第百三十四話 解放
修正完了しましたので、投稿させてもらいます。楽しんでもらえたら幸いです。
『解放』
とある二国の発表で、落ち付いて来たニュースがまたも一色に塗り替えられた日の昼過ぎ、そろそろ夕食に向けてお腹がウォーミングアップを始めそうな時間に、ユウヒ達は以前も集まった会議室に呼び出されとある報告を受けていた。
「それじゃもう帰って大丈夫ってことか!」
「はい、ただ定期的に健康状態の報告をお願いします。何が起きるか全く予測できませんから」
それは彼らの健康診断で問題が出なかったと言う報告であり、同時に帰宅許可が下りたと言うものである。暇とパフェの恐怖でストレスが溜まっていたクマは、心底嬉しそうな声を上げて立ち上がり、そんなクマに女性自衛官は今後の対応について話しながら微笑む。
「電話でいいの? それともメール?」
「どちらでも構いませんが、出来れば声も聞きたいので、電話が出来れば週に一度お願いします」
女性自衛官の微笑みに癒されたクマがゆっくり座ると、今度はリンゴが連絡手段に関して問いかける。現在問題が無くても、後々どんな症状が現れるか予想できないことから経過観察は必要な様で、どこかに出向くわけでもなければ面倒では無いと、リンゴは納得したように頷く。
「わかりました」
「良かったわねルカちゃん」
「はい」
また、猫被りモード中のパフェは、内心を悟らせないように絶えぬ笑みを浮かべたままお淑やかに頷き、一方まだ慣れないのか、流華はパフェとの間にメロンを挟んでいる。
「これで宿題が終わらせられるな」
「ぅ・・・」
「追撃してやるなよ」
メロンの笑みに嬉しそうな表情で頷く流華であるが、隣の兄の一言で思わずその笑みは曇ってしまい。ぎこちない動きで振り返る流華の様子を見ていた自衛官は、二人のやり取りに何か思い出すものでもあったのか、苦笑を浮かべながら仕事の為に夕食の時間をクマに告げて席を外す。そんな女性自衛官を見送ったクマは、ユウヒにツッコミを入れながら流華に目を向け、小さく何度も頷いて見せる彼女に苦笑を洩らすのだった。
「それにしてもやっと解放されるのね、一週間も居たわけじゃないけどずっと同じ場所は堪えるわ」
「そうですね」
もうすぐ夕食の時間と言う事もあり、部屋に戻るわけでも無く会議室で寛ぐユウヒ達は、思い思いの席に座り直すと、また雑談を始める。
今のような環境では、友人同士で話すことくらいしかストレス解消方法が無いので、自然と集まって雑談になるのだが、それも悪くないと考えているリンゴでも、流石に今のような環境か続くのは辛いようだ。そう感じているのは彼女だけではない様で、ストレッチするように背凭れに体重を預けるリンゴに、メロンも同意する様に微笑む。
「でも、リンゴとメロンさんはこれからが本番だな」
「なんでよ?」
「何かあったかしら?」
もうすぐ帰れると言う事で自然と笑みが漏れる二人に、ユウヒは何とも言い難い表情でこれからが本番だと水を向ける。ユウヒの言葉に思い当る節の無い二人は、互いに見つめ合い首を傾げると、リンゴは訝しむ様に、メロンは不思議そうな表情で何か予定が入っていただろうかと、ユウヒに向かって首を傾げて見せた。
「家に残っているのはあの二人だぞ? 荒れてないわけがないだろ」
「あ・・・」
今ここに居るメロンとリンゴは、ここにはいないパン屋とミカンの四人で一緒に生活している。その理由はいろいろと特殊なものがあるのだが、その事情も込みで知っているユウヒは、主にメロンが長期不在の時に起こりえる事態を把握していた。
「ふふ、お部屋が汚部屋になってそうね」
「メロン任せたわ」
その事態とは、部屋を片付ける人間が居ない為に、家中が散らかり放題となる事である。彼女たちの中で真面な家事技能を持っているのはメロンだけで、他の三人は主に散らかす技能に長けていた。
「はい、任されました」
しかし、特にその事に対して気にしていないらしいメロンは、まるで困った子供に向ける様な笑みを浮かべ、片付ける気の全くないリンゴに軽やかな声で了承を返すだった。
「メロンさんも大変だなぁ、生活能力低いのが三人もいると」
