第百七十八話 守る者守られてしまう者
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。皆様の一日に楽しい一時を添えられたら幸いです。
『守る者守られてしまう者』
空に星々が輝き、大地に山の様な大亀が身を沈める森に黒い影が蠢く。
「出る」
星の光以外の灯りが無い森の中で、全身を黒い装束で隠した人影は短く告げる。
「祖霊の祝福を」
短い言葉にこちらも短く祈りをささげる人影。
「どうか救世主をお連れしてくれ」
「まかせろ!」
そして彼らは救世主を迎えるために駆けだす。
どう考えても不穏な事態が、眼下の森で起こっていることに気が付いていないユウヒは、機動性重視な輸送ヘリの中で装備の最終チェックを行っていた。
「ああ任せてくれ、しっかり甲羅の上に降ろしてやる」
「いえ、途中まででいいんですが・・・」
装備のチェックをしながらパイロットに安全運転をお願いしていたユウヒは、返ってきた斜め上の返答に呆れた表情を浮かべている。
「話聞かない人だな・・・きつくないですか?」
どうやら二人いるヘリのパイロットのうち、寡黙な相方に対して返事を返したパイロットは熱い心を持ったKYの様だ。そんなパイロットに眉を寄せた女性自衛官は、その表情をころりと変えると、迷彩服を着こんだユウヒにヒップバッグを装備させながら声をかける。
「大丈夫です。こう言う通信機かっこいいですよね」
小型の携帯通信機とは言えそれなり大きな通信機と長いアンテナを弄っていたユウヒは、その通信機を女性に渡してヒップバッグに入れてもらいながら、自分は体に這わせたコードの位置を調整し始めた。
「ふふ、一応ガスマスクも用意したんですが」
「ガスは自前で何とかします。視界確保が優先なんで」
まるで好奇心溢れる子供の様な表情で、着慣れない迷彩服を調整するユウヒに笑みを浮かべた女性は、ヒップバッグの中を整理しながら、用意していたガスマスクを手に取り持っていくか問いかける。しかし、ユウヒの優位性を確保するためにはその視界が重要であり、視界を塞ぐガスマスクはユウヒにとって邪魔なだけの様だ。
「わかりました。二日分の物資は入れておきましたので、もしそれ以上時間が掛かる場合は一旦撤退して下さい」
「ええ、流石に食料ないとお腹空きますからね」
「ふふふ、そうですね」
大亀がどのくらいで活動を再開するかわからない事と、相手がいる場所が未知の森と言う理由もあって、調査を短期で区切ることになったユウヒ。しかし未知の森での調査など普通ならしっかり事前調査を行うものであり、そんな森に二日とは言え単独で分け入るユウヒは周囲から様々目で見られ、その大半が心配するものである辺りロシアのドーム観測基地は、どこかの説明会場よりは平和な様だ。
「でけぇ・・・お? 護衛が贅沢だな」
機内で装備チェックを終えたユウヒが体の動きを確認していると、ヘリは横たわった大亀の顔が見える位置まで到達していた。おしゃべりなヘリパイロットの男性は、前方に見え始める伸びた大亀の頭に感嘆の声を漏らすと、ロシア空軍の護衛機の数に目を見開き嬉しそうに呟く。
ユウヒの輸送の際に万が一を考慮して攪乱要因として数十機の戦闘機が稼働していた。それも警戒されたラインの外側が作戦範囲であり、ユウヒもまた寡黙なパイロットの操縦により安全な場所に降ろされる。
「おお、さっきより戦闘機の数がふえ・・・む?」
予定であった。
「どうしましきゃっ!?」
