第百六十一話 降り注ぐ対価と代償
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。皆様に楽しい一時を過ごしていただければ幸いです。
『降り注ぐ対価と代償』
男神と女神に絡まれたユウヒは、さすがにその後は何もなく家に帰りつき、妙にべたべたしてくる明華をあしらってお風呂で汗を流すと、ちょうどいいタイミングで用意されていた夕食のカレーに舌鼓を打っていた。
「ほーん、なるほどそう言う事があったのか、だからハニーはあんなに荒れてたのか」
週に一回は食べていた母のカレーライスに、少しほっこりしながら今日あった出来事の一部を話すユウヒに、カレーライスの上に載ったらっきょう漬けをスプーンで掬った勇治は、納得したように頷くとらっきょう漬けを頬張り音を立てて咀嚼する。
「・・・落ち着き払ってないで助けてくんない?」
どこかどうでもよさそうに、それでいてユウヒの方をしっかり見ないようにしながら話す勇治に、ユウヒは右手だけで器用にカレーと福神漬けを掬い食べながら、父親に対してじっとりとした視線を向け呟く。
「お前は俺に死ねと?」
「本望だろ?」
スプーンを持った手とは反対の手、と言うより腕全体に力を込めながらジト目を向けてくるユウヒに、対面に座る勇治は視線を少し右に寄せ、そこでとある光景を目にすると真面目な顔でユウヒに問いかけ、問いかけられた息子は冷たい目で不思議そうに首を傾げる。
「息子が冷たい・・・」
言外に死ねと言っているとしか思えないユウヒに、勇治がさめざめとした泣きまねを見せると、その瞬間ユウヒの左腕が解放された。しかし解放された瞬間大きな声で明華が叫ぶ。
「そうよ! 冷たすぎよ! もっと暖かく母の抱擁を受け止めなさい!」
「・・・その窄めた唇を近づけなきゃな!」
おでこを人の手形に赤くした明華は、勇治のつぶやきに同意すると自らの体を抱きしめ体を揺らし、揺らしていたかと思うと急に大きく両手を広げユウヒに飛び掛かる。その動きは、予想していたユウヒによって阻害され、窄めた唇をユウヒに向ける明華の赤くなったおでこは、ユウヒの手にすっぽりぴったり包まれてしまう。
「母子なんだから、ちょっとディープなのくらいいいじゃ痛い痛い痛い!?」
ユウヒに抱き着きあわよくばその唇を奪おうと画策した明華であるが、その計画は特定の方向性に鋭敏化したユウヒの勘によって妨げられ、そのおでこを鷲掴みにされていたのである。さらに不穏な事を呟こうとする明華に無言で目を向けたユウヒは、彼女のおでこを掴む手にじわじわと力を込めていく。
「俺、これまでの人生で学んだんだ。母さんに1許すと100まで求めて来るって」
「至言だな」
ユウヒの手による締め付けに、さすがの明華もダウンしたらしく、ダイニングの床にどこかのやられた格闘家の如く倒れ伏す。しかしその呼吸音が妙に艶っぽいことに気が付いたユウヒは、呆れた表情で母親を見下ろすと、みそ汁の器を手に取り息を吹きかけながら遠い目で呟き、その呟きに勇治はしみじみと頷き同意する。
お互いにみそ汁を一口飲み、静かに見つめ合うユウヒと勇治。二人の間で言葉にする必要のない会話がなされていると、よろよろと立ち上がり桃色に染まった襟元を正した明華はぷっくりと頬を膨らませ、
「ぶーぶー! ちょっとチューくらいいいじゃない、あわよくば三人目とか考えてもいいじゃない!」
「「よかないわ!」」
握った両手を上下に振りながらまたも母親とは思えない不穏な発言を繰り返し、夫と息子からまったく同じ突込みを受けるのであった。
「むー」
「ほら、ハニーこっちおいで」
二人の突込みを受け動きを止めた明華は、唸り声をあげてむくれ始め、その姿に目じりを緩めた勇治は彼女を手招きする。勇治の声に振り返った明華は、無言で歩いていくとそのまま抱き着き、抱き着かれた勇治は困ったようにその頭を撫でるのであった。
「・・・」
