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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第百八十話 彼らとユウヒの事情

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『彼らとユウヒの事情』


 汗ばんだ男の背中を回避したユウヒが、踏み固められた道を滑るように移動する事小一時間後、彼は大きなゲルとよく似たテントの中央で敷物の上に座り、僅かに斜め上へと視線を向けている。


「うーむ、ケンタウロスが集まると圧がすごいな」


「ほっほ、救世主様を一目見たいと集まって来てしまったかの」

 ユウヒの前には、同じ敷物に座ってもなお彼より顔が高い位置にある老婆が目を細める様に笑みを浮かべており、彼女に視線を向けながらも、周囲から感じる視線に眉を寄せたユウヒは、ちらりと周囲に目を向けるとたくさんの視線に見下ろされる状態に肩を竦めて見せた。


「救世主ね? 状況を見るに結果そうなりえるだけな気もするが」

 危機感は感じないが居心地の悪さを感じるユウヒ。その理由は視線全てが無駄に好意的なものであるからだ。救世主であること前提で連れてこられ、さらには迎えに来た男性達のうわさ話により、ユウヒへの期待度はどんどん上がっている様だ。


「結果が一緒ならそれでいいのです」


「まぁ一理あるか、それで? あの亀を倒す協力をしてほしいってことで良いの? まだ何かあるんじゃない?」

 カウルス族にとっての滅びとは、ユウヒが討伐するつもりの大亀によってもたらされるものである。そのためユウヒが大亀を倒せば、自然彼がカウルス達に救世主になることは間違いないのだが、納得しつつも釈然としないユウヒは、どうやら道すがら聞いた内容のほかにも目の前の老婆は何かを求めているように感じた様だ。


「・・・はい実は、大亀を倒してほしいと言うのもあるのですがの、我らに安住の地を、与えてほしいのです」


「また面倒な、いや・・・今の状況を正しく理解してると言う事か」

 その勘は、例の如く大当たりだったようで、少し目を見開きながらも諦めた様に頷いた老婆は、ゆっくりと顔を上げユウヒを見下ろすと、もう一つの願いである安住の地について話し始める。その言葉尻から何か感じ取ったユウヒは、面倒と言いながらも彼女の銀の目を見詰めると、彼女が異世界に来たことを理解しているのだと察した。


「我らは国を追われた放浪の民、刺客から逃れきれず今に至りますが、新しきこの地には我らを導く救世主が現れると星が教えてくださいましたのじゃ」

 ユウヒの言葉に黙して頷いた女性と、不思議そうな表情を浮かべる周囲の女性に目を向けたユウヒは、星が教えてくれたと言う老婆の言葉に顔を顰めると、光りを灯していないはずの両目にギラリとした冷たい色を宿す。


「・・・まさかと思うが、その星が、あんたらの世界の星があの名前を教えたのか?」


「はい、氷原の魔王は救う者であると・・・」

 ユウヒが気にしているのは本来彼らが知るはずの無い称号で、それまでも異世界の星々が教えたと言うのは、魔法がある世界を体験して来たとは言え流石にユウヒも信じることが出来ない。しかし眉を顰めるユウヒの目の前で、老婆ははっきりとユウヒの黒歴史に触れる。


「どっかで聞いた様な・・・」


「クロモリの称号システム、そのユニーククラスだよ。俺が獲得していたな・・・」

 ユウヒの黒歴史であるクロモリオンライン内での称号、その名に首を傾げる協力者の女性に、ユウヒは釈然としない表情のまま呟く。


 クロモリオンライン内における称号には大きく三つの種類があり、一つは誰しも頑張れば手に入れることの出来る称号で、設定することで様々な恩恵を受けることが出来る。二つ目はパーティやギルドなど団体で取得する称号で、参加者全てに付与され設定なしでも多少の恩恵を受けれて、さらに同じ称号同士でプレイすると大きな恩恵を受けることが出来た。


 そして最後がユウヒの呟くユニーククラスと言う称号で、ゲーム内においてかなり特殊な条件下でのみ取得でき、取得プレイヤーはゲーム開始からサービス終了までの中でたった一人のみ。取得によるゲーム内での恩恵はすべて不明で、大半が目に見えた恩恵が無いもので、ただNPCの反応が変わる程度である。


