第百八十六話 解放
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。良ければ評価感想お待ちしていますが、先ずは楽しんで頂けたら幸いです。
『解放』
光、それは人々に朝の訪れ教え、安らぎを与える。だがそれも優しい光であって、眼が潰れそうなほどの光は別で、それは光に包まれるユウヒも同様であった。
「うふふふ!」
「アハハハ!」
【遮光】の魔法を使っても尚眩しく感じる光の中で、社畜時代に感じた無駄に明るい3徹明けの朝日を思い出したユウヒは、明るい笑い声が聞こえる中思わず眉を険しく寄せる。その皺の寄った眉間は確実に眩しさに対するものだけではない。
「出れた出れた!」
「解放された! キャハハハ」
「あぁ素敵、素敵な光!」
周囲から聞こえてくる声は、捕集機から飛び出した精霊たちの歓喜である。一部の精霊は飛び出した瞬間魔力タンクに激突して気を失っているが、大半の精霊はタンクから洩れ出た高濃度の活性化魔力で酔っ払った様な状態であった。
ある者は勢いよく飛び回り体全体で喜びを表し、ある者は笑い上戸の様に空中を笑い転げる。またある者は自らが発している光なのか、別の場所から発生する光なのか解らない中で目を回し踊り狂う。
「あなたね! あなたね!」
火や水の精霊が飛び交う中で、目ざとく光を遮る魔法に気が付いた光の精霊は、【遮光】の壁にへばりつくとその奥に居るユウヒに笑みを浮かべる。彼女たちにはユウヒが何をやったのか理解出来るのか、明確にユウヒが恩人であることを確信した視線でユウヒを見詰め、やはり酔っ払ったOLの様な高い声を上げて光を遮る壁を小さな手のひらで何度も叩く。
「助けてくれてありがとう!」
「これは、光の精霊か? いや他にも火と水か・・・助けたって俺か? いやまぁ確かに結果的にそうなるかぁ」
一方、遮光に守られながらも依然真っ白で上下の間隔が狂いそうな空間の中、呆気にとられていたユウヒは、どっからどう見ても酔っ払いのそれである精霊の言動で我を取り戻すと、周囲に目を向け赤と青と白の人影を見ながら左目に灯りを灯す。同時に右目でも光を揺らすユウヒは、周囲を飛び交う群れ全てが精霊であることに驚きながらも、意図して行った事ではない結果に、どこか照れ臭そうな表情で頭を掻きながら小さく呟く。
そしてそれは突然訪れた。
『・・・・・・・・・』
ユウヒのつぶやきを耳にした周囲の精霊たちは、それまでの笑う姿が嘘の様に目を見開き固まると、一斉に動き出す。
「すごいすごいすごいすごい!!」
青い髪の小さな精霊は勢いよく【遮光】の壁にぶつかると、まるで窓ガラスにへばりつくトカゲの様に壁越しの夕陽を見詰めると、その淀んだ単色の瞳にユウヒを映しながら同じ言葉を連呼する。
「話せる! しゃべれる! 見える!」
「聞こえる! あなたの声聞こえるわ!」
「見えるのねすごい! 触れるの? ねえ触らせてよ! ねえ!」
三色に分けられる小さな少女たちが、狂った目で狂った声を上げてびっしりと半透明な壁にへばりつく姿、ちょっとしたホラーである。しかも視線はユウヒ一人に注がれ、穴が開きそうな熱い視線を浴びようものなら、小さい子供は夜中のトイレに行けないどころかそのまま悪夢の世界に落とされるだろう。
「アハハハ!」
「アハハハハハ!!」
『アハハ「うっさいわ!」キュン!?』
誘蛾灯に集まる羽虫の様に次々と集まり【遮光】の壁にへばりつく精霊たちに頬を引きつらせるユウヒ。周囲の光は精霊たちに遮られ、光の精霊が纏う灯り以外の光が無くなった空間は、何十何百と言う目と狂った笑い声に満たされ、ほんの僅かな時間でも狂いそうな環境に、流石のユウヒも切れた様だ。
