第百八十五話 怪獣兵器VS歩く武器庫改め、空飛ぶ戦艦
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『怪獣兵器VS歩く武器庫改め、空飛ぶ戦艦』
いかなる魔法を使うつもりなのか、動く山と言って良い大亀相手にユウヒが選択した魔法が世界に影響を及ぼしている頃、どこか解らぬ場所では誰ともわからぬ人物が小さな空間で笑みを浮かべていた。
「さぁてそろそろだな」
閉鎖された空間で複数の小さな光源に照らされるその人物は、狭い室内で腕を伸ばしストレッチを行っている。狭いと言っても座ったままストレッチが出来るだけのスペースはあり、前に伸ばした手を気持ちよさそうに伸ばす。
「今回はなんだか運が良い気がするんだよね」
それでもやはり狭いため、ロックされたサイドスティックを小突いてしまいすぐに手を引っ込める。運が良いと呟く彼は、機嫌よさげな声で呟くとタッチパネルを突きながら、順調な状況に思わず満面の笑みを浮かべていた。
「みんなも僕の脱出に気が付いてないし、追いかけてこないし、あれだけデコイばら撒いた甲斐があるってもんだ」
どうやら彼はどこかから脱走して来たらしく、それはその声色から特に拘束されていたと言ったものではなさそうだ。しかし誰かの目を欺くために色々手を尽くしてきたのか、独り言を話し続ける彼の表情には苦労が見える。
「まぁ・・・隠密性の犠牲で機体は小さくなったけど、レベルの低い世界線らしいから大丈夫」
カプセルホテル程度の室内で、なにやら夢見がちな少年の様な内容を呟く彼であるが、すっきりとしたコックピットの内装を見るに、その技術レベルは地球より進んでいそうだ。
「それに失せ物出てくるって占いに出ていたし? あれ? これこの間無くしたと思ってた接続キーだ。良かったーこれって無いなら無いで色々不便なんだよね」
明るい未来を思い笑みが自然と浮かんでくる彼は、貴方のための365日占いと書かれた本をペラペラ捲りながら今日の運勢を思い出すと、なにやら何か探し物があるらしく今の状況にピッタリの運勢に気合を入れ直す。
そんな気合は体を伝い肘を伝ってコックピットの壁に肘鉄を繰り出してしまい、その壁に内蔵されていた小物入れのふたを開けてしまう。中から転がり出てきたのは少し大きめの古めかしいデザインのカギで、どうやら無くしたと思っていたものであるらしい。
「・・・失せもの? な、なんだ!?」
そんな失せ物を見つけた彼が、今日の運勢が示す失せ物が接続キーの事であったと悟った瞬間、コックピット内を不快な警告音と赤色灯が照らし出す。
「え! なんでこんなところにワームホール!? 可笑しいだろなんで太陽の周辺区域にそんな物出るんだよ!」
赤く染まるコックピット内で慌てる彼は、正面のモニター画面に映し出された警告表示に目を見開くと大きな声で叫んだ。どうやら警報の原因は、SF作品などで有名な遠い地を繋ぐワームホールのようで、その存在はどうやらあり得ないようである。
「完全に接触コースだし! この機体に対ワームホール装備なんてないぞ!?」
【回避不可能】と言う表示と共に、周辺環境をグラフィック化して表示する画面には、前方を塞ぐ巨大な道が発生しており、どうやら今のままでは避ける事も出来ないうえに状況を無理やり突破する装備は、彼が今乗る機体には搭載されていない様だ。
「急いで通常空間に出ないと、この世界どうなってるのさ! ってええ!? 魔力!? 魔力なんでぇ!?」
彼が今いる場所はその言葉から普通の空間ではないらしく、それ故本来認識することの出来ないワームホールの道筋を認識し、接触するような状況に陥っていた。その回避には通常の空間に復帰するだけでいいようだが、それすらも邪魔されてしまう。
【魔力干渉】【空間移動阻害】【移動完了まで1時間】と言う文字が表示されるモニターに目を見開くと、訳が分からないと言った表情で叫ぶ人物は必死に機体を操作する。
