第二百二十九話 予感的中
おはようこんにちわこんばんは
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『予感的中』
明華の示したXデー某所早朝、朝日が力強く差し始める大地で万の人間が一つの目標に向かって行動している。
「工作部隊の第一次作業は工程通りに終了、明るくなってきたので偵察機による周辺の調査を始めています」
荒涼とした大地に突如現れた森林と起伏の激しい地形に道を作るため、重機を駆り進む人々を指揮する仮設の指令所では、総責任者である軍人が報告を受けて笑みを浮かべる。
「攻撃部隊に不備はないな?」
「いつでも動けるように準備は完了していますが、少し気のゆるみが出てきています」
遠くから聞こえるジェットエンジンの音を聞きながら顔を上げた男は、報告に入っていない攻撃部隊について問う。ここは中国ドーム跡地周辺、そこに展開している部隊の目的は突然現れた巨大な山の調査と資源採取、そこまで続く道を敷設する事ではあるが、何があるか分からない為に相当な量の攻撃部隊が用意されていた。
「最近の連中は我慢が足りんな・・・」
「緊張しすぎより良いのではないかと言う声も聞こえますが?」
しかしその攻撃部隊は、作戦開始から移動だけで何もないことが災いしてか気が緩んでいる様だ。いざという時すぐ動けるように休憩をとることは、それほど悪い事ではないが、部隊内では酒や賭け事などが始まっており、それを注意する立場にある上官も特に問題だとは思っていない様である。
「それはただの言い訳だ、何が起きるかわからんのだ引き締めなおしておけ」
「了解しました」
見た目ほど若くないのか、最近の連中と言う言葉を使う男の言葉に背筋を伸ばした男性は、その場を後にするためテントの出入り口に向かうも、
「失礼します!」
「どうした?」
その進路を塞ぐように若い男性が大きな声と共に入室してきた。普段と少し違うように感じた入室の声に片眉を上げながら振り返った男は、若干息を切らす若い男性に訝し気な視線を向ける。
「こちら偵察機から映像です」
「・・・これは、鳥?」
彼が差し出したタブレットPCには、飛行機から撮られたとみられる映像が映し出されており、そこには不鮮明ではあるが鳥の様な影が映っていた。
「翼竜みたいなシルエットですね」
「恐竜か」
その鳥は次第に大きくなり、ゆっくりと詳細が映し出されていく。鳥の様に見えていた翼は鳥の羽ではなく蝙蝠の様な膜になっており、首は真っすぐ長くのばされている。恐竜の様にも見えるが、見る人が見ればその尾の形状からワイバーンなどの名前も出てくるだろう。
「山に近づいた偵察機からの写真ですが、岩肌の影から大量に出てきている様です。排除してもいいかと連絡が来ております」
それらは映像の中でも次々数を増やしており、遠巻きに偵察機を観察している様だ。
「ふむ・・・偵察の邪魔になるなら仕方ないだろうな」
「わかりました。そう伝えます」
相手の戦力がわからない状態で下手に手を出すのもどうかと思われるが、総責任者の男は映像からそれほど脅威を感じなかったようで、その場で駆除の許可を出し、返答した若い男性は最初からいた男性と共にテントから出ていく。
「サンプルは欲しいな、いくつか採っておくか」
二人が出ていくのを無言で見送った男は、窓の様になった透明なシートの壁に目を向けると、じわりと目を細め口元に笑みを浮かべる。
未知の生物から利益になる匂いを感じて口元をにやけさせる男が、呼び出した人間にサンプルの採取を指示している頃、遠く離れた日本の天野家のリビングにはいくつもの段ボールが積み重ねられていた。
「俺の分に少し採っておくか」
窓辺の床に厚手の耐火シートを引いてその上に所狭しとよくわからないものを並べたユウヒは、軍手をした手でキラキラ光る鉱石を掴み、金色に光る右目でじっと見つめている。
