第百六十四話 巨大ドーム跡地報告
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんでも頂けたら幸いです。
『巨大ドーム跡地報告』
不活性魔力による体調不良と、ユウヒの異常性によるダブルパンチを食らった協力者の女性は、説明数分で一旦話を止めることになっていた。
「準備はいいかしら?」
「すまんね、流石に炎天下じゃ集中できなくてな」
その理由は、ユウヒが通信を受けたのが真夏の空の下で、いかに影があったとしても僅かばかりの影ではユウヒを熱く湿った空気から守ることは出来なかったのだ。集中して話をするためには環境を変える必要があり、また適度な水分補給も必要と言うことで、準備時間としてすでに三十分ほどが経過していた。
知らぬ街と言う事もあり周囲をフラフラ歩き回ったユウヒは、少し大きめな公園のベンチに腰掛け、手には買ったばかりで冷たいスポーツドリンクを下げている。
「それで公園なのね、私もお風呂でさっぱりしてきたし気にしないでいいわ。まだ髪を乾かしてないからごそごそ煩いかもしれないけど我慢してね」
「・・・・・・まぁいいや、それで? 中国のドームって何が起きてんだ?」
そんなユウヒに対して女性の方はシャワーを浴びてすっきりしたらしく、ディスプレイは未だsound onlyの文字が躍っているが、その向こうからはタオルで頭を拭く音や、明らかに柔らかい布ずれの音が聞こえユウヒの妄想を掻き立てさせる。しかし、向こうにはユウヒの顔が映っていると聞いた彼は、脳内の煩悩をとりあえず脇に置くと、余計な事を考えない様に話を進め始めた。
「・・・? ・・・うん、順に説明していくわね。先ず中国にあった巨大ドームは無くなったわ」
「ふむ、と言う事はドームの除去には成功したと言えるのか?」
ユウヒの表情に違和感を感じて小首を傾げた女性は、目の前の大きなディスプレイをきょろきょろ見回すと、もう一度小首を傾げながら話を始める。
どうやら中国のドームは爆発こそしたが本来の目的であるドームの除去には成功している様で、そのことにユウヒは感心した様に目を見開く。
「これだけの被害出してまでやることかどうか分からないけど、ドーム自体は消せているわね。ただ、ドームがあった場所に問題が出たわ」
確かに未知の存在であるドームを除去出来たことは素晴らしい成果と言えるだろう。しかしその対価が現在中国全土を覆う毒の砂嵐とあっては、割に合うかどうかの話ではなく、被害を受けている周辺国家にとってはいい迷惑である。そんな実態に苦笑いを浮かべた女性は、ユウヒの見解を肯定しながらも同時に別の問題も出てきたと話す。
「問題とな」
「今拡散している砂嵐はその問題発生に伴う地球側の災害で、大本となる次元災害は別にあるし今も起きている途中ね」
その問題とは、現在目に見えて被害を起こしている砂嵐ではなく、ドーム跡地で起こっていると言う。どうやら問題の中心はドーム跡地で起こっている事態であり、砂嵐はその余波でしかないようだ。
「・・・次元災害?」
その大本となっているものは次元災害と言うらしく、その聞きなれない単語に首を傾げたユウヒは、頭の中で様々な妄想を浮かべるがどれも恐ろしい妄想となってしまい思わず頭の中から振り払う。
「ドームは元々別の世界と接触している場所ってのは話したと思うけど、そのドームがゲートすら発生させずに消失したって事は、突然繋がりが一切合切消えたってことなの」
「ふむ、いいのでは?」
ドームとは、別の世界と地球側が接触している場所である。本来なら接触したとしても多少違和感があるだけでドームの様なものは現れない。だが接触している異世界側の脆弱性や世界間の差異によっては、互いに悪影響を及ぼし、今回の様な現象へと繋がると話す女性。
