第百九十三話 空舞う戦略兵器投下
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんでもらえたら幸いです。
『空舞う戦略兵器投下』
アメリカの大統領が交渉空しくヒーローとの会談を断念し、代わりの交渉を成功させた翌日、アメリカのネバダ州上空を日の光に照らされた一機の大型輸送機が飛んでいる。
「・・・降下地点まで一分三十秒だ」
輸送機内の後部にあるカーゴドアの前では、数人の人間が酸素ボンベを付けて服装のチェックをしており、パイロットからの連絡を聞き終え濃いチョコレート色の肌を強張らせた男性は、装備を一つ一つ確認してもらっている男性に声をかけた。
「防寒の方は大丈夫ですか?」
「あったかいですよ? 一応魔法で補助してますし」
声をかけられた男性は小さく頷き笑みを浮かべる。それはロシアから強行軍でネバダ上空までやってきたユウヒであった。彼は三名の自衛隊員に手伝ってもらいながら最後の装備チェックを行っている。
「本当に許可出ちゃいましたねー」
男性自衛官が防寒具や酸素ボンベの固定を確認している後ろから、女性の自衛隊員がどこか遠い目をしながら笑いかけた。彼女が言う許可とは、通称ユウヒプランの中でも特に今から行う単独傘無し高高度降下についてである。
「いやぁ言ってみるものですね。貴重な体験ですよ」
「普通なら誰も体験したくないですけどね・・・」
もちろん交戦権に関しても彼らにとっては驚きであるが、傘無し高高度降下が両国に許可されるとは思ってなかったようだ。女性の苦笑に笑って返したユウヒはどこか楽しそうであり、そんなユウヒの言葉には、自衛隊員だけではなくサポートについているアメリカ軍人も引き攣った表情を浮かべている。
「ははは、今より高い場所にも行ったことありますし、突然でなければ特に高所も大丈夫なんで・・・それよりも優先するのは魔法の実学と言ったところですかね」
初めて異世界体験をした時に今より高い所を経験しているユウヒは、当時の事を思い出し苦笑いを浮かべると、視線を窓の外に向けてこれから行う魔法の実験に心躍らせ口元を緩めて見せた。
「傘無し降下とか、空挺でもやろうと言う人間居ませんよ・・・いや少しはいそうですかね?」
「魔道具で補助出来ればそのうち実現するかもしれませんよ?」
いくら空を飛べるとは言え、まったく緊張した様子の無いユウヒに呆れたような表情を浮かべた男性自衛隊員は、降下作戦を行う自衛隊員でもやりたがらないと言いながらも、奇人変人はどこにでも居るのか、何か思い出す様に視線を彷徨わせる。実現可能ならやりかねない人物に思い当たる節があるらしい男性に、ユウヒは少し目を見開くと魔道具が開発できれば可能かもしれないと、どこかワクワクした表情を浮かべた。
「魔道具ですか・・・」
ユウヒの魔道具と言う言葉に、数人のアメリカの軍人が険しい視線を浮かべる一方、女性自衛隊員はユウヒが胸や腰に付けている綺麗な水晶柱に目を向ける。
「これです? これはまぁ増槽と言ったところですね。ロシアで回収した活性化魔力を充填してあるんです。ほら、ほんと何が起きるか解らないんで」
透明な水晶のアクセサリーにも見えるそれは、厳つい迷彩服や防寒具に取り付けられており、胸ポケットやベルトの部分にも括り付けられ仄かな光をユウヒの左目に魅せていた。それらはロシアの大亀から採取した魔結晶を加工したもので、ユウヒが増槽と言った通り内部には大量の活性魔力が蓄えられており、ユウヒの魔力不足を補ってくれるようだ。
「不活性魔力も晴れて来たとのことで、帰りは武装の代わりに吸収装置を取り付けた米軍のヘリが迎えに来るそうです」
「UH-60ですかね?」
こそこそと何か話し合う屈強な黒人男性の視線に妙な気配を感じるユウヒは、小首を傾げながら自衛隊員の話に耳を向け、迎えに来てくれる米軍のヘリと言う言葉に目を輝かせる。
「もしくはHHの方かも・・・詳しいですね」
「ゲームで少々」
忍者たちまでとはいかないまでも、育った環境故にミリタリーにも興味のあるユウヒは、昔ゲームで見たヘリを思い出すと、どうやらその予想は割と当たっていたようだ。
