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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第二章 異界浸食

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第百五十九話 がらんとしたコンビニ 

 修正等完了しましたので投稿させてもらいます。あなたの時間を楽しみで占有出来たら幸いです。




『がらんとしたコンビニ』


 目を塞いだユウヒが耳も塞いでまで、聞こえてくる打撃音をやり過ごしてから十数分後、彼の姿は夏休みの喧騒が賑やかな公園のベンチにあった。ボロ布の様になっていた服はきれいに元通りとなり、全身が切り傷によって血塗れになって凍傷で壊死しかけていた体もすっかり元に戻っている。


「それでは、ご協力感謝します」


「こちらこそ助けてもらいありがとうございます」

 そんなユウヒに、長く真直ぐとしたハニーブロンドを揺らす女性は敬礼を見せながら微笑む。彼女の声に顔を上げたユウヒは、ベンチから立ち上がると笑みを浮かべながら会釈して見せる。


「あなたはもっと怒っていいのですよ?」

 ユウヒの笑みを優しく見つめるエーは、しかしすぐに表情を引き締めるとユウヒは怒っていいのだと話す。実際ユウヒは完全に巻き込まれた形であり、関係各所に苦情を言ってしっかりとした損害賠償を受け取れる立場である。


「誰に? ・・・それに」

 しかしそんなユウヒは小首を傾げると、不思議そうな表情を浮かべてさらに無言で苦笑いを浮かべると視線を横にずらす。


「むごぉぉおおお!」


「むぐぅううう!」

 そこにはロープでグルグル巻きにされた二人の男が打ち捨てられており、何か言いたそうに叫ぶも、猿轡をされていて何を言いたいのかわからない。


「おかーさん! 大きなミノムシがいるう」


「シッ! 見ちゃいけません!」


「「むごおおおお!!」」


 そんな二人は、幼気な幼女が指を指して純粋無垢な視線を向けてくると押し黙り、彼女の母親が心底気味悪そうな表情を浮かべ娘を連れて行く姿に涙を流すと、うねうねと体を動かし何かを主張し始める。


「・・・いや、もういいかな」

 そのあまりに痛々しい姿に、すっかり毒気を抜かれたユウヒは、魔法の効果も抜けていつものやる気なさげな表情で眉を寄せると、困ったような顔でエーに笑いかけた。


「そうですね、こんなゴミに怒ってもユウヒさんの品位が下がるだけだものね」


「え、そういう意味では」

 しかし、彼の意図は正しく汲み取られることはなく、慈悲に満ちた優しい笑みを浮かべるシーの言葉に表情を引き攣らせるユウヒ。


「君は優しいなぁ! よしよし、もう痛いところはないかな?」


「は、はい・・・大丈夫かな?」

 これが神と人の考え方の違いかなどと、心の中で現実逃避するユウヒに近づいたビーは、人の目を憚ることなくユウヒの頭を優しく撫でる。頭を撫でられたユウヒは顔を僅かに赤くすると、自分の体に意識を傾け特に痛い場所もないので小さく頷く。しかし、まだわずかに【氷の先兵】の効果が残っている様で、痛みという感覚が鈍く感じて小首を傾げてしまう。


「ほんとかなぁお姉さんがもっと詳しく触診を―――」

 痛みを探す中、体の奥で燻る熱を感じて訝し気な表情を浮かべるユウヒに、頬を上気させたビーは何かを握るようなジェスチャーを両手で見せながらユウヒににじり寄る。


「・・・はっ! ・・・は?」


「いたいいたいたい!? 痛いよエーちゃんん!?」

 その妙な気配に気が付いたユウヒが顔を上げた瞬間、彼の体をまさぐろうとしていた両手は引き攣ったように動きを止めた。なぜなら、ユウヒに抱き着こうとしていたビーの頭は、彼女の後ろから伸びてきた白く長い指が特徴的な女性の手で鷲掴みにされており、光の柱を握っていた時より力の籠っていそうなエーの手に、ビーは本気で悲鳴を上げるのであった。


「同僚がすみません。さぁ行きますよ」

 それから数分後、ビーへのお仕置きを終えたエーは何事もなかったように笑みを浮かべユウヒに一礼すると、頭を抱える様に抑えているビーとくすくす笑っているシーに呼びかける。


