第百八十一話 甲羅に寄生するもの
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『甲羅に寄生するもの』
大亀の足に鉄樹の森の大蔦を巻き付ける事数時間。作戦開始時間にゆっくりと近付く森の中で、ユウヒはババの隣で荷物の整理をしている。
「救世主様、すべての足を縛り終えました」
「これで少しの間は動けないでしょう・・・長くはもちませんが」
これから大亀登山と言う事もあり、なるべく身軽になる必要があるようで、ウェストバッグや迷彩服に取り付けられていた機材を取り外したユウヒは、駆けてきた男性カウルスの声に顔を上げた。その口にはバッグに入れてあったカロリーバーが咥えられており、急いで咀嚼し飲み込もうとするユウヒは、長くはもたないがしばらく動きを阻害できると言うババの言葉に頷いて見せる。
「・・・うん、ありがとう、あとは上に登ってコアを破壊するだけだな」
「ご武運をお祈りしております」
作業を終えたカウルス達が続々と集まる中、飲み込み辛いカロリーバーを飲み込み終えたユウヒは、水を飲んで口の中を洗い流すと周囲に目を向け笑みを浮かべ、頭上から降り注ぐ歓楽街に溢れるネオンの様な怪しい光を見上げ呟く。その表情はこれから戦いに赴くような表情と言うより、行きたくない遠足か登山にうんざりしているような表情で、しかし目の奥には一本しっかりとした意思を感じる光が輝いており、その目を見たババは膝を曲げて彼の武運を祈る。
「ありがと、安全なところが・・・あるかわかんないけど、怪我しない様に隠れていてくれ」
「はい!」
ババに続いてひざを折ってユウヒに祈りを捧げるカウルス達、その姿は皆同じ様に手で胸を抑えるような祈り方で、それが彼らの祈り方なのであろうと理解したユウヒは、気恥ずかしさを隠す様に一番年若く見えるカウルスの女性に声をかけ笑う。
「・・・しかしこのサイズ感はすごいな」
一番年若く、また一番距離感が近いと言う理由で声をかけたユウヒを、星の輝きに負けない瞳で見上げる女性。そんな彼女の視線から逃げる様にその場を離れたユウヒは、動き出すカウルス達を後目にもう一度亀を見上げると、それに負けないとばかり大きくそびえる巨樹達、そして自分たちとの差を再確認してため息を洩らす。日本では先ず体験できない環境でも大きく何か変わることのないユウヒは、我慢できずこっそり作った鉄木のベンチに座り作戦の時間までぼんやりと過ごすのであった。
そんな時間はゆっくりとそしてアッと言う間に過ぎ去り、カウルス達の居なくなった大亀の左後ろ足下で立ち上がったユウヒは、ベンチに置かれた通信機から伸びるマイクを手に取る。
「時間はそろそろだな、こちらユウヒ登頂準備完了。このままカウントダウンを待ちますが、戦闘中は通信機が邪魔になるので、予定通りこの場に機材は置いて行きます」
通信確認の為に定期的にノック音だけ送っていたマイクを口に近付けたユウヒは、【探知】の圏外に味方がいないことを確認すると、準備完了を観測基地の自衛隊員に伝えた。その通信に対して返信はすぐに返ってくる。
「了解。ご武運をお祈りします。・・・無理はしないでくださいね」
「ありがと、無理しない程度に頑張るよ、下手に怪我でもしたらまたあの看護婦さんに拘束されかねないからね」
「あ、はは・・・」
ロシアについてから何かと世話を見てくれる女性自衛官の、簡潔ではあるが最後に温かみを感じる声に笑みを浮かべたユウヒは、無理する気もなければ怪我もしたくないと言いながら、すっかりトラウマの様に心のしこりとなった看護師を思い出し笑う。そんなユウヒの軽口に対して、なぜか返ってくる声は乾いた笑いであった。
「聞こえています。是非無理してほどよく軽症で帰ってきてください? 隅から隅まできっちり治療いたしますので」
「なぜそこに・・・!? こりゃ大怪我は絶対できないなぁ」
