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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第二百七話 水妖百鬼夜行前編

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『水妖百鬼夜行前編』


 湿度を含んだ風が流れる高い山の上、今では湖の湖畔と環境が様変わりした場所でストレッチをするユウヒ。彼は十分体をほぐすと徐に体の向きを氷のダムへと向け左目でじっくり周囲を見回すと一つ頷き、


「最終確認ヨシ!」

 大きく腕を振って指差し確認を行う。水抜き作戦開直前となった現在、ユウヒが事前に施した仕掛けは何時でも起動できる様だ。


『よし!』


 そんなユウヒに続いて指差し確認をするのは精霊達、彼女たちは指さした後ユウヒを見詰め、頷きを得ると嬉しそうに微笑む。


「・・・突っ込まないわよ?」


「ノリの悪い」

 精霊たちのこなれた動きに満足したユウヒは、その視線を左手の通信機に向けるも、そこから帰ってきた言葉は実に冷めたものであった。そんな一緒に確認をしてくれない女性に対して、ユウヒはしょんぼりした表情でため息を洩らす。


「・・・はいはい、それで本当に大丈夫?」

 寂し気なユウヒの視線に若干言葉を詰まらせる女性は、小さく咳き込むとユウヒに状況の確認を行う。


「大丈夫だ問題ない」


「やめて」

 しょんぼりした表情を見て当たり方が少し冷たかったと思う女性であったが、特に気にした様子もなくドヤ顔で返事を返すユウヒの姿に思わずきつく返してしまう。しかしその返答はネタで返すユウヒには想定済みであったらしく、肩を竦めて見せて小さく笑みを浮かべた。


「・・・大丈夫だよ、魔力も十分あるし増槽結晶も複数補充済みだ。設置型の魔法も全部稼働状態を確認してる」


「ベルトにしたのね」

 これから行う水抜き作戦は川沿いに水を流すだけだが、周辺住民や土地に被害を出さないように異世界の技術が多用され、万が一の場合に備えて魔力を補充したユウヒが先導する。そんなユウヒの魔力補充は、回復時間が足りない分を道具に頼った様で、迷彩服の腰に巻かれた太めのベルトには、赤みがかった光を灯す結晶がいくつも差し込まれていた。


「おう、ショットガン持った人が腰からカートリッジ取り出してたのを参考にしたんだ。中々良いだろ?」

 そのベルトもユウヒの手作りのようで、ショットガンシェルを携帯するためのポケットが付いたベルトを参考にしたようだ。その出来栄えに満足げな表情を浮かべるユウヒは、細長い結晶を一本取り出すと、少し大きく上に上げた左手の通信機に、ベルトと結晶が見えるよう構える。


「ベルトはまぁ・・・その結晶が内包した魔力以外はね、戦争でもする気? と言うか何でそんなもの簡単に作れるかな」


「ふむ、精霊の全力サポートがあったからな」

 一方、結晶とベルトを見せられた女性は、ベルトをゆっくりと見つめその結晶に焦点を合わせると、ベルトの出来は褒めるものの、彼が手に持った結晶については難を示す。何故ならその結晶一本一本には、ちょっとした戦術兵器並みの魔力エネルギーが詰まっており、何十本もある結晶を攻撃にのみ用いれば、小国なら一瞬にして消し飛ぶほど物騒なものであったからだ。


「いい仕事しました」


「負けてられなかったので」


「活躍できたので満足」

 そんな結晶はユウヒ一人の手で作られたわけではなく、ユウヒの合成を危険視した精霊達、特に前回活躍の場がなかった火の精霊達による全面サポートで作られたものである。それは以前ユウヒが一人で作った魔力増槽水晶柱、それよりも高性能なのは精霊が関与した以上確実であり、通信機の向こうでも女性がその事実を確認していた。


「はぁ・・・さっさと終わらせて帰ってきなさいな」


「そうだな、久しぶりに家の温かいご飯が食べたいからな」

 ユウヒ一人で作っても異常な魔力の塊が、より強化されたと言う悪夢に色々考えることを止めた女性は、ため息を吐いて気持ちを落ち着かせると、どこか投げやりに呟き、そんな言葉にユウヒは彼女の心労を理解してない楽し気な笑みを浮かべ日本の、より詳しく言うなら家庭の味が恋しいと呟く。


