第二百四話 ドーム被害地救済準備
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『ドーム被害地救済準備』
ユウヒが巨大骸骨を討伐し、米軍兵士の心に消えない傷を残した翌日早朝、予想外の戦闘で疲れ切った彼は起き抜けのような表情で、高そうなスーツを着た男性の前に座っていた。
「と言うわけで、ユウヒ殿のAプランが採用された。ついては協力のほどを頼みたい」
高級なフカフカのソファーに座り、その沈み込むほどやわらかな感触が眠気を誘う中、スーツの男性は伸ばされた背筋と同じような真っすぐな声でユウヒに協力を求める。
「・・・・・・ん?」
「夕陽さん・・・」
真っすぐ見詰められながら協力を求められたユウヒは、半開きの目で男性の視線を見つめ返し、しばらく見つめ返していたかと思うと徐に眉を寄せて小首を傾げた。その姿は相手を馬鹿にしているように見え、同席した自衛隊員と日本の外交官が焦るが、疲れたユウヒの表情故に怒りより心配の方が先にたったアメリカ政府高官の男性は、ユウヒを見詰める視線から僅かに力を抜く。
「えっと? いやいや、ん? あれは提案であって実行可能なプランとしてしっかり仕上げたわけじゃなくてですね?」
頭がまだしっかりと働いていないユウヒ、しかし今の彼の状況は頭が働かないが故の困惑ではないらしく、いくつか提案した内容が正式なプランとして扱われていることに対する困惑の様だ。特にAプランと言われた提案の内容は、割と非現実な作業の連続であるため、その効果に対して選ばれる確率はかなり低いと思われる内容であった。
「理解している」
しかし、提案はユウヒにとって実現可能な内容として纏められており、後はアメリカの協力次第と言った感じなので、全面協力を得られると言うのであればユウヒにも断る理由は無い。その為、彫りの深い白人男性の真剣な表情と言葉を受けたユウヒは、冗談ではないと理解して曲がっていた背中を伸ばし、話す態勢を整える。
「そちらの計画に沿っていった方がいいのでは?」
まともに話す姿勢を見せるユウヒに日本の外交官が息を吐く中、ユウヒは確認するようにAプランと言う提案を実行していいのか問う。環境への影響や迅速さを重視したその計画は、アメリカ側の全面的な協力が必須であり、特に広範囲で住民の避難を必要とするため、ユウヒの中ではあまり現実的ではなかったのだ。
「・・・非常に遺憾であるが、対応策が出なかった。いや、いくつか計画は立案されたがコストパフォーマンスが悪すぎてだな」
そんな現実的ではない計画を推す理由は、アメリカの上層部でまともな解決策が立案されなかったことが大きい。巨大な先進国家であるアメリカであれば、いかなる困難も突破できそうなものであるが、それも人智が及ぶ範囲の話である。人智の及ばぬ領域から現れた災害を前にしては、同じ領域の力に頼らざるを得ない様だ。
「・・・・・・実際は?」
「・・・」
しかし、ユウヒはただ頼っているっと言った感触を受けなかったようで、どこか冷たい視線を男性に向ける。その視線は母親譲りの射抜く様な視線で、交渉事の世界で生きてきた男性に戦場の様な冷たい殺気を感じさせた。
「夕陽さん?」
「・・・ユウヒ殿の能力を我々は高く買っている」
彼の経験からくる勘がユウヒと言う存在を危険と断定し、同時に下手に丸め込もうとしようものなら牙を剥いて噛み付いてくると感じさせた。それ故正直に話すべきと判断した男性は口を開き、しかしぎりぎり残った理性はストレートな言葉を選ばず、少しわかりにくいニュアンスを選ぶ。
「責任転嫁、責任逃れ・・・丸投げですねわかります」
「・・・すまない」
そんなニュアンスからもユウヒの勘は相手の真意を読み取った様で、呆れたような表情を浮かべた彼は溜息混じりに呟き、男性は初めてここで小さく頭を下げた。どうやらこの決定には大統領の思惑以外にも、アメリカと言う国を牛耳る者達の思惑が複雑に絡んでいる様だ。
「いやまぁ、借りは高いと言う事でいいですよ」
面倒な思惑が絡み合う気配を感じたユウヒは、諦めた様に肩から力を抜くと、力ない笑みを浮かべながら彼らの依頼を了承する。
