第百五十五話 迅速な対応と手遅れな現実
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『迅速な対応と手遅れな現実』
日本の自衛隊関連施設全体で緊急招集が発令されている頃、そんな施設の一つである航空自衛隊の基地では、空を見上げた男性が顔を顰めていた。
「今日は低気圧か? 頭いてぇな」
彼は急遽帰還を命じられた仲間の到着を、駐機準備を整えて待っているようだが、つい先ほどから痛み出した頭を片手で抱えると、痛みをごまかすように揉み解しながら悪態をつく。
「あれって本当に痛くなるんですかね?」
「低気圧ならな、何だ? やけにふらついてるぞ?」
彼は結構なベテランなのか、その顔に刻まれた皺を寄せると、隣で不思議そうな顔をしている若い男性に苦笑を浮かべる。そんな彼が遠くから聞こえ始めた音で空を見上げると、視線の先に米粒のような戦闘機が姿を現す。
「・・・ほんとだな、念のために消火班待機させとくぞ急げ!」
しかし、現れた機体は妙にふらついた動きをしており、男性の呟きを聞いて奥から姿を現した現場の責任者は、険しい表情を浮かべると最悪の事態に備えるべく指示を出し、駐機準備を整えていた整備員達は慌ただしく動き始めるのであった。
一方その頃、東京の羽田空港でも妙な騒ぎが起きていた。
「トラブル多すぎわろえん。何なんだ急に、忙しすぎだろ・・・」
空港職員の制服を着た男性は、周囲から隠れる様に座り込んでおり、その口から疲れとともに愚痴を垂れ流す。どうやら普段ではありえない忙しさに振り回されたらしい男性は、忙しさの合間にこっそり休憩をとっているようだ。
「いた! サボってないでほら立って立って! 緊急事態なんだから!」
「また何か?」
しかし、そんな小休止をとっている暇がないくらいに可笑しな事態が進行しているようで、駆け込んで来た女性は座り込む男性を見付けると、少し刺々しい声で男性を急かす。どうやら男性が隙を見て小休止をとっている間にも、新たな問題が発生していたようだ。
「もうすぐ到着のANA361便で意識不明よ」
「うわまじか、医務室はもう一杯じゃないのか?」
到着する旅客機で多数の体調不良者が発生しており、次々と運び込まれる急病人ですでに空港の医務室は一杯であった。散々医務室に急病人を運び込んでいた男性は、少し前に見た医務室を思い出し、新たに意識不明者を入れるスペースがないであろうと言い、困ったように頭を掻く。
「もう救急車呼んであるからまっすぐ病院行きね」
ゆっくりと立ち上がる男性に、女性はすでに救急車を呼んであると話すと男性の背中を押して行動を促す。
「どっちが早いかな、とりあえずストレッチャー準備して現場向かうわ」
「うん、お願いね」
女性に背中を押された男性は、困ったように笑って肩を竦めると、今日何度使ったかわからないストレッチャーを担ぎ、もうすぐ到着する旅客機の到着ロビーへ、今も小休止をとっている同僚を途中で拾って向かのであった。
空港内を空港職員が引っ切り無しに走り回っている頃、とある海の真ん中では複数の船舶が身を寄せ合うように停船していた。
「艦長、全ての船の停船完了です。現在各船内での異常確認中です」
「ご苦労、何もなければいいが・・・まぁ無理な話かな」
そんな船の中には、旭日旗と日本国旗を掲げた護衛艦の姿があり、艦橋の中では護衛艦の艦長が部下から報告を受けて難しい表情を浮かべている。
「そうですね、すでにうちの船員にも体調不良者が出てますから」
「大臣命令だからな、何か大きなことが起きているのかもしれんな」
石木の判断が早かったおかげか、ある輸送船団の護衛任務に就いていたこの護衛艦は、船員たちに多少の体調不良者を出しながらも事故も起こさず、無事ユウヒの感じた嫌な予感をやり過ごせたようだ。
「やっぱりドーム関連ですかね?」
「もしくはまた別の超常現象か・・・なんでそんな顔だよ」
緊急事態と言うこともあり、詳しい説明は無く命令だけを言い渡されていた艦長は、部下の問いに十中八九ドームを疑う反面、可能性をつぶすことが思わぬ危険に繋がると考えているようである。しかし可能性を広げる彼は、隣で部下が妙な表情を浮かべていることに気が付くと思わず彼にジト目を向けた。
「あ、すいません。自分ファンタジーとか大好きなもんで、つい・・・」
「知ってるよ」
「ははは」
