第十二話 妹の軌跡 前編
どうもHekutoです。
いつも通りの間隔で修正作業完了しましたので、無事投稿させて頂きます。楽しんで頂けたら幸いです。
『妹の軌跡 前編』
時は少しばかり遡り、ユウヒがドームへと向かう要因となった妹の流華。その彼女がユウヒの居ない間にたどった軌跡、それを簡単に話しておこうと思う。
ユウヒが失踪した日、その日は様子の可笑しかったユウヒが帰って来る事を信じて、一日の大半を家で過ごした他称ブラコンの流華。しかしその日晩くまでユウヒが帰って来ることは無く、翌朝、夏休みと言う事もあってゆとりのある朝にも拘らず、心ここに有らずと言った様子の流華は、ユウヒの心配をしながらバイト先へと向かう。
「え? アニキが行方不明なんですか?」
「うん、ママにはもう説明したんだけど・・・何か聞いてない?」
高校生の流華は、無職と変わらない扱いとなっている両親の事情を理由に、ザクロの樹商店街のとあるお店でバイトをしている。
そのバイト先の名前は【トレビ菴】、名前と言い店の内装と言いさらにその立地条件と言い、到底高校生がバイト先として選んではいけない様なお店は、見た目に似合わず表向き健全なお食事処であった。
「姐さんすいません。自分は何も・・・」
そんな流華が通う風変わりなバイト先は、その店員もまたどこか風変わりな人々が集まっている。
「あ、だいじょうぶだよ? あまり気にしないでね?」
慌てて笑顔を作る流華の前で、申し訳なさそうなしょんぼりとした表情を浮かべるのは、フランス人形だと言われても頷いてしまいそうな容姿の少年で、名前を『コニファー』と言う。その見た目から初見の相手は必ず少女だと騙され、流華もまた初対面で間違えてしまい苦笑を浮かべられた経緯があった。
「いえ、むしろ気になるのは姐さんの体調の方ですよ」
また年齢は不明なのだが、見た目の幼いコニファーは流華の事を姐さんと呼び慕い、またユウヒの事はアニキと呼んでおり、流華曰く、度々熱の籠った視線を兄に送っているとか。
「あはは、ごめん・・・?」
「姐さん?」
そんな兄とコニファーの関係に一抹の不安を感じている流華は、会話の途中でふと顔を上げると虚空を見詰め、どこか耳を澄ますような仕草を見せる。
流華が見せた急な行動に、コニファーがキョトンと小首を傾げながら流華を見上げて声をかけるが、その声に流華はまったく反応を示さず、呆けた様に虚空を見詰めていた。
「!! お兄ちゃん!?」
しかしそんな虚ろな表情も束の間、素早い動きで背筋を伸ばし瞳に色を取り戻した流華は、大きな声を上げると何かを探す様に周囲へ視線を飛ばす。
「あらぁんどうしたの? 流華ちゃぁん?」
流華の急な挙動にコニファーが驚き固まっていると、客席で客を弄って遊んでいた店長がパタパタと足音を立てて現れる。彼女の名は『じぇにふぁー』、このトレビ菴の店長であり、ザクロの樹商店街で有名な美女である・・・ように見えるが、彼女は、本来彼であった。
「あ、いえ・・・おに、兄さんが呼んだ様な気がして・・」
男と呼ぶには無理があり、しかし女性と呼ぶには戸籍上無理のあるじぇにふぁーは、目を白黒させ未だに混乱気味の流華にそっと寄りそうと、不安げな表情を浮かべて俯く彼女の背中を優しく擦る。
「うふぅん・・心配なのはわかるわぁん、でもきっとだいじょうぶ。なんてったってあなたのお兄ちゃんなんだからん♪」
甘ったるくもそこまで諄くないじぇにふぁーの声に、流華はいつの間にか強張らせていた肩から、ゆっくり力を抜くと、自分の右手をそっと握って不安そうな表情で見上げてくるコニファーに気が付き微笑む。
「そう、ですよね・・・ありがとうママ、コニファーも」
ある意味で逆ハーレムの様な状況の流華は気持ちを持ち直すと、そっと厨房から顔を覗かせていたシェフの男性が見守る中、客席から聞こえて来た声に気合を入れて顔を上げ、オーダーを取る為に明るい声を上げるのだった。
しかし、その日もユウヒは帰って来る事が無く、いつもより静かな夕食を終えた流華は、次の日から行動を開始する。バイト先であるトレビ庵には夜のうちにバイトを休むことを伝え、翌早朝からユウヒの足取りを探す聞き込みを開始した。
その日、行動を開始した流華はとても積極的であった。今は夏休み、学校に行く予定も無いにも拘らず朝から高校へ向かう道すがら、早朝のゴミ出しをする近所の主婦達に声をかけて廻りながら、ユウヒの目撃情報を集める流華。
さらに彼女は高校に到着するなり、その足で部活中の友人達の下に向かい、ユウヒを見なかったかと兄の特徴や背格好を説明しながら聞いてまわる。
「・・・(お兄ちゃんのことだから、またすぐにひょっこり戻ってきたりするはずだよね)」
またその足は高校からユウヒの勤務先のある町にまで伸びており、その間も流華は一度も自宅に戻っておらず、その日ユウヒを見つけられなかった彼女は、夕暮れ時の太陽を背に受けながらとぼとぼと家路についていた。
「・・・大丈夫、大丈夫だよね、だってお兄ちゃん自分でシャチク? とか言ってたし、仕事があるからきっと戻って来てるはず・・・」
お昼はジュースやお菓子で済ませ、真面な食事を摂らず歩き回った流華は、空腹と疲労感で自然と姿勢が俯き加減になり、しかし自分を奮い立たせる為か、元気付ける様な思考が口か洩れ出している。
