第二百九話 アメリカ発帰宅便
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで貰えたら幸いです。
『アメリカ発帰宅便』
日が暮れ行く水平線が見える浜辺で、ユウヒは巨大な船団の影を見上げ呆けた様に目を見開いていた。
「すげぇなぁ・・・」
「そうね、どれだけ進んだ技術を持ってるのかしら」
巨大な戦艦の中でも特に大きく要塞の様な船が頭上を進む中、金と青の光を灯しその船底を見詰めるユウヒは、何をその目で見たのか呆れたような声ですごいと呟く。その呟きに対して、彼の左手から聞こえて来た女性の声もまた同じように呆れ気味の声である。
「・・・なんだか宇宙が近く感じるな。楽しいんだろうなぁ」
ふわふわと重力を断ち切り空に浮かぶ巨大な船、その動きは思った以上に早く、僅かな音を周囲に響かせながらゆっくり海へと着水していく。本来は宇宙船と言う事もあって地球の船とは違う構造に目を奪われているらしいユウヒは、その構造の向こう側に宇宙を感じた様だ。
「宇宙なんて別に楽しい場所じゃないわよ? 綺麗だけど」
「・・・行ったことあんの?」
そんなユウヒに対して通信機の向こうの女性は、何かを思い出すように視線を宙に彷徨わせると肩を竦めながら宇宙何て楽しい場所ではないと話す。それは確実に体験した人間の言葉であり、女性の言葉に一瞬思考が停止したユウヒは、ゆっくりと左腕を上げると通信機の向こうの女性を見詰め問う。
「あ・・・まぁそうね、別荘があったからおじいちゃんと何度か行ったかな」
「はぁ・・・夢が広がるなぁん?」
言うつもりのなかった事実を、自らばらしてしまった女性は、若干気まずそうな表情を浮かべるも、すぐに苦笑と溜息を洩らして一つ頷き簡単に説明する。どうやら彼女の世界では宇宙に別荘を構える事も出来る様で、祖父の別荘を何度か利用した過去があるようだ。
そんな女性の話を聞いたユウヒは、無限に広がる未来を感じて影の消えた空を見上げて目を文字通り輝かせ、今にも宇宙に向かって飛び立ちそうな好奇心にあふれた表情を浮かべた。しかし正面から近づく何かに気が付くと、盛上がり始めた水面に目を向け小首を傾げる。
「ユウヒ殿!」
盛上がった水面を切り裂き現れたのは深部探査強化外骨格二式、ユウヒ曰く触手パワードスーツ、さらにその胴体を真っすぐ縦に開き現れたのは、ぴったりとしたパイロットスーツに包まれた豊満な胸部装甲を揺らすナチェリナであった。
「はいはいお疲れ様」
「お疲れ様です! 無事全ての部隊が着水完了しました!」
元気の良い声で呼びかけられたユウヒは、いつものどこか草臥れた表情と声で返事を返すと、少し疲れの見える彼女を労う。彼女曰く、全ての部隊の着水が完了した様で、同時に大量の水もゆっくり海へと沈んでいっていた。この後、いくつも海に浮かぶ異世界の戦艦は順次潜航を開始、水は海水を急激に薄めない様ゆっくり解放していくことになる。
「問題は無いですか?」
「一部・・・ちょっとした騒ぎがありましたが、気にする必要もない騒ぎなので問題ありません・・・」
その後の予定もすべて頭に入れているユウヒは、問題は出ていないかとナチェリナに問いかけたのだが、返ってきた返事はそれまでの元気のよい声と違いどこか歯切れが悪い。
「早めの祝杯でも開けました?」
「・・・・・・何故わかるのでしょうか?」
どうやら若干の問題があった様で、砂浜を歩いてくる足取りが鈍る彼女に、ユウヒはいつもの勘を発揮し、まるで見てきたかのように彼女たちが直面した問題を言い当て、言い当てられたナチェリナは驚愕に目を見開く。まさか内部情報が外部に洩れたのかと焦る彼女に、通信機の向こうから女性の声が聞こえる。
「気にしてもしょうがない奴よ」
「まぁ何となく、ありそうだなと」
気にしたところで理解の範疇を超えているので無駄な事であると、遠回しに嫌味を零す女性に、ユウヒは頭を掻きながら勘であると話し苦笑を漏らす。
その言葉にユウヒの勘の良さに改めて驚いた女性は、
「そうですか・・・。えぇ一部の船内士官が少々騒ぎまして、私もしばらく禁酒が続いていると言うのにぶつぶつ―――」
諦めた様に肩を落とすと、何があったのか話し始めその言葉は次第に愚痴へと変わっていく。
「深き者もお酒飲むんですか?」