要は何かあったとき逃げることが出来る様に、ユウヒと言う人間を逃げ道や防波堤に使おうとしている人間がおり、そう言った思惑込みで大統領の推すAプランが全体で推奨され、さらにこの計画が失敗した場合現大統領を退任に追い込む事も出来るなどと、そう言った派閥の暗躍もAプランの後押しをしたようだ。
「ふっ・・・返しきれるかわからんな」
「とりあえず、こちらの提案した方法で良いならそのまま進めます。ただ向こうともまた話し合うので少し時間は必要ですが」
ユウヒの言葉と視線から、全てを理解した上での回答であることを察した男性は、その姿にとある傭兵の姿を重ね笑みを浮かべると、目の前の金と青の瞳の奥に見え隠れする静かな炎の揺らぎに、背中をうっすらと汗で濡らす。
そんな男性の内心を知ってか知らずか、気分を入れかえる様に背筋を伸ばしたユウヒは、諦めたような表情でこれからの活動内容を話し始める。Aプランは言ってしまえば異世界の技術とユウヒの魔法を自重なく使った計画であり、安全面を考えると異世界の住民としっかり計画を立てる必要があり、ユウヒの頭の中はすでにそちらに向いている様だ。
「わかった。なるべく急いでほしいので、こちらもすでに住民を避難させる準備を開始している。いつでも連絡してくれ」
「わかりました。・・・バカンスって短いですね」
「何と言ったらいいか・・・」
一方、アメリカ政府側は最初からAプランを引き受けてもらえる前提で動いており、努力義務であった避難が本格的なものへと変更され、今も水を流す川の周辺地域では大規模な避難計画が進められている。それは同時に短いバカンスの終わりを告げる声でもあるようで、思わず枯れた笑みを浮かべると窓の外の晴れ渡った空を見上げるユウヒ。
「ああ! 休みはしっかりとってくれて構わない、むしろ取ってほしい」
「そうですか?」
そんなユウヒの横顔を申し訳なさそうな表情で見詰め、小さく呟く自衛隊員達。その哀愁が漂う空気に、米国政府の男性は腰を浮かすと慌てた様に声を上げる。どうやら彼はユウヒの休暇を邪魔してまで仕事をさせるつもりではないらしく、そんな男性の慌てる姿にユウヒは首を傾げた。
「・・・日本人は働き過ぎだ、こちらから言わなければ本当に倒れるまで働くからな・・・」
「あぁ・・・」
「耳が痛いですね」
彼らは当然アメリカを危機から救う事を第一に考えているが、同等に夕陽との関係も重視している。万が一ユウヒに拒絶された場合、いくら日本との密接な同盟関係があったとしても、彼の背後に居る人間達が黙っていない事は、すでにアメリカの諜報機関も把握しており、その重大さは外交や軍事に関わる人間なら誰しもが顔を蒼くする事実であった。
「必要な物があれば何でも揃えよう。とんでもない物を要求されない限り上限はないと思っていい。金に煩い連中も君の案には諸手を挙げて賛成しているからな」
またユウヒの案を特に魅力的と捉えていたの直接資金繰りに動く人間達であり、被害をより小さくすることが可能であれば、大抵の要求には答えられる様に準備がされている様だ。
何でもと言う言葉に表情筋が僅かに動き反応するユウヒは、一瞬のうちに作りたい物を思い浮かべ、その作成に必要となる資材を算出していく。
「そうですか・・・とりあえずは現地調達しますが、今後の事を考えると不活性魔力の対策は必要だと思うので、そちら用の資材が欲しいですね」
「用意してくれるのかね?」
しかし大半が異世界産の、特に魔力との親和性のある物が必要になってくるため、彼等に頼む物は少ないかと、僅かに上がっていた眉を元に戻しお願いする旨を伝えるユウヒ。彼は自分の欲望半分で話しているので大したことを言っているつもりが無いが、現状手の打ちようのないアメリカにとってその提案は何物にも代えがたいものであった。
「米軍の兵器は強力でしょうけど、魔力対策は用意しないと危ないですよね? 俺もあんなのとまた戦えと言われても困るので・・・」
「その件に関しては助かった。こちらの調査部隊も調べが進めば進むほどに顔が蒼くなっていたからな・・・」
米軍の調査がどの程度進んでいるか解らないユウヒも、流石に魔力までは解析できていないだろうと、その対策に必要な道具を考えながら困ったような笑みを浮かべ、その笑みに息を吐いた男性は、巨大骸骨の件に触れると調査部隊の様子を思い出し、乾いた小さな笑いを口の端から洩らす。