「もう仕方ないなぁ・・・ほら行くぞゴミどもー」


「ぐも!? むぐぅ!」

「ぐむ!? むぅう!」


 エーの呼びかけに涙がにじむ顔を上げたビーは、どこかやさぐれた雰囲気の表情を浮かべると、ストレスの捌け口に二体のミノムシを蹴飛ばし彼らを繋いだ鎖を引っ張り始め、ロープとは別に鉄製の鎖と足かせを両足につけられている二人のアミールファンクラブ会員は、何が起きたのか分からなかったのか驚きの声を上げると、急に足を引っ張られたことで呻き声を洩らす。


「それでは御機嫌よう」


「・・・また会いましょう。」

 猿轡を噛まされ全身をロープでグルグル巻きにされている二人が、のっしのっしと歩いていくビーに引きずられていく姿を背に、シーは柔らかな笑みを浮かべ綺麗なお辞儀を見せるとビーの後ろに続き歩き出し、じっとユウヒを見詰めていたエーは小さく微笑むとゆっくりと振り返り歩き出す。


「えっと・・・はい、また」


「・・・ふふ」

 あっけにとられっぱなしなユウヒは、何とか返事を返すと手を振り見送り、そんなユウヒの姿をちらりと見たエーは機嫌良さそうな笑い声を残し仲間と共にすっと虚空へ消えてしまう。


「・・・・・・死ぬかと思ったけど、何とか助かったな」

 管理神達が居なくなった瞬間急にセミの鳴き声が大きくなった公園の真ん中で、ユウヒは無言で空を見上げて大きく深呼吸を行う。現実感の無い現実を体感し終えたユウヒは、いつもよりずっと草臥れた、しかしすごく晴れ晴れとした苦笑いを浮かべると踵を返して歩き出し、生き残れた奇跡に思わず笑ってしまうのだった。


「ん? 流華? もしもし?」

 そんなユウヒが公園の出口に差し掛かかると、激しい戦闘の中でも奇跡的に無事だったらしいポケットのスマホが電話の着信を知らせる。スマホを手に取ったユウヒが見た画面には、少女の寝顔が表示されており、その少女は連絡してきた流華の寝顔である。


「お、おう・・・うん、特に問題ないよ? え? うそ? 大丈夫だってケガしてないから」

 ユウヒが入れた覚えのない画像が度々着信画面として登録される不思議にも慣れたユウヒは、特に気にすることもなく電話に出ると、開口一番大きな声で捲し立てる様に心配してくる流華に思わず声が吃てしまう。


 心配する声に吃ったユウヒに流華は不信感を抱いたようで、大丈夫だと答えるユウヒに問い詰め始め、彼がケガしていないと言ったことに妙な勘の冴えを見せてトラブルに巻き込まれたことを察した流華。


「ちょっと異世界? に行ってただけだから、本当にケガしてないって、え? 裸にして確かめる? うん、背後のパン屋は後で拳骨な?」

 すでにトラブルに巻き込まれていたことを前提に話す流華に、ユウヒは珍し気に目を見開くと苦笑を浮かべて大したことはなかったと話す。しかし、そんな質疑応答も雲行きが怪しくなり始め、流華の背後に黒幕の存在を感じたユウヒは、その黒幕に対してくぎを刺す。


「―――!?」


「それじゃなー」

 流華が息を呑む僅かな声の向こうで何やら叫ぶ女性の声を耳にしたユウヒは、柔らかな笑みでため息を洩らすと話は終わったと、電話の向こうに大きめの声で別れを告げて何やら騒がしいスマホの通話ボタンを切る。


「・・・ふむ、心配かけたかな?」

 電話の向こうで騒ぐ女性たちの声が耳に残っている気がしたユウヒは、無造作に頭を掻くとやる気なさげな顔を僅かに顰め、思わず眉間に寄っていた皺に気が付くとため息を洩らし歩き出すのであった。





 怪我は修復されても疲れはそれなりに残っているユウヒが、暑い夏の日差しの下で本来の目的を思い出し、溜息一つ漏らして帰宅経路を変更している頃、彼を心配する女性たちが集まる部屋は涼しい空気で満たされていた。


