第二百十七話 異端者のお茶会 前編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『異端者のお茶会 前編』
そこはタワーマンションの上層階、階層の低い一般的なアパートの解放された共用部と違って、隙間なく密閉された共用部分は、開閉の出来ない窓から幾分柔らかな日の光が注がれている。
「いらっしゃい」
「どうもお久しぶりです?」
そんな共用部に並ぶドアの一つが、重く静かな音を上げながら開き、中から女性がドアの前に立っていたユウヒを招く。若干の緊張を隠すユウヒは、いらっしゃいと言う呼びかけに笑みを浮かべ答えた。
「たしかに言われてみれば直接は、久しぶりかしらね」
「こちらつまらないものですが」
何かと通信機越しに連絡を取り合う二人であるが、実際に顔を合わせたのは極めて少ない。妙な感覚に苦笑を浮かべる女性はきりっとした目元を柔らかく緩めると、ユウヒの差し出したお土産を受け取り困った様に笑う。
「ふふふ、定型文ね? ありがとう。ほら上がって」
「お邪魔します」
お店のロゴが入ったケーキ箱を見て僅かに目を輝かせた女性は、幾分高くなった声で笑うと軽い足取りでユウヒを室内に招き入れ、そんな女性に続いて玄関に入ったユウヒは、綺麗に並べられた柔らかそうなルームサンダルを見下ろすと、汗の滲む自分の体を嗅いで息を吐くのだった。
「・・・・・・」
自分の匂いを気にしつつ、女性の後ろに続きユウヒが足を踏み入れたリビングには、応接用のソファーと少し足の長いローテーブルが置かれ、それ以外には壁際に横に大きく背の低い箪笥が置かれており、その上には写真立てがいくつも並べられている。
「じろじろ見ても恥ずかしい物なんて何もないわよ? 隠したから」
「・・・そんな粗を探してたわけじゃないんだが」
妙に物が少ないリビングを見渡しながら、綺麗なフローリングをゆっくり歩くユウヒに気が付いた女性は、少し訝し気に眉を歪めると呆れた様に話し出し、その言葉からユウヒが今見ているリビングの光景は普段とは違う様だ。そのなんとも明け透けな物言いに思わず苦笑いを浮かべたユウヒは、粗探しをしていたわけでは無いと呟き頭を掻く。
「じゃあ何?」
「秘密基地っぽいナニカはないかなと」
どちらかと言うと、地球よりずっと進んだ化学力が使われ、秘密基地めいた内装を期待していた様で、キッチンカウンターでお茶の準備をする女性の問いに、好奇心丸出しのきりっとした表情で答えるユウヒ。
「・・・無くは無いけど、そんなものすぐわかるところに置かないでしょ」
「確かに」
彼の楽しそうな声に手を止めて振り返った女性は、目の前で目を輝かせる少年のような空気を醸し出す男性の姿に苦笑すると、ユウヒが求めるような秘密基地めいたオーバーテクノロジーの存在を仄めかし、少年の心を擽られたユウヒは頷きながら周囲を再度見渡す。
「どうぞ」
「どうも・・・」
そんなユウヒをソファーに座るよう促した女性は、テキパキとお茶の準備を終わらせると、ユウヒが買ってきたショートケーキと共に紅茶の淹れられたカップを並べてユウヒの対面に座る。
「・・・・・・」
対面に座る女性を前にケーキを一口食べたユウヒは、思ったより甘かったのかすぐに紅茶を手に取るとそっと口を付けた。その間も女性はユウヒを見詰めており、視線を感じたユウヒは視線を辿って彼女の事を不思議そうに見つめ返す。
「・・・・・・」
「な、何か言ってくれない?」
じっとユウヒが見つめ返すと女性は頬を染め始め、妙な間に気恥ずかしくなってきたのか、切れ長でキツイ印象のある目を見開いた彼女は、正面から向けられる視線から逃げる様に顔を横に向け呟く。
「結構なお手前で?」
