第百三十話 招かれる者と招かれざる者 前編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。皆様に楽しんでもらえたならば幸いです。
『招かれる者と招かれざる者 前編』
日の落ち始めた自衛隊の簡易施設でだらけていたところを、同行を求められたことで今は車に寄られているユウヒ。彼は自衛隊の車に乗る際に背後から感じた視線を思い出し、帰ったらまた問い詰められそうだと短くため息を吐く。
「色々聞かれるんだろうけど・・・すみません。今どこに向かってるんですかね?」
今から向かう先よりも帰った後の事に対して鬱になるユウヒは、気分を変えようと前の助手席に座る案内の人物に声をかける。自衛隊の簡易施設から自衛隊の車に乗ってどこかへと向かったユウヒは、現在の車に乗り換えた時に案内役として一人の女性を紹介されていた。
「すみません。詳細な場所は教える事は出来ないのですが、そうですね・・・あまり一般的ではない個室の料亭と言ったところですね」
その女性はユウヒに振り向き小さく頭を下げると、詳細な場所は教えられないのだと話しながらも、向かっているのは個室の料亭だと語る。その所作に洗練されたものを感じたユウヒは、少し背筋を伸ばすと眉を僅かに寄せて考え込む。
「・・・ふぅむ(料亭、黒塗りの車、パリッとしたスーツ、白い花っぽいバッジ・・・これは)」
自衛隊の車から降りて案内役として彼女を紹介されてから、ユウヒはずっと女性や車、運転手を観察していた。その情報を纏めて行けばいくほど、今から会う人物が只者じゃない気がして来て、思わず表情が強張ってしまう。
「そんなに緊張しないで大丈夫ですよ、こちらはお話を伺う立場ですから、他の者もあなたの護衛です」
「ごえい・・・自衛隊・・・まさかね」
また、ユウヒが乗る車には、ユウヒの他に案内役と運転手しか乗って居ないものの、ユウヒの乗る車の前後は、同じような黒塗りの車が守る様に走っており、中にはスーツ姿にイヤホンを付けた人達が複数人乗っている。
その出で立ちに覚えのあるユウヒは、引き攣った笑みを浮かべながらも、その優れた勘で今から会うであろう人物をさらに絞っていく。
「どうしました?」
「いえ、ちょっと嫌な予感がして」
意識的に勘を研ぎ澄ませ熟考するユウヒであるが、何故かふと妙な感覚を感じて窓の外に目を向ける。彼が目を向けた窓の外には都会らしいビル群が並んでおり、その光景が今居る場所を都心のどこかであると教えてくれた。
「大丈夫ですよ、何があってもお守りしますので」
「あ、いえそう言った事では・・・お腹空いたなぁと思って」
細かな機微も見逃さない女性の問いかけに、思わず苦笑いを浮かべるユウヒであったが、どうやら現在の状況に不安を覚えていると思われた様で、彼女は守ると言うと表情を引き締める。
その表情に何故か乙女の様な胸の高鳴りを感じてしまったユウヒは、頭を掻いて少し照れると、今感じている感情を誤魔化す様にお腹に手を当て空腹を訴えるのだった。
「・・・ふふ、お腹いっぱい食べれるように話しておきますね」
どこか無邪気にも感じるユウヒの言動に、思わず表情を緩めた女性は、笑い声を洩らしながらスーツの内ポケットから携帯を取り出す。
「高いんでしょうか?」
「お金のことは気にしないでたくさん食べて大丈夫ですよ」
携帯電話を操作し始める女性に、ユウヒは別の意味で焦りを感じると、その感じた感情のまま震える声で問いかける。どう考えても高級な店であろう未経験な料亭と言う世界に、金銭的な恐怖を感じているユウヒの問いかけは、携帯電話を操作する女性の手を止めさせ振り向かせた。
「はは、それじゃ吐かない程度に食べる事にします」
振り向いた女性の表情はにこやかであるが、何かを我慢するように力が込められており、
「ふ、ふふふ」
続くユウヒの言葉によってその我慢は限界を迎えた様で、彼女の口からは笑い声が決壊し止まらなくなる。
ユウヒの予想では、誰か大物議員の秘書ではないかと思われる女性、彼女は草臥れた感じのある笑みを浮かべたユウヒの、まったく緊張感の感じられない言葉に思わず笑い声を洩らしてしまい。それはしっかり前を見ている運転手も同様の様で、前に目を向けたユウヒに視界の端で、男性は僅かに肩を揺らしているのだった。
