第二百十八話 異端者のお茶会 後編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『異端者のお茶会 後編』
気持ちを入れ替える為、カーテンの閉め切られたリビングで静かに過ごしたユウヒは、山田兎夏と言う実名を名乗った協力者の女性とドームについての話を再開していた。
「私の家はちょっと特殊でね? 日本政府に色々協力した所為で割と深い関係にあるの」
「ほう」
その話は兎夏の住んでいた世界での話にまで至っていた様で、彼女の世界で山田家は政府に強い影響力があるらしく、微妙に天野家と似ているところがあり他人のように感じないユウヒは、何とも微妙な表情で頷いている。
「こっちでも起きそうだった第三次世界大戦は私の世界でも回避されたの、でもその経緯がだいぶ違って、その影響だと思うんだけど科学技術が一気に発展したらしいわ」
「ほうほう」
ユウヒの住む地球では第三次世界大戦が起きる寸前で明華達傭兵によって回避されていた。それは兎夏が住む世界でも同様であったらしく、経緯こそ違うものの結果は変わらないその事象は、彼女の住んでいた日本の科学技術を飛躍的に高めたと言う。
「興味深そうな顔でニヤニヤしない」
「む・・・」
現在彼女が保有する技術や、聞かされた話から異世界の日本が持つ科学技術は相当に進んだものだと言う事をユウヒ自身感じており、そんな彼が興味深そうに眼を輝かせるとすぐに兎夏のツッコミが入る。好奇心に頬が緩むユウヒにツッコミを入れる兎夏は、棘のある言葉に反して楽しそうな笑みを浮かべていた。
「詳しくは説明しないけど、その技術革新に大きく寄与したのが家のおじいちゃんなの」
「・・・」
さらにその技術発展に寄与したのが彼女の探す祖父であると聞いたユウヒは、驚きに目を見開くと興味深そうに息を吐きながら目を細める。
「・・・異次元の速度で日本の技術力を発展させたおじいちゃんは、色々な人に狙われる様になって、それが面倒になってある日家から、日本からいなくなった」
「・・・家出かな?」
彼女の話す声に違和感を感じ目を細めるユウヒは、続く話しに納得すると頷き小首を傾げた。どうやら彼女の探す祖父は、身の危険を感じたのか煩わしくなったのかある日突然姿を消したのだと言う。
「ふふ、そうよ? 置手紙に探してもいいけど大変だよ? って書いて居なくなったわ」
「そいつは、何とも面白いおじいちゃんな事で」
ドームと言う存在が異世界から持ち込まれた根本的な原因は、彼女の祖父の挑発的ともとれる置手紙付きの家出であった。彼を付け狙う人にとっては、煽りでしかない言葉を残す兎夏の祖父を想像するユウヒは、その顔に楽し気な笑みを浮かべている。
「実際面白い人だったよ? いろんな意味で・・・。家出が発覚した時は多分宇宙に出たんだろうって話だったんだけど」
「宇宙・・・」
そんな祖父は当初地球から飛び出し宇宙に向かったと思われ、捜索もその方面で行われた様だが、兎夏の言葉尻からはそうではなかったようだ。しかしそんな彼女の様子より、ユウヒにとっては宇宙と言う言葉の方が興味深かったようで、金と青の瞳をキラキラと輝かせる。
「私の世界ではすでに異星人との交流があったから、そっちに技術研究に行ったんじゃないかって」
「異星人・・・」
以前から宇宙コロニーがあると言った情報を匂わせていた兎夏であったが、事実はユウヒの想像を超えていた様で、異星人との交流があると聞いてユウヒが思い浮かべたのは、アメリカを舞台にした映画の数々で、興奮した様に鼻息を洩らす彼に苦笑を浮かべた女性は、紅茶を一口飲んで続きを話し始めた。
「結構な人が探したんだけど、でもどこにもいなくて、ある日おじいちゃんの部屋で古いノートを見つけたんだけど、そこに異世界に行く方法が書かれていて」
「はぁ・・・」
彼女曰く、権力者たちが地球や宇宙を血眼になって探したが見つからず、そんな折に見つけたのが祖父の日記の様な古いノート、そこには世界間を移動するための技術や方法の詳細が記されていたと言う。どうやら彼女の祖父は、相当早い段階から異世界に目を向けていたか、もしくはすでに手を出していたようだ。
「しかも、そのページに新しいメモ紙が挟まってたの」
「それで確信したと」