どこかわくわくした表情を浮かべる部下は、どうやらファンタジーと言う世界観が大好きなようで、そのことを知っている艦長は呆れた表情で苦笑いを浮かべる部下に突っ込みを入れる。
「海自も異世界進出できればお前らも嬉しいんだろうけどな」
嬉しそうでいて困った笑みを浮かべる部下に肩を竦めた艦長は、手持ち無沙汰に周辺の海を見渡すと、海上自衛隊では今のところ接触することもできていないドームと言う存在に、日本を守る自衛隊員の一人として湧き出る気持ちをそのまま呟く。
「めっちゃ頑張りますよ!」
「・・・頑張るって言っても、船は入れないだろ」
彼の抱く気持ちは部下も感じているのか、周囲の人間の似通った視線が集まる中で、ファンタジー好きな部下は目を輝かせる。しかし、今のところドームが海に出現したという記録は無く、彼ら海上自衛隊の出る幕は無い。
「ですよねー・・・また?」
散々調べてことによりわかりきってしまった事実に肩を落とす男性隊員は、再度感じた気持ち悪い気配に思わず背筋を伸ばし周囲を伺う。悪寒を感じたのは彼だけではなく、その場に居合わせた者は皆感じ取り、それぞれの仕事に集中する。
「異常は? またか・・・最初よりマシだが、なんなんだ?」
監視要員は全員が双眼鏡を片手に周辺海域や船上に目を凝らし、通信士はいつどこから連絡があってもいいように耳を澄まし応答する。そんな通信士の一人は、艦長の問い掛けに指を二つ立てて見せ、そのハンドサインで理解した艦長は頭を掻くと、目を細めながら嫌味なほど青い空を見上げるのだった。
まさに世界中が奇妙な気配に包まれている頃、調査ドームを後にして家路を急ぐユウヒは奇妙な表情を浮かべている。
「アハハハハハ!?」
「・・・壊れてやがる、遅すぎたんだ」
左腕を見詰め何とも言えない表情を浮かべるユウヒの目には、モニターの向こうで壊れたように笑い声をあげる女性が映っており、目を離してはいけない様な謎の脅迫概念に苛まれたユウヒは、とりあえず彼女が正気を取り戻さないかと、ボケてみることにしたようだ。
「そこは早すぎたでしょ! まったく笑いたくもなるわよ」
「そんなにか?」
その瞬間、何のネタか知っていた女性は、画面いっぱいに隈の目立つ顔を近づけると怒ったように突っ込みを入れ、しかし申し訳なさそうな表情を浮かべると不満を洩らしながら椅子に座りなおす。
「そんなによ・・・不活性魔力が流出してるの」
「まじか」
そんな彼女がなぜ壊れたように笑っていたのか、それはユウヒの感じた悪寒の原因が理由の様で、その原因を聞くために連絡を取ったユウヒに、彼女は頭を抱えながらドームから不活性魔力が漏れていると話し、彼女の言葉にユウヒは驚いたように目を見開く。
彼女が様々な手を尽くすドームと言うものは、元々魔力を遮断する性質を持っており、魔力が漏れることなど本来あり得ず、それが漏れ出しているということは、すでにドームの崩壊が始まっているということである。
「大マジよ! 量は大したことないけど放出時の圧力が馬鹿みたいに高くて」
「高いとどうなる?」
「ユウヒ君も感じているでしょ? 魔力圧力」
「あぁ気持ち悪い奴か」
また段階的に崩壊を始めているドームの魔力放出は少し特殊なようで、放出圧力が異常に高いことがユウヒの感じる気持ち悪い感覚となっているようだ。
「そそ、それが地球を舐めるように放出されているわ」
「・・・そうなると、近いほど被害が大きいのかな?」
「察しがいいわね、調べた限りじゃ中国で意識不明者が続出してるし、体調が悪くて感受性の強い人が日本国内でも意識を失っているみたい」
ドームから勢いよく放出された不活性魔力は、地球の表面を舐めるように広がり人々に様々な悪影響を及ぼす。その影響は、放出される場所から近いほど強く、彼女が調べた中国国内では意識不明者が続出しているようだ。
「・・・・・・これは本震じゃなくて前震なんだな?」
「・・・日本全体を保護膜で包めない?」
察しの良いユウヒに疲れた表情で説明していた女性は、さらに察しの良いユウヒにジト目を向けると、すぐにふにゃりと脱力して、どこか縋るような目で何とか出来ないかと言った意味を込めて日本全体を不活性魔力から守れないかと問う。
「無理言うなよ、そっちこそなんとかならんの?」
「無理」
無理だとわかっていても問いかけずにいられなかった女性に、ユウヒは困ったように眉を寄せて問い返すも、被せる様な返答は無理の一言であった。
「タイムリミットは?」
「あと一時間くらい・・・もてばいいなぁ。たぶん完全崩壊前に強力な魔力圧力がかかるからそれが目安かな」