「なんだか内職してるみたいねぇ?」
窓辺に積み上げられた段ボール箱は全て日本政府直轄の研究機関から運び込まれたもので、全てアメリカとロシアから送られてきた異世界の物と思われるサンプルであった。どのくらいの量が必要になるかわ解らない為か、サンプル一つ一つの量は結構多い。そんなサンプルをくすねようか思案するユウヒの後ろから、くすくすと楽しそうな笑い声を伴った明華の声が聞こえてくる。
「ある意味内職かもね」
内職の様だと言われるユウヒは、実際内職と大して変わらないと話しながら手に持った鉱石を床に置き、メモに走り書きすると鉱石の尖った部分にメモを突き刺す。
「あら、これ綺麗ね」
サンプルの扱い方が雑な息子の姿に苦笑を洩らした明華は、彼の頭の上に豊満な胸を載せて後ろから抱きしめると、手の届く範囲にあった綺麗な光沢の何かを拾い上げる。
「植物の種だね・・・ふむふむ」
「どんな植物なの?」
息子に構ってほしそうに内職を邪魔する明華が手に取った涙型の何かは、ユウヒの右目が伝えるところによると植物の種であるようだ。窓の外から差し込む太陽の光を七色に反射する種の美しさに目を細める明華は、種をユウヒの目の前に持って来て詳しく教えてほしそうに催促する。
「ひまわりみたいな大輪の花が咲くみたい。結構サイズも大きいみたいだ‥‥‥ひまわりより大きいかな?」
「あら素敵、家の庭に植えない? 種も宝石みたいで綺麗だし」
背後から微笑まし気な父親の視線を感じるユウヒは、小さくため息を吐くと手に持っていたサンプルを床に置いて植物に金色に光る眼を向けた。綺麗な涙型の種は花の種であったらしく、ユウヒの説明に目を輝かせた明華は、機嫌よさそうにユウヒの体ごと前後に揺れながら庭に植えようと提案する。
「やめたがいいかな、衝撃を与えると大爆発して300メートルくらい種を撒き散らすらしいし、ひまわりみたいに群生はさせられないよ」
しかし、その提案はユウヒに否定された。それは防疫や外来植物による問題ではなく、単純に危ないからである。
「・・・異世界のお花って危ないのね」
明華が掌の上で転がす種は中身がぎっしり詰まっているのか鉄の様に重く硬い、そんな種が300メートルも飛んでいく爆発となれば周囲に及ぼす被害は相当な物であろう。たった一つの種を飛ばすのであれば大したことなくと、植物の戦略を考えればそれなりの量を飛ばす事は容易に想像できる。
光沢のある種に映り込むユウヒの顔を見て相当危険であると察した明華は、詰まらなさそうに呟き体重をさらに預けると、種をユウヒの前に放り落とす。
「こっちにも種を撒き散らす植物はあるぞ?」
「そうなの?」
そんな明華の姿に苦笑いを浮かべた勇治は、スマホをひらひら見せながら地球にも似たような植物があると話し、興味をひかれた明華はユウヒを解放して勇治のスマホに目を向ける。
「お兄ちゃんこれは?」
そんな明華と交代するようにユウヒの隣を陣取ったのは、リビングテーブルに頬を付けて二人を見詰めていた流華。そそくさとユウヒの隣に着くと、宝石の原石の様にキラキラとした滑らかな丸みのある凸凹の石を手に取る。どっからどう見てもわかりやすく宝石などの原石にしか見えないそれを掲げられたユウヒは、金色の目を向けるとすぐに頬を引き攣らせた。
「・・・おてて、洗ってきなさい?」
「え?」
ユウヒの表情を覗き込んでキョトンとした表情を浮かべた流華は、手を洗ってこいと言う言葉に目を見開き、手元とユウヒの顔を交互に見比べる。
「それはトカゲのウンコだ」
「げっ・・・洗ってくる」
どうやら原石の様に見えたそれはトカゲの排泄物だったようで、短い説明に顔を顰めた流華は手に持っていた糞を放り投げて立ち上がると、顔から右手を一生懸命離しながらバスルームに駆けだす。
