第二百一話 不心得者は深き者と遭遇す
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんでもらえたら幸いです。
『不心得者は深き者と遭遇す』
荒れるアメリカの中でも特に変わり果ててしまった湖の奥深く、光の届かぬ水底には届かぬはずの光がそこかしこに見られ、その淡く強い光は互いに思考を届け合う。
「意見集約」
その光を用いた会話は、中央の大きな影に集約されて行き同時に分析されていく。
「精査開始」
ざわめきの様に強い光の線が飛び交っていた暗い水底は、大きな影の一言で静まり、様子を伺う様に淡い光を灯し出す。
「問題浮上、提案事項追加」
大きな影はしばらく目を閉じ無言で熟考していたようだが、何やら問題があるらしく目を見開くと虹色に光りながら幾重にも光線を周囲に放ち、その瞬間周囲も一斉に騒がしくなり、あちこちから光の線が水の中を通り過ぎていく。
「有力異世界人、交渉推奨」
その問題を解決するためには、彼らが有力異世界人とするユウヒに相談する必要があると判断され、巨大な影は大きく見開いていた目を細めて周囲にばら撒く光の光量をゆっくり落とした。
「・・・交渉役、専任許可」
そんな大きな目に向かって暗い水底の奥から細い光の筋が届く、どうやらそれまでの様子を見るに、彼等は暗い水の中で光を使って会話を成立させている様で、今の光はユウヒとの交渉役を選任してほしいと言う要望の様だ。その要望に対して僅かに瞼を上げた影は、幾分乱れた声を漏らし許可する。
「高魔力反応検知・・・反応確認、有力異世界人」
その許可にまたも光のざわめきが広がる水底で、何が起きたのか急にすべての光が途切れてしまう。その原因はどこかで発生した膨大な魔力によるものの様で、すぐにその魔力の発生元が特定される。
「状況確認急務、連絡不可」
どこに居ても一部の界隈を騒がすユウヒは、今回は異世界の住人までも騒がしてしまう。そんなユウヒと連絡を取り何が起きているのか知りたいらしい影は、しかし連絡手段がないことに低く唸るような声を洩らす。
「・・・・・・現状維持、観察部隊編成指示」
しばらく熟考、いや葛藤しているような淡く瞬く光を瞼の端から洩らしていた影は、瞼を薄く開くと一つ指示を出しすぐに沈黙するのだった。
「・・・」
「・・・・・・」
巨大な影が暗闇に溶け込む様に静かになった一方、周囲には慌ただしさが伝わる様な光の筋が飛び交い、水の反響音が静かに響き出す。ユウヒの前に現れた巨大なパワードスーツの影が光の筋に照らし出され、ほかにも様々な種類の影が動き出していた。
一方異世界の住人がその魔力量だけでも恐れるユウヒは、現在ダム湖の空の上で急加速急旋回急上昇急降下を繰り返している。
「そいやあっと!」
その動きはまるで餌を追う燕の様に俊敏で、現在の科学力をもってしても再現できるような動きではなく、それこそアニメや映画の中のヒーローそのものであった。
「どーっこいしょ!」
巨大骸骨に急接近したユウヒは、気の抜けた掛け声とともに大鎌を振り抜く。切り上げられたのは樹齢数百年の大木の様に太い骸骨の腕、大鎌に半分以上切り裂かれるもまるで逆再生映像の様に修復されていく。
「こいつ集合体か・・・浄化が先かな」
止まることなく旋回しながら修復されている場所を睨むユウヒの目には、無数の骸骨が絡み合い傷を修復する姿が映っており、見る人が見れば発狂しそうなほど悍ましいその光景に、彼は肩を落としながら骸骨の大腕の攻撃を急制動で避けていった。
両腕による攻撃を水面近くまで急降下することで避ける事に成功したユウヒは、巨大骸骨の足から這い上がる無数の骸骨を目にして理解する。これまでにユウヒは魔法や大鎌の斬撃により巨大骸骨を破砕したり切り飛ばしたりしていたのだが、それら全てが瞬く間に修復しており、その原因は足元から常に供給される骸骨にあるようだ。
「てつだうー」
「光で活性化できるよー」
不活性魔力によって汚染された湖の奥で何が起きているのか謎であるが、汚染された湖が悪さをしていることは確かであろう。そんな湖の水を浄化できると言ったのは光の精霊、手伝うと言う水の精霊もその言葉に同意するように頷いてユウヒを見詰める。