そんなノートには真新しい祖父のメモが挟まれており、その日付と走り書きから彼女は祖父が異世界に行ったと確信したのだと言う。普通の人間が聞けば何を馬鹿な事と一笑に付すような話であるが、ユウヒに話す彼女の真剣な目からは確かな確信が感じられ、ユウヒもまた真剣な表情で頷いている。
「うん、でも私の技術じゃ制御系がうまく作れなかったらしく、移動中に道から逸れちゃって・・・・」
「こっちの世界に?」
ただ、彼女の技術では祖父の軌跡を完全に追う事は出来なかったようで、予期せずユウヒの住む地球にたどり着いたようだ。話の流れや現状から考えるに、彼女はさらなる世界移動が出来ない様で、肩を落とす兎夏の姿にユウヒは何と言ったらいいのか分からず眉を寄せて問いかける。
「うん、理論上はおじいちゃんに会える確率はあるの、同じ世界線上でしか移動できない筈だから」
ユウヒの問いに困った様な顔で頷く女性は、すぐに気を取り直して笑顔を浮かべると、理論上は祖父と会える可能性があるとやる気を目に宿らせ、そんな女性の姿にユウヒは少しほっとした様に笑みを浮かべていた。
「・・・それにしても無茶するな?」
「私もそう思う。こっちで何年か過ごして自分が馬鹿だったとつくづく思うわ」
空気が少し軽くなったように感じたユウヒは、いつものどこかやる気なさげな表情に戻ると、自然と入っていた肩の力を抜きながらジト目を向け、そんな視線に疲れた様な笑みを浮かべた兎夏は肩を竦めて見せる。
「帰れんの?」
「方法はある・・・けど材料がね」
「なるほど、それでこれが使えないかと?」
彼女の見せる笑みに少し不安になったユウヒであるが、帰る方法自体はあるようだ。しかし、どういう装置か解らないがユウヒの世界では材料の調達が困難であるらしく、兎夏の小さくなっていく声を聞いたユウヒは何か気が付くと、胸ポケットから小さな布袋を取り出し、中から透明な石を出してローテーブルに並べていく。
「流石良い勘してるわ」
ユウヒが取り出したのは、量産型として作られたくせにスペックが上がった魔結晶。非常に安定した状態で活性化魔力を封入しているそれには、信じられないほどのエネルギーが内包されており、彼女は異世界を移動する装置にその魔結晶を使いたい様だ。
「と言う事は、そっちじゃ魔力を普通に使ってるのか?」
「私が居た頃はまだ一般的とは言えなかったけど、ある程度技術レベルが高くなると必然的に必要になるわね」
それはすなわち、兎夏の生まれた地球では魔力と言うエネルギーが確認され、利用されていると言う事である。一般的ではないと言っても使われていると言う事はその性質も研究されていると言う事であり、兎夏が魔力や魔法に詳しい理由はそのための様だ。
「ふむ・・・」
テーブルに並べられた魔結晶を拾い上げ掌で転がし、時折何かの機材で結晶を覗き見る女性を横目に、カーテンの隙間から射す太陽の光に目を向けたユウヒは、顎に手を添えながら何事か考え始める。その表情を見る限りまた何か思いついたらしいが、いつも注意する女性は魔結晶に集中していて気が付かないようだ。
「んー・・・うん、それじゃドームの話もしましょ? あ、お茶淹れなおすわね」
「ありがと」
一頻り魔結晶を調べた兎夏は、満足気な笑みを浮かべ頷くとユウヒの横顔に目を向け話の続きを促す。だがその前に、僅かに残っているユウヒのカップに気が付いた兎夏は、冷房の効きすぎた部屋に寒気を感じたのか、新しくお茶を淹れにソファーを立ち上がり、そんな女性にお礼を口にしたユウヒは、また何か考え始めるのであった。
ユウヒがまた何事か不穏な事を考えている頃、とある人物は直接上司に呼び出され頭を下げていた。
「すみません」
その男性の前に居るのは石木、上司と言っても大臣は男性の上司のさらに上司であり、顔を蒼くする男性が直接顔を合わせる様な相手ではない。
「いや、気にするな・・・夕陽が本気になったら俺らじゃ追跡出来ねぇさ」
「まさかいきなり消えるとは・・・」
しかし今回に限ってはユウヒが関わることとあって、詳しい話を聞くために男性は石木の前に呼び出されていた。いつもの執務室で男性に説明を受けた石木は、何度目かになる謝罪に頭を掻くと、困った様に眉を顰めながら謝罪の必要は無いと告げる。
ユウヒが光の精霊に頼んで目くらましを行った結果、顔色を悪くする男性の目の前で忽然と姿を消してしまい、同時に男性の心臓に対して緊張と焦りで多大な精神的ダメージ与えたようだ。