「‥‥‥と言っても宝石らしいけど」
その後ろ姿を見送るユウヒは放り出された糞を指で抓んで拾い上げると、小さな声で何かの魔法を使いながら見詰め、小さな声で実は宝石であると呟く。
「宝石!?」
「喰い付きいいなぁ‥‥‥宝石トカゲとか言うトカゲのウンコなんだけど、体の中で鉱石を混ぜ合わせて固めるんだと。その時に状態が良いと宝石になるとかで、これは宝石になったやつ」
ユウヒの小さな呟きも聞き逃さなかった明華はスマホから顔を上げると、勇治の顔を突き飛ばした勢いを使って驚くほどの速度でユウヒに飛びつき、ユウヒの指に挟まっていた宝石と言われたトカゲの糞を手に取る。
女性にとって宝石とは夫を突き飛ばすだけの価値があるのか、ソファーの向こう側に落ちた勇治が頭を押さえながら起き上がる前で、ユウヒの背中に体を全体を預けた明華はどこからか取り出したルーペを糞に当てて観察している。
「どんな腹してんだそのトカゲ、宝石なんて高温高圧じゃないと出来んだろ?」
「色の濃いオパールみたいで綺麗ねぇ」
ため息が漏れるほどに慣れた様子の勇治は、首を押さえてソファーに座り直しながら、ユウヒの説明に至極当然のツッコミを入れる。
「成体で体長は三十メートルくらいだそうな」
「それもうトカゲじゃなくてドラゴンだろ」
しかし地球の常識は異世界に通じるわけもなく、体長30メートルのトカゲと言われて勇治は呆れた調子で呟くと、異世界のトカゲを想像するように天井を見上げ、ぶつぶつと戦力予想を始めた。
「外皮は鋼鉄で錆びるから鉱石を摂取‥‥‥」
ユウヒの説明を耳に入れ相手の戦力を上方修正させていた傭兵団のリーダーである黒鬼勇治であったが、突然ユウヒの言葉が途切れたことで顔を上げ、虚空を見詰める息子の可笑しな様子に目を瞬かせる。
「どうしたユウヒ? ‥‥‥何だこの気持ちわるい感じは」
明らかに様子がおかしいユウヒを心配して立ち上がった勇治は、三歩ほど歩き声をかけた瞬間、片目を手で覆い隠しながら立ち止まると、力なく床に片膝を突いて眉を顰め呻いた。
「流華ちゃーん! おいでー」
一方ユウヒの肩に両手を置いていた明華は、その肩に体重をかけながら勢いよく立ち上がると、パタパタと言う軽快なスリッパの音を鳴らしながら駆けだし、バスルームに続く開け放たれた扉の向こうに声をかける。
「きもちわるい・・・」
「不活性魔力の噴出か・・・」
扉の向こうから現れた流華を胸で優しく抱きしめる母親に目を向けほっと息を吐いたユウヒは、何が起きたのか確信するとサンプルの中に埋もれていた何かを取り出す。
「そいつは?」
「魔力用空気清浄機」
賞状でも入れるような木製の筒を取り出したユウヒは、蓋を外す様に筒の一部を伸ばすと僅かに魔力を込めながら立ち上がり、リビングテーブルの上に立てる。テーブルに近付くと勝手に筒の底から三脚が飛び出して着地した装置は、伸ばされた隙間の中で幾重にも編み込まれた球体の幾何学模様を青く光らせ周囲を照らす。
「ユウヒぃたすけてー」
「瘴気が溢れてる・・・」
リビングからキッチンまで全体を薄っすら青く照らしたことにユウヒが頷いていると、二人で協力して扉を開け放った妖精が弱弱しい悲鳴を上げて飛び込んでくる。どうやら不活性魔力の噴出が発生しているらしく、ユウヒ達だけでなく彼女達妖精も影響を受けているようだ。
「あれ? 治まった?」
声を被せ合いながら勢いよく現れた妖精達であるが、リビングに入るとすぐに空中で立ち止まり目を瞬かせて不思議そうに周囲を伺う。
「これだね、一家に一台必要だよ」
マルーンが不思議そうにしている脇を抜けたアーフは、すぐにテーブルの上に置いてある装置が、周囲の不活性魔力の波動を軽減していることに気が付き、装置の傍に着地するとそのまま座り気持ちよさそうに目を細め称賛する。
「ニュースで何か出てるかな?」