ユウヒが不思議そうに小首を傾げた瞬間、通信機の向こうから日本で聞いたきり耳にしていなかった女性の声が聞こえてくる。それはユウヒにいろいろな意味で恐怖を感じさせた看護師の声であった。なぜそこに居るのか、その答えは当然日本政府が関わっていると言う事であり、その事を察したユウヒは諦めた様に肩を落とし改めて気持ちを入れなおす。
「そうですか・・・」
戦いに赴く者として全く間違ったところのないユウヒの呟きに対して、看護師の声色は明らかに職務に反した残念そうなものであり、苦笑を浮かべるユウヒの耳には通信機の向こうから複数の乾いた笑いが届くのであった。
そんな緊張を解すには十分すぎる通信から十数分後、作戦は開始される。
「カウント5・4・3・2・1―――」
カウントの終了と共に観測基地近くから爆音と共に複数のミサイルが発射され、光の軌跡を空に描いていく。その光の筋は暗いロシアの大地のあちらこちらから空へと延び、薄い紫色の光を纏った大亀へと突き進んでいく。
「夕陽デコイ攪乱開始」
わかりやすく大きく山なりの軌道を描きミサイルが大亀へと向かう一方で、大亀の周囲からはこちらも解りやすく光を放つユウヒのデコイが複数の青い軌跡を伴い森から姿を現す。
その光景をカメラの映像で確認する観測基地の司令は、最低限の照明が灯された指揮所の中で険しい表情を浮かべていた。
「ミサイル第二波発射」
「ミサイル第一波全弾消失」
その理由は、すでに第二波が発射された地上配備型のミサイルが次々光線によって撃ち落とされていく光景を目にしているからだ。目を凝らせば指揮所からでも見ることが出来る光景を、指揮所のモニターで見つめる彼の隣には、共同作戦と言う事で自衛隊の小隊長も同席しており、彼もまた司令と似たような表情である。
「わかっていたが実際に目にすると頭が痛いな」
大亀へと殺到するいくつものミサイルは次々と撃ち落されロシアの夜空で高価な花火となって散っていく。その光景に様々な事が頭を過り頭を抱える司令に、自衛隊の小隊長は思わず苦笑を漏らす。
「自走砲効力射開始」
「現時点で着弾無し」
ユウヒが大亀の甲羅に取り付くまでにいったいどれだけのお金が消費されるているのか、地上からのミサイルが止み、今度は砲撃の豪雨が降り注ぎ始め、その見たこともない光景に通信機の前に座る女性自衛隊員もまた、基地司令と同じような思考に陥り目を見開く。
「あの技術を導入出来れば最強のイージス艦が作れそうですね」
「俺の生きてる間に出来るかね?」
「あのサイズが必要ならアショアでも無理ですよね」
訓練も大半が模擬弾の日本では、予算的な問題からも今の様な大量の砲撃など見る事は先ずできない。その上その榴弾の雨が甲羅に到達することなく、空中で正確に射抜かれる光景など考えるだけでも悪夢である。しかし現に目の前でそんな光景が展開されており、女性自衛隊員だけでなく、ロシアの屈強な兵隊も皆一様に顔を蒼くし、冷静な表情を維持している者も頬に気持ち悪い汗を流していた。
そんな悪夢を前に、どこか暢気にも思える会話を交わす小隊長と補佐の若い男性自衛隊員は、戦場を映すモニターの一つに毛色の違う光が瞬いたことに気が付く。
「偵察部隊が照明弾を確認! 照明弾を確認! きれいな花火が上がったそうです」
「作戦終了! 即時撤退!」
その毛色の違う光とは、今では日本だけでなく世界中で様々な種類が打ち上げられている打ち上げ花火であった。戦場で空気を読まない大輪の花は、ある意味信号弾としては非常にわかりやすく、スターマインとまでは行かずとも数発まとめて放たれた花火に、基地司令は即座に撤退指示を出す。
「・・・さぁどうなるか、救護班は・・・確認作業中だったな、あっちはいつでも飛べるように準備出来てるか?」
「はい!」
魔法による花火を見たことで、日本人の心を刺激されて郷愁の念を感じた小隊長は、その気持ちを飲み込みながら後ろを見ると、部下に万が一の準備が整っているか確認する。
