第百六十二話 嵐の中で蠢く影
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『嵐の中で蠢く影』
天野家のリビングで悲痛な男の声が上がり、ユウヒが石木に一通りの説明を終えた小一時間後、ここは母の許可を得て外泊した流華が泊まるパン屋さんの三階。
「おにいちゃん・・・」
「どしたの?」
住宅と仕事場を兼ねたビルの広いリビングでは、スマホに視線を落とした流華がパジャマ姿で遠い目をしていた。デザイン重視で背もたれの無い椅子に背中を丸め座る彼女の雰囲気に、目敏く気が付いたミカンは近寄るとその柔らかい頬を指先で突き声をかけている。
「むーすごいな・・・こんな天気図見たことないぞ」
ミカンに頬を突かれた流華が驚いている一方、ソファー組はテレビに映し出された異常な天気図と、日本海周辺にだけ振り続ける雨の映像に見入っていた。
「ネットでは神の加護で日本が守られているとか、日本が自分だけ助かる為に気象兵器を使ったとか出てますね」
唸るように喉を鳴らし大きなテレビを注視するパフェの隣では、スマホから仕入れた話を可笑しそうに笑い話すメロン。彼女はそこに書かれていた話を信じているのかいないのか、目を輝かせるパフェに微笑む。
「キルギス辺りとかモンゴルにロシアじゃ、アメリカ経由で日本に短期移住を計画する人が増えてるらしいわ」
「その話はお母さまから来てる、株価が爆上がりで笑いが止まらないそうだ」
また、勢い良く迫ってくる謎の砂嵐を恐れた人々は、砂嵐までまだ距離があるにも関わらず、雨で砂嵐を防いでいる日本に避難し始めているようだ。このことにより様々な経済効果が生まれ、赤枝グループは特需に沸いていると言う。
「・・・我がパン屋さんの金庫はいくらでも空いてるわ」
「いや、私のお小遣いが増えるわけではないのだが・・・」
母親と話した時の事を思い出しているのか、どこかあきれた表情を浮かべるパフェは、突然後ろから伸びてきた手に両肩を掴まれ、驚きで肩を跳ねさせる。その手はパン屋だったようで、気配を感じさせずパフェの肩を掴んだ彼女の目は、キラキラと光っており、上から見下ろしてくる彼女の視線を見上げたパフェは、困ったように目を細めると半笑いでそう漏らす。
「嘘おっしゃい女社長、日本に撤退したあんたの会社の株、上がってるわよ?」
「いやいや、本当にそんな変わらないからな!? パン屋目を覚ませ! そんなに見たって私のお小遣いは変わらないぞ!?」
パフェの困り顔に彼女の肩を掴む手の力を緩めたパン屋、しかし人の悪い笑みを浮かべながらスマホを弄るリンゴの言葉に、パフェは再度がっしりと肩を掴まれ慌てたように弁明する。
どこか不安を感じる色の目で見降ろされるパフェは、パン屋にいろいろと言っている様だが、その言葉はうまく彼女の耳に届かないようだ。
「ねーねールカちゃんってばー」
「どうした?」
微笑ましそうに笑うメロンとリンゴが見つめる先で、パン屋とパフェが姦しく騒ぐ中、流華に構っていたミカンは、どこか心配そうに彼女の名前を呼びながら、スマホを読み進めて動きを止めた流華の細い肩を揺すっている。
「ルカちゃんがスマホ見たまま固まっちゃって・・・」
「「「「ん?」」」」
不安げな表情で振り返るミカンの言葉に、姦しかったパフェ達は目を小さく見開くと、未だ固まる流華に目を向け、その視線に気が付いた流華はゆっくりと振り返った。
「その・・・雨なんですけど」
四対の視線の集中に振り返った流華は、そろそろとした頼りない声で話し出し、その内容はテレビでも話されている広範囲で動かない雨についての様だ。
「ああ、すごいよな! 日本はこんなに晴れてるのに、と言うか少しくらい雨降ってくれと言う」
「そうね、発酵管理が面倒だから暑いのは嫌だわ」
流華の話し出しに目の輝きを取り戻したパフェは、ニコニコとした笑みで話し始め、しかし晴天が続く灼熱の東京には飽きたとばかり不満を漏らす。またパン屋も雨が降ってほしい派の様で、その理由は彼女の本職であるパンに関する理由の様だ。
「私はジメジメよりいいかなぁ? 晴れてる方が楽しいし!」
「ふふふ、ミカンちゃんらしいわね」
一方、ミカンはジメジメとした空気が苦手なようで、晴れている分には構わないと向日葵の様に笑い、彼女の笑みにメロンはクスクスと笑い声を洩らす。
「その、お兄ちゃんが原因だそうです」
「原因?」