二人のやり取りを何とも言えない表情で見詰めていたクマは、心底残念そうな声で呟くも、リンゴに関しては別に家事が出来ないわけでは無い。何故なら彼女達が一緒に生活を始める前、リンゴは一人暮らしをしていたのだ。当然最低限の家事能力は身に付くであろうし、基本的に彼女は高スペックなのだ、掃除洗濯料理とその腕はなかなかのものである。
「うっさいわね私はあるわよ! やらないだけで!」
「そこ威張るところじゃねぇ!?」
だが、如何せん彼女にはやる気がない。必要に迫られればやるものの、その必要が無くなれば御覧の通りである。
「お兄ちゃん?」
「ん? そうだな・・・俺も今のパン屋宅には近づけないから手伝いは出来ないな」
そんなやり取りを見て不安になって来たのか、流華はユウヒを見上げると視線で語り掛けた。察しの良いユウヒや明華にだけ通用する意思の伝え方だが、天野家ではたまにこういった姿が見受けられる。
今回流華がユウヒに伝えたのは、メロンの片付け作業の手伝いを引き受けないかと言うものであったようだが、ユウヒは自分も手伝う事は出来ないのだと、困った様に笑いながら首を横に振った。
「なんで?」
「だって、普通にパンツやらブラやらが散乱する部屋の掃除とか、男の俺に手伝えるわけないだろ?」
断るとは思っていなかったらしく、不思議そうに首を傾げる流華にユウヒは苦笑いを浮かべると、何かを思い出す様に頭を掻きながらパン屋宅の惨状を予測して肩を竦める。その予測はほぼ確定な様で、リンゴとメロンも、目を見開いた流華の視線に困った様な笑みを浮かべていた。
「確かに・・・でも、ミカンが気にするか? それにパン子はむしろ喜びそうな」
「・・・ありそうね」
一方、そんなところに手伝いに行けるかと、視線でクマに問いかけたユウヒであったが、同意をしつつもその散らかした本人たちが気にするとは思えなかったクマは、疑問を口にしながらリンゴに目を向ける。クマが何を言いたいのか理解したリンゴは、その想像が容易だったためか、目頭を揉みながら同意の言葉をため息交じりに吐き出す。
「まったくあの二人は、もっと女性としての羞恥心を持って欲しいよ」
「そうじゃねぇんだけどなぁ」
「そうねぇ」
「そうだな」
クマとリンゴの発言にユウヒは深く頷くと、普段から羞恥心を感じさせない態度を繰り返す二人を思い出し、どうしたものかと呟く。しかしその発言は全く同意を得られず、クマもリンゴも思わず頭を横に振ってしまい、厚着猫フードを被っていたパフェまでも思わずそのフードをずらして、大きく深い溜息を洩らすクマとリンゴに同意する。
「ふーん」
「ん?」
友人達からの全否定に思わずキョトンとした表情を浮かべたユウヒは、メロンの苦笑に首を傾げると、隣から聞こえて来た含みのありそうな流華の声に、心底不思議そうな声を洩らして眉を上げるのであった。
それから小一時間後、検疫の為の隔離が解除され、すぐに帰宅準備を済ませたユウヒ達が、各々徒歩や迎えの車だったりで自宅に帰っている頃、遠く離れた北の地では、重々しい空気に満ちた一室で、複数の人物が大きなモニターを注視していた。
「準備完了です」
「うむ、まさかこの席で核の光を見届けることになるとはな」
明らかにその服装や体格から軍人だと分かる男性は、椅子に深く座るこの国のトップに模範的な敬礼を見せながら、準備の完了を告げる。その準備とは、どうやらドームに対する核攻撃の準備のようで、彼らが見詰める先にあるモニターには、巨大に膨れ上がったドームが多方面から映し出されていた。
「安全は確保されてますが、最悪の場合はすぐに避難して下さい」
「わかっている」
いくつもの街を飲み込むほど大きく広がったドーム、幸いなことに人的被害を出していないものの、このまま大きくなれば何れロシア領土の大半を覆いつくしかねないと想定されている。
そんな未知の存在であるドームに対し有効とされる核攻撃であるが、実例が一件しかない以上何が起きるかわからず、彼らが詰める一室の外にはいつでも避難できるようにヘリが用意され、すぐに飛び立てる様にエンジンも温められていた。
「始めてください」
「・・・」
大統領の返事と視線に促され、軍服を着た女性は開始を告げ、開始を告げられたモニターに一番近い男性は開始の合図を現場に送る。
「作戦最終段階開始! 投下後は速やかに退避せよ! 繰り返す投下後は速やかに退避せよ!」
「Б1了解!」
「Б2了解!」
