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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第百九十九話 町舞う死神

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『町舞う死神ヒーロー


 遠距離攻撃、範囲攻撃は使わないと言ったな? あれは嘘だ!


「【マルチプル】【対物強化】【アイスフェアリー】さあ! 狩りの時間だ!」

 正直近接攻撃だけじゃこの物量に対応できないし逃げそこなった人が多すぎる。かといって器用に何でも出来るスニールコンパニオンは消費が激しい上に見境ないから却下。と言うわけでだいぶ下位の互換魔法になるけど、こっちも良く好んで使っていた【アイスフェアリー】を、妄想の海から解き放つ。


 だってかっこよくない? 自分の周りを飛び回って自動攻撃してくれる使い魔的な魔法。だから鳥シリーズの魔法も揃えたんだよね。


「邪魔だよ! ほら!」

 などと考えてたら逃げそこなった人に集まる骨、骨、骨・・・正直精神衛生上よくないし、逃げそこなった人の中には気を失っている人も居るので早々に退場してもらう。


「な、なんだ!?」


「死神の仮装? いや・・・飛んでる」

 仮装・・・解せぬ。確かにそこらにあった布を簡単にコートにして顔隠している姿はどっから見ても死神っぽいけど、顔を蒼くしながらその評価はどうなんだろう。とりあえず俺の周りで笑っている精霊たちは後で一時間耐久無視の刑である。


「乗り捨てた車邪魔すぎ・・・せいやぁ! 【大楯】守れ!」

 若干の精神的ダメージを受けながらも、とりあえずは彼らを助けないといけない。周囲に乗り捨てられた車の影から飛び出してくる骨を吹き飛ばし、【大楯】に囲まれていた人たちを守らせると一気に飛び上がり足下から見上げてくる骨を視界に収め睨む。


「頭下げとけよ! 【サークルスプラッシュ】」

 大きく振りかぶった大鎌に勢いよく水が集まり、足下で屈む人たちに声をかけると大きく振り抜く。全周囲に向けて振り抜いた大鎌は凝縮された水を次々と発射し、視界に捉えていた骨へと飛んで行くと当たった瞬間圧縮が解放され爆発する。


「立てるか?」


「ぁ・・・」

 着地の衝撃で足が痛まないようにふわりと地面に降りた俺は、初めて使う魔法でも以前のような手応えを感じて思わず頬が緩むのを我慢しながら、地面にぺたりと座り込む女性に声を掛け手を差し伸べる。


「むむ・・・こっちだ! 助けてあげてくれ!」

 無意識にであろう俺の手を取った女性は、しかしまったく立ち上がることが気出来ない。どうやら腰が抜けると言った状況の様で、男なら無理やり渇を入れれば案外立てるものだが、女性相手にそれをするわけにも行かず、俺は拉げたタクシーの向こうに見えた人影に向かって声を上げる。


「わ、わかった! ちょっと待ってろすぐ行く!」


「早めにねっと!」

 警察然とした少しお腹の出た男性が、帽子を押さえながらおっかなびっくり走ってくるのを確認し、女性が口を開いたのを横目に大鎌を振るう。どうやら影に隠れて一部取り逃がしたようで、俺の意思とは別に飛び交う氷の妖精に次々と狩られながらも、必死に俺に向かって飛び掛かってくる骸骨。


「あ、あの・・・日本人?」


「ん? そうだけど?」

 どうやらゲームで言うとこの生命感知か何かを基準に動いていそうだ。思わずゲーム基準に考えてしまう自分の頭に呆れていると、足元から日本語が聞こえてくる。周囲に日本人は一人もいないはずなんだがと視線を下げると、足元でへたり込む金髪美女が声の主の様で、驚きで思わずイントネーションがおかしくなりながら返事を返す。


「ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして」

 俺よりも明らかにイントネーションの可笑しい女性は、俺が日本人と言う事で日本語を使ってくれているらしく、そんな姿に思わず笑みが浮かんでしまう。


「お、お願いですまだ向こうのビルに友人たちが居て! 骸骨に入り口を破られそうなんです!」


「向こう・・・」

 しかし、女性の切羽詰まった表情とお願いが耳に入ると、顔の表情筋が勝手に引き締まる。どうやら籠城している友人が居てさらに危険な状況らしい、そうなると彼女は外部に助けを呼びに来たことになる。周囲で同じく逃げて来たであろう男性達もへたり込みながら頷いていた。


「社長の別荘を守るってビルに立て籠っていて!」


「はぁ・・・そらまた社長さん愛されてるね?」

 どうやら住居ビルは社長さんの別荘らしく、その別荘を守るために残っているらしい。なんだ愛され系社長か、ここでノーセンキューとか言って去ったら完全に悪役じゃん・・・まぁ悪役でもいいけど、ちょっと寝覚めが悪いかな。


「助けてもらえませんか・・・」


「いいよ、何とかなるでしょ」

 選択肢は複数あっても全部助けるしかない状況に溜息が洩れる。そんな俺の姿に不安がよぎったのであろう女性に、俺は笑って答える。丁度太っちょ警察官も到着した様だし、後は彼に任せよう。


「あ、ありがとう」


「さあお嬢さんも下がるぞ!」

 男性達を立ち上がらせた男性警察官は、へたり込む女性を男性達と共に抱え上げ、ゆっくり立ち上がる女性は俺から視線を外さずじっと見つめお礼を言ってくる。あまり見詰められると照れるのでやめてもらいたいと思いつつ、俺はフード付きボロ布コートをはためかせながら、ゆっくり宙に浮かび上がっていく。


「あとよろしく」


「あ、あんたは」

 勢いよく飛び上がると危ないのでゆっくり浮き上がる俺に、警察官の男性は目を真ん丸に開いて声を掛けてくる。まぁ確かに人が目の前で空を飛び始めれば驚きもするだろう。


「んー? 通りすがりのヒーロー括弧笑いかな? ほら下がった下がった」

 なるべく警戒させないように、柔らかな声を意識しつつ笑みを浮かべ話すと、足元からこちらを見上げてくる男性達は口を小さく開けて呆ける。周囲の骸骨は【アイスフェアリー】が狩り尽くしたようで、冷気を振りまく小さな妖精が戻ってきたので、丁度いいと眼下の人々に移動を急かす。


「こっちだ! 援護する!」


「夕陽さん! こちらは我々が援護します!」


「了解!」

 今も尚こちらに迫る骸骨の反応を気にしていると、ここまで一緒に来た自衛隊員の二人がこちらに走り込んで来た。どうやら彼らの脱出を援護してくれるようなので、後は二人に任せることにして高く飛び上がる。一人と違って援護してくれる仲間が居ると言う安心感に息を吐いた俺は、大きな声で返事を残して女性の示した先に向かう。


「そらそらそら! てめえらはそんなものか!?」

 目的のビルに繋がる道もこれまでと同じく骸骨の姿があちこちに見られ、俺の声に反応して氷の妖精達が一斉に突撃を開始する。俺もまた大鎌振るうと目的地を視界に収め状況を確認して一気に踏み込み急行するのだった。





 ユウヒが女性を助けている頃、その女性が助けを呼ぶため脱出したビルの入り口は、様々な家具や什器が積み上げられ雑に塞がれていた。


「くそっ! 次から次へと・・・」

 大きなビルの入り口は、景観を考えてか大きなガラス窓が嵌め込まれており、その所為で破られたガラス窓を完全に塞ぐには至っておらず、埋めることの出来ない上部の空間からは骸骨が這い上がってきている。


「おらよっ! よし、今のうちにバリケード増やせ!」

 そんな這い上がってくる骸骨は、内側からモップやバット、さらには椅子や何か賞状の入った豪華な額縁などで殴られ押し出され、押し出した場所にはロッカーなどの什器が追加されていく。