「・・・え! いや、でもまさかあり得る・・・な」


「おや? 何か知ってそうな人がここにもいるな? ううん?」

 そんなユニーククラスの影響が現実にまで現れることなどあり得るわけがない。しかし、今目の前でユウヒを見詰める老婆は、確実にユウヒを称号の人物として見ており、その非現実な事実にも関わらず、ユウヒの言葉を聞いた女性はモニターの向こうで妙な方向に狼狽え始めた。


「あぁははは・・・えっとまだ予想の段階で計算しただけの机上の空論だし? 実際に確かめられたわけでもないからその、えっと・・・」


「・・・帰るのが楽しみだよ、とりあえず今は良いとして、この氷原の魔王は俺で良いのか?」

 明らかに何か知っている雰囲気を醸し出す女性の姿に、ニヤリと魔王然とした笑みを浮かべたユウヒは、視線をふらふらと彷徨わせてはユウヒを見てまたさっと視線を逸らす女性に帰るのが楽しみだと話し、びくりと震える女性に確認する。氷原の魔王とは実際に自分を指しているのかと。


「ユウヒ君が獲得したユニーク称号と同じ名前なら、ユウヒ君と同一である可能性は高いかな・・・これも、多分世界同士が混ざり合った影響だと思う」


「・・・とんでもない物作ったもんだな」

 信じられない事であるが、ゲームの中の出来事が異世界に影響を与えている様で、事実ゲームの世界でユウヒに付けられた称号は確実に彼を示しており、世界もそう認識しているのだった。


 不思議な事に何度も直面してきても尚信じられない現象を前にしたユウヒは、しかめっ面を隠すことなく浮かべると、頭を抱え声にならない溜息を洩らす。


「苦情はおじいちゃんに言ってね・・・あ、でも利用した私にも原因があるのか」

 どうやらこの現象の根本にある何かは、彼女の祖父が関与しているらしく、彼女は単なるユーザーでしかなく、しかしその何かを用いている以上彼女にも責任があるわけで、その事を再認識した彼女は、チラチラとユウヒに申し訳なさそうな視線を向ける。


「・・・この際何が起きているかは後回し、とりあえず今はあの大亀は倒さないとな」


『おおお!』


「やってくれますかな!」

 チラチラと左腕の向こうから向けられる視線に眉を寄せたユウヒは、しかし彼女を責めても仕方ないと感じた様で、諦めた様に肩を落とすと今はその事を考えないことにしたようだ。割と重要な事の様な気がするものの、思考を放棄したユウヒは、今更どうしようもない所まで過ぎてしまったことより、目の前に迫った危機に集中すると話す。


 その言葉に、周囲で不安そうな表情を浮かべていたカウルス達は喜びに沸き立ち、老婆はその皺で細く伸びた瞳を見開き、若々しさを感じる潤んだ瞳でユウヒを見詰める。


「利害の一致だ・・・とりあえず、あの大亀に登らないと話は進まんからな」

 周囲から向けられる視線の純粋な輝きに、何とも居心地の悪いものを感じたユウヒは、上を向いても横を向いても逃れられない視線の群れに、眉をこれでもかと顰めると前に座る老婆の目だけ見て、どこか荒っぽい声で大亀登山につて話すのであった。





 ユウヒが恥ずかしさの限界を向かえそうになっている一方で、ドーム観測基地では大亀とその周辺の状況を常に観測し、調べられた状況を常に更新し全部隊で共有している。


「・・・」

 急な指示にも応えられるよう指揮所は静まり返っており、それは時折聞こえてくる虫の声や葉擦れの音がよく聞こえるほどであった。


「・・・」


「変化は?」

 そんな指揮所に、観測基地の司令と自衛隊の小隊長が部下を引き連れ現れる。


「森にレーザーが発射されて以降は大亀に変化見当たりません」

 状況の変化について問われた男性は、耳に当てていたヘッドセットをずらすと、森にレーザーが放たれて以降大亀に動きはないと話す。そのレーザーはユウヒが活動可能な高度を確認するためデコイを飛ばした時のものである。


「森の一部で急激に気温が下がっています。また森の奥に動く影を見たと言う報告が三件ありました」

 森を監視していたサーモカメラは、森の一部で急激な気温変動があったことを捉えており、さらに森の奥で動く生物と思われる影を確認していた。


「・・・」


「いえ、夕陽さんからは連絡ありません」

 その影がユウヒなのかそれ以外の何かなのかまでは解っていない状況で、何か連絡が来ていないか、指揮所の一角でヘッドセットを付けた自衛隊員に目で問う小隊長に、通信担当の女性隊員は首を横に振って連絡はないと話す。