「はぁ。・・・それじゃ俺もう寝るわ」
頭を撫でられながら頭を捩った明華は、片眼だけでじっとユウヒを見詰めたかと思うと、その顔を勇治の首筋に隠し、そのままぐりぐりとまるでマーキングでもするかのように勇治に押し付ける。その姿を呆れた表情で見つめていたユウヒは、ため息を洩らすと食器を手に立ち上がりキッチンに向かう。
「早いな?」
流しに食器を置いて冷蔵庫からお酒の入った瓶、炭酸や麦茶の入ったペットボトルを取り出しいつもより早くリビングからいなくなるユウヒに、勇治は眉を上げて問いかける。
「父さんたちも早く寝るんだろ?」
その問いかけに対して、ユウヒはジト目を二人に向けるとどうでもよさそうに一言呟き歩き出す。察しの言いユウヒであるから、この後二人がベッドに直行することなど理解しており、下手するとこのままリビングで夜の夫婦生活を始めかねないところまで理解していた。
「ま、まぁな・・・」
そんなユウヒの視線を受けて、勇治はにやつく顔で返事を返しながら明華を強めに抱きしめる。
「もういやん♪ ユウちゃん寂しかったら一緒に寝てもいいの「おやすみー」」
勇治に抱きしめられる明華は、頬を桃色に染めながら起き上がると、勇治の膝に座りながら艶めかしくユウヒに手招きをするも、その姿も行動もすべて無視しながらユウヒはリビングのドアを開き出ていくのであった。
「・・・やっぱり、ユウちゃん最近冷たいと思うの」
「いや、優しい方だろ」
潤んだ瞳で笑みを浮かべたまま固まる明華は、上げた手とは反対の手を置いていた勇治の肩を強めの力で握ると、頬を膨らませて不満を漏らす。その呟きに苦笑いを浮かべた勇治は、潤んだ瞳がただの涙目になる妻を見上げると、すべてを理解した上でお休みのあいさつをしっかり残していくユウヒは、まだ優しい方であるという。
「やっぱりあっちこっちに女作ってるのがよくないのよね!」
「そうなのか?」
椅子の上に座る勇治の膝の上で体を前後に揺らし暴れ始める明華の言葉に、勇治は目を見開き眉を上げると、思いもよらぬ言葉に不思議そうに問いかける。両親の前であまりに女性の影を見せないユウヒに、明華ほど勘の良くない勇治は、割と本気でユウヒの将来を危うんでいたのだが、明華の言葉からその心配はいらないようだと少しだけほっと息を吐く。
「そうよ! 今だってユウちゃんの体から何種類も女の匂いがしたんだから!」
「犬かよ・・・」
ただ、ユウヒの女性関係の判断方法が匂いと言うところに、勇治は思わず突込みを入れて呆れた表情を浮かべる。しかし、彼のその言動は苛立つ明華の前では愚策だったようだ。
「・・・・・・ねぇ、ダーリン?」
「どした?」
勇治の呆れ顔を見下ろした彼女は、それまでの不貞腐れた表情をすっと消してしまう。愛する妻を抱きしめなおしながら機嫌よさそうな笑みを浮かべる勇治に、明華は冷たく濁った目で夫を見下ろしながらゆっくりとその首筋に顔を埋め囁くように呼びかける。
呼びかけられた勇治は彼女の頭を撫でながら不思議そうに返答するのだが、
「この匂いの女は誰かしら?」
「!?」
続く彼女の言葉でそのまま凍り付いた様に動かなくなってしまう。
「・・・な、何のことかにゃ?」
「あらかわいい、ネコさんかしら? なるほどペットショップに居た女ね? うふふ・・・」
この男、非常に女性にだらしなく、世界で最も愛しているのは明華であると豪語するも、それは最もであってほかの女性を愛さないわけではないのだ。そのことも分かって勇治と結婚した明華であるが、その行為をすべて許しているわけではないようで、バレない範囲や少しの事なら許しては来ているものの、どうやら今回はその一線を越えてしまったようである。
「ん? 今夜は激しいな、もう少し抑えてくれないものか」