中国で起きた爆発は、世界間にあったすべての繋がりが突然切り離されたことによって起きたのだった。そんな話に、爆発を別にするならば、本来の計画的には悪い話の様には感じない為、どこか他人事の様な表情を浮かべているユウヒは、不思議そうに小首を傾げる。
「それが手順を踏んで切り離したのならね、あのドームっていうのはこちらとあちらが混ざり合った場所で、その矛盾を成立させるために無理やり作り出された空間と考えていいわ。詳しく話すと―――」
「ほう・・・」
小首を傾げるユウヒに、女性は唸るように話す。
実はドームと呼ばれる黒い半球状の物体は、異世界との接触による悪影響がそのまま形になったものではなく、悪影響が拡大して世界に致命的なダメージを与えない様に、何らかの防御反応が形になった物であった。
「そのドームを強引に切り離せば何が起きるか、私にも分からない。それは何も解らないと言う意味ではなく、可能性が多すぎて特定できないって意味ね」
ドームと言う存在の解析も進み、彼女の中である程度の仮説は出来上がっていそうであるが、それだけ解っていても無理やりドームを切り離した際に起きる現象は予想できないと言う。それは想定できないと言った話ではなく、接触している世界の性質が多岐にわたる為、逆に何が起きてもおかしくなく、起きる現象の特定が出来ないと言った理由からである。
「なるほど? それで今回はどうなったの?」
それほど変わらないような話に首を傾げるユウヒは、女性の話す声からその二つには大きな違いがあるのだろうと察し、今回中国で起きた現象はどう言ったものであるのか問いかけた。あらかじめ特定ができないと言う事は、起きた後ならそれがどの現象なのかは分かると言う事である。
「・・・異世界の一部と地球の一部が融合したわ。融合と言っても、異世界側の一部が地球側に取り残されたって感じかしら」
実際に、ユウヒの問いかけに対して女性は疲れこそ感じる声だが、何が起きているのかは淀みなく答えていく。
中国のドームを爆発させるに至った原因は、異世界の一部が地球側に取り残されたことによるものであるらしく、異世界と地球が混ざり合う空間であるドームが破れたことで、一つの空間に二つ存在した世界が片方の世界に押し出されたと言う事であった。
「・・・・・・規模は?」
「何か勘づいてる? 今も次元の穴から迫り出してるところ、とんでもなく巨大よ? 登山愛好家が喜びそうな山がいくつか出来るかも」
女性の流れるような説明に、ユウヒは何か思い当たる部分でもあったのか面妖な表情で眉を寄せる。そんなユウヒの表情を見た女性は、彼が今回の現象についていつもの勘で何かしらの異常を感じ取っているのではないかと目を細めながら、今も次元の穴とやらから巨大な山がせり出していると話す。
「・・・山脈かな?」
「ぐちゃぐちゃでしょうけどね」
登山愛好家が喜ぶと言う言葉に、ユウヒは異世界の山脈でも表れているのかと嫌そうな顔で首を傾げるが、出てきている巨大な物体はだいぶその姿を変容させながら現れている様だ。
「・・・もしかして山だけじゃなくてその他付属品も付いてくるのか?」
「やっぱり、日本にも影響出てるのね。何を見たの? 当然山の生態系は大半がそのままついてくるはずよ? ドーム破壊の影響は地球側にだけ及ぶから」
女性自身、何がどう言う風に出てきているかまではまだ正確に把握していないが、今後どういった影響が地球に及ぶかはある程度想定しており、ユウヒの問いかけに引っ掛かる部分を感じた彼女は、苦笑いを浮かべ周囲を気にするユウヒの姿を見て、すでに日本も何らかの影響下にあることを理解する。
「左目で見た世界が賑やかなんだよ」
彼女には把握できず、ユウヒに見えるものの一つに魔力がある。測定機器を使うことで魔力を数値として把握出来る女性であるが、ユウヒの様に直接魔力や魔力由来の存在を見ることは出来ない。その為、苦笑をもらしながら話すユウヒの言葉に慌てた女性は、スリープ状態の調査用のモニターを手繰り寄せ素早く操作し始める。