男性の合図によって、モニターの向こうでは作戦が開始され、ドーム上空をゆっくりとしたスピード飛んでいた爆撃機2機は、返答と共に作戦空域上空に向けてエンジンの回転数を上げて行く。
ロシアの爆撃機は一定の間隔を開け巨大ドーム中央に向かって進み、あっと言う間に目標地点へとたどり着くと、すぐにモニタースピーカーより爆撃機からの通信が聞こえて来る。
「Б1目標地点! 投下開始!」
「Б2目標確認! 投下!」
「投下確認!」
ドーム中央に到達した爆撃機からは二つずつ核爆弾が投下され、投下の確認がなされると二機の爆撃機は急速に飛行速度を上げて目標地点から遠ざかっていく。
「・・・」
「・・・」
爆発確認の為に目標地点を旋回している無人機が映し出す光景には、ドームに向かって落下する核爆弾からパラシュートが跳び出し延びる様子が映し出され、大統領はその光景を瞬きも忘れて見つめ続けるのであった。
時同じくしてここは人々の寝静まった深夜のアメリカ大陸某所。
「ハッチ開放! 投下開始!」
奇しくもロシアと全く同じタイミングで、アメリカ大陸を蝕む巨大ドーム上空を飛ぶ爆撃機は、ハッチを開き核爆弾を投下していく。
「降下予想地点誤差範囲内!」
爆撃機から投下される核爆弾は計四つ、爆発のタイミングと高度を合わせるために、プログラム通りにパラシュートを開く核爆弾。その落下コースに問題の無いことを、モニターの向こうの兵士は張りのある声で伝えている。
「起爆地点まで残り5秒!」
予定通りのポイントに向かって落ちて行く核弾頭は複数の人間に見守られ、確実に爆発の瞬間を迎えようとしていた。
「感慨深いな」
「・・・」
その姿は、アメリカの大統領も複数の軍関係者と共に見詰めており、しみじみとした声で呟く大統領に、秘書の男性は少し不安そうな表情を浮かべ、モニターに映し出されたドームを睨み付ける。
「1秒! ・・・爆発確認!」
大気圏内核実験が行えなくなって久しい現代で、ここまで大規模な核攻撃のデータをとる機会は無い。当然そうなればデータをとらないと言う選択肢はなく、様々な調査機材がドーム周辺に展開されており、大統領達の前にはモニターが複数置かれ、一つのモニターに複数の映像を映し出しながら、時折その映像も切り替えられている。
「四発同時起爆確認! 火球拡大して・・・え?」
「どうしたんだ?」
ロシアと同様に、無人偵察機による映像を見詰めていた大統領は、爆発により一瞬で真っ白に染まった画面に目を細めると、すぐに切り替わった遮光映像と共に聞こえて来た観測兵の声に訝し気な声を洩らす。同時に遮光映像に映し出された火球の姿に周囲の軍関係者や研究者がざわめき始める。
「火球が歪んでます! ドームに向かって歪んでます!」
「これは・・・」
「何がどうなっている?」
観測兵の驚いた声をBGMに、球体状から歪んで行く火球の姿を見た周囲の人間は、腰を浮かしてモニターを見詰めながら驚きの声を洩らしている。
「おい! どうなっている。何が起こっているか説明しろ!」
「は、はい! 推測ですが、爆発で発生した火球がドームに吸い込まれているものと・・・」
本来なら核反応によって発生した膨大な熱量の火球は、瞬く間に衝撃波と共に拡大し、上昇気流を発生させてキノコ雲となって立ち上る。
「吸い込まれる?」
しかし目の前のモニターに映し出されているドーム間近で発生した火球は、周囲に広がることなく歪に歪みドームへと向かって落ちている。本来発生するはずのキノコ雲も発生する先から歪に歪みドームへと吸い込まれていく。
「もしかしたら、この現象が中国で核物質飛散が少なかった理由かもしれませんな」
研究者の男性が見たままの説明を口にするも、大統領は信じられないように呟く。目の前で実際に見て居るにも拘らず信じがたい光景に、大統領の傍に座っていた男性は落ち着いた声で目の前の光景から予測されることを話す。
「ならば今回も似た様な状況になるのか・・・まぁ少ないに越したことは無いだろう」
「そうですね・・・問題は無い、引き続き観測を続けろ」
男性の言葉に目を向けた大統領は、少し落ち着きを取り戻したのか椅子に深く座り直すと息を洩らし、予定通り事が進んでいる事にホッとしたような表情を浮かべる。落ち着きを取り戻した大統領を、落ち着いた表情で見つめ頷いた男性は、表情を引き締め直し、少し不安そうな表情を浮かべていたモニター前の男たちに揺らぎ無い声で指示を出す。