何か問われるのかと思い視線を向けていたユウヒは、視線を逸らす女性の姿に眉を上げると、何かと言われて咄嗟に浮かんだのは口を付けていた紅茶の味くらいであったようだ。普段飲み慣れない紅茶の味に小首を傾げたユウヒであるが、鼻を抜ける爽やかな香りは気に入ったのか思ったままを口にする。
「いやそうじゃ・・・まぁいいわ、ありがと」
「?」
しかし、女性の考えていた言葉とは少し違ったのか、思わずユウヒに目を向け珍妙な表情を浮かべるも、一番おかしなことを言っているのは自分だと思い出し、困った様に息を吐くとそのまま楽しそうに笑う。
「・・・改めて自己紹介する前に、ちょっと待てて」
「ん?」
キョトンとした表情のままケーキにフォークを射すユウヒを見ていた女性は、日の光を取り込んでいた窓に目を向けユウヒに一言告げると、大きなカーテンを全て閉め切り大きく息を吐いて無言で振り返り、
「スーツ着たままじゃ意味無いから脱いでくるわ」
赤くなった顔を逸らしながら小さく呟く。
「お、おう・・・?」
「・・・」
まるで日の高いうちから情事を交わす前の男女の様な掛け合いに、思わず変な声を洩らすユウヒは、さらに赤くなった顔でリビングから出ていく女性を見詰め、思い出したように目を見開くと、彼女が姿を偽るスーツを着ていることを思い出し、熱が上がったように感じる首筋を手でそっと冷やすのであった。
いったい何が始まるのかとユウヒが緊張し、すぐに緩和して僅かな眩暈を感じてケーキを一口咥えている頃、とある不動産屋の一室では緊張した空気が流れていた。
「!?」
「いや、こわいこわい」
パイフェンと白猫の部屋を決めたのか、個室の中で書類に必要事項の記入を行っていた明華は、突然怒気を膨らませると手に持っていたボールペンを握りしめ粉々に砕く。一瞬で砕け飛び散るボールペンの音にびくりと震える不動産社員の前で勇治は明華から半歩ほど離れながら声をかけている。
「ユウちゃんに何か・・・」
「なんだ? 危険な事に足突っ込んだか?」
「「・・・・・・」」
手の中からぽろぽろとボールペンの残骸を零す明華は、その手で自らの顔を覆い、指の隙間から見える目に危険な赤い色を灯しユウヒの名を呟く。いつもの事であるが特に緊急性のある時やこれまでにない気配を感じた時に見せる彼女の気配に、ソファーの後ろへと飛び込む様に隠れた白猫とパイフェンは、声をかける勇治の背中から顔を出しながら状況を伺う。
「・・・女の気配がする」
「・・・なんだ」
「なんだって何よ! これまでこんなに嫌な予感がすることなかったんだから!」
小さくぼそりと呟く明華の目の前では、職員の男性が泡を吹いて気を失っており、そんな個室の中を見回した勇治は、小さくため息交じりに呟く。そんな夫の一言が気に食わなかった明華は、勢いよく振り返ると勇治に詰めより、威嚇するように叫んで彼の後ろの二人を震えさせる。
「いい加減ユウヒも良い歳なんだからさ? 乳繰り合いの一つや二つや万ぐらいあってでででで!?」
「良くない!」
普段から何かとユウヒの女性関係を監視、制御しようとする明華の剣幕に笑みを浮かべる勇治は、ユウヒへの助け舟になればと平和的に諭すもその言葉には微妙に自分の欲望も見え隠れしており、そんな彼の言葉に目頭をきつく上げる三人の女性。
「あんま束縛してもしょうがないだろ?」
「じゃあ流華ちゃんが彼氏連れてきたらどうなのよ!」
「・・・彼氏できたのか? あ? 殺すか?」
一般に見ても明華のユウヒに対する愛情は過剰であり、白猫とパイフェンも勇治の発言に一定の理解を示す様に頷くも、冷たい視線で見詰める明華の一言で豹変した勇治の姿には、呆れてものも言えないと言った表情でため息を洩らし立ち上がる。
「いないわよ・・・」
「な、なんだ・・・悪い冗談はよせよハニー」
「・・・ダーリン? 矛盾ってしってる?」
