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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第百八十七話 血に染まる寝室

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『血に染まる寝室』


 雲一つない夜空の隅っこが明るくなり始めるロシアの大地、僅かな朝日によって頂上を照らされる大亀の残骸から飛び立ったユウヒは、観測基地へと真っすぐ戻ってきていた。


「お帰り夕陽!」


「うおっと、疲れたんで勘弁してくれ」

 彼が腰に付けた魔道具の光に気が付いた軍人たちは、ライトを手にユウヒを被害の少ないヘリポートに誘導する。そこに待っていたのは軍人に自衛隊の人々、さらに駆け付けたばかりにパイフェンはその勢いのまま降り立ったばかりのユウヒを抱きしめていた。


 何かとスキンシップの多いパイフェンに、慣れた様子で苦笑いを浮かべたユウヒは、さらに抱きしめようとしてくるパイフェンを右手で押し退け、彼女の背後から近づく白い人影に目を向ける。


「どっきなさい!」


「ぐふっ!?」

 ユウヒがその人物に気が付いた瞬間、脇腹に痛烈な一撃を受けたパイフェンは、女性の上げる声としては似つかわしくない声と共に地に沈み、変わる様に正面に現れた白猫はボロボロのユウヒに目を見開く。


「あああ、こんなに怪我して火傷だらけじゃない服もこんなにボロボロに・・・じゅるり」

 ユウヒの姿はまさに満身創痍、回復魔法で致命傷こそ見受けられないが、穴の開いた迷彩服の至る所から重度の火傷がその痛々しい姿を覗かせていた。屈強な軍人から見ても立っているだけでも信じられないような姿に、白猫は触れるに触れられず、手を彷徨わせながらユウヒの頭から順に下へと確認していき、大きく焼けて消失した迷彩服から除く割れた腹筋に目を奪われ涎を洩らす。


「!? ・・・」


「なんで後退るの?」

 その瞬間残像でも残しそうな勢いで後退ったユウヒに、白猫は笑顔のまま小首を傾げ問いかける。


「・・・危険な気配がしたので?」


「気のせいよ(勘のいいところはそっくりね)」

 万人が騙されそうな笑顔を浮かべる白猫であるが、明華の血を受け継いだユウヒの目にはその危険性を見抜かれてしまったようで、それでも気のせいと言う白猫は笑顔の裏で悔し気の声を零す。


「夕陽さん、すぐに怪我の治療をしますのでこちらに」

 そんな二人の様子に周囲が呆れていると、担架を抱えた自衛隊員達が走り込んでくる。どうやらユウヒの治療を行うために場所を変えるつもりで来たようだが、パッと見ただけでも大怪我な状態に反してしっかり立つユウヒの姿に、担架を抱えた自衛隊員は驚いたようにユウヒを見詰めていた。


「わかりました。やっぱり回復系の魔法は苦手みたいで、まぁ穴はとりあえず塞がっているのでいいかな」


「穴・・・まさか、貫通したのですか!?」

 移動を促されてゆっくり歩き始めたユウヒは、疲れたような笑みを浮かべながら何でもない事の様に怪我について話すも、その言葉に驚いた自衛隊員は慌ててマグライトを点けてユウヒが抑える脇腹を照らす。


 そこには脇腹の一部を覆う様に真新しい皮膚が張り付いており、焦げた迷彩服にしみ込んだ血の量を見た自衛隊員は即座にユウヒの肩を支える。


「いえ、どっちかと言うと掠って脇を少し抉られたと言うか「検査します」げ!?」

 汚れなどが目立ちにくい迷彩服であるが、光を当ててよく見ればズボンの大半が血で染まっており、心配そうに眉を顰める男性にユウヒは肩を支えられながら苦笑を漏らす。そんなユウヒを担架に乗せようと準備する自衛隊員たちの後ろから、凛として有無を言わせないような意思を感じる女性の声が聞こえ、そのよく通る声にユウヒは思わず顔が引き攣る。


「簡易検査キットも持参しましたのでこちらに・・・さあ」

 静かに、しかし力強くユウヒの前に歩いてきた女性は、さっとユウヒの状態と頭の先から足の先まで確認すんると、肩を支えていた自衛隊員に目配せしてユウヒの右手を掴む。その動作は流れる様で、自衛隊員がユウヒから離れると彼女はユウヒの腰を支点にして軽く彼の足を払う。