「現在確認されている被害を報告します。Jアラートの後確認された事故は現在だけでも二百件以上に上り、うち大きな事故は首都高での大規模玉突き事故、飛行場での旅客機オーバーランが全国で4件確認されています」


「むぅ」

 ビルワンフロアの半分を占めるリビングには、無駄に大きな薄型テレビが鎮座しており、そのテレビの前に置かれた大きな三日月型ソファーには、六人の女性が思い思いに座っている。そんな女性たちの中心でクッションを抱いて座るパフェは、緊急ニュースで話されている内容に小さく唸っていた。


「全国各地で交通事故が多発していますが、現在のところ死者は出ていないということです」

 彼女が唸り声を洩らす理由は、当然ニュースで伝えられる奇妙な事故の内容にもあるが、それ以上にまたもユウヒが異常事態の中心に位置していることが気に食わない様である。と言っても、ユウヒ自身は原因の中心人物のつもりはないし、関係者のつもりもなくちょっとした情報通のつもりであった。


「ユウヒ君はこのことを言っていたのねぇ」


「・・・流石です」

 そんなこと知った事ではないパフェは、またもユウヒが大冒険を繰り広げているであろうことに不満を覚え、また相手にしてもらえない事にも不満の様である。一方そんなこと気にした風でもないメロンは、にこにことした笑みをパフェの右隣で浮かべており、そのさらに隣ではパン屋が目を潤ませ興奮した様に鼻息を荒げていた。


「現在全国で貧血や意識混濁を訴える方が増えており、病院への緊急搬送が増えております。救急車の台数は限られていますので、不必要な要請は控えるようお願いします」


「そういえばさっきからうるさいわね」

 一方、パフェの左隣ではだらしない姿のリンゴがしかめっ面でスマホを弄っており、ニュースキャスターの言葉に顔を上げると、外から聞こえてくる複数のサイレンに耳を傾け頭を掻く。延々同じ音が凝り返されていると、人間と言う生き物はその音を認識の外に追いやってしまうらしく、しかし再認識させられると途端鬱陶しく感じ始める様だ。


「みんなは大丈夫か?」


「だいじょうぶー」

 ニュース映像に唸り声を漏らしていたパフェは、リンゴの声に顔を上げると、彼女に目を向けてアイコンタクトで体調を問う。視線に気が付いたリンゴが手を振って問題ないことを伝えスマホに視線を落とすと、その先に居たミカンに目を向け大丈夫かと問いかける。


 ソファーの上に長い足を延ばし座るリンゴの向こう側で、その足に挟まれご満悦な表情を浮かべているミカンは、手に持った蜜柑のクッションを持ち上げて問題ないことを主張していた。


「あ、はい大丈夫です」

 その反対側では、振り返ったパフェの視線に気が付いた流華が、パン屋に抱きしめられながら問題ないと答える。その手にはスマホと外れたストラップが握られており、どうやら細いストラップ取付け穴に、使い古されて捻じれたストラップの紐を取り付けなおしている様だ。


「あんたの家は大丈夫なの?」


「家か? 大丈夫じゃないかな?」

 さらにパン屋とメロンのサムズアップを見て、その場にいる全員の体調が問題ないと解り、満足げにクッションを抱きなおしソファーに背を預けるパフェは、ジト目を向けてくるリンゴの問いに、たい焼き型クッションのお頭に顎を埋めながら小首を傾げる。


「従業員よ」


「お母さまが一斉に自宅待機命令とか避難指示を出してると思う。ほらこんなメール」

 不思議そうに小首を傾げる彼女はこれでも会社社長であった。拍付けなどの意味もあって一社任されているのだが、これで中々優秀な女社長で世間には通ている。


 そんな彼女の会社の職員には、すでに彼女の母親が牛耳る本社から今回のJアラートに対する対応が一斉にメールで送られているらしく、ごそごそとどこからかスマホを取り出したパフェは、メールの受信画面を見せながら緩い笑みを浮かべるのだった。