それ故ユウヒも心に余裕を持っていたのだが、比較的低空を飛ぶヘリの扉から外を見回した瞬間、彼の視界に複数の文字が真っ赤な色で踊りだす。その文字を見て慌てて大亀に目を向けたユウヒは、背後で体を支えていた女性自衛官の肩を押して彼女を機内の座席に強制的に座らせた。その行動に驚き小さな悲鳴を洩らした女性は、驚いた表情でユウヒを見上げたのだが、彼の目を見て危機が近づいて居る事を察する。
「撤退撤退! レーザーが来る! すぐに回避行動をとってくれ!」
大亀の攻撃挙動、そしてその影響範囲を最初に割り出し警告したのはユウヒであった。その彼が真剣な表情を見せ、獰猛な光を両目に宿す姿から危機の接近を理解するのは容易であり、パイロット達もユウヒの声に疑問を抱くことは無い。
「は!? わ、わかった「俺はここで降りるからすぐに撤退だよ!」はぁ!?」
「・・・!?」
「夕陽さん!?」
しかし流石にここで降りると言う言葉には女性自衛官だけではなく、寡黙なパイロットの男性も驚いたらしく目を見開き後ろを振り返る。何せ彼はパラシュートを装備しているわけではなく、いくら低空と言ってもそれは航空機にとっての低空であり、今の高さから人が落ちればいくら森の中とは言えほぼ助からない。
「大丈夫! 【飛翔】飛べるんで!」
「ヒュー! すげーぜ! あ?」
大丈夫だと言い残してヘリから飛び出すユウヒは、引き留める様に手を伸ばした女性自衛官の前で、くるりとバレルロールの様に身を翻すと小さく旋回してヘリの前に出て普通の人でも解るレベルで魔力の燐光を振り撒く。
「光属性、レーザー・・・【マルチプル】【プリズムインタセプター】【広域化】【プリズムフォッグ】」
急停止する様にスピードを緩めていくヘリを確認したユウヒは、金と青の光を両目に宿し暗い夜の空で光の軌跡を残しながら魔法を発動させるためのキーワードを告げる。ユウヒの周囲に振り撒かれた燐光は、ユウヒの声に反応して集まると七色に光る水晶の鳥へと姿を変え、鳥の群れが羽ばたき周囲を舞う一方で、ユウヒを中心にキラキラとした霧が発生してホバリングするヘリを薄く囲む。
「探知による攻撃予測、接続確認、行けインターセプター!」
ヘリが生み出す風の影響を全く受けない霧を確認したユウヒの周囲に、見た目は水晶にもかかわらず柔らかに翼を動かす小鳥が集まり始め、ユウヒの目の光に呼応する様に青色の燐光を漏らし始めた水晶の小鳥は、指示を受けて一斉に飛び立つとロシア空軍機の周りを軽やかに飛びは始める。
「さっさと撤退しろ! こっちは大丈夫だから!」
小鳥を見送ったユウヒは、くるりと振り返るとホバリングするヘリのキャノピーに手を着き、呆けた表情を浮かべ青い鳥の軌跡を見上げるパイロットに大きな声で撤退を促す。その瞬間、大亀の甲羅から発射された一条の光は、歪むことなくヘリに直進してその機体を打ち抜く、寸前で輝く霧にあたりいくつもの光となって拡散する。どうやらユウヒの展開したキラキラ輝く霧は、レーザーを攪乱する性質があるようだ。
「動くもの近づくもの無差別か・・・自動迎撃かな?」
大亀からのレーザー攻撃で正気を取り戻したヘリのパイロットが、戦闘機と並んで飛行する異常な小鳥が空中に描く光の軌跡を気にしつつ撤退を開始する中、大亀からの細いレーザー攻撃は次々と空に向かって放たれる。そのレーザーはどうやら、近い場所を飛行する物体に向かって無差別に発射されている様で、小鳥にもヘリにも戦闘機にも次々と放たれていた。
「よくやった! それじゃ行くかな【マルチプル】【デコイ】&【プリズムインターセプター】【アクセル】」
ヘリが離れたことで輝く霧の外に出たユウヒに向かって、一条のレーザーが向かってくるも、光の速さで飛んでくる攻撃に体を割り込ませていた小鳥は、その体でレーザーの光をいくつもの弱いレーザーに変えて複雑に散光させる。
