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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第二百十二話 空から海へ、潮香る洋上の人々

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『空から海へ、潮香る洋上の人々』


 通常、大海原を飛行中にエンジンが爆発して墜落した旅客機と言うものは、大概ばらばらになって何れは海の藻屑となるものだが、ユウヒ達の搭乗していた旅客機は片方の主翼以外は原形をとどめたまま洋上に浮かんでいる。


「出来るか?」


「まかせて!」

 不自然に浮かぶ旅客機の巨大な主翼の上では、その破損した断面に目を向けたユウヒが、隣でゆらゆらと浮いている水の精霊に声を掛けており、問われた水の精霊は満面の笑みを浮かべていた。周囲からも水の精霊が集まり、今から何か始める様で楽し気に話し合っている。


「燃やす?」

 そんな両者の様子を見ていた火の精霊が一人、ユウヒの傍まで静かに寄ると火は入用か問いかけ始めた。どうやら頼られたいらしく、振り向いたユウヒの目を見上げる目は期待にキラキラと輝いている。


「・・・火の海になるからやめてくれ」


「そっかー・・・」

 キラキラとした視線を受け思わず何か頼みたくなるユウヒであるが、彼女たちが好む仕事は火を点ける事、現在ユウヒが水の精霊に頼んだのは、主翼から洩れる大量の燃料を集めて遠くに流してほしいというものであり、火の精霊には不向きな仕事であった。その為彼女たちに頼む仕事は無く、仕事が無いと分かった火の精霊はしょんぼりした顔で肩を落とす。


「夕陽君! 無事か!!」


「あ、お疲れ様ですー無事ですか?」

 彼女たちに何か依頼できることはあるか悩むユウヒの背後から、彼を呼ぶ大きな声が聞こえる。びくりと肩を震わせたユウヒは、僅かに眉を上げた表情で背後を見渡すと、主翼によじ登り駆け寄って来る自衛隊員達を見渡し、惚けたような声をかけ手を振って見せた。


「は・・・はは、無事みたいですね。こちらも特に問題なく無事です」

 人が生存不可能な大気に晒されながら危険な旅客機の機体表面にしがみつき、そのまま洋上に墜落したというにも関わらず、機体内に居た人間よりピンピンしているユウヒの姿に、間近で彼の姿を見続けていた小隊長も流石に声が引き攣り、そんな彼の姿にユウヒは小首を傾げる。


「それは良かった・・・怪我もないみたいですね」

 小隊長の後から続くように駆け寄って来た二人の自衛隊員にも怪我がないことを確認したユウヒは、右目の光量を落としながら笑みを浮かべ、本心から三人の無事を喜ぶ。


「夕陽君の手荷物も無事よ」


「およ? あまりよくないのでは?」

 自らの事よりも同行者の心配をするユウヒに、戸津と呼ばれていた男性自衛隊員が頭を掻き苦笑いを浮かべると、彼の隣で荷物を掲げた女性は、鼻息一つ漏らし無事ユウヒの荷物を回収出来たと話す。そんな女性の言葉に、旅客機の避難マニュアルを思い出しながら荷物を受け取ったユウヒは、申し訳なさそうに呟く。


「まぁこれくらいなら、危険物も入ってるんでしょ?」


「・・・そうですか、とりあえずどうします? 安全確保はやってもらってますが」

 ユウヒの申し訳なさそうな表情に小さく笑った小隊長は、特に問題ないと言いながらもその笑みを引きつらせると、危険物を放置する事への恐怖と言う本音を零す。事実危険物満載の手荷物を腰に背負うと、ユウヒは視線を彷徨わせながらぎこちなく笑い、わざとらしく話を逸らし出す。


「・・・精霊ですか」

 作った本人ですら、思わず話を逸らしたくなるような物が入っているらしいウェストバッグに目を向けていた自衛隊員達は、ユウヒの言葉に一瞬訝し気な表情を浮かべるも、すぐに誰に頼んだのか察すると周囲に目を向け異変を探し始めた。


「燃料が洩れ出してるんで処理してもらおうと思って。あとは・・・ばらばらにならない様に凍らせます?」


「い、いやそれはどうだろう・・・」

 その異変はすぐに彼らの視界に収まり、三人を驚かす。旅客機の主翼内部は燃料タンクになっている為、主翼が破損した場合最も危険なのが燃料の流出である。陸上であれば単純に炎上とガスの危険性、海上であれば薄く広がった有害な燃料が、漂流者の目や口に入り最悪死に至り炎上の危険も残るのだが、そんな燃料は細く長い蛇になって空を舞ってどこかへ消えていく。


