第百九十話 やみを感じる彼居ぬ日常
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『やみを感じる彼居ぬ日常』
薄暗く簡素な一室、そこでは闇が蠢いている。
「今日で何件目でござったかのー」
「そうじゃのー三件目かのー」
腰は曲がり声は掠れ、落ちくぼんだ遠い目をした二人の男性は、互いに目を向ける事無くぼそぼそと呟いていた。と言うかゴエンモとヒゾウである。
「何やってんだお前ら? さっさと次いくぞ・・・ついでに次で七件目な件」
まるで呆けた老人のようなやり取りをパイプ椅子に座って繰り返していた二人に、明るい廊下から扉を開けて入ってきたジライダは、訝しげな表情で首を傾げた。
「現実叩きつけんな! 泣くぞ!」
「そうでござる! 少しは休ませてほしいでござる!」
どうやら二人の行動は現実逃避を兼ねたごっこ遊びであったらしく、現実で容赦なく殴りつけてくるジライダに、ヒゾウは涙目で声を上げ、ゴエンモは口を窄め不平不満を洩らす。
「我に言う出ないわ! つかおっさんが泣いてもキツイだけだろ」
現在彼らは調査ドームでの活躍を評価され、世界で最もドーム密度が高い日本の各ドームに赴き、危険度の評価と探索、縮小作業の事前調査や危険生物への対処を行っている。それ故、彼らが求めるような休みが少なく、ストレスが溜まった結果今のような状況になっており、ストレスが溜まっているのはジライダも同様であった。
「あれ? ・・・キモイよりキツイの方が心に刺さるの何故?」
「しばらく暖かい布団で寝れてないでござるなぁ・・・」
「いやちゃんと寝てるだろ・・・」
僅かな違いにより深刻なダメージを受けたヒゾウは潤んだ目を両手で覆い、寒そうに自らの体を抱きしめるゴエンモは、ジライダのツッコミを受けて布団が敷かれたままのベッドへと飛び込む。
そんな実にぐだぐだした空気に溢れ、覇気の無い部屋に新たな人物が足を踏み入れる。
「ジライダさんまだ時間かかりますか? そろそろ行きたいんですが」
装飾の多い白い半袖のシャツと紺色のスカート姿の女性は、入り口から顔を出すとジライダに声をかけ、その声を耳にしたヒゾウとゴエンモは勢いよく顔を上げ、ジライダは二人に笑みを浮かべると何食わぬ顔で振り返った。
「はい今すぐ行きます!」
「いつものおじさんは来ないでござるか?」
予想もしなかった女性の声に本能で動いた二人の行動は対照的で、ヒゾウは女性の言葉に返事を返しながら一瞬で荷物を抱え、ゴエンモはきょとんとしたまま首を傾げている。
「ええ、休暇に入りましたのでしばらく私が案内役になります」
「キタコレ!」
「モチベ回復したか、行くぞ」
「そうでござるな」
これまで忍者たちを案内していたのは、おじさんと言っても何の差支えもない、少し頭の涼しくなり始めた男性で、気さくな男性自衛隊員であったものの、男ばかりの環境に忍者たちのモチベーションは下がる一方であった。
そんな忍者たちの活躍はモチベーションに反して大きなものであり、これを高く評価している人間たちにより、さらなる燃料と言う名の人事入れ替えが進められ、新たに女性自衛隊員が彼らの担当となったのだ。しかし、このことを知るのは前任者のおじさん自衛隊員とほんの一部の人間だけである。
「次は福岡ドームですね」
女性自衛隊員の登場で一気にやる気を回復させた忍者たちの新たな仕事場は、クスクス笑う女性曰く福岡ドームらしい。当然野球などが行われるドームではなく、福岡県の山間部に発生した異世界と繋がるドームである。
「ラーメンだな」
「明太子じゃね?」
「時間はあるでござるか?」
本州から九州への異動が決定した忍者たちは、荷物を抱えながらすでに頭の中は福岡、それも繁華街に旅立っており、ラーメンだの明太子だの言い始める二人にゴエンモは首を傾げ、その視線を女性自隊員に向けた。
「あはは、少しぐらいなら大丈夫じゃないですかね? まぁドームの状況にもよりますけど」
「なら急ぐべ!」
「まて! お前また迷うだろ、先走んなって!」
「お土産は何が良いでござろうか?」
何かと忙しく、移動を繰り返しながらも大半が自衛隊飯な彼等であるが、今回は地元の名物にありつけそうで、その事がより彼らの気分を高揚させたようで、いつも通りヒゾウが先頭切って走り出し、入り口とは逆に駆けだす方向音痴をジライダとゴエンモが追いかける。