「母の味かしら?」

 ユウヒの笑みを眺めていた女性は、一人心労を抱えるのが馬鹿らしく思え笑みを漏らすと、揶揄い気味に声を掛ける。


「そうだな、そう言っとけば帰って早々に豪華な食事が食べられそうだ」


「・・・便利ね」


「怖くもあるんだがな・・・」

 大人の男性に対して母の味が恋しいのか問えば、大体否定や羞恥の反応が返ってくるものだが、ユウヒの答えは天野家だからこその言葉であるらしく、しかし明華の勘を利用していながらユウヒも母の勘の良さには時折恐怖する事があるらしい。


「ユウヒ殿、出撃準備完了です!」

 通信機の向こうとアメリカの荒野で視線を合わせ、何とも言えない表情で目を細め合う協力者たち、そんな彼らの背後から足音が聞こえると、すぐに張りのある声で準備完了の声が聞こえて来た。


「それじゃダム解除しても?」


「大丈夫です。すべての水は把握しています」

 振り返ったユウヒの前には、以前会った時とは違う服装のナチェリナが立っており、その姿に笑みを浮かべたユウヒの問いかけにキビキビとした声が返ってくる。現在彼女はいつもより体にフィットした服を着ており、それは純粋に戦闘のために着る服の様だ。


「そいじゃ、もしもしこちら夕陽です。これよりダムを開放して作戦開始します」

 水を把握したと言う謎の言葉に頷くユウヒは、大分使い慣れてきた自衛隊支給のバッグからゴツイ通信機を取り出すと、事前に設定されたチャンネルで作戦開始の連絡を入れる。


「了解、いつでもどうぞ」

 作戦開始の連絡を入れたユウヒが送信ボタンから指をはなすと、しばらく後にノイズを伴い作戦開始の許可が下りた。その返答を聞いたユウヒは腰のバッグに通信機を押し込んでファスナーを閉じると、一つ頷き氷のダムへと歩み寄り土の地面から僅かに足をダムに乗せて体内の魔力を急激に動かし始める。


「・・・ふぅ、【起動】砕けろ【フリージングデストラクション】」

 深く息を吐いたユウヒは大きく息を吸って最初のキーワードを口にした。彼の口から魔力を伴った声が飛び出すと、事前に仕掛られていた魔法が一斉に起動して、巨大な氷のダムに光の幾何学模様が浮き出る。さらに攻撃的な魔力がユウヒから噴き出すと、その力は光の模様を伝い、ダム全体に波及し一瞬でばらばらに砕け散ってしまう。


「・・・これは」


「おお! ゼリーみたいだな」

 ばらばらと砕け散り吹き飛んだダムの向こうから現れたのは膨大な水、しかしその水は不思議と重力を無視するように自立しており、ユウヒの魔法の影響で反り立った水の壁にいくつもの波紋を浮かべていた。


「表現が・・・でも確かに」

 ぷるぷると波紋を浮かべ揺れる水の塊は透明なゼリーのようで、ユウヒのつぶやきにツッコミを入れようとする女性も、その不可思議な現象を前に同意してしまう。


「それじゃよろしく」


「は、はい!」

 それほど奇妙な現象を起こしているのは、異世界の軍勢である深き者たちである。そんな深き者たちとユウヒを繋ぐナチェリナは、水の状態では無くあっと言う間に砕け散った氷の壁に驚きの表情を浮かべ固まっており、ユウヒが声を掛けるまで小さな声でぶつぶつと呟いていたが、彼の声に背筋を伸ばすと彼女ら特有の敬礼を残し走り去る。


 走り去るナチェリナの綺麗な背中を見詰め小首を傾げるユウヒは、通信機の向こうからジト目を向けられ不思議そうに唸るのであった。





 水抜き作戦が開始される場所より遠く離れた白い建物の一室で、今後のアメリカを占う作戦を静かに見つめる人間たちが居た。


「作戦開始です」


「あの氷の壁が一瞬で・・・」

 作戦開始と言う若い将校の言葉が聞こえたと当時に、大きなディスプレイ上に全景を映し出されていた美しく巨大な氷のダムは、一瞬で粉みじんに砕け散り、その大半が煙となり風に流され散っていく。