 何かを参考にしたらしい水の精霊が操る燃料の蛇は、揮発性すら無視して楽し気な水の精霊に操られ、そんな光景を満足気に見ていたユウヒは、ほかに何が必要か考えだすと、旅客機全体を氷で固めて損壊しないようにするか問いかける。どうやら色々あって自重の箍が外れかけている様だ。


「まぁすぐに助け来るでしょうから沈まないようにこそっとやっときます」


「そうですね・・・」

 疲れと呆れで肩を落とす小隊長は、二人の部下に背中を優しく叩かれる様に慰められ、そんな様子を見ていたユウヒは、楽しそうな表情で機体が沈まないように底部を氷で覆い始める。


「ところで、テロリストは?」


「それが、夕陽さんの後に続いて・・・」

 精霊と何やら相談しながら冷気を放つユウヒは、屈んで覗き込んでいた水面から突然顔を上げると、思い出した様にハイジャック犯について問いかけた。どうやら今の今まで忘れていたようだが、そのハイジャック犯はユウヒが外に吹き飛ばされた後すぐに後を追う様に吹き飛ばされた様だ。


「あ・・・気がつかなかったな」

 何ともばつが悪そうな表情で頭を掻いたユウヒは、遠く水平線を眺めながらパラシュートを持たず空に旅立った男たちに黙祷を捧げる。気に食わない犯罪者と言えど死んでしまえば皆仏、日本人らしい感性で黙祷を捧げるユウヒに、自衛隊員達も静かに目を瞑るのであった。





 そんな水平線の向こう側では、現在進行形で人の命が塵芥の如く散っていたりする。


「へへへ、そっちから攻撃して来たんだ。覚悟できてるよな!」

 二隻並ぶ某国の戦艦にまた一つ火柱が上がり人がゴミの様に吹き飛ばされていく。その原因はストレスの限界を向かえたパイフェンの乗る戦闘機から放たれるミサイルであった。旅客機の護衛に失敗し、さらにユウヒまで危険に晒してしまったパイフェンは、帰った後の死を覚悟してか自暴自棄になっており、じぇにふぁーからユウヒの無事を聞かされた今はほぼ八つ当たりの様に戦艦二隻を攻め立てている。


「いやぁ動きのおっそい駆逐艦を沈めんのは楽で楽しいなぁ!」


「まったくもう、さっさと帰ってきなさいな」

 パイフェンの眼下で逃げ惑う戦艦の艦種は駆逐艦の様で、その甲板上は原形が解らないほど破壊と爆炎に呑まれていた。貫通性能こそ控えめのミサイル故に表面的なダメージが大きく、そんなじわじわと嬲り殺す様な攻撃を繰り返すパイフェンに、通信機の向こうのじぇにふぁーは呆れた声で帰ってくる様に伝える。


「はいはーい、もう一発動力に当てたら帰るよ、ウィンチ出しといてくれよ?」

 じぇにふぁーの帰投命令に明るい声で答えたパイフェンは、機体を回転させながら急降下させ始めると輸送機のパイロットであるスキンヘッドの男性に声をかけ、全ミサイルのロックを外す。


「おう、ロックミスするなよ」


「しねぇよっと・・・おし、全弾使い切りっと」

 どうやら帰投するにはウィンチと言うものを使わないといけないらしく、煽る様にミスしないよう言われたパイフェンは、水面ギリギリで機体を立て直すと、悪態を吐きながら残ったミサイルを全て二隻の駆逐艦が晒す船尾に突き刺し急上昇する。


「ママ、自衛隊が来るって」


「うちの子よりそっちが早いの?」

 一方、憎まれ口を叩き合う二人に微笑むじぇにふぁーは、背後から聞こえて来たコニファーの声に振り返ると、座席の背もたれを軋ませながら不思議そうに問いかけた。


「青森からすおう改がもう出てる。日本時間で今日中には到着予定」


「早いわねぇ・・・あぁ姐さんかぁ」

 すでに彼女たち傭兵団の仲間が救助の為に動いている様であるが、それよりも早く自衛隊の艦艇が到着すると言う事実に少し驚くじぇにふぁーであるが、すぐにその原因を察して苦笑いを浮かべる。指示するだけ指示して尻を蹴飛ばしながらも、絶妙な支援を忘れない上司の姿を脳裏に思い浮かべたじぇにふぁーは、どこか嬉しそうな苦笑と共に肩を竦めるのであった。


