第百三十五話 ドナドナユウヒ
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんでもらえたら幸いです。
『ドナドナユウヒ』
どうも、とある二つの国が何を焦ったのか同時に爆発物を投下した次の日、ようやく帰ってきた我が家の前に、朝から黒塗りの車が停まっていました。現在は母上と父上の暴走を鎮圧した後、二人の事を流華に頼んで一人どこかに連れて来られたドナドナ・ユウヒです。
「思わず現実逃避しても仕方ないと思うんです」
今は明らかに場違い感否めない高級感のある一室で待機している。ここが何処だか詳しくは知らないし、知りたくもないけれど、所謂政を行う場所だそうです。それってどこなんだろうなぁ・・・。
「すみません。何分緊急事態なので手順を省かせてもらいました。あと、朝は助けてもらいありがとうございます」
「いえ、家の馬鹿親こそすみません。特に母は俺の事になると見境が無くなるので」
そんな風に現実逃避しながら、飲み慣れた味の麦茶を飲んでいると、ここまで案内してくれた女性、つい最近も料亭に案内してくれた女性が申し訳なさそうに声をかけてくる。
彼女とは、朝から馬鹿二人(明華と勇治)の暴走に巻き込まれそうになっていたので、二人の鎮圧ついでに助けたりと言ったやり取りがあった。暴走した二人が悪いので、特に気にする必要も無いのだが、心なしか以前より対応が柔らかくなった気がするのでこれはこれで有りかもしれない。
「ははは、愛されているのですね」
「重すぎですが」
俺の言葉であの時の状況を思い出したのか、少し顔色が悪くなった彼女は乾いた笑い声を洩らしているが、正直両親の愛が重い。特に母さんの愛が重すぎるし、気のせいか目の前の女性をいの一番に狙っていた節がある。彼女の眼前まで迫っていた母の拳を、手加減抜きで叩き落としていなかったらと考えると、申し訳なさしか感じない。
しばらくそんな事を考えつつ、互いに何とも言えない苦笑を浮かべ合っていると、部屋のドアがノックされ、硬質な木材の音が聞こえる。
「準備が完了しましたのでこちらに」
ノックの音に振り返ると、男性が扉を開けて顔だけを部屋に入れ、準備が出来たと声をかけてくる。
「彼に付いて行ってください」
「はい」
俺の視線に気が付き笑みを浮かべる男性、どうやら彼に付いて行けばいいようだ。何が待っているのか、あまり良い予感がしないので行きたくは無いのだが、ここまで来た以上行くしかあるまい。
「・・・がんばってください」
小さく息を洩らして立ち上がった俺の背中に、ここまで案内してくれた女性の声がかかる。なんとなく安心する彼女の激励に、気持ちを入れ替えて少し背筋を伸ばす。なんでも時間が時間なのでお昼の弁当も出るらしい、そう考えるとなんだか変に緊張が解ける気がした。
「・・・・・・はい、お弁当いっぱい食べて来ます」
「っ!?」
悟りを開いたような目と、一周回って凪の様に落ち着いて来た心で、現実逃避でしかない返事を返した俺は、後ろ手で閉めた扉の向こうから聞こえて来る可愛らしい笑い声に勇気をもらいながら、一歩一歩死地に向かって進むのであった。正直、あの人笑いのツボは浅いと思うんだ。
ユウヒがとある会議室に通されてから十数分後、
「・・・」
彼は多数の視線に晒され無言で引き攣った笑みを浮かべている。
ただ大勢からの視線ならば、彼も特に気にする事は無いのだが、その視線の主は大半が現在の与党議員や関係者であり、一般人ならすぐ大臣であるとわかる顔ぶれも並んでいるのだ。その中には総理や石木の姿もあり、石木から笑みを向けられたユウヒは、やはり引き攣った笑みを浮かべるのであった。
「貴方の見解としても、この資料に間違いは無いと?」
そんなユウヒは、一通りの話を石木達から受けた大臣や専門家からの質疑を受けている様で、怪訝な表情を浮かべる女性議員は手に持った紙束をユウヒに見せながら問いかける。
「あー・・・資料はまだ読んでないのでどこの部分でしょうか?」