さらに、不活性魔力の放出から算出したドームの完全崩壊までのタイムリミットは、すでに一時間も無い様である。
「おkすぐに石木さんに連絡する。直通聞いたから」
「よろしく、悪いけど私はしばらく連絡できなくなるから」
「ん?」
遠い目で希望を口にした女性に、生暖かい視線を送るユウヒは、右手でポケットからスマホを取り出すと、登録したばかりの電話番号をスマホの画面に呼び出す。すぐに石木へ連絡を入れようとしたユウヒであるが、左腕の通信機に映る女性の言葉に動きを止めると、いつもより青白く見える女性の表情をじっと見つめる。
「私、魔力感受性が少し高いの・・・魔力遮断用のカプセルに入ってみるけど、たぶん目安となる魔力放出の時点で意識を保てないから」
「大丈夫なのか?」
じっとユウヒに見詰められ、困ったように笑う女性曰く、自分は魔力感受性が高いため、本格的な魔力の放出が始まれば意識を失ってしまうと言う。そんな彼女の言葉に、いつもより顔色が悪いことの理由を察したユウヒは、普段見せない真剣な表情で問いかける。
「体調が万全なら大丈夫なんだけど、今ちょっと熱も出てて」
「・・・・・・意識戻ったら連絡しろよ? 三日以上連絡なかったら家凸するからな」
何人もの女性の心を動かしてきたユウヒの真剣な表情に、女性は弱々しく笑い、そんな女性の表情に目を細めたユウヒは、いつになく真剣な声と強気な態度で声をかける。
「心配してくれるのはうれしいけど、三日は早すぎよ。4、5日したら連絡するわ」
「了解」
心配そうな表情でじっと見つめてくるユウヒに、呆れたような笑みを浮かべた女性は、次の連絡をする時期を約束して通信を切るのだった。気のせいか、通信を着る直前女性の顔が赤くなっていたように感じたユウヒは、熱があるのに無理をさせてしまったかと眉を寄せると、すぐに右手のスマホを操作する。
「・・・あ、石木さん今大丈夫ですか?」
スマホを耳を当てて数秒で出た石木に、ユウヒは話す暇があるか問いかけ、
「即座に動いてほしい件がありまして」
電話口の向こうで石木がユウヒの話は最優先だと乾いた笑いを洩らすことに、少し苦笑いを浮かべたユウヒは、時間も無いとあって簡潔に現状を伝えるのであった。
それから二十分後、額の汗を拭って椅子に座った石木は、用意されていた麦茶を一口飲むと、傍に控える女性秘書に目を向ける。
「時間は?」
「まだ十分ちょっとです。Jアラートも先ほど全国に対して特殊災害と言う内容で無事発報されました」
ユウヒからの連絡を聞き終えてから十分ほどの間でやるべきことを終えたらしい石木は、秘書の言葉を聞きながら麦茶を口に含むように飲む。彼の行動により事前に準備されていた全国瞬時警報システムは、すべての国民に警戒待機指示を伝えていた。
「そうか、ネットが大荒れだよ・・・」
「どんな内容ですか?」
報告を聞きながらスマホを手に取った石木は、SNSアプリを立ち上げると流し読みはじめ、Jアラートの影響を確認しながら苦笑いを洩らす。
「核心ついてきてるのが多いぞ、まぁ状況がそろっているからな。あとはまぁ、日本の縮小が原因だとか、日本政府は他国に責任を押し付けているとかもあるけどな」
女性も興味深そうにしていることもあり、流し見ながら話す石木曰く、今回のJアラートがドーム絡みであるとする人間が多く、中には中国ドームが原因じゃないかと確信を突く者までいるようだ。しかし、それらの反応とは違い全て日本の行動が原因であると言う論調を拡散する集団も見受けられた。
「日本政府は特殊災害としか言ってないんですけど、何の責任なんでしょう?」
「俺らよりも情報通な奴が居るんだろ?」
今回のJアラートでは、特殊災害としか言っておらず、そこからドームを連想することはあっても、他国に対する責任の転嫁と言う話になるのはおかしく、石木に見せられたそれらの内容に、女性は目を細め石木は彼女の問い掛けに肩を竦める。
「不思議ですね・・・」
「ああまったくだ。さて何が起きるのか・・・」
冷めた目で不思議だと呟く女性に、石木も呆れた表情で肩を竦めると、窓の外を見上げてユウヒから齎された話を思い出し何とも言えない笑みを浮かべるのであった。
石木の心拍数を電話一つで跳ね上げ、その後良い汗を掻かせたユウヒは、全身から汗を流して帰路を歩き続けていた。
「何とかここまで帰ってこれたけど・・・そろそろ来そうだな」
あと少しと言う場所まで帰って来たユウヒは、額の汗を拭って陰で一休みし始める。