そんなことがあった日は当然折檻される勇治、彼がどんな折檻を受けているか知る気もないユウヒは、大きな音や叫ぶ声が聞こえてくると、ハイボール専用紙コップにお酒を注ぐ手を止める。お酒ラインより少し下で止まったウィスキーを揺らしながら耳を澄ませたユウヒは、肩を小さく落とすとサイダーを手に取りながら呆れたような、それでいて安心した表情で独り言を呟くのであった。
夜の大運動会が急に静まり、ユウヒがゆっくりと寝息を洩らし始めたころ、そこは静けさとは正反対の様相を見せている。
「こちら調査基地! 突然の衝撃波の後砂塵が急激にひろがっ―――!」
通信機のスピーカーから大きな声が室内全体に響き、しかし途中でノイズと共に大きな音が聞こえてきたかと思うと、声は突然途絶えてしまう。
「どうした!? 応答しろ! 聞こえているのか応答しっ・・・切れました」
通信状態が続く通信機に向かって必死に呼びかける軍服の男は、音と計器の反応で完全に通信が途切れたことを確認すると、不安そうな表情で背後の男性に事実を報告する。
「・・・すぐに警報を出して屋外の人間を避難、あと本部に連絡し大規模な砂嵐の可能性を伝えろ」
「基地内に避難ですか?」
報告を受けた男性、中国陸軍に所属し巨大ドーム監視任務を請け負っている基地司令は、いくつかの可能性を思い浮かべ、その中でも最悪のシナリオを基に指示を出す。どうやら基地内に引きこもることを選んだようであるが、通信機の前に座る男性は不思議そうに首を傾げる。
「ああ、絶対に内部に流入させるな、特殊フィルターを稼働させろ。あそこの砂塵は今回の縮小作戦以前から危険だからな」
夕食時に突如響いた警報音に心音を上げる指令所の面々の前で、基地司令の男性は頷きながらさらなる指示を行う。危険だと言う言葉と特殊フィルターと言う単語ですべてを察した者はすぐに行動に移り、よくわかっていない者も周囲の空気に背中を押され動き出す。
そんな中国で何が起きたのか、数時間後のまだ夜も明けぬ日本政府関係の施設では、仮眠から叩き起こされた石木が不機嫌そうに眼を顰めながら一枚の写真を睨んでいた。
「もっと広範囲の写真は無いのか?」
「現在別の衛星を使い撮影中です」
その写真は衛生写真の様で、僅かに茶色だとわかる写真には、何かの影なのか同心円状の縞模様が浮かび上がっている。その写真だけ見せられても何が何だかわからないであろうが、何が起きたか、そしてその写真とほぼ同じ場所を映したもう一枚の写真を事前に見ていた石木にはその異常事態が何なのかわかっている様だ。
「そうか、出た先から送ってくれ」
「はい!」
それでもまだまだ状況が呑み込み切れていない石木は、報告に来た部下の返答に頷くと、少し硬さのある声色で情報収集を急がせる。
それから数分後、新たな報告と共に数人の自衛官が石木の居る部屋に現れていた。
「何だこれは・・・こんな砂嵐見たことないぞ」
「これは、本当に砂嵐なんでしょうか・・・」
石木の依頼通りの衛星写真が届き、その写真を見た第一声は信じられないと言った言葉である。どうやら最初に見た写真の茶色は砂嵐の色だったようで、しかし広範囲に渡って円形に広がる砂嵐の姿は、今までいろいろな衛星写真を見てきた石木をして見たことがないと言わしめるものであった。
「わからんが・・・ユウヒの嫌な予感の大本はこれだろう」
「大臣、先生からお電話です」
「ああ、もしもし」
すでにその茶色い円形の物体が砂嵐であると言う事は、分析結果で明らかになっているものの、やはり信じられない一同の前で唸る石木は、小さくユウヒの名前を出して呟く。そんな石木のもとに何者かから電話がかかってくる。
「・・・」
「ええ、ええ・・・それは本当ですか? 最低でも大量の黄砂が降ると考えて・・・」
電話をする石木を緊張した面持ちで見つめる男性自衛官や夜間担当の男性秘書官たち、彼らは石木の声を逃さないように耳を欹てていた。
「そんな、海を渡ってですか? それは、そうでしょうね」
「・・・」
「・・・」
何を話しているのか、事前に収集した情報をとある人物にリアルタイムで送るよう指示されていた面々は、驚きの声を上げる石木に顔を上げると互いに見つめ合い無言で会話する。