「これが、魔法の力ですか・・・」

 ニヤリと笑みを浮かべるアメリカの大統領を中心に居並ぶ面々は、魔法と言う力の圧倒的な破壊力に声を失い、辛うじて言葉を洩らした者もどこか掠れた声であった。


「邪魔は入らないだろうな?」


「大丈夫です。例の奴らは纏めて処理してます」

 ダムが粉みじんになり、氷の煙が煙幕の様に飛び散る向こうから現れた水の壁を見た人々が目を見開く中、大統領は視線をディスプレイから外すことなく背後の男性に声を掛ける。声を掛けられた男性は静かに頷き答え、その答えを聞いた大統領は満足そうに笑みを浮かべ椅子に深く座り直す。


「それならゆっくり視聴できるな」


「大統領、映画じゃないですから」

 一方隣のソファーに座る歴史を刻んだような深い皺の目立つ顔の男性は、ソファーにゆったりと座った状態で呆れた様に話す。そんな男性の言葉を聞いてるのか聞いていないのか、大統領は真っすぐディスプレイを見詰めている。


「出てきたぞ!」

 そんな古い友人である大統領の姿に小さくため息を洩らした彼は、昔から変わらない友人の声に背筋を伸ばすと、見た目に反した俊敏な動きでディスプレイの向こうに目を向けた。


「これは・・・」

 そして彼らは一様に言葉らしい言葉をしゃべれなくなる。広大で巨大な水の壁から姿を現したのは生物的な凹凸が禍々しくうねった装甲をもつ巨大すぎる飛行物体の数々、それらの飛行物体は濡れたような表面装甲で朝日を反射し、ゆっくりと進み出てくる。またその周囲には小型の飛行物体が周囲を警戒するように飛び交う。


「これが、異世界の軍勢・・・」

 まるで太古の鯨を思わせるようなもの、人工的な形にも関わらず生物的な特徴をもつもの、触手を纏め上げた様に凸凹としたもの、それらすべて戦場を駆け抜けるための戦艦である。その事を事前に知らされていたアメリカの重鎮たちは、自分たちの思い描く戦艦とかけ離れた姿に思考が遠のき、全ての艦に存在する無数の目玉に息を飲む。


「水が・・・」

 まるで邪神を尊ぶ物語から這い出てきたような異形の艦隊に血の気が引く面々の前で、青く晴れた空をバックに編隊を組んだ艦隊は、装甲を七色のイルミネーションの様に輝かせると固体の様に形を保ったままであった水を一気に吸い上げていく。


 水の竜巻の様に空を無数にうねり吸い込まれる水の姿に、その場が静かになってしまう中、水抜き作戦は順調に進み、時間経過とともにさらに多くの戦艦が姿を現す。





 アメリカでもっとも有名な白い建物の一室が異様な静けさに包まれてから小一時間後、彼らが見つめるディスプレイにはいろいろな場所から湖を映した映像が届き、そこには意思を持ったように移動する水の下から、水没していた大地がゆっくり姿を現していた。


「格納枠は終了です。あとは外部制御で運びます」

 そんな水の回収作業は第一段階を終えた様で、空に浮かぶ水の中から姿を現した触手パワードスーツの中からナチェリナの声が聞こえ、空にふわふわと浮かび異世界の艦隊を眺めていたユウヒは僅かに肩を揺らし驚くと、輝かせた目もそのままに振り返る。


「おぉ・・・これがトラクターウェイブってやつか」


「はい、今は牽引用に調整してますが、普段は隠蔽に使ったりゴミの回収に使ったりですね」

 好奇心がほぼ十割を占めてそうな表情のユウヒが振り返った先には、パワードスーツをすっぽり包む様な水の塊が浮いており、その中からパワードスーツの大きな目に見える頭だけを出したナチェリナが居た。頭部は任意で透けさせることが出来るらしく、スーツの奥で笑みを浮かべるナチェリナは、楽しそうなユウヒにトラクターウェイブと言う技術について軽く話す。


「すごい技術ね。おじいちゃんが喜びそ・・・こっちもか」

 空中に水を保持し動かしている技術であるトラクターウェイブの事を事前に聞いていた女性も、実際の映像を見て深く感心した様だが、そんな彼女はキラキラした目でナチェリナの周りを見回すユウヒに目を向けるとジト目でため息を洩らす。