楽し気な笑みが溢れる一方で流華の表情は優れず、何やら言い辛そうに話す流華曰く、現在振り続ける雨は兄であるユウヒに原因があると話し、その言葉に周囲は一斉に首を傾げ、パフェはよくわからないと言った雰囲気の声で呟く。
「その、日本海全体で雨が降ってるの、お兄ちゃんが神様に直接雨乞いしたとかで・・・」
『・・・? ・・・・・・うん』
「あ、その・・・いえ。そういうメールが母から来て、信じられないですよね・・・」
どうやら天野家で起こった騒動の一部始終が、明華の手によって面白おかしいメールとなって送られてきたようだ。簡単に纏めて話した流華を見詰めていた五人は、それぞれに何とも言えない表情を浮かべると同じタイミングで頷き、彼女たちからの生温かな視線に戸惑った流華は慌てて今の話を否定する。
「ユウヒなら仕方ないな」
「ユウヒ君だものねぇ」
しかし、予想に反して帰ってきたのは肯定の言葉で、顔を見合わせたパフェとメロンは頷き合い、リンゴは無言で何やら考え込む。
「流石私の夫・・・ふひ」
「雨に出来るって事は晴れにも出来るよね? やっぱり家にお婿に来てもらわないと! きゃっ、言っちゃった!」
またパン屋はユウヒの行動を称賛すると自分の言葉に頬を赤く染め、ミカンはあっけらかんとした声で話始めると、両頬を手で押さえながら照れたように体を揺らす。
「え? あの・・・信じるんですか?」
まったく同じタイミングで発言したパン屋とミカンが無言で見つめ合い、自然と手四つの態勢に移る中、流華はキョトンとした表情で首を傾げる。
「まぁな!」
「ユウヒ君ならやってくれそうだもの」
流華の問いに肩を竦めるリンゴと何故か嬉しそうに胸を張り揺らすパフェ、目を見開き見詰めてくる流華に頷いて見せたメロンもまた、今の話を信じている様だ。それほどユウヒと言う存在は彼女たちにとって規格外であり、そのくらいやってのけそうな人物であるようだ。
「えぇ・・・」
その背景には、異世界と言う実体験に基づくものもあるのであろうが、全面的に信じる三人に思わず信じられないと言った声を漏らす流華は、手四つからそのまま無言のキャットファイトに移行したパン屋とミカンに目を向け、兄の将来に不安を感じるのであった。
流華が兄の将来を心配しながら、自分の将来設計を見直している頃、日本政府内で中国のドーム爆発に対応する人々が集まる部屋では、石木が複数の人々に囲まれながら険し表情を浮かべている。
「それがスズランからの最新の映像です」
「・・・砂煙は濃いままだが、何だこの黒い影」
石木の目の前には複数の衛星写真が並べられており、その大半が中国の巨大ドームがあった場所を様々な角度から撮ったもののようだ。その場所は濃い砂嵐により、本来見えるはずの美しい砂山が見えず、代わりに写真中央に謎の黒い影が広がっていた。
「調査の結果、黒い影は次第に大きくなっている様です」
「蠢く影か・・・ユウヒに聞いても解らんだろうな」
その影は時間を追うごとに歪に大きく広がっており、現在は直径が20㎞ほどまで広がっている。一定時間ごとに撮られた写真を連続してみると、黒い影は蠢く様に広がっており、パラパラと写真を捲り確認する石木は、つい頼りたくなるユウヒでも分からないだろうなと肩を竦めた。
「中国とは依然連絡が取れませんし、国外脱出した韓国政府からは自分たちのところにも雨を振らせろと無理難題が来てるそうで」
「あぁ、外務省も言われたってさ・・・無理言うなよな」
若干の疲れが滲みだす石木に、報告を続ける男性は追い打ちをかける様に面倒な話を続ける。瞬く間に拡大した砂嵐に呑み込まれた中国とはすぐに連絡がとれなくなり、その後も継続して連絡を試みるも未だ不通、韓国政府は即座に政府要人と一部軍が国外脱出しており、同盟国に身を寄せているようだ。
「無理なんですか?」
「そらそうだろ、いくら規格外だからとなんでもできるわけじゃなし、今回のこの雨も、神の気紛れに近いってさ」
さらには隣国にも関わらず被害の全くない日本に対して、一方的な要求を突き付けており、その無理難題に石木は呆れかえっていた。実情を知らないからしょうがないと思う反面、雨を使った防塵フィルターなど、少し考えれば人類に可能な手段ではない。しかし、諸外国は日本なら出来るのでは? と言う謎の期待を寄せているのも事実であった。
実際にユウヒの所為で助かっているのだから、日本が行ったとも言えなくもないだろうが、それも彼が意図したものと言うよりは頼まされた、いや押し付けられたものである。完全に外野である日本政府にどうこうできる問題ではない。