「どうする? しばらく護衛するか?」

 あと少しで日本の排他的経済水域に入れそうな太平洋上に墜落した旅客機の上空、戦闘機を底部カーゴドアから格納しながら旅客機を見下ろす輸送機のパイロットは、黒光りする頭に高く上って来た日の光を反射させると、この後の予定をじぇにふぁーに問いかける。


「そうねぇ・・・ユウヒ君の様子をしばらく見たら帰りましょうか」

 どうやら彼らは、しばらくの間ユウヒの護衛と言う名の観察を行った後、日本へと帰還する様だ。





 何事もなく輸送機内に戦闘機が格納されている頃、頭上を気にしていたユウヒは、主翼の縁に座りながら周囲を見渡す。


「お客少なくて良かったですね」

 ユウヒが見渡した海面には、緊急時に脱出する際、滑り台の様に使うラフトが浮いており、その上には機内から脱出来た人々が安堵や悲壮な表情を浮かべている。


「ええ、一応救命ラフトは十分間に合う様に設計してありますが、居住性はそう良くないですからね」

 また、客の人数が少なかったこともあって余ったラフトには、機内の手荷物が投げ込まれており、その作業を行う人々は額に汗を光らせ、生きていることの素晴らしさに笑みを浮かべていた。


「隊長、もう救援が向かってるそうです」


「・・・早いな?」


「石木さん脅されたんかな・・・」

 また自衛隊員も手荷物を回収出来たようで、中に入れていた衛星通信機器を使い連絡を取った結果、連絡を入れた側からすでに救援が出ていると聞かされたようで、小隊長に内容を伝えた女性は驚いた表情で通信内容を伝え、小隊長と隣で荷物確認していた男性自衛隊員は顔を見合わせ同じく驚いた表情を浮かべる。


 ただ一人視線を逸らし苦笑いを浮かべるユウヒは、小さな声で石木の、主に胃の心配をするのであった。


「あの、皆さんはいったい?」


「あ、すみません説明してませんでしたね」

 主翼の上にはユウヒ達の他に、状況確認を行ってるパイロットの姿もあり、四人の会話を聞いた彼は、一般人とは思えないユウヒ達に問いかける。声をかけられて顔を上げた四人は、若干引き攣った表情のパイロット見上げると、小隊長が立ち上がり説明を始め、そのことに三人は視線を元に戻す。


「はいどうぞ」


「ありがとうございます・・・ん?」

 小隊長に説明を任せたユウヒは、女性自衛隊員からペットボトルのお茶を受け取ると、バッグをお腹の前に抱えなおして再度水平線を見渡し始めたのだが、妙な視線を感じて隣に目を向ける。


「チラッチラッ」


「欲しいの?」

 そこには水の精霊がわざとらしく横目を向けてきており、視線の行方を確認したユウヒはペットボトルを持ち上げるも、どうやら彼女の目的の物はユウヒが手に持ったお茶ではなく、お腹の前に抱えたバッグにあるようだ。


「・・・」

 視線を再度追ったユウヒはバッグの口を開くと、無言で精霊を見詰めながらとある結晶を取り出す。ユウヒの無言の問いかけに目を輝かせた水の精霊は、期待に満ちた笑顔を浮かべると両手を広げて見せる。


「んー・・・」


『・・・・・・』


 すっと手を動かしビー玉サイズの結晶を水の精霊に手渡しそうになるユウヒであるが、期待に満ちた表情を浮かべる彼女の背後に、幽鬼のように目のハイライトの消えた火と光の精霊達が浮いている事に気が付くと、その手を思わず止めてしまう。


「んー・・・」

 ユウヒの動きで背後の気配に気が付いた水の精霊は、ゆっくりと振り返ると注がれる視線に表情を引き攣らせる。その中には燃料除去を行っていた水の精霊も混ざっており、無言であるがその視線に抜駆けは許さないという感情が込められていた。


「どうしました?」


「それが、ちょっとした争いの予感が・・・どうしようかな?」

 困った様に唸るユウヒに気が付いた女性自衛隊員は、濡れた上着を日差しで暖まり始めた主翼に張り付けると、重しを置いてユウヒの傍に駆け寄る。薄着できわどい姿になった女性から視線を逸らしたユウヒは、いつの間にか三属性で睨み合いを始めた精霊達に目を向け肩を竦めて見せた。