「ちょ!? つよ! なんでこの格好!?」

 右手を掴んだ手と逆の手を腰に回すと、胸の前でユウヒを支える。それは所謂お姫様抱っこと呼ばれるもので、流れる様な動きで瞬く間にユウヒを抱えた看護師の女性は、ユウヒの叫びを意に返さず足早にその場を立ち去る。


「・・・あれ誰?」


「後発で到着した看護師だそうで、大臣が派遣した様ですね」

 あまりにあっと言う間の出来事で指一本動かせなかった白猫は、同じくその場に取り残された小隊長にきつい視線を向けた。看護師の女性については小隊長も詳細を知らされていないらしく、解っているのは石木大臣が直接依頼して派遣してると言う事だけの様だ。


「・・・うー? あれ? 夕陽は?」


「看護師に連れてかれたわ・・・あの子地味に重症みたいよ?」


「まじ?」

 担架を抱えた自衛隊員たちが慌てて追いかける姿を、何とも言えない表情で見送る小隊長や軍人達が似たような笑みを浮かべていると、地面から起き上がったパイフェンが周囲を見回しユウヒを探し始める。そんな彼女は白猫の言葉に目を見開くと、小さく呟いて立ち上がると、自分の体についたユウヒの匂いを嗅いで眉を寄せた。


「魔法で治したと言ってましたが検査は必要でしょう」


「かまうのは後にするか・・・無理させちまったなぁ」

 濃い血の匂いを嗅ぎ取ったパイフェンは、小隊長の言葉に顔を上げて彼を見やると、困った様に眉を寄せ頭を掻く。普段の行動はいろいろ問題のあるパイフェンであるが、意外と常識的なところもあるようで、その事に少し感心した小隊長は笑みを浮かべる。


「そうね・・・宿の手配はこっちでしておいたから、あんたたちの分も含めて貸し切りにして護衛も付けてるから安心しなさい」


「そうですか・・・最悪野営のつもりでしたからそれは助かります。怪我人を優先的に休ませる。部隊の再編制急げよ」


「了解!」

 一方こちらは残念そうな顔を隠す気もない白猫、彼女は不貞腐れた表情でパイフェンに同意すると、吐き捨てる様に小隊長に宿の準備が出来ていると話し、苦笑を浮かべながらお礼を口にした彼は集まっていた部下に指示を出しその場から足早に立ち去るのであった。





 それから小一時間後、白猫が用意したホテルのスイートに運び込まれたユウヒは、看護師の的確な処置を受けて深い深い眠りに落ちていた。しかし戦いを終えてゆっくりと休むユウヒに、僅かな布擦れの音と共に怪しい影が忍び寄る。


「かまうのは後でと言ったな、あれは・・・嘘だ!」

 その人影は小さな声で叫ぶと言う器用な真似をしながら、枕を抱えた方とは反対の腕を勝利宣言するように振り上げた。


「うるさいわよ静かにして、今回は添い寝だけていうから同行を許可したんだからね」


「わかってるヨ。てか許可するの俺だしな? まぁ弱ってる今がチャンスだからいいけど、普段なら添い寝も逃げられるし」

 その怪しい影とは、薄手の寝間着を来たパイフェンと、厚手のローブを着込んだ白猫の二人である。どうやら状態が安定したユウヒが寝込んでいる間に忍び込んできたらしく、添い寝だけとはいえ普段ならそれすら許してくれないと言うパイフェンは満面の笑みで目を細めて見せた。


「ふぅん? まぁいいわ、さてと」

 パイフェンは侵入や暗殺を得意とする傭兵であり、そんな彼女が今まで真面に添い寝すらできなかったと言う言葉に小首を傾げた白猫は、すぐに興味をなくしたのかユウヒを見詰めてローブを脱ぎ始める。


「ちょ、何脱いでんだよ! 添い寝だけだろ」


「ロシアの夜は肌と肌で温め合うものよ?」

 舌なめずりをしながらローブを脱いだ下からは、一般的なパジャマと違う服が現れ、その姿は極限まで布を少なくしたベビードール、どころかもう下着である。タダの添い寝と聞いていたが、下心と念のために着いて来たパイフェンは、澄ました顔でローブを脱ぎ捨てる白猫を睨む。


「嘘つけ! つかもう朝じゃん時間ぐらい弁えろヨ」


「いいじゃない、先っちょだけよ先っちょだけ」

 彼女の言動を聞く限り絶対に添い寝だけで済むわけがなく、その証拠が彼女の豊満な胸の間に挟まっており、先っちょと艶っぽく呟く白猫に詰め寄ったパイフェンは、その手を勢いよく自分と違って大きく育った胸の間に突っ込む。