「はは、なるほど」
「降下地点まで三十秒、準備してくれ」
「あ、はーい」
ゲームで知ったと言う言葉に、なるほどと笑みを浮かべる自衛隊員は、頭を掻きつつ笑みを浮かべるユウヒとそのゲームについても話したいと思うも、すでに作戦時間三十秒前と時間は無く、ユウヒは彼らに背を向けると散歩に出かけるような軽い足取りでカーゴドアへ歩いて行く。
「ご武運を」
「・・・ええ、楽しんできます」
自衛隊員の心配する様な声に振り返ったユウヒは、一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、すぐに満面の笑みを浮かべて手を振ると、開かれていくカーゴドアの外へ目を向け、まるでかけっこでも始めるようなスタンディングスタートの姿勢をとる。
「・・・(本当に一般人かよ、こんな自殺する様な作戦で笑ってやがる。ヒーロー半端ねぇ)」
ユウヒの隣で降下のサポートと、万が一の場合に備えてスタンバイしているアメリカの男性軍人は、目の前で楽しそうな声を漏らし笑っているユウヒを見下ろし、驚きに目を見開くと同時に大統領と同じくそこに真のヒーロー像を重ね口元を緩ませた。
「ハッチ解放完了、降下十秒前」
「・・・これはまた」
大きく開いたカーゴドアの向こうには、虫食いの様に穴の開いた雲とその先に広がる大地、そこにはドーム跡地から空に真っすぐ高く噴き出す水の柱が見える。少しずつ着実に侵食され沈む大地を見下ろしたユウヒは、その不可思議な光景に思わず呟くと、非常にめんどくさそうに肩を落とす。
「5・4・3・2・1!」
傍から見ると、肩を落とし完全にリラックスしている様にしか見えないユウヒを見詰めながら、米軍人はカウントを始め、
「アイキャンフラーイ」
カウントが終わると共にユウヒは駆け出し、どこか間の抜けた声を残して生身の人間では生存できない空の中に飛び込んでいった。
「確認しました」
「ドア閉鎖」
ユウヒの降下を指差しと声で確認した自衛隊員が、米軍人に目を向けハンドサインを送ると、ドア閉鎖の声と共に大きく開いたカーゴドアは口を閉じる様に閉まっていく。
「・・・あんた、軍人として何とも思わないのか?」
ドアが閉まるまでの間、風を切る音とエンジン音しか聞こえてこない機内で、自衛隊達はユウヒに向けて敬礼をしており、彼等の姿に軍人としてあってはならないものを感じた若い米軍人は、ずっと胸の中に溜め込んでいた思いを吐き出してしまう。
「ははは、確かに思うところはありますが、我々もロシアの大地で色々と理解しましたので・・・」
「・・・そうか」
上官に睨まれながら、どうしても聞かずには居れなかった若い米軍人は、自衛隊の面々が浮かべた同種の苦笑いになぜか薄ら寒いものを感じ、小さく一言だけ返すと上官の視線に気が付き口を噤む。
「・・・何があっても、心は強く持った方がいいですよ? うちの隊員も数人療養に入ったので」
「・・・」
目礼で謝罪する若い米軍人の上官に笑みで答えた男性自衛隊員は、今回の作戦で行動を共にする米軍人たちに目を向けると、心を強く持つようにとアドバイスを残しどこか遠い目で笑う。
屈強な米軍人すら、僅かな恐怖を感じる笑みを浮かべた彼の同僚に中には、ロシアの作戦で精神的疲労によって療養に入った者も少なくなく、石木の不安が的中してしまった中で彼らもまた、この後ユウヒから連絡が来るまでの間心身を癒すため休息に入る予定である。
重力に任せて体を空に投げ出すのも楽しいと感じてきたユウヒです。
「おぉぉ・・・」
正直ここまでとは思ってもおらず、酸素マスクの内側で感動による変な声が洩れてしまう。何が感動なのか、地平線が丸い空も綺麗だし歪な雲と立ち上る竜巻状の雲も素晴らしい、空から見下ろす大地の美しさは、アミールの世界ほどカラフルではないが、負けないくらい綺麗だ。
「防寒着ってすげーな」
何より生身では人間が生存出来ない空の上にも関わらず、俺の命を守り温もりを与えてくれる防寒具すげーです。頭の先から足の先まですっぽり防寒具に包まれた俺は、部分的に冷感を感じるものの、ロシアに居た時より暖かい環境に感動してしまう。