大きな声による叱責と共に、思わず洩れたユウヒの魔力には、ちょっとした攻撃性が含まれていたようで、強い静電気を受けたような声を上げた精霊たちは、少し離れると光を取り戻した目を瞬かせる。
「はしゃぎすぎだ! いい加減光量を下げなさい、近所迷惑だろ!」
正気を取り戻した様にキョトンとした表情を浮かべる精霊たちは、ユウヒの言葉に思わず背筋を伸ばし、周囲に集まってきた精霊たちもユウヒから放たれる魔力に気が付くと淀んだ目に光を取り戻し始めた。
「はい! みんなーおちつこー!」
「落ち着かないと怒られちゃうよー!」
そんなユウヒの怒りを最前列で受けていた光の精霊は、びしりと言う音が聞こえそうな勢いで背筋を伸ばし返事をすると、くるりと振り返り両手を頭の上で振り周囲の仲間に言い聞かせ、同じように火と水の精霊も集まり始める精霊たち伝言ゲームの様に言い聞かせていく。
「食べられちゃうぞー!」
『きゃーん、あははは』
しかしそんな真面目そうな空気もそこは精霊、すぐにふざけ合い楽しそうな声を漏らし始める。
「たべねぇよ・・・光食っても腹膨れねぇだろ」
だが正気はしっかり取り戻したらしく、それまでの狂ったように騒がしかった空気は落ち着きを取り戻し始め、ゆっくりと光が治まり始める光景を見渡すユウヒは呆れた様に呟くと、精霊を食べると言う猟奇的な発想をする無邪気な精霊に、何とも言えない気分になるのであった
ユウヒが空の上で光に包まれながら草臥れたようなため息を洩らしている頃、観測基地でもため息が漏れていた。
「・・・治まった、か?」
ユウヒの周囲こそまだ明るいものの、それ以外の場所では世界を真っ白に染めていた光が姿を消していた。机の下から顔を出した小隊長は、周囲の確認をしながら呟くと、空に輝き続けている光に目を向ける。
「くそなんて日だ! あぁだめだ、目がしっかり見えねぇ・・・誰か目が見えるやつ! 被害確認急げ! 大亀はどうなった!」
「了解!」
そんな小隊長の声に続いて声を発したのは観測基地の司令官。荒っぽいロシア語を吐き捨てながら立ち上がろうとするも、強烈な光によって一時的に視界を奪われたようで、上手く立ち上がれず壁に手を着きながら大声で指示を出す。
「大丈夫ですか?」
「すまない・・・そっちは大丈夫なのか?」
「いえ、まだチカチカしてますよ。サングラスも効果ありませんでした」
床に片膝を突き座る司令官に手を差し伸べる小隊長は、男性の問いに困ったように笑い返事を返す。彼もまだ視界が不明瞭なようで、司令官を近場のパイプ椅子に誘導すると、床から拾い上げたサングラスを胸ポケットに放り込み、おかしな光に頭を掻いた。
「隊長、静が気失ってます・・・」
「・・・・・・」
周囲を見渡せば他にも視界を奪われた被害者が頭を振ったり座り込んでおり、そんな中には部下の姿もあるようだ。いつも補佐をしてくれる男性自衛隊員の困った様な声に振り返った小隊長は、床に横たわる女性自衛隊員の姿に目を見開くと、無言で駆け寄り様子を伺う。
「やっぱり直視していたか・・・はぁ」
「そうみたいです」
その女性は、小隊長が目を覆う瞬間通信機の前で呆けていた部下で、彼が危惧した通り彼女は強烈な光を直視してしまったようだ。許容量を超えた光や音と言うものを受けた人間は時に意識を喪失してしまう。彼女もまた光を直視してしまい気を失ったようで、バイタルを測り気を失った以外には正常であることを確認した小隊長は呆れと安心でため息を洩らす。
「おーい、起きろー・・・駄目だな、よいしょっと」
「そのうち起きますよ・・・そうだ、おでこに肉って書いていいですかね?」