「あほ! こっちはまだだっつうの!」


「くそ弾切れだ」

 それでも一部が塞がっただけで、まだまだバリケードは穴だらけである。一カ所塞いだことで気を抜く男に、離れた場所で穴から這い出てくる骸骨の頭を殴っていた男は声を荒げ、隙間からライフルで銃撃を行っていた男は、トリガーを引いても弾を吐き出さないライフルに悪態を吐くと、近場にあったラバーカップで隙間から伸びて来た骸骨の手を叩き折りそのまま隙間にカップを差し込む。


「銃なんて当たんねーだろ! 相手はスッカスカなんだぞ」


「頭狙えば鈍くなんだよ!」

 以外と効果のあったトイレの強い味方ラバーカップに眉を上げた男性は、すぐにその場を離れてアタッシュケースから銃弾の詰められたマガジンを探し始め、そんな男の背中を見ていたバット男は什器の上から手を伸ばしてくる骸骨と格闘しながら悪態を吐く。


「それより棒切れの方がマシだぁよ!」


「俺はインドアなの! お前みたいな馬鹿力と一緒にすんな!」

 どっちの言い分も正しく、力が無ければ殴り飛ばすのは大変で、銃による攻撃もその火力相応の効果は出ていない。バリケードを張ることで彼らが何とか維持している今の状況も、圧倒的な物量と絶え間ない攻撃を前にいつ瓦解してもおかしくなかった。


「だ、大丈夫か!」


「あんたらは隠れてろ! 子供いんだろが」

 現在ビルのロビーで格闘している男たちは十人もいない。彼らはとある会社の社員とその場に居合わせた関係者で、上の階には住居で震える住民が多数住んでいる。女性が言っていた様に社長の別荘を守ると言う理由もあったが、それ以外の人を守ると言う正義感が今の彼らに危険な前線で立ち続ける勇気を与えている様だ。


「しかし・・・」


「俺らは好きでやってんだ! 社長から部屋壊すなって言われてるんでな」

 住民の中には彼らの行動に突き動かされるように手伝う者も居たが、子供の居る人間はそっちを守っていろと、荒っぽく叫ぶ独り身男は大きく口角を上げた笑みを浮かべてバットを振るう。


「な、何か手伝えることは・・・」


「手伝えると言っても・・・? ・・・嘘だろ」

 それでも何か手伝えないかと呟き、すっかり物のなくなったロビーを見回す男性に、バットの男は骸骨の腕を圧し折って振り返ろうと一歩下がるも、頭上から暗い影が差し見上げ目を見開く。


「でけぇ・・・」

 鋭い日差しの反射光はバリケードを張ってもロビーの中に差し込んでいたのだが、ロビーが突然暗くなり、その原因を探ろうと顔を上げた男たちは小さく呟く。誰が呟いたのかわからない声であったが、急に静かになった空間ではよく聞こえた。


「逃げろ!」


「おぐわ!?」


「ぐぇ―――!!」

 そんな静寂は一瞬、一蹴でバリケードと男たちごと消し飛んだ。


「ひっ!?」


「く、クケケケケカカカカ!」

 大きく足を振りかぶってバリケードを蹴り飛ばしたのは、それまでの骸骨がおもちゃに見える様な巨大な骸骨。二階分の吹き抜けの天辺にある小さなはめ込み窓から、伽藍洞に赤い光を揺らす目で覗き込んでいる巨大な骸骨は、不快な声で嘲笑うと巨大な手で残りのバリケードを崩しながら広いロビー内に這う様に侵入してくる。


