第百八十二話 甲羅に住む者達
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。気兼ねなく楽しんで頂けたら幸いです。
『甲羅に住む者達』
ここは日本の高層住宅の一室、そこに住む女性はユウヒに協力するドームに詳しい謎の女性である。
「むむ!? むー気になる!」
カーテンを閉め切り暗くした室内で、モニターの僅かな光源を前にして椅子に座る彼女は、じっと画面を睨みながら呻き声を上げていた。何が気になるのか勢いよく椅子から立ち上がった女性は、机に手を置き色分けされた人体のシルエットを凝視し始める。
「戦闘中は邪魔しちゃいけないからとは言え、大丈夫かな? 左肩と左足に火傷、跡が残らないと良いけど・・・」
そのシルエットは、クラゲと戦闘を終えたユウヒの状態を示しているらしく、左肩、左腕、また左足などが黄色く表示され、火傷や擦過傷、打撲などの文字も見受けられる。
「どうして・・・いつも私は何もできない」
戦闘がいつ始まるかわからないと言う事で、大亀登山が始まった後は、作戦の終了か討伐完了するまで連絡を控える事にしたユウヒと女性、しかしユウヒの状態が悪くなっていく情報だけ手にする彼女の心労は確実に蓄積していた。本来なら映像を届ける監視用の装置を用意していたのだが、その装置もドームの崩壊時に大半が故障し、残っている機器は遠距離から全体を見下ろすような映像だけしか映せず、そんなものではユウヒの姿など見えない。
「あの時だっておじいちゃん達がまもっ!? びっくりした・・・」
いくら目を凝らしても大亀の全体は映るもののユウヒの姿は確認出来ず、女性はおとなしく椅子に座り直し膝を抱える。出来る女感のある見た目と違い、精神的に弱いところがあるらしい女性が愚痴を零そうとした瞬間、背の低い箪笥の上に飾ってあった写真立てが一斉に倒れ、その大きな音に驚いた彼女は、反射的に肩を躍らせ腰を浮かす。
「なんで急に倒れるかな、しかもいっぺんに・・・もしかして地震? 最近妙に少ないし、あれって何時も忘れたころに来るものだから、地震かな・・・地震だよね?」
急に大きな音を立てて倒れた写真立てに、心霊現象的な恐怖を感じる女性は、実際に数センチ飛び上がったお尻をそろそろと上げると、努めて現実的な事を呟きながら写真立てにゆっくりと近づく。
「んー・・・あ、なるほど」
ドミノ倒しの様に倒れた写真立ての列から、最初に倒れたであろう古びた写真立てを手に取った彼女は、その裏を見てほっとした様に、納得した様に頷いた。
「ネジが緩んでただけかぁ・・・ふぅ、これも古いからなードライバーどこに仕舞ったかな?」
女性が暗い部屋の中で写真立てを持ってうろうろしている後ろで、ユウヒの状況を知らせる数値は変動を続けている。そんなウィンドウが表示されるディスプレイの端に一瞬黄色い表示がなされるも、暗がりで荷物を漁って小さな精密ドライバーを探す彼女はその事に気が付かないのであった。
尚、百円均一のシールが張られた精密ドライバーは、ネジを締め終えると先端が折れてしまい、精密ドライバーとしての役目を終える。妙なことが連続することに嫌な予感を感じた女性は、気分を落ち着かせるために冷蔵庫から飲みかけのミルクティを取り出すと、パソコンの前でユウヒの状況を食い入るように見始めるのだった。
一方、協力者の女性が嫌な予感を感じる少し前、精密ドライバー探すためにうろうろしている頃、ユウヒは新たな甲羅の住人と出会っていた。
「翼の付いた手、頭にアホ毛・・・」
「・・・見つかった」
「・・・ど、どうしよう」