「こいつ魔力で固定化されてるもんで、領域内に侵入したこっちまで阻害されて、これじゃ余計に不味い! 誰だよ魔法でワームホールなんて発生させたやつー!?」
ワームホールを安定させている魔力の領域に接触してしまっている機体は、重力に引かれ落ちる様に身動き出来ないままワームホールの内部へと引きずり込まれていく。異常事態の連続に慌てる男性は、赤く染まり続けるコックピットの奥からヘルメットを引きずり出すと、悪態をつきながら勢い良く被る。
「絶対見つけてやるからな魔法使い! 見つけたら襟首引っ掴んでどうやったのか根掘り葉掘り聞き出して共同研究してやるみょおおぉぉぉ・・・―――」
バイザーを下ろした向こうで光る赤い光からは怒りと言う感情が見受けられず、どちらかと言うと好奇心溢れる少年の様な感情が見受けられるのであった。
太陽系内のどこかで何者かが緊急事態に見舞われている頃、こちらも傍から見て緊急事態以外の何物にも見えないユウヒは、遠く離れたロシア軍基地の人々に心配されている。
「だ、大丈夫なのか?」
「光りの弾幕と言うよりもう球体、太陽みたいですね」
観測基地の指令所では、スクリーンに映し出された映像を目にしたロシアの基地司令とその部下が、レーザーが撃ち込まれ続ける場所にできた光の球体に顔を蒼くしている。
「攻撃が続いていると言う事はまだ夕陽さんは生きているのだろう・・・しかしこれは」
光の球体の原因はユウヒの周りを守り飛び交う小鳥が、その身で受けたレーザーを散光させているからだ。その奥にはさらにカラスが強い光を減衰させている。まるで光の繭にも見える球体が空に作られ続けると言う事は、小隊長が呟いたようにユウヒの健在を示していた。
「だめですこっちの攻撃はすべて無視されてます。これではまったく陽動になってないですね」
「砲撃もすべて甲羅に届かず途中で爆発してます」
「物理無効か・・・迎撃の必要すらないと言うのか」
一方そんなユウヒの援護になればと撃ち込まれるロシア軍の攻撃は、ユウヒの展開する魔力に比べれば気にするまでもないと言わんばかりに無視され、甲羅にすら到達していない。実際には、ユウヒの魔法の脅威度が異常に高いがための結果であり、ミサイルや砲弾防御にもある程度大亀はリソースを割いている。
「光の弾幕によって夕陽さんの姿、依然確認できません。パイロットが発進許可を求めていますが・・・」
「F35が出たところで落とされるだけだろ」
「ですよね・・・」
巨大な亀の頭だけではなく、大蛇の頭も高密度に圧縮された炎の固まりを連射する光景は、見る事しか出来ない人々の心に焦りとして焼き付き、思わず無駄だとわかっている行動に駆り立てさせていた。しかしここで自衛隊の戦闘機が追加投入されたところで焼け石に水であり、小隊長が許可を出すこともない。
ユウヒを見守る人々の心をじわじわと焦りの火で焦がす一方、大亀の甲羅の上でも不安に身を固くする者達がいた。
「だ、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ・・・たぶん」
それはユウヒと遭遇し早々に驚かされた二人のジュオ族少女。彼女たちは上空で行われている戦闘の規模に翼と背を丸め小さく震えていた。
「救世主の魔法は小動もしてない。大丈夫、今は待つのです」
「は、はい姫様」
膨大な火炎が吹き荒れ、強力なレーザーは空気を焼きながら空へと突き刺さる。しかし不思議と彼女たちは、全くと言って良いほどその熱を肌で感じることが出来ていなかった。それはユウヒの設置した魔法の風が、冷たい氷の壁の冷気を巻き上げ炎と光の熱から内側を守っているからである。
今もなお健在な魔法の気配に、使用者であるユウヒがまだ無事であると感じ取る姫の言葉に、二人だけでなく同じように震えていたジュオ族達は、背筋を伸ばし誰が返事を返したのか元気な声が聞こえて来た。