「ふんふん・・・ふーむ」

 普段は気怠く細められている金と青の瞳を全開にしたユウヒは、穴でも開くのではないかと言った視線でナチェリナの周り調べ廻り、そんなユウヒの姿に彼女は恥ずかしそうな笑みを浮かべている。


 そんな二人の姿が気に食わなかったのか、わざとらしく咳ばらいを洩らした通信機の向こうの女性はきつい視線でユウヒを睨むと、


「ほら! 移動移動!」


「いや、そんな焦らせるなよ・・・」

 大きな声を上げてユウヒを急かす。作戦は次の段階に進むところであり時間も余裕があるわけではない、故に彼女がユウヒを急かす理由もわかるのだが、その棘がある声質に覚えのあるユウヒは、しかしその理由までは解らないのか小首を傾げながら困った様に眉を顰める。


「流れは安定してるよ」


「いけるよ」

 パワードスーツの奥で苦笑を漏らすナチェリナと、通信機の向こうからジト目を向けてくる女性に挟まれ、不思議そうな表情を浮かべるユウヒを助けたのは小さな水の精霊達。彼女たちは周囲から集まってくるとユウヒの耳を優しく引っ張り囁く。どうやら異世界の艦隊が制御する水に問題ないか調べていたらしく、その言葉に頷いたユウヒは彼女たちの小さな頭を指先で優しく撫でると、傾いていた体を戻して異世界の艦隊を背に空へと舞い上がる。


「ほいほい、さて先導しますか、ナビよろしく」


「ええ、任せて」

 空に舞い上がり艦隊の先頭に躍り出たユウヒは、これから万が一の事態に備えながら艦隊を川伝いに海へと誘導するのだが、ナビゲートは通信機の向こう女性らしく、彼女はユウヒの呼びかけに答えると嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。





 知らぬ人間が見れば異形の艦隊が攻めてきた様にも見える水抜き作戦は、格納限界以上の水は一定間隔を艦隊で囲むことで空中に留めてそのまま空を牽引している。未だ最後尾は水の中から出てすら居らず、その大艦隊にアメリカ政府の関係者は映像を前に自らの震えを遅れて感じたそうだ。


「抜け道までは把握できなかったようだな」


「カメラの準備出来ました。いつでもいけます」


「よし、アメリカが隠している兵器を見せてもらおうじゃないか」

 そんな専門家や軍人ですら恐れを感じる艦隊を一目見ようと、明らかに一般人とは違う撮影機材を抱えた一団が、とある家屋の床下から姿を現し、切り取られた床板を静かに退かすと示し合わせていたのか一斉に窓から外を撮影するように機材を設置していく。


 カーテンに隠れて窓の外の周辺や川沿いに向けられたカメラ機材は全て艶消しの黒で塗られ、それは明らかに隠し撮りをすることを考えられた処理である。さらに男たちの姿は全身真っ黒に目出し帽を被った姿で、どこかの特殊部隊を彷彿とする姿だ。


「来ました! 肉眼でも確認できるはずです」

 ほかにもアサルトライフルやハンドガンが入ってそうな膨らみが胸のあたりにある男性達は、そっと窓の外に目を向け明るい空を見上げた。すると丁度そこに黒い影が見え始め、双眼鏡を構えていた男の声で全員が窓の外に目やカメラを向ける。


「・・・なんだ、これは」


「飛んでる・・・悪魔が」

 彼らが見詰める先には小さな人が先導する巨大な異形の艦隊が連なり、うねる様に水の塊が空を這っていた。その艦隊の姿は禍々しく歪で、太陽の光を遮り影を落とす姿はまるで悪魔が舞い降りるかのようである。


「ひっ!?」

 そんな中、双眼鏡の向こうで小さな人影がこちらを指さしていることに気が付いた男が、双眼鏡から目を放して空を見上げると、視線の先にいくつもの目玉を体中に生やした異形の飛行物体が現れ、その無数にある眼を一斉に男へ向けた。


「おい! ・・・駄目だ逃げるぞ!」


「しっかりしろ! おい、何があった」

 男は短い悲鳴を上げると床へと仰向けに倒れ込み、過呼吸の様に引き攣った悲鳴を上げ始め、男のもとに駆け付けた仲間は窓の外の状況に気が付き逃げろと叫ぶ。同じように倒れた男に駆け寄り声を掛けた別の男性は、恐怖に歪められた顔で悲鳴を漏らす男に声を掛けるも、その焦点はどこにもあっておらず、明らかな異常事態に周囲もざわつき始める。