「ええ、ありがとうございます。いずれ、はい・・・はぁ」
「大臣?」
思わず腰を浮かして話していた石木は、通話を終えると静かに電話を切り、全身の力を抜く様に勢いよく椅子に座った。その姿からひどく疲労していることが伺われ、秘書官の男性は心配そうに声をかける。
「この砂嵐はそのまま日本まで到達する可能性があるそうだ」
「そんな・・・」
全身を椅子に預けていた石木は、天井を見上げていた顔を持ち上げると、ひどく濁って見える目で周囲を見渡し驚くべき事実を伝えた。それは衛星写真に写っている中国の砂漠地帯で発生した砂嵐が、そのまま日本まで到達するという。
現在もタクラマカン砂漠などで発生した砂埃が、上空の風に乗って日本まで到達するという事はよくある話である。しかしそれは砂であって砂嵐ではない。
「すぐに調査機を出して空気中の塵をサンプリングしろ」
「はい!」
すでに中国の半分以上を呑み込んだ砂嵐は、その勢力を弱めることなく広がっており、専門家の見解では今のまま事態が進むのであれば、ありえないことが起こりえる言う。最近では専門家も異常事態の連続でありえないという言葉を使わなくなってきている様だ。
「総理には悪いが叩き起こして説明だ。急ぐぞ」
「はい!」
気を引き締めなおしに空気中のサンプル採取を指示した石木は、次の行動を決めて新たな指示を出す。この後文字通り秘書から叩き起こされたらしい総理は、数分後には内閣を集めて会議を始めたのだとか・・・。
そんな早朝会議からさらに数時間後、軽めに酒を飲みぐっすりと眠れたユウヒは、明華がベッドに忍び込むより早く起きていた。
「目覚めのアラームかと思ったらJアラートでした」
その理由は朝のアラーム、より正確に言うならば目覚ましでは無くJアラートの不快な音によって起こされていた。朝から嫌な音を耳にしてしまったユウヒは、いつもより三割増しで気怠い表情でリビングのソファーに沈み込み、明華はユウヒのベッドに忍び込み損ねて不機嫌そうな表情を見せている。
「連日Jアラート祭りだな・・・まぁこれは仕方ないと思うが、衛星写真まで公開か」
「奮発したわよねぇ」
二人の表情を見比べ苦笑を洩らした勇治は、どこの局を見ても同じ内容ばかりのニュースに目を向け、そこに映っている衛星写真に面白そうに笑みを浮かべて見せ、隣に座る明華も似たような笑みを浮かべていた。
「これって日本の衛星が撮ってんだよね?」
二人が面白そうにテレビを見ていることに気が付いたユウヒは、ごろりと頭を転がす様にしてテレビに目を向けると、画面の端にJAXAと書かれた衛星写真について問いかける。
「そうよ、環境調査衛星スズラン。と言う名のスパイ衛星よ」
「あー・・・一時期問題になってたね」
「ああ・・・分かりやすい餌に食いついた平和ボケと内患が、盛大に一騒ぎしただけで終わったなぁ」
ユウヒの問いかけに対して、明華は心底楽しそうに日本が所有する衛星の正体について話し、その内容に頭を上げたユウヒの言葉に、勇治は呆れたような苦笑いで肩を竦めながら話す。
環境調査衛星スズラン、これは日本が所有する地球環境の変化を調査するための多機能型人工衛星の総称で、その数はすべてで24機ある。一列に連なるように位置することからその名が付いた衛星は、公式では平和的な調査衛星とあるがその実態は高精度スパイ衛星であった。だが、その事実を真の意味で知っている人間は極々一部の人間だけである。
「今日のお昼ごろには日本にも来るのね・・・うーん」
「どうした?」
Jアラートにより緊急避難が呼びかけられ、室内から出ないようになどの情報が流れるニュース画面を眺めていた明華は、お昼ごろには日本にも砂嵐が到達すると言うニュースキャスターの話に小首を傾げた。彼女の不思議そうな表情に気が付いた勇治は、一晩で若干こけた頬を撫でながら明華を見上げる。