「・・・ふふ」
あっという間に部屋から飛び出していった忍者達、後に残されたのはベッドの上に綺麗畳まれて置かれた布団と磨かれたテーブルとイス。それと目にも留まらぬ整頓技能を見せられて呆気にとられた女性自衛隊員の口から洩れ出した笑い声だけであった。
自衛隊施設内を迷走するヒゾウがジライダとゴエンモに荒っぽく捕縛されている頃、こちらは東京のパン屋宅にある衝立だけで隔たれた一室。
「ふーん・・・」
そこはリンゴの部屋であるらしく、開放的な部屋からはリビングが見え、反対側にある窓の外は雨が降りそうな雲が空を覆っている。そんな不思議な部屋で机の上のPC画面と睨めっこするリンゴは、なんとも詰まらなさそうな声を漏らしていた。
「詰まらなさそうな声ね? はいどうぞ」
「ん? ありがと・・・まぁねぇ」
そんな彼女に、キッチンから出てきたメロンは麦茶の入ったコップを渡しながら不思議そうに笑みを浮かべ、僅かに汗を掻いたコップを受け取ったリンゴは皺の寄っていた顔に気が付き、目元を指で揉みながら曖昧な返事を返す。
「何かあったの?」
「んー・・・ちょっと株が乱高下しててね、売ろうかどうか悩んでて」
麦茶を一口飲むと両手で顔を揉むリンゴ、彼女は結構な資産を株式投資することで生活費の大半を賄っており、そんな資金源が最近のドーム騒ぎで乱高下を続けており、不安な株は早めに手放すか悩んでいる様である。
「まぁ・・・それはしょうがないわよね」
実際ドームの被害によって倒産する企業は少なくなく、下手すると会社ごとドームに飲まれたところもあり、まさに紙切れになった株もあるほどだ。国から様々な支援が行われたことで日本はまだ良い方だが、海外の株式は良く知らないメロンでも知るほど悲惨なようである。
「こういう時ユウヒが居たらすぐ聞くんだけど」
今までにも世界的危機が起こるたびに株は不安定となり、その度リンゴにアドバイスをしていたのはユウヒらしく、気怠い鼻息を漏らした彼女は面白くなさそうに呟いた。
「ユウヒ君も株やってるの?」
「やってないわよ?」
「じゃあなんで?」
ユウヒの名前が出たことで小首を傾げるメロンは、自分の麦茶を両手で持ちながらリンゴの傍の椅子に座り興味深そうに問いかける。しかし帰ってきた言葉は不思議そうな声と視線で、その言動に二人はキョトンとした表情で見つめ合う。
「なんだか、銘柄の名前で何か感じるらしいわ」
「・・・不思議ねぇ」
メロンの表情を見詰めていたリンゴは、何かに気が付いた様に眉を僅かに上げると、ユウヒに聞く理由を話す。どうやらユウヒの勘は株式投資にもその力を発揮するらしく、昔なんとなしにユウヒに話した株の話が、彼の感じた勘を参考にすると上手くいき、それ以来リンゴは度々ユウヒに相談していたようだ。
「今更でしょ?」
「そうね、いつもユウヒ君のおかげだものね」
すでに当たり前の感覚になっていた事に気付いたリンゴは、不思議だと笑うメロンに笑いながら肩を竦める。現在パン屋に住む女性たちはユウヒの妙な勘によって救われた者達で、本人はまったく理解していないが、彼女達がユウヒに好意を抱くのはすべてその出会いと救いにあり、実家とパン屋を行き来するパフェもまたその一人なのだ。
「ほんと、ライバル居なきゃ既成事実作って捕まえるところよ」
「あら怖い」
もし仮に、ユウヒと出会い好意を寄せたのがリンゴだけであれば、今頃ユウヒには二、三人の子供が出来ていたであろう。だが、そのライバル同士は特に仲違いすることなく一緒に暮らしており、ライバルの不満そうな呟きにメロンはコロコロと笑いだす。
「・・・あんたは実際にヤろうとしたでしょが」
「うふふ、何の事かしら?」
しかし勘違いしてはいけない、このコロコロと笑う温和な女性もまたユウヒに好意を寄せており、そう言った面では一番強かな女性なのだ。実際あと一歩で既成事実を作るところまで行っていた彼女であるが、その行動は未遂に終わっている。
「まぁそんなことしても、するりと逃げられるだけなんだけどね」
「ほんと、そうなのよねぇ・・・」
ジロリと睨まれても惚けて笑うだけのメロンに、リンゴは呆れた様にため息を洩らすと窓の外の曇り空を見上げ、アプローチが全くヒットしない勘の良いユウヒを思い浮かべ、同じ姿を同じ曇り空に見たメロンは頬に手を添え困った様に呟く。
「なになに? 何の話?」