「どうだろなっと、もしもし? ・・・まじかよ、わかった一時撤退を許可する。他のところも似た感じになっているだろうから撤退支援を出してやれ」
流華もリビングに入ってくると落ち着きを取り戻したようで、その姿にほっと息を吐き笑みを浮かべたユウヒは、左目の青い光で周囲を見渡しながら難しい表情を浮かべると、そのままテレビのリモコンを手に取った。そんなユウヒの呟きに相槌を打つ勇治は、着信に気が付きスマホを操作すると、齎された情報に顔を顰め険しい表情で指示を出しながらキッチンに向かう。
「生放送が全滅だな・・・」
「放送事故だらけねー?」
どうやら勇治の仕事関係で問題が発生した様で、それはテレビの生番組でも同様のようだ。生放送番組の出演者たちは、一様に蹲っていたり頭を抱えたりと具合の悪そうな表情を浮かべており、次々と中継映像が別の映像に切り替えられていく。
テレビ番組が次々と中断し、一部では中断する事も出来ないほどに混乱する中、日本各地に存在するドーム周辺でも異常は起きていた。しかしその混乱は異常な状況を収拾するための動きで、調査ドームでは体調不良を起こす者たちを急いでドーム内に運び込んでいる。
「お前たちも一緒にドーム内に退避しろ! そこ! 立てない者を優先して運べ!」
事前に作られたマニュアルに従い動く自衛隊員達は、仮設基地周辺住民の保護も同時に行っており、ドーム内部入れるものは全て調査ドーム内の施設に運び込んでいた。
「おお、流石ユウヒの道具だな」
「DIY感覚でこの効果、すげぇな」
またドームに入れない者や一般人はドームの進入口近くに立てられた仮設住宅に運び込まれているのだが、そこは全体が青い光に守られている。それは今、天野家のリビングを覆っているものと同じ光で、発生源はドーム周辺を照らすために設置された背の高い投光器の天辺取り付けられていた。
「てか予測してたんかな?」
「可能性としては高いとか言ってたからな」
これはユウヒが休むことを伝えに来た日、帰るまでの間に作って置いて行った物である。事前に不活性魔力の波を予想していたユウヒは、念のためにと複数の装置を用意しており、その作る工程を見ていた忍者達は、感心より圧倒的に呆れを含んだ声でぼやいていた。
「うぐっ・・・」
「おう大丈夫か? 後は引き摺って行ってやるよ」
蒼い光の膜に守られた空間には次々と一般人が運び込まれているが、運び込んでいる自衛隊員は次第にダメージが蓄積して行き、今もジライダの目の前で一般人を運び込んだ自衛隊員の男性が脱力した様に膝を着いている。
「すまない‥‥‥」
男性はジライダに声をかけられると、安心した様に一言呟きそのまま筋肉が弛緩した様に気を失う。
「これって後天的に耐性つくんかな?」
「どうでござろうな? おっとあの御仁もそろそろでござるな」
青い光の膜を背にする二人の忍者は、男性自衛隊員を抱えて運ぶジライダを見送ると、懸命に働く同僚たちを見渡し何とも言えない表情でぼやき合っていた。
不活性魔力への耐性問題についてユウヒからある程度聞いていた二人は、この基地で最も耐性が高いため警戒と救助要員として配置されている。今も一人一般人を抱えた男性がふらつき始めており、その姿を確認したゴエンモは瞬きする間に数十メートル先に移動すると、自衛隊員と一般人の二人を抱え飛ぶように施設内に運び込むのであった。
一方、そんな日本での混乱を招いた震源地がどこかと言うと、
「被害報告です!」
当然軍を動かし大規模な侵攻作戦を行っていた中国某所にある巨大ドーム跡地、そこに聳える異世界から現れた巨大すぎる山である。総指揮官のテントに飛び込んで来た男性は、暑さによるものとは違う、気持ち悪くべたつく汗を大量に流しながら、被害報告を行うため声を張り上げた。
「・・・ん」
「工作部隊八割が行動不能! 攻撃部隊は三割が行動不能! 現在意識喪失者以外は少しずつ体調が回復しています!」