「あんたんちはすごいわよね」


「両親がすごいのであって、家がすごいわけではなく、それに私は全然そうではないのだが・・・」

 わかりやすく簡潔に避難指示が書かれたメールを読んだリンゴは、目の前で何の対応も採った形跡が伺えない女社長に生ぬるい視線を向けて小さく呟く。そんな彼女の言葉の裏に、自分の行動を見透かされていると感じたパフェは、もごもごと話しながら頬を赤らめる。


 実は何もやってないように見えて、彼女も社員の報・連・相に細かく対応しており、そのことが大量の通信アプリの履歴でバレたことに気が付いたパフェは、生暖かいにやけ顔のリンゴから顔を背けてしまう。


「また、今回の異常事態に伴い、先ほど赤枝グループの各総合病院で、簡易的な無料診療を行う用意を始めたとのことです。今回のことについて専門家の意見を聞きたいと思います」


「意見の前に、現在うちの病院や国立の病院でも同じような用意を始めているようですので、幅広い利用をお勧めします」

 無言の視線に目を背けるパフェに、流華が不思議そうな表情を浮かべる中、テレビの中では私設の総合病院での無料診断が始まると言う話題が上がり、専門家の男性はどこか不機嫌そうな表情でほかの病院でも実施する旨を伝えた。


「・・・赤枝さん?」


「な、なんだ?」

 そんなテレビの内容に肩をびくりと震わせたパフェは、リンゴの呼びかけに妙な汗を流しながら返事を返す。


「貴方の家の病院じゃなくって?」

 彼女、パフェ本来の苗字は赤枝と言い、赤枝グループと言う日本でも有数の大会社のトップである赤枝 幸彦あかえだゆきひこ、彼女はその娘なのである。尚、彼女の父親がグループの代表であるが、裏ボスがその妻であると言うのは、公然の秘密であった。


「わ、私は何も知らないぞ?」


「え? あの、パフェさんってあの」

 パフェの事情などもいろいろと知っているらしいリンゴは、人の悪そうな表情でパフェこと、赤枝 水幸あかえだみゆきを見詰め、そんなリンゴにパフェは慌てて顔を横に振ると顔を赤くする。リンゴとパフェの様子に目を見開いた流華は、パフェの後姿をじっと見つめたまま小さな声で問いかけた。


「ち、ちがうんだルカ!? 隠していたとか、そういうのじゃなくてダナ?」


「バリバリのご令嬢様よぉ?」


「リンゴ!」

 どこか畏怖の様なもので壁を感じる声に勢いよく振り返ったパフェは、びくりと震える流華を怯えさせないように注意しながら、しかし焦ったように弁明を始めるも、その言葉はリンゴによって封殺され、パフェはリンゴと取っ組み合いを始める。


 赤枝水幸という人物は、昔とても内向的でまさに深窓の令嬢を地で行くような人物であった。しかしあることが原因で外の世界に踏み出した彼女は、自分の外側を見て人が離れていくことに恐怖すら感じていた時期がある。そんな彼女を救ったのがユウヒであるのだがそこは割愛するとして、ただ現在もその恐怖心は残っているため、今の様に身バレした際は大層慌てふためくのだ。


「いいじゃないの、ユウヒも気にしなかったでしょ? ルカも気にしなくていいからね?」


「えぇ・・・流石に気にしますよ」

 そういった、パフェにとっての難関を超えた先で見つけたのがいま彼女の周囲にいる仲間たちなのである。そんな友人の不意打ちに怒ったパフェを軽々と抑え込みながら、リンゴは微笑み流華に気にしなくていいと話す。


 しかし、住む世界の違う相手だと知ってすぐに順応できるほど、流華は大人ではないし肝も据わっていない。彼女の引き攣った笑みを見たパフェはきゅっと口元に力を籠めると、潤んだ目の端に涙を滲ませる。


「・・・それに」


『それに?』


 今にも泣きだしそうなパフェに苦笑を洩らした流華は、付け加える様に呟き、彼女の呟きに周りの女性たちは興味深げに返し、パフェも涙声で問いかけた。


「お兄ちゃんは、そういう部分だけで人を評価しないからだと思いますよ? 気にしないの・・・。昔からいろんな人に会ってきたからとか言ってましたけど、ちゃんと話さないうちから相手の事を第一印象で決めつけるのは良くないって言ってましたし、なんだっけ? 初対面の上っ面ほど信用できないものはないとか言ってました」