背後から忍び寄る何者かに気が付き、振り向きざまに威嚇する様な声で誰何したユウヒは、驚き飛び出してきた相手の姿に目を細めると小さく呟く。ユウヒの呟き通り、透明で巨大な結晶柱の裏から飛び出してきたのは、見た目は人のそれだが腕の先に翼が付いた不思議な見た目の少女達で、その頭には二人とも主張するように長く特徴的な毛が跳ねている。
「全体的に黒と白で赤少々・・・聞いた通りだけど、あんたらがジュオ族か? 見た目ハーピィっぽいけど?」
「なんで知ってる!?」
髪の毛の流れに逆らう様に飛び出た毛は鮮やかな赤で、反してそれ以外の髪の毛は綺麗な白色。さらに、不安そうに胸の前で握られた四本指の両手から伸びる翼は白と黒で、翼の先に行くほど黒が多くなっている。その特徴から彼女たちがジュオ族と言う異世界人であることを理解したユウヒは、いつものやる気なさげな表情で首を傾げながら問いかけた。
「やっぱそうか」
「・・・騙された!?」
「ひどい!」
何故か自分たちの事を知っているユウヒに驚きの声を上げる少女、その驚きがそのまま肯定であり、右目を使っていないユウヒは確証が持てたのか小さく笑みを浮かべ頷く。
一方ジュオ族の少女は、ユウヒの表情と仕草から鎌をかけられたのだと判断し、警戒するように大きく翼を広げる。しかし、目に涙を滲ませ恥ずかしそうに顔を赤くする姿からは、まったく威嚇要素が感じられず、ユウヒは思わず苦笑を漏らす。
「いや、騙したわけじゃないんだけどな? 知ってるのはカウルス達からなるべく助けてくれと頼まれたからなんだけど、何人居るんだ?」
「カウルス・・・」
何故ユウヒがジュオ族について知っていたのかと言うと、それはババに追加で頼まれていたのが、カウルスの同郷である彼女たちジュオ族の救出であったからだ。生きている確証は無いため、無理に探す必要はないと言われていたユウヒは期待を持たせない返事をしていたが、心の中では助ける気しかなくその特徴もしっかり覚えていた。
「馬、生きてたか」
「馬て・・・」
カウルスの名を聞いて、人で言う小指が延長された様な翼を畳んだ少女は、その小柄な体をより小さくしながらユウヒを見詰め、隣の少女もまた立てていた毛を落ち着けながらどうでもよさそうにカウルスを馬と呼ぶ、しかし口元には小さな笑みが浮かんでおり嬉しさが隠しきれていない。
「馬の仲間ならやっぱりいいやつか」
エスニックな柄でタイトな胴部分に反する様な大きく緩い半袖部分を揺らす少女は、ユウヒをじっと見つめ小さく呟いたかと思うと、今度はユウヒに向かって袖をひらひらと振って見せ踵を返す。
「こっちこっち、みんなに会わせるそして確かめる」
「なにを?」
カウルス達を馬と呼ぶ少女が歩き出すと、隣に居た少女もユウヒにゆったりとして奥が見える様な袖を大きく振って見せる。どうやらその動きは彼女たちの手招きの様で、警戒心が消えて好奇心だけとなった黒と黄色の瞳でユウヒを見詰める少女は、ユウヒについてくるよう促す。
「お前が救世主かどうか」
不思議そうに小首を傾げるユウヒに対して、小さく振り返った少女は短く答える。
「こっちでもそれかよ、まぁいいけど手短に頼むな? この大亀さっさと駆除? 討伐? 破壊? しないといけないんだから」
元々感情表現や話すことが苦手なのか言葉の短い少女の発言に、ユウヒは肩を落とすと聞き飽きたと言いたげな表情で肩を竦め、無理やり背中を伸ばすと、袖を振り続ける少女の方に歩きながら不平を洩らす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「ん?」
どこに連れて行かれるのか解らないものの、特に危険な感じもしないことで大人しく着いて行くことにしたユウヒ。しかし少女たちは急に立ち止まったままユウヒを凝視しており、一向に進もうとしない彼女たちにユウヒは不思議そうに眉を上げ小首を傾げる。
「「お前が救世主か!!」」
「うお!?」
