第百七十二話 ロシアの巨大ドーム
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂ければ幸いです。
『ロシアの巨大ドーム』
ここはロシアの巨大ドームから数キロ離れた地点に設営された、ドーム監視のための簡易拠点。そこは今、慌ただしく人と車が行きかっている。
「撤退作業は全工程の50%が終了、以前発光現象は継続、少しずつ頻度が増えています」
「了解した。しかし、あの紫色のスパークには嫌な予感しか感じないな・・・なるべく急がせてくれ」
大半がすでに解体されたテント群の中でもまだ残っているテントの中では、指揮官らしき男性が撤退作業の進捗報告を受けていた。定時の報告なのか直立不動で話す男性は、椅子に座り疲れた様目頭を揉む上官の声に背筋を伸ばす。
「は! ・・・それでその、専門家の到着は何時になりそうなのですか?」
きっちりと返事を返すまだ若い男性は、大きな返事を返すとどこか不安そうに眉を寄せて問いかける。どうやらこの撤退作業はユウヒ受け入れにも関係した作業の様だ。
「早ければ二日後だろう。向こうもなるべく早く来て早く帰りたいようだからな、歓迎等は断ってきたそうだ」
上層部でアッと言う間に決まり、調査部隊からの陳情もあって二つ返事で快諾された撤退。その代わり設備の整った基地にて日本国自衛隊の受け入れ任務と、日本から派遣されるドーム専門家の全面支援任務。
「・・・そんなに危険な状況なんでしょうか」
トップからの直接的な命令とその内容に当初首を傾げた軍人たちは、中国の現状を聞き肝を冷やしたようで、その状況は若い軍人の表情が全てを物語っていた。
「そうだな、向こうさん曰く爆発自体はそうでもないが、内部から危険な物質が拡散するそうだ」
「毒・・・まさか放射線が?」
すでにユウヒの受け入れ準備は撤退予定の基地の方ですべて整っており、またユウヒから齎された情報は、ドーム調査に携わる一部の人間の中で共有されている。その中に活性魔力の放出についても書かれていたのだが、そこには遠回しに危険性のある物質と書かれており、その内容に思い当たる物があった若い男性は目を見開き蒼い顔で呟く。
「いや、そう言った人知が及ぶ様なものではないらしくてな、日本人の専門家とやらも実際にその目で調べないと答えが出せないそうだ」
「人知ですか・・・だから日本は貴重な人材を直接」
調査部隊の指揮官にすら詳しい内容は伏せられており、しかしすぐ傍まで人知を超えた何か迫っていることを肌で感じている男性は、上官の言葉に妙な脱力感を感じて頷く。
「うむ」
「それって・・・やっぱりあのドームが危険だと言う事なのでは・・・」
「巨大ドームは総じてそういうものらしい・・・と言うよりだ」
「?」
そんな若い軍人は、自称専門家と違う、現状世界で唯一本物の専門家が来ると言う事に少しだけ明るい未来を感じ、しかしすぐにそれだけ危険な状況だと言う事を再認識してか、再度顔を蒼くする。ころころと表情の変わる部下の姿に思わず口元を緩め笑う上官は、その口元を隠す様に顔の前で手を組み机に肘を乗せると、ドームについて簡単に纏められた日本からの報告書を思い出し、目を細めながら呟き若者に首を傾げさせた。
「すべては核攻撃に踏み切ったのが間違いだったと言って良いようだ」
「それは・・・」
きょとんとした表情の部下の顔色をさらに蒼くさせる発言をした男性は、話した後に眉を寄せると肩眉を上げて部下を見詰める。
「・・・言といてなんだが、ここだけの話にしといてくれ、外聞が悪い」
「了解です」
流れで思わず話してしまったものの、あまり外に伝聞させて良い話ではなことを思い出した男性の言葉に、部下は敬礼と共に返事を返す。その表情には先ほどまでの不安はなく、不思議とどこか嬉しそうで、その顔に上官の男性は首を傾げるのであった。
そんな簡易拠点よりさらにドームに近い場所では、木々の開けた場所に複数の兵員輸送用の装甲車や物資運搬用のトラックが停められており、そのどれもがアイドリング状態であった。
「こ、これは・・・」
細い針葉樹が目立つ林の中に切り開かれた地面は一部色が違う場所が点在し、焚火の跡などが目立つ。そんな場所に置かれた一台の装甲車は、後部扉が開け放たれて中から男性が半身を乗り出しパソコンを前に目を見開いていた。
「荷物これで最後か? ほかにもあるならって、どうした?」
「あ、あぁちょっと待ってくれ、もう少しで全部の計測が終わるから」