「マジか!」
「たぶん?」
元々魔力を活性化させる役割を持つ精霊であるため、出来てもおかしいことは無く、しかし今のような特殊な状態でも可能と言う事に驚いたユウヒに、精霊たちは小首を傾げた。実際にやってみないと分からない、と言った様子の精霊の視線に何か感じたユウヒは、胸の小さなポケットに手を伸ばす。
「ならこの中の魔力使ってやってくれ」
「ヒャハー!」「こいつは上物だー!」「わけまえよこせー!」
ユウヒの動きを息を飲む様な表情で見詰めていた精霊たちは、彼がポケットから水晶柱を一本取りだした瞬間満面の笑みを浮かべ、放り投げて渡されると歓喜の声を上げお祭り騒ぎとなった。
「どう言うテンション―――」
「ギャアアアアア!!」
「だよ! っととお!?」
大量の魔力が詰まった結晶を奪い合う様にして離れていく精霊たちに呆れた声を洩らすユウヒ。しかしそんな気の抜けた空気もすぐに終わり、攻撃対象を捕捉した骸骨は甲高い叫び声と共に振り上げた両腕を勢いよく腕を振り下ろし、影で攻撃に気が付いたユウヒはしゃべり終わる前にその場から離れ、水面を滑るように移動しながら、骸骨の攻撃によって発生した水柱から逃れると空に舞い上がる。
「aaaaAAAAAA!!」
「うるさ!? 音波兵器かよ・・・」
空に舞い上がり態勢を立て直すユウヒは、追撃の様に浴びせかけられた絶叫に耳を押さえた。どこから出ている声なのか解らない不協和音は巨大骸骨の体を伝わり湖の水面を泡立たせ、それは遠く離れた場所に展開する米兵の耳まで襲ったようで、耳を押さえ身を屈める者の姿が見られた。
「おお、湖がうねり始めたな」
耳を押さえながら少しでも遠くにと水面近くにまで降りて来たユウヒは、泡立っていた水面が大きくうねりだしていることに気が付き、足を取られないように気を付けながら周囲を見渡す。未だ叫び続けている巨大骸骨を見上げたユウヒは、視界の端で動く何かに気が付きそちらに目を向ける。
「オアアアアアア!!」
「えぇぇ・・・もうなんだかわからんな、腕が六本に足が四本」
手で押さえた耳を貫通して聞こえてくる叫び声を我慢しながら向けた視線の先では、それまでの何倍もの骸骨が巨大骸骨の足を這いあがっており、さらに叫び声が大きくなった瞬間、巨大骸骨の背中から三本目四本目の腕が生え始め、気づけば小さな骸骨が這い上がる足の数まで増えていた。
「っ!? はは・・・こりゃ一号さんに手伝ってもらいたいところだな」
予想外の事態に思わず呆けてしまうユウヒであったが、直後周囲が暗くなったことに気付き慌てて後ろに飛び去る。ただ後ろに移動する事だけを考えて急加速したユウヒの目の前に、一本一本が大岩の様な白い指の骨が見えたかと思うと、水面を強かに打ち付け彼の視界全体を泡立った水で真っ白に染める。
「貫通攻撃大亀の次は範囲攻撃骸骨とか、めんどくさすぎるなあ!」
止まることなく低空を後退するユウヒに、六本に増えた腕を波状的に繰り出し絶え間なく攻撃を仕掛けてくる巨大骸骨、その攻撃範囲は広く大亀の光線と違ったいやらしさがあった。その証拠にユウヒは未だにその攻撃範囲から逃れられず回り込む様に打ち込まれる腕の所為で上空にも逃れられていない。
「尽く滅べ【フリーズデストラクション】」
時折視界の端で精霊たちが慌てた様に飛び退いている姿に肩の力を抜いたユウヒは、タイミングを狙って強力な破壊の魔法を放つ。
対象を絶対零度まで瞬間的に凍らせ崩壊させる類の魔法は、ただの生物なら先ず防ぐことは出来ないのだが、
「駄目だな、骨だからか効果が薄い・・・やっぱ物理だな」
そこは全身骨しかない骸骨、どういう理論で動いているかわからない事と同様に、どういう理論か崩れた先から再生して行き、その姿が想定内だったユウヒでも思わず呆れてしまう。
「浄化は進んでるが・・・ダムが結構ダメージ食らってるな」
それでも上空に逃げるだけの時間は稼げたようで、勢いよく上昇したユウヒは水礫の範囲攻撃から逃れると、大振りな巨椀から逃げつつ周囲の状況を確認していく。