床についていた膝を叩く二人の前で、明華の呆れた声に胸を押さえながらほっと息を吐き、額に滲んだ汗を腕で拭う勇治。彼の姿に呆れた表情を浮かべていた明華は、勇治の発言を耳に入れた瞬間、にこにことした表情で折れたボールペンを拾うと、男性らしい鍛えられた首筋に鋭利になったボールペンを突き付けながら嗤いかける。
「い、いや・・・言わんとするところは分かるが流華は学生、ユウヒは成人だぞ?」
「それでもやなの! 私が認めた女しか許さないんだから!」
脅す様に首の皮膚をなぞられる勇治は、引き攣った笑みに僅かな興奮を滲ませると、流華とユウヒの違いについて語り、もっとユウヒの女性関係を緩く見守るべきだと諭すも、その効果はあまりなさそうだ。
「認めるって・・・まぁ流華の相手ならせめて、いやまて成人した流華はきっと今以上の美女になるわけだから足りないか、うぅむ・・・確かに早々認められんな」
また先ほどまで諭していた勇治に関しても、将来の流華について考えだすと明華と同じ理論に陥り苦悩に満ちた声で呻き出すのであった。
「この二人の子供として生まれた不幸ね」
「馬鹿親っぷりはいつも通りだな・・・」
ユウヒと流華は生まれた時から恋愛に重い枷が付けられているらしく、白猫は二人を不憫に思い小さく頭を抱え何事か思案し、パイフェンはいつもと変わらない明華と勇治に肩を竦めるのであった。
一方、悪寒の原因である女性宅を訪れているユウヒは、カーテンの閉め切られたリビングで温くなった紅茶を飲みながら、涼しくなってきた部屋の中で暇そうに天井を見上げていた。
「いつも通り、そういつも通りで良いのよ」
彼が待つリビングの扉を前にした女性は、廊下で胸を押さえながら深呼吸をしている。どうやら緊張している彼女は、それまでより幾分高くなった声で呟くと気合を入れてドアノブを掴む。
「・・・よし、お待たセ!」
「ん? おう・・・?」
ドアノブを掴んだ後も微妙に躊躇した女性は、自分の背を押すように呟くと勢いよく扉を開きリビングにその勢いのまま飛び込む。大きな音を立てて飛び込んできた女性にびくりと肩を震わせたユウヒは、音のした方に顔を向けそのまま目を見開き固まる。
「こ、これが私の本当の姿よ・・・何? なにかへん?」
飛び込んできた勢いのままユウヒの目の前に歩いてきた女性は、興奮した様に声を上擦らせると右手を胸に添えながら見ろとばかりに胸を張りユウヒを見下ろす。しかし、一向に反応が帰ってこないことに不安になってきた女性は、海老反りになっていた背中を丸めながら自信なさげに問うと、自分の姿を気にした様に身動ぎする。
「おー・・・」
「・・・っ」
鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情で固まっていたユウヒは、女性の問いかけによってゆっくり再起動を始め、見上げていた視線をゆっくり下へと下ろしていき、その視線に女性は身を固くするように震えると顔を赤くする。
「おー・・・う」
「な・・・何かないわけ?」
一番下まで見下ろしたユウヒは、彼女の履いたぶかぶかのルームサンダルを見詰めると、今度はゆっくりと見上げ始め、彼女の瞳まで行きつくと小首を傾げた。言葉にならない声を洩らし続けるユウヒの姿に焦れた女性は、少し責める様に表情を顰めるともう少し何か反応はないのかと問い詰め始める。
「いや、ギャップが激しくてちょっと頭がね? 本当に本人?」
「そうよ・・・」
ビフォーアフターの差に困惑するユウヒの目の前には、高い身長と大人らしい凹凸ある体つきで、エリートOL然とした眼鏡の似合う女性は居らず、誰もがその困惑と確認作業に賛同できる女性が立っていた。
「声も変わってるし身長も違うし・・・すげぇなフィルミングスーツ」
「そっち!?」