「ちょっとまって・・・活性魔力がこんなに? 嘘でしょ、いくら世界が融合したからって突然こんなに増えないわよ」
「普通じゃないってことか?」
机の上からいろいろ落ちる音と、マウスのクリック音が入り混じる通信機を見詰めるユウヒの耳に、引き攣った女性の声が聞こえてきた。どうやらユウヒが見ている光景は、異常事態の中でも特におかしなことであるらしく、世界の融合だけで起きるとは考えられないようだ。
「詳しく調べないと分からないけど、影響が多岐に渡っている可能性があるわ・・・はぁ」
それは今回の中国ドームの爆発が、現在把握出来ているもの以外にも何かを引き起こしていると言う事である。流石に詳しく調べるには時間が足りないらしく、女性は手を止めるとため息を洩らし椅子に背中を預けた。
「残り二個の巨大ドームも同じような感じになるのか?」
「言ったでしょ? 可能性が多すぎるって、まぁ中国のドームが足りないデータを補ってくれるから、少し想定しやすいかな」
椅子の軋む高い音が聞こえてくる通信機を見ながら小首を傾げるユウヒに、女性は気怠い声で返すと、何が起きるか分からないものの、今回の中国ドームの爆発が、他二つの巨大ドームの動向把握に役立つと話す。
「じゃ、融合はこれだけで済むかも?」
奇しくも当初アメリカが想定した通り実験台としての役割を担うことになった中国、しかしすでに事は後戻りできない場所まで来ており、何かが起こることは確定していた。そんな二つの巨大ドームで起きる災害はいったい何なのか、ユウヒは僅かに前のめりになりながら通信機に声をかける。
「逆ね、全部融合で確定だけど、出現の仕方が違うだけ」
僅かに期待を伴ったユウヒの問いかけに、椅子にもたれかかったままの女性は鼻息を洩らすと、若干の申し訳なさを滲ませながらユウヒの期待を否定した。
「oh・・・」
「悪いんだけど、私も本調子じゃないから夕陽君の方でも調べられる部分は調べてもらえるかな? 残りも同じならまた寝込む事になるかもしれないし」
淡い期待を完全否定されたユウヒが思わず頭を抱える姿に、少し口元を緩めた女性は、体を椅子から起こして少し話しづらそうに呟く。現在彼女は、不活性魔力の影響による気絶から目覚めたばかりであり、調子を戻すためには時間が必要である。そのため、ユウヒの方で調査できる範囲については任せたいと話す。
「了解、俺も確認しないといけない事があるからな・・・そうだ、砂嵐が停止している理由ってわかる?」
「あぁそれわね」
通信機の向こうから聞こえる弱弱しい声に微笑みを浮かべたユウヒは、快く引き受けると通信機から視線を逸らし小さく呟く、どうやら彼女にはまだ話していない部分で気になることがあるユウヒは、聞き取れない程度の声で呟くと、思い出した様に大きな声を上げてニュースで報道されていて気になっていたことについて問いかける。
ユウヒの問いかけにまるで先生の様な雰囲気を出して話す女性に、ユウヒが頷き聞き入ってから小一時間後、ユウヒは騒がしい喫茶店の中に居た。
「なるほどわからん」
「えー・・・」
アイスコーヒーに刺したストローを弄るユウヒは、耳に当てたスマホから聞こえてくる石木の返答に不満の籠った声を漏らす。
「なんで砂嵐が元の位置に戻るんだよ物理働け」
「人の知っている物理現象って思ったほど多くないらしいですよ?」
巨大ドームの爆発後に出現した砂嵐が、一定範囲まで広がったあと拡大を停止した理由を、ユウヒから教えてもらった石木であったが、そのあまりに非現実的な説明は彼の理解の範疇を超えた様だ。
実際は説明しているユウヒも半分くらいしか理解できていないようだが、かなり特殊な条件で砂嵐が元の場所に戻っているらしく、言外にそこまで気にしなくても結果だけ知っていればいいのではと話すユウヒ。
「言わんとすることは解る。が、次元融合とか矛盾整理現象とか言われてもわからん」