「夕陽を殺す気かよっての!」


「アン!? ・・・そういうとこ真面目よね?ちょっと盛るだけなのに」

 苛立つ声を上げながら手を引き抜いたパイフェンの手には、怪しげな小瓶が握られており、引き抜かれた白猫は色っぽい声を漏らすと詰まらなさそうに呟く。


「無理やりは嫌なの、まったく」


「・・・まぁいいわ。とりあえずネグリジェで我慢しときましょ」

 いつもは凛々しい感じのパイフェンであるが、今はどこか女性らしい表情で、そんな彼女の無理やりは嫌だと言う言葉に、とっておきの媚薬を奪われゴミ箱に放り込まれた白猫は、どこか気味悪そうな表情を浮かべるも、諦めた様にため息を漏らしキングサイズのベッドに眠るユウヒへと目を向ける。


「そうしてく―――」

 白猫を警戒しつつユウヒの身を案じてほっと息を吐いたパイフェンが、先にベッドに登る白猫を追いかける様にベッドの端に足をかけた瞬間、バルコニーに繋がる大きめの窓が大きな音を上げ、その窓枠ごと破壊され外に吹き飛ぶ。


「なあ!?」

 外から聞こえる何かが飛び立つ音共に吹き飛んだ窓に驚き目を向けた白猫は、バルコニーに降り立った人影に目を見開く。


「はぁあぁい?学習能力の無い泥棒猫と困ったバイセクシャルわぁ・・・こちらかしら?」


「「げぇえ!? 赤狐!!?」」


 その人影とは、長い髪を登り始めて間もない朝日に照らし真っ赤に染めた女性、世界最高峰の傭兵であり各国が危険視する人間の一人である傭兵赤狐。パイフェンの上司であり白猫の仕事仲間、そしてユウヒの母親である。彼女はガラスが外へ飛び散っていくバルコニーに降り立つと、満面の笑みを浮かべ二人の女性を見詰めるが、表情とは裏腹にその目は全く笑っていない。


「あら? そんな嫌そうな声出さなくてもいいじゃない? ・・・ぅふふ」


「武器は」


「シースナイフ一本」

 ニコニコと目を細めながら、嫌にゆっくりとした足取り室内に足を踏み入れる明華を前に、彼女から視線をそらさず作戦会議を始めるパイフェン。この状況で最もやらなければいけないことは先ず逃げる事、そして生き延びる事である。そんな二人の武器はお互いにシースナイフ一本のみ。


「変わんねぇな・・・」

 白猫は脱ぎ掛けていたヒールから、パイフェンは抱いていた枕からナイフを取り出すと重心を下げて悠々と歩く明華を睨む。


「何の相談かしら? でも、悩む必要は無いわよ? あなた達も外の馬鹿と同じく血の池に沈むんだ・か・ら」


「速攻だ!」


「それしかなわいね!」

 睨まれた明華はキョトンとした表情を浮かべると、今度は可笑しそうに笑い冷たい視線で二人を射抜く。その一睨みに息を呑む二人であるがそこは一流の傭兵、すぐに気を取り直すとナイフを構え一歩踏み出す。


「・・・つまらないわ」

 だが、一歩彼女たちが踏み込んだ時点ですでに明華は滑らかに動き出しており、尋常ではない速さで駆けだしベッドの縁に足をかけ、手に何か掴むと小さな呟きと共に目の前から消える。


「「!?」」


 一瞬で視界から消えた明華に驚いた二人の動きはまったく違った。元々後方支援が多い白猫はベッドの上で立ち止まり周囲に目を向け、パイフェンは即座にその場から飛び退きベッドの陰に隠れた。



「な!? 天井にはりつべ!? ―――ガハッ!?」

 明華とユウヒを挟んで睨みあっていたはずの白猫は、対象を見失いベッド上で足を止めていたが、凍り付くような殺気を感じ天井を見上げる。そこには天井に張り付くような姿で彼女を見下ろす明華微笑んでおり、次の瞬間顔にクッションを投げつけられた白猫はシースナイフを振り上げるも、突然感じた腹部への衝撃で肺の空気を勢いよく吐き出しながら、パイフェンが顔を出していた方にある壁に打ち付けられる。