「加速の秘宝はすべて準備できていますね?」
「はは、皆大鳳の衣の範囲に収まり、増幅の宝珠とも繋がっておりまする」
彼らは今滑走路の端で飛び立つための隊列を組んで密集している。その隊列の外側には大きな鳥の羽で出来た不思議な服を着たジュオ族が目を瞑り集中し、姫はいくつもの宝珠を身に纏い、その後ろにも薄衣に宝珠を纏った女性が並んでいた。
「ん・・・皆よく見ていると良い、星降る如き力を」
「ほし・・・」
密集したジュオ族の隊列は、空から見下ろすとまるで大きな鳥の様な配置である。そんな大鳳の先頭で空を見上げた姫は、空に浮かぶ太陽の如き光の繭が示す未来をその星の輝きを映す瞳で見上げ見通すと、不安そうに見守る周囲に対して静かに言い聞かせるのであった。
爆炎と光の弾丸によって太陽の様になった場所、その奥からは膨大な魔力が洩れ出し、殺意を向けられた相手が凍り付くような声が聞こえてくる。
「現れよ空間繋ぐ虫食いの扉、星を守れ魔力で編んだ指向の筒」
カラスによって光も熱も音も減衰する中で、ユウヒが唱える魔法はその魔力と妄想を糧に形作られていく。
ユウヒの動きに合わせてカラスがその暗い空間を押し広げ、広げられた空間には大きな黄金の扉が現れ、その先に金糸で編まれた様な輝きを見せる透き通った筒が現れる。
「暴れる力を纏めよ螺旋、溢れる熱沈める絶対零度の魔人の御手」
時折防御を突き抜けてくるレーザーの光も意に介さず、薄く開いた目から金と青の光をゆらゆらと洩らすユウヒは、さらに魔力を込めた声を紡ぐ。
黄金の扉から伸びる金糸の筒の内側には螺旋の溝が六つ綺麗に刻まれ、その筒を覆う様に現れた青く巨大な手は、黄金の扉と金糸の筒をしっかり包み固定する。
「変換せよ、変換せよ、変換せよ、変換せよ、熱を光に光を魔力に」
大きな火球が打ち上げられれば、大きな翼を広げたアホウドリがその身を捧げ巨大な爆炎で押し返す。その献身を目に焼き付けたユウヒは、朗々と呪いを紡ぐ。
変換せよと唱える度に、金糸の筒の前に少し湾曲した丸い光の文様が描かれ、四つ重なると高速で回転を始め残像で光の通路を作り出す。
「展開せよ破壊の魔法、狙うは大亀、破壊するはその心臓」
空中に複数作りだされる魔力の塊は、どこか昔の銃器や大砲の様な威容を放ち、いつの間にか周囲を染め上げる光の繭が薄くなり始める。
その薄れていく光の繭に嫌な予感を感じ眉を顰めるユウヒは、それでも魔法を止めない、いや止められない。
膨大な魔法は完成に近付く、展開せよと言う言葉と共に大筒となった魔法の先端に血の涙を流すような赤い文様が現れ、固く閉じられていた黄金の扉はその両開きの戸を溶かし、その奥から超高温プラズマを吐き出す。吐き出されたプラズマは金糸の筒を満たし螺旋に導かれ光の道で魔力へと変換されていく。
「・・・・・・っ」
高速回転する文様が異様な輝きを放ち、血の涙を流す赤い文様は閉じていた目を開き、巨人の手に指し示られた大亀を射殺す様に見詰める。
到頭ユウヒの魔法は完成しその発動を待つばかり、その瞬間大亀の口が大きく開き、大地を遠く先まで焼いた強烈な光が放たれた。光の繭が薄くなったことに危機感を感じていたユウヒを守る様に、小鳥とカラスは強力な光の前に立ち塞がり消滅する。
「くっ・・・いけ! 【降り注ぐ破壊の陽光】」
瞬きする暇なく伸びて来た光は、拡散と減衰を繰り返しながらもその中の一本がユウヒの左脇を掠めた。その痛みに顔を歪めながらも、動きの鈍くなった大亀を見下ろしたユウヒは魔法を発動させるためのキーワードを世界に向けて告げる。
巨人の手により指し示され、真っ赤に光る眼から放たれた光は周囲の空気を焼き、プラズマを生み出しながら大亀の背に突き刺さった。
「くそ、今のは痛かったぞ・・・ここでフラグは立てられないな」