「ひぃ・・・ひぃ!?」

 そして不幸な被害者がまた一人、ふと窓の外から落ちてきた影に顔を上げた彼は、窓の外一面に群がる眼玉の集団を認識した瞬間、短く引き攣った悲鳴と共に意識を失うのであった。





 それから十数分後、静かになった家屋にアサルトライフルを手に持つ集団が現れ、荒々しく玄関を吹き飛ばし室内に突入する。


「こちらブルーアルファ、対象を発見・・・気を失っている」

 大きな声を上げながら室内に突入後、安全を確認した集団はマグライトの強力な光で室内を調べ始める。


「了解、捕縛して回収地点まで搬送してくれ」


「了解・・・馬鹿が直視したんだな」

 彼らが調べる室内には複数の男たちが目を見開いたまま意識を失っており、その目や鼻口から一様に体液を漏らしており、鼻を突く臭気からは彼らが糞尿をも垂れ流してしまっていることが分かった。


 彼らがどういった経緯でこうなったのか理解している男性は、通信機を仕舞い面倒くさそうに呟くと、引き裂かれた窓の外に目を向ける。そこには今もユウヒが先導する異形の艦隊が空を行軍しており、男たちはそちらを直視しない様に気を付けている様だ。


「えぇ・・・俺も直視できないですからね。カメラ越しならまだ見れるんですけど」


「見た目はちょっとグロいだけなんだがなぁ」

 事前にユウヒが気を付ける様に言っていた、異世界の住人を直視することに関する危険性は、ただ見た目の問題だけではなかったらしい。実際にアメリカの軍人でも直視したことにより意識を失った者が居り、即座に厳重注意が言い渡される事となっていた。


「見てるうちに妙な恐怖を感じるんですよね・・・」


「特にあの目で見られるとな・・・」

 映像として見る分には特に問題ない者が多く、異常と言っても気持ち悪くなる程度の様だ。しかし、観測機と呼ばれる無数の目を持つ異世界の浮遊機を見た者は、たとえ目が合ってなくとも総じて恐怖を覚えている。


「俺らでこれですから、一般市民を避難させたのは正解ですね」

 原因の解らぬ謎の恐怖は、強靭な精神力を持つアメリカの特殊部隊員をもってしても克服できるものではなく、一般人が見ようものなら精神を破壊されかねないと彼らは感じていた。


 そんな恐怖の艦隊は、彼等の頭上を膨大な水と共に移動を続けており、無数の観測機が巨大な戦艦の周囲を忙しなく飛び交っている。





 そんな観測機が今の様に忙しなく飛び回っている理由の一つに、いつもの如くこの男が関わっていた。


「また居た」

 艦隊の先頭を飛ぶユウヒは、時折じゃれついてくる水色の精霊に笑みを浮かべながら、前方を見渡しており、しかし何かに気が付くと指を指し示し呟く。するとどうだろうか、周囲を忙しなく飛び交っていた観測機が空気を切り裂くように急加速しはじめ、指差さされた方向に殺到していく。


「・・・ユウヒ殿の感知技術はすごいですね」


「ほんとよ・・・」

 ユウヒの後方を水球に包まれながら移動するナチェリナは、ユウヒの索敵能力の範囲と精度に驚きを隠せず、ユウヒの左腕の通信機からも呆れた声が漏れ聞こえてくる。


 そんな感想に苦笑いを浮かべるユウヒの視界には、今も【探知】の魔法による索敵補助のレーダー表示などが出ており、最近は以前の様に性能も改善され、より広範囲かつ三次元的に危険な対象を捕捉していた。


「観測部隊が今意地になって索敵してるらしいです」


「観測部隊? あの目がいっぱいある丸い触手?」

 ユウヒの索敵能力は異世界の技術力を凌駕しているらしく、観測専門の機体で周囲を警戒している部隊は、すべて先を越されていると言う事実に怒りと羞恥を感じ、現在はユウヒより先に捕捉するべく、まさに血眼になって周囲を索敵しており、ユウヒが発見するたびに真偽を確かめるべくその場所に観測機が殺到しているのだった。


