第百六十八話小さな部屋の巨大ドーム対策会議 前編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『小さな部屋の巨大ドーム対策会議 前編』
協力者の女性が構築したセキュリティの穴から地球にやってきた妖精が、ユウヒの部屋の中心に置かれたローテーブルで寛ぐ中、彼女たちには理解できない会話を交わす女性とユウヒ。そんな時間も数十分で終わり、辺りには僅かなセミの鳴き声だけが聞こえていた。
「なるほど、今度は砂嵐じゃなくて魔力の津波が出るのね・・・」
「少なくともね、さらに何か起きるかもしれないけど」
セミの鳴き声が遠くから聞こえる静かな室内で、モニターの向こうの女性と見つめ合っていたユウヒは、ゆっくりと口を開くと肩を落として津波と言う言葉を呟く。どうやらアメリカのドームが引き起こす現象は、中国ドームの大爆発から続いた砂嵐ではなく、重い魔力が津波の様にあふれるらしい。
しかもそれは最低起きるであろう被害であり、さらに何か起きる可能性があると話す女性に、ユウヒは嫌そうな表情を浮かべると、
「フラグの建設確認しましたっと」
可笑しそうに笑いながらフラグの建設確認と呟きテーブルに手を伸ばす。
「ちょっとやめてよ・・・スマホ?」
ユウヒにとっては何気ない冗談であるが、ユウヒの勘の良さを知ってしまった女性にっては冗談ではない。心底嫌そうな表情を浮かべ、冗談か本心か探るように見つめる女性の目の前で、ユウヒはスマホを操作し始める。
「もしもし夕陽です。石木さん今大丈夫ですか?」
「石木? え、もしかして大臣?」
「え? そうですね良くない話? ある意味良い話? ちょっと待ってくださいね」
スマホを数度タップしたユウヒは、スマホを耳に当てるとすぐに出た相手に笑みを浮かべた。ユウヒが電話を掛けた相手は石木であり、その名を聞いた女性が困惑し始める前で話すユウヒは、石木からの問いになぜか小首を傾げながらスマホを耳から外す。
「おいおい、なんなんだ? あまり心臓に悪い話はやめてくれよ?」
「無理ですね」
耳から外したスマホを軽く突き、テーブルの上のスマホスタンドに立てたユウヒは、スマホスピーカーから聞こえてくる石木の不安そうな声に笑顔で無理と答える。
「・・・はぁ、で? 何があった?」
ユウヒの明るい声になぜか妙な間を開けてため息を垂れ流す石木は、覚悟を決めたのか幾分低い声で何があったのか問い。その問いかけにユウヒは、ちらりとモニターの向こうで固まる女性に目を向け口を開く。
「アメリカでほぼ確実に起きるドーム災害の内容が判明しました」
本当は女性に話して欲しかった様なユウヒであるが、まるで静止画の様に動きを止めた女性に頼むのは無理だと判断し、石木に用件を話し出す。
「ほんとか!」
「現在進行形で協力者と話し合ってまして、石木さんも急ぎでしょうからと」
ユウヒの話に思わず息を呑んだ石木は、急に立ち上がったのか大きな音を立てて叫ぶ。電話の向こうで誰かの驚く声や慌てる声が聞こえてくることに、思わず苦笑いを浮かべたユウヒは、現在進行形で協力者と話し合っているのだと言い、以前話した時の雰囲気から急いでいるであろう石木にすぐ電話したのだと話す。
「そりゃありがたい、なるほどスピーカーに切り替えたのか、協力者さん聞こえてるか? 俺は防衛大臣の石木だ」
心臓に悪い話は嫌だと言う言葉を拒否され不安だった石木であるが、アメリカのドーム災害判明は良いニュースであり、今もドームに関して最も詳しいであろう協力者が同席しているとわかると、明るい声で呼びかけ自己紹介を始める。
「・・・」
「いや、そんな睨まんでくれよ・・・聞こえてるから大丈夫ですよ」