「寒い? 寒い?」
「大丈夫だ、少し顔まわりがひんやりするが寒くはない」
どうしても防寒性能が低い顔の辺りはひんやりしているが、一応空気抵抗などにも作用する【飛翔】の魔法をすでに使っているので、それほどダメージは無い。心にもずいぶん余裕があるので、俺の右肩に掴まり落下を楽しむ水の精霊にも笑って答えられる。どうやら自分が捕まることで寒くならないか気にしている様だ。
「火はいらぬ?」
「いらんな」
反対の左肩には、水の精霊と同じサイズである20センチくらいの少女が掴まっており、赤く爛々と輝く瞳で問いかけて来るがいりません。こんな空の上で火球になる気はないのですよ、火の精霊のお嬢さん。
「そうか・・・」
そんな残念そうに瞳を消し炭の様な赤色に変えてもダメなものはダメです。
「火の魔法は使ったことないかも、そのうち使うかもしれんからその時は手伝ってくれ」
・・・ただまぁ、最近著しく気温の低下しているらしいアメリカの夜は冷えそうなので、野宿が確定している夜は焚火に魔法を使ってしまうかもしれない。決して悲しそうな火の精霊の表情に絆されたわけではない・・・ないですよ?
「まかされよ! ふふ、ふふふふ」
「私も手伝う!」
絆されたわけではないけれど、寂しそうな顔より嬉しそうに笑う表情の方がいいですよね? でも今はダメだからチロチロ火を纏いながら集まってこないでほしい。と言うか光の精霊が手伝ったらレーザーで焚火が消失しそうですけどね。
「抜駆けか! 汚い、火汚い!」
「汚い花火にしてやる!」
そんな約束を取り付けることに成功した火の精霊の行動は、精霊仲間的には抜駆けだったらしく、落下し続ける俺の目の前で掴み合いのキャットファイトを始める青と赤。
「キャーキャー♪」
最初こそ怒り心頭だったようにも見える水の精霊も、もみくちゃになり始めると楽しそうに笑み浮かべ、わざとらしく悲鳴を上げる火の精霊の脇をくすぐることに専念し始めていた。
「ははは、さて今回は何が出てくるのかな・・・水だしまた大亀かな? 水属性のレーザーかなぁ」
ロシアから着いて来た・・・憑いて来た? 精霊たちの楽し気な姿に思わず笑ってしまう俺は、洪水が発生している大地を見下ろしながら、ロシアに引き続き妙な感覚を感じるアメリカで何が起きるのか、どこか楽しみにも感じながら万が一の場合とれる対策を考える。
「インターセプターはメインが対光線だからなぁ・・・水かぁ」
まだまだ何が起きるか予想も出来ないが、流石に今回も光線と火炎を吐く大亀が出るなんてことは無いと思われるので、それ以外の方法を想定するも、周囲の騒がしさも相まって落着までに考えはまとまりそうにない。
一方その頃、ユウヒの招致に成功し最も喜んでいるアメリカ人は、
「日本の専門家が無事降下を開始したそうです」
「映像は?」
ドーム跡地へのユウヒ降下の知らせを受けて閉じていた目を開くと、真剣な表情で報告に訪れた男性に問いかける。
「撮れるだけ撮ってくるそうです」
「うむ!」
ユウヒを投下した輸送機には当然輸送機であるため大した武装は無く、そんな輸送機を守るための護衛機として複数の戦闘機が出動している。しかしその装備は少し妙で、攻撃や防御用の兵装が削られ、その分高画質撮影機材が搭載されていた。
「・・・本当にリアルタイムじゃなくてよかったんですか?」
その指示を出したのは、報告を受けて嬉しそうな笑みを浮かべる現アメリカ大統領である。ユウヒの到着が早まった時点で急遽出された指示は、護衛戦闘機への高解像度カメラ搭載であり、当初は多少の困惑もあったが、様々な思惑が錯綜する中迅速に改修がなされていった。
「それでは画質が悪いだろ? 何度も同じ事を聞くな」
「はぁ・・・」
さらに、現在進行形で悦に浸った笑みを浮かべている大統領に気を利かせ、中継を提案していた男性は、即座に返ってきた返事が心底理解できない様だ。この大統領、好きな映画は録画ではなくリアルタイムで楽しむタイプであり、どうせ楽しむなら最初は高画質で編集された物の方がいい様だ。