報告を受ける司令は、こちらも苦悶の表情で汗を滲ませ、込み上げてくる気持ち悪さに耐えながら返事を返す。震源地から近いが故に強力な不活性魔力の波は、近場にいた者達の大半を一瞬で行動不能にしてしまい、離れた場所で待機していた者達は意識消失こそ少なかったものの一部は作戦行動が出来ないほどのダメージを負っている様だ。
「偵察部隊は?」
気を失わずに済んだ者達は、以前の事を教訓に配備された薬物を自ら投与して意識を保っている。もしもその装備が無ければ、今頃彼らは気を失い知らぬ間に命を落としていたかもしれない。
「墜落6機! 着陸失敗3機! その他は体調不良を起こすも怪我等ありません!」
全滅一歩手前の様な状況の中でも状況の確認は為されており、司令の静かな問いに背筋を伸ばした男性は、不活性魔力による気持ち悪さと薬物による気持ち悪さの挟撃を誤魔化す様に声を張り上げ、偵察に出ていた航空機の被害を伝える。
「そうか・・・なんだ? 何があった!」
飛行していた偵察部隊に少なくない被害が出ているが、全体から見ればまだ立て直せる程度であり、不幸中の幸いにほっと息を吐く司令は、突然聞こえて来た連続する破裂音と爆発の音に立ち上がると、換気の為に開けられたテントの外に目を向けた。
「化け物が山から出てきたため工作部隊が戦闘を開始したようです!」
「化け物……攻撃部隊から動けるものを出せ、工作部隊は一時撤退するしかないな」
高台に設置された作戦指令所から見える山の麓からは、いくつもの黒煙が空に向かって伸びており、至る所から銃撃の音が鳴っている。通信機を耳に当てる男性は机に座ったまま大きな声で状況を伝え、その言葉に苦々しく呟いた司令は顰めた顔で指示を出す。
「爆発? いや、地震か?」
「それほど大きくはなさそうですが・・・」
指示を出し一度落ち着くために椅子に座った司令が、喉の渇きを感じて机の上のペットボトルに手を伸ばした瞬間、大きく鈍い揺れと共にボトルは机から落下する。爆発などとは違う地の底からゆっくり横に揺さぶられる感覚にそれが地震だと理解した彼は、部下と共に珍しい揺れに周囲を伺うと、思わず不安そうに乾いた喉を鳴らす。
緊張の連続により、周囲に垂れ込む不活性魔力が急激に薄れていっている事にも気が付かない軍人たちが地震に不安を募らせる一方、地震大国故に多少の揺れでは全く動じないお国柄である日本では、ユウヒの手の及ぶ場所以外でも不活性魔力対策がなされ始めていた。
「これはいかんの、すぐに星見を集め穢れ払いの準備をするのじゃ」
「はは!」
緑が多く夏にしては涼しい地域に仮の宿を用意してもらっているカウルス族。その長である老婆は、西の空を睨んで唸ると傍に控えていた若い女性に声をかけ指示を出す。指示を出された女性は首にかけられた鈴と蹄の音を残して軽快に駆けだした。
「失礼します。お加減はどうでしょうか?」
「ワシよりお主の方がひどい顔じゃぞ?」
そんな女性と入れ替わる様に現れたのは、彼女達の要望や相談などの対応を行っている男性で、以前にもユウヒが呼ばれた会議室とこの場を繋ぐためにリモート会議の準備などを行っている。そんな彼は、彼女たちに用意されたコテージに入って来るや否や体調の心配をするが、どっからどう見ても老婆より男性の顔色の方が悪い。
「ええ、急に眩暈がして」
「どうやら穢れを受けた様じゃな」
不活性魔力の波による影響の事をカウルス達は穢れと呼んでいるらしく、男性の状態をすぐに理解した彼女は、ふらつく彼の額にしわがれた手をそっと当てる。
「けがれですか? 以前にもありましたが、多分原因は同じだろうとのことです」
されるがままの男性は、不思議と気持ち悪さが抜けていくことに目を見開き不思議そうに目を瞬かせると、受けたばかりの報告内容を優しい目をしたカウルス族の長に告げた。政府も、現在日本中で起きている現象は中国ドーム崩壊時のものと同じであると断定し、事前に定められた対策を順次実行しているところである。