『了解!』
男性の指示に敬礼で応えた軍人たちは、モニターとそこから聞こえて来る報告をヘッドホンで聞きながらメモを取り始め、研究者は送られてくるデータを見詰め、万が一の場合に備える。
「これで我々は厄介なドームから解放されると言うわけだ」
その様子を満足そうに見つめた大統領は、大きなターニングポイント迎えた事を肌で感じ、少し気の晴れた様な声色で呟く。
「小型のドームでも飽和攻撃調査が開始されていますので、報告はすぐに上がると思います」
「うむ」
急ぎ足で行われた今回の核攻撃の他にも、小規模なドームへの熱量攻撃実験がなされている辺り、流石は大国アメリカと言ったところであろう。これが日本であれば、やるやらない以前に物資やお金が足りないと言うものである。
しかし、この行為の結果がどういう形で現れるのか、多くの研究者が考えている様に消失で終わるのか、それとも全く別の結果で終わるのか、未だに誰も確実な答えを持ち合わせてはいない。
ただ、少なくともこの女性は良いことが起こるとは考えていない様だ。
「だっから! 早いって! 何なの仲良しなの!? 何で同時なのよ!」
まさか発表から1日と経たずに核攻撃を行うとは思っていなかった女性は、ギリギリ間に合った巨大ドーム調査の準備にホッとする反面、何故か全く同時に核攻撃を実施した二大国に悪態を吐きながらモニターに向かっている。
「同時攻撃なんて考えてないわよ・・・」
よく見ると以前より台数を増やしたモニターには、日本各地のドームの他に、縮小を続ける中国の巨大ドームに現在進行形で核の熱量攻撃にさらされるロシアとアメリカのドームが映し出されていた。
「ドーム同士の連動がどうなっているかも解らないのに」
その映像は、どの国の調査映像よりも鮮明であり、やはりよく解らない用語と数字が次から次へと流れて行っている。それらの数値に目を向けながらキーボードとマウスを動かす女性の口からは、止めどなく独り言が洩れる。
「まぁ反応を見るには丁度いい刺激ではあるけど」
不平不満を洩らしながらも、データを得るには丁度いいタイミングの攻撃であるらしく、二つのドームを比較した数値に目を向けた女性は、いくつか別のドームのデータと見比べ顔を顰めた。
「これ、やっぱりいくつかのドームに繋がりがあるわね」
どうやらアメリカとロシアの攻撃による影響は、巨大ドームだけではなく離れた全く関係の無さそうなドームにも影響を与えている様だ。
「同一異世界にいくつか出入口があるのかしら?」
幸いなことに日本のドームには影響が出ていない様で、少しだけホッとした息を吐いた女性は、ペットボトルの水を飲むと冷静に分析を始める。
「それだけではない? 世界同士が近いと言う事かな? でもそれじゃ説明が・・・」
似通った影響が出ているドームを選り分け、そのドーム同士のデータを見比べぶつぶつと独り言をつぶやきながら分析を進める女性であるが、何かに気が付くと慌てて二つの巨大ドーム映像をモニターいっぱいに広げた。
「あ、縮み始めた」
その映像には、明らかに縮み始めたドームが映し出されており、心なしか中国のドームより縮む速度が速いようにも感じる。
「エネルギーは、収縮してるわね。・・・はぁぁ」
縮み始めたドームを、どこか諦めた様な表情を浮かべて見詰める女性は、一縷の望みを手繰り寄せる様に、『ドーム内部エネルギー密度』と書かれた数値を呼び出し、その数値が勢いよく増えている事に大きなため息を洩らして机に突っ伏す。
「・・・助けて御爺ちゃん」
顔を横に向けた状態で突っ伏した彼女は、視線の先に置いてある写真立てを見詰めると、一筋涙を流し目を閉じ、誰かに助けを求めながら眠りに着くのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒ達が隔離から解放される一方、爆撃機は腹部を解放して核を落とし、その衝撃に暗闇の中で女性は意識を解放、と言うより手放したようです。どう考えてもユウヒに厄介事が転がり込んできそうな状況ですので、どうぞ次回も楽しみにしてもらえたら幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