「調査部隊の配備完了しました」
「うむ・・・」
そんな自衛隊員の会話を聞きながら、そばに寄ってきた兵士に小声で報告を受ける基地司令は、少し硬い表情で頷き小さく返事を返す。戦闘を行いながらも異常地帯の調査を進めているらしいロシア軍人達。しかし基地司令は命令しておきながらどことなく乗り気ではない様である。
一方、作戦の完了を照明弾と言う名の魔法花火で伝えたユウヒはと言うと、
「・・・耳が遠くなったな、えっと【聴力回復】」
砲撃による爆音対策を忘れていたのか、大亀の甲羅二合目から横に伸びる突起の上に腰を掛け、草臥れた表情で耳を押さえていた。
大亀の甲羅の低い部分はまだ崖の様に切り立っており、甲羅から生える大小様々な突起は丁度いい足場となっている。そんな突起の上に座りながら耳の治療を行っていたユウヒは、耳を覆う優しい温もり感じながら、幾分地上より寒く感じる甲羅の上で周囲を見渡す。
「よし、聞こえる・・・にしてもあれだけ盛大に砲撃してもらったのに一発も甲羅まで到達してないな、してもらっても困るんだがどういう迎撃システムなんだか」
周囲にはすでに大樹の姿が少なくなっており、木々の隙間からは遠くに街の明かりがちらほら見え隠れしている。もう少し登れば、異世界から来た森を見渡すことが出来そうなどと考えながら周囲を見渡したユウヒは、町の光や甲羅の怪しい光とは違う燻る様な火の灯りを見つけると、大亀の迎撃能力に呆れて肩を竦めた。
「クライミングは面倒だから軽くと飛ぶわけだが、気を付けないといつ撃たれるかわからんな」
そんな風に呆れながらも、やることは変わらないと立ち上がるユウヒ。
「この辺も探知の魔法でどうにかなればいんだがっ!? っと・・・痛い」
彼は聳える壁を前に軽く宙に浮くと、壁とすれすれに体を寄せて軽く飛び上がっては突起に足を付け、さらに上へと飛び上がると甲羅との距離に気を付けながら上へ上へと昇っていく。たまに突起とぶつかり痛い目に合いながらも、登山やクライミングではありえない速さで順調に登っていく。
「この辺からは歩けるな」
そんなお手軽クライミングを行う事十分ほど、ようやく歩ける場所まで到達したユウヒは、地面の感触を確認すると突起を掴みながらさらに上へ足を進める。何事もなく順調にここまで登ってきたユウヒであるが、実はここからが問題なのであった。
「さてと、俺の本番はここからだが・・・早速出て来たな寄生虫」
この大亀の甲羅には寄生虫とも呼べる生物が住みついており、壁の様にそそり立つ甲羅が少しずつ緩やかになる場所から上に住みつくその生物は、この甲羅を登頂する中で最大の障害と言える。それはカウルス達から聞かされたままの姿で、ユウヒの魔力に引き寄せられ甲羅の至る所から姿を現す。
「うーん、聞いてはいたけど・・・クラゲだな」
その姿は透明な風船の様に膨らんだ体に、長くこちらも透明な触手を何本も垂れ下げ、甲羅の表面に開けられた小さな穴から膨らみながら姿を現す。空飛ぶクラゲにしか見えない生物は、その頼りない体に反し強力な攻撃手段を持っており、過去にカウルス達の同胞が立ち向うもその排除に失敗し、そのうえ致命的な損害を被っている。
「こいつらも光の属性を使ってくるようだが・・・【大楯】」
透明な体の中でいくつかの光る器官を揺らすクラゲは、ユウヒを補足する様に触手の鎌首を持ち上げ距離を縮めていく。しかし彼らは一定の高さに登るとそこから先に上がることは無く、周囲に複数そそり立つ柱の様な棘に触手を絡める。
そんなクラゲに注意を払いながら右目で観測を続けるユウヒは、その体を満たす魔力が大亀と同じような光の力であることを確認すると、身を守るために何だかんだと世話になっている【大楯】の魔法を展開した。
「亀と違ってこっちは熱線か・・・氷じゃ相性悪そうなんで物理で行くぜ【クリスタルロックボルト】」