「いくつか方法を考えときますので、その際の資材はそちら持ちと言う事で」
「伝えておく」
話が終わったと見て立ち上がるユウヒの言葉に、彫りの深い顔に笑みを浮かべた男性は、自らも立ち上がり手を差し出すと、自然と手を差し出したユウヒと握手を交わした。
「それじゃ何が必要になるかリストに上げるので部屋に戻ってます」
「わかりました」
彫りの深い目元に皺を刻んだ明るい青色の瞳を見上げたユウヒは、同席した自衛隊の小隊長と外交官の男性に一言告げると、大きな木製の扉に向かって歩き出す。ユウヒ一人なら尻込みする様なホテルの中にあるVIP用の談話室の扉はとても重厚で、音漏れも考えられて重いにも関わらず開け閉めはスムーズである。
「・・・ところでユウヒ殿?」
「はい?」
そんな扉のドアノブに手を掛けようとしたユウヒであるが、背後から声が聞こえた瞬間ドアの脇に待機していたSPに先を越され、その素早い動きに驚きつつも呼び止められた方に顔を向け不思議そうな声を洩らす。
「大統領と会談する気は無いですかな?」
「無いですね」
即答、まさに即答と言う言葉を体現するかのごとき速さで返された返事に、男性は思わず目を見開くと心底楽しそうに笑みを浮かべ口元を品よく押える。
「・・・そうか」
周囲から噴き出すような音が聞こえてくる中、ようやく落ち着いた男性は残念そうに、しかしまったく残念そうに聞こえない声色で一言呟き、そんな男性に目礼したユウヒは、SPにドアを開けてもらい足早に退室するのであった。
天気の良いゆっくりとした休日の昼間から部屋に引きこもって、創作欲求を満たすためにどんな資材をアメリカ政府から用意してもらおうかユウヒが悩んでいる頃、遠く離れた日本の天野家リビングでは、母と娘が静かでゆったりとした朝を迎えていた。
「・・・お父さんまだ帰ってこないんだね」
夏休みも終わったとあり、制服姿で朝食のフルーツグラノーラを食べる流華は、軽い咀嚼音を洩らしながらテレビに目を向けていたかと思うと、口の中のものを飲み込み母に目を向け問いかける。父親の不在は長引くのかと。
「そうよぉ今回はおいたが過ぎたから少し遠くまで逝ってもらったわ」
「ふぅん・・・」
現在天野家のリビングに置かれた一台の椅子には、一家の大黒柱(笑)と言う名札を付けられたクマのぬいぐるみが置かれており、勇治の姿はどこにも無い。どうやら明華の逆鱗に触れた彼は強制出稼ぎと言う文字通り戦場に送り込まれた様だ。普通なら父親の安否を気にするところであるが、天野家ではよくあることなのか、スプーンを咥えた流華は興味なさげな声を洩らすと、誰も座っていない隣の椅子に目を向ける。
「ユウちゃんも居ないから流石に寂しいわね」
彼女が目を向けた席にいつも座っているのは、現在アメリカに居るユウヒで、その視線に気が付いた明華は食べようとしていたトーストをお皿の上に置くと、男二人の居ないリビングの静けさに小さく呟く。
「まぁ・・・と言うかお父さん追い出したお母さんじゃん」
「愛ゆえなの! どうして男の人は若いってだけでフラフラするのかしらね!」
しかし、ユウヒに関しては別とは言え、一番賑やかな勇治を僻地に飛ばしたのは明華である。そんな彼女は流華のツッコミに対して頬を膨らませると、テーブルを軽く何度も叩きながらわざとらしく憤慨して見せ始めた。
「若い・・・そうかな?」
「そうなのよ、ダーリンたら若い子が店に入るとすぅぐ見に行くんだから」
男と言う生物の生態に対して文句を溢れさせる母の姿に苦笑を浮かべる流華であるが、頭の中で何やら否定的な意見が思い浮かんだようで、明華に目を向けると小首を傾げながら呟く。
「でも、お兄ちゃんあんまりそんな感じじゃないよ? どっちかと言うと大人の女性が周りに多いような・・・・・・」
明華の中での男は愛する夫である勇治であり、流華の中では身近な異性であるユウヒであるようだ。そんなユウヒの周囲には昔から大人の女性が多く、そんな魅力的な女性に囲まれる兄の姿に、昔から色々と気をもんできた流華としては、母の不満が今一つ想像できない様だ。
「それは・・・まぁ、昔からの知り合いが大半そうなだけよ。それに芽は摘んできたから大丈夫」