ほんの一瞬だけ発動したユウヒの魔法は、痛みでふらつくユウヒの動きに合わせその姿を空気へ溶ける様に消す。服の焼け焦げた脇を押さえ歯を食いしばるユウヒは、思わずやったかと言いそうになる気持ちをぐっと押さえ、土煙を上げる大亀の様子を伺う。
「流石にこれをもう一発は無理だぞ? おっやっ・・・うん」
生き残った鳥を伴いゆっくり高度を落とすユウヒは、痛みで細めていた目を開き金色の右目で大亀を見下ろす。その先には土煙の向こうで首をゆっくりと下ろす大亀と大蛇の姿があり、その光景にまたもフラグを立てそうになるユウヒは、傷む脇腹を強く押さえながらじっと大亀を睨みつける。
「おお! やったぁ!?」
視界を半分ほど埋める情報を制御しつつ、大亀の状態を確認したユウヒは、その中から【完全停止】の文言を見つけ目を見開き、さらに情報を読み取ると完全に大亀を倒したことを確認し大きな声を上げてガッツポーズを取り、そして突然の痛みに体をよろめかせた。
「くそ、気を抜いた・・・発射された後の魔法はコントロール不要ってか?」
大亀から放たれ宙をさまよっていた一本のレーザーが、気を抜いたユウヒの背後から左脇に突き刺さる。咄嗟に小鳥が背中にぶつかったことで致命的な位置を貫かれなかったユウヒ、しかし大亀のレーザー砲に焼かれた左わき腹はさらに抉られ宙に鮮血が舞う。
「インターセプターありがとな・・・やっぱ思っていたのと違う気がするな」
まるで意志がある様に空を彷徨いユウヒを貫いたレーザーはカラスと小鳥によって消失し、こちらは明らかに意思を感じる動きを見せユウヒにぶつかった小鳥ことインターセプターは、主人の肩に留り羽を休め、お礼の言葉に翼を忙しなく震わせると再度飛び立つ。
「回復はあまり想像出来ないけど、やらないよりましかな【リジェネレーション】」
大亀に向かって降下する間も周囲を警戒するように飛び回る小鳥とカラス、その姿に妙な愛らしさを感じるユウヒは、焼け焦げた匂いが広がる左脇を押さえた手を血に染めながら、妄想がうまく出来ない為これまでほとんど使ってこなかった傷の治療を主体とした魔法を使う。
「大亀は、ここからじゃ確認できないな・・・降りるか」
急激に傷口が治ると言う光景が常識と言う壁に妨害されうまく妄想できないユウヒは、比較的ましな自然治癒を妄想したようで、じわじわと痛みの引く脇を押さえながら巨大な首を横たえる大亀に向かって降りていく。
一方その頃、肉を切らせて骨を断つと言う言葉を、文字通り再現したユウヒにより沈黙した甲羅の上では、空を求めるジュオ族達が動き出していた。
「星食いの力が消えていく・・・行きます!」
巨大な首を横たえながらも、未だ四足で立ち続ける大亀の光り輝く甲羅から、じわじわと怪しい光が消えていく。それはすなわち大亀を維持する力が失われていく証拠であり、その事に気が付いたジュオ族の姫は、薄暗くなる甲羅の上で大きな声を上げ、声に負けない勢いで大きく翼を広げてみせる。
「いくぞー! 飛び立てー!」
「姫様に続けー!」
先導するように走り出すジュオ族の姫は、体に纏った宝珠を輝かせると矢の様にジャンプ台に向け走り始め、その後ろにはこちらの宝珠を輝かせる女性たちが続き、ジュオ族達は順序良く走り出す。
「星よ我らを導け」
その隊列は真っすぐにジャンプ台へと侵入すると、その背を押す様に強力な風が吹き始めさらに加速する。
「おお! 空が帰ってきた!」
ジャンプ台の端に姫が到達した頃には、上昇気流が吹き始め彼女の足は完全に浮いており、風の後押しを受けて一気に空へと浮き上がっていく。姫の宝珠から溢れた光の粒子は、大きな羽で出来た衣装を着た者達へと広がり隊列全体を包んでいる。光の衣に守られながら飛び上がったジュオ族達は、歓喜の声を上げ涙に声を震わせていた。
「これが異世界の空・・・」
無言で飛んでいた姫も、異世界の風を体に感じると思わず歓喜の声を洩らす。