「レーザーは、危ないしぃ・・・何かいい方法はないものか」
以前大亀に使用した巨大なレーザーを使えば、巨大骸骨だけでなく供給源となっているダムの水まで瞬時に蒸発させることが出来るであろう。しかしそんなことをやった日には、ただでさえダメージが蓄積しているダムは決壊しかねず、万が一コントロールをミスれば周囲の米軍まで巻き込みかねずない。
「うお!? 風圧がえげつない・・・戦車って横転するんだな」
避け続け周囲をグルグル回るユウヒに苛立った巨大骸骨は、六本の腕を限界まで広げると勢いよく回転を始め、まるでプロペラや草刈り機の様に無差別に攻撃し始める。その腰骨の辺りで回転し続けることで生み出された突風は、遠く離れた場所で固唾を飲んでいた米軍兵士を吹き飛ばし、停車していた戦車の重たいはずの車体を綺麗に横転させていた。
「【大楯】崩せど崩せど元に戻る・・・供給を断てばいいのか」
骸骨の腕が直接当たらなくとも、突風とその風に乗って来た小石に当たっただけでも致命傷になりかねない状況に、頼れる盾を呼び出しその陰に隠れるユウヒ。彼は【大楯】から顔を少し出しながら思案すると、何か思い浮かんだのか手を打ちニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「ほい! ほい! おk・・・【ワイド】【ワイド】【ノーブルアイスフィールド】」
大楯に守られながら急降下していくユウヒは、細長いポケットから複数の結晶を取り出し右手の指の間に挟むと、意を決した様に【大楯】から飛び出し、多少の怪我も気にせず一気に巨大骸骨の足元に飛び込む。直接腕こそ飛んでこないものの、勢いよく飛んでくる小さな骨の破片は服を裂き頬に赤い線を刻んでいき、しかしそれでもユウヒは気にせず真っすぐ突っ込むと、結晶の魔力を全部使い一つの魔法を構築し水面に叩き込んだ。
勢いよく水面に突き刺さった結晶は、一瞬で周囲の水と言う水を凍てつかせ、巻き込まれそうになった火の精霊が悲鳴を上げる。その範囲はダム湖の面積の半分にも達し、四本ある巨大骸骨の足をすべて氷の中に取り込んで縫い付けた。
「かーらーのー【マルチプル】【ヒュージ】【アイスピラー】」
身動きの取れなくなった巨大骸骨は腕の回転を止めて驚愕の声を上げるが、ユウヒの留飲はまだまだ下がることが無いようで、凄惨な笑みを浮かべるユウヒは楽しそうな声を零しながら氷原に降り立ち盛大に魔力を撒き散らす。
「わー!?」
「わーい!」
「さむ!?!?」
魔力と妄想を盛大に撒き散らしたユウヒの周囲からは、とんでもなく太く長い氷柱が吹き出し、いくつも巨大骸骨の隙間に突き刺さて行く。巨大氷柱を圧し折ろうとする骸骨だが、その氷はユウヒと結晶の魔力がこれでもかと込められたもので、強度はかなりのものなのか折れそうな気配もなく凍り付いた湖面にも突き刺さりびくともしない。
ユウヒが連続して使った魔法により周囲の環境は一変し、ダラダラと汗を流すような暑い日差しは健在にも拘らず、一瞬にして汗が引くほどの冷気に満たされ、空気中の水分は氷の結晶となって舞う。その光景に光の精霊は驚き、水の精霊は歓声を上げ、火の精霊は悲鳴を上げてユウヒにしがみ付き暖を求める。
「ふははは! 動けまい!」
「グオオオオオオ!!」
魔力の大量使用の所為かテンションの上がったユウヒは、氷柱が体を貫き周囲を囲む氷の牢獄に身動きできない骸骨を見上げ高笑い上げた。そんなユウヒの高笑いは巨大骸骨にも届いたのか、忌々しげな声上げて腕を振り回すも、がっちりと氷に挟まれた体はまともに動かす事が出来ない。
「それでは解体作業の開始だ! 浄化は頼んだぞ!」
『はーい!』
これまでの鬱憤を晴らせることに喜びを隠せないユウヒの笑みに、かたかた震える巨大骸骨は、気の所為かそれまでより幾分小さく見える。彼の掛け声に元気よく返事を返す光と水の精霊は、ユウヒが無造作に投げた結晶を空中で掴むと騒がしく周囲へ散っていく。
『・・・・・・』
一方、火の精霊はいつもの元気はどこに行ってしまったのか、意気消沈した蒼い顔でユウヒにしがみつき震え、そんな精霊たちの姿を氷原をゆっくり踏みしめながら見下ろすユウヒは、腰に巻いていたぼろ布で作ったポンチョの様な外套を着直し、フードを被ると小さく笑みを浮かべるのだった。