「アイツのことだもん、最悪出かけてそのまま仕事に行って帰って来るとか・・・うん、前にもサービス残業の泊まり込みとかで二日くらい帰って来なかったことあるし、緊急の仕事が入る事もよくあったから・・・今回はそれが重なっただけだよね?」
いつの間にか声が出ていたことを自覚した後も、自分を勇気付ける為にとぼとぼと歩きながら独り言を洩らし続ける流華であった。
「!? ・・・・・・(あんな若いのに、苦労してんだな・・・あんたいい奥さんになるぜ)」
そんな流華が洩らし続ける内容の黒さを偶然聞いてしまったとある会社員の男性は、何とも言えない表情でとぼとぼと歩く流華を振り返ると、そのくたびれたスーツの袖でそっと自らの目元を拭い、彼女の背中を暖かく見送る。
「大丈夫、だいじょうぶ・・・待ってれば帰ってくる!」
妙な勘違いをされて暖かい眼差しを受けている事に気が付かない流華は、その日休憩を挟みながらも、結局日暮れ近くまで歩き回ってユウヒを探したのだった。
「・・・」
だが、そんな時間まで娘が外を歩き回っていれば、親が心配するのは当然である。
「・・・・・・」
何故かリビングに縛られて静かに涙を流す勇治の隣で、家に帰って来た流華は何時もと変わらない笑みを浮かべた明華から、無言のプレッシャーを受けていた。
「流華ちゃん、明日はお昼には一度戻ってきなさいね? そんなんじゃ倒れちゃうから」
明華が娘を叱る時はだいたいこんな感じである。何が悪いのか、流華は良く考えれば解ると知っている明華は、自分で何が悪かったのか自分で考えさせるかのように無言で見詰め続けると、大抵最後は優しく娘を抱き締める。
「・・・うん、ごめんなさい」
今回も同じように肩を落とす流華をそっと抱きしめると、彼女の行動を否定することなく、優しく諭すように声をかけて終わりにするのであった。
翌日、近所をもう一度歩き回り、明華と約束した通りに昼食の時間に戻った流華は、そこで思いもよらぬ凶報を、明華の口から聞かされる。
「・・・え?」
「まだはっきりとはしてないんだけどね? ユウちゃんが居たと思われるビルがドームに閉じ込められたから、もしかしたらって・・・」
それは昨日の朝に起きていた出来事なのであるのだが、明華の口から告げられたのは、ユウヒの勤め先のビルがドームに飲み込まれたと言う事実と、そのビルと共にユウヒがドーム内に飲み込まれたかもしれないと言う話であった。この話は、流華が早朝から家を出た後すぐに、ユウヒの勤める会社の社長と言う人物から、電話連絡があったのである。
「・・・大丈夫だよね? 帰って来てる人もいるって」
「うん、きっと大丈夫」
昨日流華はユウヒの勤務先のある町まで行っていた。しかし彼女はユウヒの勤め先の詳しい場所を知らず、またドーム発生による交通規制も合いまって、そのドームの存在にすら気が付くことができていなかったのだ。
「うん」
それでも、信頼する母親の見せる翳りのない笑顔で少し心の軽くなった流華は、昼食後休憩を少しだけとると、今度はアーケード街へと足を伸ばし、そこで三人の清掃活動をする男性達から貴重な証言を得る。
それは彼らがユウヒと思われる人物を探しており、その人物は魔窟と呼ばれるゴミの山で居なくなったのだと。
「たぶんアーケードの目撃情報が最後だから・・・でもどういうことだろう」
アーケード街で三人の男性と話した後、流華は直ぐに家に戻りこれまでの情報をノートに纏めながら首を傾げていた。
「・・・」
しばらく首を捻っては唸り声漏らしていた流華であったが、ふと壁を見詰め始めたかと思えばすっくと立ち上がり、何かに突き動かされる様に部屋を出る。彼女が向かった先は、先ほどまで見詰めていた壁の向こうに存在するユウヒの部屋であった。
「・・・いないよね」
何となく帰って来ていたらいいなと思い入ったユウヒの部屋、その自分の部屋とは違う香りのする静かな部屋で、苦笑交じりの声を洩らして肩を落とした流華は、ふとユウヒのPCが目に入り、まるで吸い寄せられるように電源スイッチを押す。
何かユウヒからの伝言でも残っていないかと、あるわけないと思いながらも立ち上げたユウヒのデスクトップPC。
「・・・ふふ・・・あれこれ、なんだろう、気になるかも・・・」
その画面が起動するのを机の椅子に座って眺めていた流華は、デスクトップに映し出されたゲーム画像の壁紙に苦笑を洩らした。
しかしそんな苦笑も束の間、何かに視線を吸い寄せられるようにモニターの隅に目を奪われた流華は、少しぎこちない手付きで、目に映ったコミュチャットと言う明るく点滅するアイコンに、どこか予感めいた感覚を覚え、不安と期待が混ざった表情でダブルクリックするのであった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒが異世界【ワールズダスト】に行っている間の出来事前編でした。微妙に前作との繋がりが見えるお話でしたが、そんなこと関係なく、楽しんで頂ければと思います。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