一方その協力者の女性はと言うと、何か話そうとして口を開くもうまく言葉は出てこず、恨みがましい目でユウヒを睨んでいた。相当に緊張している所為か声がうまく出ない女性に睨まれるユウヒは、困ったように笑うとスマホに向かって声をかける。
「そうか、それで何が起きるいつ起きる」
「必ず起きるのは不活性魔力の津波です。被害範囲は中国みたいに広くないですが、そのかわり量と被害がひどくなるそうで、何もしなければドームを中心に100キロ? は、不活性魔力に汚染されるかと」
スマホの向こうで急かす様に話す石木に、ユウヒは女性に聞いた内容をかいつまんで話し、一部不安な場所は女性に目で確認しながら伝えていく。その頃には女性も機嫌を直しているのか諦めたのか、マグカップを口につけながらユウヒの視線に頷き答えている。
「100か・・・中国ドームがあった砂漠くらいは呑み込むってか」
「砂嵐の被害ってどうなっているんです?」
ドームを中心にした被害範囲に呟いた石木曰く、中国のドームは砂漠の真ん中にあるらしく、アメリカのドームはその砂漠を呑み込むくらいの被害範囲であるらしい。そんな中国の被害はどうなっているのか、女性からも詳しい話を聞けなかったユウヒは石木に水を向ける。
「ん? ああ、ずっと止まったままでな、不格好な楕円形に広がったせいで日本海まで来ちまったが、反対側はキルギス一歩手前、北はモンゴルを大分呑み込んでロシアまで、南はミャンマーが一部やられた」
アメリカのドームに思考が向かっていた石木は、ユウヒの質問にはっきりとしない返事を返すと、少し疲れたような雰囲気の声で現在の被害範囲を話し出す。その被害はすでに中国全土を呑み込み、隣国も多数呑み込むほど巨大になっている様だ。
「災害支援とかは?」
「それがな、どうにも砂嵐に呑み込まれた場所と連絡がとれねぇんだ。自衛隊機がインドの軍と一緒に接近を試みたが、全然たどり着けないって始末でな、途中で通信が途絶するから危険でまともに近づけない」
しかし、普通なら災害援助などで自衛隊が出動するところであるが、砂嵐に呑み込まれた場所と連絡がとれず、各国も手が出せなければ支援をお願いする事も出来ないでいる。またインドの軍と自衛隊が協力して砂嵐へ突入を試みるも、なぜか砂嵐にたどり着けず通信の途絶も起きると言う事で、調査は遅々として進んでいないと言う。
「・・・やっぱり時空間に何かしらの影響が出てるのね」
「・・・女?」
そんな石木の話にユウヒが何かを話すよりも早く、目を細めた女性が話し始め、その声に石木は不思議そうな声を漏らす。
「協力者だよ」
「協力者って女か!? いや別に悪い意味じゃなくて、てっきり男とばかり・・・よく赤狐が黙ってるな」
どうやら石木は協力者の事を男性だと思い込んでいたらしく、軽い調子で話すユウヒの言葉に大きな驚きの声を上げる。その理由は男女差別と言った理由ではなく、赤狐こと明華の性質を良く知っているが故の驚きであった。小さな妖精にでさえ過剰反応する明華である、石木が言いたい事を理解したユウヒは、思わず苦笑いを浮かべていた。
「気にしないわ。それより砂嵐に近づくのは止めなさい。最悪停止した時間に囚われて脱出できなくなるわよ」
「なに?」
石木との通話に、緊張していたことなど嘘だったかのように話し出す女性は、細められた視線をユウヒに向けながら石木に調査の中止を命令口調で勧める。だがその理由が予想もしない内容のだった為か、石木は思わず思考する暇も忘れて聞き返す。
「これも報告するつもりだったのだけど、砂嵐の分析が一向に進まなくて、どうも砂嵐の中は地球の時間から部分的に切り離されているみたいなのよ」
「まてまてまて、は? 時間停止? そんな漫画みたいな事があるのかよ」