ユウヒが魔法を使った瞬間ピクリと動いた触手の先端は、真っすぐにユウヒを捉えるとその先端から僅かに歪みを伴った目に見えぬ光を放つ。その光は可視光の外にあって膨大な熱量を伴いユウヒへ照射されるが、その光は大楯によって防がれその表面を温める。
そんな温めると言う言葉が生ぬるい熱線に冷や汗を流すユウヒは、自らを鼓舞する様に普段使わないような言葉づかいで魔法を放つ。しかし彼が妄想した様に魔法が展開されることは無く、魔力の燐光を僅かに洩らしただけでいつもの締め具は生成されない。
「まぁ氷も物理とたいして変わらないんだがぁ・・・うぅん? 干渉が阻害されてるな、やっぱ生き物の体を加工するのは難しいのかね?」
どうやら亀の甲羅から生える突起や柱の様な棘は、その先端まで亀の制御下にあるらしく、ユウヒによる魔力の干渉を遮っている。
その事に気が付いたユウヒは、右目で詳細を探りたい気持ちを駆り立てられるも、下手に調べれば大量の情報によって視界が塞がれ危険なため、クラゲに囲まれている間は自重することにしたようだ。その珍しい自重を決意するために僅かに悩んだユウヒは、ここで致命的な隙を生んでしまう。
「なるべく魔力は温存したいところなんだがな! っと・・・お?」
いつの間にか周囲を囲まれてしまっていたユウヒは、その事に気が付くのが遅れながらも慌てて飛び退く。彼が飛び退くまで居た場所には、不可視の熱線が降り注ぎ、直撃することは無かったがユウヒの左腕に長時間は耐えることの出来ない熱を与える。左腕を右手で押さえつつ飛び退いたユウヒは、飛び上がりすぎないように気を付けながらステップを踏み、クラゲの包囲を抜ける様に走り、そこでとあるものを見つけ態勢をを崩しながらも咄嗟に手に取った。
「あっつ!? くそ、数が多いな! まぁいいこれは使える【メタルボルト】【ホーミング】シュート!」
甲羅の上に落ちていた何かは、それなりの重量があった様で、ユウヒの回避速度を阻害してしまう。そこを狙う様に降り注いだクラゲの熱線は、ユウヒの左肩と左足を撃ち抜き強烈な熱で瞬く間に迷彩服に穴をあける。
ユウヒの叫びに気が付いたように慌てて移動した大楯は、ユウヒを熱線から守りながらその表面に陽炎を生み出し、守られるユウヒは悪態をつきながらも手に持った金属片に笑みを浮かべ魔法のキーワードを唱えていく。
「魔力も節約、弾も節約っと」
彼の手元にあった金属片から生み出された締め具は、付加された力に導かれる様に螺旋運動を伴って大きく旋回しながらクラゲの内部で光る器官を貫いていく。発射された三発のボルトは、一度貫いただけでは止まらず複数のクラゲを撃ち貫いて殺し、殺しきれなかったクラゲには何度も突き刺さり続ける。
「支援砲火はナイス作戦だったな、あっちこっちに残骸が引っ掛かってるよっとお!」
ユウヒが金属のボルトを生みだした金属片は、ロシア軍によって大量に投入されたミサイルや榴弾の破片であった。特に材質を気にすることなく、その手触りで使えると判断したユウヒは、その金属片を材料に魔法を使ったのだ。
これは材料を用意したことと、良質の材料による貫通性の両方で魔力の節約となり、思わぬ良い結果に、ユウヒは軽くステップを踏みながら熱線を避けると、視線と魔力でボルトを誘導しながら僅かに獰猛な笑みを浮かべた。
それから数分後、
「触手には毒無し、魔力の収集器官なわけね【メタルボルト】! 内部は何かガスが溜まってるのか・・・ヘリウム風船だなこりゃ」
ユウヒの魔力に惹かれて集まっていたクラゲは、複数の貫通するボルトによって排除されてしまい、今ではユウヒの興味を満たす亡骸となっている。ユウヒを狙い撃っていた触手には毒などは無く、純粋に魔力を扱うだけの触手で、触れたものから魔力を奪う性質を持っている様だ。
その性質に興味深そうな表情を浮かべたユウヒであるが、すぐに目を細めると魔法を発動し背後から静かに近づいていたクラゲの光る器官を撃ち貫き、ガスが漏れ出る様な音を上げるクラゲに眉を寄せながら口元袖で覆う。