 流華曰く、天野夕陽と言う人物は人の第一印象を信じない人間だという。ユウヒは昔から両親に世界中連れまわされ様々な人達と交流しており、そういった経験が今のユウヒを形成している。その際に学んだ重要なことが、流華の話すユウヒの他人に対する考え方となっているようだ。


「・・・」


「・・・・・・」


「・・・くっ」


「ふふ、そうね」

 珍しく長々と話す嬉しそうな流華の姿に、周囲の女性たちは笑みを浮かべると共に、思い当たる節があるのか、きらっきらの笑顔を浮かべたり、項まで真っ赤に染めたり、緩みそうになる口元を必死に引き締めたりしている。そんな女性たちに不思議そうな表情を浮かべていた流華は、微笑みかけてくるメロンに頭を撫でられ余計にきょとんとした表情を浮かべるのであった。





 一方、女性たちの妄想の中ですごいことになっているユウヒはと言うと、


「背中がむず痒い・・・それにしても、事故は多いけど死者がいないってすごいな」

 妙に温かい寒気を背中に感じて背中掻いていた。孫の手が欲しいなどと考えながら手元のスマホを見ているユウヒは、そこに表示されたニュースの内容を口にしながら、家から少し遠いコンビニへ入っていく。


「いらっしゃいませー」

 少し疲れたような、しかし元気のある女性店員の声に出迎えられたユウヒは、周囲に目を向けながら食品が売ってあるエリアに足を進める。


「・・・うん、何もね」

 食品が並ぶ棚まで向かったユウヒは、ゆっくりと見渡したのち徐に呟く。無駄に笑みを浮かべて呟いたユウヒの目には、店内の人影同様にガラリとした棚が映る。


「パン無し」

 いつもなら食パンから菓子パン、果ては地方でしか目にしないような変わったパンが並んでいる棚は見事に何もない。


「お菓子・・・無し」

 しかし今日の彼は酒と肴を買う事がメインであり、パンの棚を見たのは小手調べである。次は酒の肴によさそうな物をと考えお菓子の棚に移るユウヒ、しかしそこにあったものは値札だけが並んだ空の棚であった。


「飲み物・・・この状況でも売れない炭酸コーヒーって」

 いやまだ諦めるには早いと、余裕の笑みを努めて浮かべたユウヒは、先ほどパンエリアを巡回した時にちらりと商品が見えた冷蔵飲料の棚に向かう。商品が並んでいる姿を見てちょっとした安心感を感じるつもりで居たユウヒは、そこで世の中の理不尽さを感じた。


「弁当もおにぎりも無いなぁ・・・まぁしょうがないか」

 需要と供給のバランスが崩れた世界であっても、一列ぴっちりと並んだ炭酸入りコーヒーの不憫さに涙しながら食品棚を歩き見渡す。弁当やおにぎりは当然の如く無く、ハムやチーズ、漬物などもない保冷棚にユウヒの目は死んでいく。


「お酒は、ウィスキーとブランデーと日本酒はある」

 そんな中、ユウヒが求めたメインの酒は一部生き残っており、普段は飲まないウィスキーを手に取ったユウヒは、近くにあった買い物かごにそれを放り込み持ち上げると、大きくもないボトルの割に妙に高い日本酒もついでとばかりかごに入れてもう一度冷蔵飲料の棚に向かう。


「ビールは全部なし・・・わかっていたけど」

 彼が欲したのはビールであったが、先ほど一通り見ていたので無いというのは解っていた。解っていても欲しいのは、夏の暑さで乾いてしまった喉を潤すあのシュワシュワ感である。少し持ち直した心で現実を受け止め終えたユウヒは、現在手に入れた戦力をサポートしてくれる存在の選出否、捜索に移る。


「おつまみは、奥で生き残っていたチータラとスルメがラストか」

 おつまみエリアで見つけたのは、棚の奥で裏に落ちかけていたチーズタラとすでに食べやすく割いてあるスルメであった。どちらも一袋しかないものの、今のユウヒにとっては貴重な戦力である。