「なんなんだよ・・・これ」


「化け物め・・・」


「くそ、ここまでかよ・・・」

 人蹴りでロビーの端まで吹き飛ばされた男たちは、体のあちこちに感じる痛みを堪えながら体を起こすも、目の前にゆっくりと迫る脅威を目にして腰を抜かす。一口で十人近い人間を飲み込んでしまいそうなほど大きな頭蓋骨の奥では、愉快そうに赤い光が揺れており、広いロビー内に頭しか入ってないにもかかわらず絶望的な圧力を感じ、男たちは生きることを諦めた様に背中を壁にあずける。


「助け・・・来なかったな」


「まぁな、あいつ無事逃げたか?」


「さぁな・・・」

 巨大骸骨だけではなく複数の骸骨がゆっくりと歩み寄ってくる光景に、諦め暗く濁った瞳で床を見詰めた男は小さく呟き、隣の男は体をロビー内に入れようと入り口を破壊する巨大な骸骨を見上げながら、助けを呼ぶと言う口実を付けて逃がした女性を思い呟き、誰となしに肩を竦め笑う。


「クルキェーーー!」


『!?』


 そんな呟きも入り口の破砕音で途切れ、片腕をロビー内に入れた巨大骸骨の歓喜の叫びで男たちは息を飲む。彼らは最後の抵抗、いや悪足掻きをと痺れる体に力を籠める。


 が、力を籠める彼らの行動は次の瞬間、無意味に終わった。なぜなら、


「うるっさいわ!」


「クキ―――!? 「【スプラッシュ】」」


「・・・え?」

 突然現れた死神の大鎌によって、今まさに足を踏み込みロビーに入れようとしていた巨大骸骨の背骨が無残に圧し折られたからである。痛覚があるのか、酷い言われようと共に背骨を切られた巨大骸骨は、まさに声にならない声とでも言う様に大口を開くと足の支えを失い地面に崩れ、さらに強烈な攻撃を後頭部に受けて沈黙した。


「骨を殲滅せよ!」

 巨大骸骨によって大きく壊された入り口から入ってきた空飛ぶ死神は、氷の大鎌を気怠そうに下ろすと空いた手を前に出し叫ぶ。彼の言葉に呼応するようにロビー内に入ってきた氷の妖精は、次々と骸骨に襲い掛かりその背骨と頭を砕いて行く。


「ぉぉおおお」


「まだ動くのか・・・粉々にするしかないか? よいしょっとお!」

 今まで苦労していた骸骨たちが、瞬く間にその数を減らして行く光景を前に言葉を失う男たちは、起き上がろうとする巨大骸骨に身を固くするも、勢いよく降下してきた死神、もといユウヒの一撃によって粉砕される巨大な頭蓋骨の悲惨さに顔を蒼くする。


「っとと・・・無事かな?」


「に、日本人か?」

 瞬く間に脅威を排除した謎の空飛ぶ人間が、敵ではないと言う保証がない中、身を固くする男たちに向かってフードの奥から聞こえて来た声は、場に似つかわしくない陽気な声の日本語。冷気を放つ大鎌を右肩に軽く背負い小首を傾げるユウヒに、男たちは目を見合わせ大きな体に似つかわしくない小さな日本語で問いかける。


「そうだけど、その問いかけ? 確認? は最近の流行り?」

 日本語で話しても魔法で意思疎通がとれているはずにも拘らず、日本人かと問いかけられることを不思議に思いながら答えるユウヒは、骸骨の残骸を踏み砕きながら男性達に歩み寄り、フードの奥で金色に光る眼で彼等の状態を確認していく。


「助けくれるのか?」


「まぁ綺麗なお姉さんにお願いされた成り行き上ね、すぐ廻りも片付けるから安心してくれ」

 特に緊急性の高い怪我を負っている人が居ないことにほっとしユウヒは、恐る恐ると言った声で問いかけて来る男性に肩を竦めながら笑って答える。その言葉に目を見開く男性であったが、特に気にすることなく歩き出し、戻り始めた氷の妖精に笑みを浮かべるユウヒ。