「弱点はこれもコアか・・・」
空気の抜ける音が小さくなりにつれ、ふらふら地面に落ちてくるクラゲは、その内部で光っていた器官の光度を落とす。地面に着く頃にはすっかり光を放たなくなったそれは、どうやらクラゲの心臓部であるらしく、薄いプラスティックの様な球体の中からは濃い魔力が抜けるだけであった。
「このクラゲと亀はセット販売なのかな?」
ユウヒの右目には、クラゲが纏う魔力とレーザーを放つ大亀の使う魔力の質が同様のものであることが映し出されており、制御を離れ大量の情報を吐き出し始めた右目から力を抜いた彼は、不思議そうな表情で小首を傾げる。
似たもの同士が集まったのか、それとも最初から共生を前提した間柄なのか、何とも言えない気持ち悪さを感じるユウヒは、空を見上げ巨大な柱の様な結晶の針山に目を向けた。
「んー【デコイ】・・・お、おお、あぁなるほど、この突起が迎撃用のレーザー発射器官ってわけね」
彼が見上げた先には、針のような柱の中腹あたりにクラゲの触手が絡まったままになっており、その事が気になったユウヒは自らの分身を生み出し触手の辺りまで飛ばす。そのデコイは触手の絡まった場所より少し高い位置に至った瞬間、横合いから照射されたレーザーによって消失する。
どうやらその巨大な結晶の柱がレーザーの発射装置となっており、先端付近に収束した光はどの方向にでも発射することが出来、丁度触手の絡まった辺りより上がレーダーの様な感知範囲になるようだ。
「破壊は出来るかな? 【単体化】【フリーズデストラクション】」
その範囲から上に行かなかったクラゲが、亀と共生関係にあることを理解したユウヒは、少し満足した表情を浮かべると、今度は少しでもレーザーの危険を減らせないかと怪しく光る結晶の柱へと目を向け、徐に手を上げた彼は使ったことのある中でも特に強力な魔法を、何とも気軽に放つ。
ユウヒの手から放たれた魔法の力は、【単体化】によって一本の柱だけを取り囲み、周囲に一切の影響を与えずに柱を絶対零度と破壊の力で引き裂き砕く。
「・・・うん、破壊できるけどこのレベルだとオーバーキルだな」
特に気合を入れることもなく気軽に使った魔法は、バックステップでその場から離れたユウヒの前で解除され、小さく砕け散った結晶の柱が山となると周囲に強烈な冷気の風を吹き放つ。
「なにか丁度いい感じで広範囲の魔法、魔法・・・」
崩れて山となった結晶の破片は、その後も急激な温度の変動によってひとりでに砕けていき、次第に砂の様に細かく砕け空気中に散っていく。その強力すぎる魔法に、流石にユウヒもやりすぎな気がしたのか、ただ単にコストパフォーマンスが悪いと思ったのか、腕を組んで首をひねると、もう少し効率的な破壊方法はないものかと悩みだすのであった。
大亀の甲羅の上でユウヒが若干趣味に走り、本来の目的から断線している頃、甲羅の上で彼を見詰める者たちが居た。
「見つけた」
「救世主」
「助かる」
「皆を集める」
その複数の瞳は、遠く離れたユウヒの背中をじっと見つめると、ぽつりぽつりと短い言葉で話し合い、あとは目で語り合うと長くきれいな袖下を振って散っていく。
『・・・』
その場に残った数人は、仲間たちを見送ると静かに頷き合い結晶の柱から飛び降りサラサラと袖下を振り鳴らしながらユウヒへと忍び寄る。
少し時は遡りユウヒは柱に絡みついた触手を気にしていた頃、観測基地の指揮所では甲羅の上で起きている現象が逐一観測され、それは即座に口頭で報告されていた。
「レーザーの発射確認、これに伴う被害なし!」
「何だと思うかね?」
「高度確認ではないでしょうか?」
ユウヒのデコイを消失させたレーザーは良く目立ち、指揮所からも確認出来るほどで、そのレーザーの発射理由を基地司令から問われた自衛隊の小隊長は、ユウヒの行動を思い出し可能性の高い理由を述べる。彼はユウヒの行動を比較的近くで見てきたと言う事もあり、パイフェン達と共にアドバイザーとしてこの場に居る様だ。