「それが何だか違和感があって・・・ねぇユウちゃん、何かした?」
「何故俺?」
かわいく唸りながら悩む明華を、ソファーにだらしなく沈み込みながら楽しそうに見つめる勇治。しかしそんな勇治の表情は、明華が急に真剣な表情を浮かべてユウヒに問いかけたことで固まる。
「何した夕陽」
何故急に問い質されたのか分からないユウヒは、訳が分からないと言った表情を浮かべるも、両親の疑いはユウヒに収束している様だ。
「えー・・・・・・ぁ」
急に二人から追及され始めたことに心外そうな声を漏らすユウヒ、しかし何か思い当たる事柄があったのか、小さな声を零して固まる。
「やっぱり」
「おまえ・・・」
びたりと動きを止め、朝無理やり起こされたことで気怠く緩んでいた表情を引き締め、顔色をじわじわと悪くしていくユウヒ。その表情を見て原因が息子にあると察した明華は真剣な表情で頷き、勇治は残念な子を見るような目でユウヒを見詰める。
「いや、俺じゃないと言うか・・・不可抗力的に神様にお願い事したと言うか、それが原因だと確定したわけではなく・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ユウヒが思い当たった事とは、昨日会ったアミールの親代わりだと言う二人の神様である。どっからどう見ても海外の怪しい観光客然とした二人が、帰り際に話し合っていたユウヒの死を回避するという言葉、もしこのまま日本にまで砂嵐が到達した場合、ユウヒが死に瀕する可能性もあるのだ。
そのことに思い当たり慌てて言い訳の言葉を探すユウヒであるが、その声は尻すぼみになって行き、そんな息子の姿に面妖な表情を浮かべる両親であるが、なぜか明華の頬は僅かに上気している。
「・・・はっ! んんん・・・あのねユウちゃん、この砂嵐には大量の放射性物質が含まれてるの、もし日本に飛来したらすごい被害が出るわ」
「・・・え?」
しょぼんとした表情を浮かべ始めたユウヒをじっと見詰めていた明華は、はっとした表情を浮かべると、滲んでいた口元の涎を服の袖で拭き取り喉を慣らして表情を作ると、優しく語り掛ける様に話し始めた。
石木が空気中の塵をサンプリングするように指示を出した理由は、明華が言った様に大量の放射性物質が含まれている可能性が高いからである。これは過去に起きたとある事件が関係しているのだが、その真実を知っている人間はそれほど多くなく、ユウヒも知らなかった。
「中国も韓国も北の人もその事を知ってるから、今頃軍を動かして強制避難させてるわね。一応後でお電話しておくつもりだけど・・・」
「強制・・・」
一方知っている人間はすでに行動を起こしているだろうと話し、その大半が強制的な避難であるという。後半小声になる明華を気にすることなく考え込むユウヒは、強制と言う言葉に難しい表情を浮かべる。
「でも日本人は知らない。知らされていないし、外に出るなと言っても社畜根性の染みついた日本人は会社を休まないからな」
「あー・・・わかる」
どんな国であっても国民を強制的に行動させるというのは大変な事であり、それをやらざるを得ない状況と言うのは、ユウヒにとって想像もできない状況であった。さらにそう言った強制的な避難を促したところで、社畜根性の染み付いてしまいふらふらと出勤していく日本人もユウヒは想像できてしまう。
「でもね? お母さんちっとも危険な予感がしないの、昨日ユウちゃんが帰って来る少し前から」
「・・・・・・あれだよなぁ」
そんな危険極まりない状況で、異常な勘の良さを見せる明華が何も感じないわけが無く、昨日ユウヒが帰宅する少し前に突然その悪寒が消えたこと、それから帰宅後のユウヒを思い出し、危機が感じられない原因をユウヒに断定したのであった。
ほかにも彼女にしかわからない感覚と言うものが存在するのだが、問い詰めに対するユウヒの反応からすでに確信している明華は、視線を逸らし困った表情で頭を掻くユウヒの横顔をじっと見つめる。