その紙束は、どうやら石木達の説明で使われた異世界についての情報を纏めた資料であるらしく。しかし、その説明が行われている間別室に待機していたユウヒには、何が書かれたものなのか分からず、彼は目の前の資料を手に取りながら、どの部分に疑問を持ったのか問い返す。
「読んでない?」
適当に資料をまくりながら文章や図、どこかの写真などに視線を落とすユウヒに、女性の隣に座っていた男性は眉を寄せて、どこか苛立たしげな声を漏らした。どうやらこの場に居る大半の人間は、ユウヒの事を訝しんでいる様で、専門家として紹介された後であるにもかかわらず、未だ信用できないでいる様だ。
「それはこっちで纏めた内容だからな、質問するときはページと場所を指定してやってくれ」
腰を浮かし、今にも大声で食って掛かりそうな男性に目を向けた石木は、彼が何か口にする前に説明を継ぎ足す。言い忘れていたのかそれとも故意に言っていなかったのか、石木の発言を聞いた大半の人間は僅かに眉を上げて石木とユウヒを見比べる。
「わかりました。では、四ページに書かれた国についてですが、魔王国は現在内紛状態とあります。これらの内紛が日本に影響を与える事は考えられますか?」
ユウヒが作った資料であると思っていた彼らは、どこかばつの悪そうな表情を浮かべながら咳き込むと、代表して先ほど質問を投げかけていた女性が資料を捲りながら、異世界が日本に及ぼす影響について問いかけた。
「うぅん、それは攻めてくるかということですよね? まずないと思います。理由はいくつかありますけど、ドームの出入り口からだいぶ離れた地域ですし」
資料の4ページには、異世界の国について書かれているらしく、その中には魔王国で起きている内紛についても触れられている。しかし、地球に続く白い壁から遠く離れた場所の話であり、さらに言うならば世界樹が復活し、新たな魔王も誕生したことで一気に魔王国は安定してきているのが現状であった。
「では、このエルフと言う種族や獣人と言う種族はどうでしょうか? 出入口は彼らの居住地域内にあるのでしょ?」
ユウヒの返答に少し何か考え込んだ女性は、続いてエルフと獣人について問いかける。資料の中にある情報からも、魔王国の危険性は低いとなっていた。
確認の意味も込めて質問している女性に、ユウヒは資料にちらりと視線を向け、しかし読むのが面倒になったのか、顔を上げると異世界の友人たちを思い出しながら女性に目を向ける。
「うぅん、それも無いと思います。この世界はエルフにとって優しくない環境ですし、彼らは争いを好まないと思うので。獣人は、好奇心でこっちに来そうな気もしますが、出入り口は精霊とうちのロボ、守護者? が目を光らせているので」
ユウヒが知るエルフや獣人達は、どちらかと言えば平和的な種族であり、世界樹が守る異世界へと続く場所には、おいそれと近づく事は無いであろう。ただ、好奇心によって飛び込んで来る獣人に関しては保証できないと、一号さん達が止めてくれると信じながらもユウヒは苦笑いを浮かべてしまう。
「精霊? なんだそれは」
「こっちのページに書いてあるぞ」
「む? これか・・・まるで御伽噺ではないか、しかも目にすることが出来ないのでは、本当に存在するのかもわからん」
しかし、会場の人間達は獣人の侵入よりも精霊と言う言葉が気になったのかざわつき始め、資料に目を向けると訝し気に眉を寄せる。終いにはユウヒにキナ臭げな視線まで向けはじめ、彼らはユウヒが虚言や妄想を語っているのではないかと疑いを深め始めた様だ。
「それはまぁ、ほとんど魔力ですし」
「今度は魔力か、とても信じられないな」
「ですよねー・・・(高濃度の魔力はうぅむ、危ないしもったいないし・・・)」
周囲からの視線に困った様に笑うユウヒは、次第に大きくなり始める男性議員の声に頬を掻くと、普通の人には良く見えない魔力を説明できずに、どうしたものかと方法を考えながら生返事を返す。
「・・・ちょっとまて、お前らちゃんと資料読んでないだろ」
「ある程度は読みましたが、あまりに荒唐無稽な話ばかりでしたから」
やや俯き気味にもごもご口元を動かすユウヒの姿に、何か覚えがあったのか顔を蒼くした石木は、成り行きを見ながら椅子に預けていた背を起こし、質問をしていた政治畑の人間に声をかける。