「翻訳の通りアルコールの摂取であれば肯定です」
どうやら異世界の住民である深き者と呼ばれる彼女達も、地球の人と同じくアルコールの摂取を行う様で、翻訳の効果もあって摂取傾向もだいたい同じニュアンスで伝わっている様だ。若干楽しそうな表情を浮かべるナチェリナを見る限り、彼女たちにとっても飲酒は娯楽の様である。
「ふぅん、それじゃ向こうで再会できた時は美味しいお酒をプレゼントしますよ? 日本のお酒はそれほど強くないですが美味しいですから期待してください」
「そ、それは・・・いえ、そうですね、その時は一緒に飲みましょう」
彼女の表情から娯楽であることを察したユウヒは、特に何を考えることもなく、単純に大仕事を共にした同僚に対する労いの意味も含めて飲みに誘ったようであるが、そこには歴然とした世界の隔たりと言うものがあり、直接翻訳で飲みに誘われたナチェリナは、一瞬青白い肌を高揚させるも、しかしすぐ何かに気が付き顔を背けると、赤くなる頬を隠しながら照れたようにはにかみ返事を返す。
「おう」
「・・・ユウヒ君?」
ナチェリナの表情に現れた違和感に気が付かない様子のユウヒは、肯定の返事に笑みを浮かべると少し元気よく答え、一方彼女の笑みから違和感を読み取り、そのまますぐに全容を察した女性は、通信機の向こうからどこか冷たく棘を感じる声色でユウヒに呼びかける。
「ん?」
「そのうちほんと刺されるからね?」
女性の呼び声に眉を上げたユウヒは、左手の通信機を覗き込むと不思議そうな声を洩らし小首を傾げた。そんなユウヒに向かってジト目を向けた女性は、色々と言いたげであったがそれらを飲み込み、一言刺されると注意を促す。
「なぜ?」
「ふふ、それでは失礼します! 我々はこのまま潜航し予定のポイントで整備を行いながら連絡を待ちます」
ジト目で刺されると言われて眉を寄せたユウヒは、以前にも言われたことがあるのか何か思い出すように目を彷徨わせると、さらに厳しい視線を注がれる。そんな二人の様子を見ていたナチェリナは、小さく綺麗に微笑み深き者達の敬礼を見せると、長い耳を立て直し強化外骨格に駆け寄ってコックピットに足をかけた。
「はい、日本政府の対応次第で時間かかりますが、必ず連絡しますね」
「貴方の歩む未来に光がありますよう・・・」
彼らはこの後日本のどこかの海域で落ち合う約束をしているらしく、ユウヒの返事に笑みを深めたナチェリナは、体を翻すと後ろ向きに強化外骨格の中へと飛び込む。
「光かぁ・・・安全な光だといいなぁ」
触手パワードスーツが瞬く間にコックピットの入り口を閉じる光景を見ながら、草臥れたような笑みを浮かべるユウヒは、砂浜から水面を滑るように勢いよく離れあっという間に潜航するナチェリナを見送ると、その顔から笑みを消し疲れた表情で小さく呟く。
「何を思わせぶりな・・・」
「・・・何もなければ最高です」
ユウヒの言葉に呆れたような口調でツッコミを入れる女性であったが、ユウヒが声の調子を変えないでもう一度呟くと、彼女はまたユウヒが何かを感じ取ったのだと理解し、勘が良いのも善し悪しだと苦笑を洩らすのであった。
そんな水抜き兼、異世界の艦隊脱出作戦が行われた二日後、これまでの忙しなさが嘘の様に静かな一時を過ごしたユウヒは、その日の早朝日本行きの民間旅客機に乗り込みアメリカの地を発っていた。
「ヒーローは無事発ったか?」
「はい、少々荷物検査で引っかかりましたが、こちらで手配した人員が話を通しました」
その際に荷物の持ち込みに関して一悶着あったようだが、予め配置していたアメリカ政府の関係者によって問題なく通過することが出来たようだ。何があったのかまで詳しく聞つもりがなかった大統領であるが、何とも言えない表情で報告する男性の姿を見て肩を竦める。
「なんで引っかかったんだ?」
「どうやら異世界産の鉱石や例の物などが盗品の疑いを受けた様で・・・」
珍妙な事が起きた匂いを嗅ぎ取った大統領の興味本位な問いかけに、男性は伏せていた目を上げると、ユウヒが盗品の運搬人に間違われたと話し始めた。
「・・・・・・量は?」
事前に申請していれば大抵は問題なく通るのが常であり、今回に関してはアメリカ政府も許可を出していたのだが、その事が余計に不審を抱かせたらしく、ユウヒは手荷物検査所で荷物を広げる羽目になったようだ。