目を見開く男性のほかに、その場所では軍服を着た人々が忙しなく動き回っており、どうやら彼らもまた撤退準備を行っている様だ。そんな中、目を見開く男性の足元にまとめてあったコンテナに手をかけた一人の男性は、額の汗を拭いながらパソコンを注視する男性に声をかけ、返ってきた言葉に小首を傾げる。
「急げよ? 俺もさっさと帰りたいんだ。この撤収作業が終われば休暇だからな、彼女が早く帰って来いってうるさいんだよぉ」
「うっせ、俺だって休暇待ちで急ぎたい・・・やっぱり」
彼らはこの撤退作業が終わった後休暇に入れるらしく、そのだらしなく緩んだ表情から彼女との休暇が待ち遠しいのだとわかる男性に、パソコンの前の男性は不平を漏らすも、目の前の画面に表示される数値を確認すると顔を蒼くした。
「おいさっさと移動準備完了させろ。お前たちが終われば移動開始出来るんだからな・・・ん?」
パソコンの前で唖然とし固まる男性の姿に、少し心配になった同僚が声をかけようとした瞬間、怒鳴っているわけではないのだが、体震えるような大きな声で彼らに声をかける男がやってくる。服装から見るに彼らの上司らしい男性は、動かない二人を急かしに来たようだが、勢いよく振り返った二人の様子が妙な事に小首を傾げる。
「隊長いいところに!」
「な、なんだ?」
一方は気まずげな表情を浮かべているのだが、もう一方は蒼い顔で声を上げ立ち上がるのだ。隊長と呼ばれた男性は気圧された様に思わず後退り、強い足取りで駆けてくる部下に上ずった声でどうしたのか問いかける。
「・・・縮小が、停止しました」
「ん?」
普段なら注意されて返ってくるのは謝罪の声で、そう言った返事が返ってくると思っていた隊長は、男性の口から出た言葉の意味をすぐに理解出来ず小さく疑問の声を漏らす。
「ドームの縮小現象が止まったんです!」
「な、なんだと? 完全にか?」
どうやら彼が今まで調べていたのはドームの調査データであり、特に縮み始めたドームの縮小状況についてであったようで、その縮小が止まった言う言葉に隊長は目を見開き再確認するように問う。
「はい!」
「・・・何時止まった」
返ってくるのははっきりとした肯定の声で、キョトンとした顔で首を傾げているもう一人の部下に目を向けた隊長は、神妙な表情を浮かべて目の前で真剣な視線を向けてくる部下に何時止まったのか問う。
「今来た測定結果が前回と同じなので10分以内には止まってます」
「・・・すぐに全部隊撤収するぞ急げ! 私は指揮所に連絡する。データはそのまま取り続けられる範囲でいいから取り続けろ」
「了解!」
ロシアの巨大ドームの縮小は停止して間もないようで、少しほっと息を吐いた隊長はすぐに表情を引き締めると、力強く大きな声で周囲の部隊員に指示を出し、踵を返しながら目の前の男性に声をかけデータの取得を続けるように指示を出す。
「りょ、了解! ・・・どういう事?」
慌てて駆けだす隊長に敬礼した男性に続くように敬礼した同僚の男性は、状況が良くわかっていない様で、急激に慌ただしさが増す周囲に目を向けながら今の状況について問いかける。
「縮小が止まったらあとは爆発するだけなんだよ!」
「いますぐ!?」
パソコンの前に戻り、広げていた荷物を適当に車両の中に押し込む男性曰く、巨大ドーム縮小現象が止まると、その次起こるのは中国と同じような爆発だと言う。この情報はユウヒ達から齎された情報で、ほぼ確実に訪れる経過である。
「分かんねぇよ! でもいつ爆発してもおかしくないんだよ!」
「いい!? 急げ!」
しかし、結果が解っていてもその現象が何分何秒で起きるかなど解るわけもなく、いつ爆発してもおかしくないと言う事実だけはっきりしていると言う男性の言葉に、同僚の男性は慌てて駆けだす。
「おいばか! 荷物忘れてどうすんだ早く持っていけよ!」
「お、おう!」
思わず自分の仕事を忘れるほど焦っている男性は、車両の中に作業スペースを作っている同僚に怒鳴られ慌てて駆け戻ると、重そうなコンテナを勢いよく担ぎ上げ、少しよろめきながらも急いで輸送トラックに向かって駆けていくのであった。
ロシア軍の若い兵士がトラックの荷台に突っ込む様に荷物を載せている頃、周囲に英語が飛び交う空港の一角でユウヒは左手に持ったスマホを耳に、小さく何度も頷いている。
「ふむふむ、そうかぁ・・・間に合わない?」
「どうかしら、真っすぐ行けば爆発を目の当たりにできるかもね」