「はいもしもし」
陰で涼んでいるユウヒが何と無しにスマホを取り出すと、そのタイミングでスマホが着信を知らせる振動を始めた。キョトンとした表情を浮かべたユウヒは、周囲を見渡し首を傾げて着信画面に目を向けると、疲れを感じる表情で目を細め電話に出る。
「ユウヒ、こっちはみんな自宅待機完了だ・・・皆パジャマだぞ、見たいか? ふふふ」
電話を掛けてきたのはパフェの様で、ユウヒのスマホには、デラックスフルーツチョコサンデーの画像の下に「パフェ」と書かれていた。そんな彼女が何の電話をしてきたのかと言うと、ユウヒからの自宅待機指示に対する完了の連絡の様だ。
まるで誘うかのようなパフェのセリフに目を瞬かせたユウヒは、空を見上げて溜息を一つ洩らすと、
「いえ、全然?」
平坦な声で拒否するのであった。
「ちょ!? ひどくないか!?」
「ユウヒ知ってるよ、見たいとか言ったら通報されるんでしょ?」
「しないよ!?」
ユウヒからの予想外な返答に、先ほどまでの妖艶さはどこに行ったのか、僅かに涙声で声を荒げるパフェ。そんなパフェに、ユウヒは遠い目で青空を見上げると通報するんでしょと、単調に問い掛ける。
「まぁ姉さんたちも今日はおとなしくしてなよ? 俺だっていつでも助けに行けるわけじゃないんだから」
「・・・し、心配してくれるのか?」
「そりゃね?」
ユウヒは私をどう言う目で見ているのだと騒ぐパフェに、笑みを浮かべたユウヒは念を押すようにおとなしくしているように伝え、そんなユウヒにパフェはか細い声で問いかけた。
ただでさえ周囲を振り回す彼女が、この異常事態に動き回れば第二の遭難事件を引き起こしかねない。そんな未来を幻視しながら返事をするユウヒは、急にパフェの声が小さくなった事にスマホを耳に押し当てる。
「そ、そうかそうか! ふふふならいいんだ! 愛いやつうわ!?」
スマホの向こうでボソボソと話すパフェに耳を澄ませるユウヒであったが、急に大きな声が聞こえた所為で思わず耳をスマホから離す。スマホから耳を離してもよく聞こえるパフェの声だが、何ごとか電話の向こうで起きているようで、ユウヒは再度耳を澄ませる。
「ん? <姉さん頬緩みすぎー><うるさい!><私にもかわってよー!>あ、めんどくさい奴や、それじゃまたなー! 「あ、ちょ―――」・・・よし」
どうやらスマホの向こう側では、ユウヒと話すためのスマホ争奪戦が勃発したようで、面倒な空気を感じ取ったユウヒは、スマホのマイクに大きな声で一言残すと、慌てるパフェの声を無視して電話を切るのであった。
「ん? クマ? 食糧確保して避難完了。今夜は宴ってポテチとビールかよ・・・食料か」
電話を切ったユウヒが溜息を洩らしながらスマホの画面に目を向けると、コミュニケーションアプリの通知が点滅しており、アプリを起動させたユウヒはそこに書かれたクマからの連絡を声に出して読むと、思案する様に小首を傾げる。
「明日は特に用事もないし、俺も飲んで寝るか」
しばらく思案していたユウヒは、腰掛けていた車止めのポールから立ち上がると、今日の夜は気持ち悪い気配を忘れるためにも、酒を飲んで寝ることにしたようだ。
「あーでも、Jアラート鳴ったしコンビニ物あるかな?」
しかし、日本全国に対してJアラートがなされた現在、緊急事態に備えると言う習性をもつ民衆が、お店の商品を買い占めないわけがなく、そんな簡単な想定にユウヒは物憂げな声を洩らす。
「あ・・・来る」
そんな物憂げな声は、次の瞬間さらに深まり声とともに背中を震わせるユウヒ。
「うわぁ・・・これは気持ち悪いな」
背中を震わせたユウヒが身構えた瞬間世界を奇妙な空気が撫で上げ、鳥は逃げる様に一斉に飛び上がり、ベビーカーに乗った赤ん坊達は一斉に泣き始める。また歩いていた人々は急にふらつき、一部はその場にしゃがみ込む。
「これが本震か・・・事故、多そうだな」
さらに遠くからは急ブレーキの音や人の叫び声などが聞こえ、ユウヒはドームからの強力な不活性魔力放出をの到来を感じ取って一人唸る。周囲に視線を向け特に大きな事件事故が起きていないことを確認すると、彼は休憩を終えて家路を急ぐのであった。
いかがでしたでしょうか?
刻一刻と状況が悪くなる日本そして地球、ユウヒは体にまとわりつく悪寒に抗えるのか、次回も是非お楽しみに。
それではこ辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