「それほど大きくない手荷物用のトランクケースに半分ほど、中には例の骸骨の骨も入れていたようで」
「・・・くく、中々愉快なヒーローだったな」
それもアメリカ政府の人間が現場に駆け付けたことで事無くを得、さらには職員から何度も頭を下げ謝罪されることにより注目を浴びて、ユウヒは思わぬ二重苦を味わったのである。
「会談の件は残念でしたね」
「まったくだ。まぁ良い、贈り物を貰えたからな」
そんなユウヒから頑なに会談を拒否され続けた大統領は、報告の内容に笑い声を上げると、男性の言葉にまったくだと肩を竦め、しかしその代わりにとユウヒから贈られたペンダントを綺麗な木箱から取り出すと、思わず目尻を緩めた笑みを浮かべた。
「それですか、一体どんなものなんですか?」
笑みを浮かべる彼の顔は、まるで孫から贈り物をもらった老人の様で、実際ユウヒと歳の近い孫の居る大統領は、顔に刻まれた皺も相まってその笑みが非常に似合っている。
「説明通りならとんでもないが、試してみようとは思えん」
「・・・」
そんな好々爺然とした笑みを浮かべていた彼は、すぐにその笑みをいつもの野心溢れる笑みに変えると、ずんぐりむっくりとした銃弾を象ったペンダントトップを摘み朝日に翳す。
「なんでも危険な弾道の銃弾を止めるそうだ」
「・・・量産できませんか?」
そのペンダントトップは、精霊監修の下でユウヒが自重を忘れて作った銃弾避けのお守りである。当初何でも避けられるように作ろうとして、お手軽? 自殺アイテムを作りそうになっていたものの、その後作り直したことで内部の魔力が続く限り、迫りくる危険な銃弾逸らす魔道具として生まれ変わっていた。
「まだ開発中らしくてな、複数近くにあると誤動作するらしい」
しかしまだまだ問題があるらしく、誤作動などの危険もあって量産には向かない様だ。
「それは、ワンオフと言う事か・・・羨ましいな」
それ故、現状白の銃弾と名付けられたそれは、アメリカ大統領である彼専用の魔道具と言える。だがそこはユウヒの事なので、そのうち別のアプローチで新しい物を作るであろうことは明らかであり、それは欲しがるものがいればより加速するであろうことはさらに明らかであった。
「ふふ、羨ましかろう!」
そんな未来の可能性を加速させる様に、大統領は見せびらかす気満々でペンダントトップを掲げて見せ、少し離れた場所にずっと座っていた友人でもある男性に揺らして見せる。
「・・・ふむ? 今度私も何か頼んでみますかな、大統領名義で」
「やめんかい!?」
一連の報告を行っていた比較的若い男性の後ろで一人掛けのソファーに座っていたのは、深い皺の目立つ男性。彼は報告をしていた男性を見上げ苦笑で返されると、小さく鼻から息を吐いて顎を扱き何事か思案して徐に口を開き、小馬鹿にするような笑みを大統領に向けながら不穏な事を口にする。
どうやら両者ともに負けず嫌い傾向があるらしく、挑発に挑発で返した二人は、報告に来た男性が立ち尽くし乾いた笑みを浮かべる中、最終的には手四つによる力比べに移行し、応援を呼んだ男性達によって強制的に解散させられるのであった。
大統領と副大統領によるパワーファイトが開始中盤で終幕を迎えている頃、無事旅客機に搭乗することが出来たユウヒ達は、チケットに書かれた連番の席に座り一息ついていた。
「何とか乗れましたね」
「すみません。まさかあれが引っかかってあんなことになるとは・・・」
目立ちたくないと言う理由から三人と言う少数の護衛を付けたユウヒは、予期せず目立ちつつもスペースに一般的な座席より幾分余裕のある座席に座り、申し訳なさそうな声で謝罪している。
「アメリカ政府の助けが無ければ没収されていたかもしれませんでしたね」
「他はまだ材料の状態なんで特に問題は無かったですけど、流石にこれを取り上げられたら不味かったですね、主に没収した側の安全的な意味で・・・」
アメリカ政府の助けにより荷物の没収を免れたユウヒは、二列シートの窓側に座っており、窓から差し込む光に水晶柱を翳して見せると、苦笑いを浮かべて小さくため息を吐いてみせた。
大量の魔力を安全に保管する結晶であるそれは、内部に戦術核並みのエネルギーを保存しており、使い方によっては飛行機など一瞬で塵も残らないであろう。そんな危険物を手荷物で持ち込むのもどうかと思うが、それは米国政府からの要望であった。
