第二百十四話 騒がしき我が家
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『騒がしき我が家』
日本を照らしていた太陽もゆっくりと暮れていく時間帯、最も熱い時間を過ぎて涼しくなり始める時間であるが、残暑厳しいこの日は地面に吸収された熱が逃げ場を探し歩く人々を炙り続けている。
「あつぃ・・・」
「はは、車内は快適過ぎましたか」
その熱は一歩外に出ただけでも容赦なく襲い掛かり、冷房の効いた快適な車内にいた人間であればその落差によってより大きなショックを受けるであろう。そんな攻撃を受けて背中を丸めるユウヒは、彼の大荷物を下ろすのを手伝っている自衛隊員の笑みに眉尻を下げる。
「お高い車は冷房の効きも全然違いますね」
「色々と分厚いですからね」
彼の周りで荷物を下ろすのは自衛隊から派遣された屈強な男達、凸凹と筋肉の浮き出る腕は日の光を浴びて黒光りしていた。見ているだけでも暑苦しい彼等であるが、熱にやられているユウヒにはこの上なくありがたく、彼ら以上に黒く輝くボディの車は冷え切った車内から冷気を吐き出しユウヒを誘う。
「なるほど、それではありがとうございました」
「いえ、ごゆっくりお休みください」
防弾性能まである車体に別れを告げるユウヒは、玄関先に積み上げられた荷物を背にすると、額に汗を輝かせる男達に礼を述べて肩にかけた荷物抱えなおす。ユウヒの言葉に対して体に染み付いた敬礼で返した男達は、黒塗りの車を前後で挟む様に止められた高機動車両に乗り込むと、ユウヒに笑みや手を振って走り去っていった。
「さて、帰ってきたわけだが・・・なんだろう、家から殺意と言うか冷気と言うか妙な気配がするなぁ」
車の姿が見えなくなるまで家の前で見送ったユウヒは、くるりと体を回し背後の自宅を見上げるのだが、その顔には先ほどまでの笑みは浮かんでおらず、いつも以上に覇気の抜けた顔は自宅を見上げながら怪訝に歪められている。
「やだなぁやだなぁこわいなぁ・・・」
どうやらユウヒの持つ高性能な勘は、この先で待ち受ける一波乱をすでに感知しているらしく、可笑しなくらい生活音の聞こえない自宅の門を潜る彼の口からは、間延びした恐怖の言葉が漏れ出す。
「逝くか」
恐怖している様には全く感じられないユウヒは、久しぶりに自宅へと帰る人間が浮かべる表情とは思えないどこか思いつめた表情を引き締めると、覚悟の言葉を口にし、足音と気配を消してそっと鍵の掛かっていない自宅の扉を開くのであった。
ユウヒがスニーキング荷運びミッションを開始した天野宅では、ユウヒが予想した通り不穏な空気で溢れていた。
「ま、まて落ち着くんだハニー!?」
「落ち着けだあ!? なんでダーリンは帰ってくる度に女連れてくるのよ!」
どうやらユウヒより一足早く強制出稼ぎに出されていた勇治が帰ってきていたようで、しかし彼は女性同伴で帰って来たらしく、現在は真っ赤に燃え上がる様な明華の眼光に見下ろされ、尻餅をついた状態で両手を振って彼女をけん制している。
どうやら彼は出稼ぎから帰ってくる度に女性を連れて来るらしく、毎度のことであるが許せない明華は、怒りに任せてどこからか鈍い光沢を放つ危険物を抜き、銃口を勇治に向けていた。
「お、おんなっておま・・・ほら、仲間、そう仲間だろ?」
「「・・・」」
そんな勇治が尻餅をつきながらも庇うのは二人の女性。一人はすらりとした長身に起伏の少ない胸を持ち、見ようによっては男性にも見えるイケメン女性、もう一人は真っ白な肌に長い銀髪を張り付け、薄着から零れだしそうな胸の谷間に一本汗の線を描く女性。
「はぁん? 仲間ぁ? なかまだとあんないちゃいちゃしながら帰ってくるわけ?」
「ちょ違うって!? 熱にやられたかもって言うから肩貸しただけで・・・なぁ?」