一方その頃、関節技のフルコースを味わい男子部屋で伏していたクマは、現在女子部屋の床に転がされていた。
「さあ吐け!」
「えー・・・」
床に転がされた彼の目の前には、パフェが胡坐を掻いて座っており、動きやすいパンツスタイルの為目のやり場にこそ困らないものの、クマの目は信じられない物を見たように力なく濁っている。
「こちらが優しくしてるうちに吐く事を勧めるわよ?」
黙っていれば美人なのにと心の中でため息を吐いたクマは、彼女の隣から高圧的な視線で全く優しくする気の無いリンゴに目を向けると、酷く残念そうな表情を浮かべた。
「いやいや、シーツでぐるぐる巻きに縛られた状況で優しくって・・・」
「ですよね」
「ふふふ」
何故なら、優しくも何も現在クマはベッドシーツでぐるぐる巻きにされており、その雑で地味に痛い縛り方からは全く優しさが感じられない。彼のぐったりした言葉に、流華は申し訳なさそうに同意し、その隣でメロンは楽し気な笑い声を洩らしている。
「なぁに言ってんのよ! 乙女が寝ていたシーツで縛られるとかご褒美じゃない」
力関係的に助けにならない流華と、割と状況を楽しんでいて助けてくれそうにないメロンを力なく見上げていたクマであるが、語気を荒げるリンゴの言葉に思わず首を持ち上げ、少し赤くなった顔で流華を見詰める。
「え? あ、私のじゃないですよ!?」
しかし、クマが期待していた様な事は無い様で、現在クマを縛る為に使われているシーツは、流華の指さす方向から見るにリンゴの使っているシーツの様であった。
「あー・・・、んー乙女?」
「殺す!」
その事実に、心底ガッカリして頭を床に落としたクマは、光の消えた目でリンゴを見上げると、彼女の発言に心の底から疑問の声を洩らす。当然そんな言動を示せばリンゴは怒るわけで、しかし男の子には地雷原だと分かっていても進まざるを得ない事もあるのである。
そう、相手をおちょくり煽るためなら、多少の怪我など気にしないのがクマと言う男であった。
「ちょま!? 痛いって地味に痛いってその枕! 流石自衛隊枕もかてぇ!?」
しかし今回は少し状況が悪かった様で、手加減で枕は使っているものの、ホテルの枕の様にふわふわではない枕は、身動きできないクマの頭を的確に叩き、確実にダメージを与えて行く。
「確かに乙女と言うには少し「あ?」ゲフンゲフン! そ、それで吐く気になったかな?」
そんなクマの姿をじっと見つめていたパフェもまた、よく地雷を踏み抜く人物で、今もクマの発言に納得顔で頷き、リンゴからドスの利いた声を貰いわざとらしく咳き込んでいる。そのおかげかクマへの攻撃が止まり、クマは両腕を体ごと縛られながらも、リンゴの背後で器用に親指を立ててパフェに笑顔を浮かべるのだった。
「・・・嘔吐的な?」
「んだとこら! 私の枕が臭いとでも言うかあ!」
「モゴッフ!?」
しかしそこはクマクオリティ、せっかく脱した地雷原に自ら舞い戻る姿に淀みは無く、彼の言葉を曲解したリンゴのマクラアタックを顔面で受け止める。その一撃は枕と言うよりは枕を巻いた拳であり、怪我はしなかったものの確実にクマを撃墜するに足る重い一撃であった。
「あの、私はお兄ちゃんがどこに行ったのか・・・知りたいだけなんですけど」
「ゴフッ・・・ごめんなルカちゃん、俺も教えてもらってないのよ」
クマを床に沈めて少しは気が済んだのか、鼻息を一つ洩らしたリンゴは、テレビラックに置かれた消臭スプレーを手にして枕と、それから自分の寝具に振りかける。そんな地味に匂いを気にしているらしいリンゴに苦笑いを浮かべた流華は、ぐったりとしたクマに近づくと人差し指で優しく突き、ユウヒの所在について問いかけた。
その行為に少し胸を熱くしたクマであるが、教えてあげたくても彼自身ユウヒがどこに行ったか解らないらしい。
「そうなの? ユウヒ君はなんて言ってたの?」
「たぶん大丈夫じゃね? って言ってたな・・・あぁ」