「位置は確認できているのか?」


「それがその、衛星がうまく捕捉出来ない様で、動きはある様なのですが正確な位置は分かりません」


「文明の利器が情けないな」

 一方、パッと見ただけで仮設と解る室内に並べられた、明らかに高そうな機器の前で眉を寄せるロシア軍兵士たちは、司令の質問に頭を掻くとユウヒの正しい位置を把握できないと話す。


「どうにもあの森の木が電波を妨害している様なんですよ」


「異世界とは何なのだまったく」

 どうやら異世界の森の木々は、電波を阻害する性質があるらしく、そんなおかしな性質を持つ森に、司令は思わず悪態を洩らして勢いよく組み立て式の椅子に腰を下ろした。


「ふぅ・・・」

 そんな指令が椅子に座り長い息を吐いた時である。自衛隊の小隊長に頭上から覗き込まれ肩を竦めていた女性隊員は、ヘッドセットから聞こえてきた音に目を見開くと思わず飛び上がる様に腰を浮かす。


「ゲフ!?」


「あいた!? もしもし! 聞こえます。聞こえますよ夕陽さん」

 今の状況で飛び上がれば、当然小隊長の顎をその頭で打ち貫いてしまうわけで、ただ幸いテッパチを脱いでいたことでお互いに大したダメージは無かった。そんな事よりも、彼女の耳に聞こえてきたのはユウヒの声であり、声を抑え痛みに耐える小隊長の眼下で、女性自衛隊員は自らが出撃準備を手伝った男性の声に耳を澄ませ元気よく返事を返す。


『!?』


「・・・はい、はい、明朝4時作戦開始。同時刻に大亀足元から甲羅へと飛翔」

 周囲が無言で立ち上がり、手元のメモにペンを走らせる中、周囲の人間全員に聞こえる様に大きな声で通信内容を話す女性は、自らもメモを取りながらほっとした息を吐き出すと同時に、その顔を険しく歪ませる。


「むぅ・・・」


「その際に多数のレーザーによる迎撃の可能性がある為、デコイとなる支援砲火の要請」


「・・・」

 ユウヒの話す内容はどう考えても危険しかなく、そういった事をユウヒにやらせることにまだ納得しきれない軍人たちは、女性と同じように眉を寄せ、しかし支援の内容には理解を示して頷いていた。


「大丈夫です。なるべく多く発射します。3分間ですね、ターゲットは甲羅のみ、地上に支援者が居るんですか? 異世界人の協力を得られるそうです!」


「なんと!?」


「やはり人類が居たのか」

 背後を振り返った女性は、無言で頷き目線で了解するロシア軍の司令に頷き返すと、ヘッドセットの向こうで話しているユウヒに返事を返す。そんなユウヒからさらなる驚きの内容である異世界人について報告を受けた女性は、勢いよく背後を振り返ると異世界人の協力について大きく日本語で話し、その言葉を理解した者たちによって周囲は一斉に騒がしくなる。


「その後は徒歩にて登頂したのち亀の弱点へ大規模な魔法による攻撃開始」


「・・・」


「大亀が動き出した場合は出来るところまで・・・やるそうです」

 周囲の騒がしさと我慢できなくなったことで、女性自衛隊員のヘッドセットに顔を寄せるロシア司令官は、同じく耳を寄せる自衛隊小隊長と共に耳を澄ませ、女性の視線に頷き合う。


「大亀が動き出したら戦闘機部隊を出して支援する。これは決定事項だ。それより弱点はどこだ」

 小隊長に頷いて見せていた司令官は、女性のインカムに向かって戦闘機での支援を送ることを一方的に説明し、さらに大亀の弱点についてインカムの向こうのユウヒに向かって問う。


「弱点の位置は、はい・・・物理攻撃を無効化する甲羅の内側奥深くだそうです。一番近いのは甲羅の天辺・・・」


「・・・了解した。我々は支援作戦を会議する」

 少し驚いたような声で返事を返すユウヒの言葉を伝える女性自衛官に、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながらも、冷静な声でインカムの向こうに声を届けた司令官は、道すがら部下に指示を出しながら指揮所から出ていく。