仲間と叫ぶ勇治の言葉から何となく察しは付きそうだが、パイフェンと白猫の二人である。パイフェンはわかるものの何故白猫が日本に居るのか、大体ユウヒの所為だと思われるが、どうやら勇治は二人の美女を侍らせ帰ってきたようで、さらには明華の視界範囲内でいちゃついていたという。
「・・・」
「・・・」
事実がどうあれ、明華にそうみられた時点で何も言えなくなっているパイフェンと白猫は、蛇に睨まれたカエルの様に震え、射抜くというより対物ライフルぶち抜かれそうな視線で見降ろされると、互いに抱き合いリビングの床の上に座り込んだまま震えだす。
「正直って美徳よね?」
そんな二人に視線を落としていた明華は、それまで浮かべていた般若の様な表情が嘘だったかのように花の様な微笑みを浮かべると、諭す様に語り掛ける。
「・・・むねをもまれました」
「・・・おしりなでられました」
目だけ笑ってない明華の笑みにぶるりと震えた二人は、急かされるままに口を開き、白猫は胸を揉まれたと、パイフェンはお尻を撫でられたと話し出す。
「おま!? うらぎってぼっっっっ!!!??」
そんな二人の告白に満足そうな笑みを浮かべ頷いた明華は、慌てて後ろを振り返って大きく口を開いて叫ぼうとした勇治の背中を無言で踏み抜く。声にならない声を吐き出しリビングの床に縫い付けられた勇治の姿に、小さな叫び声を上げた二人は僅かに後退って抱き合う腕に力を籠める。
「次はシベリア送りかしら? あなた達も仲良く樹の数を数えるかしら?」
『・・・!!?』
パイフェンの平坦な大地の上で、柔らかい餅の様に押し広がる胸を見上げる勇治に気が付いた明華は、鼻の下を伸ばす彼を踏みつける足に力を籠めると、冷たい能面の様な顔で彼らに対して遠回しに刑を言い渡す。そんな罰を言い渡される三人は、それぞれに恐怖で顔を引きつらせると勢いよく首を横に振る。
「許してやってください。こいつは本当にふらふらだったんス」
「さそり・・・あんた」
踏み抜かれて言い訳の声を出せない勇治の前で、腹に力を入れたパイフェンは口を開き白猫を擁護し始め、その姿に白猫は感動した様に涙を浮かべた。どうやら彼女が胸を揉まれた経緯は、彼女が蒸し暑い日本の夏に負けて具合を悪くしたことに原因があるらしい。
「ロシア人には日本の夏が辛かっただけなんです。こいつは何もしてないんですよ姐さん・・・」
ちょっとした熱中症になっていた彼女を二人で支えて運んだ際に、勇治は欲望に負けて目の前で揺れる大きな胸に手を伸ばした様だ。
「・・・・・・じゃあダーリンを誘ったわけじゃないのね」
「まぁ、流石に姐さんいるし・・・うちらがこっち来るって言ったら泊っていけと誘われただけで」
その際も白猫は体調不良であったこともあって勇治を誘惑したわけではなく、寧ろ彼女たちがこの場に居るのは帰宅する勇治がわざわざ彼女たちの下を訪れて、家に泊まるよう誘ったためであった。
「ぐえ!?」
「・・・教育が必要ね」
その事実を確認した明華は無言で勇治を踏む足に体重をかけると、足の下から聞こえてくる呻き声に鼻息をもらして教育が必要だと呟く。
「ちが、ほんと、仲間として・・・誘っただけ」
明華が小さく呟いた教育という言葉には、とても危険な意味が含まれているのか、慌てた勇治は腕に力を込めて頭を持ち上げると、ショートパンツからすらりと伸びる明華の足を僅かに持ち上げ、全ては仲間を思う善意からの行動だと言い訳を始める。
「お尻を撫でたのは?」
「いや・・・垂れてないなと感心しましていだだだ!?」
しかし、愛する妻の冷たい視線に背中を貫かれる勇治は、冷や汗を流しながら正直に白状しはじめた。
「胸を揉んだのは?」
「・・・思わず、やわらかくてふかふかしてでででで!?!?」
足全体からつま先に移動した重心によって痛みの増した勇治は、白猫の胸を揉んだ理由を白状すると踵でぐりぐりと捻じる様に踏まれ床とキスをする。
「あわわわわ・・・」
「ダンナ・・・骨は、いや拾わなくていいか」