「ありがとう・・・」

 そんなユウヒの背中に礼を述べた男性は、振り向き笑みを浮かべるローブの向こうのユウヒに羨望の眼差しを向ける。


「ユウヒさん! ユウヒさん!」

 それから数分ほどの間、ユウヒは念のためにと氷の妖精たちに巨大骸骨の体を砕かせており、砕かれた巨大骸骨はすっかり原型が分からなくなっていた。その処理に満足げな表情を浮かべるユウヒが、入り口前で体のあちこちに妖精を侍らせていると、勢いよく走ってきた高機動車がスリップしながら停車し、中から聞き慣れてきた女性自衛隊員の慌てた声が上がる。


「はいはーい! 中は大丈夫だよ! 怪我人居るから見てあげてくれ」

 窓から顔を出していた女性はすぐに首を引っ込めると扉を開け放つ。


「分かりました! 外は良い中の救助を手伝え!」

 女性の代わりにユウヒの話しを聞いていた助手席の男性は、大きな声で返事を返すと一斉に飛び出していく自衛隊員や明らかに装備が違うアメリカの兵士に指示を出す。


「・・・なんだろうなあの目? まぁいいか」

 ビルで戦っていた一般人たちは肩を貸し合い入り口の外まで出て来ており、その様子を見まわしたユウヒは問題ないと判断してゆっくりと浮かび上がる。人が集まり始めた場所で急に動くと危険と判断したユウヒは、周囲を確認しながらゆっくりと動き、敬礼してくる兵士や自衛隊員にぎこちなく返礼しながら飛び去る。


 妖精を装備し、目の色が暗い精霊を侍らせたユウヒは、原因をどうにかする為に次の戦場に向かう。


「飛んだ・・・」

 そんな様子を見上げる人々の動きは、時がゆっくりと進んでいるかのように緩慢であった。


「パパ!」


「ジョン、なんで出てきた!?」

 まだまだ安全確認の必要がある場所で呆けるのもどうかと思うが、風で脱げたフードをなびかせ空を飛んでいくユウヒはそれほどまでにインパクトがあった様だ。


「パパ! パパ! あれヒーローだよね? お空飛んでるもん!」


「あ、あぁ・・・そうだな、ヒーローだな」

 それはビルの中から飛び出してきた少年も同様であったらしく、飛んでいくユウヒを指さした少年は、父親に抱き着きながらヒーローだと叫ぶ。見た目はちょっと怪しい死神スタイルになっているが、顔を出していればその限りではないらしく、無邪気にはしゃぐ息子に男性は静かに同意し呟く。


「すごいね!」


「はぁ・・・」

 目をキラキラさせながら空を見上げる息子を見ながら、この後叱る言葉に悩む男性は、遠く消えていくユウヒの姿に溜息を洩らすのであった。


「ヒーロー・・・ユウヒ、日本人」

 一方、社長の別荘を守るため奮闘していた男たちは、ゆっくりとした動きで外に出て来て座り込むと、そのまま治療を受けはじめ、車止めに腰を掛けた男は空を見上げ忘れないように単語を複数呟いている。


「いてて、大丈夫か?」


「あ、あぁ・・・」

 同じく近くで腰を掛けて消毒を受けている男は消毒の痛みに涙を滲ませると、隣で空を見上げる同僚に声を掛けて彼が見上げる空を同じように見上げた。


「ヒーローかぁ、社長喜びそうだな」

 そんな二人の姿にもう一人の同僚が近づくと、包帯でグルグル巻きにされた体で怠そうに座り込み、同じく空を遠い目で見上げて呟く。大分消毒の洗礼を受けたらしい疲れた表情男性の視界には、あちこちから黒煙が上がり銃声が響き、町のそこかしこから何かを指示する大きな声が上がている。


「・・・そうだな、無事生き残れたら自慢してやろう」


「それが良い」

 どこか埃っぽい匂いと硝煙の匂いが入り混じり、風に乗って油のツンとした匂いが流れてくる戦場然としたビルの前で、三人の男性は社長の別荘を守り切った達成感と生き残れた実感に浸りながら、意味もなくフラグを立てて笑い合うのであった。