「ステルスか・・・いやあれじゃないな、多分また新しい魔法だろう、流石にあいつらもほいほいと機密の塊を渡すとは思えん・・・たぶん」
「ステルス・・・」
忽然と姿を消す方法に覚えのある石木は、顎を強く扱きながら眉を歪めるも、その可能性を切り捨て大方ユウヒの魔法だろうと溜息を吐く。目の前の男性も石木の口から洩れたステルスなるものの事を知っているらしく、その可能性に険しい表情を浮かべている。
「大型の物ならすでに使用している国もあるが、小型化に成功しているのが傭兵連中だけというのが皮肉だな」
「実物を見たことは無いのであれがそうなのかは・・・」
ステルスと言う言葉に、一般人が思い浮かべることが出来る物は、いいとこ航空機などに搭載され、センサーを誤魔化して姿をくらませるものであるが、彼等の言うステルスとは、可視光に干渉することで特定の対象を透明に見せる技術のことであった。
「あれなら30メートルも離れてりゃ見えないな」
技術としては既に存在するものの、まだまだ問題点が多く一般人の目に触れることは無く、実用しているのは大国の一部と大国もおいそれと手を出せないごく一部の傭兵部隊でだけである。現在研究がすすめられ、数年後には一般人も目にする機会があると言われている機密事項は、現状ある程度の距離を保てば完全に姿を消すことが出来る様だ。
「それほど離れていませんでしたが、急に消えてしまい・・・」
「あとで聞いてみるか・・・消えたって事は尾行に気が付いてたんだろ。その上で容認してたのが急にだ、俺らが立ち入っていい場所じゃねってことだな」
しかしユウヒに関してはそれほど距離を離していたわけではない様で、彼の認識では10メートル程度の距離であり、それほどの近さで忽然と姿を消す事は石木の知るステルスには無理である。そしてわざわざユウヒが人前でそんな魔法を使ったと言う事は、石木の監視に気が付いたと言う事であった。
「しかしそれでは」
わざと監視の目の前で消えたユウヒの行動を、ある種の警告と理解した石木の言葉に対して不満そうに食って掛かる男性。政府の中にはまだユウヒの存在を危険視する勢力もあり、そういった人間達の不満を解消するために付けられた監視、それが無効にできると言う事実は、不満を持つ人間の一人である男性にとって危機以外のなにものでもなかった。
「・・・知る必要の無いことまで知って良い事なんてないぞ?」
それ故思わず声を荒げた男性であったが、殺気にも似た気配を静かに漂わせ睨む石木に、気圧され思わず後退ると、無言で頭を下げて石木の執務室を退出する。その背中を見詰める石木は、彼が退出した後で悔し気に顔を歪める未来が手に取る様に解るのであった。
知る必要の無い事とは世の中に割と多く、それは兎夏とユウヒの間にも存在する。
「教えない」
「何故に」
正確には兎夏がユウヒに教えたくないだけではあるのだが、直接的かつ短い言葉で拒絶されたユウヒは、ショックを受けた様に目を見開いてじっと彼女の目を見つめた。
「教えたら絶対宇宙に出るでしょ!」
「イエスだね!」
「だから駄目!」
ユウヒが彼女に聞いたのは、彼女の世界における宇宙関連の技術や他惑星に短時間で航行する方法についてである。普通の人間なら多少聞いたところで実現不可能であるが、現在兎夏が睨む様に見詰める人物はヒントだけでもなんとかしてしまいかねない危険人物だ。
「・・・」
「そんな捨てられた犬みたいな顔してもダメ!」
現在は捨てられた子犬の様に目を潤ませているものの、言ってしまえば教えなくても何れ何とかしてしまいそうな人間なのである。今の忙しい時期にそっちの方向へ意識を向けられてはたまったものではない。これまでの経緯でユウヒを信じている兎夏であるが、同時に異常者の異常な行動力もよく理解している彼女は、その行為を加速させるような知識をあまり与えたくないのであった。
「・・・仕方ない、別方向からアプローチするか」
「・・・危険な真似は止めてよね?」
寂し気な子犬と叱りつける子ウサギが見つめ合う事数分、視線を逸らして諦めた・・・様に見えたユウヒは、鋭い視線で左下を見詰めると宇宙を諦められないのか小さな声で呟き、そんなユウヒをじっと見詰めた兎夏は、静かな溜息交じりの声で諫める。