「ホットスナックもまぁ売り切れるわな」

 とりあえず一戦分の戦力を揃えたユウヒは、おなかに感じる空腹感からカウンターに行くついでにホットスナックにも目を向けた。しかし、そこには当然何もなく、少し前に行ったコンビニと少し似ていて、夏の暑い最中だと言うのにこちらはホッカホカの肉まん類までもが全滅している。


「すみません、在庫もないんです」


「いえいえ、しょうがないですよ」

 買い物かごをもって空のホットスナックケースの前で唸るユウヒに、一人しかいない店員の女性は、申し訳なさそうに在庫もないと話す。どうやら冷凍してある調理前の在庫もすべて使い切ってしまったようで、そこまで売り切れてしまっていることにユウヒは驚くと、小さく笑みを浮かべながらしょうがないと話す。


「Jアラートの後すぐに人が殺到しまして、私初めて箱で商品を売りました」


「配送も滞っている感じですか?」

 買い物かごを女性に渡しながらカウンターの奥を見たユウヒは、フライヤーが清掃されていることに気が付くと、バーコードを読み取りながら苦笑を洩らし話す女性に目を向ける。どこかほっとしたような表情で何があったか話す女性に、ユウヒは思わず苦笑いを浮かべると、店内の状況から配送も滞っていると察する。


「そうなんですよ! 配送来ないし商品も無いからって、店長と同僚はやることないって言ってパチンコ行っちゃうし! ・・・ところで、同業者の方ですか?」

 今のコンビニの雰囲気は、以前仕事をしていたころに何度か経験した、緊急事態の在庫倉庫をユウヒに彷彿とさせた様だ。そんなユウヒの問いかけに、急に顔を上げた女性は興奮したように話し始め、ついでとばかりに店長や同僚の愚痴まで洩らしだす。思わず捲し立てる様に話してしまった女性は、顔を赤くして上目遣いでユウヒを見ると恥ずかしそうに同業者なのかと問う。


「あはは、これだけ事故が起きてますからね」


「そんなにひどいんですか? 私まだニュースを見てなくて・・・妹も今頃バイトだと思うんで心配なんですよ」

 恥ずかしそうな女性の姿に苦笑を引っ込めたユウヒは、軽く笑うとスマホを片手に、ニュースなどからの予想だと話す。ユウヒのスマホに目を向けた女性は、会計を進めながら心配そうに視線を落とした。どうやら彼女の妹もコンビニ店員であるらしく、仕事と全国的な通信制限で未だ連絡の取れないことが心配の様だ。


「交通事故とかは多いけど死者は出てないらしいですよ? コンビニの事故とかも聞かないですし」


「そうなんですね、よかった。・・・あ、6120円です」

 心配だと言って思わず手を止めてしまう女性に、ユウヒは努めて優しい声で話しかける。ユウヒの言葉に顔を上げた女性はにこっと笑みを浮かべると、止まっていた会計の手を慌てて進め、半分が日本酒代の金額を伝えた。


「はい」


「丁度いただきます」

 最近はほとんど交通費くらいしかお金を使っていないユウヒの財布には、働いていたころよりずっと多いお金が詰まっており、じぇにふぁーからの臨時収入が大半である中には、自衛隊での臨時収入や石木からの援助なども含まれている。


「しばらくは大変でしょうけど、無理しないでくださいね」


「あ、ありがとうございます!」

 そんなお札が束で入っている財布に思わず目を奪われた女性店員は、荷物を持ったユウヒの言葉に顔を上げると、その先にあった笑みを見て慌ててお辞儀をしながらお礼を言う。


「・・・けだるげ爽やかイケメンだったな」

 疲れを感じながらも、目的のものが買えたことに充足感を感じて、入ってきた時より軽い足取りでコンビニを後にするユウヒ。彼を見送って一人きりとなった女性は、陽炎の中に消えていくユウヒの背中を見詰めながら呟くのだった。


 尚、この際赤い狐が闇を噴出させたとかしなかったとか、ついでに黒鬼が被害を受けたようだがどうでもいい話である。



 いかがでしたでしょうか?


 ユウヒを取り巻く女性たちと、ユウヒと言う人間性が少し見えた回でしたでしょうか? どこもかしこも一癖ある人ばかりなユウヒの人生、どうやら家路はまだ長くなりそうです。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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