 それから小一時間後、ユウヒは郊外を流れる川の近くに来ていた。


「なるほど、水を伝って来たのか」

 じっと川を見詰めるユウヒの周囲には白い骨の残骸が大量に転がっており、一戦あった後であることがわかる。周囲には氷の妖精が飛び交っており、まだ脅威が去ったわけではなさそうだ。


「町の中は粗方片付いたし、元を断ちますか」

 それもそのはず、ユウヒが見つめる先の川には街中で見つけた不活性魔力の比ではない量と濃度の不活性魔力が流れているのである。その不活性魔力が風に乗って町へと流れて行き、何らかの火種によって骨が発生した様だ。


「手伝う?」


「水で不活性魔力を押し流すか・・・いや止めとこう」

 原因となっている川と不活性魔力を確認していた水の精霊はふわりと舞い上がると、ユウヒの鼻先で小首を傾げる。彼女達に手伝ってもらい水で不活性魔力を押し流すと言う案を思い浮かべたユウヒであるが、脳裏を湖となった某所の光景が過り断念した。精霊は無邪気であるが故に加減を知らず、ユウヒの魔力では下手をしなくても大災害待ったなしであろうことは、自重が緩い彼にも想像できたようだ。


「残念」


「地道に吸収するさ、えっと確か試作品を持って来ていたはず、あったあった」

 頭の上で揺れるアホ毛を萎ませる水の精霊に苦笑を浮かべるユウヒは、自衛隊から支給されたウェストバッグに手を突っ込んでゴソゴソし始めると、中から木で出来た複数の筒を取り出す。


「ほいじゃぶっつけ本番だが起動っと」

 ミニサイズのビール缶と同じようなサイズの筒を、二つ連結しねじ込み僅かな魔力を籠めると、連結された木の筒に光の幾何学模様が浮かび上がり、周囲の不活性魔力を吸引し始める。


「ふふふ、良い感じだな」

 吸収速度自体はそれほど早くないものの、割と広い範囲をカバーしているらしく、離れた対岸の不活性魔力も風を無視してユウヒに向かって動き始めていた。そんな様子を見て満足気に頷いたユウヒが、さらに別のパーツを探そうとバッグに手を突っ込むと、中に入れていた通信機から呼び出し音が鳴り始める。


「あ、もしもし? 不活性魔力の侵入経路を把握しましたよ?」


 通信機でユウヒを呼び出す相手と言えば、彼をサポートする自衛隊しか居らず、まるで電話に出るかの様に通信機に呼びかけたユウヒは、間髪入れずに今の状況を通信機に向かって伝えた。


「良かった間に合いましたか、陸さんと米軍から援軍が到着しましたのでそちらに向かわせます」

 何を聞かれるか予測していたかのようなユウヒの言葉に、思わず乾いた笑いが洩れそうになる自衛隊員の男性は、ぐっと洩れそうになる声を飲み込むと、ほっとした様に話し始める。どうやら彼らは、ユウヒの移動速度と行動の早さからまた危険な行為に突入しているのではないかと危惧していたようで、自衛隊員の背後では米軍関係者があからさまにほっとした声を漏らしていた。


「分かりました。こちらはゆっくり不活性魔力を除去しながらダム湖に向かいます」

 通信機の向こうから聞こえてくる複数の声に小首を傾げるユウヒは、片手でバッグの中を弄りながらこれからの予定について伝える。どうやらユウヒは、このまま不活性魔力吸収装置分解事故が起きたであろう湖まで、不活性魔力を回収しながら向かうようだ。


「了解です。あと、イトスギさんも到着しました・・・」


「怪我してませんよ・・・」

 フットワークの軽い彼の言葉に、通信機の向こうからは苦笑めいたざわめきが聞こえ、その様子に不思議そうな表情を浮かべたユウヒは、ついでと言った感じで話す男性の言葉に、思わず眉を寄せる。