「チィッ! シッ!」


「貴方に頼んだのが間違いだったかしら?」

 数メートルを真っすぐ横に飛んでいく白猫に目を見開いたパイフェンは、明華に睨まれ勢いよくナイフで刺突を繰り出す。


 縮めていた体全体を伸ばし勢いよく飛び出してきたパイフェンをひらりと避けた明華は、ベッドの上でステップを踏むと、ベッドのスプリングを利用しさらに早く飛び込んできたパイフェンに話しかけながら場所を入れ替わる様に避け、ユウヒを背にして冷たい笑みを浮かべる。


「はは! 夕陽が魅力的なのが悪いネ!」

 本気で切り込んでいるにもかかわらず、まったく掠りもしない明華に冷や汗を流すパイフェンは、自らを奮い立たせる様に笑うと足元の枕を明華の顔に蹴り上げ、その勢いを活かしてナイフを突き込む。


「同意するわ!」

 普通の人間なら視界を塞がれ動きが鈍るところであるが、何が来るか事前に解っていたかのような明華の滑るような動きは、パイフェンの予測を完全に上回っていた。


「で・も・だ・め」


「ヒッ!? ッ―――・・・」

 数舜前まで目の前にあった明華の満面の笑みは消え去り、パイフェンが気が付いた時には背後から冷たい声だけが届く。平気で敵の首を切り飛ばすキリングマシンに背後をとられ恐怖で悲鳴を上げるより早く、脇腹に痛烈な一撃を受けた彼女は白目を剥いて膝から崩れ落ちる。


「・・・ぽーいっと」

 彼女が崩れる先にはベッドで眠るユウヒ、何もなければ倒れるままにする明華であるが、すぐにパイフェンの首根っこ掴むと何を思ったのか、彼女の体を持ち上げ軽い掛け声とともに放り投げた。


「げふっ!? ・・・」


「猫のくせに狸寝入りとかワロス」

 その先には壁に打ち付けられ気を、失っているように見せかけて機を伺っていた白猫と言う先客がおり、脱力したパイフェンの頭を鳩尾に受けた彼女は、痛烈な痛みに今度こそ気を失うのであった。


 窓は窓枠ごとうち破られ、天井には白猫のシースナイフが深々と突き刺さり、床には二人の女性が薄着で打ち捨てられてその口からは僅かに血が流れている。どこをどう見ても事件の香りしかしない部屋の中で、静かに寝息を立てながら僅かに眉を寄せるユウヒを見詰めた明華は、羽織っていたロングコートに手をかけ微笑む。


「・・・・・・よし、それじゃユウちゃん、ママとおねんねしましょうねぇ」


「うぅぅん・・・」

 コートに手をかけた明華は、一気にコートを脱ぎ捨て薄っすら透けたネグリジェ一枚になると、蠱惑的な微笑みを浮かべながらベッドで眠るユウヒに歩み寄る。ギシギシとキングサイズベッドのスプリングをゆっくり軋ませながら歩く明華の気配を感じてか、ユウヒは僅かに魘される様な声を漏らす。


「はぁはぁ・・・無防備すぎてもうっ、我慢っ! できないっ!」

 吐息を洩らすユウヒの姿に頬を緩める明華は、息子に向けてはいけない種類の光が灯る瞳を潤ませ勢いよく覆いかぶさるために膝を曲げ力を溜める。


 この日、ユウヒの守るつもりなく守られてきた純潔は、実の母親の手によって無残に散らされる、


「我慢してください」


「なぁっ!?」

 事は無いようだ。


「患者の前で騒がないと何度言えば学習するのですか明華?」


「なん、で・・・あなたがここに」

 飛び掛かろうとしためいかは、その後ろ首をがっちりと掴まれ身動きを封じられていた。ユウヒにとっての救世主は、肩に羽織った軍服をベッドの上に落とすと、その下に着た純白のナース服に朝日を眩しく反射させる。


「おかしなことを言いますね? 私の患者の寝室に、ナースである私が居て何が悪いのですか?」


「んな!? なんであんたがユウちゃんの!?」

 彼女は日本で疲労したユウヒの看病をし、僅かなトラウマを彼に抱かせ、さらにはロシアの地まで万が一の看護の為についてきた女性看護師であった。声と首に感じる感触で彼女が何者であるか即座に理解した明華は、腰に感じる僅かな痛みに冷や汗を流しながら驚愕の声を上げる。