「・・・それと、マスコミが多数現地に入っているそうです。流石に抑えられなかったようですね」
「かたっぱしから捕縛していくしかあるまい」
理解できないものをいくら考えても意味がないと思考を切り替えた男性は、表情を引きしめ悪い知らせを伝える。日本政府からもユウヒに関する情報を極限まで露出させないように言われており、アメリカ政府も気にしている点であった。
何より現大統領はマスコミ嫌いである。
「余計な手間をかけてくれますね」
「なに、こっちの武器が増えるだけだ拾っていけ、せっかく面白くなってきたのだ次も私がやるぞ」
どこの国の息がかかっているともわからないと言う彼は、今回の騒動を聞きつけ集まってきた不審人物は全て捕縛するつもりでドーム周辺地域に警察や軍を動員していた。そんな彼は任期が迫っており、次も大統領選に勝利すると言外に語り不敵な笑みを浮かべる。
「それは良いですが、問題起こさないでくださいね」
「何の問題もないだろ?」
公約の大半を成し遂げた現大統領であるが、その行動には常人に理解できない破天荒な部分が目立ち、最近の性格が変わったかのような行動もあり周囲からは不安の声が囁かれていたりするのだが、どうやら本人はまったく気にしていない様だ。
「・・・・・・」
不思議そうに片眉を上げた大統領の言葉に、何か反応を示すことも忘れた男性は、自らの領分でもいくつかの問題を起こしている人物をじっと見つめると、多数の面倒事を思い出して自然と眉間と言わず顔全体に皺が寄る。
「おい、その無言と皺の寄った顔について詳しく聞こうじゃないか?」
その後、皺の寄った二人の年寄りによる睨めっこは、若い補佐官が現れるまで続き、運の悪い若い補佐官を挟んで第二ラウンドに突入するのであった。
暗い水底でそれは僅かに目を開く。
「周辺環境精査完了」
どこから発生しているのか反響する声は、どこか不安を覚えるような波長で水底から湧き上がる。
「敵対勢力反応無」
どうやらそれには敵がいるようだが、その反応は確認できない様だ。
「味方勢力反応多数確認」
敵が居れば味方もいると言うもので、味方の反応を捉えたそれは単調な声の中に安堵の感情を滲ませる。
「救助要請信号複数確認」
しかし多数の味方は危機に瀕しているのか救援を求めている様だ。
「救助指示信号発信」
味方の危機に即時判断を下したそれは、無事な味方に救助を指示する。
「安全集合位置算定」
ごぼりと言う水と空気の混ざる音を立てたそれは、土煙が舞う中で安全に合流する場所を探すために大きく目を見開く。
「特定完了―集合信号発信」
ほんの数秒で目を閉じたそれは、安全に合流できる場所を見つけたらしく味方に知らせた。
「・・・高密度魔力反応確認」
自らも安全な集合場所に移動を開始しようとするそれは、何かに気が付くと強く踏み込みその場に留まると身動き一つせずに空を見上げる。
「未確認生物確認」
どうやらそれの知らぬ何者かが接近しているらしく、未知の存在を確認した声はどこか恐怖を感じている様だ。
「情報収集要求」
身動き一つ取らずに情報の収集を要求するそれは体の一部を小さく鋭く瞬かせる。
「了承確認、移動開始」
瞬きはレーザーの様に土煙が揺れる周囲を照らし、周囲からも同じような光が返され始め、それは要求に対する返事であったようだ。
「・・・・・・」
巨大な何かに対して光を放っていた場所からは、ぎょろりと大きな瞳が現れ始め、暗闇に白く切り抜かれた様な瞳の群れは、大きく体を揺らし集合を始める。
「・・・」
巨大な何かが動き出し光が差し込み始めた水の中、大きな瞳は互いに視線を絡めるとその体をうねらせ大きな何かとは別の方向に移動を始めた。
新たな地へ足を踏み入れたユウヒはいったい何を見て何を知り何を成すのか、それを知る者はこの場には居ない。
いかがでしたでしょうか?
到頭アメリカの大地に日本産戦略兵器が投下されたようです。じわじわと異世界に蝕まれる大地で、いったい何が起きているのか楽しんでもらえたら幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