「おまえその年代じゃないだろ」
小隊長が声をかけるもピクリとも反応を示さない女性は、しばらく様子を見るために邪魔にならない壁際に楽な姿勢で横たえられ、その安らかな寝顔を見ていた男性自衛隊んは、徐にボールペンを取り出すと、真面目な表情で小隊長に悪戯の許可を求める。
しかしそんな許可が出るわけもなく、返答を聞いた男性は大してがっかりした様子もなくボールペンをポケットに戻す。
「被害甚大だ。他の基地でも気絶者が多数出ている」
「どのくらいの・・・町でも被害が出ているかもしれないな」
「夜中の上に今日は外出を控える様に通達されているからな、それほど被害はないと思うが・・・」
そんな自衛隊員たちが女性自衛隊員の様子を伺っていると、部下から報告を受けた司令官が戻り始めた視界に目を顰めながら歩いてくる。どうやら観測基地だけではなく離れた基地でも同様の被害が広がっているらしく、周辺の基地機能が著しく低下している様だ。
基地で被害があると言う事は、もっと人の多い町でも被害が出ている可能性もある。そんな不安を口にする小隊長に、司令官は事前に避難指示を出している為、それほど被害は無いと言うが、しかしあの異常な光が相手では室内に居ても目が眩むかもしれないと考え、難しい表情を浮かべ口を紡ぐ。
「どうだ白猫?」
「あんたが押し倒したから大丈夫よ、まったく騒がしい女なんだから・・・そう分かった、しっかり調べなさい」
そんな街の様子に関しては、同じ室内に居た白猫が確認している様で、体調をパイフェンに心配される彼女は、少し赤くなった顔でぶっきらぼうに返すと、電話の相手に返答と指示を出し、耳に当てていた腕を下ろす。
「別動隊は無事か?」
「町の方の部隊はみんな無事よ、住民の間でちょっと混乱が出てるけど・・・核でも爆発したんじゃないかって騒ぎになってるわ」
パイフェンが問いかけたのは白猫が町に配備していた傭兵たちの事で、先ほどまで電話をかけていた相手でもある。どうやらその傭兵たち自体は無事であるが、町に住む住民達は異様な光に混乱し、一部では騒ぎが起きている様だ。
「おいおい・・・すぐ連絡入れるか」
中にはドームでまた核が使われたんじゃないかと騒ぐ人間が出てきている様で、その事を聞いた観測基地の司令官は、まだよく見えない目を揉みながら肩を落とすと、ゆっくりと立ち上がって指揮所に向かって歩き出す。
「はぁ・・・夕陽の為に手配したホテルも混乱しているみたいなんだけど、どうし・・・そうよ! 夕陽は!?」
移動する司令官の事など全く気にしていない白猫は、携帯を仕舞いながらため息を洩らしている。どうやら町に配備した部隊は、ユウヒを泊める宿の安全確保のために行動中であったらしく、その宿も謎の光で混乱のただなかにあるようで、傭兵たちはその沈静化に走り回っている様だ。
「明るくてなんも見えないなぁ」
「まだ光が治まり切れてないか」
「どうなってんだ?」
一方、白猫によって秘密裏に宿のスイートを用意されているユウヒはと言うと、未だに光の中に包まれている様で、大亀の周囲に満ちた光に目を向けたパイフェンはサングラス越しに目を顰め、同じくサングラスが機能することを確認した小隊長達も、窓枠の無くなった開放的な穴から顔を出して首を傾げている。
「・・・被害確認後、調査部隊を出す。うちの連中は一人除いて無事みたいだからな」
「こっちはしばらく無理そうだ。はぁ死者や墜落が無いだけましか・・・」
ゆっくりと光量を落としていく空を見渡していた小隊長は、イヤホンの付けられた耳から入る各部隊からの連絡に口元を緩めると、そのほっとした表情で指示を出す。そんな自衛隊と違い、規模の大きいロシア軍ではそれなりの被害が出たらしく、死傷や甚大な被害が出ていないだけ喜ぶべきかと、指揮所から顔を出した司令官は肩を竦めるのであった。