ユウヒと少女たちの目と目が合った瞬間、彼女たちは大きく翼を広げてユウヒに飛び掛かった。その目はユウヒの両目を見詰めており、少し動けばキスが出来そうな距離で凝視してくる少女たちに、足をとられたユウヒはそのまま押し倒されると、少女たちの体を支えたことで強かに尻もちをついたのであった。
ユウヒが尻もちをつき、とある女性の見詰めるモニター表示に打撲の文字を一つ増やしている頃、観測基地ではこれからの作戦の為に兵士たちが食事を摂り英気を養っている。
「・・・」
また自衛隊員や傭兵たちも、ロシアの兵士と共に夜食の置かれたテーブルを囲み、一時の安らぎを得ているのだが、白猫の表情はその中にあっても優れない。どうやらユウヒの事が心配なようで、自衛隊から分けられたご飯と缶詰を前に視点が定まっていない。
「食べないのか? ならその烏賊もら痛い!? フォークで刺すなヨ!」
「あらごめんなさい? 気が付かなかったわ」
しかし完全に意識を手放しているわけでも、ご飯を食べたくないわけでもない様で、缶詰に入った烏賊の煮つけを横からかっさらわれそうになった瞬間彼女の右手は素早く動き、烏賊をフォークで突き刺そうとしていたパイフェンの手を勢いよくプラスティック製のフォークで突き刺す。
「嘘つけ冷血女! くぉぉ血が出てるじゃねーか」
「あんた心配じゃないわけ?」
嘲笑する様な表情で謝罪する白猫に対して、ぷっくりとした血が滲む手の甲を舐めるパイフェンは、納得いかない表情で問いかけてきた彼女に目尻に涙を滲ませ怪訝な表情を向ける。
「心配? ユウヒか? まぁしてはいるけど、信じるしかないじゃん? 心配して損するのは姐さんで十分経験済みだしな。それにあいつ昔っからこっちの心配を良い意味で裏切るからなぁ」
ユウヒの事を心配していないのか問いかけてくる白猫に、小首を傾げるパイフェンは、少し悩む様に視線をさまよわせると一応心配してはいるが、あまり心配しすぎても損するだけだと言う。白猫よりずっとユウヒとの付き合いが長いパイフェン、それこそまだユウヒが小学生に上がる前から知っており、彼を心配するのは明華の心配をするのと同等だと呆れた表情を浮かべる。
「あの女と一緒にするんじゃないわよ、あぁせっかくのいい男が怪我でもしてたらと思うと・・・」
「ちょっとくらい傷ある方が俺は好みだけどなぁ? ほら男の勲章ってやつ?」
どこかから取り出した軟膏を少しだけ手の甲に塗るパイフェンに、白猫は忌々しげな表情を浮かべると、明華とユウヒは違うと呟き怪我したユウヒを想像したのか、ただでさえ白い肌をより白くしていく。割と本気で心配している白猫に、どこか呆れた様な視線を向けるパイフェンは、どちらかと言うと多少怪我のある男の方が好きなようで、何を妄想したのか頬を僅かに高揚させている。
「私はスベスベの方が好きなの!」
「なら穢れを知らないショタでも食ってりゃいいじゃねーか」
歯に衣着せぬ言い合いをする二人に、傭兵たちが苦笑いを浮かべ、自衛官の女性陣が頬を染めながらも興味深げに聞き入り、スベスベな肌が好きだと言う白猫に一部の女性が同意するように頷く。そんな気配を感じたパイフェンは嫌そうな表情を浮かべると、どうでもよさそうに吐き捨て自分の缶詰に入った最後の烏賊を口に帆放り込む。
「そっちは食べ飽きたわよ」
「・・・」
「なによ?」
パイフェンの言葉に周囲が苦笑を漏らす中、気まずそうな白猫の部下たちの前で彼女は食い飽きたと言ってご飯を口に入れる。その発言に、一部の女性と男性は目を光らせ大半の人間が凍り付く中、パイフェンは烏賊を咀嚼しながら白猫をじーっと見詰めた。急に変わった周囲の空気にキョトンとした表情で小首を傾げる白猫にとって、男児を性的に食べることは普通の事であるようだ。