女性が砂嵐の被害範囲に関してユウヒに伝えていなかったのは、調査が思うように進んでおらず、不正確な情報しかないからであった。その原因は砂嵐が時間に強い影響を与える性質の所為の様だが、その話に石木は頭が着いて行かないのか説明を途中で中断させる。
「前に似た事例の報告書を見たことがあるわ。あれは人為的に引き起こされたし、規模は惑星丸ごとだったけど・・・原因は大量の不活性魔力だったから」
「おいおいなってこった・・・連絡がとれないのはその所為かよ」
慌てる石木に対して女性はひどく冷静で、何かを思い出す様に口元を手で隠しながら視線を落とした女性曰く、似たような事例を知っていると話す。彼女の呟くような小さな声はしっかりとは聞こえなかったものの、石木はその雰囲気から冗談を言っていないと判断したのか困り果てた声を漏らし、スマホの向こうからは椅子の軋む音が聞こえる。
「・・・信用するのね、頭の柔らかい大臣で助かったわ」
「はは、夕陽って言う非常識にこねくり回されたからな」
普通の人間が聞けば妄言と思われそうな会話であるが、石木は女性の話を本当の事であると判断しており、その事に対して話した女性の方が驚いたように呟く。少し笑い声の混ざった女性の言葉に、石木は乾いた笑いを漏らすと、意地悪小僧の様な声色で原因はユウヒだと言う。
「失敬な」
一方、二人の声に挟まれるユウヒは、なぜか急に貶され始めたことに不服そうな声を漏らす。
「どの口が」
「同意ね」
「味方がいないだと!?」
しかしその不服申し立ては二人によって否決されてしまい、ユウヒは思わず素で驚きの声を上げるのであった。
「ふふ、調査機材が少なくて詳細は分からないけど、こんな無理やりな時間停止は長く維持できないから、そのうち揺り戻しが起きるでしょう」
「・・・どうなるんだ?」
予想外の挟撃で背中を丸めたユウヒが、自分たちの服を捲り上げて顔を拭き出している妖精たちにティッシュペーパーを渡す中、女性による砂嵐についての説明は続く。どうやら砂嵐が与える時間への影響は長続きしないようだ。
「十中八九巻き戻し、住んでいる人々は数日から数時間前の記憶しかないってとこかしら」
「いいのか悪いのか」
最終的には砂嵐の展開している場所で時間の巻き戻し現象が発生し、そこに住まう人々にとってはちょっとした浦島太郎の様な気分を味わうことになると言う。
「原因は異世界との融合による、両世界間の帳尻合わせかしら? でもその子たちはその現象に巻き込まれてないのよね・・・うぅん」
「よくわからんがアメリカもそうなるってことか?」
高級で糖分たっぷりな果物の果汁でべたべたになった妖精たちに、魔法で水を作って濡らしたティッシュペーパーを渡すユウヒは、両サイドから聞こえてくる声に耳を傾けながら、片手間で合成魔法を使い妖精達のために簡単な貫頭衣を作り渡す。
「いいえ、それは無いわね。アメリカのドームは時間的差異はないみたいだし」
着なくなった服の切れ端で作ったチェック柄の貫頭衣を受け取った二人の妖精が、急いで果汁を拭う姿を横目に、名もなき異世界から持ってきた鮮やかな糸で帯紐を作るユウヒは、アメリカで起きるであろうドーム災害の可能性を耳にして少しほっと息を吐く。
「問題は不活性魔力か・・・対策は?」
「夕陽君に頼んだわ」
「ん? ああ、無茶な要請だよまったく」
余計な被害が増えないことは良い事だと、合成魔法で帯紐を作ったユウヒは、妖精に鮮やかな色合いの帯紐を渡しながら女性の声に呆れた声を漏らす。
「夕陽が無茶だって? おいおい嘘だろ?」
「数日中に作ったことのない装置のマスプロダクションはどう考えても無茶ですよ」
「作った先からアメリカのドーム周りに設置していけば、少しは被害も抑えられるでしょ?」