「深層多目的観察機ですね。運用する環境が違うとは言え、彼等にもプライドがあるので・・・」

 その結果、ユウヒに見つかった不審者は大体が失神することになり、米軍特殊部隊の人間が鼻を押さえる結果になっているのである。


「血眼になって探すって言葉がぴったりだな」


「嫌味?」

 そんな様子を見たユウヒがまるで他人事の様に呟くと、即座に通信機の向こうからジト目付きでツッコミを受け、彼の背後ではナチェリナが彼女にしか聞こえない通信先から聞こえてくる阿鼻叫喚の声に無言で苦笑いを浮かべていた。


「え? 普通の感想なんだけど?」


「・・・ごめんなさいね、出来る人間の言葉は他意が含まれてそうで勘繰っちゃうのよね」

 観測部隊の気持ちもわかるが、しかしユウヒと実際に話しその力の一端を目の当たりにした者として、彼らの行動の愚かしさもわかる手前何も言えない彼女は、通信機越しに話す二人の人間を見詰める事しか出来ない。一方その二人は微妙にかみ合わない会話で女性側にのみストレスが溜まっている様だ。


「うぅん? 出来るかぁ・・・もっと使いこなしていきたいところなんだけど。後ろはどんな感じ?」


「ちょっと待ってくださいね・・・。まだ全ての艦は離水出来てないですね」

 貶されてるのか高評価されてるのか分からない女性に首を傾げて見せたユウヒは、返ってくる呆れを含んだ視線から逃れる様に後ろを振り向くと、ナチェリナに状況を問いそのまま後ろに続く大艦隊と膨大な空飛ぶ水の塊に目を向ける。


「結構な大所帯なんだな」

 ナチェリナ曰く、まだ最後尾は水の中から出てすら居らず、結構な距離を飛んだつもりでいるユウヒにとっては、それだけ沢山の戦艦が異世界から来ていることに驚きを隠せないでいた。水の制御の為に間隔を開けて飛んでいるとは言え、すでに数十隻の巨大戦艦がアメリカの空を飛んでいるわけで、もしこの映像を市民が見れば全米でパニックが起きること請け合いである。


「水底で待機している時も接触事故が多くて、ユウヒ殿のおかげでちゃんとした整備が出来ると技術技官たちも喜んでます」


「そか、整備は大事だな・・・」

 そんな戦艦はよく見るとあちこちに損傷が目立ち、迷い込んだ後に出来た接触による損傷以外にも、異世界での戦闘時に出来たと思われる焼け爛れたような傷や吹き飛んだような傷が見られ、その損傷がより彼らの戦艦に恐ろし気な雰囲気を与えていた。


 事前に飛ぶことの出来ない船はない、と言う話を聞いていたらしいユウヒであるが、万一墜落した場合の被害を考えた彼は、その想像で若干引き攣った表情を浮かべると何度も頷き、水抜きとアメリカ大陸脱出後はゆっくり整備してもらうことを心に決める。


「また何か企んでるわね?」

 ただその表情には、異世界の戦艦に使われる技術に対する興味の感情も浮かんでおり、そのことを目敏く見抜いた女性は、ユウヒの左腕に巻かれた通信機の向こうから今日何度目になるか分からないジト目を注ぐ。


「し、しんがいだなー?」


 ゆっくりと日が頂点から降りる空の下、未だ異世界の艦隊はその全貌を現さず、しかし人々を恐怖に陥れるには十分な威容を放っている。そんな威容を放つ艦隊ですら脅威に感じるユウヒは、ナチェリナの微笑みと協力者の女性による小言に挟まれながら、若干の問題を払いつつも水抜き作戦を遂行していく。


 しかし彼にとって小さな問題であっても、どこかで大きな問題が出ているのが彼の日常である。果たしてユウヒは何事もなく作戦を終わらせ、平和のうちに帰宅することが出来るであろうか、それは異界から覗く神すら分からない。



 いかがでしたでしょうか?


 到頭始まった湖の水抜き作戦、どこかの番組でやりそうな作戦名だがその規模は果てしなく膨大で、本当に一日で完了するのか不安な人々に恐怖を与えながら、ユウヒは突き進む。ユウヒの周辺以外で問題が起きている様だが、果たしてどうなるのか、楽しんで貰えたら幸いです。


 それではこの辺で、感想評価等ありがとうございます。またここでお会いしましょう。さようならー

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