背はユウヒより低く、流華と大して変わらないくらいで、肌は健康的な肌色だったものが白猫に負けないくらいの白い肌に変わっている。声も幾分高くなり凛々しい声から可愛い声に変り、その身から感じる雰囲気も柔らかくなり以前まで感じていた美人特有の圧も感じられなくなっていた。
「あ、いや・・・何と言うか」
「何というか?」
スーツ一つでここまで変わるものなのかと、異世界の技術に心底驚いているらしいユウヒの言葉に、不満そうな表情を浮かべる女性に慌てるユウヒは、じっと睨まれ困った様に頭を掻くとぼそぼそと呟き、詰め寄ってくる女性の言葉に振り向き目を合わせると口を開く。
「健康美人が色白美少女になってびっくりした」
そう、ユウヒの目の前に居るのは、仕事の出来る健康的な美女から、儚げな色白美少女に変った協力者の女性である。突然そんな姿を見せられて戸惑わない男はいないであろう、そのうえ夏と言う事もあり全体的に薄着であり、二人きりと言う状況はユウヒに妙な気恥ずかしさを感じさせ、その顔を暑さ以外の何かで高揚させていった。
「・・・―――っ―――!」
「あー・・・肌が白いと赤みが際立つな」
「うっさい!」
その感情は美少女となった女性にも伝わり、急激にその顔と耳を紅潮させる。それは、一周廻って冷静になってきたユウヒのつぶやきにより促進され、さらに首から鎖骨の辺りまで赤く染まった彼女は、恥ずかしさを誤魔化す様に大きな声を上げると対面のソファーに座り、置いてあったクッションで顔を隠すのであった。
顔を隠す女性を見詰めながら困った様に紅茶を口にするユウヒが、カップが空になった事に気が付き手持無沙汰な時を過ごしている頃、日本側の調査ドーム基地でティータイム過ごしていた三人の忍者は、
「・・・カハッ!?」
突然ヒゾウが口から血の様に赤い紅茶を噴き出し倒れたことで慌ただしく立ち上がっていた。
「ど、どうしたヒゾウ!?」
「どうしたでごブハッ!?」
慌てて白目を剥くヒゾウに駆け寄るジライダであったが、背後から先ほど聞いた様なくぐもった声と何かが倒れる重い音に慌てて振り返る。
「な、ゴエンモまで!?」
そこにはヒゾウと全く同じ様子でゴエンモが倒れており、ジライダは彼に駆け寄ると、うつぶせの状態から仰向けにして揺さぶり声をかけた。
「ゆ、ユウヒが・・・」
「き、危険で・・・ござる。ジライダ、心を・・・無に」
背後からはヒゾウの呻く様な声、目の前では僅かに意識を保つゴエンモが何かを伝えようと必死に口を動かす。どうやらユウヒに何か起きていることを感じ取ったらしいゴエンモは、しかしユウヒを気にしてはいけないと、心を無にする様に伝える。
「は? ユウヒがどうした? 何か感じぶるぁっ!」
しかしそんな内容を伝えられれば、ユウヒに思考を傾けるのは当然で、ユウヒの事を思い浮かべた瞬間チャンネルが合ったようで、極上に甘い電波を送信されたジライダは二人同様に口から真っ赤な紅茶を吐き出しうつぶせに倒れてしまう。
「うわ!? た、大変だ! 忍者さん達が倒れた!」
「担架! 担架持ってこい!」
突然の異常事態に、同じく休憩時間にお茶を飲んでいた人々は慌ただしく動き出す。しかしそこは普段から訓練された自衛隊員や関係者、すぐにその場で役割分担すると方々に走り出し、駆け寄り現場を調べる者、担架を取りに向かう者、呼吸を確認する者と的確に行動を始める。
「いったい何が・・・」
「毒? まさかガスか? ぼうごふ・・・ん?」
気を失い倒れる忍者たちを仰向けにして状態を調べる人間は、脈を計り生きていることを確認すると、彼等の閉じられた瞼を開き血走ったその瞳に考えられる症状を順に思い浮かべ、しかし何か見つけたのか床を見詰めるとその視線は細まっていく。
「どうした?」
「ユウヒ・・・ラブコメしすぎ?」
「・・・」