「気紛れですか?」
詳しい話をユウヒから聞いているのは石木だけであり、その何とも珍妙な話は彼によって整理された上で一部に開示されている。
「リアル神様は本当にとんでもないらしくてな、匙加減一つで雨降らせて海洋生物全滅させることも出来るんだと」
「それは・・・怖いですね」
ちょっとした匙加減で海洋生物が絶滅するなどの零れ話も聞いていた石木の言葉に、彼の真剣な表情から冗談じゃないと理解した周囲は息を呑み、報告を続けていた男性は神妙な声を漏らす。
「んだよ、よくもまぁそんなもんと交渉する気になるぜ」
男性の声に呆れたように頷いた石木は、恐れを知らないとしか思えないユウヒの行動に顔を顰める。まるで、ダイナマイトの山の上でタバコでもふかす様なイメージをユウヒの行動に抱いた石木は、思わず背筋を震わせた。
「大丈夫でしょうか?」
「・・・・・・仲良くしていくしかないだろ、悪い奴じゃないんだ」
そう言った不安を抱く者は多いようで、周囲の人々は大半が不安そうな顔であり、石木も同様であるが、友好関係を維持する以外に答えはないであろうと肩を竦める。
「そうですね」
「「・・・」」
悪い奴ではないと言う言葉が誰を指すのか、書類とのにらめっこを再開した石木の周囲では、希望や不安など様々な表情が浮かべられているのであった。
一方その頃、日も上がらぬ時間のアメリカ某所では、
「・・・なるほど、それで? 我々に被害は?」
国の長である大統領を中心に要人たちが大きなテーブル並び、映像が映し出されていたモニターから視線を外すと様々な表情を浮かべ体から力を抜いている。どうやらモニターに残された映像を見るに、中国で起きた巨大ドーム爆発の報告会がなされていたようだ。
誰もが無言の中、起立して報告を行っていた軍の関係者に視線を動かしたアメリカ大統領は、小ぶりな目を細めながら中国で起きたドーム災害が及ぼす、アメリカへの直接的な被害について問いかける。
「日本海に発生した大雨に遮られている間は安全かと」
現在アメリカは、中国のドームから遠く離れているため大きな被害を被ることはないとして、市民も楽観的に状況を受け止めていた。しかし、中国で発生した黄砂がアメリカにまで到達することはよくあることで、また最近では大量に到達することもあって、今回の異常な砂嵐はこれまでにない事態を引き起こしかねないと政府は警戒している様だ。
「ふむ、気象操作兵器か・・・」
しかし、その黄砂も日本海上空を埋め尽くす異常に濃い雨雲と雨によって遮られており、そのことに関する説明も一通り受けていた一同は、それこそ様々な表情を浮かべ唸る。部屋全体に溢れる唸り声に、大統領も小さく鼻息を洩らすと、諜報員による日本の新兵器の可能性と言う話を半分以上信じているのか、難しい表情で気象操作兵器と言う言葉を呟く。
「我々のドームも可能性が高いとのことですが・・・」
「日本にその気象兵器の使用を打診できないか?」
何故アメリカが日本の気象兵器使用の噂を信じるのか、それは彼らもまた気象操作兵器を本気で開発しており、同時に日本の変態的とも言える技術力を知っているからである。過去の様々な経験から、日本の変態科学者が本気を出せば不可能ではないと考える者が多い国であるアメリカの代表は、割と本気でその架空の兵器を欲している様だ。
「それが、そんなものは存在しないの一点張りで」
「だろうな・・・こんな規模で天候を操れる兵器だ、外に出せるとも思えん・・・だが」
アメリカで実用化出来ているらしい気象操作兵器は、すべて破壊的な効果に軸を置いており、日本の様に雨の壁を器用に作ることなど出来ない。それ故日本の気象操作兵器を欲している様だが、そんな物あるわけない日本の答えは決まっており、しかしその返答を複雑に捕らえた大統領は、モニターに繰り返し映し出される衛星からの日本海上空映像を睨む。
「はい、現在避難範囲を拡大していますが、いざ事態が進めば意味があるか・・・」
現在、中国の状況を受け急ピッチでドームのある州からの避難作戦が続けられており、しかしその避難がどこまで効果があるかわからず、アメリカ政府内では先の見えぬ焦りが蔓延している。その状況を脱するには、明らかに世界で最もドームに関する理解が進んでいる日本に協力を仰ぐほかない。