背骨から痛々しい音が鳴り、明華の口から呪詛が洩れ出す状況に白猫は真っ青な顔で腕の中の細身の体に抱き着き震え、抱き着かれるパイフェンは苦悶の声を上げる勇治に黙祷を捧げ、しかしその必要もないかと目を開きため息の混ざった声を洩らす。
「おま、そこは拾え、ヨッ---!?」
「ふん!」
どうやらそんな声が耳に届いたらしい勇治は、リビングの床から顔を上げると、目の前に広がる女性の肉感的な下半身を見詰めながら声を洩らすも、即座に何を見ているのか気が付いた明華によって、その後頭部に黒い弾頭を撃ち込まれ沈黙するのだった。
「お父さん・・・」
「ヒェ!? 死んだ?」
「・・・・・・ひぅ」
軽い破裂音と共に室内に広がる火薬の匂い、弾頭を撃ち込まれた勇治の頭は残像を残し床に突き刺さり、後頭部からは白い煙が立ち上る。その姿にびくりと震えるパイフェンと白猫、その後ろの方で呆れた様に立ち尽くすのは終始無言で父親を見詰めていた流華、彼女の肩の上には動かなくなった勇治の姿に悲鳴を洩らした妖精が蒼い顔で震えていた。
「・・・・・・なんでパイフェンだけじゃなくて白猫さんまでいんの?」
傍から見たら凄惨な事件現場でしかない空間に、物音ひとつ立てないでひょっこり現れたのは、自宅に入るのに溜息を洩らしていたユウヒ。彼は金色の瞳を僅かに輝かせ周囲を見渡すと、リビングの中央でへたり込んでいる珍しい二人の姿に小首を傾げて不思議そうに呟く。
「お、お兄ちゃん!!」
「おっと? どうした甘えん坊だな」
そんな声にいち早く反応したのは一番近い場所にいた流華で、無表情だったのは色々と我慢していたためだったようで、ユウヒの声がした方を振り返ると一足で兄の胸に飛び込みその背中に隠れる。
「ユウヒー!」
「!」
「うおっと!? びっくりするなぁ・・・まぁこの惨状ほどびっくりはしないけど」
突然飛び込んできた流華に驚くユウヒは、流華に置いてかれて空中を舞った二人の妖精を額で受け止めると、彼女たちを頭の上に載せてリビングの中へと足を踏み入れた。
「ユウちゃんを先越された!?」
「ゴフッ・・・」
流華の叫び声でようやくユウヒの存在に気が付いた明華は、悔しそうな声を上げると思わず一歩足を踏み出し、勇治を踏みつける足の爪先に全体重を乗せる。その一撃は、強化ゴム弾で気を失っていた勇治に息を吹き返させ、同時に再度気を失わせた。
「何だかんだ余裕あるなダンナ」
「何なの・・・」
母親と父親を見比べながら歩いてきたユウヒは、パイフェンと白猫の後ろで立ち止まると鼻から息を吐いて肩を落とし、じーっと明華を見詰めると無言で首を振り合い謎の意思疎通を交わす。
勇治の指先に目を向け、そこになぜか血文字で『ハニー』と書かれていることに気が付いたパイフェンは呆れながらユウヒの後ろに退避し、自分の腕の中から縋る対象がいなくなった白猫も、慌ててユウヒの後ろに退避するのであった。
それから全員が落ち着くのに数十分を費やしさらに状況が纏まるのに小一時間が過ぎた天野家のリビングでは、大きなソファーに座るユウヒの周りに流華とパイフェンと白猫が集まり、キッチンでは明華が夕食の準備を再開していた。
「なるほど・・・全部父さんが悪いと言う事か」
「そうよまったく! なんで私じゃなくてほかの女なのよ」
勇治が女連れで帰宅したことで中断していた夕飯の準備は、先ず最初に吹きこぼれそうな鍋の対処から始まり、今は明華がユウヒの呟きに返事を返しながら丸鶏を一刀のもと真っ二つに切断している。
「いや、その・・・女日照りが続いて思わず。わ、解るだろ夕陽? 男はみんなそうだよな? な?」
切断された勢いで跳ね上がる丸鶏の姿に震える勇治は、リビングの床の上で正座しながら震え言い訳を口にするも、包丁に反射した光で眼光の増す明華に怯えると、慌てて目を逸らしユウヒに水を向けた。
「巻き込みやめい」
ソファーにぐったりと沈み込むユウヒは、批判に巻き込むだけの為に同意を求めてくる父親に対し、顔だけゆっくり起き上がらせると苦情の声を上げる。