床には忍者たちが吐いた真っ赤な紅茶が散っており、しかしその中には忍者たちが残したダイイングメッセージ? が残っており、そこには紅茶で書かれた赤い文字で『ユウヒラブコメしすぎ』と確かに書かれ、満足気なヒゾウの寝顔に周囲の自衛隊達は沈黙したまま呆れた表情を浮かべる。
「・・・・・・医務室寝かせとくだけでよさそうだな」
「ただの発作か」
短い間とは言え、忍者たちと濃厚な経験を繰り返した彼らも慣れたものと言った様子で、度々何かを感じ取る忍者たちの奇行であると判断した自衛隊員達は、安心した様に少し長めの息を吐くと、三人を担架に乗せて医務室へと運ぶのであった。
さて、予期せず忍者たちをラブコメ電波で卒倒させたユウヒ達はと言うと、
「そ、それじゃ改めて・・・」
「あぁ・・・」
互いに気まずそうな表情を浮かべてローテーブルを中心にソファーに座り向かい合っていた。
「偽名は表札で分かったと思うけど」
「山田花子さん?」
白いワイドTシャツにゆったりとしたパンツと言う姿の女性は、フィルミングスーツを着ている時は山田花子と言う名前を名乗っている。これは表札にも書かれておりユウヒも把握していたが、これは本来の名前とは違う偽名の様だ。
「今更ながらどうかと思うけど、呼ばれるときは花さんが多い辺り、気を使われてるのかしら・・・」
「何故かこの組み合わせは記入例でよく使われるんだよな、うちの会社の書類にも記入例で使われていたよ」
いろいろな場面で見ることの出来る古めかしい定番の名前を名乗っていた彼女は、普段周囲からその名を気遣われることが多いらしく、ユウヒに偽名を説明しつつ今更ながらに何故その名を名乗ったのかと、微妙に後悔の色を見せる。
「なんでかしらね・・・それは良いとして、前も言ったように私は別の世界の地球からやって来たので、こちらでは別の戸籍ともちろん日本国籍も取ってます」
ユウヒの話しに同意するように頷く山田花子と言う偽名を使う女性が、何故今の様な風潮を生まれたのかと小首を傾げる辺り、彼女が生まれ育った異世界でも同じような状況の様だ。そんな彼女は、この世界に降り立ってすぐに偽名とその名前に合わせた戸籍を取得したと言う。
「高くなかった?」
「・・・驚かないんですね」
通常戸籍や日本国籍と言うものは日本人の親から生まれた子供であれば当然持ち合わせ、ほぼ一生の付き合いとなる公文書であるが、当然異世界から来た彼女は持っているわけがない。取得する方法はいくつか存在するが、どうやら彼女は通常の方法以外で取得しているらしく、その事を察したユウヒは詳しい内容を問うことなく、単純に金額について心配する。
「知り合いにも多いので・・・」
「ちょっと夕陽君の人間関係が不安です」
日本国籍は帰化や出生に伴い取得できるものであるが、それ以外の違法な方法を取れば当然その対価は大きい。ユウヒの知り合いにはそういった一般的合法な方法以外で日本に住んでいる人間が多くいる様で、ユウヒの言葉に女性は自分の事を棚に上げて彼の人間関係を心配しはじめる。
「一応ギリギリ合法らしいよ?」
不安そうな表情で見詰めてくる女性に、ユウヒは小首を傾げると一応合法であると呟く。どうやら一般人には理解できない裏の世界のルールでは合法な範疇であるらしく、どう聞いても怪しいユウヒの言葉に、女性は思わず無言で眉を寄せていた。
「・・・そう、うん話は戻すけど私の本名は、山田 兎夏と言います」
ユウヒの人間関係に一抹の不安を抱く女性は、その感情を振り払うと姿勢を正して一つ咳き込む様に喉を慣らすと、本名を名乗り真っすぐユウヒを見詰める。
「山田は本名なのか」
「うん、おじいちゃんの実家が大きな山と田んぼを持ってるんだって」
「ほう」