ふらつきながらも基地の滑走路に無事帰投する戦闘機や攻撃機、目をやられた観測兵を救助しながら基地へと帰還する陸軍の兵士たち、町では兵士や警官が走り回り混乱を治める深夜のロシア。大騒ぎが起きたものの、少しずつ静寂を取り戻していく世界で、精霊たちもまた落ち着きを取り戻しつつある。
「はぁ・・・精霊は本当にどこでも変わらんな」
されど精霊は精霊、その本質は無邪気そのものであり、ユウヒの周囲では今も元気に空を飛び回りはしゃぐ彼女たちの姿が見受けられた。
「さって、亀はどうなったかな?」
特殊な人間から、異世界に興味を移した精霊たちに目を向けながら、幾分眩しくなくなった空から降下するユウヒは、遮光を解除して空に多数浮かぶ光球に照らされる大亀に目を向ける。
「ん? おお? 崩れていく・・・」
膨大な魔力と精霊に吹き飛ばされたユウヒは、大分高い場所まで飛ばされていたらしく大亀の全容を見下ろせる位置に居た。そんな彼が見下ろす先では、怪しい光を完全に消失させた大亀が、ゆっくりとその身を地面に沈めていく姿が光に照らし出されており、その光景はまるで崩れる氷山の様だ。
「これは、そうかあの巨体を支えるために常時重力制御の魔法でも展開していたのか」
右目に金色の光を灯しているユウヒは、ゆっくりと視界に流れる不特定多数の情報から現状を理解すると、納得した様に頷き呟く。
「魔力タンクが全損して維持出来なくなったってことだな」
どうやらこのゲンブと言う大亀は、その巨体を十全に扱うため、常時自分にかかる重力を制御する魔法を展開していたようで、そのエネルギー源である魔力タンクが全損したことにより、自らの巨体を維持することも出来なくなったようだ。
「これはひどい・・・大亀の周囲が地面も樹も結晶化してる」
巨体を持ち上げていた太い足は膝から崩れる様に落ちていき、地面に接触した部分には大きな亀裂が入り裂ける様に崩壊していく。さらに大亀の甲羅外延部は地面に落下した衝撃で大きな罅が広がり、中心に近い部分から外側へと花弁が開くように崩壊し、その内部機構を次々と外気に晒し始めている。
「おっと! うわひでぇ・・・クラゲも結晶化に巻き込まれたか」
それでもまだ大穴の開いた中心部は崩れておらず、現在も地面に沈む様にその高度を落としていた。そんな甲羅の上に近寄ったユウヒは、倒壊してきた柱に驚きながらも甲羅の上にそっと降り立つ。
そこはユウヒの攻撃によって穿たれた大穴を繋ぎとめる様に結晶が四方八方に生え伸びており、一部では巻き込まれたクラゲが結晶内部でその生命活動を停止さている。その姿はまるで琥珀に入った古代の虫の様でもあった。
「あいつら無事逃げたかね?」
中心部を残し次々と剥離するように地面へと崩れていく甲羅の上で、ユウヒは結晶化の進む森を見渡して異世界の住民たちが無事退避できたか気になり呟く。遠く離れた場所ではユウヒの魔法や右目を使っても確認出来ず、特に今は大量の魔力と精霊が溢れている為、人探しを行う様な精密な魔法はその効果を阻害されている。
「・・・・・・少し素材を回収、いやいっそ少し加工もしてみようか」
沈黙を続ける左腕の通信装置に目を向けたユウヒは、無言で頷くと縦横無尽に伸びてキラキラ輝く結晶に歩み寄ると、崩れそうな結晶を一部掴んでもぎ取る様に採取した。
「かなり疲れたし適当な場所に腰を落ち着けよう。・・・周りから見えないところとかベストだな」