『・・・・・・』


 精霊とはその存在全てが魔力で構成され、自然に対する強い影響を持っており、一度ひとたび彼女たちが力を解放したならば、自然の流れは容易く歪められる。


『・・・・・・』


 特に感情の動きは魔力の性質上より強い力となって自然に反映され、たとえ力を解放してなくとも魔力の塊である彼女たちであれば感情だけで自然を歪めていく。


「む、波が荒れてきたか?」

 水の精霊の感情は緩やかな海のうねりを大きくし始め、


「風も強くなってきましたね」

 火の精霊が周囲の空気熱量をアンバランスに変えていくことで奇妙な気流が生まれていく。


「急に暗くなってきたな?」


「うーむ、そうだなこうしよう」

 さらに光の精霊が持つ暗い感情は周囲から光を奪っていき、その雰囲気はむしろ闇の精霊の様だと心の中でツッコミを入れたユウヒは、解決策としてとある方法を試みることにしたようだ。


『?』


「水の精霊には燃料の処理と波の制御」

 ユウヒが軽く手を叩いて音を鳴らしたことで集まる赤と青と白の瞳と興味深げな女性自衛隊の視線、そんな女性達からの視線を前に、彼は先ず水の精霊を指差すと継続的な燃料の対処と現在進行形で荒れる波を治める様に指示を出す。


「ふんふん?」


「火の精霊には、ちょっと寒いので周囲の気温を程よく温めてもらって」

 キョトンとした表情で頷く水の精霊を確認したユウヒは、興味深そうな視線を向けてくる女性自衛官の圧力を感じつつ、今度は火の精霊を指差し周囲の気温を暖かくしてほしいと話す。現在ユウヒ達が浮かぶ洋上は、どうやら大分北に位置するらしく、夏だというのに冷たい空気が流れており、ユウヒの指示を聞いた火の精霊は不揃いな敬礼と満面の笑み浮かべて見せた。


「へぇ・・・ん?」

 そんな二つの指示を出し終えたユウヒを見て頷く女性は、ふと周囲がさらに暗くなってきたことに気が付き空を見上げる。


『・・・』


 周囲が急激に暗くなる原因はただ一つ、二属性の精霊に優先してお願いと言う指示を出したことで余計に不機嫌となった闇の精霊、もとい周囲の光を取り込み光を放たなくなった光の精霊達、その表情は暗く無表情な目には闇が広がっていた。


「ん、光の精霊にはこの辺りを照らしてもらおうかな、助けが来たとき飛行機に光が反射してすぐ見つかるようにな」


「おお!」

 しかし、特にその表情や雰囲気を気にした様子の無いユウヒの言葉を耳に入れると、一瞬キョトンとしたのち一気に輝く笑みを浮かべる。文字通り光り輝き歓声を上げる光の精霊に目を細めるユウヒは、周囲の環境が急激に安定していくのを【探知】で読み取ると、ほっと息を吐く。


「精霊さんが何かしたの?」


「んーお小遣いをもらえない事への不満が爆発して嵐が起きそうだったので」


「・・・え?」

 特に汗を掻いたわけではないが思わず額を拭うユウヒに、彼を見詰めていた女性自衛隊員は精霊がなにかしているんだろうなーと言ったふわっとした認識でいたようだが、ユウヒから詳細を聞いて言葉少なに顔を蒼くする。実際あのまま行けば大波と強風、さらに深い闇が周囲を支配し、この場に居る人々は海の藻屑になることは避けられなかったであろう。


「働きには正当な報酬を、報酬は働き者に与えられるべきなので」


「ん?」

 そんな精霊たちに指示を出した理由は、ユウヒが指に抓んだ小さな結晶にある。


「ほれ、試作品だけどこれでいいか?」

 キラキラと複雑な屈折を見せるそれは、ユウヒがいつもの勢いで作った試作品の魔力結晶で、小型化を追求した過程でコストパフォーマンスを向上させることに成功してしまった量産型。ユウヒ曰く、内部魔力容量は同じサイズの魔力結晶に対して当社比1.2倍と言う割と危険なビー玉であった。