「姫様! 光が見えます」
「・・・カウルスの星灯りですね。行きましょう」
「は! 続け!」
そんな彼女たちが目指すのは、同郷であるカウルス達が待つ森の外。星灯りと言う遠くまで届くカウルス達の灯りを見つけたジュオ族達は、まるで一羽の巨大な鳥の様に隊列を組んだまま、灯りを目指しゆっくりと旋回する。
「・・・大丈夫」
その際空に浮かぶ小さな灯りに目を向けた姫は、自分に言い聞かせる様に呟き真っすぐ前を向き直ると、大亀の灯りの届かない夜の闇の中に消えていくのであった。
彼女たちが飛び立つ姿を確認したユウヒは、その後数分をかけゆっくりと大亀の背中に降り立っていた。
「大丈夫・・・じゃないな」
「ええ!?」
その際我慢できなくなった協力者の女性の通信を受けた様で、心配そうな彼女の声に苦笑を浮かべると、脇腹に感じる痛みに表情を引き攣らせて大丈夫じゃないと呟く。
「傷は治っていってるけど、痛いもんは痛いってこと・・・まぁ大丈夫かな」
「うん、こっちでも確認してる。バイタルが乱れて数値だけでも痛々しいわよ・・・」
声だけでもその表情が分かる様な心配する言葉に、少し悪戯心の湧いたユウヒに驚いた声を上げる女性。言外に心配する必要は無いと言いたげに笑い話すユウヒは、女性の返事を聞いて眉を上げる。どうやらユウヒ自身はそれほど問題は無いと感じる怪我も、実際に数値としてみると相当な大怪我の様だ。
「そんなこともわかるのか」
「流石に痛みの度合いは、個人の感覚だから解らないけど・・・酷いの一言ね」
気を抜けば死へと繋がる危険と隣り合わせで空を踊ったユウヒは、アドレナリンが大量に分泌されたおかげで痛みを感じ難い状態の様で、女性もその事に気が付いているものの、それでも心配になる怪我は一般に重傷と言えた。
「確かに・・・こんなに痛いのは久しぶりだよ、気を抜いたのが敗因だな」
酷いと言われると改めて痛みを感じ始め、じわじわと治っているのを理解しながらも心配になるユウヒは、額に浮かぶ脂汗を穴だらけになった袖で拭うと、最後の最後で気を抜いたことに肩を落とす。
「十分な戦果だと思うんだけど・・・」
「そこはやっぱり完全勝利を求めていかないとな?」
敗因とユウヒは言うが、どこからどう見ても大勝利な状況に女性は呆れた様に小さなため息を洩らす。とぼとぼと言った言葉がぴったりな足取りで大亀の背を登るユウヒは、左脇を押さえる右手に少し力を込めながら段差を飛び越えると、左腕を覗き込み小首を傾げて見せた。
「欲張りね」
「そうでもないと思うけどなっとと・・・危なかった」
完全勝利を求めるユウヒの目をジト目で見詰めた女性は、彼のことを欲張りだと言って柔らかな苦笑を浮かべ、そんな彼女の評価にユウヒは理解の出来ないと言った感情がよく伝わる表情を浮かべると、慌てて足を止める。
「どう?」
「・・・ふむ、コアは区画ごと消失してる。これなら確かに復活は無理だな」
ユウヒが足を止めた先には、鋭利な結晶柱が乱立する切り立った崖が出来上がっており、その崖は甲羅を突き抜け地面にまで貫通していた。歪な円形に切り取られた崖の直径は百メートルも無いが、その奥に見える大地は溶けて固まったのかキラキラとした光を反射している。
「よかった、任務完了ね」
「うんそうだね? んー?」
本来大亀の動力源であるコアと、そのコアを守る分厚いコアブロックがあった場所を綺麗に刳り貫いたユウヒの魔法は、同時に周囲を高密度の魔力で晒し、晒された環境は急激な結晶化を起こしていた。そんな大穴を覗き込んでいたユウヒは、急に【探知】の魔法が視界に何か表示し始め不思議そうな声を洩らす。
「どうしたの?」
「ちょっと右目が慌ただしくて・・・探知も急に警戒警報? 浮気厳禁? なんだそりゃ―――」