火の精霊が外套の影から見守る中、ゆっくりと歩き巨大な大鎌を一振りして肩に担ぐユウヒ。その姿は遠く離れた場所から多数の人々に見詰められ、自衛隊の面々も土嚢の壁に隠れながら双眼鏡で様子を窺っている。
「なんだ・・・これは」
壁から頭だけ出してダム湖を見渡す米兵たちは、初めて見る異次元の戦闘に言葉を失い、かろうじて言葉を発せた者も絞り出す様なか細い声で、一部は思わず神に呼び掛けていた。
「いやー派手だなぁ」
「やはり氷属性ですよね!」
そんな米軍の兵士を横目に、すっかりユウヒに毒されたのか元からなのか分からない自衛隊員は、双眼鏡から目を離すと氷の平原に閉じ込められた巨大骸骨を見上げて派手だと呟き、その隣ではなにが嬉しいのか鼻息の荒い男性自衛隊員が飛び上がるユウヒを目で追う。
「腕の復活が止んだな」
彼らの視線の先で飛び上がったユウヒは、叩き落とす様に降られた巨椀を避けながら大鎌を振り抜き、切り飛ばされた巨大骸骨の手首から先が宙を舞う。先ほどまで瞬時に繋ぎなおされていたか腕は、しばらく見ていても再生することは無く、その状態を確認する様に自衛隊員は嬉しそうに呟いた。
「ちょっと待ってくれ! 何故そんな平然としていられる!?」
「・・・あぁ、まぁ経験でしょうか?」
双眼鏡で覗いたり、肉眼で確認したりを繰り返しながら、どこか淡々とも見える姿でユウヒの動きを記録していく自衛隊員。その姿は米軍兵士にとって異常としか思えず、思わず立ち上がり叫んだ黒人男性に、自衛隊員達はきょとんとした表情を浮かべると、困ったように笑い経験であろうかと自信なさげに話す。
「比較的大人しめですよね? まぁ大亀のレンジが異常だったから今日は安心してみれま―――」
彼らの会話に、双眼鏡を覗いていた氷属性好きの自衛隊員は、明るい声で控えめだと話し、大亀の時より安心して見ていられると言いたかったようだが、その声は頭上を通過し後方に突き刺さった巨大な腕の骨による轟音でかき消される。
「・・・早いフラグ回収だったな」
フラグが立った瞬間に回収すると言う早業を見せた部下に向かって、笑いをこらえながら話す男性は、丸太の様な指の骨が垂れ下がる光景を見詰め何とも言えない溜息漏らす。
「えぇ・・・ちょっと離れますか?」
「あの感じじゃどこも一緒だろ」
声を掻き消された男性が蒼い顔で後退を進言するも、さらにもう一本腕の骨が先ほどより遠くまで飛んで行き、今度は米軍の砲兵陣地手前に突き刺さる。猛烈な勢いで降られる腕を切断していることで、ちょっとした投石機の様に飛んでくる骨の塊を見て肩を竦める上司の苦笑に、肩を落とした男性は小さくそっすねと呟き、諦めた様に双眼鏡でユウヒを探す。
「ははは・・・やはり日本人はおかしい」
「酷い言われ様ですね。まぁでも実際ロシアの時より我々は安全ですよ・・・心配なのは夕陽さんの方ですが、彼に関しては心配するだけ無駄と言うか失礼と言うか」
上司と部下の漫才みたいなやり取りを見て、諦めた表情で何事もなかった様に観察を再開し始める自衛隊員達。彼らの異常な姿に乾いた笑いを洩らした軍人は、脱力した様に屈むと苦笑しながら話す男性自衛隊員にしかめっ面を向ける。
『・・・・・・』
「大丈夫ですかね?」
「まぁそのうち慣れるだろ」
しかめっ面を浮かべ無言で考え込む軍人を見ていた男性は、周囲の米軍関係者が一様に呆けた表情をしていることに気が付き、部下の言葉に思わず肩を竦めて見せた。石木が心配していた精神的ショックを乗り越えた自衛隊員の目の前には、現在進行形でショックを受けているアメリカ軍人たちの姿があり、一つ間違えば自分たちもそうなっていたと思うと、彼ら自衛隊員にはそっとしておく以外何も思い浮かばない様だ。
そんなショックの源であるユウヒを観察する者は、自衛隊以外にも存在し、それは遥か遠く隣の州の空に浮かび、誰の目にも留まることなく静かに観測していた。
「・・・・・・・・・状況確認中」