自分の周りを飛び回る小鳥に親指を立てたユウヒは、気合を入れる様に鼻息を洩らし腹に力を籠めると、魔法のキーワードを口にした。数羽の小鳥が遊ぶように飛ぶ中、魔法によって生み出されたユウヒの分身は、追加された小鳥と共に編隊を組み、
「攪乱後突撃作戦開始!」
本体の突撃命令と同時に、亀に向かっていくつもの光の軌跡を描き、空を飛ぶ戦闘機並みの速度で移動を開始した。加速の魔法を付加された分身と小鳥は、常に戦闘機並みの速さで飛び、攻撃されると急加速で回避及び妨害、ロシア空軍機が攻撃を受けそうになるとあらかじめ割り込みレーザー攻撃を散光させるのであった。
レーザー攻撃が甲羅のいたるところから照射される中、ユウヒを乗せてきたヘリは順調に退却し、たまにその背中を散光したレーザーの明るい光が照らし出す。そんな彼らが乗るヘリのそばにも、戦闘機と同じように青い鳥が遊ぶように飛んでいる。
「くそ! 何もできなかった!」
「うるさい、作戦は問題なく進んでいる。お前はもう少し落ち着け、まだ戦っている彼の方が落ち着いてるぞ」
そんな楽し気な小鳥と違い、ヘリのパイロットは荒れており、口汚く後悔を口にする空気の読めない男性パイロットに、寡黙な男性パイロットは普段より饒舌に注意していた。
「ああ・・・情けないな。にしても、空飛んでレーザーを回避して打ち落とす? とか、すげぇな異世界専門家・・・あのくらいできないと戦えない世界なのかね?」
「・・・異世界か、どうやら相当過酷な世界の様だな」
注意を受けた男性は、まるで怒られた犬の様に静かになると、時折空を明るく照らすレーザー光に目を向け小さくため息を洩らす、ヘリに取り付けられたカメラにより後方の様子を伺う彼らは、放たれるレーザーから戦闘機を守りながら戦うユウヒ達の姿に、異世界の過酷さを感じ取ると険しい表情で黙り込む。
「はへぇ・・・ほんとに飛んでる」
「状況を説明してくれ」
一方、ユウヒの準備を手伝う目的で着いてきていた女性自衛官は、ヘリの扉から後方を覗き見ながら、レーザーを避けて大亀に向かうユウヒの姿に間延びした声を漏らしている。そんな彼女の耳に通信機からの声が届き、慌ててマイクを口元で押さえた彼女は扉から頭を引っ込めた。
「あ、はい! 現在夕陽さんは空を飛んで大亀に向かっています。ヘリは、夕陽さんの魔法と思われる光る霧で守られ無事です」
自衛隊の仮設指令所となっている観測基地からの通信に答える女性は、先ほどまで見ていた状況を話し始め、ちょうどレーザー光に照らし出された周囲の霧に目を向けると、今も自分たちを守る霧に心強さを感じ、少しだけ嬉しそうに上擦った声で話す。
「現在は・・・分身した夕陽さんが大亀のレーザーをかく乱しながら接近、あ! 夕陽さんの本体が森に急降下しました! 突入作戦成功です」
「ぶ、分身?」
さらにユウヒの戦闘状況を窓越しに確認しながら話すも、状況説明を指示した側は困惑した空気に包まれ、その雰囲気は彼女の耳にも伝わっており、森へと急降下していくユウヒを目で追いながら耳に聞こえる声に苦笑を洩らした。
「はい、分身は五名、全て大亀に突撃開始、ロシア機撤退開始しました」
「了解・・・戻ってきたら詳しく説明してくれ、理解が追い付かん」
「あはは、了解です」
本来の作戦とは少し違うものの、ユウヒが森の中に到達したことを確認したロシア軍機は、小鳥に守られながら退却を開始する。その動きを確認したユウヒの分身は、残りの小鳥を伴い大亀に向かって真っすぐ突き進み、いくつものレーザーを引き付けた後、大量の燐光を周囲に撒き散らし消滅するのだった。
上手くいったと言えばいったのか? 正直今回はぶっつけ本番感が酷かったけど、結果的には撃墜された仲間もいないし大勝利だと・・・思いたい。