「・・・いや、姐さんが昔っからずっと夕陽をお前に会わせなかった理由が、今はっきり分かっただけダ」
空気が変わった室内で見つめ合う二人、ゆっくりと白猫から視線を外したパイフェンは、今の彼女の発言で過去の色々な疑問が解決したらしく、その一つである、明華がユウヒと白猫を絶対に接触させなかった理由を悟る。
「・・・え、何それ、もしかして夕陽って子供のころ」
「・・・すっげー可愛かったぞー」
悟ると同時に自分の近い未来を幻視したパイフェンは、喰いついてくる白猫から視線を逸らすと目を閉じ、昔の可愛いかったユウヒを思い出し自らの精神を癒すのであった。
「何か、何かないの写真とか!」
明華がユウヒと白猫を接触させなかったのは、彼女の性癖を理解していたからで、そんな相手とユウヒを引き合わせたパイフェンには、それほど良い未来は訪れないであろう。唯一の救いは、ユウヒがすでに成人しており自らの身を守ることが出来ると言う事で、最悪の未来は回避できそうだと言う事である。
万が一ユウヒが大怪我を負った場合、彼が独力で身を守ることが出来ないと言う事実に封をしたパイフェンが目を閉じ、懐にある写真入れをそっと守っている頃、ユウヒは新たな異世界人にまたも囲まれていた。
「ほれ、写真だけどこれでいいか?」
「カウルス達だ」
「ババめまだ生きてたか」
カウルス達の時と違うところと言えば、ジュオ族は全体的に小柄なため、目の前に座っていようと、囲まれていようと見下ろされる様な圧力は感じ無い、しかし好奇心を抑える理性は乏しいらしく本能のままにユウヒを取り囲み嬉しそうに見つめている。そんなジュオ族の中央で、ユウヒはジュオ族の姫と呼ばれる最高責任者にカウルス達と撮ったスマホの画像を見せていた。
ほかのジュオ族達と違い薄く桃色のメッシュが入った白髪と、クリっとした瞳がかわいらしい彼女は、画像の中のババに気が付くとその見た目に反した悪態を洩らすも、その口調は嬉しそうである。
「確かに我らが同郷のカウルス達ですな」
「救世主よ、どうか我等をお助けください。どうか我等に空を取り戻してほしい」
姫の傍に控えていた皺の目立つジュオ族の年老いた男性が、画像の中のカウルス達が自分たちと同郷であると確信すると、姫は一つ頷きユウヒに向かって綺麗に三つ指揃えたお辞儀を見せ、正座をしながら見せられたお辞儀は、翼がきれいな振袖の様に見えてユウヒに和の空気を感じさせた。
「空・・・そうか」
姫が頭を下げると同時に周囲のジュオ族も揃って頭を下げ、大亀の背中に生えた大きな結晶柱を刳り貫いて作られた広間に集まるジュオ族達は、ユウヒの呟きに思わず翼を揺らす。彼らにとって空とは、思わず言葉に体が反応するほど掛け替えのない宝の様だ。
「我らはもう何年も空を飛んでいない。我らにとって空はすべてに繋がる場所なのだ」
「また空が飛びたい」「自由に」「風を感じたい」
頭を上げた姫は、ユウヒの目をじっと見つめながら心の内を呟き、周囲からは囁くような願いが聞こえてくる。元々彼らが何故大亀の甲羅に住んでいるのかと言うと、大亀に追われる同郷の民を救うために、少しでも足を鈍らせようと突撃を敢行したからなのだ。すべてをもって突撃を敢行したジュオ族は、膨大な被害を受けながらも作戦を成功させ、僅かな生き残りは大亀の甲羅で何時か空に戻ることを夢見て生き延びてきたのだった。
「どうやって飛ぶんだ?」
「ん? この翼でだが?」
そんな彼らの呟く声に耳を傾けるユウヒは、ふと何かに気が付くと目の前で翼を床に広げ座る姫を見詰め不思議そうに問いかける。小柄とは言え人と変わらない体格に、大きくも巨大とは言い難い翼を見て、先ず飛べると思う人は少ないだろう。しかし問われた姫は不思議そうに首を傾げると、折り畳んでいた翼を軽く広げて見せる。