しょんぼりした表情の流華に、少し申し訳なさそうな表情で笑ったクマは、縛られて動かし辛い体を起こすと、床に座ってメロンの質問に首を傾げる。ユウヒは部屋を出るときにクマと会話を交わし、その時は大丈夫だろうといつもと変わらない表情を浮かべていた。しかし何か気になる事でもあったのか、クマは小さな声を洩らす。
「何? 何かヒントがあったの」
「いや、ヒントって言うか、嫌な予感がするとかも言ってたな、主に相手側にらしいけど」
クマの洩らした小さな声を聞き逃さなかったリンゴは、消臭スプレーを持った手を腰に当て、ユウヒが何かヒントを残したのか問いかける。
いつもと変わらないやる気なさげな表情で部屋を出て行ったユウヒであるが、自衛隊員に連れられて出て行く際、今から会う相手によく無い予感を感じると話し、クマと自衛隊員の首を傾げさせていた。
「お兄ちゃんの嫌な予感・・・」
「相手側か・・・」
ユウヒの勘の精度をよく理解して居る妹の流華は、特に嫌な予感の時はよく当たる事を知っており、少しだけ表情を曇らせるも静かに考え込み、パフェはユウヒが残したセリフに何か思い出でもあるのか何とも言えない表情で眉を寄せている。
「それってこっちに波及しないでしょうね?」
「さぁ? ユウヒだってそこまで詳細に解るわけじゃないだろうしな」
一方、リンゴもユウヒの勘に眉を寄せて、自分達にまで波及しないかと少し不安そうな声でクマに問いかけるも、彼はユウヒの勘だって万能なわけでは無いだろうと、困った様に肩を竦めて見せ、同意を求める様に流華に目を向けた。
「・・・どんな顔でした?」
「かお? いつもと変わらなかったけどぉ」
クマの視線に気が付いた流華は、考え込んでいた顔を上げると、逆にユウヒがどんな表情だったか問いかける。問い返されるとは思ってなかったクマは、小さく目を見開くと天井を見上げ小さく唸る様に呟く。
「・・・あぁ、でも少し面妖な顔だった気がする」
「・・・」
しかしすぐにいつもと違うところを思い出したらしく、視線を前に戻すと胡坐を組んだ足で倒れそうになる体を支えながら、ユウヒの表情がいつもより面妖な様子であったと話す。その内容を聞いた流華は、顎に軽く握った手を添えると視線を下げて何か考え込む。
「ルカは何かわかるのか?」
「見てれば少しわかるかもですけど」
「すごいわね」
「いえ、家族ですし・・・」
どうやら流華は兄の微妙な表情を読めるらしく、面妖と言う言葉から考えられる表情を思い出し、そう言った時の勘がどう言ったものか思い出している様だ。
確かに家族であれば、多少の機微を感じ取れるようになるものなのかもしれない。しかし、いつもなんだかんだと感情を読ませないユウヒを知っている三人の女性は、純粋な感心の籠った目で流華を見詰め、三対の視線に思わず顔を赤くした流華はぼそぼそと小さく呟く。
「いやいやすごいわよ、ユウヒの表情とか全然わかんないし。いつも同じだし」
「・・・おまえじゃなぁ」
「どういう意味よ!」
ぼそぼそと呟く流華を感心した表情で見つめていたリンゴは、赤くなった顔を俯かせた流華の頭を撫でながら褒めると同時に、地味にユウヒを貶す。そんな彼女の言葉に、クマは人の悪そうな表情を浮かべると小さく呟き、第二ラウンドの鐘を慣らすのだった。
「む!?」
しかしその鐘は、突然パフェが発した声で不発と終わり、急に身支度を始めて背筋を伸ばす彼女の姿に、一同はそのままの姿勢で部屋のドアに目を向ける。
「失礼します。夕食はどちら、で・・・えっとこれは」
彼らが目を向けたドアからは、すぐにノックする音の後に女性自衛官が姿を現す。どうやら夕食の時間になった様で、食事を摂る場所について聞きに来たようであるが、自衛官の女性は目の前の光景に思わず表情を引きつらせる。
何故なら、目の前では女性たちに囲まれたクマがシーツで縛られ床に座らされており、さらにリンゴがクマの襟を掴んで、引き寄せる様に唇を近づけて・・・いるように見えるのだ。傍から見れば、集団性的暴行事件の発生1分前の様に見える状況に、女性自衛官の脳はフル回転して思わず腰に手を回そうとすらしている。
「すみません。少し騒がしかったでしょうか」