小首を傾げながら眉を寄せる娘に目を向けた明華は、ユウヒの人間関係の偏りに関して、その原因の一旦に自分が絡んでいる認識があるようで、何とも言い難い表情でもごもごと話し目を逸らすも、芽は摘んできたから大丈夫だと自信ありげに告げると、娘にウィンクを飛ばす。
「・・・変なことしてるとまた怒られるよ?」
「大丈夫よ、ユウちゃんはお母さんの事を愛してるもの」
不穏な事を楽しそうに話すいつもの母の姿に、呆れたようなジト目を向ける流華は、何となく妙な感覚を感じて注意を促すも、明華は特に気にした様子もなく両腕で自らを抱きしめるとくねくね揺れながら蕩けたような笑みを浮かべる。
「・・・うーん」
男二人が居なくともいつもと変わらない天野家の日常、どこからどう見ても平和であるはずなのに不穏な雰囲気で、テレビからもいつもと変わらずドーム関連の話題やどうでもいい日常の話ばかりが流れていく。
「んー?」
しかしこの時、流華は普段感じない直感めいたものを感じており、その結果目の前で笑みを浮かべ小首を傾げる母が叫ぶ未来を想像してしまうのであった。
そんなやり取りのあったあくる日、場所はアメリカのドーム跡地湖畔で、時間はまだ日も登らぬ深夜と言ってもいい早朝。場所を覚えたことで誰にも言わずホテルの窓から飛び立ったユウヒは、直接話す以外に連絡手段の無い異世界の深き住民と今後の打ち合わせに来ていた。
「んー?」
「そういうわけで、まるなげ・・・もとい全て任されたので、勝手に詳しく計画を決めて行こうと思います」
一通り話し終えたユウヒの前には、硬い笑みを浮かべ思わず首を傾げる女性が一人。彼女は深き者と言われる異世界の住人の代表として、以前もユウヒと接触持った触手お化けパワードスーツのパイロットである。
「・・・その、なんだ。ユウヒ殿はもしかしなくても相当上の地位の方なのでしょうか?」
女性が硬い笑みと首を傾げる理由は、ユウヒの説明を聞いた結果、彼が全権大使と言ってもいい立場にあることと、さらに彼の一言で一国の軍がすでに動いていると言う事実を理解したからであった。
「いえいえ、ただの一般市民ですよ? ただまぁ・・・ちょっと異世界知識があるだけで」
「そうですか・・・」
ユウヒ的には、アメリカと言う巨大な国の掌でうまいこと踊らされているだけにすぎないのだが、話だけ聞けば女性が驚愕してもおかしくは無い。またアメリカとしても、彼の事を扱い切れずに困っている節があるのだが、ユウヒは今一つ理解していないのであった。
「・・・」
「信じてくれていいのですよ?」
そんな一般市民と言う言葉に、深き者たち特有の色素が薄い目を細める女性は、無言で彼を見つめ続け、ユウヒが少し悲しそうな表情と声で小首を傾げるも、その表情と視線は変わることが無い。
「・・・」
「むぅ・・・まぁいいです。とりあえず色々決めて行きましょう。あとそっちもその視線止めて?」
じっと物理的圧力が発生しそうな視線を受け止めるユウヒは、小さく咳ばらいをすると正面からの視線から逃げる様に首を動かすと、左斜め下方に視線を向け、そこからも注がれる視線に背中を丸めるとツッコミを入れる。
「ユウヒ君が自分の過小評価をやめたらね」
ユウヒの左腕に取り付けられた通信機の向こうから視線を注ぐ女性は、ユウヒのツッコミを受け心底あきれた様にため息を洩らし妥協案を示す。
「え?」
「・・・なんで予想外みたいな反応なのかしら」
しかしそんな妥協案を全く理解できていない様子のユウヒに、女性は頭を抱えるとため息交じりに疲れた声を洩らし、その声を聞いた深き者たちも静かに頷くのであった。
ユウヒが徹夜で作った深き者たちとの専用翻訳機が、石のローテーブルの上で魔力の淡い光を放つ中、通信機越しにテーブルを挟む両者は理解と親睦を深める。ただ一人困惑するユウヒは、この世界の新たな交流の懸け橋となれるのか、それとも新たな火種の運び手となるのか・・・それはまだ誰にも分からない。
いかがでしたでしょうか?
巨大骸骨を倒してしばらくゆっくりできると思っていたユウヒですが、仕事はたまり続ける様です。日本人の働き過ぎを懸念するアメリカ人は、一体ユウヒによって何を見せられることになるのか、次回も楽しみにして貰えたら幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