また調査に使用していた右目の力も何かを感知した様に慌ただしく情報を吐き出し始める。その情報量の多さに右目の力を緩めたユウヒは、視界に大きな文字で踊る言葉を読み上げ突込みを入れ、ようとするもその言葉は爆発的な光に呑み込まれてしまう。
「な、なに!? ちょっとまた通信が切れ―――」
「しゃ【遮光】!?」
加速度的に光が溢れ始める大穴から仰け反ったユウヒは、紐が千切れる様な音を最後に聞こえなくなった女性の声を気にしつつ、嫌な予感に従い慌てて光を遮る魔法を展開して目を守る。
「こ、これは・・・光の精霊」
そして光の精霊が勢いよく放出された。
「捕集機が停止して精霊が解放されたのか、魔力タンクも少し損傷があるな・・・」
大きな機械と言うものは、いくつもの機能を分けて設置することで故障時の被害を分散することがある。故障による被害を一区画だけに収め、被害の拡大や二次災害による全体の緊急停止を回避するのだが、これは一時的なもので危機回避のためゆっくりと全体が停止していく。
そう、一カ所が壊れたら他の場所も段階的に停止、最悪の場合は壊れていくのだ。そしてコアの消失によって今機能を停止したのは、ユウヒがぶつぶつと呟く精霊捕集機で、隣接する魔力タンクには損傷が見られるようだ。
「ちょえ!? なんで―――!」
捕集機の停止により檻を脱し飛び出した精霊たちは、隣接した区画にあった魔力タンクを勢い余って破壊、魔力タンクから洩れた大量の活性化魔力は精霊を急激に酩酊させてさらに暴走させた。それが今ユウヒを飲み込み、物理的な圧力をもって彼を吹き飛ばす光の正体である。
そんなユウヒを飲み込んだ光は、当然観測基地からもよく見えるのだが、物理現象に反してゆっくり広がり始めたその光は、次々と作戦行動中の軍人たちを飲み込んでいった。
「今度は何なのだ! くそったれが!」
まるで光のドームの様に半円球状に広がり周囲を飲み込んでいく光の塊。仲間が飲み込まれ次々と通信途絶していく状況に周辺基地が慌ただしくなる中、風通しの良くなった観測基地の指揮所に隣接する会議室の窓に駆け寄った司令官は、自らの目で事態を把握し、その光景に思わず意味のない言葉を叫んでしまう。
「大亀が光に呑み込まれ、眩し!?」
「突風か!? くそ、なんだこの光は!?」
会議室の机に通信機を置き、椅子に座ったまま呆けた様に窓の外を見詰める女性自衛隊員を他所に、司令官と共に光のドームに目を向ける男性自衛隊員と小隊長。二人が司令官と共に外へ目を向けた瞬間、光のドームはその暴力的な光を解き放つ。
「サングラスをしていても眩しいだと・・・しっかりと手で目を塞げ!」
ユウヒも受けた突風の様な光の津波に呑み込まれた小隊長は、サングラスが全く意味をなさない異様な光に慌ててサングラスを外すと手で両目を覆い、効果を確認して叫ぶ。
「隊長なんなんすか!」
「解らん! 生きてたら後で夕陽さんに聞け!」
「了解で―――」
隙間なく両目を手で覆う瞬間、呆然とした表情の女性自衛隊員が光の世界に呑み込まれる姿を目にした小隊長は、自分たちと同じように驚愕の声がロシア語で飛び交う中、傍から聞こえる副官の言葉に大声で返事を返しつつ体を丸め地面に転がり倒れるのであった。
この時発生した光は、遠く離れた地平線の先でも観測され世界に様々な憶測をもたらす。しかしそんなこと、光に呑み込まれた人々には考えも及ばないのであった。ちなみに今回も白猫はパイフェンに押し倒されており、その顔をパイフェンのほんのり柔らかい胸で閉ざされ呻き声を洩らしているのだが、それはどうでもいい話である。
いかがでしたでしょうか?
大亀討伐完了、フラグを踏まないように慎重に行動したユウヒですが、彼が歩く先に地雷が無いわけもなく、時間差で想定外の一撃を喰らったようです。ユウヒはどうなったのか、次回もお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