「飛べるのか?」
隣に座っている年老いたジュオ族男性が、姫の広げた翼に顔を打たれ恍惚とした表情を浮かべる姿を横目に、ユウヒは純粋に飛べるのかと言う疑問をそのまま口にした。
「空を飛ぶ術で我らの右に出る者は、あんまりいない」
「くっ・・・」
「我らは嘘をつかない。だが笑われるのは嫌だ」
そんなユウヒの問いに対して姫は心外だと言わんばかり目尻を上げ、空を飛ぶ技術で自分たちの右に出る者は、あまりいないと話し、その正直な言葉にユウヒは思わず笑い声を洩らしてしまう。彼の様子が気に食わなかった姫は、頬を膨らませながらユウヒに対して不満をぶつける。
「すまない、正直者は美徳だと思うぞ? 少なくとも俺は良い印象を受けた」
この場における最高責任者と言う立場上、努めて大人びた対応をとっていた姫は、いつの間にか一族の者の大半が、年老いたジュオ族男性を簀巻きにして連れて行ったことを気にしつつユウヒを睨むように見つめ、そんな彼女の様子に頭を下げたユウヒは、まるで流華やミカンを相手にしているような気分になり、自然と柔らかな笑みと声で話していた。
「・・・そうか、褒められるのは好きだ」
それまでの覇気を感じない表情と違い、優しさと生気に溢れる笑みを向けられた姫は、目を見開くと少し照れ臭そうに視線を逸らし小さく呟く。
「どのみち大亀を倒すつもりだからな、その時タイミング見て逃げればいいんじゃないか?」
「大亀・・・どう倒す?」
僅かに残ったジュオ族の女性達が何事か囁き合う中、ユウヒは彼女たちの脱出を手伝うためのプランを頭の中で描いているらしく、その中でも安全な策は、ユウヒの戦闘中もしくは安全が確保された段階で一気に脱出を試みる方法である。
「弱点が甲羅内部にあるの事は解ったからな、そこを直接破壊する」
「コアのことか・・・我らが逃げるには少し問題がある」
「問題?」
大した気負いもなく話すユウヒをじっと見つめた姫は、大亀の動きを止めたり封印するではなく、倒すときっちり発言するユウヒを眩しそうに見つめながら、すでに判明していると言う弱点に覚えがあるらしく、どこか忌わしそうな表情を浮かべるも、すぐに表情を戻すと問題があると言う。
「ん、一つはムヌル達が邪魔で飛べない。魔法の集中攻撃は危険」
「ムヌル?」
問題はいくつかあるのか、一つと付けてムヌルと言う存在を上げる。その名前に覚えのないユウヒは小首を傾げ、首を傾げられた姫はキョトンとした表情でユウヒを見つめ返す。
「救世主殿が倒した寄生生物のことです」
「あのクラゲか、確かにあれは痛いな」
姫の傍に座る女性の話によると、どうやらユウヒが散々殺戮したクラゲは名前をムヌルと言うらしく、ユウヒを苦しめた熱線の魔法はジュオ達が空を飛べない大きな障害の一つになっている様だ。
「先に脱出予定地の駆除をしてもらいたい」
「なるほど」
そのため、脱出するには予め脱出予定地周辺のムヌルを駆逐してしまわなければならない。しかしムヌルに関しては、ある程度その生態を理解したユウヒにとって困難な相手ではなく、少し考える様な仕草を見せるユウヒは、何やらまた斜め上の事を考えていそうだ。
「光線もどうにかしてもらえたらと思っていたのだが、大亀のコアが動か無くなれば晶柱も動かなくなるので、我らはコアの破壊を待つことにする」
「なるほど、レーザーは大亀のコア依存ってことか」
「そう、コアの破壊が出来れば晶柱を気にせず安全に飛べる」
もう一つの問題は正確無比かつ大量に発射されるレーザーであるが、姫曰く晶柱と呼ばれるレーザーが発射される機能は、大亀のコアに依存しているらしく、コアの破壊と同時に機能を失うと言う。
「・・・」
「・・・だめか?」
