は、日ごとにその影響力を増しており、彼は日本に帰って来てからその影響の拡大を目の当たりにしている。さらには妹からの相談ごとに関して気になる節があったユウヒは、実際に見に行く前に何かしら事前にヒントが得られないか兎夏に頼ってみたようだ。
「昔からあった七不思議とは違う新七不思議が夏休みの間に出来たらしくて、どうにもその噂の場所が気になると言う事で、変質者とか入り込んでるんじゃないかとか色々言われているらしい」
「そ、そう……」
学校の七不思議と言う怪談の王道に顔を蒼くする兎夏は、ユウヒの続く説明に表情を引き攣らせると返事を返しながらキーボードとマウスを操作しながら不活性魔力の調査用機材を起動させていく。
「不活性魔力の溜まり場も出来ていそうだから一度調べに行こうかと」
「……それなら石木大臣に話して正式に調査したら? 勝手に学校入ったら夕陽君が掴まるんじゃない?」
不活性魔力はアメリカの大地で質の悪いハロウィンパーティーを開催させた前例がある為、ユウヒの言う異常も不活性魔力が関係してないとは言えず、ユウヒの言葉を証明するように起動した装置は流華の通う学校に強い不活性魔力の反応を示している。
調べる事に関しては、彼女の機材では詳しいことがわからない為賛成なのだが、調査に行きたいと言うユウヒを見詰めた兎夏は、頭の中に多数の可能性がよぎり石木大臣を頼る事を勧めた。夏休みと言う学生の少ない時期とは違い、最近の異常事態で休学者などが増えた今でも多数の学生がいる学校内、そこに一般人男性がうろうろするなど問題しかなく、学校側から拒否されるのはほぼ確実である。
「はっ!? それはあり得るな……OB枠でちょこっと入れてもらってから考えようかなと思っていたんだが」
万が一入れても、調査と言う関係上トラブルが起きる可能性も高く、その可能性に思い至ったユウヒはいくらOBだとしても上手くいかないかと表情を曇らせ、ローテーブルに置いていたスマホを手に取った。
「話した方が良いわよ」
「そうだな」
男女の割合に偏りのある母校を思い出したユウヒは、兎夏に促され国家権力に頼ることにし、申し訳なさそうな顔で石木に電話をかける。その後、電話を受けた石木は複数の大臣と多数の省関係者を巻き込みユウヒの要望に応え、さらに今後の事を考え複数の対策会議を開くことになるのだが、その顔には終始諦めにも似た表情を張り付けていたそうだ。
いかがでしたでしょうか?
一休みできるような時間の取れているユウヒは、新たな問題に取り組むために動き出す。果たして彼を待ち受けるものは事件か問題か幸運か、次回もまたお楽しみいただければ幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