「空飛ぶヒーローもあれでは歩いて登るしかないか」
確認の為に問うた基地司令は納得した様に頷くと、空を縦横無尽に飛んでいたユウヒの姿を思い出し、如何に空を飛べたとしても無数に並ぶ対空レーザーを前にして宝の持ち腐れだと眉を寄せる。それは彼らが保有する多数の戦闘機もしかりで、さらに言ってしまえば攻撃手段もないのだから自然その眉間の皺は深くなっていく。
「甲羅表面で極低温を確認!」
「サーモが真っ黒になってます。これ極低温どころじゃないですね」
そんな上司たちの会話に思わずこちらも眉が寄ってしまう部下たちは、新たな情報が入ったことに大きな声を上げ、自衛隊員もその映像を確認して小隊長に驚いた表情を向けると、測定可能な範囲を超えていると伝える。
「・・・何が起きているかわかるかね?」
「いえ、我々にも夕陽さんのスペックは、計り知れないところがあるのでなんとも・・・ははは」
そんな報告を受けた上司二人は思わず閉口すると、これ以上寄せられない眉間の皺をぴくぴく痙攣させる基地司令の問いに、小隊長は遠い目で肩を竦め思わず乾いて小さくなった笑い声交じりに解らないと話す。
「そうか・・・これは本格的に研究を進めないとだめだな、このままではロシアはまたも日本に後れを取ってしまう」
呆れと疲れ、そして危機感が綯交ぜになった様な重たい息を吐いた基地司令は、困った様に笑う小隊長に目を向けると、申し訳なさそうに口元を歪め話し始める。それは魔力、魔法と言う存在、また異世界の技術や物理法則の研究を進めなければならないと言う話で、その言葉からは、日本に先んじられたと言う焦りと対抗意識が見え隠れしていた。
「助言するなら、人間性も研究内容の方向性も真っ当な研究者を選ぶべきですかね?」
「ほう? それはなぜだ?」
じっと横目で睨まれそんな話を聞かされた小隊長は、特に対抗意識を抱くこともなく笑みを浮かべると、ここに来るまでユウヒから聞いた話しを思い出して簡単なアドバイスをする。その無駄に親切な言葉に肩眉を上げた基地司令は、大体の研究者がその能力と引き換えに人間性などを犠牲にしている事を思い出しながら不思議そうに問う。
「夕陽さんが、マッドばかり異世界に連れてきたせいで大変なことになっていると、あるドーム内での愚痴をこぼしてましたからね・・・我々としても下手に藪をつついてほしくはないので」
「なるほど・・・」
実利を求めるならば何よりも能力が重視されるのが研究と言う世界ではないのかと、不思議そうな基地司令は振り返るがしかし、小隊長の遠い目とユウヒの実体験からくる話を聞き共感を覚え小さく呟く。どうやら彼の過去にも藪を突いて痛い目に合った過去があるようだ。
しかし、時に人はその藪を突く行為を嬉々として行うものである。
「藪蛇・・・」
それは例えば、攻撃してくる意思がなくともそっと好奇心で近づいてくる無邪気な影に気が付いた時であったり、これ見よがしに怪しい話し声が背後から聞こえた時など、
「だが敢えて突く! 誰だおまえら!」
『ピィ!?』
少年の心を忘れない男と言うものは、敢えてその藪を突くものなのであった。
マッドの被害にあった経験者の軍人や自衛隊員、また傭兵たちが静かに頷く頃、大亀の甲羅上ではそんなマッドな人間によって妙な被害者が増えていたのだが、それを知る者は限りなく少ない。
いかがでしたでしょうか?
大量の弾薬を消費し景気よく登山を開始したユウヒ、多少の怪我を負いつつもその歩みを止めない彼は、何者かと甲羅の上で接触する。ある意味新たな受難と言えそうな出会いに、ユウヒは何を思うのか、そして大亀はは討伐できるのか、次回もお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