一通りの懸念と説明を聞いたユウヒは、目を瞑って斜め上を見たまま動かなくなる。何やら深く考え込んでいるらしいユウヒに、しばらく様子を見ていた姫は次第に不安を感じ始めたらしく、僅かに眉を垂れさせると感情のままに問いかける。
「んー・・・広い更地を作る感じでいいか? 一匹ずつ倒していくのはめんどくさい」
「へ?」
少女に不安そうな視線を向けられていたユウヒは、どうやら彼女の声も聞こえないほど考え込んでいたらしく、突然小さくなると目を開き目の前で不安そうにしていた姫に問いかけた、更地を作ってもいいかと。
「広範囲を魔法で破壊して一帯のクラゲごと邪魔な突起物を排除して、後は念のために氷の壁で覆っておこうかな、昔よくやった簡易拠点作りを参考にやっていけば、いけるかな?」
「・・・え、魔法で?」
クロモリで使っていた魔法のコンビネーションが、現実でも可能か脳内で検証していたユウヒは、十分試してみる価値があると判断したようで、楽しそうな表情で提案するも提案された姫は未だキョトンとした表情のままであり、周囲の女性達も小首を傾げている。どうやら彼女らにとって個人で使う魔法は、ユウヒが話すような規模を実現できるものではないらしい。
「おう、ブーストマシマシだけど二種類の魔法で行けると思うぞ?」
「・・・魔力、大丈夫?」
「それが少し不安だけどな、魔力はどうするかなぁ・・・」
それでもユウヒは出来ると考えているらしく、しかし魔力の使用量には不安があるようだ。更地を作るのは問題ないと考えているユウヒであるが、その後大亀の甲羅を粉砕し、その奥にあるコアを破壊するのにどれだけ魔法を使わないといけないか予想できず、そこにだけ一抹の不安を感じていた。
「・・・お前、魔の秘薬をもて」
「え!? しかしあれはもう一つしか、それに・・・」
「よい」
魔力の補給まで考えるには何より時間が足りず、悩まし気な表情で唸り考え込むユウヒをじっと見つめた姫は、小さく頷くと傍に控えていた者に魔の秘薬とやらを持ってくるよに伝える。それはとても貴重なものであるのか慌てだす女性に、姫は一言でその言葉を切った。
「・・・はい、わかりましたすぐお持ちします」
「魔の秘薬?」
小柄なジュオ族の中でもさらに小柄な姫からじっと見詰められたじろいだ女性は、真剣な表情で頷くと両手で胸の辺りを押さえ立ち上がると軽い足音を残してその場を後にする。そんな様子を伺っていたユウヒは、魔の秘薬とやらに興味が湧いたらしく、合成魔法を楽しむときの様に怪しく目を輝かせると、走り去った女性の背中を追っていた視線を姫に向けた。
「魔力を濃縮して特殊な秘薬に溶かした水薬。飲めば魔力が回復し続け枯渇しない」
「持続型MPポーションか? 秘薬っていうくらいだから貴重なんじゃないか?」
ユウヒの問いかけにその目を見返した姫は、僅かに硬い表情で魔力を継続的に回復する飲み薬だと話す。その飲み薬は秘薬と言う名前からも貴重なものであることは間違いないらしく、ユウヒの疑問に彼女は小さく頷く。
「いい、空の方が大事だから」
「そか、ならしっかりやり遂げよう」
周囲の視線や姫の表情から、ただ貴重なだけではないと言う事をなんとなく察したユウヒであるが、特にそこを突っ込む気はしないのか、空が大事だと言う彼女の言葉に頷くと、楽し気でどこか挑戦的な笑みを浮かべる。
「期待する」
ユウヒの表情を見上げていた姫は、その笑みを見て僅かに不安そうに瞳を揺らすと、一言呟き部屋の外に見える星空を見上げるのであった。
いかがでしたでしょうか?
新たな異世界の種族と出会い、さらなる願いを押し付けられたユウヒは、嬉々としてその願いを聞き届ける様です。ただ、彼の普通の基準は可笑しいので、何をやらかすのかお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