どうやら彼の中でいつでも外に出ようとする創作意欲が元気を取り戻したらしく、休憩と自分に言い訳をしつつ、誰の目にも留まらぬうちにこっそり創作意欲を解消する気の様だ。
「さくっと一つ二つ作ったらどうするかな、とりあえずカウルスとジュオの様子でも見とくかな」
大亀の重要区画は他より強固に作ってあるのか、それとも魔力タンクから洩れた高密度の魔力による結晶のおかげか崩れる様子の無い大穴の近くに座り込んだユウヒは、手の中で大きな結晶の塊を弄びながら今後の予定を考える。
「観測基地は酷いことになってないといいけど、パイフェンは、まぁいいか大丈夫だろ。やることやったら少し気が抜けたな・・・んー何かお土産になりそうなものが良いか、実用的なものが良いか・・・」
気の緩みによって頭の中に様々な事柄が湧いては過ぎて行くユウヒ。カウルスとジュオ達は無事であろうか、基地の人たちは、パイフェンは殺しても死ななそうだからいいやなどと呟きながらじっと結晶を見詰める。赤なのか紫なのか解らない不透明な、それでいて頭上から降り注ぐ強い光に照らされた結晶の奥には、血で汚れたユウヒの手が透けて見えていた
「何してるの?」
「かくれんぼ?」
「・・・もう見つかったか」
地平線が白み始めた程度の時間にも関わらず頭上から強い光を注ぐのは、少し前まで異世界の空を満喫していた光の精霊。最初にユウヒの怒気を受けた彼女は、異世界の空よりユウヒに対する興味が増したのか、いつの間にか隠れていたユウヒを探していたようだ。
頭上から夏の日差しにも負けない光を伴い現れた精霊に顔を上げたユウヒは、すらりとした体形の割に大きめの日本人形程度しかない女性に、ひどく疲れた視線を向けて肩を竦める。
「そのキラキラどうするの? 少し濁ってるから綺麗にするの?」
「濁り?」
「濁ってるよ?」
大体精霊と関わると騒がしくなることを学習しているユウヒは、もうひと頑張り必要だろうかと溜息を洩らし、そんな彼の疲れなど気にしない精霊は美しい宝石にしか見えない結晶を突きながら濁っていると話す。人の目では綺麗な結晶であるが、光の精霊の基準だと濁っているらしい。
「そうか? 綺麗にするってどうやるんだ?」
ユウヒの右目には特に濁り等の文字は見受けられないが、しかし精霊がそう言うのなら何かあるのだろうと思い、なんとなしに彼女の綺麗にすると言う言葉が気になり問いかける。
「こうだよ!」
「うお!? 無色透明になった・・・無色の魔結晶か」
やってくれと言ったわけではないが、しかし精霊は頼られたのだと判断したようで、ユウヒのが手に持つ結晶に向かって右手を大きく振りかぶると、勢いよく平手打ちを打ち付けた。その瞬間ユウヒの手に乗っていた魔力性結晶から何かが吹き出し、あっという間に無色透明の結晶へと姿を変える。
「綺麗になった!」
「良い仕事だ!」
目を見開きじっと結晶を見詰めるユウヒの前では、特に汗を掻いた様子も疲れた様子もない光の精霊が、わざとらしく額を腕で拭い、いつの間にか集まっていた数人の精霊に称えられていた。
「ふむ、確かにいい仕事だな・・・魔力を溜め込む、流れを整えて付与で方向性を決めれば面白いものが出来そうだな」
少し照れ臭そうにする精霊を他所に、名称を変えた結晶を右目で見詰めていたユウヒは、彼女たちの言葉を引用するように呟き、さらに創作意欲を加速させていく。
「褒められた?」
「少しな」
「やったー!」
そんなユウヒの言葉に動きを止めた精霊は、そっとユウヒに近付くとどこかそわそわした表情で問いかけ、褒められたことを確認すると嬉しそうな声を上げて文字通り舞い上がる。
「どうするか、魔力もほとんどないし・・・回復アイテムかな」