「・・・残念です」


「ははは、だそうです」

 そんなユウヒの呟きに、通信機の向こうからは心底残念そうな呟きが聞こえてきて、その呟きに乾いた笑いを漏らさずにはいられなかった自衛隊員。


「酷い看護師だな・・・。とりあえず不活性魔力を回収しながら移動してますので、後から追いかけてきてもらえます?」

 そんな二人の声に何とも言えない表情で肩を落としたユウヒは、気分を切り替える様に息を吐くと、進まなくなりそうな話を無理やり進めながら歩き出す。


「了解です。GPSも問題なく作動していますのですぐ人を向かわせます」


「お願いします」

 周囲を警戒するように飛び回る氷の妖精に目を向けながら歩き出すユウヒの足取りは、軍事用のGPSで詳細に捕捉されている様で、その軌跡を確認した自衛隊員はすぐに人を向かわせると話し、ユウヒの返事を聞くと、まだ何か言いたげな様子のイトスギを無視して通信を終える。


「さて、動作チェック完了、本格吸引開始・・・外付けタンク接続、効果確認」

 自衛隊員のファインプレイに感謝しつつ通信機をバッグに突っ込んだユウヒは、代わりに取り出した水晶の筒を弄びながら小型の魔力活性化装置に魔力を再度込めた。魔力を込められた筒状の活性化装置は、その幾何学的な文様をさらに強く光らせ、内部に取り込んだ不活性魔力を活性魔力に変えて勢いよく噴き出し始める。


「うぅん、素晴らしい出来だ。惚れ惚れするだろ?」

 どうやら今まではテストのための最弱運転だったようで、水晶の筒を取り付けられた活性化装置は、取り込んだ魔力を水晶の中にどんどん封入していく。活性化魔力が注ぎ込まれる水晶は淡く輝き始めており、その様子に周囲を飛び交う氷の妖精を追いかけていた精霊たちは目を奪われる。


「おかしい」


「すごい」

 精霊だからこそ解るその異常な光景に、目を細めどこかジトっとした視線を送る水の精霊はおかしいと呟き、淡い光に目を奪われ恍惚とする光の精霊は呆けた様に呟く。


「火が足りない」

 一方、火の精霊は吟味する様に呟くと、どこか評論家然とした声で駄目出しをする。


「どういう感想だよ・・・火ねぇ? 純粋な活性魔力に属性付与してもな? 汎用性に欠けるだろ」

 そんな精霊たちの感想に呆れた表情で肩を落としたユウヒは、ふわりと空中に浮き歩くような速さで低空を飛び始めると、火の精霊と視線を合わせて肩を竦めた。活性化装置に取り付けられた水晶の筒は、活性化魔力を圧縮封入するタンクであり、洩れる光はその際の副次的効果に過ぎず、今後活用すると言う観点から見ると何か一つの属性に偏らせるのは邪魔でしかない。


「そうだそうだ!」

「むしろ光にしろ!」

「なんだとー!」


 そんな至極現実的なユウヒの言葉をどう解釈したのか、精霊たちは急に言い合いを始めると子猫の様にもみくちゃになりながらじゃれ合い始めるのであった。


 中途半端に昼食を終え地味にフラストレーションが溜まっているユウヒは、創作行為で発散しきれなかったストレスを何にぶつけるのか、そしてユウヒのストレスを受け止められる相手が現れるのか、それは湖に着いてみないと分からない。最悪米軍がとばっちりを受けそうな気もするが、今は誰も知る由もない。



 いかがでしたでしょうか?


 どこに行っても騒動から逃れられないユウヒは、アメリカの地で住民達に希望を与えた様です。そんなユウヒは自ら騒動の原因へと飛び込むようで、頼まれたとは言え人の良い彼は、その溜め込んだストレスをどう処理するのか、次回もお楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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