「あ、いえ、えっとぉ・・・」
彼女は自衛官である。そして現在は何が起きるのか分からないドームの調査任務中である為、当然腰には武器を携帯していた。そんな武器を手に取られる前に、パフェは素早く、しかし被った厚着猫スーツが脱げない動きで女性自衛官に苦笑を浮かべる。
「申し訳ありません。流華さんの御兄さんが居ないらしくて、友人たちが話を聞くと言ってこんなことに・・・私は止めたのですが、彼女達も友人が一人連れていかれた姿に心配だったらしく・・・」
「あ、そう言う事ですか。ご安心ください、彼にはこちらからも護衛を付けておりますので、危険な事はありませんよ」
女性自衛官の頭が状況に追いつく前に、言葉を畳みかけるパフェの姿を一同が固唾を飲んで見守る中、いくつか気になる言葉にリンゴが頬を引く付かせる中、無事に妙な誤解を抱かれる事態は回避できたようで、微笑まし気な笑みを浮かべた女性は、ユウヒの無事は保障すると話す。
「・・・護衛?」
しかし、彼女の護衛と言う言葉に、パフェは厚着猫スーツに歪みを生じさせながら小首を傾げる。
「ええ、政府の偉い方と一緒に食事を、あ! これあまり話さないように言われていた事なんです。機密と言うわけでは無いんですが、私が言った事秘密にしていてください」
可愛らしく小首を傾げるパフェに、女性自衛官はニコリと笑ってユウヒが連れていかれた理由について口走ってしまう。どうやらその内容は機密とまではいかないものの、あまり話していい内容でもないらしく、女性は困った様に眉を寄せると苦笑を浮かべながらパフェにお願いする。
「はい、絶対に喋ったりしませんわ。・・・ね?」
女性自衛官の申し訳なさそうなお願いに、優し気な微笑みを返したパフェは、彼女から自分の顔が見えない様にくるりと後ろを振り返ると、急にそれまでの優し気な笑みを威圧的な雰囲気を感じる笑みに変えて、首の力を抜くように頭を傾げて見せた。
『はい!』
振り返り見詰めてくる細められた目の奥が全く笑っていないパフェに、クマ達は背筋を震わせて反射的に返事を返す。
「・・・はぁ(あれ、絶対羨ましがってるだろ)」
満足気な笑みを浮かべたパフェが、また厚着猫スーツを被り直して背中を向ける姿に、クマは縛られて不安定な体を壁に預けながら、パフェが考えている事を見透かして溜息を洩らした。どうやらパフェは、出掛けたユウヒが新たな冒険を経験していることが羨ましい様である。
「夕食は皆で食べたいので、こちらでお願いできますか? 彼の分もこちらに」
「わかりました。すぐにお持ちしますのでお待ちください」
そんな彼女はそっと身を寄せ合う友人たちに聞く事も無く、女性自衛官と夕食の話を進めて行き、部屋を退出する女性を扉の外まで見送った。
「あ、逃げられん奴やこれ」
「今夜は荒れそうね・・・」
部屋から出て行ったパフェを見送ったクマは、壁に寄りかかった体をずりずりと音を立てながら床に落とすと、哀愁漂う声でぼそぼそと自分の未来を予言する。その予言は予言と呼べないほどに確定事項であり、流石のリンゴも何か言う気になれないらしく、クマと目で語り合うと、そっと荒れそうだとだけ呟く。
「外も中も荒れるとか、逃げ場ねぇなぁ」
「そと?」
縛られ床に倒れたクマの目には、窓の外に広がり始める暗雲が映っており、ユウヒが一人外で面白そうな事に巻き込まれている事に、面白くなさそうな空気を洩らしていたパフェと、外の空模様が重なり思わず彼は悲観的な声を洩らす。
この後、流華が不思議そうに窓辺へと駆け寄る部屋で食事を共にした一同が、パフェと共にどう言った夕食の一時を過ごしたのかは、想像に任せるとしよう。少なくとも、流華のパフェに対する印象が改善されるようなものでは無いと言う事は、確かである。
いかがでしたでしょうか?
一人招かれた者ユウヒと、招かれなかった置いてきぼりのパフェ達の様子でした。どこに連れていかれるか解らない不安より、帰った後の事の方が憂鬱なあたり彼等らしいと言ったところですかね。それでは次回後編をお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