「それが例の魔力結晶ですか」
「あ、その名前で定着したんですね」
日米ともに名称を魔力結晶と定めたそれの危険性は一部の人間だけが知っており、安全に扱える人間がユウヒだけと言う事もあって、運ぶときは肌身離さず運ぶことと念を押されたのだ。米国への提供話も出ていたのだが、何の知識もない危険な物体をほいほい受け取る気になれなかった米国は、欲しがる者も居る中でユウヒの提案を丁重に断っていた。
「夕陽さんから依頼通り、ロシアからも材料が送られて来ているそうです。あと追加の依頼も」
彼らが手荷物検査で止められた原因も、提供の予定を聞いて試行錯誤を繰り返し大量生産された結晶がいつの間にか行き場を失ってしまい、後から断られた事を知ったユウヒの手荷物に結構な量の結晶が納められ、その結晶を違法輸出品と空港職員に勘違いされたことが原因である。
「・・・侵食進んでるのかな?」
その他の素材は特別なルートで日本へ輸送されており、それはロシアも同様の様だ。ロシアに関してはまた問題が発生しているらしく、荷物と一緒に依頼も届いている様で、その話にユウヒは何か思い当たるのか眉を寄せると小首を傾げた。
「詳細は帰ってからだそうです」
「・・・ハタラキタクナイデゴザル」
帰った後の予定もすでに決まっているらしい小隊長の言葉に、目を見開き固まったユウヒは、見開いているにも関わらず、くすみ煤けて見える目で虚空を見詰めながら片言で働きたくないと訴える。
「しばらくは政府から依頼を出さない方針です。なんでも政府内部でも決めないといけない事が多いらしく」
「そうですか、しばらくゆっくり出来そうですね」
どうやら平気そうに見えてユウヒの内側には相当なストレスが溜まっているらしく、しばらく依頼を出さないという言葉に心底ほっとした息を吐いたユウヒは、安心した様に呟く。
「定期的に連絡が入ると思うので、出来れば連絡付く状態ですとありがたいのですが」
「善処します。ところで俺って窃盗犯面なんですかね?」
ユウヒの表情と呟きに、完全に連絡を絶ちかねないと感じた小隊長は念のために釘を刺し、刺された釘にびくりと肩を揺らしたユウヒは、小隊長の圧力を伴った視線から逃げる様に自らの視線を外し、そのままなんとなしに飛行機内に続々と入ってくる人々に目を向けた。そんなユウヒは、何を思ったのか突然妙な事を呟く。
「ぶふっ!」
「・・・いえ、単にそれらが高価に見えただけかと」
その不意打ちの様な言葉に思わず噴いたのは、ユウヒの真後ろに座る女性自衛官。比較的ユウヒと接点の多い彼女も護衛の一人としてついてきていたのだが、ユウヒの言葉がツボにはまったのか口を押さえ必死に笑いをこらえている。
「なるほど、貧乏人面ってことか」
「あ、いえ・・・そういうわけでは」
苦笑いでフォローする小隊長は、笑いをこらえる女性に視線を送り、その隣で肩を竦めるガタイの良い男性に目で何とかしろと伝えると、さらに乾いた声で呟くユウヒを必死でフォローするのだが、今一つ気の利いた言葉が出てこないようだ。
「それにしても銃の一つも持ってない男を悪党扱いとかひどいですよね」
しかし夕陽が本当に伝えたいことは別にあったらしく、それまでの悲しそうな表情とは違い、目を鋭く細めたユウヒは小さくしかし三人には聞こえる程度の声で銃と言う言葉を口にする。
「え?」
「ところで、総樹脂製の拳銃持って日本行きの飛行機・・・乗っていんですか?」
ユウヒの口から出た不自然な言葉に動きを止めた自衛隊員達は、続くユウヒの話で意識を一瞬で切り替え、そんな三人の姿にユウヒは安心した表情を浮かべるのであった。
一難去ってまた一難、全て終わらせ無事帰路に着くと思いきや、もう一難ありそうな気配にユウヒは安心した表情の奥で盛大な溜息を吐く。果たして彼らは何事もなく無事帰ることが出来るのか、それはまだ分からない。
いかがでしたでしょうか?
まるで呪われているかのように災難が降りかかるユウヒ、しかしそれは自ら生み出した波紋の揺り戻しでしかなく、今後もユウヒに付き纏う運命とも言える。果たして彼は無事に帰国できるのか、それを知る者はいない。
評価いつもありがとうございます。それでは今日もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