どうやらユウヒに質問を投げかけていた者達は、説明をされながらもどこか半分聞き流していた様で、その後資料の読み込むの時間もとられたようであるが、その内容の所為で読む気になれなかった者が多いようだ。
「それでもしっかり読みやがれ! 何のための会議だと思ってる!」
「石木さんまぁまぁ」
「・・・む、すまん」
一部の人間はしっかり読み込んでいたらしく、不真面目な態度を改めるつもりもない者達に冷めた視線を向けている。そしてそれは石木も同じようで、冷たい目を向けていたかと思うと勢いよく立ち上がり議員の男性を叱責し始め、しかし総理に声をかけられると眉を顰めながらも椅子に座り直した。
「とりあえず、ここに書かれている事は事実と言う前提で話しましょう。いくら疑ったところで、これらを証明できる有識者は今の所、彼しかいないのですから」
隣で椅子に深く座って腕を組む石木に苦笑を洩らした総理は、何度も読み直した跡のある資料を手に取ると、周囲の人間に目を向けながら話し、最後にユウヒへと目を向けて笑みを浮かべる。
「・・・では、この精霊の監視と言うのは有効なのかね?」
そんな総理の言葉とどこか圧力を感じる視線に、ある女性は背筋を伸ばし、ある者は思わず生唾を飲み込む中、質問をしていた男性はぎこちない動きでユウヒに向き直ると、幾分丁寧になった口調で質問し直す。
「エルフは精霊を信仰しているので、ダメと言われたら入ってこないと思います。獣人達も精霊を大事にしているので、その意思に歯向かってまでは無いでしょう」
「それ以外は? 彼ら森の民と言うのは我々とほぼ同じ種である基人族と争っていて、森にも侵攻してきているのだろ?」
資料の内容が真実と言う前提で質問が再開されたことで、ユウヒも少しホッとした表情で答え始める。エルフや獣人については、精霊と言う存在よりは納得できる様であるが、別の男性は精霊の影響を受けないであろう基人族について言及する。
「そっちは一応正常化していると思います。どのみち今のゲート周辺には近づけないと思います」
基人族とエルフ達との争いについてもユウヒから石木に語られており、一応正常化している旨も伝えられているが、残党の存在も一緒に伝えられていた。どうやらその残党に不安を感じているが故の質問のようであるが、ユウヒにとってそれはまずありえない事態である。
「それは君の言う守護者が居るからかな?」
「そうですね、先ず彼等では敵いません」
何故ならその場所は、一号さんと言う異常な戦力が守っているからであった。ほかに魔族もユウヒが作った街に移住してきているのだが、ユウヒもその辺について詳しく知らないので話しておらず、一号さん達に関しても石木に詳しく話してはいない。
「・・・その守護者は君の配下にあたると書いてあるが?」
「そうですね」
一応ロボットであり、非常に強力でユウヒに従順であることは伝えてあるが、いろいろと問題が発生しそうで、同時に石木が頭を抱えていたので簡潔にしか説明していないのである。実際に石木はその時の説明を思い出したのか、何とも言えない表情で小さく唸っており、総理はそんな石木の表情を珍しそうに見ているのだ。
「と言う事は、現在あのドームの向こう側は君が占領していると言う事ではないのか?」
ユウヒの回答に小さなざわめきが広がる室内で、大分慣れて来たが未だに居心地の悪そうなユウヒに、ずっと訝しげな眼を向けていた男性が占領と言う言葉を使ってユウヒに問いかける。
「占領・・・」
「法的にどうなのだそれは」
「侵犯行為になるかも・・・」
「いや、資料だと森はどこかの領地と言うわけでは無いらしいからな」
「侵犯行為に該当しないと・・・」
まるで罪状を問い詰めるかのような男性の言葉に、思わず占領と言う言葉を呟き考え込むユウヒ、周囲の人間も彼の行動が侵犯行為に繋がるのか議論を始め、ざわつきが一気に広まっていく。
「占領ですか・・・。どっちかと言うと安全確保のつもりなんですが、誰が出入りするか解らないですから」
「君のようにな、自称専門家といい気になっているが、無謀に過ぎるのではないかね? 周りにかかる迷惑について考える頭も無いと言う事かな?」