舞い上がる光の精霊が、集まっていた火と水の精霊たちと戯れる下で、ユウヒはぶつぶつと呟きながら勝手に回復していく魔力を手に集め、魔力に反して体から抜けていくような生命力にその思考を誘導されていく。
「ブレスレット? 数珠? 紐になりそうなものわぁっと、亀の残骸に使えそうなものはないかなぁ」
体の傷を癒す物を作ることにしたユウヒは、その形をどうするか考えながらゆっくりと立ち上がる。精霊から隠れて制作するつもりだったが、見つかってしまっては隠れる意味もないと立ち上がったユウヒは、ボロボロになった大亀の甲羅の上を見渡し、ほかに素材になりそうなものは無いかと目を凝らす。
「わくわく」
「探検だね探検!」
そんなユウヒの視界を遮る様に光の精霊は舞い降りてくると、一緒に降りてきた火や水の精霊と共に好奇心に満ちた視線を向け、同時に視界を白く塗りつぶす強い光をユウヒの目に注ぐ。
「いいからお前らもう少し光量を落とせって、今はまだ夜なんだから迷惑だろ?」
その眩しさに遮光を使おうか悩んだユウヒであるが、両目を瞑ると子供に言い聞かせる様な優しい声量で眩しいと訴える。
「ほんとだ! まだ夜だ!」
「はしゃぎすぎちゃったね」
「御片付けしないと」
高い所から見れば遠く地平線がうっすらと白んでいるものの、まだまだ夜の範疇である周囲にようやく気が付いた光の精霊は、ユウヒの訴えに当然だと言った表情で一気に光ることを止め、その光の消失に呼応するかの如くあちらこちらで光が消えていく。
「おっと大分暗くなったな、少し形を加工して、穴をあけて、解れた服の布で糸を、そして紐を作って・・・透明なトンボ玉? 大きなビーズ?」
夜の精霊に怒られるなどと話し合う精霊たちを横目に、急激に暗くなる周囲に足元が危うくなったユウヒは、まず最初に作る物を決めたらしく、まだ僅かに灯りが残る間に手早く結晶の欠片を加工し始めた。
「すごーい」
「あとは【付与】【蓄光】」
彼が左手に掴んだ大きな塊から切り離された小石程度の結晶は、ゆうひの右手の掌で踊ると、鋭利な先端が解ける様に丸みを帯び、最終的にきれいな球体に形を変える。さらに細い穴が開けられたそれは透明なトンボ玉の様で、ユウヒの魔法に反応して薄っすらと青い色合いに染まっていく。
「あ! これ解る! ぎゅうぅぅっ!」
「おっと、ありがとさん」
ユウヒがトンボ玉結晶に込めたのは、光を吸収し暗い場所で発光する魔法である。現代社会でも停電や緊急時の標識、照明用スイッチに用いられる技術を魔法で再現したそれは、光の精霊に光を注がれることでちょっとしたLEDランタンほどの灯りを放ち始めた。
目敏くユウヒの世話を焼く光の精霊は、ユウヒの微笑みを見詰めると嬉しそうにはにかみ、真っ白な頬を僅かに赤く染める。
『うふふふ』
彼女の笑みに微笑みで返したユウヒは、解れた迷彩服の糸で作った紐をトンボ玉に通して腰に括り付けると、新たな素材を探し歩き出す。そんなユウヒの背後には、どこか依存性を感じる笑みを浮かべる光の精霊、その後ろでは火と水の精霊が仄暗く淀んだ目で暗い笑みを浮かべていた。
先行き不安になる状況にまったく気が付かないユウヒが合成魔法を止めたのは、基地まで飛んで移動出来るくらいまで体の痛みが引いた頃で、その時にはトンボ玉が複数に増えているのだった。
いかがでしたでしょうか?
カウルス達が住む世界の精霊が地球で解放されたようです。その性格は他の世界の精霊と根本的なところは変わらない様で、しかしどこか影のある彼女たちは御多分に漏れずユウヒに好意を抱いたようである。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