「心配はうれしいが、ロマンだからな? すぐにとは言わんが、試してみたくはあるからさ・・・」
その効果があったのかなかったのか、小さくなったケーキにフォークを突き刺したユウヒは、苦笑を洩らすとケーキを目線まで持ってきてふらふら揺らし、今は無理でもいつか試みると楽しそうに笑う。
「おじいちゃんにほんとそっくり」
「そう?」
楽しそうに笑みを浮かべるユウヒを見詰めていた兎夏は、彼の仕草に祖父の姿を見て懐かしそうに笑うとよく似ていると呟き、口にケーキを放り込もうとしていたユウヒはその手を止めて小首を傾げた。
「ケーキを振り回しながら楽しそうに話すところとか」
「む、これは失礼・・・。テンションが上がりすぎた」
きょとんとしたユウヒにくすくすと笑う兎夏は、ケーキを刺したフォークをふらふら振り回すユウヒを注意すると、申し訳なさそうにしながらケーキを食べるユウヒにもう一度可笑しそうに笑うのであった。
「いいわよ、何でドームの話から宇宙船の話に脱線するか解らないけど」
「そうだったな、それで? 完全に中国が回復するまでどのくらいかかるんだ?」
謝罪した口でもぐもぐとケーキを食べるユウヒに肩を竦めて見せた兎夏は、どこで宇宙船の話になったのかと言って話を元の路線に戻す。二人が宇宙船の話の前に交わしていたのは中国のドームについてである。
「あと一週間無いわね。そのあとがどうなるかなんだけど、現状出来ることは無いわ」
「ふむ?」
地球に存在する巨大ドームは全て崩壊したが、ロシアとアメリカはユウヒの尽力によって被害を最小限にとどめた。しかし中国だけは自国全土に被害を及ぼし、隣国にまでその被害を広げている。
さらに知っているのは一部の人間だけであるが、中国を中心に地球全体に広がった不活性魔力は、世界中で静かに侵食を始めており、これらのデータがまとまり次第、証拠を突き付けて制裁を行う準備が、日本とユウヒの協力を元にアメリカで勧められているのだが、それを知る者は限りなく少ない。
「中国は全部自分たちでやる気みたいよ? 何が起きるか解らないでしょうに、余剰な戦力を全力投入するみたいね?」
「まぁやりそうだな」
そんな災害の大本である中国は、ようやく時間の停滞が解除され始め、指導者達が復帰したことにより混乱も収まってきている。しかし混乱の影響は世界経済に大きく影響しており、中国はその原因であるドーム跡地の調査と排除のため、大規模な軍事行動を始めている様だ。
「ロシアとアメリカの情報を知って、未知の資源を手に入れるためにハイリスクハイリターンを狙ってるみたいだけど、ちょっと暴走気味ね。・・・まぁ経済状況が悪化して、株価も下落しっぱなし、しかも時間の停止で浦島状態じゃリスクを取るのも解るけど、少し焦り過ぎね」
どことなく説明する声にとげのある女性曰く、中国は未知の資源の独占を行いたいようで、その為に自国だけでドーム災害に立ち向かうようである。それにはほかにも様々な問題が影響している様だが、その一つは明華が嬉々として売りさばいた後に買い漁っている株などの経済的問題の様だ。
「何も・・・起きなきゃいいけど」
「・・・実際は?」
高笑いが止まらないと言った様子でパソコンと向き合う両親を思い出すユウヒは、この先の世界情勢に思考を傾けると、急に顔色を曇らせる。どうやら何か嫌な予感を感じた様で、思わず視線を光が洩れるカーテンの方へ向けたユウヒに、兎夏は神妙な面持ちで問いかけた。
「よくわからんが・・・何か起きる気がする」
「ユウヒ君が言ったら、備えるしかないじゃない・・・」
ユウヒも明確なイメージが湧いたわけではないらしく、しかしロシアやアメリカで感じたような大きな何かを感じているのは確かな様だ。そんなユウヒの発言の重要性を理解している兎夏は、複雑な表情で肩を落とすと、ユウヒと同じようにカーテンから洩れる日の光を、その血の様に赤い両目で眩しそうに見詰めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
兎夏と言う人物の事を少し理解したユウヒだが、それ以上に異世界の技術に興味津々な様子。今度はその好奇心でどんな波紋を生み出すのか、それは誰にも分らない。
評価等に感謝しつつこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