静かに溜息を洩らす二人の姿は、会話こそ聞こえないもののリビングからも見えており、その姿が気になったミカンをリビングから呼び寄せたようだ。ボールペン片手になつっこい笑みを浮かべ駆け寄って来たミカンは、二人の顔を見比べながら小首を傾げる。
「・・・あんたのお小遣いが減るかもしれないって話よ」
「ええ! なんで!?」
無邪気な笑みを浮かべるミカンを見詰めたリンゴは、メロンの笑みに目を向けると口元に鋭角な笑みを浮かべてミカンのお小遣いが減る話だと言い始め、その言葉にミカンは驚愕の声を上げて目を見開く。
「なるほどぉ確かに取り分が減りそうね」
「そうなの!?」
実際リンゴの資金源が減れば、最終的にそうなりかねないものの、リンゴとメロンの言葉の裏にはユウヒの取り分と言う意味も含まれている。
「そうねぇ・・・まぁすぐにどうこうとか無いと思うけど」
「油断できないわよね。ミカンちゃん可愛いし・・・」
「んんん?」
株は不安定だが、リンゴは分散投資を心掛けている為致命的なダメージになる可能性は低い、しかしユウヒに限って言えば、自分たちより若いミカンの方に分があるため、二つの事を思い浮かべるリンゴは微妙な表情でパン屋一家最年少の少女を見詰め、その気持ちは最年長のメロンも同様の様だ。
無言で見詰められ目を白黒させるミカンが思わず後退り、妙なファイティングポーズをとっていると、パン屋一家? で最も裕福な女性がスマホを片手に現れる。
「ああうん、カリフォルニアの別荘ならどっちも好きに使って構わない。その代わりみんなで掃除しておいてくれるか?最近使ってないからな」
「別荘・・・」
電話で誰かと話しながら現れたパフェは、キッチンの冷蔵庫から黄色いペットボトルを取り出しながら、所有する別荘の使用許可を与えているようで、その自分の現実とかけ離れた会話に、ファイティングポーズをとったままのミカンは驚きの表情を浮かべるのだった。
「あの子いくつ別荘持ってるのよ」
カリフォルニアの別荘と言う会話に呆れた表情を浮かべるリンゴは、パフェがほかにもいくつか別荘を持っている事を知っている様で、その個数はすでに片手では足りないらしく右手の指折りを途中でやめてしまう。
「私も持ってるわよぉ? 大草原の小さなお家を」
「そうなの!?」
そんなリンゴの姿に目を見開いていたミカンは、メロンの私も別荘を持っていると言う発言によってさらに驚きの声を上げる。クスクス笑うメロンと驚くミカンに呆れた視線を向けたリンゴは、首を傾げて見せるパフェに気にするなと手を振って口を開く。
「あんたのは実家でしょうが」
「そうとも言うわねぇ」
どうやらメロンの言う大草原の小さなお家と言う別荘は、彼女の実家の事であるらしく、リンゴのツッコミに目を逸らすメロンを見上げたミカンはほっとしたような表情を浮かべると、メロンの腕に抱き着き、それなら私も山の上に別荘あるなどと無邪気な笑みを浮かべた。
「ただ、何かあったらすぐ逃げなさい? ネバダの州境が結構近いんだから。いくら離れているからと言っても、アメリカの巨大ドームは広範囲に影響を出して危険なのよ?」
一方、じゃれあうミカン達に目を向け不思議そうな表情を浮かべていたパフェは、スマホの向こうから聞こえてくる明るい声に意識を戻すと、真剣な表情で注意を促す。
「え? なんでわかるって、中国もあれだったしこの間メールでユウヒが言ってたし・・・え? かれっ!? ちが、まだそんなんじゃ! いやまぁそれは・・・その、ごにょごにょ・・・だし、いつかわ・・・」
しかし、その真剣な表情も長くは続かず、ユウヒの名前を出したのが失敗だったのか、スピーカーの向こうからは複数の黄色い声が上がり、パフェの顔を赤く染めさせるのであった。
顔を赤くして電話を切ったパフェが、メロンとリンゴから生暖かい視線を受けてから数時間後、福岡県の南部にある自衛隊施設内には、手続きを終えた忍者たちが不思議そうな顔で忙しく働く自衛隊員たちを眺めていた。
「何か忙しそうじゃね?夜逃げの準備か?」
「退却しましょう」
「バカヤロー逃げるってどこに逃げるでござる」
ここの所各地の自衛隊施設を転々としている忍者たちは、今までの施設で一番忙しなく感じた様で、今までとどこか匂いの違う建物の中で妙な表情を浮かべ、夜逃げの準備かと冗談を洩らしいつもと変らぬネタ混じりの談笑を交わす。
「ちょっと近海が騒がしいみたいですね」