「電話? 石木さん? はいもしもし?」
明華からの熱い視線に、何とも言えない表情を浮かべて返したユウヒが何か言おうと口を開いた瞬間、食卓テーブルに置いていたスマホが電話の着信を知らせた。ソファーから勢いよく立ち上がったユウヒは、スマホに表示された名前を見て小首を傾げる。
「もしも「夕陽! お前何した! てかこうなる事わかってたのか!?」し?」
「え? なんのことでしょうか?」
ユウヒの呟きに、明華がジェスチャーで受話音をスピーカーに切り替えるよう伝えると、ユウヒは頷きながらスマホを操作して電話に出た。その瞬間ユウヒのスマホからは石木の大きな声が聞こえ、目を丸くして返事を返すユウヒに近寄った明華は、耳を少し押さえながら耳を澄ませる。
「とぼけんな! こんなこと出来るなぁお前だけだろ!」
「・・・こんなこと?」
石木の語気はそのしゃべり方もあってずいぶんと荒く、勇治と明華は思わず眉を寄せながらユウヒにジト目を向けた。そんな両親の視線に首を横に振って見せたユウヒは、何があったのか分からないので説明を求める様に何があったのか石木に問いかける。
「いきなり日本海を含んだ広範囲に雨が降り始めたことだよ! あんな広範囲にわたっていきなり雨が降るかよ! こんなご都合主義な展開が現実であるわけないだろ普通は、つか砂嵐がこれで完全にシャットダウンだよ! どういうタイミング―――!!」
早口でまくし立てる石木曰く、日本海に向けて進んでいた中国発の砂嵐は、その濃度を変えることなく日本海に足を踏み入れていたそうだ。しかしそのタイミングで、快晴だった日本海上空に突然真っ黒な暗雲が現れ、ほんの数分の間で広がった雲はまるで砂嵐を抑える壁の様にその場に居座ると、猛烈な雨を海に向かって降り注がせ始めたのだと言う。
「あめ・・・雨・・・あぁなるほどぉ」
しかも、ご丁寧に日本の領海に沿うように現れた雲は、日本海の島々には影響を与えない配置から全く動かないとのことで、その内容に昨日の会話を思い出し遠い目で虚空を見詰めるユウヒは、神の力のスケールに言語機能を著しく低下させるのであった。
「やっぱり何かしたな!? 何をした!」
「えっと・・・リアル神様に、いつのまにか雨乞いを?」
「え、はぁ!?」
悟りを開きそうな目で呟くユウヒの声は、しっかりと石木の耳にも届いており、明らかに何か知っていそうなユウヒを改めて問い質す。しかし返ってきた斜め上の返答に戸惑った石木の声は、変に裏返ってしまい電話の向こうで僅かに笑い声が聞こえてくる。
「ユウちゃん、女神は危険よ」
一方天野家側では、急にユウヒの肩を掴んだ明華が、真剣でドロドロとした視線をユウヒに向けながら、ユウヒの発言を完全に信用した上で謎のアドバイスを始め、
「大体の女神は嫉妬深いからな・・・」
「なぁに?」
「イエナンデモナイデス」
不用意な発言と視線を明華に向けた勇治が、満面の笑みと暗く淀んだ瞳に見据えられカタカタと小刻みに震えていた。
いつもなら全力で受け止め鼻の下を伸ばす明華からのハグに、顔を蒼くして震える勇治に呆れた表情を浮かべたユウヒは、スマホのスピーカーモードを切り替えながらリビングを後にする。背後から聞こえる救援要請をガン無視したユウヒは、スマホの向こうからの質問攻めに答えつつ、自分の命を守るために神が起こした奇跡とそれ以上の代償を抱えながら、重い足取りで自室に戻るのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒに降りかかるはずだった死の原因は、とてつもなく大きな力と規模によって取り除かれました。ただ、その代償はお酒以外にもユウヒの精神と鼓膜にダメージを与えた様です。到頭核の影響を地球に振り撒き始めたドーム。この先地球はどうなっていくのか、お楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