「お前だってロシアにアメリカと美女をとっかえひっかえしたんだろ!?」
「そうなのユウちゃん!?」
しかしこの程度で怯むわけがない勇治は、正座したままで大きく両手でジェスチャーを交えつつ、色々なことをやってきたと言う前提で羨まし気に問い詰めはじめ、その言葉に反応した明華はまな板に包丁を突き立てると慌ててキッチンから飛び出してきた。
「してねぇよ・・・」
自分の座るソファーの対面にある、同じ大きさのソファーの背をエプロンで拭いた手で強く掴み問い質してくる明華に、ユウヒは若干引きつつ否定して見せる。
そんな呆れたユウヒの右側には、安全圏で身を小さくする白猫と、端でぐったりと体をソファーに預けたパイフェンが、明華の覇気に当てられびくりと肩を跳ねさせ、その動きがユウヒの体を僅かに揺すった。
「そうだなァ・・・ロシアじゃ俺と白猫がいたからなぁ? まぁ途中脱落した後の事は知らんけど」
体が揺すられたユウヒは気怠そうに起き上がると、無言で隣を見詰め、見詰められて視線に気が付いたパイフェンは右手をひょろりと上げると、明華に何もなかった、正確には何もできなかったと話す。
「ほら! きっと監視の目が緩んだ隙に影でヤッてるはずだ! なんせ俺の子供だぞ!」
「そんな・・・くっ! 否定したいけど説得力がありすぎる!」
しかし彼女が把握できているのも途中まで、明華が乱入して二人仲良く床に沈められて以降はユウヒの動向を把握できていない。そこを勝機と見た勇治は、ここぞとばかり声を張り上げ息子の性事情を恰も見て来たかのように語りだし、その言葉に明華はショックを受けた様によろけると、否定しようと口を開くが勇治の息子と言う言葉の重みで否定する言葉が見当たらないようだ。
「確かに・・・でも向こうで会った女の人と言うと、自衛隊とかホテルの従業員とかだし、あぁ他にはケンタウロスとハーピィぽい異種族かな?」
自分の息子だから女性関係がだらしなくてもしょうがないと一言で語り伝える父の姿に、悔しそうな明華同様にユウヒも思わず納得してしまう。
しかしそんな色っぽい思い出などないユウヒは、ロシアでの出来事を思い出して小首を傾げると、大亀討伐の際に出会った女性について指折り数えながら話し出す。その中には人だけではなく異種族も数えられ、むしろ出会った人数なら異種族の方が多いと、ユウヒはむさっ苦しい自衛隊とロシア軍を思い出し眉を寄せる。
「ケン・・・馬?」
「婆鳥?」
比較的有名な名前が出たことでその姿を容易に思い描いた明華は、目を瞬かせると珍妙な表情を浮かべ、自らの大きな胸を押し上げる様に腕を組んで唸りだす。そんな姿に周囲が苦笑いを浮かべる中、ユウヒの耳元に飛んできた妖精は、ハーピィのことを婆鳥と呼び問いかける。
「婆? むしろ少女鳥だったぞ?」
「へぇ」
どうやら彼女の世界のハーピィの姿はその言葉通りであるらしく、ユウヒの見て来た種族との違いに興味深そうな表情を浮かべるとわくわくとした感情が伺える笑みを浮かべた。
「異種族は・・・いいわ」
一方、少女と言う部分に僅かな反応を示した明華は、唸り声の様な声で何がよかったのか異種族はいいと悩ましい表情を浮かべる。
「姐さんが何か飲み下したナ」
「そうね」
日ごろからユウヒに好意を寄せる女性を間引く明華は、相手が異種族と言う理由でかろうじてその溜飲を下げ、そんな明華の様子にパイフェンと白猫は呆れたようにつぶやく。
「いやいやいや! アメリカ! アメリカじゃそうはいかんだろ!? あの国は日本と違ってボンキュッボンだらけだぞ!? 今の時期はもう着てないくらい薄着だ! 男ならみんなコロッと行く! なぁ我が息子よ!」
明華が留飲を下げたことで問題は解決かと、妖精を頭に載せたユウヒがほっと息を吐いた瞬間、自らの危機を察した勇治は生き汚く声を張り上げ周囲の注目を集めると、夏のアメリカと言えば開放的な美女ばかりだと叫び、実の息子にアイコンタクトなのか血走った目を向ける。