ユウヒの言い分は理解できるが、その説明の中で出てきた単語に頭を抱えているらしい石木は、スマホの向こうでため息を吐く。
「空いたリソース使ってそれらの反応を速めてくれるそうなんで、数日で落ち着くそうですよ? あと中国も結構無事らしいです。あの砂嵐、ドーム周辺以外はある程度上空を広がっているみたいなんで」
「それもわかんねぇが、まぁわかった。ロシアとアメリカのドームがどうなるか分かったらまた教えてくれ」
また砂嵐の被害は石木達が考えているほど酷くはないようで、その理由は砂嵐が雲の様に広がっているための様だ。これらの現象には原理がいろいろあるようであるが、それもこれも別次元の法則などが複雑に作用しあっており、現代の人間には理解の外である。それ故これ以上考えることに疲れた石木は、考えることを放棄したらしく、結論だけを求める様にユウヒに問いかけた。
「判明するより次元融合の方が早いかもだそうです」
「両国からせっつかれてんだよ、少しでも何かわからんか?」
中国でおきた爆発とその後の災害、それは今も縮小を続けるロシアやアメリカのドームでも起きると聞いた石木は、いろいろと事情があるのか、事が起きる前に結果を知りたい様だ。
「あれ? 協力断られたんじゃないんですか?」
だが、その事情を知らないユウヒは、以前協力の打診を行った際に断られたと言う話を思い出すと、不思議そうな声で問い返す。
経済の低迷は日本が原因とした発言を繰り返す中国の影響による中国、ロシアなど各国との関係悪化。また強いアメリカを取り戻すと言う意思の元、日本の協力を受け入れなかったアメリカの話は、日本国民なら誰でも知っている話である。その両国からせっつかれていると言う話は、今の日本人ならユウヒじゃなくても首を傾げるだろう。
「砂嵐発生の後すぐに電話会談があってな、その場で協力することが決められた。最悪、夕陽にも手伝ってもらうかもしれん」
「それは、また・・・」
それを、何がどう転んだのか、たった一回の電話会談だけで両国共に協力することが決まり、今はその準備のために日本政府は大忙しだと言う。最悪、日本政府にとって諸刃の剣と言っていい最終兵器である夕陽まで出向く必要があるかもしれないと話す石木。
「俺も命が大事だからなるべく頑張るが・・・」
彼の発言に思わず言葉を詰まらせたユウヒに、石木は彼が何を言いたいのか察すると、自分も命が大事だからと、ユウヒが出向く可能性を出来る限り潰すと話す。
「まぁ仕方ないですね。その時は出来るだけ協力しますよ」
「助かる。・・・報酬は期待してくれ」
スマホの向こうから聞こえてくる唸るような声に肩を竦めたユウヒは、実際に仕事が入った際はどう明華に言い訳しようか考えながら了承し、ユウヒの了承に感謝の言葉を返した石木は、ほっとした声で報酬は期待していいと話すのであった。
「今のとこ、お金は困ってないですね?」
「ジェニ公か・・・まぁ、何か考えとく」
しかし、現在ユウヒはじぇにふぁーからの報酬や、自衛隊のお手伝いなどの報酬もあり、それほど金銭的な不足は感じておらず。むしろ短期間で見ると失業前より稼いでることに、何とも言えない表情を浮かべ、汗を掻いたアイスコーヒーのグラスを手に持ち、最近流行りのペーパーストローに口を付ける。
騒がしい喫茶店の窓辺で、陽炎の揺らめく外を見ながら今日の晩御飯の事を考えるユウヒは、今後の日本にとってターニングポイント、その一つに成りえる話を石木とダラダラ話し合うのであった。
いかがでしたでしょうか?
協力者の女性が目覚め、謎に包まれていた中国の状況が少しずつ判明してきたようです。同時に石木の胃痛と頭痛を促進しているようですが、たぶんこれからさらに促進されるでしょうからお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