「避難もそうだが、このままでは経済が崩壊してしまう。日本にドーム対策で協力を仰ぐしかないか・・・やはり侮れん国だ。今回は口車に振り回されたな」
「は?」
アメリカ政府は、最近まで日本への経済的圧力を増していた手前、交渉はうまくいかないと考えており、しかしそれを呑み込んででも手を打たなければ、すでに経済どころの話ではない。何がアメリカにこのような失策を行わせたのか、その場に居合わせた国を支える要人たちは、どこで選択ミスを行ってしまったのかと表情を歪めていた。
そんな彼らを見渡した大統領は、苦虫を噛み潰したような顔で呟くと顔を上げ、小首を傾げる隣の男性に首を振る。
「いや、こちらの話だ(連絡もつかなくなって足取りも掴めない・・・何者だったのだ)」
どうやらアメリカの選択の裏には何者かの影があったようで、しかしその影はいつの間にか消えており、連絡することすら出来なく無くなってしまっていた。なぜそのような不審な人物の甘言に乗ってしまったのか自分でも理解できない大統領は、表情を引き締めるとこれからの事に思考を移していく。
アメリカが報告会を行っているのであれば、中国により近いロシアでも今回の件について会議がなされているのは当然で、すでに一通りの調査も会議も終えていたロシアは、国内にまで侵入してきていた砂嵐に対し迅速な対応を行っていた。
「以上が被害報告になります!」
「そうか、わかった下がっていい」
しかし、その被害は考えられていたものよりずっと少なく、一通り話を聞き終えたロシア大統領は気難し気だが安心した様な表情で報告者の退室を促す。
「はっ! 失礼します!」
「ここまで被害を少なく出来るとはな・・・くそ、また女狐に借りが出来た」
それもこれも全て、事態が動き出す前から軍を総動員して避難作戦を行っていたからである。その陰には赤い狐が一匹暗躍していたようで、その助けの大きさに安堵の声を漏らす反面、借りの大きさに眉をしかめるロシア大統領。どうやら彼はとある傭兵団とは浅からぬ関係があるようだ。
「・・・」
「ふぅ・・・・日本にドーム対策の支援を打診する。」
「良いのですか?」
無言で大統領を見詰める女性の秘書官が一人残る前で、悔し気だが微妙に呆れが感じられる表情を浮かべていた彼は、気持ちを落ち着ける様に息を吐くと、日本への支援要請を決定する。本来、日本との関係性を故意に深めてこなかった過去があるロシアであるが、今回のような事態にあり、その事態に完璧と言って良い対応を見せる日本と手を取り合わないのはどう考えても悪手である。
「仕方あるまい、元より日本との関係回復は必要だったのだからな」
また、最近では経済関係で協力していくためにも日本との関係改善を行う方向性であったロシア政府は、今回の事態を継起に関係改善と協力体制を拡充するつもりのようだ。
「しかし・・・」
「島の一つや二つ構わん、どうせあれは我々にとって枷でしかない。アメリカが出てくる前に急ぎ話を進めろ」
「はい!」
しかしそのためには、かねてより日本が要求していた島の返還に応じる必要が出てくることは明らかであり、難色を示す様に眉を顰める女性秘書に、大統領はどうでもいいと言いたそうな表情で吐き捨てる。どうやら彼にとって島など取るに足らないことであるらしく、交渉を優位に進めるためにも、厄介な相手が横槍を入れる前に事を終わらせるつもりのようだ。
「・・・・・・はぁ」
彼の指示に切れのある声で返事を返した女性秘書が、ヒールの僅かな足音を残し退出すると、大統領はしばらく無言だったかと思うと急にだらしなく椅子の背もたれに背中を預け深いため息漏らす。
「滅亡か再生か・・・極端すぎるぞ赤狐」
ジトっとした目で天井を見上げていた彼は、懐からパスケースの様なものを取り出すと、その中に入れられた写真を睨んで恨み節を漏らした。そこには複数の男女が仲良さげに肩を組み合っており、その男女の中には若き日のロシア大統領の姿のほかに、ある日系の男女の姿もある。
黒と赤の男女を懐かし気に見詰めた彼は、小さく失笑を洩らすと、疲れた体と頭を休めるために静かに目を閉じるのであった。
いかがでしたでしょうか?
ドームと言う存在が各地で様々な影響を起こし、巨大ドーム爆発により混乱は加速していく。世界中が砂嵐に恐怖し、怪しい影まで蠢くドーム跡地、この状況にユウヒはどう関わっていくことになるのか、どうぞおたのしみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