「そうなのお兄ちゃん・・・」
「何故睨む?」
父親からの救難要請のアイコンタクトを受けるユウヒは、そのコンタクトをジト目で返すと、左隣から注がれるジト目に小首を傾げ、さらに膨らみ始める流華の両頬を親指と人差し指で優しく挟む。
「ユウちゃん?」
「ぼんきゅうねぇ? うーん」
口から空気が抜け口を窄める流華を楽しそうに見詰めるユウヒは、圧が増す母親の声に振り向くと、妹の頬から指を放し、その手で自分の顎を扱き唸る様な声を洩らし考え込む。
「アメリカはあまり付いていけなかったから俺知らねぇヨ?」
「私も行けないからしらないわよ?」
悩むユウヒから視線を横にずらした明華は、少し赤い顔で自分の両頬を撫でる流華を見て羨ましそうに口を窄めると、その反対側に向かって鋭い視線をぶつける。視線をぶつけられた二人の女傭兵は、びくりと震えると互いに視線を向け合い口をそろえて知らないと話す。
そろってアメリカ政府から指名手配されているらしい二人、片や傭兵団に所属し様々な作戦でアメリカ軍を苦しめたゲリラ戦のプロ、片やロシア軍との太いパイプを有し、アメリカに対して多大な出血を与えた諜報戦のプロ。どちらもアメリカにとって天敵であり、そう簡単にアメリカ国内で行動することは出来ず、少しの間とは言えアメリカでユウヒを追いかけていたパイフェンの実力は、言動以上のものがあるようだ。
「うーん・・・ボンキュッボンはいなかったかな? 町で見かけた人もドーンドーンドーンが多かったし」
そんな二人の事を良く知る明華は、仕方ないと言いたげな表情で目を瞑り天を仰ぐと、再度息子に向けるには少々際どい視線を注ぐ。浮気を疑う彼女の様な視線を向けられるユウヒは、天井を見上げていた顔を元に戻すとアメリカの思い出を語る。どうやらユウヒの記憶の中には、勇治が言う様なプロポーションの女性は少なかったようで、印象に残っているのは、上から下まで同じくらい膨らんだ女性ばかりの様だ。
「嘘だ! 夕陽は嘘を言っている! 俺には解るぞ! その目はもっと良いものを見た目だ」
「ユウちゃん!!」
ユウヒの言葉に明華が少し安心した表情を浮かべたのも束の間、異議ありと叫びそうな勢いで勇治が吼える。まるで猟犬の様に吠えた勇治は、血涙でも流しそうなほど充血した目を見開くと、絶対にユウヒは美女をアメリカで見ていると叫ぶ。その叫びからは確信めいた感情が伝わり、明華も目を見開くとソファーの背に爪を食い込ませな身を乗り出し、まるで叱りつける様にユウヒの名を呼ぶ。
「えー・・・なんでそんな確証100%な目なの?」
それまでのやり取りが無かったかのように睨まれるユウヒは、肩を落とすと納得いかないように気怠そうな声を垂れ流す。どっからどう聞いても勇治の言葉には説得力を感じないのだが、明華は勇治の言葉を信じたようだ。
「ダンナは女性関係特化で勘が良いからナー」
「確かに、妹とか姉がいるってすぐ見抜くし、生き別れの姉妹が生きてることまで見抜いて丼誘うのよね」
その理由をユウヒに伝えたのはパイフェンと白猫、勇治と付き合いの長い二人曰く、女性の関与した事柄に対しての嗅覚は明華以上なこの男、その嗅覚は知り得るはずの無いことまで見通し、傭兵団を数々の危機から救ってきた。と、同時に様々な女性がその力の毒牙にかかっている。
「ダーリン・・・?」
「しょ、しょんな事より今は夕陽の方が重要だ!」
その中には明華も知らないような話もあるらしく、般若の様な表情で見下ろされる勇治は正座のまま震えだすと、上手く回らない口で彼女の関心をユウヒに誘導した。
「そうね!」
「仲いいよなこの夫婦」
「お父さん、お母さん・・・」
一見成功するとは思えない勇治の誘導であったが、明華にとって優先されるべきはユウヒの女性関係であるらしく、夫婦は仲良く海外帰りの息子を凝視し始める。そんな夫婦の姿を見慣れた子供たちは、互いに視線を交わさずとも揃って呆れた表情を浮かべるのであった。