「ふぅ・・何とかなったな」
それにしても危なかった、レーザーで打ち抜かれることは無かったが、火傷一歩手前の攻撃は何度か食らってしまったのだ。もし怪我でもして帰れば心配性な友人たちに何をされるか、またあの厳重看護の刑は勘弁願いたい。
「しかし、なかなか心臓に悪い攻撃だったな、魔法が無ければ今頃蒸発してそうだ」
背中に冷たく硬い感触を感じながら、後を追って降りてきた小鳥が止まる枝を見上げた俺は、その性能の良さに称賛を送る様に手を振る。正直彼らが居なかったら俺の体に風穴が空いていたに違いない。最悪直撃で蒸発してもおかしくない状況に、今更ながら心音が大きくなった気がして大きく息を吸うと、背中を預けていた大きな岩からゆっくり体を起こす。
「大亀はこっちか、ここからは歩きだな」
先ほどまで大量に放たれていたレーザーは、デコイが消滅したことで発射されることが無くなった。どうやらあの無差別攻撃のレーダー範囲は地上近くには無いようで、森の木々の隙間から見えるピンクのような紫色に光る大亀を見上げた俺は、飛翔で飛んでいくことを諦め歩き出す。
「でかく真直ぐな樹と乾いた硬い土、不思議な森だが歩きやすいので良しとしよう」
とりあえず安全なルートで行きたいところであるが、そのルートも初めての場所では解るわけもなく、そんなときの強い味方であるいつも魔法を使うために、俺は手頃な木の枝を探して周囲に目を向ける。
周囲は異常なほど太く、それでいて真っすぐ空へと伸びる樹が乱立しており、しかしその間隔は広く、乾いた足元を隠す低木が無ければ人の手が入った森と勘違いしてしまうだろう。
「む、これは・・・いい素材になりそうな木じゃないか」
そんな森を大きな甲羅に向かって歩く間、周囲を右目で見回す俺の視界には、異世界産の木材の情報がランダムに流れて行き、その性能の良さに思わず足を止める。しなやかさは足りないものの、非常に硬く黒い木の枝を拾い上げ、長さ三十センチほどに折ると小さな枝葉を取り除き軽く振った。
「よし、君に決めた! 安全なルートで大亀までヨロシク【指針】」
特に魔力を阻害する様な事もない木の枝に満足した俺は、魔法に無理難題を押し付けいつもの【指針】を使う。枝は軽く振り上げた手から離れ空中で二度三度回転すると、少し甲羅からそれた方向を示して俺の手の中に戻る。
「こっちだな」
どうやら真っすぐ甲羅に向かうと危険なようで、手元に戻ってきた枝を一介して【指針】が示した方向へと足を向け、少し硬い低木を押し退けながら歩き出す。どうにも嫌な予感は拭えないものの、この状況にわくわくしている自分もいて、そんな思考に思わず苦笑を洩らすと、俺の事を見守る様に枝から枝に飛び移る小鳥と共に目的地へ向けて進むのであった。
ユウヒが森の中をふらふらと歩いている頃、ロシア大統領は届いたばかり映像を見終わり無言で目頭を揉みながら眉を険しく寄せていた。
「以上が現地から届いた記録映像です」
「・・・・・・私はいつの間に映画鑑賞をしていた? アメリカの好きそうなヒーロー物の様だったが」
その感想は何故映画鑑賞をさせられたのかと言う不満の声であるが、これは彼なりの冗談であり、全て現実で起きたことであることを理解していた上で、アメリカに対する皮肉も混ぜながらため息を洩らす。
「・・・皆さん同じような感想でした」
そんな彼の様子に思わず苦笑いを浮かべた女性秘書は、事前に映像を確認した者たち全員似たような感想であったと話し、そんな言葉に大統領は肩を竦める。
「異世界か・・・はぁ、我々は危ないところだったな」
「異世界占領作戦ですか・・・」