今まで飄々とした調子で異常な事を成し遂げてきたユウヒが、呆れた調子で無茶だと言う事に驚いた石木は、ユウヒの言葉を聞き思わず無言になる。これまでユウヒはその思い付きと根気で高い効果の一点物を作り続け、複数作った場合も試作品の段階であった。
「何が必要だ」
それは一つの製品に集中していたからの性能であり、要件を満たす製品の安定的な大量生産とは訳が違う。女性の、やってもらわなければ困ると言った雰囲気の声に眉を寄せた石木は、率直に問いかける。
「長さ3メートル、直径60センチ以上の丸太か成型木材と調査ドームの黒い石、両方とも大量に必要かな」
「すぐに用意しよう。作る場所もな」
ここまでの会話で、ユウヒがなぜ急いで連絡してきたのか理解した石木は、ユウヒの必要とする物を聞くと、材料も場所も用意すると話す。直後スマホの向こうから慌ただしく走る音や扉の開く音、またどこかに電話しているのであろう人の声が複数聞こえてくる。
「あとは大量の魔力だが・・・そっちは何とかするよ」
「ほどほどにね」
「はは、いまさらだよね」
残る材料は燃料とも言っていいユウヒの魔力であるが、そちらはユウヒ以外にはどうしようもなく、笑いながら肩を竦めるユウヒに女性は心配するような声をかけた。やってもらわねば困ると言った口調で話した時から、終始口調とは違う申し訳なさそうな表情を浮かべていた女性に、ユウヒは特に気にした様子もなく笑って見せるのだった。
「詳しいスペックとかもうわかってるのか? てかどんな装置なんだ?」
「あふれる不活性魔力を安全に吸収する装置ですね。スペックは、まぁ作ってみないとわかんないですけど、なるべく広い範囲を吸える様に作るつもりです。と言うかそうしないと作る量がどれだけ増えるか・・・」
これからユウヒが作ることになる装置は、不活性魔力を安全に吸収し、かつ不活性魔力が高濃度になった際発生する危険な波動を封印する装置である。言うは易いが実際作ることが出来るかと言うと、魔法や魔力と言うものを知らない現代科学では不可能であろう。
「なるほど、そいつでドームを囲むと言う事か・・・。まったく頼りになりすぎるな、こりゃアメリカから表彰されるかもな? ・・・だとするとこれなら」
研究を進めれば可能になるのかもしれないが、どこにもそんな時間はないため、ユウヒも無理をする前提で話をしている。その無理を少しでも楽にするため、一基一基の効果範囲をなるべく広くして生産数を少なくすると言うのがユウヒの考えの様だ。
そんなユウヒの計画を理解した石木は、何事か考えているのか沈黙していたが、すぐに明るい声で頼りになると言い出すと、アメリカから表彰されるかもしれないとおどけた様に話す。
「うわ、めんどくさ。アーアーキコエナーイ、俺はひっそりと暮らすんだー」
表彰と言う言葉が出た瞬間に眉を寄せたユウヒは、心底めんどくさそうな声を漏らし、石木が何かつぶやくも耳を軽く押さえている所為で、その言葉は聞き取れていないようだ。
「無欲よね・・・なんで力ある人って言うのは大抵無欲なのかしら? おじいちゃんと言い総理大臣と言い夕陽くんと言い、この思考形態を調べて纏めたら面白い論文とかできそうよね」
耳を押さえるユウヒの姿と、スマホの向こうで今更無理だろと大きな声で笑う石木の声を聴いていた女性は、その姿に誰かを重ねているのか眉を寄せて困ったように呆れると、僅かに笑みを浮かべて肩を竦めながら首を横に振るのであった。
いかがでしたでしょうか?
少し長くなりそうだったので前後分けましたが、どうやら二大国の巨大ドームも動き出しそうです。そこにユウヒも関わっていくようですがどうなるのか、この先もお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