「初物!」


「香り立つ限定感!」


「くんくん、クンクンクン・・・はぁはぁハァハァ」

 そんな危険物を無造作にバッグから取り出したユウヒは、精霊達に向かって数個まとめて放り投げる。特に爆発したりするものではないが、見る者が見たら慌てるか引くかしてもおかしくないユウヒの行動に、空中で器用に結晶を受け取った精霊達は興奮した様子で結晶を両手で抱え頬擦りしていた。若干表情が危険なことになっているが、別に危ない薬ではない合法な結晶である。


「おい、最後の奴」


『あはははは!』


 しかし、蕩けた表情で息を荒くする精霊はユウヒ的にアウトだったらしく、注意をしようとするも精霊たちはすでにハイになっているのか、ユウヒの言葉に笑い声をあげると楽しそうに空へと舞い上がっていくのであった。


「だ、大丈夫なの?」


「大丈夫なんじゃないかな?」

 呆れた様に頭を掻いて空を見上げるユウヒの姿に不安を覚えた女性は、恐る恐ると言った声で問いかけるも、返ってくるのは不安を助長する自信なさげな声である。そこは自信をもって大丈夫と言ってほしいなと、口元を引きつらせる女性であったが、変化は劇的であった。


「お? 風が緩やかになったな」

 それまでラフトの端を持ち上げるほど強く流れていた風は急に落ち着くと、程よく人々の頬を撫で始め、


「急に温かくなった? 海の天気はってコロコロ変わるんだな・・・塩くせぇし早く陸に上がりたいぜ」

 冷たい空気は急にあたたかくなり、春の陽気を思わせるような心地よさを漂流する人々の心に届ける。ただ海らしい塩臭さばかりは何ともならないらしく、驚いていた男性は鼻を指で乱暴に擦るとため息を洩らして肩を落とす。


「・・・確かに怖いなぁ」


「この辺り少し貰うか・・・」

 気候が急に変わったっことに驚きはするものの、ほっと一息ついて笑みを浮かべる一般の老若男女様々な乗客達、一方環境が一変した意味を理解している自衛隊員達は深刻な表情を浮かべ、精霊と言う存在の大きさに恐怖する。


 一方、見ることも触ることも、意思の疎通すら取れぬ強力な存在を実感した彼らを他所に、暢気なユウヒは足元の主翼を手でノックすると、何か気に入ったのか笑みを浮かべ、今にも折れて海の藻屑になりそうな一片を抓むと、軽い音を鳴らしながら切り取って太陽に翳し、破片の向こうに違和感を見つけ僅かに眉を上げるのであった。





 また新たな創作意欲を湧き上がらせているユウヒが、空に浮かぶ小さな違和感に気が付いた頃、その違和感の元であるステルス輸送機の内部では、パイロットの男性以外がそろってヘッドマウントディスプレイを装着して椅子に座っている。


「お、ユウヒが居るな」


「どこどこ!」


「いた、主翼の上」

 そのヘッドマウントディスプレイは、輸送機に複数取り付けられた外部カメラに接続されており、コントローラーによって自由に視点を変えられるようだ。そんなカメラを用いて彼女たちが何をしているのかというと、事前に話していた通りユウヒの様子を見るためで、最初にユウヒの姿を見つけたパイフェンの後に続き、皆がその姿を捥ぎ取れた主翼の上に見つける。


「ほんとだ! おーい! にいちゃー!」


「うるせぇぞ? こんなところで叫んでも聞こえんだろ」

 一番最後にユウヒを見つけたファオは、軽く飛び上がる様に椅子から降りると、ふらふらと頭を揺らしながら大きな声でヘッドマウントディスプレイの向こうに映るユウヒに手を振って呼びかけ始めた。その声は非常に大きく、エンジンの振動音が僅かに聞こえる機内の端から端まで満遍なく響き渡る。


「き・ぶ・ん! 気分なの!」

 あまりに煩い声に呆れた声を洩らすスキンヘッドの男性は、即座に後ろからその頭をぺちぺちと軽い音を鳴らす様に叩かれ苦情をぶつけられ、そんなファオの行為に僅かな怒気を眉間から洩らすも、すぐに肩を落とすと吸い付くように載せられたファオの手を軽くタップするのだった。


「アニキィ」

 放せと無言で伝える彼であったが、体を支えるために頭に載せられ続ける彼女の手の重みに、深い諦めの溜息を洩らした男性は、さらに追加されたコニファーの手に死んだような目を浮かべる。