「はい、そうです。なんでわかるんですか? はい、了解」

 ヘッドセットの向こうで、司令官が苦虫かみつぶしたような顔をしてるんじゃないかとユウヒに問われた女性は、目を見開きその通りだと返事を返しながら不思議そうに小首を傾げる。


「F-35は出せるな?」


「二機ともいけます」


「緊急時は夕陽さんの命を最優先だ」


「「はい!」」


 一通り重要事項を話し終えたユウヒと女性自衛官が、そのまま無駄話に移行している一方、指揮所は一気に慌ただしくなって行き、ロシア軍の通信士は周辺の軍事基地に対して司令官の指示を伝え、自衛隊員はもしもの為に再度戦闘機の準備を始める様だ。





 それから数十分後、自衛隊から借りた通信機のアンテナを腰のバッグからはみ出させたユウヒは、カウルス族と共に、人の作った物で比べられる物が思い当たらないくらい巨大な大亀の太い足の前に来て居た。


「なるほど。これで足を縛るのか・・・起きないの?」

 現在カウルス族は、ユウヒの突撃を補助する目的の為、大亀の足に太く硬い蔦を結んで周囲の大木に繋いで廻っている。大きな声を上げてタイミングを合わせることで、蔦をしっかりと結び付けているカウルス族を眺めるユウヒは、足元の丸太の様な太さの蔦を足で突くと大亀を見上げて少し不安そうな表情を浮かべた。


「大丈夫じゃ、口から光を吐いた後は足元でいくらちょろちょろしても微動だにせんよ」


「足元はレーダー圏外なのか・・・ところでこの蔦? はどのくらい阻害が期待できるんだ?」


「この森の木や蔦は金属の様に固く粘りがあっての、一刻と言われると難しいが、本格的に暴れ出さなければしばらくは動けん。扱い辛さは難点じゃがそのまま縛る為に使うのであれば大亀にも十分通用するぞ?」

 そんなユウヒの不安は、目を細め笑う老婆によって否定される。これまで幾度となく大亀と戦い逃げてきたカウルスは大亀の特性をしっかりと理解しており、地球の大地を遥か彼方まで焼いたレーザー砲は、やはり大亀にも相当な負担があるらしく、そのダメージを回復する間は足元でいくら騒ごうが大亀は反応しないようだ。


 現在大亀の足元は安全圏となっていることを聞いて少し安心したユウヒ、しかし不安は少しでも拭っておきたい彼は、今も必死に運び大亀の足に巻き付ける太すぎる異世界に蔦に目を向けると、そのまま老婆に視線を移して期待できる阻害効果について問う。


「新たな異世界の素材か、使ってみたいな・・・ところで」

 その蔦の効果が思ったより優秀な事に目を見開いたユウヒは、心の中で蠢くクリエイター魂によって思わずわくわくした感情を洩らしてしまうも、流石に自重を覚えてきたのか非常に悩まし気な表情で我慢すると、気を紛らわせるように話題を変える。


「何ですかの?」


「さっき話していた件については確約できないからな?」

 どうやらユウヒはここに来るまでの間に、大亀討伐や安住の地以外にもカウルス達からお願いをされたようだ。


「構いませぬ、可能性は限りなく低うございますから」


「そうか・・・あとは、亀の甲羅の寄生虫かぁ」

 そのことについて確約は出来ないと話すユウヒに、老婆は細めていた目を僅かに開き真っすぐ彼の目を見詰めると、少し寂し気な笑みを浮かべ頭を振る。彼に依頼した何かは、彼女自身難しいと理解しているらしく、特にユウヒを責めることなくその言葉を受け入れた。


 そんな老婆の目を見たユウヒは、真剣な表情で小さく頷いて見せると、急に力を抜いていつもの表情に戻り、頭上に聳える大亀の甲羅を見上げ非常にめんどくさそうな声を零す。どうも大亀の背中に登るのは、自動迎撃レーザーやその高さ以外にも厄介な障害があるようで、その対処を考えるユウヒは、自然とその顔から覇気が抜けていくのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 異世界に侵食された森の中で浮上した問題を忘れることにしたユウヒは、未だ動かぬ大亀に立ち向かう。彼の行動が周囲にどんな結果をもたらすのか、楽しみにしてもらえたら幸いです。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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