「ええ、私も昔から彼には興味がありましたから、それが今まで不思議と機会が無かったもので?」


「くっ!? 迂闊だった・・・家で一番危険な女を忘れていたなんて」

 拘束から逃れようと腕を振り上げる明華であるが、その腕はことごとく叩き落とされ、悔しそうに歯噛みする彼女は諦めずに持ち上げた腕を突然震わせると急に脱力させた。


「安心してください。私は愛でることが出来ればいいので、まぁ多少のボディタッチは看護師ナースの役得と言う事で・・・尿瓶も用意済みです」

 そんな明華に、看護師の女性は柔らかな笑みを浮かべながら、全く笑っていない目でユウヒを見詰めると、その瞳に僅かに楽し気な色を浮かべる。


「イトスギ、おま・・・ぐふぅ・・・」


「なんで即効性のある特濃麻酔でここまで時間かかるのか、貴方の事が解りませんよ」

 背後から感じる気配に目を見開いた明華は、彼女のコードネームを呟くと震える手を上げようとしてそのまま意識を失う。どうやら明華が感じた腰の僅かな痛みは、無針注射によって麻酔を打たれた時のものであった様で、しかしその麻酔は非常に早く効く麻酔だったらしく、今の今まで話せていた明華にイトスギは小首を傾げ目の前から感じる視線に微笑む。


「・・・・・・」


「おはようございます」

 その視線はベッドで寝ていたユウヒのもので、いつから目を覚ましていたのか、無言でじっと見つめてくる彼の視線に、イトスギは薄く笑って朝のあいさつを口にする。


「目が覚めたら、半裸の母親が看護師に背後からネックツリーを食らってんだけど・・・夢?」

 ユウヒの現在の状況は、キングベッドに寝かされその足元で半裸の明華とイトスギが立っていると言うもので、普通の人間なら飛び起きもする場面であるが、草臥れ切ったユウヒは驚きが一周廻って冷静になっているのと眠いのとで、掠れたかぼそい声で夢であるか問いかけた。


・・・やっぱり寝惚けていそうである。


「残念ながら夢ではありません。後二人ほど血を吐いて倒れていますが、こちらも夢ではないですね」


「・・・・・・うん、状況把握。お姉さんはもしかしなくても傭兵団関係者ですか? あったことないと思うんですが?」

 ゆっくりと起き上がるユウヒに薄く微笑んだまま状況を説明するイトスギは、内心ユウヒの反応に心配をしていた。


「流石明華の息子ですね、良い勘をしています。私は傭兵団のドクター兼ナースです。色々噂を聞いていた子に会いたくて、今回はあなたの専属看護師になれるよう大臣をおど・・・お願いしたんですよ」


「・・・石木さん胃に穴空いてないかな」

 イトスギは明華の暗躍により、傭兵団の中で唯一今までユウヒとの面識が無く、今回は運が回ってきたため無理をしてユウヒの看護を引き受けたのである。その際ロシアまで着いて行くことを、大臣に対するお願いと言う名の脅迫をもって勝ち取ったようだ。


 そんな不憫な石木を想像して遠い目を浮かべたユウヒは、目の前のイトスギと言う女性が傭兵団の人間であることを確信する。


「胃腸薬を置いてきたので大丈夫でしょう」

 一国の大臣を脅したにもかかわらず気にした様子もないイトスギは、明華をベッドの隅に放り投げると、ベッドから降りてユウヒに柔らかな笑みを浮かべて見せ、そんなイトスギの姿にユウヒは考えることを止めた。


「そうですか・・・おやすみなさい」


「・・・ふふ、ええおやすみなさい」

 疲れからか相当眠たいらしいユウヒは、それ以上考えることを諦めると脱力してベッドに倒れ沈み込み寝息を立て始める。


 連続する難題と戦い続けた戦士は静かに眠り、そんな戦士の眠る姿に満足した笑みを浮かべるナースは、寝息を立てる戦士の頭を一撫ですると腰ポケットから短い銃のような物を取り出し、その謎の機械を明華に押し付けトリガーを引く。空気の抜ける様な音を立てた機械を、パイフェンと白猫にも押し当てトリガーを引いたイトスギは、明華を片手でぞんざいに掴むと引きずりながら部屋を後にするのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 ホラー風味のタイトルでしたが、中身は明華のフルボッコタイム(明華も逝くよ)でした。看護師さんの正体も判明しましたが、疲れたユウヒにはそれ以上考えることが出来なかったようです。今はとりあえず一休みして、また動き出すであろうユウヒの冒険をお楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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