晴れ渡った空の下で影一つ作らない透明な何かは、強い風の吹き抜ける高空で定時連絡を行う。
「有力異世界人、個体名『ユウヒ』の戦力把握完了。純粋魔力の使用及び原初型と思われる魔法の併用を確認。対象の最低評価を戦術級に引き上げ変更」
「了解」
それは異世界の技術で作られたステルス機能のようで、まったく姿の見当たらない何かは、観測結果からユウヒと言う存在の危険度を『戦術級』と言う物騒なものに引き上げた様だ。
「帰還する」
最初がどういう評価だったか解らないものの、戦術級と言う評価は彼らの心に蠢く恐怖心を如実に語っていた。
「・・・フローター停止、軟着水・・・?」
観測を終えた透明な何かは、音もなく高度を落としていくと、湖の水面直上で姿を現して勢いよく着水する。勢いよくとは言っても、着水する瞬間に大量の触手が水面に突き刺さり、非常に静かな着水を果たした何かは、僅かな波紋を発生させるとゆっくり水中に沈み始めた。
しかし、その時触手の生えた何かは一つ見落としをしており、その見落とした何かに気が付いたそれは、丸い体から生えた無数の目を一点に向け、視線の先に居た影を凝視する。
「ば、化け物・・・」
異世界の住人が、有機的な光沢のある丸い大きな体に生えた無数の瞳で凝視した先には、カメラ機材を抱えた人が立っており、真っ青な顔で腰を抜かしたのか尻もちをついて後退り始めた。
「まずい異世界現地民に見られた。緊急降下! 煙幕展開!」
ほかにも複数の人間が岩陰から現れ、幾人かは蒼い顔で震える手にライフルを持って銃口を向けようとしている。その姿が原住民であることを理解した異世界の住人は、水中に突き刺しているものより少し細い触手を持ち上げ、一斉に真っ黒な煙幕を噴き出しながら落ちる様に水中に沈む。
「偵察部隊緊急展開指示、観測部隊至急帰還命令」
緊急事態は即座に水底に潜む巨大な何かにも伝えられ、事態の進行を調べる偵察部隊が緊急出動し、ユウヒを観測していた部隊は迅速な帰還を指示される。
「な、なんだこれは!?」
「何も見えない!?」
「口をふさげ! 姿勢を低くしろ!」
その間にも触手から噴き出した煙幕は異世界の住人を目撃した人々を飲み込みその視界の尽くを奪う。まったく光を反射しない煙幕に呑み込まれた人々は、最初こそ声を上げていたが、数分としないうちに静かになってしまうのだった。
それから十数分後、叫び声に気が付いた米軍の部隊は湖畔の一角で足を止め、目を守るために装備しているサングラスを外し予想外の光景に目を見開いていた。
「こちらイエローチャーリー、対象を発見・・・全員気を失っている?」
首元の通信機に手を添えて話し始めた男性は、目の前の状況に困惑しつつ通信機の向こうの人間にありのまま伝える。十数人の人間が倒れているが胸は動いているので生きてはいる、しかしそんな事どうでもよくなるくらいに辺りは真っ黒であった。
「はい、気を失っているだけで生きてます。・・・ただ」
倒れた者達に急いで駆け寄る隊員は、生存を確認すると黒く汚れた手を気にしながら頷き生きていると話す。
「真っ黒だな」
地面は乾いた茶色の土が風で動いてまだらに黒く染まっているが、意識を失っている人間達は全身真っ黒である。
その後、彼らは黒い何かをサンプルとして採取すると、立ち入り禁止区域内に不法侵入した一団を叩き起こして拘束し、半狂乱で叫び始める彼らからその場で何があったか聞くことを諦め、鎮静剤を打ったのち兵員輸送用のヘリに乗り込みその場を後した。
「・・・・・・」
米軍一行が作業を始め終わらせる数十分の間、湖の水面近くには大きな目を空に向けた触手の姿があったが、誰もその姿に気が付く者は居らず、任務を終えた異世界の偵察部隊は、静かに触手を揺らし湖の底へと姿を消すのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの辞書に書かれた自重の文字はテンションと共に薄くなる、盛大に魔法を撒き散らす彼はいったいどんな評価をアメリカから受けるのか、次回もどうぞお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