しかし呆れた様に肩を竦めたのもほんの僅かな時間、眉を顰めた大統領は深い溜息を吐いて真剣な顔で呟くと、水の入ったコップに口を付けた。
どうやらロシア政府内では、ドームの奥が異世界に繋がっていると判明した当初、異世界に侵攻する計画が立てられその計画は実行直前にまで至っていたようで、中国の爆発と日本のドーム縮小成功が無ければ縮小を諦め、実際にドームの向こうへ侵攻していたかもしれなかったのだ。
「最新兵器でも通用しない相手に何をどう占領すると言うのか、それこそ奴らの好きそうな映画の様に駆逐されるところだった・・・それで被害は?」
もし彼らがドームの奥へ進んでいれば、その先で待っているのは映画で怪物に一方的な蹂躙を受ける軍人達そのままの姿であっただろう。そう言った映画が何本か思い浮かんだ大統領は、詰まらなさそうに吐き捨てると、話を元に戻し被害について報告を求める。
「Su-34が二機小破、それ以外で被害はありません。一応Su-57が一機装甲表面を焼かれたそうですが、特に問題はないそうです。被害の少ない理由はこちらです」
「戦力評価の為に色々出しては見たが・・・これは酷いな。なるほどこれのおかげか、親子そろっていい仕事をする」
映像には大亀の甲羅から大量に照射されるレーザーの光が映っており、その被害は考えるだけでも恐ろしいと言った表情で問う大統領であるが、爆撃機2機小破、戦闘機1機が小破以下の傷で済んだだけと言う報告に目を見開くと、秘書が示した動画に映る戦闘機の動きに眉を顰め、そんな戦闘機を守る青く美しい水晶の鳥が見せる動きに息を呑む。
映像にはユウヒの魔法により生み出される小鳥の映像、それからその小鳥がレーザーと戦闘機の間に割り込みレーザーの光を散光させる姿映っている。戦闘機に追従し、瞬間的に戦闘機の何倍もの速さで加速するその小鳥の尋常じゃない動きに、ロシアのトップは腹に力を入れると声が震えぬようにゆっくりと呟き、ユウヒの横顔に赤狐の姿を幻視するのだった。
「英雄ですか」
「本人は認めんがな、あまりしつこいと手が出て来るから言う気は無いのだが」
何をやらかしたのか、ロシアで英雄と呼ばれる赤狐の名に、秘書の女性は難しい表情で呟き、その呟きに反応した大統領は、昔を懐かしむような笑み浮かべる。見た目は父親似なのに雰囲気は母親のそれと酷似したユウヒの姿を見ていた彼は、心の中で密かにユウヒに対する警戒度を一段階上げた。
「古い付き合いなのですね」
「ふっ・・・腐れ縁と言うやつだ」
それほどまでに明華を危険視しながら同時に頼る彼の過去に何があったのか、それを知る者はこの場に大統領以外居らず、その表情からしか想像できない女性はより眉を顰めると、ロシア国内で英雄として通る女性の本質について思いをはせるのであった。
そんな噂がされていることを、人通りの多い場所で感知した明華が、今後の予定を見直す為に立ち止まっている頃、アメリカのとある白い建物の一室で大きな打撃音が響いていた。
「何、という事だ・・・!」
「大統領・・・」
どうやらその打撃音は、モニターの置かれた重厚なテーブルが叩かれたことで発生した音の様で、両掌でテーブルを強かに叩いたアメリカ合衆国大統領は、周囲から心配そうな視線が集まる中、手の痺れがぼやけるほどの激情に打ち震えているようだ。
「こんな、こんなことが・・・最初からわかっていればあんな無駄な事はしなかった!」
歯を食いしばりモニターを凝視する大統領は、絞り出す様な声を漏らすと、映像に映るユウヒの姿を睨みつけ、これまでの行ってきた自らの行動の愚かしさを悔いる様に叫び、今度は握り込んだ右手テーブルに打ち付ける。
「・・・」