「「・・・」」
「んー・・・ああ! 確かに美人には会ったな」
しかし今回の両親は諦めが悪いらしく、凝視され続けるユウヒはもう一度考え直すと、ある一つの結論に至る。
「ダレ!」「どんな子だ!」
「うん、スレンダー美女宇宙人?」
パイフェンと白猫が認める勇治の女性関係限定な勘、その勘はユウヒがアメリカで美女と出会ったと言っているのだが、それはアメリカ人美女ではなく、アメリカと言う土地で出会った美女と言う意味であった。
ユウヒの中で、ナチェリナと言う異世界の宇宙人は確かに美人であった。また彼女と同じ部隊の女性達もまた、彼の感性で美人のカテゴリーに入っている。
「う・・・」
「スレンダーか・・・悪くは無いが、やはり女性は肉感的でなければ、いやしかし・・・むぅ」
見た目的に多少人間離れした美しさがある為、見る者が見れば違和感を先に感じるであろう。しかしユウヒは異世界で様々な種族と出会っている為、その辺の感覚が広い一部の日本人の中でもさらに広く、そうした感覚を勇治は感じ取っていたのかもしれない。
「綺麗だったの?」
「まぁ、人間離れしたって言っても人間じゃないんだろうけど?」
ユウヒの返事にさらに悩みだす明華、その隣で正座したまま鼻の下を伸ばしながら考え込む勇治。そんな二人を後目にユウヒの半袖シャツの袖を引っ張る流華は、妙に圧を感じる目で兄の目をじっと見上げ、不思議そうな表情を浮かべたユウヒはナチェリナ達深き者達の事を思い出し、エルフに通じる美しさがあったなと、人間離れと言う言葉を使ってそれも当然かと自己完結するのだった。
「宇宙人って何?」
「え? えーっと?」
混沌とした天野家の面々を見渡す女傭兵二人が静かに空気を読む一方で、そんな空気を読む気のない妖精たちは、上手く翻訳されない宇宙人と言う言葉が気になったのか流華の肩に乗って問いかける。突然問いかけられた流華は、それまでユウヒを見詰めるために見開いていた目を白黒させると、なんと説明してよいかわからず周囲に視線を彷徨わせると、最終的に困った様に兄を見上げた。
「んー遠く星空の向こうを旅する種族だな」
「へぇ・・・」
明華と妖精二人の視線を受け止めたユウヒは、彼の中にある宇宙人の定義を口にし、その説明に妖精達は宇宙人の想像を頭の中で膨らませる。そんな妖精たちは膨らませた想像が何かと合致したらしく、
「なんだか星龍みたいだね」
「うん」
「ん?」
二人は確認し合う様に見つめ合うと頷き合い、そんな二人の小さな妖精の言葉に、今度はユウヒが興味をひかれた様だ。
「宇宙人なら・・・うん、まぁいいわ。・・・うん」
一方、険しい表情で唸っていた明華は、何かを飲み込めたようで小さくため息を吐くと、困った様にユウヒを見詰め小さく微笑む。その表情からは彼女の感情を明確に掴めず、しかし小首を傾げるユウヒに微笑む姿からは、先ほどまでの危険な空気は感じられない。
「姐さんの判断基準てなんなの?」
「さぁ?」
一方、嵐が過ぎ去った事を理解したパイフェンは、だらけた姿のままいつの間にか体に入っていた力をゆっくり抜き呟き、そんな呟きに白猫はぐったりと背もたれに沈み込みながら考える事を放棄するのであった。
その後、徐に正座から立ち上がろうとした勇治が足の上に重しを載せられ、正座の延長を申し渡されると言う珍事以外は比較的平和な時が流れる。微妙に混沌とした平和は何時まで続くのか、今は誰にも不穏な気配は感じられない様だ。
いかがでしたでしょうか?
ロシア、アメリカそして太平洋上と世界を一周し、ようやく自宅に帰ってきたユウヒ、果たして彼に安息の地はあるのか。三つのドームが崩壊した地球は今後どうなっていくのか、どうぞお楽しみに。
それでは日頃の評価などに感謝のしつつ、今日もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