「いや・・・案外気が付いてるかもしれないゾ? こっちガン見してるし」


「・・・マジか、流石姐さんの」

 一方、椅子の上で足をぶらぶら振りながらコントローラーを操作していたパイフェンは、男性の言葉を否定してとある映像を操縦席の大きなディスプレイに表示させた。そこには真っすぐこちらを見上げるユウヒの姿が映っており、同時に彼の周りで不思議そうな表情を浮かべ空を見渡す自衛隊員の姿も映っている。


「てことわぁ? 姐さんのあれって生まれつきってことよねぇ?」


「あーそうなるか?」

 この輸送機はステルス仕様の特殊な機体であり、レーダーの目を誤魔化す事で高い隠蔽性能を有するのだが、さらに光学迷彩により地上からの観測をも非常に困難なものとしていた。しかしユウヒにはその隠蔽性が通用しないのか、遠く離れ金色の目や【探知】の範囲外であるにも関わらず、空を飛ぶ輸送機を捕捉してしまったようだ。


「・・・姐さんの遺伝子あれば最強の軍隊作れそうねぇ」


「・・・言うこと聞くとは思えないな」

 ユウヒの母親である明華もまた似たようなことを過去に何度もやってのけたらしく、確かな遺伝をそこに感じたじぇにふぁーの言葉に男性は遠い目で呟く。しかし、能力が高い人間と言うのは同時に癖も強いらしく、彼女の遺伝子を用いたところで生まれた子供は言う事を聞かなさそうだと、スキンヘッドの男性はディスプレイの向こうで空の一点を見上げ続けるユウヒに苦笑を洩らす。


「確かに・・・反逆される未来しかないわね」


「まぁ流華嬢ちゃんは勘良くないから、なんか別の要因かもな」


「それなら私たちの所為かもね」

 過去に何があったのか、なにやらユウヒも明華同様にやらかした過去があるらしく、昔話に花を咲かせる年長二人は、同時に自分たちの黒歴史も思い出し何とも言えない表情で眉を寄せる。


「あんちゃんは最初から勘良かったよ?」


「ん、全部攻撃よけられた」

 そんな二人の会話を否定するのは、小柄な二人の少年少女。二人は過去にユウヒと敵対した過去があり、同時に手も足も出なかったという経緯があるらしく、しかし当時の話に触れる彼女たちの口元には満面の笑みが浮かべられており、ヘッドマウントディスプレイで隠された目も笑っている事は容易に想像できた。


「あー・・・あの頃にはもう訓練参加してたか?」


「遊び程度にかしら?」

 ユウヒの過去について詳しくは割愛しておくが、大体の原因は両親でありその仲間であるじぇにふぁー達の様だ。


「サブマシンガンのフルオート全部よけたよー・・・あ! 手振ってくれた! にいちゃーん!」


「アニキィ」

 ただ確実に言えることは、現在の様なユウヒの異常性、それは異世界に行ったのが原因ではなく元からの資質にあると言う事で、初めて聞いた内容に目を丸くする男性と、ヘッドマウントディスプレイをずらして少年少女を見詰めるじぇにふぁーは、陽気に手を振る二人に思わず頭を抱えると操縦席のディスプレイに映った手を振るユウヒに肩を落とす。


「・・・・・・やっぱ天然だな」

 遠く離れた上空に浮かび光学迷彩で姿を消す輸送機のカメラに対して、ピンポイントで手を振って見せるユウヒの姿に、彼らが良く知る女性の姿がダブって見えた男性は、深く息を吸うと恐れと呆れが混ざった声で呟く。


「・・・黒鬼遺伝子もあるのかしらね?」


「そっちはどうなんだろうな? まぁ覚えは良かったが」

 良く知っているはずなのに、最近特にその底が見えなくなったユウヒを見詰める年長者二人は、ニヤニヤと言うよりニヨニヨと言った笑みを口元に浮かべるパイフェンに呆れながら、まだ見ぬ未来に僅かな恐怖とたくさんの楽しみを思い抱き静かに笑い合うのであった。


 果たしてユウヒはこの先どんな未来を切り開くのか、その答えは未来にしか存在しない。



 いかがでしたでしょうか?


 旅客機は撃墜されたものの、ユウヒの魔法によって死者が出なかった旅客機の人々、大半の人間が何も知らず無事を喜び合う中、ユウヒは人々を精霊と共に守りながら洋上を漂い助けを待つ間、精霊に守られたユウヒは揺り籠の様に優しい海の上で一時の安息を得るのであった。


 評価ブクマ等感謝しつつ、今日もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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