「すぐに払いはするが、どれほどの範囲が清められるか・・・」
その一つに異世界移住者として日本に滞在する異種族の安否確認があるのだが、どう見ても日本人より不活性魔力に対する耐性のある彼女は、男性が訪れた理由を見透かし微笑まし気に笑うと、少し困った様に呟きながら彼の頭を優しく撫でるのであった。
コテージの中で老婆に頭を撫でられ、男性が懐かしき祖母の記憶を脳裏によみがえらせている頃、東京のホテルに泊まるジュオ族達も不活性魔力の波を感じ取り慌ただしく走り回っていた。
「これで大丈夫」
ジュオ族の姫であり、同時に強力な星読みの巫女である女性は、床に座るスーツの女性達の前で翼をゆっくり揺らし小さな声で何事か呟くと、閉じていた目をゆっくり開き一声かける。
「確かに楽になりましたね」
「ありがとうございます」
カウルス達の下を訪れた男性と同じような状況に陥っていたジュオ族の担当である女性達は、巫女の力で体に感じていた不快感が薄れたことに驚き頭を下げる。彼女達も不活性魔力の影響を受けて眩暈を起こしていた為、巫女は彼女たちの穢れを払うための儀式を行ったのであった。
「良い、星が必要だと言っている」
丁寧に頭を下げて礼を述べる女性達から視線を外した巫女は、言外に礼はいらないと短く呟く。その顔には特に表情は浮かんでいないが、見るものが見ればただの照れ隠しであることは明白なようで、窓辺で何かの作業を行っていたジュオ族達はクスクスと楽しそうに笑っている。
「専門家の話はこれだったか‥‥‥」
「まだ現状維持だそうです。向こうも結構な混乱になっているみたいですね」
スーツ姿の女性達はゆっくり立ち上がると、近くの椅子に座り直してスマホを手に情報を集め始める。政府からの指示を確認したりインターネットで情報を集める彼女たちは、ジュオ族から部屋から出ないことを勧められていた。
「あちこちからサイレンが聞こえるが‥‥‥以前と同じ状況か」
不活性魔力に高い耐性を持つらしいジュオ族達曰く、現在彼女たちの泊るフロア全体に穢れを防ぐ結界を張っているとのことで、室内は外よりずっと安全なのだそうだ。外では今も事故や体調不良者が発生しているらしく、音で分かるそれらの状況に女性達はどこか歯痒そうに眉を顰める。
「‥‥‥星見を行う」
「はい、準備いたします」
スーツの女性達を横目で眺めていた巫女は、視線を窓の方に向けるとそこで作業をしていたジュオ族に短く声をかけ、その言葉で何をしたらいいか理解した女性達が足早にその場から駆け出す。
「我々も状況の詳しい確認を行うので失礼します。何かありましたすぐにお呼びください」
羽擦れの音を僅かに残して部屋から駆け出していく小柄な背中を見送ったスーツの女性達は、互いに頷き合うと立ち上がり移動する旨を巫女に伝える。
「この階から出ることは止めたほうがいいよ」
その姿を清んだ瞳で見上げた巫女の言葉に、女性達は笑みを浮かべると一つ頷き、同じ階にある彼女たちの待機部屋に向かって歩き出す。
「‥‥‥ユウヒに頼もうか」
女性達の背中を見送った巫女は、何かを考える様に足元を見詰めるとその視界にユウヒの笑みを見て小さな声で呟くのであった。再度日本を、世界を襲う異常事態を前に、混乱を治めるべく人々が動き始めているが、果たしてそれはどういった結末に収束するのであろうか。
いかがでしたでしょうか?
予感は的中、まったり休日の内職を楽しむユウヒの下へ、日本どころか世界中を襲っていそうな不活性魔力の波が届く。果たして今回のユウヒはこの事態にどう関わることになるのかお楽しみに。
それではこの辺で、読了評価感想に感謝しつつ次回もお会いしましょう、さようならー