現在彼が居るのはアメリカの空港ラウンジだ。すでに日本を飛び立ちロシアへと向かっているユウヒであるが、最短距離は中国ドームの砂嵐が影響していて飛行禁止となっており、遠回りなルートで向かっている状況である。
そんなユウヒが話している相手は、当然スマホの向こうではなく手首に巻いた通信機の向こうに居る協力者の女性だ。どうやら遠回りの所為か、少し急いだところでドームの爆発前に現地入りは難しいようである。
「目の当たりかぁ・・・ちょっと見てみたい気もする」
「好奇心はって・・・言わなくても解っているわよね」
女性の説明に少し困った様に笑うユウヒであるが、爆発を目の当たりにすることについては興味があるようだ。そんな少し不謹慎なユウヒの発言を窘める様に話す女性は、スマホを下ろしたことで見えるようになった彼の目を見て眉を寄せると言葉を変える。
「うむ、だけどその場にいた方がいい気がしてきた」
「その心は?」
「何か起きそうな・・・まぁ勘だな」
困った様に笑い僅かに不謹慎な言葉を吐くユウヒであるが、しかし女性が見た彼の目は真剣に細められており、その爆発時には現地に居なくてはならないと言った予感を、ユウヒは母譲りの異常な勘と言う形で感じているようだ。
「わかった。こっちでちょっと遅滞させてみる・・・ただそうなると中国のリソースを割くしかないわね。あの国には悪いけど背に腹は変えられないわ」
ユウヒの視線と言葉を受けて、覚悟を決めた様に頷く女性は、現在中国ドームの安定化に割り当てていたリソースの一部を、ロシアのドーム爆発の遅延に使う事を決める。現代科学では理解の及ばない技術を使って、ドームに一定の影響を与える女性であるが、その方法はそう簡単なものではないらしく、キーボードとマウスを動かす彼女の表情は真剣そのものであった。
「俺も急げないか聞いてみるよ」
「ふふ、民間機でしょ? 急げって言って急げるの?」
そんな彼女の協力に報いたいと感じたユウヒは、自分に出来そうなことは急ぐことだけである現実に眉を寄せると、とりあえず少しでも急ぐこと約束する。そんな彼の気持ちを感じ取った女性は、しかし急ごうと思って急げるものなのだろうかと思わず笑う。
「さぁどうだろう?」
実際民間の飛行機に急げと言ったところで、遅くなっても早くなることはないわけで、しかしユウヒは何とかなりそうな予感を感じているのか不敵に笑いながらも解らないと肩を竦めるのであった。
協力者の女性との通話を終えたユウヒは、良い知らせが来る気がして自衛隊員が集合している場所に居た。
「そうですか状況が良くないのですね。ええ、ロシア側からの指示で予定の空港が変更されました。そのうえ旅客機まで変更されて貸し切りだって言われたので、おかしいと思ったんですよ」
何か状況に変化がないかと、部隊の隊長に声をかけたユウヒは、逆にドーム関連で変化が起こってないか聞かれその質問に答えていた。その説明を受けた男性は、納得したように頷くと何があったのか話始める。
どうやらロシア側からの指示により、トランジット内容が大幅に変更されたようだ。そのうえ乗る旅客機が高性能機を貸し切りで用意されたらしく、その異常な対応の良さに気持ち悪さを感じていたらしい男性は、一通り話すとユウヒに苦笑を浮かべて見せる。
「こちらとしてはありがたいんですけど、皆さんは大丈夫なんですか?」
「はい、装備も全て向こうで受け取れますから問題ないですね。あるとすれば同僚が休む暇なく飛ぶことになるくらいです。あ、気にしなくていいですよ? 人員もかなり余裕があるので、こんなに余裕のある作戦も珍しいくらいに」
ユウヒの感じた予感は、ロシア側が専門家の到着を急がせる動きを感じ取ったものであったようで、その状況の変化に心が明るくなる半面、ユウヒは自衛隊の別動隊の事が気になった。
現在ユウヒの護衛などの任務で作戦行動にある自衛隊員は二小隊で、この場に居るのは第一小隊、現在第二小隊は自衛隊の大型輸送機で隊員の装備や機材などを運んでいる。ユウヒ達の移動時間が短縮されたと言う事は、輸送任務に就いている自衛隊員の休憩時間が大きく削られると言う事で、しかし今回の任務は余裕を大きくとっているので問題ないと、第一小隊の隊長は笑う。
「ほんとだよ、俺たちの参加する作戦だといつもギリギリだからナ」
「パイさん、うざい」