「・・・・・・特に止められもしませんでしたから」
占領と言う言葉に考え込んでいたユウヒは、確かに異世界の土地を一部自分の為に使っているなと頷く。しかしそれは、日本と異世界両方の為の行動であり、そこには一切の悪意も無い。
その為、ユウヒは安全のためには必要であったと返すも、男性は鼻で笑うと感情を逆なでするような表情と声で問い返す。その問いから明らかな悪意を感じ取ったユウヒは、それまでのどこか緊張した感情の伝わる表情を消し、異世界でも時折見せていた冷たい視線で男性を見詰めると、特に止められなかったからと悪びれることなく答える。
「止められなければ何をしてもいいと思っているのか!」
「・・・おい」
そんなユウヒの挑発するような返答が気に食わなかった男性は、感情に任せて目の前のテーブル叩き大きな音を上げると、立ち上がり唾をまき散らしながら声を荒げ始めた。その行動に周囲も慌てて彼を止めようと動き、石木は不機嫌そうな声を洩らす。
「実の無い話をするつもりなら出て行って構いませんよ? 無駄な事をする余裕はないんですから」
「っ!?」
男性の恫喝に一切表情を変えないユウヒは、じっと金色の瞳で男性を見つめ続ける。そんなユウヒに男性が更なる行動を起こそうとした瞬間、大きな手を叩く音が会議室に響き、音を鳴らした本人である総理は良く通る声で男性に語り掛けた。
その目はいつも彼が浮かべる優し気なものでは無く、暗くドロドロとした寒気を感じる様な空気を纏っており、声を荒げていた男性は表情を引きつかせると口を閉ざして椅子に座る。
総理の発言でざわめきが小さくなる中、冷たい金色の目を閉じたユウヒは小さな溜息を洩らす。
「・・・ところで、今回はなんで呼ばれたんでしょうか? 聞く間もなく連れて来られたので」
「あぁ・・・今後の方針を決める為に、知識の共有も兼ねた有識者への質問会みたいなもんだったんだが」
言葉を失い座った男性を睨んでいたユウヒの姿に、とある傭兵と同じ空気を感じた石木は、両目を開いてガラリと雰囲気の変わった彼にホッと息を吐くと、ユウヒの口から跳び出した今更な質問に肩の力を抜いた。
「一度資料を読み直した方が良いでしょうね。それから質問内容を纏めてください」
今回呼び出した理由について話す石木に頷くユウヒは、周囲から可哀そうに見詰められている事に気が付くも、その理由がわからず首を傾げる。そんなユウヒの姿に苦笑を洩らした総理は、小休止も含めてこの後の予定を決め、周囲に視線を送ると返って来た視線に頷く。
「・・・あの、お弁当食べて良いですか?」
「おう、好きなだけ食べとけ」
総理の頷きに周囲が一斉に動き出す中、ユウヒはずっと気になっていた弁当包みを指さすと、割と近い位置に座っている石木に目を向けながら食べて良いのか問いかけ、そんなユウヒの質問に、石木は顰めていた顔に笑みを浮かべると好きに食べていいと告げる。
その言葉に目を輝かせたユウヒは、ここに来る前に女性へと残した言葉の通り、遠慮なく高そうな弁当に手を伸ばす。
「それじゃ遠慮なく。頂きます」
なぜか六つも積まれた弁当の塔から一つだけ持ち上げたユウヒは、自らの前に弁当箱を置いて開くと、中に入っていた漆塗りの箸を手に取り、綺麗な黄色の玉子焼きから食べ出すのだった。
『・・・・・・』
ユウヒが朝御飯を食べる暇なくここに来たこと知らない人々は、珍妙な者を見る様な目で彼を見詰め、事情を知っている者は申し訳なさそうな、それでいて微笑ましそうに彼を見詰める。尚、そんな様子を会議室の外から見てしまったとある女性が、口元を押さえて肩を振るわせながらそっとその場を後にしたのだが、誰もその事に気が付くことは無いのであった。
いかがでしたでしょうか?
慌ただしくもようやく家に帰れたと思いきや、翌朝にはもう騒動に巻き込まれたユウヒ。日本と言う国が、本格的に異世界と関わる一歩を踏み出したようで、この先どうなるのか楽しみですね。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