そんな忍者たちの後ろから、書類を胸の前に抱えた付き添いの女性自衛隊員が現れ、空気が違う理由を伝える。どうやら日本海側の海が騒がしいらしく、その対応でいつもより忙しい様だ。
「近海?」
「お隣の国でござるかな・・・」
「あぁ・・・そう言えば砂嵐から解放され始めたんだっけ?」
「ここだけの話ですが、解放される前から逃げ出した政治家の指示で、同じく逃げ出した軍があっちこっちに出没していたらしいんですよ」
その騒がしい理由は、忍者たちの予想通りであるらしく、砂嵐から逃れた隣国の政府要人が以前より暗躍していたらしく、その行動が最近になって激しくなってきたと言う。
「お、戦争か? お? お?」
「こっちには最終兵器ユウヒが居るぞ? やんのか? 国土消滅するのに七日もいらんぞ?」
「古代兵器も真っ青でござるな・・・かといって、ユウヒ殿は外国遠征中でござるがなぁ」
数年前に日本を含めた数か国が大きな問題を抱えていた時期に、強引な軍事行動を見せた隣国は、しっぺ返しを食らった後静かになっていた。しかしここのところの混乱は、彼等のやる気に火をつけたらしく、日本の近海を再度脅かし始めた様だ。その行動は戦争に繋がりかねない動きであり、忍者たちは好戦的な笑みを浮かべるも、どこまでも他人まかせである。
「「まさかユウヒのやつロシア女に鞍替えか!?」」
「なぜそうなるでござるか」
しかしそんな最終兵器ユウヒは現在ロシアに行っており、万が一事が起きても彼が何かすることは無いだろう。ただ、力自体はあるユウヒであるため、彼らが言う様な事も可能で、可能だと思っている日本政府の一部もその事を危惧している節がある。
「あはは、とりあえず我々はドームの方に向かいましょう。向こうの準備は整っているそうですし」
そんな危惧など知らない女性自衛隊員は、冗談にしか聞こえない忍者たちの話しに笑い声を漏らすと、任地へと移動を促す。
「観光は?」
「お仕事の後ですね」
促され施設の外へと歩いて行くヒゾウは、観光に心を奪われている様で、観光は仕事の後だと言われるとしょんぼりと眉尻を落とし、その表情に女性は口元を押さえ顔を背けると、肩を震わせ笑い声を堪え始めた。
「・・・仕方あるまい、さっさと調査終わらせて屋台に繰り出すぞ!」
「見敵必滅でござる! 拙者を細麺バリカタ山盛り高菜が待ってるでござる!」
笑われたことに僅かなショックを受けたヒゾウは、そのままの顔でジライダを見詰める。哀愁の漂うヒゾウから視線を外したジライダは、気持ちを入れ直すと屋台の為に気合を入れて歩き出し、こちらもヤル気を入れ直したゴエンモがヒゾウを見ないようにしながら足早に歩き出す。
「しょうがない、でも粉落としはダメだぞ? あれは常人の食いもんじゃないからな!」
「ちょっと!? そんな慌てなくても、と言うか何かあったんですか?」
ヒゾウもまた気持ちを入れ替えると、若干やけくそに感じる声を上げながら力強く歩きだし、そんな彼らの姿に驚いた女性は忍者たちに駆け寄ると、不思議そうに小首を傾げる。
「「こいつ、硬麺が流行った時期に自分で粉落とし試してお腹壊した(でござるよ)んだよ」」
「ちょ!? お前ら俺の黒歴史ばらすなよな!」
どこか不満そうな表情で聞いてくる女性に、ジライダとゴエンモはニヤリと笑いながらヒゾウの黒歴史を晒し、まさかの仕打ちにヒゾウは顔を赤くして叫ぶとチラリと女性を見詰める。
「はぁ・・・それじゃ今回は湯気通しに挑戦ですね! いい店紹介するのでさっさと任務終わらせましょう」
「「「追い打ち、だと・・・!?」」」
ヒゾウが見た先に居た女性は、どこか呆れたようなため息を洩らしていた。しかしすぐに笑みを浮かべると、さらなる硬麺に挑戦させるべく軽やかに歩を進める。どこか淀んだ目で笑みを浮かべる女性は、一般とは言い難いタイプのラーメン好きで、その中でも好きなものを他人に強く進めるタイプであるが、そんなことを知らない忍者たちは唯々困惑しながら彼女の後に着いて行くのであった。
いかがでしたでしょうか?
若干病んでる感じはするものの、日本の日常は少しずつ改善に向かっている様で、しかし世界的にみるとまだまだ混乱は続くようです。そんな世界でユウヒはまた何を成すのか、楽しみにして貰えたら幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