山田が本名であると思わなかったユウヒは興味深そうに呟き、名字の由来についても説明する彼女が、何かを思い出したのか少し緊張していた顔に笑みを浮かべる姿を見て、ユウヒはじっと彼女を見詰め何かを確認するように声を洩らす。
「兎夏はうさぎの兎に季節の夏で兎夏よ」
「珍しい名前だな」
また『うか』と言う珍しい名前と、さらに珍しい漢字の組み合わせを思い浮かべ純粋に珍し気に呟くと、兎夏は言われ慣れているのか困った様に笑う。
「私は気に入ってるのよ? おじいちゃんから文字貰ってるから・・・」
「なるほど、そう言う名前の付け方は良いな」
「夕陽君は?」
そんな彼女の名前には、彼女が尊敬する祖父の名前から一文字貰っているらしく、その事を誇りに思っている彼女の表情を見詰めていたユウヒは、どこか羨ましそうに呟き眉を寄せる。なぜ彼がそんな顔をするのか、不思議に思った兎夏は何気なくユウヒに問いかけた。
「・・・・・・ふむ」
「聞いてないの?」
問われたユウヒは長い長い溜めのあと小さく呟き、その顔には悩まし気な表情が貼り付けてあり、その顔からユウヒは自分の名前の由来を知らないのであろうかと、余計な事を聞いてしまったのかと不安そうにする兎夏。
「いや、女性にこういう話をして良いものかと・・・」
「性別関係なくない?」
一方ユウヒはと言うと、不安そうな視線に目を向けると何とも言い難い表情で話して良いものかと唸る様に呟き、その悩まし気な表情に心配そうにしていた兎夏は訝し気に小首を傾げて見せる。
「・・・俺が生まれる原因となった場所は、サンセットビーチとかで、海に沈む夕日がとても綺麗だったそうだ」
「・・・その、ごめんなさい」
どんな人にもその名前の由来と言うものは大なり小なりあるもので、それは大抵良い思い出となるものであるが、一部のそうではない由来にユウヒの名前は当て嵌まり、あまりの内容に女性は自然と謝罪を口にする。
なにせ両親が種付けした場所の夕日が綺麗だったからという、あんまりな理由で付けられた名前なのだ。あまりに生々しい話過ぎて、初めて名前の由来を聞いたユウヒも幼いながらに絶句する事を禁じえず、学校の宿題で聞いたユウヒは母と一緒に由来を偽装したほどである。
「他にもっともらしい事を言って母さんを丸め込んだ父さんは・・・」
「・・・」
謝罪を口にした兎夏を見詰めるユウヒは、笑みを浮かべながら首を横に振ると、何も映さないガラス玉の様な目で女性を見詰めさらに続きを口にする。
「戸籍に名前を登録した後にバレて血達磨にされたらしい・・・」
ユウヒの名前の由来が種付けした場所の風景などとそんな薄っぺらい理由、息子のためなら世界を敵に回す事も厭わない明華が許すわけもなく、もっともらしい理由を並べられ丸め込まれた彼女が真実を知った日、勇治は過去未来におけるどんな怪我より酷い怪我を負わされたという。
「私でもそうするわ」
「俺はあまり気にしてないんだがな?」
遠い目でどこかを見詰めながら話し終えたユウヒを、心の底から不憫そうに見詰める彼女は、明華の気持ちを自分に当て嵌めると彼女の行動に理解を示し、そんな呟きにユウヒは困った様に笑い、未だにこの話に触れると不機嫌になる母親の事を思い出すと、妙な気配を背中に感じ眉を顰めるのであった。
その後、微妙な空気になったリビングには、紅茶を淹れ直す暖かな水音と外から聞こえてくるセミの鳴き声が、静かなリビングに心地よく染み入り、その生活音に心地よさを感じたユウヒは、女性の視線が偶に向けられる中で不思議なほど心に平穏を感じるのであった。
いかがでしたでしょうか?
協力者の女性が本当の名前と姿をさらけ出し、その姿に驚くこととなった朝の一時、あちこちに電波を振りまき事件を起こしたユウヒは、さらに何を知ることになるのか、次回もお楽しみください。
それではこの辺で、評価等くださる皆さんに感謝しつつまたここでお会いしましょう。さようならー