男性の説明で安心したのか、いつもと変わらない気怠げな表情に戻ったユウヒ。しかしその表情も、後ろから聞こえてきた声と後頭部に感じる仄かに柔らかさを伴った衝撃を受けると、なんとも微妙なしかめっ面に変る。彼に抱き着いてきたのは、いつぞやか暗躍していたイケメン傭兵、しかしその彼の体からユウヒに伝わる柔らかさと温もりは女性のそれであった。
「うざって・・・うぅ、ひどい」
「はいはい、ウソ泣きは良いですから」
石木にバイと呼ばれ、ユウヒにパイと呼ばれた彼女は、ユウヒの辛辣な声によろめき後退ると、両手で顔を覆い傷ついた様に涙を流す。しかしその涙は偽りであるらしく、ユウヒの冷めた突っ込みを受けて指の隙間から乾いた目元覗かせると、彼女は口を窄め恨みがましい視線をユウヒに向けるのだった。
「むぅ・・・夕陽はかわいくなくなったナ、でもそんな夕陽も大好きだぞ! っとぅ!?」
まるで某宝塚の男役の様な艶やかな女性は、そのスラリとした体を伸ばして詰まらなさそうにすると、ユウヒに可愛くなくなったと呟き、しかしそんなユウヒも大好きだと言って勢いよくユウヒに飛び掛かる。
しかしその動きは魔法をこっそり使っていたユウヒに捉えられており、身体強化まで施していた彼は、抱き着かれるギリギリのところで体を捻り軽いステップで避けた。まさか直前で綺麗に避けられると思っていなかったパイは、その勢いのまま進行方向にあった柱へと突っ込んでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ頑丈なんで」
抱きしめる予定の物をなくした彼女が自らの体を抱きしめ、そのままの勢いで柱とキスをしてしまう姿に目を見開き固まっていた小隊長は、慌てて顔を押さえるパイに声をかけるも、彼女の事を良く知っているらしいユウヒは実に冷めた声で呟く。
「扱い悪いなぁ」
「べたべたとくっついてこなければ、少しだけ扱い良くなりますよ?」
ユウヒのそっけない対応に困った様に笑う男性の前で、顔を押さえていたパイはのろのろと起き上がり赤くなったおでこをさすりながら不満を漏らす。特に大きな怪我を負った様子の無い彼女に、隊長がほっと表情を緩めると、不満を漏らすパイからじりじり離れるユウヒは妥協案を提示する。
「えー温め合おうぜー? ロシアは寒いぞー?」
「恥ずかしいんで嫌です」
しかしその妥協案は彼女にとって妥協できる範囲ではないらしく、むしろさらにべたべた引っ付こうと、少し恥ずかしそうにそっぽ向くユウヒへとにじり寄り始めた。
「むふふーまだまだ夕陽はかわいいなあ! そして体捌きが! 黒鬼並みに! なってる! ・・・ゥウナッ!」
小さい頃からの付き合いであるユウヒの仕草が、昔と変わらいことに彼女はさらに興奮を覚えた様で、まるで発情しているかのように潤んだ表情を浮かべると鼻息荒くユウヒに抱き着く・・・抱き着く・・・抱き着けない。先ほどと同じようにギリギリで避けるユウヒと、残像が残りそうな切り返しで抱き着きに行くパイ。最後には目で追う事も出来ない身のこなしで勢いよく飛び掛かるも、先ほどと同じように柱に沈むバイセクシャル女傭兵。
「本気で避けてるからね(軽くとはいっても魔法込みで割と余裕がないって、ほんと傭兵団の人って人間やめてるよな・・・・・・あれ? ブーメラン?)」
「・・・」
ユウヒが心の中で盛大なブーメランを投げて眉を寄せる中、明らかに尋常の動きではない二人の攻防を見ていた自衛隊員は驚き、隊長はユウヒに関する報告を思い出し、独自に評価を上方修正する。
「まぁ、これなら安心かなぁ?」
一方、ユウヒに避けられて先ほどと同じ場所を強かに打ったパイは、より赤みを増した額に、どこから取り出したのか冷却シートを張り付けニマニマと笑い呟く。
「何がです?」
「こっちの話だヨ」
「嫌な予感」
「あはっ、さっすが姐さんの子だ! 良い勘してるネ」
ユウヒとは十数年の付き合いとなる明華の傭兵団に所属するパイフェン。
ユウヒの追及するような視線を飄々とした顔で受け止める彼女は、弟の様な存在であるユウヒの成長に頼もしさと同時に恐怖を感じていた。しかしそんな彼が自分を見る目が今も変わらず温かいものであることに、彼女は思わず性的な興奮を覚えるのだった。
その感情が遠く離れた地の明華に察知されていることも知らずに・・・。
いかがでしたでしょうか?
日本を飛び立つユウヒは、その動きを加速させていく。彼を待ち受けるドームではいったい何が起きているのか次回もお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