「空を飛んで! レーザーを撃ち落とし! 戦闘機やヘリを救うだと!? どっからどう見てもヒーローそのものじゃないか、そうだろ!」
「そ、そうですね」
大統領が怪我しないかひやひやした表情で戸惑う人々の前で、勢いよく体を越した大統領は大きな声で叫ぶ。モニターに映るユウヒがロシアで活躍する姿が、どっからどう見てもアメコミヒーローそのままではないかと・・・。
熱い感情が籠り叫ぶように上げられた声に、思わず目を見開きたじろぐ周囲の前で、すでに70を超えたアメリカ合衆国大統領は、少年の様なキラキラとした目で、モニターの向こうで空を飛び、レーザーを避け、時に戦闘機の楯になるユウヒの姿を追いかけ、興奮した様に鼻息を漏らす。
「何故ロシアに・・・ヒーローならアメリカに来てしかるべきだろ」
「それは、我々が日本の手を払い除けてしまいましたから・・・」
心底悔しそうな声を垂れ流す大統領に、同席していた副大統領が言い難そうな声で呟くと、彼の顔を見て眉を寄せた大統領は、すっと背筋を伸ばして大きく息を吸う。
「私はもう迷わないぞ、最初から自分の思ったままに行動するべきだったのだ」
そしてもう迷わないと、自らの思うままに行動するのだと宣言し、周囲の人間を驚かせる。
「そ、それは?」
「ペテン師に関わったばかりにこんな失態・・・すぐ日本に連絡だ! 阿賀野と電話会談の準備をしろ!」
大統領が何故急にそのような事言い出したのか分からない副大統領は、思わず聞き返すもその答えは今一つ要領を得ず、しかも今は夜中の日本に連絡し、日本国総理大臣と電話会談の準備を整えろと言い出す始末。
「は、はい。しかし何故?」
「異世界専門家を、否ヒーローに来てもらうためだ」
就任当初の様な勢いを取り戻した様に見える大統領の姿に、心強さの様なものを感じるも、それより困惑の方が増していく副大統領の質問に、歳の割に張りのある肌をより輝かせた大統領は、ユウヒをアメリカに呼ぶためだと、当然の様に言ってのける。
「しかしすでに支援は」
「帰り道によってもらうだけだ、そのついでに大亀が出ているかもしれんドームを視察してもらうだけだが、ん? 問題あるまい?」
ユウヒの移動経路に関してすでに報告を受けている大統領は、帰りもアメリカを経由するのであれば、そのついでに寄ってもらえばいいだけだろと、渋るような声を漏らす副大統領に対して当然の様に、そして不思議そうに返し小首を傾げて見せた。
「・・・大統領」
「決して私がヒーローの飛ぶところが見たいだけじゃないぞ?」
しかしその魂胆はすでに周囲から見透かされている様で、代表して問い質すような声で呼びかけてくる副大統領に、彼は少し、ほんの少しだけ居心地悪そうに片眉を上げると、ヒーローが空を飛ぶ姿を見たいだけではないと話す。
「・・・見たいんですね」
「・・・私は、もう、迷わない!」
本音が駄々洩れな彼の返事に、周囲が生ぬるい視線を注ぐ中、アメリカ合衆国大統領は開き直った様に胸を張ると、大きく手を振り上げ宣言するのであった。
某アミールファンクラブによって操られたことにより、抑うつ状態の様になっていた大統領は、彼の愛してやまないアメコミヒーローの現実化によって、今この時完全復活を遂げる。そしてユウヒのアメリカ行きが彼の関与できない場所でほぼ確定する中、巨大ドームが世界に及ぼす影響は加速していくのであった。
いかがでしたでしょうか?
自重開放で突撃するユウヒといろんな意味で頭を抱える人々でした。なにやらユウヒの及ぼす影響が、大きな波紋になって拡散しているようです。この先どうなるのか、楽しみに待っていただけたら幸いです。
それではこの辺、またここでお会いしましょう。さようならー




